「アクチビン」の版間の差分

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[[ファイル:Tsuchida Activin Fig1.png|サムネイル|'''図1. アクチビンとインヒビン''']]
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 内分泌の要である[[視床下部]]―下垂体―[[生殖腺]]系では、視床下部由来の[[性腺刺激ホルモン放出ホルモン]] ([[gonadotropin-releasing hormone]]; [[GnRH]])が下垂体前葉からの[[ゴナドトロピン]](FSH, [[黄体形成ホルモン]] ([[lutenizing hormone]]; LH))の分泌を促進し、<u>生殖腺での[[ステロイド]]産生と成熟</u>を促す。生殖腺では[[エストロゲン]]などのステロイドホルモンやFSH, LHが視床下部への[[ネガティブ・フィードバック]]機構でGnRH産生を抑制している。生殖腺由来の非ステロイド性の分子が下垂体前葉からのFSHの産生や分泌を特異的に抑制する機構が提唱されていた。これが1932年に提唱されたインヒビン仮説である<ref name=McCullagh1932><pubmed>17815236</pubmed></ref>
 内分泌の要である[[視床下部]]―下垂体―[[生殖腺]]系では、視床下部由来の[[性腺刺激ホルモン放出ホルモン]] ([[gonadotropin-releasing hormone]]; [[GnRH]])が下垂体前葉からの[[ゴナドトロピン]](FSH, [[黄体形成ホルモン]] ([[lutenizing hormone]]; LH))の分泌を促進し、<u>生殖腺での[[ステロイド]]産生と成熟</u>を促す。生殖腺では[[エストロゲン]]などのステロイドホルモンやFSH, LHが視床下部への[[ネガティブ・フィードバック]]機構でGnRH産生を抑制している。生殖腺由来の非ステロイド性の分子が下垂体前葉からのFSHの産生や分泌を特異的に抑制する機構が提唱されていた。これが1932年に提唱されたインヒビン仮説である<ref name=McCullagh1932><pubmed>17815236</pubmed></ref>。1985年になるとインヒビンがブタ卵胞液からタンパク質として精製され、その存在が証明された<ref name=Makanji2014><pubmed>25051334</pubmed></ref>。このインヒビン精製の過程で、逆にFSHの分泌を促進するペプチドも発見されアクチビンと命名された。その後、[[卵巣]]、卵胞液、[[フォリスタチン]]/アクチビンを複合体として精製することで、アクチビンBも生体内で存在することが証明されている。


 1985年になるとインヒビンがブタ卵胞液からタンパク質として精製され、その存在が証明された<ref name=Makanji2014><pubmed>25051334</pubmed></ref>。インヒビンは18kDaのインヒビンα鎖と13kDaのアクチビンβ鎖(βAあるいはβB)のペプチドが[[S-S結合]]を介してヘテロ二量体の構造を有する。[[インヒビンA]] (αβA)と[[インヒビンB]] (αβB)である('''図1''')。このインヒビン精製の過程で、逆にFSHの分泌を促進するペプチドも発見されアクチビンと命名された。その際、精製されたのは、アクチビンA(βAβA:アクチビンβA鎖のホモ二量体)と[[アクチビンAB]] (βAβB:アクチビンはβA鎖とアクチビンβB鎖のヘテロ二量体)である。その後、[[卵巣]]、卵胞液、[[フォリスタチン]]/アクチビンを複合体として精製することで、アクチビンB(βBβB:アクチビンβB鎖のホモ二量体)も生体内で存在することが証明されている。なお、フォリスタチンは、細胞外でアクチビンに結合しその生理活性を強く阻害する。
 アクチビン/インヒビン/フォリスタチン系は神経系でも興味深い作用を発揮し、特に[[神経内分泌]]系、[[下垂体]]制御系で重要な生理作用を持つ。アクチビンの作用は産生組織周辺の[[オートクライン]]作用あるいは[[パラクリン]]作用が主体である。例えば、下垂体内ではオートクライン作用でFSHの[[転写]]や分泌を調節している。卵巣[[顆粒膜細胞]]では、アクチビンは[[プロゲステロン]]産生や[[黄体形成ホルモン受容体]]を増加させ[[黄体化]]を促進する。
 
 さらにアクチビンは多くの組織で産生され、神経系以外の組織でも多彩な機能を発揮する。
 
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 その際、精製されたのは、アクチビンA(βAβA:アクチビンβA鎖のホモ二量体)と[[アクチビンAB]] (βAβB:アクチビンはβA鎖とアクチビンβB鎖のヘテロ二量体)である。
 
 なお、フォリスタチンは、細胞外でアクチビンに結合しその生理活性を強く阻害する。神経系でもアクチビンは極めてユニークな作用を発揮する。
 
 この作用は主としてパラクライン作用と考えられている。
 
 インヒビンは18kDaのインヒビンα鎖と13kDaのアクチビンβ鎖(βAあるいはβB)のペプチドが[[S-S結合]]を介してヘテロ二量体の構造を有する。[[インヒビンA]] (αβA)と[[インヒビンB]] (αβB)である('''図1''')。


 構造的には、アクチビンは[[トランスフォーミング増殖因子β]] ([[transforming growth factor-β]]; [[TGF-β]])ファミリーに属する[[ポリペプチド]]であり、アクチビンβ鎖(インヒビンβ鎖とも称されるが、本稿ではアクチビンβ鎖と呼ぶ。)のホモ二量体またはヘテロ二量体として存在する。インヒビンはインヒビンα鎖とアクチビンβ鎖のヘテロ二量体であり、インヒビンとアクチビンは共通のβ鎖を持つことから部分的に類似した構造を有する。しかしながら、生理学的作用は正反対である。インヒビンのサブユニットのインヒビンα鎖は1種類のみであり、アクチビンβ鎖の違いによりインヒビンAとインヒビンBが存在する。アクチビンを構成するβ鎖サブユニットにはβA鎖とβB鎖が知られている。主要なサブファミリーとしては、[[アクチビンA]](βAβA), [[アクチビンB|B]](βBβB), AB(βAβB)が生体に存在する('''図1''')。なお、[[肝臓]]特異的に発現する[[アクチビンC]] (βCβC)と[[アクチビンE]] (βEβE)も知られている。アクチビンは、神経内分泌系や細胞の分化誘導に関わるペプチドホルモンであるが、それ以外にも様々な生理作用を有する重要なシグナル分子である。生殖器系への作用が主に解析されてきたがその機能は極めて多彩で、[[細胞分化]]、[[アポトーシス]]、初期[[発生]]、[[細胞周期]]調節、創傷治癒、免疫調節など多岐に渡る。
 構造的には、アクチビンは[[トランスフォーミング増殖因子β]] ([[transforming growth factor-β]]; [[TGF-β]])ファミリーに属する[[ポリペプチド]]であり、アクチビンβ鎖(インヒビンβ鎖とも称されるが、本稿ではアクチビンβ鎖と呼ぶ。)のホモ二量体またはヘテロ二量体として存在する。インヒビンはインヒビンα鎖とアクチビンβ鎖のヘテロ二量体であり、インヒビンとアクチビンは共通のβ鎖を持つことから部分的に類似した構造を有する。しかしながら、生理学的作用は正反対である。インヒビンのサブユニットのインヒビンα鎖は1種類のみであり、アクチビンβ鎖の違いによりインヒビンAとインヒビンBが存在する。アクチビンを構成するβ鎖サブユニットにはβA鎖とβB鎖が知られている。主要なサブファミリーとしては、[[アクチビンA]](βAβA), [[アクチビンB|B]](βBβB), AB(βAβB)が生体に存在する('''図1''')。なお、[[肝臓]]特異的に発現する[[アクチビンC]] (βCβC)と[[アクチビンE]] (βEβE)も知られている。アクチビンは、神経内分泌系や細胞の分化誘導に関わるペプチドホルモンであるが、それ以外にも様々な生理作用を有する重要なシグナル分子である。生殖器系への作用が主に解析されてきたがその機能は極めて多彩で、[[細胞分化]]、[[アポトーシス]]、初期[[発生]]、[[細胞周期]]調節、創傷治癒、免疫調節など多岐に渡る。


 アクチビン/インヒビン/フォリスタチン系は神経系でも興味深い作用を発揮し、特に[[神経内分泌]]系、[[下垂体]]制御系で重要な生理作用を持つ。生殖腺由来のインヒビンはフィードバック調節による下垂体での作用が主要であり低濃度でFSH産生を抑制する。これはFSHの基礎分泌がアクチビンにより維持されており、それをインヒビンがアンタゴニストとして作用し、それを阻害するためと考えられている。アクチビンの作用は産生組織周辺の[[オートクライン]]作用あるいは[[パラクリン]]作用が主体である。例えば、下垂体内ではオートクライン作用でFSHの[[転写]]や分泌を調節している。卵巣[[顆粒膜細胞]]では、アクチビンは[[プロゲステロン]]産生や[[黄体形成ホルモン受容体]]を増加させ[[黄体化]]を促進する。この作用は主としてパラクライン作用と考えられている。アクチビンは多くの組織で産生され、視床下部―下垂体―生殖腺以外の組織でも多彩な機能を発揮する。神経系でもアクチビンは極めてユニークな作用を発揮する。
 生殖腺由来のインヒビンはフィードバック調節による下垂体での作用が主要であり低濃度でFSH産生を抑制する。これはFSHの基礎分泌がアクチビンにより維持されており、それをインヒビンがアンタゴニストとして作用し、それを阻害するためと考えられている。 
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[[ファイル:2arv.pdb|サムネイル|'''図2. アクチビンの立体構造'''<br>[https://www.rcsb.org/structure/2ARV PDB 2ARV]。]]
[[ファイル:2arv.pdb|サムネイル|'''図2. アクチビンの立体構造'''<br>[https://www.rcsb.org/structure/2ARV PDB 2ARV]。]]
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig3.png|サムネイル|'''図3. アクチビンと受容体(ActRIIB-ECD)の結合'''<br>下部がアクチビン二量体、上部(緑、オレンジ)がActRIIBの細胞外領域。[https://www.rcsb.org/structure/1S4Y PDB 1S4Y]。]]
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig3.png|サムネイル|'''図3. アクチビンと受容体(ActRIIB-ECD)の結合'''<br>下部がアクチビン二量体、上部(緑、オレンジ)がActRIIBの細胞外領域。[https://www.rcsb.org/structure/1S4Y PDB 1S4Y]。]]
== 構造 ==
== 構造 ==
 アクチビンは、アクチビンβA鎖あるいはアクチビンβB鎖のホモ二量体あるいはヘテロ二量体である。前駆体ペプチドがS-S結合で二量体を形成した後にプロセシングを受けて約26 kDaの二量体の成熟型が生成される。アクチビンはTGF-β(transforming growth factor-β)ファミリーに属する細胞増殖因子である(下記サブファミリーの項目を参照)。主要な二量体のアクチビンはアクチビンA、B、ABである('''図1''')。立体構造も解明されており、各サブユニットは、複数の[[βシート構造]]と[[αヘリックス構造]]からなり、全体として、二量体はバタフライ様の構造を取る('''図2''')。いわば両手を組合わせたような構造であり、リスト部分のα-ヘリックス構造、4本の指に相当する4つのβ-シート部分が逆並行に配置され、先端は[[システイン・ノット]]と称される結び目構造を取る。アクチビンは他のTGF-βファミリーに比べて、受容体に結合していない状態では、比較的柔軟な構造を取りうる<ref name=Greenwald2004><pubmed>15304227</pubmed></ref><ref name=Thompson2003><pubmed>12660162</pubmed></ref><ref name=Thompson2005><pubmed>16198295</pubmed></ref>。バタフライ構造がより引き寄せられた構造やより開いた構造も取る。
 アクチビンは、アクチビンβA鎖あるいはアクチビンβB鎖のホモ二量体あるいはヘテロ二量体である。前駆体ペプチドがS-S結合で二量体を形成した後にプロセシングを受けて約26 kDaの二量体の成熟型が生成される。アクチビンはTGF-β(transforming growth factor-β)ファミリーに属する細胞増殖因子である(下記サブファミリーの項目を参照)。主要な二量体のアクチビンはアクチビンA、B、ABである('''図1''')。立体構造も解明されており、各サブユニットは、複数の[[βシート構造]]と[[αヘリックス構造]]からなり、全体として、二量体はバタフライ様の構造を取る('''図2''')。いわば両手を組合わせたような構造であり、リスト部分のα-ヘリックス構造、4本の指に相当する4つのβ-シート部分が逆並行に配置され、先端は[[システイン・ノット]]と称される結び目構造を取る。アクチビンは他のTGF-βファミリーに比べて、受容体に結合していない状態では、比較的柔軟な構造を取りうる<ref name=Greenwald2004><pubmed>15304227</pubmed></ref><ref name=Thompson2003><pubmed>12660162</pubmed></ref><ref name=Thompson2005><pubmed>16198295</pubmed></ref>。バタフライ構造がより引き寄せられた構造やより開いた構造も取る。