パニック症
塩入 俊樹
岐阜大学 精神科
DOI:10.14931/bsd.902 原稿受付日:2012年3月28日 原稿完成日:2013年1月17日 更新日:2014年7月10日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:panic disorder 英略称: PD 独:Panikstörung 仏:trouble panique
同義語: パニック障害
パニック症とは
典型例
32歳の主婦、Aさん。これまで特に大きな病気はしたことがなく、健康に過ごしてきた。半年前、自宅で突然、動悸、呼吸困難、発汗が出現し、手足がしびれ出したため、「このままでは死ぬのではないか」、「狂ってしま うのではないか」、「この状態をコントロールできないのではないか」と思い、救急車を呼び、近くの総合病院救急外来を受診。しかしその発作は救急車で搬送中におさまり、救急外来受診時の心電図や血液検査では異常が 見つからなかった。医師からは「ちょっと過呼吸気味ですね。でも問題ないでしょう。」と言われ、点滴をして帰宅。 しかし、その二日後、夜睡眠中に同様の発作が出現。再度救急外来を受診するも異常はなく、医師の対応も冷たかった。翌朝、「やはり病気に違いない」、「またあの発作が起こったらどうしよう」と不安になり、今度は大学病院の内科を受診。心エコー等の精密検査を受けるも異常はなかった。 Aさんは、医者に何度問題なしと言われても納得できず、逆に発作に対する不安は大きくなる一方で、「外で発作が起きたら大変だ」という思いから好きであった家族ドライブや趣味の陶芸教室もやらなくなった。買い物は近くのスーパーでもご主人と出かけるようになり、家から出る機会も少なくなり、最近では気分も落ち込んで、食欲もなく、夜中によく目が覚めるという。 |
BoxにPDの典型例を示す。その主な病像は、まず、動悸、窒息感、発汗、めまい、手足のしびれ感等の身体症状、そして死の恐怖やコントロール不能感に代表される精神症状が、何の前触れもなく、急に襲ってくる不安発作(=パニック発作、Panic Attack: PA)である。そのため、多くの患者は「これはきっと体の病気に違いない」と思い込み、救急外来を受診する。また、PAは、“青天の霹靂”と言われるように、全く突然に生じ、症状は急速に出現し、その強さのピークは10分以内である。通常、20から30分で発作は消失するが、患者は「1時間くらいは症状が続いた」と訴えることが多い。これは発作後もしびれ感等は少し残ることや発作が起こったことによる不安によって身体症状(軽い、頻脈や呼吸困難感等)が生じているからかもしれない。
その後もPAは繰り返し起こるために、患者は「また発作が起きるのではないか」と過度に不安な状態となる。これを“予期不安”と言う。
さらにケースによっては、PAが起きた場所や起きると助けが得られないような状況、例えば渋滞中の車、電車やバス等を避け、一人で外出することが困難となり、学校や会社、買い物等にも行けなくなる等、著しい社会機能低下が認められるようになってしまう。この状態を“広場恐怖 (Agoraphobia)”と呼ぶ。
このように、予期しない、突然のPAが繰り返され、予期不安が生じ、さらに広場恐怖に至るケースもある、これがPDである。器質的な疾患が存在しないことは言うまでもない。
診断基準
診断基準:パニック症(DSM-IV-TR) |
A. (1)と(2)の両方を満たす |
表1.DSM-IV-TRによるパニック症の診断基準
診断基準:パニック発作(DSM-IV-TR) |
強い恐怖または不快を感じる、はっきり他と区別できる期間で、そのとき、以下の症状のうち4つ(またはそれ以上)が突然に発現し、10分以内にその頂点に達する。 |
表2.DSM-IV-TRによるパニック発作の診断基準
表1と2に、現在、最も国際的な使用頻度の高い診断基準であるDSM-Ⅳ-TR[1]のPDとPAに関する診断基準を示した。表1からもわかるように、PDは“広場恐怖“の有無によって、「300.21 広場恐怖を伴うパニック症」と「300.01 広場恐怖を伴わないパニック症」の2つにさらに分けられるが、2013年5月に出版予定の次期DSM-5ではこの区別はなくなっている。また、PDとの鑑別診断としては、表1にも記載があるように、同じく不安症の範疇では、社会不安症(social anxiety disorder:SAD)、特定の恐怖症、強迫症(obsessive-compulsive disorder:OCD)、心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)、分離不安症等がある。
鑑別診断
コツとしては、PAの種類を明確にすることである。つまり、PAには、①予期しないPA、②状況依存性PA、そして③状況準備性PAの3つがある。もちろんPDは①の予期しないPAが2回以上出現することが診断に必要とされるが、これは、前述したように、全くの突然に、自然に起こるPAである。一方、②状況依存性PAは、SADや特定の恐怖症、あるいはPTSDやOCDでよく生じるもので、状況や誘発因子に暴露した直後に起こるPAである。これはPDでは少ない。最後の③状況準備性PAは、①と③の中間に位置するもので、特定の状況で起こり易いが必ず起こるものではないPAである。実は③はPDに多いとされている[1]。例えば、PD患者に①の予期しないPAが通勤電車の中で起こった場合、患者は電車に乗ることを恐れ、「あの発作がまた起こったらどうしよう」と著しい予期不安に苛まれる。そのため、電車の中ではPAが起こりやすい状況となっており、心配のあまり逆にPAを呈してしまう場合と、何とか発作まではいかなくて済んだ場合とが出てくるのである。PD患者では、少なくとも2回以上の①予期しないPAの後には③状況準備性PAが頻発すると言われているので、注意が必要である。
疫学
有病率
有名なNational Comorbidity Survey(NCS)による疫学調査では、3.5%という結果であったが[2]、これは若干高い数値で、その後の世界各国で行われた調査では1.5~2.5%の間にあるようだが、決して珍しい病気ではない。年間罹患率は一般的に0.5~1%であると報告されている[3]。しかし、心疾患外来患者の16% 、あるいは過呼吸発作を訴えた患者の35%でPDの診断基準を満たすとの報告があり[4]、一般臨床現場での有病率は、思ったよりも高い。また、PDの診断基準は満たさないものの、PAの繰り返しを持つ者は全人口の3.5%、生涯に1度でもPAを経験したことのある者は9~10%程度と見積もられており、潜在的な患者数も、かなり多いものと考えられている[5]。性比については、女性は男性よりも一貫して高く、2倍以上であると報告されている[2]。好発年齢は、15歳~45歳の若年層で、年齢分布としては、青年期後期の15~24歳と45~54歳に二峰性のピークを認め、高齢者の発症は稀である[6]。ただし、このピークには性差があり、男性では25歳~30歳頃、女性では35歳前後と若干男性の方が若年発症の傾向があるとされている[6]。
遺伝要因
次に、PDの家系研究や双生児研究についてである。Croweらは1983年にPD患者の第一度親族における発症率が24.7%であるのに比べ、一般対照群では2.2%で、患者家族では発症のリスクが有意に高いことを指摘した[7]。また、米国やベルギー、オーストラリア等で行われた大規模調査において、患者群の第一度親族では正常対照群と比較し8倍の危険率との報告がなされている[8]。Goldsteinらによる発症年齢における研究では、20歳以前の発症では家族性が強く17倍のリスクがあるのに対し、20歳以後の発症では6倍のリスクであったという[9]。さらに双生児研究では、一卵性双生児の一致率24%に対して二卵性双生児では11%[10]、双生児研究による遺伝力は、全般性不安症(generalized anxiety disorder:GAD)では32%であったのに対し、PDでは43%と高かったとの報告もあり[11]、PDの発症には何らかの遺伝子要因が関与していることが示唆されている。
病名の変遷
表2に示したように、「パニック症」という病名そのものは新しいものであるが、実は、同様の症状を呈する疾患の記述は19世紀まで遡る。当初は内科医の報告ばかりであるが、その後精神疾患との解釈がなされ、様々な病名がつけられた。有名なところでは、フロイトの「不安神経症」もPDを含む概念である。図をみるとわかるように、特に、戦時中にPAを呈する兵士が続発したことから、戦時中に数々の病名が生まれた経緯がある。そして、1980年になり、PDが本格的に世に出たわけであるが[12]、それは、1960年代に出された2つの論文によるところが大きい。つまり、まず1964年にKleinは三還系抗うつ薬(Tricyclic antidepressant:TCA)であるイミプラミンがPAを抑制したと報告した[13]。そしてその3年後の1967年には、PittsとMcClureによって、PD患者(当時は、“不安神経症“)では乳酸静注によってPAが生じるが、正常者ではそのようなことは起こらないことがわかったのである[14]。したがって、PDは、フロイトが言うように内的不安が蓄積・爆発して生じるのではなく、生物学的な異常を基礎として生じているものであり、不安神経症とは独立した疾患概念であるとの見解に至った。
病態仮説[15]
動物は、危険を予測する学習によって自らを様々な害から守り、生命を維持することが可能である。不安は、おそらく危険信号への反応として発生したものが、長い進化の歴史の結果、危険を回避するという一連の反応傾向を形成するに至ったと考えられる[16]。そして発達段階において適応性が向上するにつれ、様々な恐怖反応が出現したものと思われる。つまり、不安‐回避の連鎖である。もちろん、より複雑で高等なヒトでは条件反応に感情、認知、運動の要素が絡んで不安反応となる。不安症は、進化に基づく誤警報により概念化が可能と言われている[17]。PDでは、進化論的起源が窒息警報とされているが[18]、その生物学的病態について、“Stress-induced fear circuitry disorders”という概念を通じて、述べる。
Stress-induced fear circuitry disordersとは
推定される病態メカニズムから不安症を分類してみると、3つに分類することが可能かもしれない。具体的には、①PDやSAD、PTSD等の“stress-induced fear circuitry disorders(SIFCD)”と言われる一群で、さらに②OCD等の強迫や衝動等に関連した“強迫スペクトラム障害(OC spectrum disorders)”、最後に③うつ病と関連がより深いGAD、の3つである。
SIFCDの病態は、多少違いはあるにせよ「恐怖の条件づけ(fear conditioning)」に関連した神経回路の機能不全(fear-circuitry dysfunction)と考えられている。ちなみに、急に大きい音を立てると、ヒトは驚いて恐怖反応を呈し、発汗等の条件反応を起こす。それを皮膚電気反応(skin conductance response; SCR)で測定すると、大きい音を立てた時にSCRが上昇する。しかし、小さい音ではSCRは不変である。一方、小さい音とほぼ同時に大きい音を立てるとSCRは当然上昇するが、この行為を繰り返すことによって、小さい音だけでSCRが上昇するようになる。この状態を「恐怖条件づけ」という。これは古典的条件付け(つまり、パブロフの犬と同じもの)であるが、恐怖に関連したものなので、「恐怖条件づけ」と呼んでいる。
そして、不安症患者は脅威に関する手がかりを選択的に注意するが、必ずしも意識的ではない。つまり、「恐怖条件づけ」の神経回路の過活性化がそのベースに存在するものと思われる[19]。この回路の基本的プロセスにおいて極めて重要な役割を演じているのは、扁桃体である。
扁桃体によるストレス反応の制御
では、扁桃体というのは具体的にどんな機能を司っているのだろうか。非常に大雑把にいうと、視覚や聴覚等の様々な感覚刺激(つまり、ストレス)によるストレス反応を制御しているということになる。例えば、様々な感覚情報は全て視床に入力され、そこから扁桃体の基底外側核という部分に入る(図1参照)。この入り方には大きく分けて2つのパターンがあり、1つは視床⇒扁桃体基底外側核というように、直接入ってくるもの、そしてもう一方は、視床から高次感覚皮質や連合皮質等の大脳皮質、あるいは海馬等を経由してから入ってくるものである。そして扁桃体基底外側核から扁桃体中心核へと移行し、そこから様々な脳部位に出力系が伸びている(図3には主な投射経路のみを示している)。もし扁桃体が過活動になると、それらの部分も当然過活動となる。つまり、視床下部ではHPA系が亢進してコルチゾールが上昇し、さらに交感神経系の亢進がみられ、橋にある結合腕傍核の過活動により過換気あるいは過呼吸が生じ、青斑核が興奮するとノルアドレナリンの増加によって血圧上昇や心拍数増加が起こり、警戒反応が増す。さらに中脳灰白質は回避行動を促進すると言われている。このように、感覚情報というストレスによって扁桃体が過活動状態となると、様々なストレス反応が生じることになる。但し、一般に正常な場合には、ストレス因子によってストレス反応を経験しても、学習によってそれらを制御することが可能である。しかしながら、不安症ではストレス因子のない時に、あるいはストレス因子がすぐに生命の危機、あるいは恐怖に結びつかない状況においても、不適切にこの神経回路が働いてしまい、その結果このようなストレス反応が起こってしまう、というように推測される。
“Stress-induced fear circuit”とPD
図2は、今まで述べてきた、“stress-induced fear circuit”の模式図である。先ほどから述べているように、感覚情報、例えばPD患者であればパニック発作時の動悸や発汗、息切れ等の身体感覚、SADであれば“人前でのスピーチ(public speaking)”の最中の緊張状態における身体感覚が、まず視床に入る。そして前述した2つのパターンで、一部はすぐに扁桃体に伝わり、他方は海馬や前部帯状回や前部帯状回を通り高次機能での分析が行われてから、扁桃体に投射する。この経路(青の点線)は抑制系なので、視床からの入力(=アクセル)によって扁桃体が過活動状態になるのにブレーキをかける。その結果、アクセルとブレーキの兼ね合いで扁桃体中心核から出力系が調整されるが、不安症ではブレーキの効きが悪いために、前述したような視床下部、青斑核(LC)、結合腕傍核といった脳部位を病的に活性化してしまい、様々な身体症状(心拍数の増加、血圧上昇、過呼吸等)を出現させると考えられる。そしてまたこの身体症状を新たな感覚情報として取り込むと、再びこの神経回路が働いてしまうという、負のスパイラルが生じるであろう。そうなると、意識に調節(=前頭前野等の高次機能による抑制)はできなくなり、どんどん悪い方向へ向かってしまうと推定される。このように“stress-induced fear circuitry disorders”というのは、扁桃体が病的に過活動になってしまう、そして本来それを抑制しなければならない前頭前野あるいは前部帯状回等の機能が低下している病気、と言えるかもしれない(図3参照)。
また、背側縫線核から起こるセロトニン神経系の投射は、一般に青斑核を抑制するのに対し、青斑核から起こる投射は背側縫線核のセロトニンニューロンを刺激し、正中縫線核ニューロンを抑制する。さらに、背側縫線核からの投射は、前頭前野、扁桃体、視床下部、中脳水道周囲灰白質等へ伸びている。そのため、セロトニン神経系を調節することによって、「恐怖条件づけ」の神経回路の主要な領域に影響を与えられる可能性があり、ノルアドレナリンの活性低下、コルチコトロピン放出因子の放出低下、防衛と逃避行動の修正等が可能となる[17]。また、前頭前野(あるいは前部帯状回)の働きにより恐怖条件づけが消去されることがわかっている[20]。認知行動療法(cognitive behavioral therapy, CBT)による治療の際にも、同様のプロセスが生じていると推定される(図5、参照)。
治療
2009年に改定されたアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association:APA)の治療ガイドライン[21]を始め、生物学的精神医学会世界連合(2002)[22]、オーストラリア・ニュージーランドの精神医学会ガイドライン(2003)[23]、イギリス精神薬理学会(British Association for Psychopharmacology, BAP)(2005)[24]等、PDに関する各国の主な治療ガイドラインでは、薬物療法とCBTのいずれも有効で、両者とも治療の第一選択として挙げられている。CBTのメリットとしては、薬物療法に比し再発率が低いことであるが[25]、そもそも我が国ではうつ病以外CBTの保険適応がないこと、そのためコスト面での問題があること、さらに現時点では習熟した治療者が不足していること等、実臨床として本格的にCBTを活用するには、残念ながら課題は山積していると言わざるを得ない。一方、薬物療法については、その概念の確立時期よりすでに有効性が示されており、現在も治療の中心的な役割を担っている。以下に、薬物療法について少し述べる。
選択的セロトニン再取り込み阻害薬
前述の治療ガイドラインでは、薬物療法における第一選択薬は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)を挙げている。本邦でも、2008年に厚生労働省こころの健康科学事業「パニック障害の治療法の最適化と治療ガイドラインの策定に関する研究班」により作成されたPDに関するハンドブックがあり、こちらも大筋では前述のガイドラインに一致し、本邦で適応が通っている パロキセチンかsertralineで治療を開始することを推奨している[26]。その理由として、選択的セロトニン再取り込み阻害薬の抗パニック効果としては、前述した三還系抗うつ薬と同等であるとされているものの、三還系抗うつ薬は抗コリン作用や心血管系への副作用が強く、忍容性の面で問題があるからである。また、venlafaxineのように、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin noradrenalin reuptake inhibitor, SNRI)の中にもPDに有効とされる薬剤もあるが[27][28]、残念ながらわが国では使用できないのが現状である。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬
選択的セロトニン再取り込み阻害薬、三還系抗うつ薬と共に、高力価のベンゾジアゼピン系抗不安薬もPDに有効である[29][30]。具体的にはalprazolam、lorazepam、clonazepam、diazepam等、である。前述の欧米各国のガイドラインでは、いずれもベンゾジアゼピン系抗不安薬は第2選択薬とされ、選択的セロトニン再取り込み阻害薬等の抗うつ薬の効果が発現するまでの間(通常、治療開始から1カ月間)、PA等を抑えるための補助的な投与に留めるよう、勧告されている[22][23][24] 。その理由として、眠気や脱力といった副作用や長期投与による依存形成等のためである。一方、前述の厚生労働省の研究班によるハンドブックでは、抗うつ薬の治療開始から効果発現までの期間にはベンゾジアゼピン系抗不安薬の併用によって積極的に症状改善を図るとし[26]、その後4〜12週程度の間に徐々に減量し、頓用化を試みるよう指導している。このように、欧米と我が国ではベンゾジアゼピン系抗不安薬の使用について若干温度差があるのが現状である。
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