英語名:ciliary neurotrophic factor 英語略称名:CNTF 独:Ciliären Neurotrophen Faktor 仏: facteur neurotrophique ciliaire
毛様体神経栄養因子はニワトリ胚抽出物に含まれる、毛様体ニューロンの生存を維持する栄養因子として発見された[1]。その後、様々なニューロンに対して栄養因子活性を持つ分子として知られるようになった。アミノ末端に分泌やグリコシル化のコンセンサス配列を持っておらず、どのような機構で細胞外に分泌されるのか正確なところはわかっていない。CNTFは障害によって活性化される因子として知られ、様々な病態で分泌されることがわかっている。
シグナル伝達
CNTFは細胞膜上のCNTFα受容体(CNTFRα)に結合する[2]。CNTFRはglycosylphosphatidylinositol(GPI)リンカーによって細胞膜上に分布し、インターロイキン-6(IL-6) 、白血球遊走阻止因子 (LIF)、 oncostatin M等のサイトカインの受容体とともにクラスI型サイトカイン受容体に分類される。CNTF受容体複合体のサブユニットであるCNTFRとCNTFが結合すると、膜貫通型のシグナル伝達サブユニットである白血球遊走阻止因子β受容体(LIFRβ)とgp130をリクルートして活性化し、シグナルを細胞内に伝える。受容体複合体の形成により、細胞質内に分布するリン酸化酵素であるヤーヌスキナーゼ (Jak1/2/3やTyk2)が活性化され、gp130の細胞内領域がリン酸化される。すると、転写制御因子であるsignal transducer and activator of transcription 3(STAT3)がこのリン酸化部位に結合してリン酸化を受け、2量体形成と核移行がおきてターゲット遺伝子の転写活性化をおこなう。gp130やJak、STATといった分子はCNTF以外のIL-6やLIF等のサイトカインによるシグナル伝達にも共通して用いられるため、各種細胞のサイトカインに対する反応特異性は主に受容体の発現によって決められると考えられている。一方、CNTFRαはホスホリパーゼCを介してGPIリンカーを切断されて分泌型受容体になるため、LIFRβとgp130を発現している細胞ではCNTFと分泌型CNTFRαが供給されればシグナル伝達がおきることも報告されている。CNTFや分泌型CNTFRαは血清中や脳脊髄液中に検出される。
栄養因子としての活性
CNTFは過度な光刺激などで障害された網膜桿体細胞や錐体細胞の再生を促す活性がある[3] 。また網膜神経節細胞に対しても、栄養因子活性を持ち、視神経の断裂によって生じる細胞死を抑制し、軸索の再生と伸長を助ける。CNTFがこのような活性を持つことから、その医療への応用が模索されている。しかし、CNTFの投与は網膜桿体細胞の分化を抑制する、もしくはロドプシンの発現を抑制し、網膜電位の低下がおきる。したがって、CNTF遺伝子を持つウイルスベクター感染による遺伝子導入やCNTF発現細胞の移植などによる継続的なCNTFの供給は視力の回復を妨げるため、一時的かつ比較的低い濃度での供給方法の確立が必要である。また、リン酸化STAT3に対する抗体を使った免疫染色の結果から、このようなCNTFの活性はおもにミュラーグリアに作用しておきる間接的なものと考えられている。
神経新生の促進とドーパミン産生ニューロン
ニューロスフェアの培養実験によって、CNTFやLIFが神経幹細胞の維持と増殖の促進をおこなう活性があることが示されている。このうち、CNTFのノックアウトマウスでは、海馬(hippocampus)の歯状回(dentate gyrus)や大脳側脳室といった生後脳で神経新生がおきる場所において神経幹細胞や中間増殖細胞の数の減少が見られる[4]。一方LIFのノックアウトでは生後脳の神経新生に影響は認められない。上にも述べたようにCNTFはCNTFRα−LIFRβ−gp130という受容体複合体を通してシグナルを伝達するが、LIFもLIFRβ−gp130という共通の受容体を用いるため、培養実験ではCNTFとLIFが同様の活性を持つものの、実際にin vivoで働いているのはCNTFであると思われる。一方CNTFノックアウトマウスの脳の発生は正常であるため、CNTFとLIF両方が胎生期の神経幹細胞の維持と増殖に関わっていると思われる。また、STAT3のコンディショナルノックアウトマウスで歯状回における神経幹細胞/中間増殖細胞の数が減少する[4]ことから、STAT遺伝子の中でもSTAT3がCNTFシグナルのエフェクターとして中心的な役割を果たしていると考えられる。
黒質線条体のドーパミン産生ニューロンが大脳側脳室の神経前駆細胞の増殖を制御しており、ドーパミンの欠乏や神経切断によって増殖が低下する。このことはパーキンソン病患者でも確認されており、ドーパミンと神経新生の関連が示唆されている。ドーパミンD2受容体の選択的アゴニストであるキンピロールは側脳室や歯状回における細胞増殖を促進するが、この効果がCNTFのノックアウトマウスでは認められない[5]。黒質(substantia nigra)ドーパミン産生ニューロンの投射を失わせたマウスではキンピロールによる増殖の回復が見られるが、CNTFノックアウトマウスでは効果が無い[5]。これらのことから、ドーパミンによるD2受容体の活性化がCNTFの産生を促進することで、間接的に神経幹細胞/中間増殖細胞の増殖を活性化しているのではないかと考えられている。
参考文献
- ↑
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(執筆者:若松義雄 担当編集委員:大隅典子)