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{{box|text= カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP) | <div align="right"> | ||
<font size="+1">[https://researchmap.jp/narumih 橋川 成美]</font><br> | |||
''岡山理科大学 生命科学部 医療技術学科 ''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年3月10日 原稿完成日:2025年8月XX日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](京都大学大学院医学研究科 システム神経薬理学分野)<br> | |||
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英:calcitonin gene-related peptide<br> | |||
英略語:CGRP | |||
{{box|text= カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)は1982年に発見され、強力な血管拡張作用を持つ多機能神経ペプチドとして研究が進められてきた。CGRP受容体およびAMY1受容体をに結合すると、Gsタンパク質を介したcAMP-PKA経路を活性化し、さまざまな生理機能を示す。CREBやERKの活性化、グルタミン酸放出にも関与し、より複雑な神経修飾作用を持つ。CGRPの異常な増加は片頭痛の発症に関与し、これを標的としたモノクローナル抗体や小分子受容体拮抗薬が開発され、片頭痛治療において有効性が示されている。一方で、CGRPはストレス応答の抑制や炎症制御を介して生体を保護する役割も果たす。そのため、生体の恒常性維持には、CGRPの濃度は多すぎず、少なすぎず適切に調節されることが重要である。}} | |||
== カルシトニン遺伝子関連ペプチドとは == | == カルシトニン遺伝子関連ペプチドとは == | ||
1982年に[[ラット]][[甲状腺]]から発見された<ref name=Amara1982><pubmed>6283379</pubmed></ref>1。当初は[[選択的スプライシング]]の一例として注目され、[[カルシトニン]]をコードする[[エクソン]]が除去されることで、CGRPをコードする新たな下流エクソンと、新たな[[ポリアデニル化部位]]が含まれることが明らかとなった。そのため、この転写物は「カルシトニン遺伝子関連ペプチド」と命名された。その後の研究によりCGRPは多機能性をもつ重要な[[神経ペプチド]]として認識されるに至った。 | 1982年に[[ラット]][[甲状腺]]から発見された<ref name=Amara1982><pubmed>6283379</pubmed></ref>1。当初は[[選択的スプライシング]]の一例として注目され、[[カルシトニン]]をコードする[[エクソン]]が除去されることで、CGRPをコードする新たな下流エクソンと、新たな[[ポリアデニル化部位]]が含まれることが明らかとなった。そのため、この転写物は「カルシトニン遺伝子関連ペプチド」と命名された。その後の研究によりCGRPは多機能性をもつ重要な[[神経ペプチド]]として認識されるに至った。 | ||
強力な[[血管]] | 強力な[[血管]]拡張作用を有することから、当初、[[降圧薬]]としての応用が期待された。しかし、高血圧におけるCGRPの役割は一定の方向を示さず、CGRPの減少が高血圧の発症に寄与する可能性は示唆されたものの<ref name=Kee2018><pubmed>30283343</pubmed></ref>2、正常状態での血圧制御には関与しない可能性も指摘されており<ref name=Russell2014><pubmed>25287861</pubmed></ref>3、コンセンサスは得られていない。そのため、降圧薬としての開発には至らなかった。 | ||
1980年代にはCGRPが[[三叉神経]]で発現していることが明らかとなり<ref name=OConnor1988><pubmed>2470872</pubmed></ref>4、1990年代には、[[片頭痛]]患者の[[唾液]]中にCGRPが多く含まれていることが報告された<ref name=Nicolodi1990><pubmed>1690601</pubmed></ref>5。2000年代に入ると、CGRPの[[静脈]]内投与が片頭痛を誘発することが示され<ref name=Lassen2002><pubmed>11993614</pubmed></ref>6、片頭痛治療薬の標的として注目された。CGRP[[受容体]][[拮抗薬]]([[olcegepant]] | 1980年代にはCGRPが[[三叉神経]]で発現していることが明らかとなり<ref name=OConnor1988><pubmed>2470872</pubmed></ref>4、1990年代には、[[片頭痛]]患者の[[唾液]]中にCGRPが多く含まれていることが報告された<ref name=Nicolodi1990><pubmed>1690601</pubmed></ref>5。2000年代に入ると、CGRPの[[静脈]]内投与が片頭痛を誘発することが示され<ref name=Lassen2002><pubmed>11993614</pubmed></ref>6、片頭痛治療薬の標的として注目された。CGRP[[受容体]][[拮抗薬]]([[オルセゲパント]]([[olcegepant]])および[[テルカゲパント]]([[telcagepant]])の開発は、重篤な肝障害の発生により中止されたが、2010年代以降、CGRPまたはその受容体を標的とする[[モノクローナル抗体]]医薬品の開発が進展した。2018年には米国で初のCGRP関連抗体医薬品が承認され、片頭痛治療に貢献している。 | ||
[[ファイル:Hashikawa CGRP Fig1.png|サムネイル|'''図1. カルシトニンとαCGRPの選択的スプライシングの概略図'''<br>CALCA遺伝子には6つのエクソンが含まれており、第4エクソンはカルシトニン、第5エクソンはCGRPをコードしている。選択的スプライシングによって、それぞれ異なるmRNAが生成され、カルシトニンまたはCGRPが翻訳される。 文献<ref name=Sexton1991 />10より改変]] | [[ファイル:Hashikawa CGRP Fig1.png|サムネイル|'''図1. カルシトニンとαCGRPの選択的スプライシングの概略図'''<br>CALCA遺伝子には6つのエクソンが含まれており、第4エクソンはカルシトニン、第5エクソンはCGRPをコードしている。選択的スプライシングによって、それぞれ異なるmRNAが生成され、カルシトニンまたはCGRPが翻訳される。 文献<ref name=Sexton1991 />10より改変]] | ||
== 構造 == | == 構造 == | ||
37個のアミノ酸からなる[[ペプチド]]であり、最初の7個の[[アミノ酸]]が[[ジスルフィド結合]]により環状構造を形成する。この環状構造がCGRP受容体である [[カルシトニン受容体様受容体]] ([[calcitonin receptor-like receptor]]; [[CRLR]])の膜貫通ドメインと相互作用し、活性化する<ref name=Conner2002><pubmed>12196113</pubmed></ref>7。残りのアミノ酸残基、8~37領域も受容体と直接結合するため、ペプチド性受容体[[拮抗薬]]としてCGRP (8-37)が用いられる<ref name=Hughes1991><pubmed>1797334</pubmed></ref>8。 | 37個のアミノ酸からなる[[ペプチド]]であり、最初の7個の[[アミノ酸]]が[[ジスルフィド結合]]により環状構造を形成する。この環状構造がCGRP受容体である [[カルシトニン受容体様受容体]] ([[calcitonin receptor-like receptor]]; [[CRLR]])の膜貫通ドメインと相互作用し、活性化する<ref name=Conner2002><pubmed>12196113</pubmed></ref>7。残りのアミノ酸残基、8~37領域も受容体と直接結合するため、ペプチド性受容体[[拮抗薬]]としてCGRP (8-37)が用いられる<ref name=Hughes1991><pubmed>1797334</pubmed></ref>8。 | ||
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神経終末から遊離されたCGRPは、[[カルシトニン受容体様受容体]]([[CRLR]])と[[受容体活性修飾タンパク質]]([[receptor activity-modifying protein 1]]; [[RAMP1]])の複合体([[CGRP受容体]])あるいは[[カルシトニン受容体]]([[calcitonin receptor]])とRAMP1の複合体 ([[AMY1受容体]])の2種類の受容体を介して細胞内にシグナルを伝達する('''図2''')。 | 神経終末から遊離されたCGRPは、[[カルシトニン受容体様受容体]]([[CRLR]])と[[受容体活性修飾タンパク質]]([[receptor activity-modifying protein 1]]; [[RAMP1]])の複合体([[CGRP受容体]])あるいは[[カルシトニン受容体]]([[calcitonin receptor]])とRAMP1の複合体 ([[AMY1受容体]])の2種類の受容体を介して細胞内にシグナルを伝達する('''図2''')。 | ||
活性化された受容体はいずれも[[三量体GTP結合タンパク質]]を介して[[アデニル酸シクラーゼ]] ([[adenylyl cyclase]]; AC)を活性化し、[[セカンドメッセンジャー]]である[[cAMP]]の産生を促進する。cAMPは[[プロテインキナーゼA]] ([[PKA]])やそれを介し[[cAMP応答配列結合タンパク質]]([[CREB]])を活性化し、[[リン酸化]][[CREB]] (p-CREB)が核内で[[mRNA]][[転写]]を促進する。また、PKAは[[ATP感受性カリウムチャネル|ATP感受性K<sup>+</sup>チャネル]]を開口し、細胞外へのK<sup>+</sup>流出を促す。さらにPKAは、[[一酸化窒素合成酵素]]([[NOS]])や、[[細胞外シグナル調節キナーゼ]]([[ERK]])を活性化し、[[グルタミン酸]]の放出を促進するなど、[[神経修飾因子]]([[neuromodulator]])として中枢神経において多彩な機能を果たす。 | 活性化された受容体はいずれも[[Gs]]型[[三量体GTP結合タンパク質]]を介して[[アデニル酸シクラーゼ]] ([[adenylyl cyclase]]; AC)を活性化し、[[セカンドメッセンジャー]]である[[cAMP]]の産生を促進する。cAMPは[[プロテインキナーゼA]] ([[PKA]])やそれを介し[[cAMP応答配列結合タンパク質]]([[CREB]])を活性化し、[[リン酸化]][[CREB]] (p-CREB)が核内で[[mRNA]][[転写]]を促進する。また、PKAは[[ATP感受性カリウムチャネル|ATP感受性K<sup>+</sup>チャネル]]を開口し、細胞外へのK<sup>+</sup>流出を促す。さらにPKAは、[[一酸化窒素合成酵素]]([[NOS]])や、[[細胞外シグナル調節キナーゼ]]([[ERK]])を活性化し、[[グルタミン酸]]の放出を促進するなど、[[神経修飾因子]]([[neuromodulator]])として中枢神経において多彩な機能を果たす。 | ||
=== CGRP受容体 === | === CGRP受容体 === | ||