中畑 義久
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
石橋 仁
北里大学 医療衛生学部 生理学教室
鍋倉 淳一
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
DOI:10.14931/bsd.5595 原稿受付日:2015年2月26日 原稿完成日:2015年月日
担当編集委員:柚崎 通介(慶應義塾大学 医学部生理学)
英語名:Gephyrin 英略称:GPHN
ゲフィリンは、抑制性シナプス後膜における足場タンパク質であり、グリシン受容体および一部のGABAA受容体のシナプス局在に関わっている(図1)。ゲフィリンの機能や局在は翻訳後修飾、関連タンパク質との結合、神経活動、受容体の活性など様々な要因によって制御される。この他、尿酸生成や造血作用に関わるMoCo(モリブデン補因子)の生合成における触媒作用も知られている[1]。
基本構造
93 kDaの表在性膜タンパク質として同定されたゲフィリンは[5] [6]、自己オリゴマー化によって凝集体を形成する[1]。G、C、Eの3ドメインから成り、GドメインN末端(20 kDa)とEドメインC末端(43 kDa)がCドメイン(リンカー領域: 18-21 kDa)に結合している[7]。Gドメインは安定した三量体を形成する一方、Eドメインは二量体を形成し、グリシン受容体βサブユニットの細胞内ループ(M3-M4)に高親和性を示す。グリシン受容体βサブユニットにおけるセリン残基403がプロテインキナーゼC (PKC)によってリン酸化されると、ゲフィリンとの結合が減少する[8]。また、結晶構造解析の結果から、ゲフィリンの二量体形成面におけるフェニルアラニン残基330、チロシン残基673、プロリン残基713残基がゲフィリンとの高い親和性に重要であると考えられる[7]。「リンカー領域」とも呼ばれるCドメインにはゲフィリン結合タンパクの作用部位があり、Pin1(peptidyl-prolyl isomerase NIMA interacting protein 1)は188-201配列に、Dynein light chain 1(Dlc1)およびDynein light chain 2(Dlc2)は203-212配列に、アクチン重合に関与するCdc42に選択的なコリビスチン(collybistin)は319-329配列に作用する。また、タンパク分解をされやすいのもCドメインである。
組み換えゲフィリンの過剰発現実験の結果から、様々な細胞株において凝集体を形成することが確認されており、現在はGドメインの三量体化とEドメインの二量体化による六方格子(hexagonal lattice)モデルが仮定されている[2] [3](図1)。
グリシン受容体/AGABA受容体の固定化
グリシン受容体が集積するマイクロドメインは、グリシン作動性シナプス前終末と対応したシナプス後膜に認められる(Levi et al., 1999)(図2)。その際、グリシン受容体βサブユニットの細胞質ループに存在する18のアミノ酸モチーフにゲフィリンが結合することで、シナプス後膜におけるグリシン受容体の係留に関与している(Meyer et al., 1995)。そのため、免疫組織化学法においては、しばしば(グリシン受容体βサブユニットとヘテロマーを形成する)グリシン受容体α1サブユニット特異的抗体を用い、ゲフィリン抗体と二重染色することでシナプス後膜に局在するグリシン受容体が標識される。
但し、ゲフィリンはグリシン受容体α2サブユニットにも低親和性結合を示すことから、α2ホモメリックグリシン受容体がシナプスに係留される可能性も示唆されている(Takagi et al., 1992; Muller et al., 2008)。
実際にアンチセンスオリゴヌクレオチドによってゲフィリンの発現を阻害すると、シナプスにおけるグリシン受容体の局在が減少する(Kirsch et al., 1993)。更に、相同組み換えによって全てのゲフィリンアイソフォームをノックアウトしたマウスでは、シナプスにおけるグリシン受容体の局在が減少する(Feng et al., 1998)。こうしたことから、グリシン受容体はゲフィリンと結合することで凝集体を形成し、解離することで拡散することが知られている(Meier et al., 2000; Meier & Grantyn, 2004)。
GABAA受容体については、ゲフィリンとGABAA受容体α2サブユニット、γ2サブユニットの結合が示唆されている(Tretter et al., 2008; Gunther et al., 1995)。また、GABARAPはゲフィリンCドメインと結合するものの、GABAA受容体とゲフィリンの輸送に必須ではない(O’Sullivan et al., 2005)。グリシン受容体に比べGABAA受容体のサブユニットは多様であり、GABAA受容体に対するゲフィリンの役割は未だ十分明らかになっていない。
また、ゲフィリンはシナプス後膜における細胞接着分子であるニューロリギンとの結合が知られている(Tyagarajan & Fritschy, 2014)。ニューロリギン2欠損マウスでは、ゲフィリンのシナプス局在が減少し、GABAおよびグリシン作動性の微小シナプス後膜電流(mIPSC)の大きさと頻度が減少することから、ニューロリギンがゲフィリンのシナプス局在に関わることが示唆されている(Poulopoulos et al., 2009)。また、マウスの網膜、上丘、視床、脳幹、脊髄においては、ニューロリギン4がゲフィリンと共局在するという報告がある(Hoon et al., 2011)。
細胞におけるゲフィリン局在
これまで、ゲフィリンはグリシン受容体に先行して抑制性シナプス後膜の細胞質側に凝集すると考えられてきた(Kirsch et al., 1993; Kneussel & Betz, 2000b)。そのため、抑制性シナプスの指標として用いられることも多い。超解像顕微鏡を用いた報告によれば、抑制性シナプス後膜領域にはゲフィリン分子が約5,000-10,000/μm2の密度で凝集している(Specht et al., 2013)。しかし、ライブセルイメージングによってマイクロメートルのスケールでみると、ゲフィリンはダイナミックに動いており、樹状突起の微小管に沿った移動も報告されている(Hanus et al., 2004; Maas et al., 2006; Maas et al., 2009)。このことから、実際には動的平衡状態を維持していると考えられる。また、ゲフィリンの運動性は神経活動に応じて変化することが報告されており(Hanus et al., 2006; Kuriu et al., 2012)、これは細胞骨格であるFアクチンや微小管とゲフィリンとの結合がCA2+依存的に変化するためであると考えられる(Hanus et al., 2006)。
加えて、ゲフィリンが輸送カーゴ補助タンパク質として、グリシン受容体の細胞内輸送に関与することも示唆されている(Maas et al., 2009)。rER―ゴルジ体を経て分泌小胞に包まれたグリシン受容体は、ゲフィリンを介して順行性輸送タンパク質であるKIF5(KIF1A)に結合し、微小管に沿って輸送されることが報告されている(Maas et al., 2009)。また、逆行性輸送タンパク質であるダイニンを構成するダイニン軽鎖(Dlc1/2)とゲフィリンが結合することも報告されている(Fuhrmann et al., 2002)。
発現部位とアイソフォーム
ゲフィリンは脊髄や脳幹のグリシン作動性シナプスのみならず、中枢神経で広く発現が認められ、網膜、嗅球、海馬、大脳皮質のGABA作動性シナプスにおいても確認されている(Kneussel & Betz, 2000a)。また、中枢神経系以外に肝臓、心臓、筋肉といった末梢組織でも多様なアイソフォームが確認されている(Bowery et al., 2006)。
転写産物は複数のエクソンから選択的スプライシングされるため、多様なアイソフォームが存在すると考えられる。但し、ゲフィリンの各スプライシング変異体とそれらの名称は文献によって混在しており、異なるスプライシング変異体が同一の名称で呼ばれている場合があるので注意が必要である。こうしたことから、変異体の名称を統一することも提唱されている(Fritchy et al., 2008)。また、変異体の組織特異性と生物種特異性が報告されているが、後者については検討(検証)が不十分との指摘もある(Fritchy et al., 2008)。
なお、哺乳類と鳥類では1つのゲフィリン遺伝子が存在するが、ゼブラフィッシュでは2つの遺伝子(gphnaとgphnb)が存在する(David-Watine, 2001; Hirata et al., 2011)。
翻訳後修飾
ゲフィリンはリン酸化、パルミトイル化、アセチル化によってその機能と局在が変化する。例えば、ゲフィリンのシナプス局在は細胞接着分子であるβ1インテグリンの活性化により増加する一方、β3インテグリンの活性化によって減少する(Charrier et al., 2010)。また、ゲフィリンのセリン残基268が分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼであるERK1/2によって(Tyagarajan et al., 2013)、セリン残基270がグリコーゲン合成酵素キナーゼであるGSK3βによって(Tyagarajan et al., 2011)リン酸化されると、ゲフィリンのシナプス局在が減少する。これはCa2+/ERK依存性セリンプロテアーゼであるカルパイン1によるゲフィリンの分解によると考えられる(Tyagarajan & Fritschy, 2014)。この他、Cdk5によるセリン残基270のリン酸化(Kuhse et al., 2012)や熱ショックタンパク質であるHsc70(Machado et al., 2011)、アクチン結合タンパク質のProfilin1/2、mammalian Ena/VASP (enabled/vasodilator stimulated phosphoprotein)、Raft 1、チューブリンなどの因子が報告されている(Fritschy et al., 2008; Tyagarajan & Fritschy, 2014)(図3)。