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両者とも注視点が変化すると、見かけ上の空間表現が変化するため、時として混同されるが同じではない。網膜座標系は外界像を中心窩を原点として2次元座標系として記述する。網膜座標系で[[符号化]]された位置は、網膜上の位置が問題であり、眼球の位置が変化しても、網膜上の同じ位置に視覚刺激が像を結べば座標は同じになる。しかし、眼球が動いてしまった場合、その位置は中心窩からのベクトルで再構成しなければならない。一方、眼球中心座標系は現在の眼球の位置情報を使い、眼球の位置(向き)と対象物までの変位ベクトルで表現される。[[輻輳角]]も考えれば、3次元座標系での対象の位置の表現も可能となる<ref name=ref7 />。眼球中心座標系での符号化は、たとえ視覚刺激が網膜上同じ位置にあっても眼の位置によって異なる<ref name=ref1 />。これをAngle –Gaze effect<ref name=ref15><pubmed>6827308</pubmed></ref>と呼ぶが、網膜座標系での視覚刺激の位置情報と眼球の位置情報を統合する必要がある。 | 両者とも注視点が変化すると、見かけ上の空間表現が変化するため、時として混同されるが同じではない。網膜座標系は外界像を中心窩を原点として2次元座標系として記述する。網膜座標系で[[符号化]]された位置は、網膜上の位置が問題であり、眼球の位置が変化しても、網膜上の同じ位置に視覚刺激が像を結べば座標は同じになる。しかし、眼球が動いてしまった場合、その位置は中心窩からのベクトルで再構成しなければならない。一方、眼球中心座標系は現在の眼球の位置情報を使い、眼球の位置(向き)と対象物までの変位ベクトルで表現される。[[輻輳角]]も考えれば、3次元座標系での対象の位置の表現も可能となる<ref name=ref7 />。眼球中心座標系での符号化は、たとえ視覚刺激が網膜上同じ位置にあっても眼の位置によって異なる<ref name=ref1 />。これをAngle –Gaze effect<ref name=ref15><pubmed>6827308</pubmed></ref>と呼ぶが、網膜座標系での視覚刺激の位置情報と眼球の位置情報を統合する必要がある。 | ||
この二つの座標系の違いを明らかにする例として、ダブルステップサッケード課題を考える。ある点を注視する被験者に二つのサッケードのターゲットA、Bを短時間順番に提示し(例:ターゲットA→B)、ターゲットを消した後に、それらの提示の順番に続けて[[サッケード]] | この二つの座標系の違いを明らかにする例として、ダブルステップサッケード課題を考える。ある点を注視する被験者に二つのサッケードのターゲットA、Bを短時間順番に提示し(例:ターゲットA→B)、ターゲットを消した後に、それらの提示の順番に続けて[[サッケード]]を行わせる。まず、最初に網膜座標系にターゲットAとBの位置が表現される。その情報に従って1つ目のターゲット(A)にサッケードは注視点からのベクトル、すなわち網膜中心座標系おける表現で可能である。しかし、Bへのサッケードは最初の網膜座標系に表現された情報だけでは不可能である。眼球位置が変化しているので、最初にマップされた中心窩からターゲットBへのベクトルではターゲットに到達しない。これを成功させるためには、ターゲットAにおける眼球位置を元にしたターゲットBへのベクトルを表現(眼球中心座標系)しなければならない。HallettとLightstoneはこうした課題を用いることで、運動制御や空間認知には網膜座標系だけではなく、ターゲットの空間位置を修正するための他の座標系システムが必要であることを体系的に示した<ref name=ref17><pubmed> 1258395</pubmed></ref>。[[後頭頂葉]]が損傷された患者では、ダブルステップサッケード課題で最初のターゲットにはうまくサッケードできるが、二番目のサッケードができない症状が知られている<ref name=ref18><pubmed>1553535</pubmed></ref>。これは網膜座標系を使ってサッケードはできるが、眼球中心座標系でのターゲットの位置を計算できないことを示している<ref name=ref19>'''Powell, K.D., et al.'''<br>Space and saliance in parietal cortex, in Current Oculomotor Research: Physiological and Psychological Aspects.<br>W. Becker and H. Deubel, Editors.<br>''Plenum Press'': New York. 1999</ref>。 | ||
===頭部中心座標系・身体中心座標系=== | ===頭部中心座標系・身体中心座標系=== |
2014年5月22日 (木) 18:16時点における版
前田 和孝
近畿大学大学院医学部システム脳科学
村田 哲
近畿大学医学部生理学
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年8月7日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:入來 篤史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名: coordinate system, frame of reference
脳は、外部環境または対象物を認知し、適応的行動・運動を生成する。そのため、外部環境は2次元ないし3次元空間として、空間内のどこかを原点とした空間座標系で表現されている。この脳内の座標系は、身体上や外部環境内など異なる場所に原点を持つものが複数存在し、それらは並列的に階層的に処理される。身体の外部に基準をもつ場合には外部座標系、身体上に基準を持つ場合には内部座標系とも呼ばれる。こうした複数の空間座標は、単に知覚や認知だけでなく、運動の表出にも必要とされる。異なる効果器の運動に対して、適切な座標系が選択されて使われる。実際、脳内では、空間座標系は主に空間認知に関わる背側経路だけでなく、運動関連領野の複数の領域で表現されている。 運動の表出に当たっては、空間内にプランされた軌道が、関節角や筋の長さ、力の大きさ、方向などへ変換される必要がある。身体部位の位置や関節・筋肉におけるパラメーターの関係を記述するのが関節・筋座標系であり、空間座標から運動への変換を考える上で重要である。
空間座標系と関節・筋座標系
脳は、複数の感覚器官からの情報を統合することによって、外部環境を空間として知覚(空間知覚)している。特に霊長類においては、特に視覚による空間知覚が発達しているが、単に認知的側面だけでなく、生体の運動や空間記憶、ナビゲーションなどの適応的行動に直接的に使われるものである。脳内の空間表現は、空間のどこかを原点とした空間座標系としてとらえることができる。しかし、その座標系は単一ではなく、原点の異なる空間座標系が、並列的・階層的に処理される。
こうした、空間座標系は,知覚や認知にとどまらず、運動の表出にとっても必要である。生体においてさまざまな運動効果器が存在し、異なる運動が遂行されるが、脳内の複数の空間座標系はそれぞれの運動に対して適当なものが使われる。例えば、腕の到達運動の際、まず網膜中心窩を中心とした網膜座標系に対象物の位置が表現されるが、これだけでは視点が変化した場合に不都合で、眼球位置を中心にした眼球中心座標系、頭部や身体軸を中心とした頭部中心座標系[1]、身体中心座標系が必要となる。
一方、運動の生成には、空間座標系において決められた軌道を、関節の動きや筋肉の収縮に変換されなくてはならない。このために、計算論では身体の関節や筋肉の自由度を関節・筋座標系として規定する。手先の位置と関節角との関係や手先の力と関節関節に発生するトルクとの関係を関節座標系という。さらに、関節の角度とそれにつく筋肉筋肉の長さや関節に発生するトルクと筋の力などの関係を筋座標系という。[2]。
空間座標系
網膜座標系・網膜中心座標系
網膜部位局在・網膜部位対応・視野地図
retinotopic coordinate・ retinotopy
眼球内に入ってきた光は、網膜上に像を結ぶ。中心窩(fovea)を原点に、網膜の何処に像を結ぶかによって表現される座標系のことである。この座標系は眼球が固定されている条件の下では不変であるが、眼球が動いてしまうと再構成される必要がある。眼球中心座標系とよく混同されるが、以下に述べるように区別されなければならない。脳内の視覚領野には、網膜の部位がその領野内の位置と点対点の対応関係にある領野が存在する。特にこれを視野地図ないしは網膜部位局在性というが、結果として網膜座標系としての情報表現が見られる。
外側膝状体から、V1ではきれいな網膜部位局在性がみとめられる。それ以外にもV2、V3、V5、V4、V6[3] [4] [5]、あるいは上丘などでこのような網膜部位局在性が見られる。また、頭頂葉にあるLIP野(lateral intraparietal area)[6]、VIP野(ventral intraparietal area)[7]、MIP野(medial intraparietal area)ないしparietal reach region (PRR)[1]、さらに前頭葉の運動前野[8]前頭眼野 (frontal eye field, FEF)[9]などの到達運動や眼球運動に関連した領域でも、網膜部位局在的なマップは明確ではないが、網膜座標系としての性質を持つニューロン活動が見つかっている。
眼球中心座標系
eye-centerred corrdinate
眼窩の中において、目の位置(向き)を原点にした空間ベクトルで表現される空間座標。現在の視線の向きに関する情報が必要となる。眼球が動いたとしても、眼球の位置とターゲットのずれを基にして、ターゲットの位置ベクトルが表現される(図1b、c、d青丸)。
頭頂連合野のLIP、7a、PRR、VIP[1][7]、V3A[10]にそうした座標表現に関わるニューロン活動が認められる。
網膜座標系と眼球中心座標系の違い
両者とも注視点が変化すると、見かけ上の空間表現が変化するため、時として混同されるが同じではない。網膜座標系は外界像を中心窩を原点として2次元座標系として記述する。網膜座標系で符号化された位置は、網膜上の位置が問題であり、眼球の位置が変化しても、網膜上の同じ位置に視覚刺激が像を結べば座標は同じになる。しかし、眼球が動いてしまった場合、その位置は中心窩からのベクトルで再構成しなければならない。一方、眼球中心座標系は現在の眼球の位置情報を使い、眼球の位置(向き)と対象物までの変位ベクトルで表現される。輻輳角も考えれば、3次元座標系での対象の位置の表現も可能となる[2]。眼球中心座標系での符号化は、たとえ視覚刺激が網膜上同じ位置にあっても眼の位置によって異なる[1]。これをAngle –Gaze effect[11]と呼ぶが、網膜座標系での視覚刺激の位置情報と眼球の位置情報を統合する必要がある。
この二つの座標系の違いを明らかにする例として、ダブルステップサッケード課題を考える。ある点を注視する被験者に二つのサッケードのターゲットA、Bを短時間順番に提示し(例:ターゲットA→B)、ターゲットを消した後に、それらの提示の順番に続けてサッケードを行わせる。まず、最初に網膜座標系にターゲットAとBの位置が表現される。その情報に従って1つ目のターゲット(A)にサッケードは注視点からのベクトル、すなわち網膜中心座標系おける表現で可能である。しかし、Bへのサッケードは最初の網膜座標系に表現された情報だけでは不可能である。眼球位置が変化しているので、最初にマップされた中心窩からターゲットBへのベクトルではターゲットに到達しない。これを成功させるためには、ターゲットAにおける眼球位置を元にしたターゲットBへのベクトルを表現(眼球中心座標系)しなければならない。HallettとLightstoneはこうした課題を用いることで、運動制御や空間認知には網膜座標系だけではなく、ターゲットの空間位置を修正するための他の座標系システムが必要であることを体系的に示した[12]。後頭頂葉が損傷された患者では、ダブルステップサッケード課題で最初のターゲットにはうまくサッケードできるが、二番目のサッケードができない症状が知られている[13]。これは網膜座標系を使ってサッケードはできるが、眼球中心座標系でのターゲットの位置を計算できないことを示している[14]。
頭部中心座標系・身体中心座標系
head centered/body centered coordinate
頭部ないしは身体軸を中心にした座標系(図1c、d)。頭部中心座標系は眼球位置に影響を受けず、身体中心座標系は頭や眼球の向きに影響を受けない。このような座標系は、到達運動のような上肢運動にももちろん必要であるが、その他に全身の運動や移動にも必要である。時として絶対位置(absolute position)とも呼ばれる。
V6Aのニューロン[15]は、注視点の位置をいろいろに変えて、網膜中心座標系での同じ位置に視覚刺激を出してやると、視線がある方向に向いているときにだけ反応した。一見、眼球中心座標系の表現に見えるが、実はこのニューロンは、視線の向きに関わらず、視覚刺激が頭部から見てある特定の位置にあるときにだけ反応するニューロンであった。つまり、頭部中心座標系での空間表現をしているといえる。その他、LIP[16]、V6A[5]、VIP[7] [17]などの領域においても、頭部中心座標系の位置を表現するニューロン活動が認められる。また、VIPやPRR、聴覚関連領域では、聴覚のモダリティによる頭部中心座標系の表現が認められる[1]。
身体部位中心座標系
body parts centered coordinate
身体の各部位を中心とした座標系。このような空間表現は、身体にいろいろある効果器を原点にしており、それぞれの運動のプランニングに無くてはならない。たとえ、物体の身体中心座標系での位置が明らかになっても、四肢先端は身体に対して、いつも同じ位置にあるとは限らない。例えば到達運動では手先を原点として、ターゲット位置を表現される必要がある。この座標系はまた、運動と共に原点が移動するので、常に手先とターゲットの関係が更新されて記述されうる。また、ごく身体に近い手の届く範囲の身体周辺空間も記述できる。この座標系における原点は、必ずしも身体部位上にあるわけではなく、例えば道具を使用している場合には、道具の先端に原点が移る。この場合に、手の周りにあった身体周辺空間は、道具全体あるいは道具前端部分へ移動する。
こうした座標系は、主に体性感覚や視覚を統合した多種感覚ニューロンによって表現される。体性感覚受容野の存在する皮膚部位(手、腕、肩、顔の一部など)を中心として、その周辺の一定の空間内に視覚刺激が入ると反応する。身体部位が動いても受容野はその部位と共に動く。こういった神経活動は被殻[18]、 VIP[19]、腹側運動前野のF4[20]などに存在する。これらは、眼球や頭部の向きには影響を受けない。また、視覚のみならず、聴覚のモダリティでも表現される。視覚の反応は、自己の身体の周辺の空間に限られ、身体周辺空間(ペリパーソナルスペース)と呼ばれる自己の身体の一体となった空間表現の神経基盤となっている。また、こうした身体周辺空間に関わるニューロンの視覚受容野が、道具を使った時に道具先端にまで拡大する現象が知られている[21]。これは、道具の使用による身体イメージの拡張に関わると考えられている。
物体中心座標系
object-centered coordinates
物体の中での目標の相対的位置。目標とする物体の中での位置(前後左右上下)を表現する。前述の座標系は、原点が身体のどこかに存在するが、この場合には原点は環境の中に存在する。3次元的に複雑な構造を認知する場合にも、こうした相対的位置の記述が必要である。また、そのような3次元的形状をした物体のある部分に働きかけるためには、物体を中心としてその位置がどこにあるのかを表現しておく必要がある。自己の身体を中心とした座標系のみでは、自分が動いたときにその都度、表現モデルを変更しなければならないが、物体を中心とした座標系で対象物を記述しておけば、身体中心座標系の原点が移動しても、あるいは座標軸が傾いてしまっても影響されない内部表現を得ることができる[2]。例えば、キーボードを操作する場合にもキーそのものの身体中心座標系の位置よりも、キーボードの全体の中でのキーの配置が重要である。ターゲットの周囲に枠などの空間情報があるかないかによって、到達運動の精度があがることが知られている。
サルの7a野や前側頭頂間野 (AIP)では物体内での相対的位置や物体中心座標系に関わると考えられる神経活動がみつかっている[22] [23] [24]。またこうした座標系は物体の構造の記述にも必要であり、把持運動に関わるAIPやF5では、把持運動の対象となる三次元的物体を表現している[25]が、これらの領域のニューロンが両眼視差に応答することが明らかになっている[26]。
外界中心座標系・環境中心座標系
world-centered coordinates
外界あるいは環境の中での自己の位置。自己が環境の中でどのにいるか、どのような体位でいるかを脳内では表現される必要がある。この場合にも、原点は環境の中で何らかの目印が原点となる。上述の物体中心座標系も環境中心座標系の一つではあるが、ここではより広い身体とは離れた空間を考える。場合によってはみえない空間、遠隔地でも対象となる。移動などの全身運動に必要となる。重力も手がかりとなる。脳の中の地図である認知地図も、環境中心座標系に基づいて構成される。Allocentric reference frameとも呼ばれる。これに対応する自己の位置を中心した座標系をEgocentric reference frameという。
齧歯類の海馬では、ある特定の場所に動物が来たときに反応する場所細胞(place neuron)が知られている。サルでは7a野のニューロンは、自己の身体の向きに依存しない空間内の位置を表現するニューロン活動が知られている[16]。また、この領域と結合のある内側頭頂葉、後部帯状回皮質や脳梁膨大部後部領域、海馬を含む内側側頭葉で環境内のある特定の場所に選択的に反応するニューロンや、環境中心座標系における空間表現が知られている[27] [28]。これらの領域は、ナビゲーションや認知地図に関わると考えられている[27]。
運動と空間座標
空間座標は主に、視覚の背側経路にて表現され、特に頭頂連合野には複数の座標表現が存在する。このような脳内の空間座標は、運動や空間記憶、行動決定などの行動に使われる。異なる効果器による運動に、最適な空間座標が選択される。脳内のある特定の運動を制御する領域に、その運動が必要とする座標表現がを見いだすことができる。例えば、網膜中心座標系や眼球中心座標系は、眼球運動に使われるが、これらは眼球運動の制御に関わる上丘、LIP等で表現されている。眼球中心座標系や頭部中心座標系や身体中心座標系、あるいは身体部位中心座標系は到達運動に取って必要であるが、これらは到達運動に関わるPRRやMIP、VIP、V6A等で表現されている。また、物体中心座標系に関わる神経活動は、把持運動に関わるAIPで見つかる。また、移動に関しては、外界中心座標系(環境中心座標系)がもちいられるが、場所の記憶やナビゲーションに関わる内側頭頂葉、後部帯状回皮質や脳梁膨大部後部領域、内側側頭皮質などが、このような空間表現を持っている。以上を以下の表にまとめる。
座標系 | 脳領域 | 参考文献 |
---|---|---|
網膜中心座標系 | 外側膝状体、上丘、視床枕、V1、V2、V3、V4、LIP、FEF | [1] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] |
網膜中心座標系 | MIP、PRR、LIP、V3A | [1] [7] [11] [10] |
頭部/身体中心座標系 | VIP、V6A、LIP | [7] [16] [17] [15] |
身体部位中心座標系 | VIP、被殻、F4 | [20] [18] [19] |
物体中心座標系 | 7a、AIP、F5 | [22] [23] [24] |
外界中心座標系 | LIP、内側頭頂葉、後部帯状回皮質や脳梁膨大部後部領域、海馬 | [16] [27] |
関節・筋座標系
これまで述べてきた座標系は、空間知覚レベルの座標系であり、その次元は最大でも3次元である。しかし、身体が運動を実行する場合には、身体の位置や姿勢、あるいは力やモーメントのベクトルへと変換される必要がある。このような変換に際して、計算論では以下のような座標を定義する。
身体部位の位置や姿勢あるいは、運動の対象となる物体は、作業空間と呼ばれる空間にプロットされる[2]。例えば、運動のプランニングに際しては、始点(現在の手先の位置)や終点(ターゲットの位置)は身体中心座標系の作業空間において記述される。また、手先を中心にした物体の位置も記述される。これを手先座標系という。空間内では位置だけで無く、手の姿勢(回転)も定義される必要もある。また、この作業空間の中で手先の軌道や力、モーメントのベクトルが決められる。
この運動を実現するためには、関節や筋肉の動きの運動学的パラメーターとそこに発生する力の向きや大きさなどの動力学的パラメーターの両方を決める必要がある。関節では、運動学的には手先につながる複数の関節の角度と手先の位置との関係がプロットされる。また、動力学的には、関節のトルクベクトルと手先の力ベクトルの関係がプロットされる。これが関節座標系である。また、筋肉では、筋長(短縮方向が正)と関節角との関係、及び筋力(短縮方向が正)と関節トルクとの関係がプロットされる。これが筋座標系である。それぞれの次元数は、関節と筋肉の数に相当し、自由度が非常に大きく、冗長なシステムとなる。このため、この際、関節・筋座標系における冗長な自由度をへらすために、適切な拘束条件をみいだし筋や関節レベルのインピーダンス調整が行われている[2]
脳内で空間座標から関節座標、筋座標への変換過程をしめす神経活動が、上頭頂葉、腹側運動前野、一次運動野などの領域で知られている。例えば、手首の屈曲伸展運動を考える場合に、手掌が上向きか下向きの姿勢によって、外部空間内での手首の動きの向きと、関節や筋肉が表現するベクトルを区別することができる。このとき、サルの頭頂連合野のニューロンは、関節の屈曲か伸展か表現するニューロンが存在する。これは固有感覚の入力に依る物であるが、関節の座標系の動きである。一方、手のひらの向きに関わらず、(暗闇の中で)空間内の手のうごきの方向を表現するニューロンが見つかっており、これは外部座標系での動きを表現する[29]。また、腹側運動前野でも、関節の屈曲・伸展に関わらず手の動きを外部座標系の動きで表現するニューロンが多い。一次運動野では、空間内の向きとともに筋座標系で表現するニューロンがあることがわかっている[30] [31]。
関連項目
参考文献
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