「セリンラセミ化酵素」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/raninoue 井上 蘭]、[http://researchmap.jp/hisashimori 森 寿]</font><br>
''富山大学 大学院医学薬学研究部''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年3月27日 原稿完成日:2012年4月13日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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{{GNF_Protein_box
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  | Name = Serine racemase
  | Name = Serine racemase
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英:serine racemase 独:Serin Racemase 英略称:SR  
英:serine racemase 独:Serin Racemase 英略称:SR  


同義語:セリンラセマーゼ
{{box|text=
 SRは、<small>L</small>-[[wikipedia:JA:セリン|セリン]]からの[[wikipedia:JA:ラセミ化反応|ラセミ化反応]]および<small>D,L</small>-セリンの[[wikipedia:JA:脱水反応|デヒドラターゼ反応]](α,β-脱離)を[[wikipedia:JA:触媒|触媒]]する[[wikipedia:JA:ピリドキサール|ピリドキサール5-リン酸]] (PLP)依存性の[[wikipedia:JA:酵素|酵素]]である。[[wikipedia:JA:哺乳類|哺乳類]]の[[前脳]]部位では、SRは[[D-セリン|<small>D</small>-セリン]]の合成だけでなく<small>D</small>-セリンの分解反応も触媒し、細胞内<small>D</small>-セリンの含量を制御している可能性がある。<small>D</small>-セリンは、[[グルタミン酸受容体]]の一つである[[NMDA型グルタミン酸受容体|''N''-メチル‐<small>D</small>-アスパラギン酸受容体]](NMDAR)の[[wikipedia:JA:グリシン|グリシン]]サイトに作用する内在性コ・アゴニストとして脳の高次機能発現や[[神経変性疾患]]などに重要な役割を果たしていると考えられている。
 SRは、<small>L</small>-[[wikipedia:JA:セリン|セリン]]からの[[wikipedia:JA:ラセミ化反応|ラセミ化反応]]および<small>D,L</small>-セリンの[[wikipedia:JA:脱水反応|デヒドラターゼ反応]](α,β-脱離)を[[wikipedia:JA:触媒|触媒]]する[[wikipedia:JA:ピリドキサール|ピリドキサール5-リン酸]] (PLP)依存性の[[wikipedia:JA:酵素|酵素]]である。[[wikipedia:JA:哺乳類|哺乳類]]の[[前脳]]部位では、SRは[[D-セリン|<small>D</small>-セリン]]の合成だけでなく<small>D</small>-セリンの分解反応も触媒し、細胞内<small>D</small>-セリンの含量を制御している可能性がある。<small>D</small>-セリンは、[[グルタミン酸受容体]]の一つである[[NMDA型グルタミン酸受容体|''N''-メチル‐<small>D</small>-アスパラギン酸受容体]](NMDAR)の[[wikipedia:JA:グリシン|グリシン]]サイトに作用する内在性コ・アゴニストとして脳の高次機能発現や[[神経変性疾患]]などに重要な役割を果たしていると考えられている。
}}


== 活性とその制御  ==
== 活性とその制御  ==


 <small>L</small>-セリンからのラセミ化反応および<small>D</small>,<small>L</small>-セリンのデヒドラターゼ反応(α,β-脱離)を触媒する<ref><pubmed>9892700</pubmed></ref><ref name=ref2><pubmed>15536068</pubmed></ref>。ラセミ化反応では<small>D</small>-セリン、デヒドラターゼ反応により[[wikipedia:JA:|ピルビン酸]]と[[wikipedia:JA:アンモニア|アンモニア]]が産生される。
 <small>L</small>-セリンからのラセミ化反応および<small>D</small>,<small>L</small>-セリンのデヒドラターゼ反応(α,β-脱離)を触媒する<ref><pubmed>9892700</pubmed></ref><ref name=ref2><pubmed>15536068</pubmed></ref>。ラセミ化反応では<small>D</small>-セリン、デヒドラターゼ反応により[[wikipedia:JA:|ピルビン酸]]と[[wikipedia:JA:アンモニア|アンモニア]]が産生される。
[[ファイル:Serine racemase.jpg|thumb|center|300px|'''図 セリンラセミ化酵素の反応''']]
[[ファイル:Serine racemase.jpg|thumb|left|300px|'''図 セリンラセミ化酵素の反応''']]
 種々の生物に広く存在しており、これまでに[[wikipedia:JA:カイコ|カイコ]]、[[wikipedia:JA:ラット|ラット]]、[[wikipedia:JA:マウス|マウス]]、[[wikipedia:JA:ヒト|ヒト]]、[[wikipedia:JA:シロイヌナズナ|シロイヌナズナ]]などから精製、クローニングされている。動物型SRは、[[wikipedia:JA:補因子|補因子]]としてPLPを必要とし、Mg<sup>2+</sup>、Ca<sup>2+</sup>などの2価カチオンや[[wikipedia:JA:ATP|ATP]]により活性が上昇する<ref><pubmed>12393813</pubmed></ref><ref><pubmed>12515328</pubmed></ref>。 SRは[[wikipedia:JA:翻訳後修飾|翻訳後修飾]]を受けており、[[リン酸化]]により酵素が活性化され、[[wikipedia:JA:S-ニトロシル化|''S''-ニトロシル化]]により酵素活性が抑制される<ref><pubmed>20493854</pubmed></ref><ref><pubmed>17293453</pubmed></ref>。  
 種々の生物に広く存在しており、これまでに[[wikipedia:JA:カイコ|カイコ]]、[[wikipedia:JA:ラット|ラット]]、[[wikipedia:JA:マウス|マウス]]、[[wikipedia:JA:ヒト|ヒト]]、[[wikipedia:JA:シロイヌナズナ|シロイヌナズナ]]などから精製、クローニングされている。動物型SRは、[[wikipedia:JA:補因子|補因子]]としてPLPを必要とし、Mg<sup>2+</sup>、Ca<sup>2+</sup>などの2価カチオンや[[wikipedia:JA:ATP|ATP]]により活性が上昇する<ref><pubmed>12393813</pubmed></ref><ref><pubmed>12515328</pubmed></ref>。 SRは[[wikipedia:JA:翻訳後修飾|翻訳後修飾]]を受けており、[[リン酸化]]により酵素が活性化され、[[Sニトロシル化]]により酵素活性が抑制される<ref><pubmed>20493854</pubmed></ref><ref><pubmed>17293453</pubmed></ref>。  


 また、様々なタンパク質との結合により活性制御を受ける。[[Glutamate receptor interacting protein]] (GRIP)および[[Protein interacting with C kinase 1]] (PICK1)との結合はSRを活性化し、[[Golgi-localized protein]] (Golga 3)との結合は、SRの[[ユビキチン化]]を低下させることで、その分解を抑制する<ref><pubmed>16314870</pubmed></ref><ref><pubmed>12515328</pubmed></ref><ref><pubmed>16714286</pubmed></ref>。[[wikipedia:JA:細胞膜|細胞膜]]に存在する[[ホスファチジルイノシトール#PI.284.2C5.29P2|ホスファチジルイノシトール 4,5-二リン酸]] (PlP2)はSRと結合し、SRの活性を抑制する<ref><pubmed>19380732</pubmed></ref><ref><pubmed>19193859</pubmed></ref>。  
 また、様々なタンパク質との結合により活性制御を受ける。[[Glutamate receptor interacting protein]] (GRIP)および[[Protein interacting with C kinase 1]] (PICK1)との結合はSRを活性化し、[[Golgi-localized protein]] (Golga 3)との結合は、SRの[[ユビキチン化]]を低下させることで、その分解を抑制する<ref><pubmed>16314870</pubmed></ref><ref><pubmed>12515328</pubmed></ref><ref><pubmed>16714286</pubmed></ref>。[[細胞膜]]に存在する[[ホスファチジルイノシトール#PI.284.2C5.29P2|ホスファチジルイノシトール 4,5-二リン酸]] (PlP2)はSRと結合し、SRの活性を抑制する<ref><pubmed>19380732</pubmed></ref><ref><pubmed>19193859</pubmed></ref>。  


 リコンビナントマウスSRを用いた''in vitro''の研究では、SRのデヒドラターゼ活性がセリンラセミ化活性の3.7倍であるが<ref name=ref2 />、''in vivo''でもデヒドラターゼ活性がセリンラセミ化活性より高いかどうかは不明である。
 リコンビナントマウスSRを用いた''in vitro''の研究では、SRのデヒドラターゼ活性がセリンラセミ化活性の3.7倍であるが<ref name=ref2 />、''in vivo''でもデヒドラターゼ活性がセリンラセミ化活性より高いかどうかは不明である。
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<references />
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<br>(執筆者:井上 蘭、森 寿 担当編集委員:林 康紀)