「サイクリックGMP依存性タンパク質リン酸化酵素」の版間の差分

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== 基質と機能 ==
== 基質と機能 ==
 PKGはセリン/スレオニン特異的[[タンパク質リン酸化酵素]]であり、細胞内のさまざまなタンパク質をリン酸化し、多岐にわたる生理機能を調節する。以下に、脳神経細胞など各身体部位における代表的な基質タンパク質とその役割について述べる。
 PKGはセリン/スレオニン特異的[[タンパク質リン酸化酵素]]であり、細胞内のさまざまなタンパク質をリン酸化し、多岐にわたる生理機能を調節する。
 
[[ファイル:Eguchi PKG Fig3.png|サムネイル|'''図3. シナプスにおけるPKGのリン酸化調節とその機能''']]
[[ファイル:Eguchi PKG Fig3.png|サムネイル|'''図3. シナプスにおけるPKGのリン酸化調節とその機能''']]
=== 神経 ===
=== 神経 ===
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 PKGはシナプス伝達の[[長期増強]]([[LTP]])に関与している。[[グルタミン酸]]作動性シナプスでは、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]/NO/cGMP経路を介して活性化したPKG IIが[[AMPA型グルタミン酸受容体]]サブユニット[[GluA1]]のC末端に結合してS845残基をリン酸化し、細胞表面上のGluA1レベルを増加させることによってLTPに寄与する<ref name=Serulle2007><pubmed>18031684</pubmed></ref>16。PKGは[[GABA]]作動性シナプスにおけるLTPにも関与するが、その詳細な分子機構は未解明である。
 PKGはシナプス伝達の[[長期増強]]([[LTP]])に関与している。[[グルタミン酸]]作動性シナプスでは、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]/NO/cGMP経路を介して活性化したPKG IIが[[AMPA型グルタミン酸受容体]]サブユニット[[GluA1]]のC末端に結合してS845残基をリン酸化し、細胞表面上のGluA1レベルを増加させることによってLTPに寄与する<ref name=Serulle2007><pubmed>18031684</pubmed></ref>16。PKGは[[GABA]]作動性シナプスにおけるLTPにも関与するが、その詳細な分子機構は未解明である。


 PKGは細胞内の[[転写]]・[[翻訳]]制御にも関与しており、細胞外シグナル調節キナーゼ (ERK()のリン酸化によるERK/MAPKカスケードの活性化を通じてタンパク合成を促進する。この機構は偏桃体外側核での恐怖記憶生成と関連している<ref name=Ota2008><pubmed>18832566</pubmed></ref>17。また、PKGはCREB(cAMP応答配列結合タンパク質)を活性化し、転写レベルでのタンパク質合成を制御することで、シナプス可塑性や記憶形成に深く関与している<ref name=Bollen2014><pubmed>24813825</pubmed></ref>18。加えて、PKGは26Sプロテアソームを活性化することにより、不要または過剰なタンパク質の分解を促し、シナプスタンパク質の動的な制御にも寄与する<ref name=VerPlank2020><pubmed>32513741</pubmed></ref>19。
 PKGは細胞内の[[転写]]・[[翻訳]]制御にも関与しており、[[細胞外シグナル調節キナーゼ]] ([[extracellular signal-regulated kinase]], [[ERK]])のリン酸化によるERK/[[MAPK]]カスケードの活性化を通じてタンパク合成を促進する。この機構は[[扁桃体]][[外側核]]での[[恐怖記憶]]生成と関連している<ref name=Ota2008><pubmed>18832566</pubmed></ref>17。また、PKGは[[cAMP応答配列結合タンパク質]] ([[cyclic AMP-responsive element binding protein]]; [[CREB]])を活性化し、[[転写]]レベルでのタンパク質合成を制御することで、シナプス可塑性や記憶形成に深く関与している<ref name=Bollen2014><pubmed>24813825</pubmed></ref>18。加えて、PKGは26S[[プロテアソーム]]を活性化することにより、不要または過剰なタンパク質の分解を促し、シナプスタンパク質の動的な制御にも寄与する<ref name=VerPlank2020><pubmed>32513741</pubmed></ref>


 さらに、PKGはVASP(Vasodilator-Stimulated Phosphoprotein)やRhoAのリン酸化を介してアクチン細胞骨格の再構築を誘導し、樹状突起スパインの構造的可塑性を制御する<ref name=Benz2009><pubmed>19825941</pubmed></ref><ref name=Sunico2010><pubmed>20089906</pubmed></ref><ref name=Wang2005><pubmed>15694326</pubmed></ref>20–22。
 さらに、PKGは[[vasodilator-stimulated phosphoprotein]] ([[VASP]])やRhoAのリン酸化を介して[[アクチン]]細胞骨格の再構築を誘導し、[[樹状突起スパイン]]の構造的可塑性を制御する<ref name=Benz2009><pubmed>19825941</pubmed></ref><ref name=Sunico2010><pubmed>20089906</pubmed></ref><ref name=Wang2005><pubmed>15694326</pubmed></ref>


=== 血管 ===
=== 血管 ===
 PKGは血管平滑筋を弛緩させ、血管拡張を誘導する。平滑筋細胞の収縮は、細胞内カルシウム濃度の上昇によるミオシン軽鎖リン酸化酵素(MLCK)の活性化を介した、ミオシン分子とアクチン分子の結合・解離が繰り返すことで生じる。血管内皮細胞からNOが放出されると血管平滑筋細胞内へと拡散し、PKG Iを活性化する。活性化したPKG Iは、カリウムチャネルを介した過分極により細胞内カルシウムイオン濃度を下げ、平滑筋細胞の弛緩をもたらす<ref name=Potter2009></ref><ref name=Ko2008><pubmed>18552454</pubmed></ref>4,23。また、PKG IはMLC脱リン酸化酵素(MLCP)を活性化してミオシン軽鎖を脱リン酸化し、平滑筋細胞を弛緩させる4。その他にVASPやIRAG (IP3 Receptor Associated cGMP Kinase Substrate)、RhoAのリン酸化を介して平滑筋の弛緩を促進する<ref name=Samuel2017><pubmed>28376489</pubmed></ref><ref name=Ali2021><pubmed>34734188</pubmed></ref>24,25。
 PKGは[[血管]][[平滑筋]]を弛緩させ、血管拡張を誘導する。平滑筋細胞の収縮は、細胞内カルシウム濃度の上昇によるミオシン軽鎖リン酸化酵素(MLCK)の活性化を介した、[[ミオシン]]分子とアクチン分子の結合・解離が繰り返すことで生じる。血管内皮細胞からNOが放出されると血管平滑筋細胞内へと拡散し、PKG Iを活性化する。活性化したPKG Iは、カリウムチャネルを介した過分極により細胞内カルシウムイオン濃度を下げ、平滑筋細胞の弛緩をもたらす<ref name=Potter2009></ref><ref name=Ko2008><pubmed>18552454</pubmed></ref>。また、PKG IはMLC脱リン酸化酵素(MLCP)を活性化してミオシン軽鎖を脱リン酸化し、平滑筋細胞を弛緩させる<ref name=Wolfertstetter2013></ref>。その他にVASPや[[IP3 receptor associated cGMP kinase substrate]] ([[IRAG]])、RhoAのリン酸化を介して平滑筋の弛緩を促進する<ref name=Samuel2017><pubmed>28376489</pubmed></ref><ref name=Ali2021><pubmed>34734188</pubmed></ref>


=== 心臓 ===
=== 心臓 ===
 心筋では、PKGはTroponin IやTitinのリン酸化を介して心筋細胞の収縮・弛緩バランスを調整している<ref name=Francis2010><pubmed>20716671</pubmed></ref>10。NOやNPによるcGMPの増加によりPKGが活性化されると、非選択性カチオンチャネルであるTRPC6(Transient Receptor Potential Canonical 6)がリン酸化され、その活性が低下することで病的心肥大を引き起こす持続的なCa2+流入が抑制される<ref name=Nishida2010><pubmed>21048399</pubmed></ref>
 心筋では、PKGは[[トロポニンI]]や[[titin]]のリン酸化を介して心筋細胞の収縮・弛緩バランスを調整している<ref name=Francis2010><pubmed>20716671</pubmed></ref>。NOやナトリウム利尿ホルモンによるcGMPの増加によりPKGが活性化されると、非選択性[[カチオンチャネル]]である[[transient receptor potential canonical 6]] ([[TRPC6]])がリン酸化され、その活性が低下することで病的[[心肥大]]を引き起こす持続的なCa<sup>2+</sup>流入が抑制される<ref name=Nishida2010><pubmed>21048399</pubmed></ref>26。また、トロポニンIやtitinなどの[[弾性構造タンパク質]]のリン酸化によって心筋の拡張能が向上することが報告されている<ref name=Francis2010></ref>10。
26。また、トロポニンIやTitinなどの弾性構造タンパク質のリン酸化によって心筋の拡張能が向上することが報告されている<ref name=Francis2010></ref>10。


=== 腸 ===
=== 腸 ===
 腸上皮細胞において、PKG IIはNHE3(Na+/H+ Exchanger 3)をリン酸化し、ナトリウム吸収を抑制し、腸液の分泌及び電解質バランスの調整に寄与している<ref name=Cha2005><pubmed>15722341</pubmed></ref>27。また、嚢胞性線維性膜コンダクタンス制御因子(Cystic Fibrosis Transmembrane Conductance Regulator, CFTR)のリン酸化により、塩化物イオンの分泌や腸内環境の維持に関与していることが示唆されている<ref name=Li2010><pubmed>20473396</pubmed></ref>28。
 腸上皮細胞において、PKG IIは[[Na+/H+ exchanger 3|Na<sup>+</sup>/H<sup>+</sup> exchanger 3]] ([[NHE3]])をリン酸化し、ナトリウム吸収を抑制し、腸液の分泌及び[[電解質]]バランスの調整に寄与している<ref name=Cha2005><pubmed>15722341</pubmed></ref>27。また、[[嚢胞線維性膜コンダクタンス制御因子]]([[cystic fibrosis transmembrane conductance regulator]], [[CFTR]])のリン酸化により、[[塩化物イオン]]の分泌や腸内環境の維持に関与していることが示唆されている<ref name=Li2010><pubmed>20473396</pubmed></ref>28。


== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==

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