「アクチビン」の版間の差分

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== アクチビンとは ==
== アクチビンとは ==
 アクチビンは、下垂体前葉細胞からの卵胞刺激ホルモン(FSH)分泌を抑制するインビビンをブタ卵胞液から精製する過程で、インヒビンとは逆にFSHの分泌を促進する分子として偶然に発見された<ref name=Ling1986><pubmed>3086749</pubmed></ref><ref name=Vale1986><pubmed>3012369</pubmed></ref>。
 アクチビンは、[[下垂体前葉]]細胞からの[[卵胞刺激ホルモン]]([[FSH]])分泌を抑制する[[インビビン]]を[[ブタ]][[卵胞]]液から精製する過程で、インヒビンとは逆にFSHの分泌を促進する分子として偶然に発見された<ref name=Ling1986><pubmed>3086749</pubmed></ref><ref name=Vale1986><pubmed>3012369</pubmed></ref>。
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig1.png|サムネイル|'''図1. アクチビンとインヒビン''']]
 
 内分泌の要である視床下部―下垂体―生殖腺系では、視床下部由来のGnRH(gonadotropin-releasing hormone)が下垂体前葉からのゴナドトロピン(FSH, LH(黄体形成ホルモン))の分泌を促進し、生殖腺でのステロイド産生と成熟を促す。生殖腺ではエストロゲンなどのステロイドホルモンやFSH, LHが視床下部へのネガティブ・フィードバック機構でGnRH産生を抑制している。生殖腺由来の非ステロイド性の分子が下垂体前葉からのFSHの産生や分泌を特異的に抑制する機構が提唱されていた。これが1932年に提唱されたインヒビン仮説である<ref name=McCullagh1932><pubmed>17815236</pubmed></ref>。1985年になるとインヒビンがブタ卵胞液からタンパク質として精製され、その存在が証明された<ref name=Makanji2014><pubmed>25051334</pubmed></ref>。インヒビンは18kDaのインヒビンα鎖と13kDaのアクチビンβ鎖(βAあるいはβB)のペプチドがS-S結合を介してヘテロ二量体の構造を有する。インヒビンA(αβA)とインヒビンB(αβB)である('''図1''')。このインヒビン精製の過程で、逆にFSHの分泌を促進するペプチドも発見されアクチビンと命名された。その際、精製されたのは、アクチビンA(βAβA:アクチビンβA鎖のホモ二量体)とアクチビンAB(βAβB:アクチビンはβA鎖とアクチビンβB鎖のヘテロ二量体)である。その後、卵巣、卵胞液、フォリスタチン/アクチビンを複合体として精製することで、アクチビンB(βBβB:アクチビンβB鎖のホモ二量体)も生体内で存在することが証明されている。なお、フォリスタチンは、細胞外でアクチビンに結合しその生理活性を強く阻害する。
 内分泌の要である[[視床下部]]―[[下垂体]]―[[生殖腺]]系では、[[視床下部]]由来の[[性腺刺激ホルモン放出ホルモン]] ([[gonadotropin-releasing hormone]]; [[GnRH]])が下垂体前葉からの[[ゴナドトロピン]](FSH, [[黄体形成ホルモン]] ([[lutenizing hormone]]; LH))の分泌を促進し、生殖腺の成熟と[[ステロイド]]産生を促す。生殖腺では[[エストロゲン]]などのステロイドホルモンやFSH, LHが視床下部への[[ネガティブ・フィードバック]]機構でGnRH産生を抑制している。それとは別に、水溶性が高い生殖腺由来の非ステロイド性の分子が下垂体前葉からのFSHの産生や分泌を特異的に抑制する機構が示唆されていた。これが1932年に提唱された[[インヒビン仮説]]である<ref name=McCullagh1932><pubmed>17815236</pubmed></ref>。1985年になるとインヒビンがブタ卵胞液からタンパク質として精製され、その存在が証明された<ref name=Makanji2014><pubmed>25051334</pubmed></ref>。このインヒビン精製の過程で、逆にFSHの分泌を促進するペプチドも発見されアクチビンと命名された。その後、[[卵巣]]、卵胞液、[[フォリスタチン]]/アクチビンを複合体として精製することで、アクチビンBも生体内で存在することが証明されている。
 
 インヒビンとアクチビンは共通のβ鎖を持つことから部分的に類似した構造を有する。しかしながら、生理学的作用は正反対である。アクチビンを構成するβ鎖サブユニットにはβA鎖とβB鎖が知られている。アクチビンは、神経内分泌系や細胞の分化誘導に関わるペプチドホルモンであるが、それ以外にも様々な生理作用を有する重要なシグナル分子である。フォリスタチンは、細胞外でアクチビンに結合しその生理活性を強く阻害する。
 
 アクチビン/インヒビン/フォリスタチン系は神経系で興味深い作用を発揮し、特に[[神経内分泌]]系、[[下垂体]]制御系で重要な生理作用を持つ。アクチビンの作用は産生組織周辺の[[オートクライン]]作用あるいは[[パラクリン]]作用が主体である。例えば、下垂体内ではオートクライン作用でFSHの[[転写]]や分泌を調節している。


 構造的には、アクチビンはTGF-βファミリーに属するポリペプチドであり、アクチビンβ鎖(インヒビンβ鎖とも称されるが、本稿ではアクチビンβ鎖と呼ぶ。)のホモ二量体またはヘテロ二量体として存在する。インヒビンはインヒビンα鎖とアクチビンβ鎖のヘテロ二量体であり、インヒビンとアクチビンは共通のβ鎖を持つことから部分的に類似した構造を有する。しかしながら、生理学的作用は正反対である。インヒビンのサブユニットのインヒビンα鎖は1種類のみであり、アクチビンβ鎖の違いによりインヒビンAとインヒビンBが存在する。アクチビンを構成するβ鎖サブユニットにはβA鎖とβB鎖が知られている。主要なサブファミリーとしては、アクチビンA(βAβA), B(βBβB), AB(βAβB)が生体に存在する('''図1''')。なお、肝臓特異的に発現するアクチビンC(βCβC)とアクチビンE(βEβE)も知られている。アクチビンは、神経内分泌系や細胞の分化誘導に関わるペプチドホルモンであるが、それ以外にも様々な生理作用を有する重要なシグナル分子である。生殖器系への作用が主に解析されてきたがその機能は極めて多彩で、細胞分化、アポトーシス、初期発生、細胞周期調節、創傷治癒、免疫調節など多岐に渡る。神経系でも興味深い作用を発揮する。
 さらにアクチビンは多くの組織で産生され、神経系以外の組織でも[[細胞分化]]、[[アポトーシス]]、初期[[発生]]、[[細胞周期]]調節、創傷治癒、免疫調節など多岐に渡る機能を発揮する。


 アクチビン/インヒビン/フォリスタチン系は神経内分泌系、下垂体制御系で重要な生理作用を持つ。生殖腺由来のインヒビンはフィードバック調節による下垂体での作用が主要であり低濃度でFSH産生を抑制する。これはFSHの基礎分泌がアクチビンにより維持されており、それをインヒビンがアンタゴニストとして作用し、それを阻害するためと考えられている。アクチビンの作用は産生組織周辺のオートクライン作用あるいはパラクリン作用が主体である。例えば、下垂体内ではオートクライン作用でFSHの転写や分泌を調節している。卵巣顆粒膜細胞では、アクチビンはプロゲステロン産生やLH受容体を増加させ黄体化を促進する。この作用は主としてパラクライン作用と考えられている。アクチビンは多くの組織で産生され、視床下部―下垂体―生殖腺以外の組織でも多彩な機能を発揮する。神経系でもアクチビンは極めてユニークな作用を発揮する。
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig1.png|サムネイル|'''図1. アクチビンとインヒビン''']]
[[ファイル:2arv.pdb|サムネイル|'''図2. アクチビンの立体構造'''<br>[https://www.rcsb.org/structure/2ARV PDB 2ARV]。]]
[[ファイル:2arv.pdb|サムネイル|'''図2. アクチビンの立体構造'''<br>[https://www.rcsb.org/structure/2ARV PDB 2ARV]。]]
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig3.png|サムネイル|'''図3. アクチビンと受容体(ActRIIB-ECD)の結合'''<br>下部がアクチビン二量体、上部(緑、オレンジ)がActRIIBの細胞外領域。[https://www.rcsb.org/structure/1S4Y PDB 1S4Y]。]]
== 構造 ==
== 構造 ==
 アクチビンは,アクチビンβA鎖あるいはアクチビンβB鎖のホモ二量体あるいはヘテロ二量体である。前駆体ペプチドがS-S結合で二量体を形成した後にプロセシングを受けて約26 kDaの二量体の成熟型が生成される。アクチビンはTGF-β(transforming growth factor-β)ファミリーに属する細胞増殖因子である(下記サブファミリーの項目を参照)。主要な二量体のアクチビンはアクチビンA,B,ABである('''図1''')。立体構造も解明されており、各サブユニットは、複数のβシート構造とαヘリックス構造からなり、全体として、二量体はバタフライ様の構造を取る('''図2''')。いわば両手を組合わせたような構造であり、リスト部分のα-ヘリックス構造、4本の指に相当する4つのβ-シート部分が逆並行に配置され、先端はシステイン・ノットと称される結び目構造を取る。アクチビンは他のTGF-βファミリーに比べて、受容体に結合していない状態では、比較的柔軟な構造を取りうる<ref name=Greenwald2004><pubmed>15304227</pubmed></ref><ref name=Thompson2003><pubmed>12660162</pubmed></ref><ref name=Thompson2005><pubmed>16198295</pubmed></ref>。バタフライ構造がより引き寄せられた構造やより開いた構造も取る。アクチビン・I型受容体・II型受容体複合体は、1:2:2の比率で複合体を形成する。I型受容体はアクチビン二量体のくぼみの部分に、II型受容体にはナックル領域に結合する<ref name=Greenwald2004><pubmed>15304227</pubmed></ref><ref name=Thompson2003><pubmed>12660162</pubmed></ref>。フォリスタチンとの結合はフォリスタチンの項を参照されたい。
=== サブユニット構成 ===
 [[トランスフォーミング増殖因子β]] ([[transforming growth factor-β]]; [[TGF-β]])ファミリーに属する[[ポリペプチド]]であり、アクチビンβ鎖(インヒビンβ鎖とも称されるが、本稿ではアクチビンβ鎖と呼ぶ。)のホモ二量体またはヘテロ二量体として存在する。主要なサブファミリーとしては、[[アクチビンA]](βAβA), [[アクチビンB|B]](βBβB), [[アクチビンAB|AB]](βAβB)が生体に存在する('''図1''')。[[肝臓]]特異的に発現する[[アクチビンC]] (βCβC)と[[アクチビンE]] (βEβE)も知られている。前駆体ペプチドが[[S-S結合]]で二量体を形成した後にプロセシングを受けて約26 kDaの二量体の成熟型が生成される。
 
 インヒビンもTGF-βファミリーに属する細胞増殖分化因子である。インヒビンα鎖と13kDaのアクチビンβ鎖のペプチドが[[S-S結合]]を介してヘテロ二量体の構造を有する。インヒビンのサブユニットのインヒビンα鎖は1種類のみであり、アクチビンβ鎖の違いにより[[インヒビンA]] (αβA)と[[インヒビンB]] (αβB)が存在する('''図1''')。
 
=== 立体構造 ===
 各サブユニットは、複数の[[βシート構造]]と[[αヘリックス構造]]からなり、全体として、二量体はバタフライ様の構造を取る('''図2''')。いわば両手を組合わせたような構造であり、リスト部分のα-ヘリックス構造、4本の指に相当する4つのβ-シート部分が逆並行に配置され、先端は[[システイン・ノット]]と称される結び目構造を取る。アクチビンは他のTGF-βファミリーに比べて、受容体に結合していない状態では、比較的柔軟な構造を取りうる<ref name=Greenwald2004><pubmed>15304227</pubmed></ref><ref name=Thompson2003><pubmed>12660162</pubmed></ref><ref name=Thompson2005><pubmed>16198295</pubmed></ref>。バタフライ構造がより引き寄せられた構造やより開いた構造も取る。
 
== サブファミリー ==
 一般的に単にアクチビンと表記される場合は、アクチビンAを示すことが多い。主要な二量体のアクチビンはアクチビンA、B、ABである。TGF-βスーパーファミリーには、多くが知られており、TGF-βサブグループ、[[骨形成因子]] ([[bone morphogenetic protein]]; [[BMP]])サブグループ、アクチビン/[[ノーダル]]サブグループに大別される。構造上、アクチビンは、[[マイオスタチン]]、[[成長分化因子11]] ([[growth differentiation factor 11]]; [[GDF11]])に類似している。アクチビンを構成するアクチビンβ鎖はそれぞれ9個のシステインを持つが、多くのTGF-βファミリーに属する分子で保存されている。そのうちの1つのシステインがアクチビンβ鎖の二量体形成に寄与し、他のシステインはサブユニット内のジスルフィド結合に関与し二量体の安定化を支持している。サブファミリーとして、アクチビンには、アクチビンβ鎖を共有した阻害因子のインヒビンが存在することがTGF-βスーパーファミリーの中でユニークである。
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig4.png|サムネイル|'''図3. アクチビンのII型およびI型受容体''']]
 
== アクチビン受容体 ==
 1回膜貫通型で細胞内に[[セリン/スレオニンキナーゼ]]の構造を有する('''図3''')。I型受容体とII型受容体が存在する。I型受容体は単独ではアクチビンへの結合は示さないが、アクチビン/II型受容体の複合体に会合する。1分子のアクチビンに対し、I型、II型受容体各々の二量体が会合し、1:2:2の比率の複合体を形成する。
 
=== I型受容体 ===
 I型受容体は、[[activin-receptor like kinase]] ([[ALK]])と総称され、[[ALK1]]~[[ALK7|7]]まで存在する。主に[[ALK4]]([[ActRIB]], ACVRIB)であり、アクチビンA、ABのシグナルを伝達する。アクチビンBに関しては、その生理活性がアクチビンAより弱いことが知られていたが、II型受容体への結合が弱いためと考えられている。そして、I型受容体として主としてALK7 ([[ACVR1C]]、[[ActRIC]])を活性化する<ref name=Bernard2006><pubmed>17040568</pubmed></ref><ref name=Tsuchida2004><pubmed>15196700</pubmed></ref>(Table 1)。ALK7(ACVR1C)は神経系と脂肪組織での発現が高く、アクチビンB以外に、[[成長分化因子3]] ([[GDF3]]), [[成長分化因子1]] ([[GDF1]])、[[ノーダル]]の受容体としても働く<ref name=Reissmann2001><pubmed>11485994</pubmed></ref><ref name=Bertolino2008><pubmed>18480258</pubmed></ref>。GDF3、GDF1、ノーダルの場合は[[EGF-CFC]]ファミリーに属する[[cripto]]または[[cryptic]]が補助因子として受容体の活性化に寄与する。
 
=== II型受容体 ===
 アクチビンは、II型受容体の細胞外領域に結合する。II型受容体は恒常的に[[リン酸化]]されている。II型受容体としては、[[ActRIIA]] (ACVR2A)が[[発現クローニング]]の手法で最初に同定された。その後、[[ActRIIB]] (ACVR2B)が発見された<ref name=Mathews1991><pubmed>1646080</pubmed></ref><ref name=Attisano1992><pubmed>1310075</pubmed></ref><ref name=Tsuchida2008><pubmed>17878607</pubmed></ref>。ACVR2AとACVR2Bの両者はアクチビンのII型受容体として働く。
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig3.png|サムネイル|'''図4. アクチビンと受容体(ActRIIB-ECD)の結合'''<br>下部がアクチビン二量体、上部(緑、オレンジ)がActRIIBの細胞外領域。[https://www.rcsb.org/structure/1S4Y PDB 1S4Y]。]]
===アクチビン-受容体の結合の構造基盤===
 I型受容体はアクチビン二量体のくぼみの部分に、II型受容体にはナックル領域に結合する<ref name=Greenwald2004><pubmed>15304227</pubmed></ref><ref name=Thompson2003><pubmed>12660162</pubmed></ref>
 
 インヒビンAは[[アクチビンII型受容体]]に結合し、[[βグリカン]]を共受容体とすることでアクチビンのII型受容体への結合を抑制しアクチビンに拮抗する。インヒビンBのアクチビンII型受容体への結合は下垂体前葉の[[性腺刺激ホルモン]]産生細胞([[ゴナドトロフ]])に特異的に発現する[[transforming growth factor beta receptor 3 like]] ([[TGFBR3L]])を[[共受容体]]とすることで高まりアクチビンと拮抗する<ref name=Brule2021><pubmed>34910520</pubmed></ref><ref name=Lewis2000><pubmed>10746731</pubmed></ref>'''(表1)'''。
 
 アクチビン受容体にはスプライシングの違いによるアイソフォームが存在する。ActRIIA (ACVR2A)には、神経系特異的なActRIIA-Nが知られている<ref name=Shoji1998><pubmed>9610356</pubmed></ref>。ActRIIB(ACVR2B)にも4種のスプライシングバリアントが報告されている<ref name=Attisano1992><pubmed>1310075</pubmed></ref>。ActRIB (ACVRIB)には[[下垂体腺腫]]特異的バリアントが存在する。カルボキシル末端欠損型が見られ、[[優性阻害体]]として作用する<ref name=Alexander1996><pubmed>8636304</pubmed></ref>。ActRIC(ACVR1C)にもバリアントが知られている<ref name=Roberts2003><pubmed>12606401</pubmed></ref>。
 
 [[フォリスタチン]]は、細胞外でアクチビンと2:1(フォリスタチン2分子にアクチビン1分子)で結合しその機能を阻害する。詳細は[[フォリスタチン]]の項を参照されたい。


 インヒビンは,2種の異なった遺伝子由来のα鎖サブユニットとβ鎖サブユニットの前駆体が二量体を形成し,プロセシングを受けて,カルボキシル末端の成熟型の二量体として成熟体インヒビンが産生される.インヒビンAとインヒビンBが存在する('''図1''')。インヒビンもTGF-βファミリーに属する細胞増殖分化因子である。インヒビンAはアクチビンII型受容体に結合し、βグリカンを共受容体とすることでアクチビンのII型受容体への結合を抑制しアクチビンに拮抗する。インヒビンBのアクチビンII型受容体への結合は下垂体前葉の性線刺激ホルモン産生細胞(ゴナドトロフ)に特異的に発現するTGFBR3L(transforming growth factor beta receptor 3 like)を共受容体とすることで高まりアクチビンと拮抗する<ref name=Brule2021><pubmed>34910520</pubmed></ref><ref name=Lewis2000><pubmed>10746731</pubmed></ref>'''(表1)'''。
{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|+表1. アクチビンの受容体の構成
|+表1. アクチビンの受容体の構成
! リガンド !! タイプII受容体 !! タイプI受容体 !! コ・レセプター !! Smad
! リガンド !! タイプII受容体 !! タイプI受容体 !! 共受容体 !! Smad
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| アクチビン A || ACVR2A, ACVR2B || ACVR1B, (ACVR1C) || - || rowspan="3"|Smad 2,3 with Smad4
| アクチビンA || [[ACVR2A]], [[ACVR2B]] || [[ACVR1B]], ([[ACVR1C]]) || - || rowspan="3"|[[Smad2]],[[SMAD3|3]] with [[Smad4]]
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| アクチビン B || ACVR2A, ACVR2B || ACVR1C, ACVR1B || -  
| アクチビンB || ACVR2A, ACVR2B || ACVR1C, ACVR1B || -  
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| アクチビン AB || ACVR2A, ACVR2B || ACVR1B, (ACVR1C) || -  
| アクチビンAB || ACVR2A, ACVR2B || ACVR1B, (ACVR1C) || -  
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| インヒビン A || ACVR2A, ACVR2B || - || Betaglycan ||  
| インヒビンA || ACVR2A, ACVR2B || - || &beta;glycan ||  
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| インヒビン B || ACVR2A, ACVR2B || - || TGFBR3L ||  
| インヒビンB || ACVR2A, ACVR2B || - || TGFBR3L ||  
|}
|}


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! 構造 !! PDB !! 参考文献
! 構造 !! PDB !! 参考文献
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| アクチビンA ||  2ARV ||<ref name=Harrington2006><pubmed>16482217</pubmed></ref>
| アクチビンA ||  [https://www.rcsb.org/structure/2ARV 2ARV] ||<ref name=Harrington2006><pubmed>16482217</pubmed></ref>
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| アクチビンAとアクチビンII型受容体 (ACVR2A, ActRIIA) 複合体 || 7U5P ||<ref name=Chu2022><pubmed>35643319</pubmed></ref>
| アクチビンAとアクチビンII型受容体 (ACVR2A, [[ActRIIA]]) 複合体 || [https://www.rcsb.org/structure/7U5P 7U5P] ||<ref name=Chu2022><pubmed>35643319</pubmed></ref>
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| アクチビンAとアクチビンII型受容体 (ACVR2B, ActRIIB) 複合体('''図3''') || 1NYU 1NYS ||<ref name=Thompson2003><pubmed>12660162</pubmed></ref>
| アクチビンAとアクチビンII型受容体 (ACVR2B, ActRIIB) 複合体('''図4''') || [https://www.rcsb.org/structure/1NYU 1NYU] [https://www.rcsb.org/structure/1NYS 1NYS] ||<ref name=Thompson2003><pubmed>12660162</pubmed></ref>
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| アクチビンAとフォリスタチン複合体 || 2B0U ||<ref name=Cash2009><pubmed>19644449</pubmed></ref><ref name=Thompson2005><pubmed>16198295</pubmed></ref>
| アクチビンAとフォリスタチン複合体 || [https://www.rcsb.org/structure/2B0U 2B0U] ||<ref name=Cash2009><pubmed>19644449</pubmed></ref><ref name=Thompson2005><pubmed>16198295</pubmed></ref>
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| アクチビンAとFSTL3(FLRG)複合体 || 3B4V ||<ref name=Stamler2008><pubmed>18768470</pubmed></ref>
| アクチビンAとFSTL3(FLRG)複合体 || [https://www.rcsb.org/structure/3B4V 3B4V] ||<ref name=Stamler2008><pubmed>18768470</pubmed></ref>
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|}
== サブファミリー ==
 一般的に単にアクチビンと表記される場合は、アクチビンAを示すことが多い。主要な二量体のアクチビンはアクチビンA,B,ABである。TGF-βスーパーファミリーに属する細胞増殖分化因子である。TGF-βスーパーファミリーには、多くのリガンドが知られており、TGF-βサブグループ、BMP(骨形成因子)サブグループ、アクチビン/nodalサブグループに大別される。構造上、アクチビンは、マイオスタチン、GDF11に類似している。アクチビンを構成するアクチビンβ鎖はそれぞれ9個のシステインを持つが、多くのTGF-βファミリーに属する分子で保存されている。そのうちの1つのシステインがアクチビンβ鎖の二量体形成に寄与し、他のシステインはサブユニット内のジスルフィド結合に関与し二量体の安定化を支持している。サブファミリーとして、アクチビンには、アクチビンβ鎖を共有した阻害因子のインヒビンが存在することがTGF-βスーパーファミリーの中でユニークである。肝臓特異的な発現をするアクチビンCとアクチビンEは代謝調節に関与している。すべてTGF-βスーパーファミリーに属するポリペプチド型の細胞増殖分化制御因子である。
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig4.png|サムネイル|'''図4. アクチビンのII型およびI型受容体''']]
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig5.png|サムネイル|'''図5. アクチビンのシグナル伝達の概要''']]
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig5.png|サムネイル|'''図5. アクチビンのシグナル伝達の概要''']]
== アクチビン受容体 ==
 アクチビンを含めたTGF-βファミリーの受容体は、1回膜貫通型で細胞内にセリン/スレオニンキナーゼの構造を有する('''図4''')。I型受容体とII型受容体が存在する。アクチビンは、II型受容体の細胞外領域に結合する。II型受容体は恒常的にリン酸化されている。I型受容体は単独ではアクチビンへの結合は示さないが、アクチビン/II型受容体の複合体に会合する。アクチビンが結合すると、受容体各々の二量体が会合したヘテロ四量体として機能している。II型受容体としては、ActRIIA(ACVR2A)が発現クローニングの手法でTGF-βファミリーの受容体として最初に同定された。その後、ActRIIB(ACVR2B)が発見された<ref name=Mathews1991><pubmed>1646080</pubmed></ref><ref name=Attisano1992><pubmed>1310075</pubmed></ref><ref name=Tsuchida2008><pubmed>17878607</pubmed></ref>。ACVR2AとACVR2Bの両者はアクチビンのII型受容体として働く。I型受容体は、ALK(activin-receptor like kinase)と総称され、ALK1~7まで存在する。アクチビンのI型受容体は、主にALK4(ActRIB, ACVRIB)であり、アクチビンA, ABのシグナルを伝達する。アクチビンBに関しては、その生理活性がアクチビンAより弱いことが知られていたが、II型受容体への結合が弱いためと考えられている。そして、I型受容体として主としてALK7(ACVR1C、ActRIC)を活性化する<ref name=Bernard2006><pubmed>17040568</pubmed></ref><ref name=Tsuchida2004><pubmed>15196700</pubmed></ref>(Table 1)。ALK7(ACVR1C)は神経系と脂肪組織での発現が高く、アクチビンB以外に、GDF3 (growth differentiation factor 3), GDF1, nodalの受容体としても働く<ref name=Reissmann2001><pubmed>11485994</pubmed></ref><ref name=Bertolino2008><pubmed>18480258</pubmed></ref>。GDF3, GDF1, Nodalの場合はEGF-CFCファミリーに属するcriptoまたはcrypticが補助因子として受容体の活性化に寄与する。


 アクチビンがII型受容体の細胞外領域と結合しI型受容体と複合体を形成すると、I型受容体の細胞内領域にあるグリシン/セリンに富んだGS領域がII型受容体によりリン酸化を受ける。アクチビンの細胞内シグナルは、受容体の下流ではTGF-β型のSmadであるSmad2/3をリン酸化し、Smad4と共に核移行し様々な転写活性因子と相互作用し転写を調節している('''図5''')。フィードバックにより、抑制型SmadであるSmad6/7で阻害される。アクチビンのI型受容体(ACVR1BとACVR1C)はTGF-βのI型受容体であるALK5と構造及び機能面で類似しており、細胞内シグナルもTGF-βと共通点が多い<ref name=Tsuchida2008><pubmed>17878607</pubmed></ref>。
===細胞内情報伝達===
 アクチビンがII型受容体の細胞外領域と結合しI型受容体と複合体を形成すると、I型受容体の細胞内領域にある[[グリシン]]/[[セリン]]に富んだGS領域がII型受容体によりリン酸化を受ける。アクチビン受容体の細胞内シグナルは、[[Smad]]と呼ばれる一群の分子によって伝達される。受容体が活性化されると[[Smad2]]/[[Smad3|3]]をリン酸化し、[[Smad4]]と共に[[核]]移行し様々な[[転写活性因子]]と相互作用し転写を調節している('''図5''')。フィードバックにより、抑制型Smadである[[Smad6]]/[[Smad7|7]]で阻害される。アクチビンのI型受容体(ACVR1BとACVR1C)はTGF-βのI型受容体である[[ALK5]]と構造及び機能面で類似しており、細胞内シグナルもTGF-βと共通点が多い<ref name=Tsuchida2008><pubmed>17878607</pubmed></ref>。


 アクチビン受容体にはスプライシングの違いによるアイソフォームが存在する。ActRIIA(ACVR2A)には、神経系特異的なActRIIA-Nが知られている<ref name=Shoji1998><pubmed>9610356</pubmed></ref>。ActRIIB(ACVR2B)にも4種のスプライシングバリアントが報告されている<ref name=Attisano1992><pubmed>1310075</pubmed></ref>。ActRIB (ACVRIB)には下垂体腺腫特異的バリアントが存在する。カルボキシル末端欠損型が見られ、優性阻害体として作用する<ref name=Alexander1996><pubmed>8636304</pubmed></ref>。ActRIC(ACVR1C)にもバリアントが知られている<ref name=Roberts2003><pubmed>12606401</pubmed></ref>。
== 発現 ==
細胞外では、アクチビンの結合タンパク質としてフォリスタチンが知られている。フォリスタチンは、細胞外でアクチビンと2:1(フォリスタチン2分子にアクチビン1分子)で結合しその機能を阻害する。
 アクチビンAの[[mRNA]]やタンパク質は多くの組織で発現が確認される。神経系では、海馬では[[CA1]], [[CA3]], [[歯状回]]での発現が確認されている。[[長期増強]]([[long-term potentiation]]; [[LTP]])誘導刺激で、海馬での発現が顕著に上昇する<ref name=Andreasson1995><pubmed>8596648</pubmed></ref><ref name=Inokuchi1996><pubmed>8612762</pubmed></ref><ref name=Tretter1996><pubmed>8905672</pubmed></ref>。


== 発現 ==
 アクチビンBのmRNAやタンパク質は、神経系では、[[大脳皮質]]、海馬、[[嗅球]]、[[延髄]]、[[小脳]]、[[視床]]で発現する。ACVR2Aの神経系での発現は、[[皮質]][[サブプレート]]、海馬、嗅球で多く見られる。ACVR1Bは、神経系で大脳皮質、海馬、嗅球、[[線条体]]など多くの組織で発現する。ACVR1Cは、[[前脳]]、海馬CA3、[[基底核]]、視床、小脳での発現が見られる<ref name=Tsuchida1996><pubmed>8875430</pubmed></ref>
 アクチビンAのmRNAやタンパク質は多くの組織で発現が確認される。神経系では、内在性アクチビンAは、海馬ではCA1, CA3, DGでの発現が確認されている。長期増強(LTP, long-term potentiation)誘導刺激で、海馬での発現が顕著に上昇する<ref name=Andreasson1995><pubmed>8596648</pubmed></ref><ref name=Inokuchi1996><pubmed>8612762</pubmed></ref><ref name=Tretter1996><pubmed>8905672</pubmed></ref>。神経系では、アクチビンBのmRNAやタンパク質は、皮質、海馬、嗅球、延髄、小脳、視床で発現する。ACVR2Aの神経系での発現は、皮質サブプレート、海馬、嗅球で多く見られる。ACVR1Bは、神経系で大脳皮質、海馬、嗅球、線状体など多くの組織で発現する。ACVR1Cは、前脳、海馬CA3、基底核、視床、小脳での発現が見られる<ref name=Tsuchida1996><pubmed>8875430</pubmed></ref>。ACVR1Cの神経系における機能は最近報告されている。


== 機能 ==
== 機能 ==
 アクチビンは、作用も多彩である。生殖腺顆粒膜細胞や膵内分泌細胞の分化促進,赤芽球分化促進,肝細胞や免疫B細胞のアポトーシス誘導,神経細胞の保護作用を列挙することができる。神経細胞の生存因子としても精製されている<ref name=Schubert1990><pubmed>2330043</pubmed></ref>。アクチビンの存在する組織にはフォリスタチンが共存し作用を調節している。アクチビンのシグナルでフォリスタチンの発現は上昇する。
 アクチビンは、多彩な作用を持つ。生殖腺顆粒膜細胞や[[膵]]内分泌細胞の分化促進、[[赤芽球]]分化促進、[[肝細胞]]や免疫[[B細胞]]の[[アポトーシス]]誘導、神経細胞の保護作用を列挙することができる。肝臓特異的な発現をするアクチビンCとアクチビンEは代謝調節に関与している。神経細胞の生存因子としても精製されている<ref name=Schubert1990><pubmed>2330043</pubmed></ref>。アクチビンの存在する組織にはフォリスタチンが共存し作用を調節している。アクチビンのシグナルでフォリスタチンの発現は上昇する。


===内分泌系===
===内分泌系===
 ラット下垂体前葉細胞では主にオートクリンの機構で作用する。阻害抗体でFSH分泌が抑制されることから下垂体ではアクチビンBが自己分泌機能により基礎的なFSH分泌・産生を主に調節している<ref name=Corrigan1991><pubmed>1900235</pubmed></ref><ref name=Bilezikjian1993><pubmed>8243276</pubmed></ref>。FSHβ鎖サブユニットのmRNA発現を安定化させFSH分泌を促す作用を持つ<ref name=Justice2011><pubmed>21700720</pubmed></ref>。パラクリン作用で下垂体内の他のホルモン分泌にも寄与する可能性がある。
 [[ラット]]下垂体前葉細胞では主にオートクリンの機構で作用する。阻害抗体でFSH分泌が抑制されることから下垂体ではアクチビンBが自己分泌機能により基礎的なFSH分泌・産生を主に調節している<ref name=Corrigan1991><pubmed>1900235</pubmed></ref><ref name=Bilezikjian1993><pubmed>8243276</pubmed></ref>。FSHβ鎖サブユニットのmRNA発現を安定化させFSH分泌を促す作用を持つ<ref name=Justice2011><pubmed>21700720</pubmed></ref>。パラクリン作用で下垂体内の他のホルモン分泌にも寄与する可能性がある。
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig6.png|サムネイル|'''図6. 脳におけるアクチビンの機能''']]
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig6.png|サムネイル|'''図6. 脳におけるアクチビンの機能''']]
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig7.png|サムネイル|'''図7. シナプスでのアクチビンのシグナル''']]
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig7.png|サムネイル|'''図7. シナプスでのアクチビンのシグナル''']]


=== 神経系===
=== 神経系===
 海馬などに見られる興奮性シナプスには、神経伝達物質の受け取り側のポストシナプスに樹状突起の棘(スパイン)と呼ばれる構造が存在し、記憶素子として重要である。アクチビンには、スパインのネック(首部分)を伸長させる効果と各スパインに接触するプレシナプス数を増加させる作用がある<ref name=Shoji-Kasai2007><pubmed>17940062</pubmed></ref>。この効果は、Erk1/2のリン酸化を介している。
 海馬などに見られる[[興奮性シナプス]]では、[[神経伝達物質]]の受け取り側の[[シナプス後部]]は[[樹状突起棘]]([[スパイン]])の上に形成され、[[記憶素子]]として重要である。アクチビンには、スパイン頸部を伸長させる効果と各スパインに接触する[[シナプス前部]]数を増加させる作用がある<ref name=Shoji-Kasai2007><pubmed>17940062</pubmed></ref>。この効果は、[[Erk1]]/[[Erk2|2]]のリン酸化を介している。
 
 興奮性シナプス入力によりアクチビンβAのmRNAが急速かつ一過性に誘導される<ref name=Andreasson1995><pubmed>8596648</pubmed></ref><ref name=Inokuchi1996><pubmed>8612762</pubmed></ref>。[[長期増強]]を誘導するテタヌス刺激によって海馬の顆粒細胞ニューロンで誘導され、それは[[NMDA型グルタミン酸受容体]]依存性である。[[カイニン酸]]刺激による[[てんかん]]誘導や海馬損傷でも強く誘導される<ref name=Inokuchi1996><pubmed>8612762</pubmed></ref><ref name=Tretter1996><pubmed>8905672</pubmed></ref>。[[塩基性線維芽細胞増殖因子]] ([[basic fibroblast growth factor]], [[bFGF]])には神経保護作用があるが、アクチビンが仲介している<ref name=Tretter2000><pubmed>10888932</pubmed></ref>。bFGFと協調し線条体ニューロンで[[チロシン水酸化酵素]]を誘導する<ref name=Bao2005><pubmed>15749808</pubmed></ref>。また、アクチビンAには[[パーキンソン病]]のモデル動物で[[中脳]]神経細胞の保護作用と抗炎症作用を持つことが報告されている<ref name=Stayte2015><pubmed>25902062</pubmed></ref><ref name=Stayte2017><pubmed>28121982</pubmed></ref>。脳[[虚血]]時に誘導され、[[p38]]や[[JNK]]を介して神経保護作用・神経細胞生存作用を持つ<ref name=Tretter2000><pubmed>10888932</pubmed></ref>。


 興奮性シナプス入力によりアクチビンβAのmRNAが急速かつ一過性に誘導される<ref name=Andreasson1995><pubmed>8596648</pubmed></ref><ref name=Inokuchi1996><pubmed>8612762</pubmed></ref>。長期増強をもたらす高周波シナプス刺激によって海馬の顆粒細胞ニューロンで誘導され、それはNMDA受容体依存性である。カイニン酸刺激によるてんかん誘導や海馬損傷でも強く誘導される<ref name=Inokuchi1996><pubmed>8612762</pubmed></ref><ref name=Tretter1996><pubmed>8905672</pubmed></ref>。塩基性繊維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor, bFGF)には神経保護作用があるがアクチビンが仲介している<ref name=Tretter2000><pubmed>10888932</pubmed></ref>。bFGFと協調して線状体ニューロンでチロシンヒドロキシラーゼを誘導する<ref name=Bao2005><pubmed>15749808</pubmed></ref>。また、アクチビンAにはパーキンソン病のモデル動物の中脳ニューロンの保護作用と抗炎症作用を持つことが報告されている<ref name=Stayte2015><pubmed>25902062</pubmed></ref><ref name=Stayte2017><pubmed>28121982</pubmed></ref>。脳虚血時に誘導され、p38やJNKを介して神経保護作用・神経細胞生存作用を持つ<ref name=Tretter2000><pubmed>10888932</pubmed></ref>。
 一方、アクチビンの発現レベルが[[神経新生]]に関与する。フォリスタチンによってアクチビン活性が抑制されると、神経新生が低下し、その結果、[[不安行動]]が増強される<ref name=Ageta2008><pubmed>18382659</pubmed></ref>。さらに、アクチビンは、海馬CA1での[[前期LTP]] ([[early-LTP]], [[E-LTP]])の持続期間を長くし、[[後期LTP]]([[late-LTP]], [[L-LTP]])の維持に関与する。脳内のアクチビンのレベルに依存して、記憶の強化あるいは記憶の[[再固定化]]や[[記憶消去]]に関与する<ref name=Ageta2010><pubmed>20332189</pubmed></ref>'''(図6)'''


 一方、神経新生においては、海馬などの神経系でのアクチビンの発現レベルが、神経形成に関与する。フォリスタチンによってアクチビン活性が抑制されると、神経新生が低下し、その結果、不安行動が増強される<ref name=Ageta2008><pubmed>18382659</pubmed></ref>。さらに、アクチビンは、海馬CA1での前期LTP (early-LTP, E-LTP)の持続期間を長くし、後期LTP(late-LTP, L-LTP)の維持に関与する。脳内のアクチビンのレベルに依存して、記憶の強化あるいは記憶の再固定化や記憶消去に関与する<ref name=Ageta2010><pubmed>20332189</pubmed></ref>'''(図6)'''。シナプス後ニューロンにNMDA受容体を介してカルシウムが流入すると、LTP誘導が惹起される。アクチビンは海馬ニューロンにおいて、持続的なNMDA受容体のリン酸化を引き起こすことでカルシウムを流入させる。アクチビンII型受容体は、カルボキシル末端で後シナプスの裏打ちタンパク質であるS-SCAM (ARIP1)やPSD95と結合する。アクチビン受容体、NMDA受容体、PSD95、S-SCAMが複合体を形成し、Fynを含むSrcファミリーのチロシンキナーゼを活性化することが持続的なNMDA受容体の活性化につながると想定されている<ref name=Kurisaki2008><pubmed>18201830</pubmed></ref>(図7)。
 アクチビンは海馬ニューロンにおいて、持続的なNMDA型グルタミン酸受容体の[[リン酸化]]を引き起こすことで[[カルシウム]]を流入させる。アクチビンII型受容体は、カルボキシル末端で後シナプスの裏打ちタンパク質である[[S-SCAM]] ([[ARIP1]])や[[PSD-95]]と結合する。アクチビン受容体、NMDA型グルタミン酸受容体、PSD-95、S-SCAMが複合体を形成し、[[Fyn]]を含む[[Src]]ファミリーの[[チロシンキナーゼ]]を活性化することが持続的なNMDA型グルタミン酸受容体の活性化につながると想定されている<ref name=Kurisaki2008><pubmed>18201830</pubmed></ref>(図7)。


 ACVR1C(ALK7)は、アクチビン特に、アクチビンB, ABのシグナルを仲介する受容体である。ACVR1Cは海馬を含めた中枢神経での発現が高い。運動負荷を与えると、CA1領域を含めた背側海馬での発現が上昇し、記憶に関与する分子として作用するとの報告がある<ref name=Keiser2024><pubmed>38714691</pubmed></ref><ref name=LaTour2024><pubmed>39137861</pubmed></ref>。主に記憶の固定化における空間的記憶と認知機能を評価する試験として、物体位置記憶(OLM, object location memory)がある。物体の位置を記憶させ、後で再認識する能力の評価法である。主に記憶の固定化における空間的記憶と認知機能を評価する試験である。増加したACVR1Cは、記憶の固定化、LTPに寄与すること、阻害剤でそれが抑制されることから記憶に深く関わる分子と考えられている。こうしたACVR1Cの発現挙動はBDNF(brain-derived neurotrophic factor)と類似している。自発的運動と長期増強やシナプス可塑性をつなぐ数少ない遺伝子である。アルツハイマーモデル動物や老化モデルの海馬ではACVR1Cが低下しており、強制発現させると記憶機能の回復が見られた<ref name=Keiser2024><pubmed>38714691</pubmed></ref>。
 ACVR1C (ALK7)は海馬を含めた中枢神経での発現が高い。運動負荷を与えると、[[CA1]]領域を含めた背側海馬での発現が上昇し、記憶に関与する分子として作用するとの報告がある<ref name=Keiser2024><pubmed>38714691</pubmed></ref><ref name=LaTour2024><pubmed>39137861</pubmed></ref>。主に記憶の固定化における[[空間記憶]]と[[認知]]機能を評価する試験として、物体の位置を記憶させ、後で再認識するかどうかを確かめる[[物体位置記憶]] ([[object location memory]]; [[OLM]])がある。増加したACVR1Cは、LTPに寄与するばかりではなく、物体位置記憶の固定化を促すこと、されに阻害剤でそれらが抑制されることから記憶に深く関わる分子と考えられている。こうしたACVR1Cの発現挙動は[[脳由来神経成長因子]] ([[brain-derived neurotrophic factor]]; [[BDNF]])と類似している。自発的運動と長期増強やシナプス可塑性をつなぐ数少ない遺伝子である。[[アルツハイマー病]]や老化モデル動物の海馬ではACVR1Cが低下しており、強制発現させると記憶機能の回復が見られた<ref name=Keiser2024><pubmed>38714691</pubmed></ref>。


 シナプスタッギングは、特定のシナプスが可塑的変化を維持するために「タグ(標識)」を形成し、その後のタンパク質合成依存的なL-LTPを形成する過程である(シナプスタグ仮説は関連項目を参照。)。アクチビン受容体の一つであるACVR1Cが、シナプスタッギングによる可塑性と長期増強の両者に関与する機構が想定されている<ref name=Keiser2024><pubmed>38714691</pubmed></ref><ref name=Park2017><pubmed>28927503</pubmed></ref>。
 [[シナプスタギング]]は、特定のシナプスが可塑的変化を維持するために「タグ(標識)」を形成し、その後のタンパク質合成依存的なL-LTPを形成する過程である([[シナプスタグ仮説]]は関連項目を参照。)。アクチビン受容体の一つであるACVR1Cが、シナプスタギングによる可塑性と長期増強の両者に関与する機構が想定されている<ref name=Keiser2024><pubmed>38714691</pubmed></ref><ref name=Park2017><pubmed>28927503</pubmed></ref>。


=== 発生===
=== 発生===
 アクチビンのツメガエル胚のアニマルキャップ刺激による強力な中胚葉誘導作用は関連研究を大きく進展させた。アクチビンの濃度依存的に様々な臓器形成を誘導することが可能なことが明らかになっており、再生医療の発端であったと言える<ref name=Asashima2024><pubmed>38295873</pubmed></ref>。
 アクチビンの[[ツメガエル]]胚の[[アニマルキャップ]]に作用させると[[中胚葉]]が誘導される。アクチビンの濃度依存的に様々な臓器形成を誘導することが可能なことが明らかになっており、再生医療の発端であったと言える<ref name=Asashima2024><pubmed>38295873</pubmed></ref>。


 多能性幹細胞であるES細胞(embryonic stem cell)の培養系やEB(embryoid body)において多分化能の維持や分化には多くの因子が働いている。アクチビンは、幹細胞の神経誘導に関与する。また、胚性幹細胞由来の終脳神経前駆細胞における皮質介在ニューロン分化を制御している<ref name=Cambray2012><pubmed>22588303</pubmed></ref>。ES, iPS細胞を用いた研究から、アクチビンは線状体投射ニューロンへの細胞分化の決定に関与するものと考えられる<ref name=Arber2015><pubmed>25804741</pubmed></ref>。近年の再生医療研究に欠かせない因子となっている。
 [[多能性幹細胞]]である[[胚性幹細胞]] ([[ES細胞]]; [[embryonic stem cell]])の培養系や[[embryoid body]]において[[多分化能]]の維持や分化には多くの因子が働いている。アクチビンは、[[幹細胞]]の神経誘導に関与する。また、胚性幹細胞由来の[[終脳]][[神経前駆細胞]]における[[皮質]][[介在ニューロン]]分化を制御している<ref name=Cambray2012><pubmed>22588303</pubmed></ref>。ES, [[iPS細胞]]を用いた研究から、アクチビンは線条体投射ニューロンへの細胞分化の決定に関与するものと考えられる<ref name=Arber2015><pubmed>25804741</pubmed></ref>。近年の再生医療研究に欠かせない因子となっている。


=== 骨格筋===
=== 骨格筋===
 アクチビンと構造上類似したマイオスタチンは骨格筋により産生され全身の骨格筋に作用し筋肉量を負に調節していることが、マウス、家畜牛、羊、魚類で確認されている<ref name=Kresak2023><pubmed>36642816</pubmed></ref><ref name=Lee1999><pubmed>10508689</pubmed></ref>。マイオカインの1種である。アクチビンも筋量を調節しており、特にヒトを含めた霊長類ではマイオスタチンと共にアクチビンが筋量を調節している可能性が高い<ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref><ref name=Lee2007><pubmed>17726519</pubmed></ref><ref name=Lee2010><pubmed>20810712</pubmed></ref>。
 アクチビンと構造上類似した[[マイオスタチン]]は[[骨格筋]]により産生され全身の骨格筋に作用し筋肉量を負に調節していることが、[[マウス]]、[[ウシ]]、[[ヒツジ]]、[[魚類]]で確認されている<ref name=Lee1999><pubmed>10508689</pubmed></ref>。[[マイオカイン]]の1種である。アクチビンも筋量を調節しており、特に[[ヒト]]を含めた[[霊長類]]ではマイオスタチンと共にアクチビンが筋量を調節している可能性が高い<ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref><ref name=Lee2007><pubmed>17726519</pubmed></ref><ref name=Lee2010><pubmed>20810712</pubmed></ref>。


 加齢にともなう筋萎縮であるサルコペニア誘導やがん悪液質では、アクチビンシグナルが過剰に働いており、その阻害によって病態改善効果が期待されている<ref name=Chen2014><pubmed>24378873</pubmed></ref><ref name=Lee2011><pubmed>21798080</pubmed></ref><ref name=Zhou2010><pubmed>20723755</pubmed></ref>。
 加齢にともなう筋萎縮である[[サルコペニア]]誘導や[[がん]][[悪液質]]では、アクチビンシグナルが過剰に働いており、その阻害によって病態改善効果が期待されている<ref name=Chen2014><pubmed>24378873</pubmed></ref><ref name=Lee2011><pubmed>21798080</pubmed></ref><ref name=Zhou2010><pubmed>20723755</pubmed></ref>。


=== ノックアウト動物 ===
=== ノックアウト動物 ===
 アクチビンと関連する受容体については、遺伝子破壊ノックアウト(KO)マウスが作製され解析されている。
 アクチビンと関連する受容体の遺伝子破壊[[ノックアウトマウス|ノックアウト(KO)マウス]]が作製され解析されている。


 アクチビンA(アクチビンβA遺伝子)のKOマウスは、生後24時間以内に死亡する。マウスの解析から,アクチビンAは口蓋,頬鬚,下顎切歯形成、頭蓋顔面形成に関与する<ref name=Matzuk1995><pubmed>7885474</pubmed></ref>。
 アクチビンA(アクチビンβA遺伝子)のKOマウスは、生後24時間以内に死亡する。このマウスの解析から、アクチビンAは[[口蓋]]、[[頬鬚]]、[[下顎]][[切歯]]形成、[[頭蓋]]顔面形成に関与することが明らかになった<ref name=Matzuk1995><pubmed>7885474</pubmed></ref>。


 アクチビンB(アクチビンβB遺伝子)のKOマウスは、胎生後期に眼瞼融合障害が見られる。胎児の発育不全を主とした生殖異常が見られる<ref name=Vassalli1994><pubmed>8125256</pubmed></ref>。
 アクチビンB(アクチビンβB遺伝子)のKOマウスは、胎生後期に[[眼瞼]]融合障害が見られる。胎児の発育不全を主とした生殖異常が見られる<ref name=Vassalli1994><pubmed>8125256</pubmed></ref>。


 ActRIIAのKOマウスでは、血中のFSH値が低下し、生殖能低下も見られる。FSHレベルの調節に必須の受容体である<ref name=Matzuk1995><pubmed>7885474</pubmed></ref>。歯形成異常はアクチビンAのKOと同様である。しかし一致しない表現型もあるため、生体内ではアクチビン以外のリガンドの受容体として働くことが示唆された。
 ActRIIAのKOマウスでは、血中のFSH値が低下し、生殖能低下も見られる。FSHレベルの調節に必須の受容体である<ref name=Matzuk1995><pubmed>7885474</pubmed></ref>。歯形成異常はアクチビンAのKOと同様である。しかし一致しない表現型もあるため、生体内ではアクチビン以外のリガンドの受容体として働くことが示唆された。


 ActRIIBのKOマウスでは、左右軸発生異常、心房および心室中隔欠損、肺や脾臓の低形成が見られる<ref name=Oh1997><pubmed>9242489</pubmed></ref>。
 ActRIIBのKOマウスでは、左右軸発生異常、[[心房]]および[[心室中隔欠損]]、[[肺]]や[[脾臓]]の低形成が見られる<ref name=Oh1997><pubmed>9242489</pubmed></ref>。


 ActRIB(ALK4)のKOマウスでは、原始線条形成異常が見られ、胎生致死である<ref name=Gu1998><pubmed>9512518</pubmed></ref>。ACVR1B遺伝子の細胞内領域のフレームシフトや欠損による早期翻訳停止等の体性変異が、膵がん,胃がん、肝がんで見られる<ref name=Reissmann2001><pubmed>11485994</pubmed></ref>。
 ActRIB(ALK4)のKOマウスでは、[[原始線条]]形成異常が見られ、胎生致死である<ref name=Gu1998><pubmed>9512518</pubmed></ref>。ACVR1B遺伝子の細胞内領域の[[フレームシフト]]や欠損による早期[[翻訳]]停止等の体性変異が、[[膵がん]]、[[胃がん]]、[[肝がん]]で見られる<ref name=Su2001><pubmed> 11248065 </pubmed></ref>。


 ActRIC(ALK7)は、神経系、分化脂肪細胞等に高発現する。ActRICのKOマウスは、生存や繁殖には問題がないが、脂肪沈着の低下と摂食性肥満に対して部分的な抵抗性を示す<ref name=Andersson2008><pubmed>18480259</pubmed></ref>。この表現型はGdf3-/-と類似している<ref name=Bertolino2008><pubmed>18480258</pubmed></ref><ref name=Shen2009><pubmed>19008465</pubmed></ref>。また、加齢に伴う高インスリン血症と肝硬変が観察される。これはアクチビンβBのKOマウスの表現型と類似している<ref name=Tsuchida2004><pubmed>15196700</pubmed></ref><ref name=Bertolino2008><pubmed>18480258</pubmed></ref>。GDF-3とアクチビンBの生体内でのI型受容体がActRIC(ALK7)であることを示している。さらに、ACVR1C(ALK7)はNodalの受容体としても作用する<ref name=Nadeem2011><pubmed>21356369</pubmed></ref>。
 ActRIC(ALK7)は、神経系、成熟[[脂肪細胞]]等に高発現する。KOマウスは、生存や繁殖には問題がないが、脂肪沈着の低下と[[摂食]]性[[肥満]]に対して部分的な抵抗性を示す<ref name=Andersson2008><pubmed>18480259</pubmed></ref>。この表現型は[[Gdf3]]KOマウスの表現系と類似している<ref name=Bertolino2008><pubmed>18480258</pubmed></ref><ref name=Shen2009><pubmed>19008465</pubmed></ref>。また、加齢に伴う高[[インスリン]]血症と[[肝硬変]]が観察される。これはアクチビンβBのKOマウスの表現型と類似している<ref name=Tsuchida2004><pubmed>15196700</pubmed></ref><ref name=Bertolino2008><pubmed>18480258</pubmed></ref>。GDF3とアクチビンBの生体内でのI型受容体がActRIC(ALK7)であることを示している。


== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==
 神経筋変性疾患に関して、機能の項で示したように、神経系でアクチビンは神経保護作用があり、パーキンソン病などの神経変性疾患に関与する可能性がある。また、記憶の増強やシナプス増強に関与するため老化やアルツハイマー病の新たな治療標的となる可能性がある。
 アクチビンは神経保護作用があり、[[パーキンソン病]]などの[[神経変性疾患]]に関与する可能性がある。また、記憶の増強やシナプス増強に関与するため老化やアルツハイマー病の新たな治療標的となる可能性がある。


 サルコペニアや悪液質による筋萎縮、貧血や骨髄疾患、肺動脈性肺高血圧症 (PAH) への応用展開が行われている。マイオスタチンとアクチビンは筋肉量を負に制御するため、その阻害による筋萎縮性疾患への治療が期待されている<ref name=Lee2021><pubmed>33938454</pubmed></ref>。
 サルコペニアや悪液質による筋萎縮、[[貧血]]や[[骨髄]]疾患、[[肺動脈性肺高血圧症]] (PAH) への応用展開が行われている。マイオスタチンとアクチビンは筋肉量を負に制御するため、その阻害による筋萎縮性疾患への治療が期待されている<ref name=Lee2021><pubmed>33938454</pubmed></ref>。


 ACVR2A(ActRIIA)やACVR2B(ActRIIB)の細胞外ドメインタンパク質によるリガンドトラップ法や抗体医薬は、貧血性骨髄疾患、筋萎縮性疾患,癌悪液質の治療薬候補として期待されている。実際に、ラスパテルセプトは、ヒトACVR2Bの細胞外領域とヒト免疫グロブリンIgGのFc領域の融合分子であり、GDF11を阻害する。人工的に点変異を導入しており、アクチビン阻害は弱いとされる。エリスロポイエチンとは異なった機序で増血効果があり、最近、サラセミアや骨髄異形成症の治療薬となった<ref name=Fenaux2019><pubmed>30602619</pubmed></ref><ref name=Molica2024><pubmed>38555469</pubmed></ref>。また、ソタセルセプトは、ヒトACVR2Aの細胞外領域とヒト免疫グロブリンIgGのFc領域の融合分子であり、肺動脈性肺高血圧症 (PAH) の新たな治療薬として承認された<ref name=Hoeper2023><pubmed>36877098</pubmed></ref><ref name=Madonna2024><pubmed>39571875</pubmed></ref>。この分子は、GDF11、マイオスタチン、アクチビンを阻害する。
 ACVR2A(ActRIIA)やACVR2B(ActRIIB)の細胞外ドメインタンパク質による[[リガンドトラップ法]]や[[抗体医薬]]は、貧血性骨髄疾患、筋萎縮性疾患、癌悪液質の治療薬候補として期待されている。実際に、[[ラスパテルセプト]]は、ヒトACVR2Bの細胞外領域とヒト免疫グロブリンIgGのFc領域の融合分子であり、GDF11を阻害する。人工的に点変異を導入しており、アクチビン阻害は弱いとされる。[[エリスロポイエチン]]とは異なった機序で増血効果があり、最近、[[サラセミア]]や[[骨髄異形成症]]の治療薬となった<ref name=Fenaux2019><pubmed>30602619</pubmed></ref><ref name=Molica2024><pubmed>38555469</pubmed></ref>。また、[[ソタセルセプト]]は、ヒトACVR2Aの細胞外領域とヒト免疫グロブリンIgGのFc領域の融合分子であり、肺動脈性肺高血圧症の新たな治療薬として承認された<ref name=Hoeper2023><pubmed>36877098</pubmed></ref><ref name=Madonna2024><pubmed>39571875</pubmed></ref>。この分子は、GDF11、マイオスタチン、アクチビンを阻害する。


 FOP(fibrodysplasia ossicans progressive、進行性骨化性線維異形成症)は、骨格筋・腱・結合組織に進行性の異所性の骨化をきたす希少疾患である。通常、ACVR1A(ALK2)は、アクチビンの受容体ではなくBMPファミリーの受容体として作用する。ところが、FOPで見られるACVR1A(ALK2)機能獲得型遺伝子変異体 (GS領域のR206Hが典型例)では、アクチビンが変異受容体に過剰に反応することで、異所性に骨形成を誘導させる<ref name=Kaplan2009><pubmed>19085907</pubmed></ref><ref name=Hino2015><pubmed>26621707</pubmed></ref><ref name=Srinivasan2024><pubmed>38254701</pubmed></ref><ref name=Kaplan2025><pubmed>39299836</pubmed></ref>。そのため、アクチビンの阻害抗体やACVR2B-Fcタンパク質で阻害する方法論がFOPの治療薬候補となっている<ref name=Srinivasan2024><pubmed>38254701</pubmed></ref><ref name=Gao2024><pubmed>38500216</pubmed></ref>。興味深いことに、同じALK2変異が、希少小児がんであるdiffuse intrinsic pontine glioma (DIPG)の原因遺伝子と報告されている<ref name=Taylor2014><pubmed>24705252</pubmed></ref><ref name=Kresak2023><pubmed>36642816</pubmed></ref>。
 [[進行性骨化性線維異形成症]]([[fibrodysplasia ossicans progressive]]; [[FOP]])は、骨格筋・腱・結合組織に進行性の異所性の骨化をきたす希少疾患である。通常、ACVR1A(ALK2)は、アクチビンの受容体ではなくBMPファミリーの受容体として作用する。ところが、FOPで見られるACVR1A(ALK2)[[機能獲得]]型遺伝子変異体 (GS領域のR206Hが典型例)では、アクチビンが変異受容体に過剰に反応することで、異所性に骨形成を誘導させる<ref name=Kaplan2009><pubmed>19085907</pubmed></ref><ref name=Hino2015><pubmed>26621707</pubmed></ref><ref name=Srinivasan2024><pubmed>38254701</pubmed></ref><ref name=Kaplan2025><pubmed>39299836</pubmed></ref>。そのため、アクチビンの阻害抗体やACVR2B-Fcタンパク質で阻害する方法論がFOPの治療薬候補となっている<ref name=Srinivasan2024><pubmed>38254701</pubmed></ref><ref name=Gao2024><pubmed>38500216</pubmed></ref>。興味深いことに、同じALK2変異が、希少小児がんである[[diffuse intrinsic pontine glioma]] ([[DIPG]])の原因遺伝子と報告されている<ref name=Taylor2014><pubmed>24705252</pubmed></ref><ref name=Kresak2023><pubmed>36642816</pubmed></ref>。


== 関連語 ==
== 関連語 ==
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* [[PSD-95]]
* [[PSD-95]]
* [[シナプスタグ]]
* [[シナプスタグ]]
== 参考文献 ==

2025年4月9日 (水) 23:00時点における最新版

上田 洋司土田 邦博
藤田医科大学 医科学研究センター 難病治療学部門
DOI:10.14931/bsd.10935 原稿受付日:2025年3月25日 原稿完成日:2025年4月4日
担当編集委員:山形 方人(ハーバード大学・脳科学センター)

英:activin

 アクチビンは、下垂体前葉細胞から卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌を促進する分子として発見されたTGF-βファミリーに属するポリペプチドである。アクチビンは、アクチビンβ鎖のホモ二量体またはヘテロ二量体として存在し、共通したβ鎖サブユニットを持つインヒビンとは異なる生理作用を示す。主要なサブファミリーにはアクチビンA、B、ABがあり、肝臓特異的なアクチビンC、Eも知られている。アクチビンは、神経内分泌系や細胞の分化誘導に関与するペプチドホルモンであり、細胞分化、アポトーシス、初期発生、細胞周期調節、創傷治癒、免疫調節など多様な生理作用を持つ。特に神経系においては記憶調節や神経栄養因子様の作用があり、疾患との関連も注目されている。

アクチビンとは

 アクチビンは、下垂体前葉細胞からの卵胞刺激ホルモン(FSH)分泌を抑制するインビビンブタ卵胞液から精製する過程で、インヒビンとは逆にFSHの分泌を促進する分子として偶然に発見された[1][2]

 内分泌の要である視床下部下垂体生殖腺系では、視床下部由来の性腺刺激ホルモン放出ホルモン (gonadotropin-releasing hormone; GnRH)が下垂体前葉からのゴナドトロピン(FSH, 黄体形成ホルモン (lutenizing hormone; LH))の分泌を促進し、生殖腺の成熟とステロイド産生を促す。生殖腺ではエストロゲンなどのステロイドホルモンやFSH, LHが視床下部へのネガティブ・フィードバック機構でGnRH産生を抑制している。それとは別に、水溶性が高い生殖腺由来の非ステロイド性の分子が下垂体前葉からのFSHの産生や分泌を特異的に抑制する機構が示唆されていた。これが1932年に提唱されたインヒビン仮説である[3]。1985年になるとインヒビンがブタ卵胞液からタンパク質として精製され、その存在が証明された[4]。このインヒビン精製の過程で、逆にFSHの分泌を促進するペプチドも発見されアクチビンと命名された。その後、卵巣、卵胞液、フォリスタチン/アクチビンを複合体として精製することで、アクチビンBも生体内で存在することが証明されている。

 インヒビンとアクチビンは共通のβ鎖を持つことから部分的に類似した構造を有する。しかしながら、生理学的作用は正反対である。アクチビンを構成するβ鎖サブユニットにはβA鎖とβB鎖が知られている。アクチビンは、神経内分泌系や細胞の分化誘導に関わるペプチドホルモンであるが、それ以外にも様々な生理作用を有する重要なシグナル分子である。フォリスタチンは、細胞外でアクチビンに結合しその生理活性を強く阻害する。

 アクチビン/インヒビン/フォリスタチン系は神経系で興味深い作用を発揮し、特に神経内分泌系、下垂体制御系で重要な生理作用を持つ。アクチビンの作用は産生組織周辺のオートクライン作用あるいはパラクリン作用が主体である。例えば、下垂体内ではオートクライン作用でFSHの転写や分泌を調節している。

 さらにアクチビンは多くの組織で産生され、神経系以外の組織でも細胞分化アポトーシス、初期発生細胞周期調節、創傷治癒、免疫調節など多岐に渡る機能を発揮する。

図1. アクチビンとインヒビン
図2. アクチビンの立体構造
PDB 2ARV

構造

サブユニット構成

 トランスフォーミング増殖因子β (transforming growth factor-β; TGF-β)ファミリーに属するポリペプチドであり、アクチビンβ鎖(インヒビンβ鎖とも称されるが、本稿ではアクチビンβ鎖と呼ぶ。)のホモ二量体またはヘテロ二量体として存在する。主要なサブファミリーとしては、アクチビンA(βAβA), B(βBβB), AB(βAβB)が生体に存在する(図1)。肝臓特異的に発現するアクチビンC (βCβC)とアクチビンE (βEβE)も知られている。前駆体ペプチドがS-S結合で二量体を形成した後にプロセシングを受けて約26 kDaの二量体の成熟型が生成される。

 インヒビンもTGF-βファミリーに属する細胞増殖分化因子である。インヒビンα鎖と13kDaのアクチビンβ鎖のペプチドがS-S結合を介してヘテロ二量体の構造を有する。インヒビンのサブユニットのインヒビンα鎖は1種類のみであり、アクチビンβ鎖の違いによりインヒビンA (αβA)とインヒビンB (αβB)が存在する(図1)。

立体構造

 各サブユニットは、複数のβシート構造αヘリックス構造からなり、全体として、二量体はバタフライ様の構造を取る(図2)。いわば両手を組合わせたような構造であり、リスト部分のα-ヘリックス構造、4本の指に相当する4つのβ-シート部分が逆並行に配置され、先端はシステイン・ノットと称される結び目構造を取る。アクチビンは他のTGF-βファミリーに比べて、受容体に結合していない状態では、比較的柔軟な構造を取りうる[5][6][7]。バタフライ構造がより引き寄せられた構造やより開いた構造も取る。

サブファミリー

 一般的に単にアクチビンと表記される場合は、アクチビンAを示すことが多い。主要な二量体のアクチビンはアクチビンA、B、ABである。TGF-βスーパーファミリーには、多くが知られており、TGF-βサブグループ、骨形成因子 (bone morphogenetic protein; BMP)サブグループ、アクチビン/ノーダルサブグループに大別される。構造上、アクチビンは、マイオスタチン成長分化因子11 (growth differentiation factor 11; GDF11)に類似している。アクチビンを構成するアクチビンβ鎖はそれぞれ9個のシステインを持つが、多くのTGF-βファミリーに属する分子で保存されている。そのうちの1つのシステインがアクチビンβ鎖の二量体形成に寄与し、他のシステインはサブユニット内のジスルフィド結合に関与し二量体の安定化を支持している。サブファミリーとして、アクチビンには、アクチビンβ鎖を共有した阻害因子のインヒビンが存在することがTGF-βスーパーファミリーの中でユニークである。

図3. アクチビンのII型およびI型受容体

アクチビン受容体

 1回膜貫通型で細胞内にセリン/スレオニンキナーゼの構造を有する(図3)。I型受容体とII型受容体が存在する。I型受容体は単独ではアクチビンへの結合は示さないが、アクチビン/II型受容体の複合体に会合する。1分子のアクチビンに対し、I型、II型受容体各々の二量体が会合し、1:2:2の比率の複合体を形成する。

I型受容体

 I型受容体は、activin-receptor like kinase (ALK)と総称され、ALK1~7まで存在する。主にALK4(ActRIB, ACVRIB)であり、アクチビンA、ABのシグナルを伝達する。アクチビンBに関しては、その生理活性がアクチビンAより弱いことが知られていたが、II型受容体への結合が弱いためと考えられている。そして、I型受容体として主としてALK7 (ACVR1CActRIC)を活性化する[8][9](Table 1)。ALK7(ACVR1C)は神経系と脂肪組織での発現が高く、アクチビンB以外に、成長分化因子3 (GDF3), 成長分化因子1 (GDF1)、ノーダルの受容体としても働く[10][11]。GDF3、GDF1、ノーダルの場合はEGF-CFCファミリーに属するcriptoまたはcrypticが補助因子として受容体の活性化に寄与する。

II型受容体

 アクチビンは、II型受容体の細胞外領域に結合する。II型受容体は恒常的にリン酸化されている。II型受容体としては、ActRIIA (ACVR2A)が発現クローニングの手法で最初に同定された。その後、ActRIIB (ACVR2B)が発見された[12][13][14]。ACVR2AとACVR2Bの両者はアクチビンのII型受容体として働く。

図4. アクチビンと受容体(ActRIIB-ECD)の結合
下部がアクチビン二量体、上部(緑、オレンジ)がActRIIBの細胞外領域。PDB 1S4Y

アクチビン-受容体の結合の構造基盤

 I型受容体はアクチビン二量体のくぼみの部分に、II型受容体にはナックル領域に結合する[5][6]

 インヒビンAはアクチビンII型受容体に結合し、βグリカンを共受容体とすることでアクチビンのII型受容体への結合を抑制しアクチビンに拮抗する。インヒビンBのアクチビンII型受容体への結合は下垂体前葉の性腺刺激ホルモン産生細胞(ゴナドトロフ)に特異的に発現するtransforming growth factor beta receptor 3 like (TGFBR3L)を共受容体とすることで高まりアクチビンと拮抗する[15][16](表1)

 アクチビン受容体にはスプライシングの違いによるアイソフォームが存在する。ActRIIA (ACVR2A)には、神経系特異的なActRIIA-Nが知られている[17]。ActRIIB(ACVR2B)にも4種のスプライシングバリアントが報告されている[13]。ActRIB (ACVRIB)には下垂体腺腫特異的バリアントが存在する。カルボキシル末端欠損型が見られ、優性阻害体として作用する[18]。ActRIC(ACVR1C)にもバリアントが知られている[19]

 フォリスタチンは、細胞外でアクチビンと2:1(フォリスタチン2分子にアクチビン1分子)で結合しその機能を阻害する。詳細はフォリスタチンの項を参照されたい。

表1. アクチビンの受容体の構成
リガンド タイプII受容体 タイプI受容体 共受容体 Smad
アクチビンA ACVR2A, ACVR2B ACVR1B, (ACVR1C) - Smad2,3 with Smad4
アクチビンB ACVR2A, ACVR2B ACVR1C, ACVR1B -
アクチビンAB ACVR2A, ACVR2B ACVR1B, (ACVR1C) -
インヒビンA ACVR2A, ACVR2B - βglycan
インヒビンB ACVR2A, ACVR2B - TGFBR3L

 立体構造は、データベースで確認することができる(表2)

表2. アクチビンの立体構造
構造 PDB 参考文献
アクチビンA 2ARV [20]
アクチビンAとアクチビンII型受容体 (ACVR2A, ActRIIA) 複合体 7U5P [21]
アクチビンAとアクチビンII型受容体 (ACVR2B, ActRIIB) 複合体(図4 1NYU 1NYS [6]
アクチビンAとフォリスタチン複合体 2B0U [22][7]
アクチビンAとFSTL3(FLRG)複合体 3B4V [23]
図5. アクチビンのシグナル伝達の概要

細胞内情報伝達

 アクチビンがII型受容体の細胞外領域と結合しI型受容体と複合体を形成すると、I型受容体の細胞内領域にあるグリシン/セリンに富んだGS領域がII型受容体によりリン酸化を受ける。アクチビン受容体の細胞内シグナルは、Smadと呼ばれる一群の分子によって伝達される。受容体が活性化されるとSmad2/3をリン酸化し、Smad4と共に移行し様々な転写活性因子と相互作用し転写を調節している(図5)。フィードバックにより、抑制型SmadであるSmad6/7で阻害される。アクチビンのI型受容体(ACVR1BとACVR1C)はTGF-βのI型受容体であるALK5と構造及び機能面で類似しており、細胞内シグナルもTGF-βと共通点が多い[14]

発現

 アクチビンAのmRNAやタンパク質は多くの組織で発現が確認される。神経系では、海馬ではCA1, CA3, 歯状回での発現が確認されている。長期増強(long-term potentiation; LTP)誘導刺激で、海馬での発現が顕著に上昇する[24][25][26]

 アクチビンBのmRNAやタンパク質は、神経系では、大脳皮質、海馬、嗅球延髄小脳視床で発現する。ACVR2Aの神経系での発現は、皮質サブプレート、海馬、嗅球で多く見られる。ACVR1Bは、神経系で大脳皮質、海馬、嗅球、線条体など多くの組織で発現する。ACVR1Cは、前脳、海馬CA3、基底核、視床、小脳での発現が見られる[27]

機能

 アクチビンは、多彩な作用を持つ。生殖腺顆粒膜細胞や内分泌細胞の分化促進、赤芽球分化促進、肝細胞や免疫B細胞アポトーシス誘導、神経細胞の保護作用を列挙することができる。肝臓特異的な発現をするアクチビンCとアクチビンEは代謝調節に関与している。神経細胞の生存因子としても精製されている[28]。アクチビンの存在する組織にはフォリスタチンが共存し作用を調節している。アクチビンのシグナルでフォリスタチンの発現は上昇する。

内分泌系

 ラット下垂体前葉細胞では主にオートクリンの機構で作用する。阻害抗体でFSH分泌が抑制されることから下垂体ではアクチビンBが自己分泌機能により基礎的なFSH分泌・産生を主に調節している[29][30]。FSHβ鎖サブユニットのmRNA発現を安定化させFSH分泌を促す作用を持つ[31]。パラクリン作用で下垂体内の他のホルモン分泌にも寄与する可能性がある。

図6. 脳におけるアクチビンの機能
図7. シナプスでのアクチビンのシグナル

神経系

 海馬などに見られる興奮性シナプスでは、神経伝達物質の受け取り側のシナプス後部樹状突起棘スパイン)の上に形成され、記憶素子として重要である。アクチビンには、スパイン頸部を伸長させる効果と各スパインに接触するシナプス前部数を増加させる作用がある[32]。この効果は、Erk1/2のリン酸化を介している。

 興奮性シナプス入力によりアクチビンβAのmRNAが急速かつ一過性に誘導される[24][25]長期増強を誘導するテタヌス刺激によって海馬の顆粒細胞ニューロンで誘導され、それはNMDA型グルタミン酸受容体依存性である。カイニン酸刺激によるてんかん誘導や海馬損傷でも強く誘導される[25][26]塩基性線維芽細胞増殖因子 (basic fibroblast growth factor, bFGF)には神経保護作用があるが、アクチビンが仲介している[33]。bFGFと協調し線条体ニューロンでチロシン水酸化酵素を誘導する[34]。また、アクチビンAにはパーキンソン病のモデル動物で中脳神経細胞の保護作用と抗炎症作用を持つことが報告されている[35][36]。脳虚血時に誘導され、p38JNKを介して神経保護作用・神経細胞生存作用を持つ[33]

 一方、アクチビンの発現レベルが神経新生に関与する。フォリスタチンによってアクチビン活性が抑制されると、神経新生が低下し、その結果、不安行動が増強される[37]。さらに、アクチビンは、海馬CA1での前期LTP (early-LTP, E-LTP)の持続期間を長くし、後期LTP(late-LTP, L-LTP)の維持に関与する。脳内のアクチビンのレベルに依存して、記憶の強化あるいは記憶の再固定化記憶消去に関与する[38](図6)

 アクチビンは海馬ニューロンにおいて、持続的なNMDA型グルタミン酸受容体のリン酸化を引き起こすことでカルシウムを流入させる。アクチビンII型受容体は、カルボキシル末端で後シナプスの裏打ちタンパク質であるS-SCAM (ARIP1)やPSD-95と結合する。アクチビン受容体、NMDA型グルタミン酸受容体、PSD-95、S-SCAMが複合体を形成し、Fynを含むSrcファミリーのチロシンキナーゼを活性化することが持続的なNMDA型グルタミン酸受容体の活性化につながると想定されている[39](図7)。

 ACVR1C (ALK7)は海馬を含めた中枢神経での発現が高い。運動負荷を与えると、CA1領域を含めた背側海馬での発現が上昇し、記憶に関与する分子として作用するとの報告がある[40][41]。主に記憶の固定化における空間記憶認知機能を評価する試験として、物体の位置を記憶させ、後で再認識するかどうかを確かめる物体位置記憶 (object location memory; OLM)がある。増加したACVR1Cは、LTPに寄与するばかりではなく、物体位置記憶の固定化を促すこと、されに阻害剤でそれらが抑制されることから記憶に深く関わる分子と考えられている。こうしたACVR1Cの発現挙動は脳由来神経成長因子 (brain-derived neurotrophic factor; BDNF)と類似している。自発的運動と長期増強やシナプス可塑性をつなぐ数少ない遺伝子である。アルツハイマー病や老化モデル動物の海馬ではACVR1Cが低下しており、強制発現させると記憶機能の回復が見られた[40]

 シナプスタギングは、特定のシナプスが可塑的変化を維持するために「タグ(標識)」を形成し、その後のタンパク質合成依存的なL-LTPを形成する過程である(シナプスタグ仮説は関連項目を参照。)。アクチビン受容体の一つであるACVR1Cが、シナプスタギングによる可塑性と長期増強の両者に関与する機構が想定されている[40][42]

発生

 アクチビンのツメガエル胚のアニマルキャップに作用させると中胚葉が誘導される。アクチビンの濃度依存的に様々な臓器形成を誘導することが可能なことが明らかになっており、再生医療の発端であったと言える[43]

 多能性幹細胞である胚性幹細胞 (ES細胞; embryonic stem cell)の培養系やembryoid bodyにおいて多分化能の維持や分化には多くの因子が働いている。アクチビンは、幹細胞の神経誘導に関与する。また、胚性幹細胞由来の終脳神経前駆細胞における皮質介在ニューロン分化を制御している[44]。ES, iPS細胞を用いた研究から、アクチビンは線条体投射ニューロンへの細胞分化の決定に関与するものと考えられる[45]。近年の再生医療研究に欠かせない因子となっている。

骨格筋

 アクチビンと構造上類似したマイオスタチン骨格筋により産生され全身の骨格筋に作用し筋肉量を負に調節していることが、マウスウシヒツジ魚類で確認されている[46]マイオカインの1種である。アクチビンも筋量を調節しており、特にヒトを含めた霊長類ではマイオスタチンと共にアクチビンが筋量を調節している可能性が高い[47][48][49]

 加齢にともなう筋萎縮であるサルコペニア誘導やがん悪液質では、アクチビンシグナルが過剰に働いており、その阻害によって病態改善効果が期待されている[50][51][52]

ノックアウト動物

 アクチビンと関連する受容体の遺伝子破壊ノックアウト(KO)マウスが作製され解析されている。

 アクチビンA(アクチビンβA遺伝子)のKOマウスは、生後24時間以内に死亡する。このマウスの解析から、アクチビンAは口蓋頬鬚下顎切歯形成、頭蓋顔面形成に関与することが明らかになった[53]

 アクチビンB(アクチビンβB遺伝子)のKOマウスは、胎生後期に眼瞼融合障害が見られる。胎児の発育不全を主とした生殖異常が見られる[54]

 ActRIIAのKOマウスでは、血中のFSH値が低下し、生殖能低下も見られる。FSHレベルの調節に必須の受容体である[53]。歯形成異常はアクチビンAのKOと同様である。しかし一致しない表現型もあるため、生体内ではアクチビン以外のリガンドの受容体として働くことが示唆された。

 ActRIIBのKOマウスでは、左右軸発生異常、心房および心室中隔欠損脾臓の低形成が見られる[55]

 ActRIB(ALK4)のKOマウスでは、原始線条形成異常が見られ、胎生致死である[56]。ACVR1B遺伝子の細胞内領域のフレームシフトや欠損による早期翻訳停止等の体性変異が、膵がん胃がん肝がんで見られる[57]

 ActRIC(ALK7)は、神経系、成熟脂肪細胞等に高発現する。KOマウスは、生存や繁殖には問題がないが、脂肪沈着の低下と摂食肥満に対して部分的な抵抗性を示す[58]。この表現型はGdf3KOマウスの表現系と類似している[11][59]。また、加齢に伴う高インスリン血症と肝硬変が観察される。これはアクチビンβBのKOマウスの表現型と類似している[9][11]。GDF3とアクチビンBの生体内でのI型受容体がActRIC(ALK7)であることを示している。

疾患との関わり

 アクチビンは神経保護作用があり、パーキンソン病などの神経変性疾患に関与する可能性がある。また、記憶の増強やシナプス増強に関与するため老化やアルツハイマー病の新たな治療標的となる可能性がある。

 サルコペニアや悪液質による筋萎縮、貧血骨髄疾患、肺動脈性肺高血圧症 (PAH) への応用展開が行われている。マイオスタチンとアクチビンは筋肉量を負に制御するため、その阻害による筋萎縮性疾患への治療が期待されている[60]

 ACVR2A(ActRIIA)やACVR2B(ActRIIB)の細胞外ドメインタンパク質によるリガンドトラップ法抗体医薬は、貧血性骨髄疾患、筋萎縮性疾患、癌悪液質の治療薬候補として期待されている。実際に、ラスパテルセプトは、ヒトACVR2Bの細胞外領域とヒト免疫グロブリンIgGのFc領域の融合分子であり、GDF11を阻害する。人工的に点変異を導入しており、アクチビン阻害は弱いとされる。エリスロポイエチンとは異なった機序で増血効果があり、最近、サラセミア骨髄異形成症の治療薬となった[61][62]。また、ソタセルセプトは、ヒトACVR2Aの細胞外領域とヒト免疫グロブリンIgGのFc領域の融合分子であり、肺動脈性肺高血圧症の新たな治療薬として承認された[63][64]。この分子は、GDF11、マイオスタチン、アクチビンを阻害する。

 進行性骨化性線維異形成症(fibrodysplasia ossicans progressive; FOP)は、骨格筋・腱・結合組織に進行性の異所性の骨化をきたす希少疾患である。通常、ACVR1A(ALK2)は、アクチビンの受容体ではなくBMPファミリーの受容体として作用する。ところが、FOPで見られるACVR1A(ALK2)機能獲得型遺伝子変異体 (GS領域のR206Hが典型例)では、アクチビンが変異受容体に過剰に反応することで、異所性に骨形成を誘導させる[65][66][67][68]。そのため、アクチビンの阻害抗体やACVR2B-Fcタンパク質で阻害する方法論がFOPの治療薬候補となっている[67][69]。興味深いことに、同じALK2変異が、希少小児がんであるdiffuse intrinsic pontine glioma (DIPG)の原因遺伝子と報告されている[70][71]

関連語

参考文献

  1. Ling, N., Ying, S.Y., Ueno, N., Shimasaki, S., Esch, F., Hotta, M., & Guillemin, R. (1986).
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