「グリコシルホスファチジルイノシトールアンカー」の版間の差分

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==機能的特徴 ==
==機能的特徴 ==
 GPIアンカー型タンパク質はGPIによって機能的な特徴を有する。
 GPIアンカー型タンパク質はGPIによって機能的な特徴を有する。
#脂質マイクロドメインへの局在
#'''脂質マイクロドメインへの局在'''<br>細胞膜の脂質マイクロドメインは、[[スフィンゴ糖脂質]]と[[コレステロール]]に富んだ直径数十ナノメートルのダイナミックなドメインで、[[シグナル伝達]]に関わる[[受容体]]や[[キナーゼ]]を含む。GPIアンカー型タンパク質は通常2本の脂肪鎖が飽和鎖であり、脂質マイクロドメインに局在しやすい<ref name=Maeda2007><pubmed>17314402</pubmed></ref>。多くのGPIアンカー型タンパク質は脂質マイクロドメイン内で機能していると考えられる。
細胞膜の脂質マイクロドメインは、スフィンゴ糖脂質とコレステロールに富んだ直径数十ナノメートルのダイナミックなドメインで、シグナル伝達に関わる受容体やキナーゼを含む。GPIアンカー型タンパク質は通常2本の脂肪鎖が飽和鎖であり、脂質マイクロドメインに局在しやすい<ref name=Maeda2007><pubmed>17314402</pubmed></ref>。多くのGPIアンカー型タンパク質は脂質マイクロドメイン内で機能していると考えられる。
#'''極性細胞における頂端側への選択的局在'''<br>上皮細胞のように細胞膜が[[頂端]]側と[[基底膜]]側に別れている場合、多くのGPIアンカー型タンパク質は頂端側に局在している。これは、GPIアンカーがゴルジ体から頂端側細胞膜への輸送シグナルとして機能していることによる<ref name=Zurzolo2016><pubmed>26706096</pubmed></ref>。
#極性細胞におけるアピカル側への選択的局在
#'''GPI切断による細胞表面からの遊離'''<br>特定のGPIアンカー型タンパク質のアンカー部分を切断し、細胞表面から遊離させる酵素([[GPIase]])がいくつか知られている。遊離後別の場所で作用するGPIアンカー型タンパク質や、また他のタンパク質の活性を抑制していたGPIアンカー型タンパク質が切断・遊離されることによって、その抑制が解除され活性が発現する例も知られている<ref name=Kondoh2005><pubmed>15665832</pubmed></ref><ref name=Lee2016><pubmed>27881714</pubmed></ref><ref name=Park2013><pubmed>23329048</pubmed></ref>。
上皮細胞のように細胞膜がアピカル側とバソラテラル(基底膜)側に別れている場合、多くのGPIアンカー型タンパク質はアピカル側に局在している。これは、GPIアンカーがゴルジ体からアピカル側細胞膜への輸送シグナルとして機能していることによる<ref name=Zurzolo2016><pubmed>26706096</pubmed></ref>。
#'''GPIアンカー型受容体の[[トランスサイトーシス]]'''<br>いくつかのGPI-アンカー型受容体は、細胞の一方の膜からリガンドを取り込み、別の膜から放出するトランスサイトーシスを行うことが知られている。[[葉酸]]のGPI-アンカー型受容体である[[葉酸受容体1]] ([[folate receptor 1]])は、[[5メチルテトラヒドロ葉酸]]([[5MHF]])をトランスサイトーシスによって[[脈絡叢]]の上皮細胞の[[血管]]側から[[脳脊髄液]]側へ輸送する<ref name=Grapp2013><pubmed>23828504</pubmed></ref>。また、[[リポプロテインリパーゼ]]のGPIアンカー型受容体である[[GPI HBP1]]は、毛細血管内皮細胞の基底膜側で[[リポプロテインリパーゼ]]を結合し、トランスサイトーシスによって頂端側へ輸送する<ref name=Davies2010><pubmed>20620994</pubmed></ref>。
#GPI切断による細胞表面からの遊離
特定のGPIアンカー型タンパク質のアンカー部分を切断し、細胞表面から遊離させる酵素(GPIase)がいくつか知られている。遊離後別の場所で作用するGPIアンカー型タンパク質や、また他のタンパク質の活性を抑制していたGPIアンカー型タンパク質が切断・遊離されることによって、その抑制が解除され活性が発現する例も知られている<ref name=Kondoh2005><pubmed>15665832</pubmed></ref><ref name=Lee2016><pubmed>27881714</pubmed></ref><ref name=Park2013><pubmed>23329048</pubmed></ref>。
#GPIアンカー型受容体のトランスサイトーシス
いくつかのGPI-アンカー型受容体は、細胞の一方の膜からリガンドを取り込み、別の膜から放出するトランスサイトーシスを行うことが知られている。葉酸のGPI-アンカー型受容体であるfolate receptor 1は、5メチルテトラヒドロ葉酸(5MHF)をトランスサイトーシスによって脈絡叢の上皮細胞の血管側から脳脊髄液側へ輸送する<ref name=Grapp2013><pubmed>23828504</pubmed></ref>。また、リポプロテインリパーゼのGPIアンカー型受容体であるGPI HBP1は、毛細血管内皮細胞の基底膜側でリポプロテインリパーゼを結合し、トランスサイトーシスによってアピカル側へ輸送する<ref name=Davies2010><pubmed>20620994</pubmed></ref>。


== 欠損症 ==
== 欠損症 ==
GPI生合成が完全に欠損すると胚性致死になる。部分欠損によって起こる2つの疾患が知られている。ひとつは生合成遺伝子の先天性変異によって生合成が低下すること、あるいは構造が異常なGPIアンカーとなることによって起こる先天性GPI欠損症である。もうひとつは、後天性GPI欠損症として発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria、PNH)がある。
 GPI生合成が完全に欠損すると胚性致死になる。部分欠損によって起こる2つの疾患が知られている。ひとつは生合成遺伝子の先天性変異によって生合成が低下すること、あるいは構造が異常なGPIアンカーとなることによって起こる先天性GPI欠損症である。もうひとつは、後天性GPI欠損症として[[発作性夜間ヘモグロビン尿症]]([[paroxysmal nocturnal hemoglobinuria]]、[[PNH]])がある。


=== 先天性グリコシルホスファチジルイノシトール欠損症 ===  
=== 先天性グリコシルホスファチジルイノシトール欠損症 ===  
 指定難病320。2006年にPIGM遺伝子変異による家系が発見されて以来、現在ではGPIアンカーの生合成、タンパク質への付加、あるいは成熟化に関わる遺伝子群のうち24遺伝子の変異による先天性GPI欠損症が報告されている<ref name=Almeida2006><pubmed>16767100</pubmed></ref>。GPI生合成量の低下により様々なGPIアンカー型タンパク質の発現レベルが低下する。なかでも血液中の顆粒球に発現するGPIアンカー型タンパク質であるCD16の発現低下は診断における簡便な指標となる。主たる症状は、てんかん、知的障がい、発達の遅れ、筋緊張低下、視力低下、難聴など中枢神経の異常によるもので、神経細胞におけるGPIアンカー型タンパク質の重要性が示唆される。変異によるGPI生合成の低下が強い場合には心臓、腎臓、骨、皮膚などにも異常が現れる。PIGOやPIGAの変異モデルマウスではアデノ随伴ウイルスAAV9ベクターによる遺伝子治療が効果を示し、臨床応用に向けた開発が進行している<ref name=Kuwayama2022><pubmed>35661110</pubmed></ref><ref name=Murakami2024><pubmed>38225934</pubmed></ref>。
 指定難病320。2006年にPIGM遺伝子変異による家系が発見されて以来、現在ではGPIアンカーの生合成、タンパク質への付加、あるいは成熟化に関わる遺伝子群のうち24遺伝子の変異による先天性GPI欠損症が報告されている<ref name=Almeida2006><pubmed>16767100</pubmed></ref>。GPI生合成量の低下により様々なGPIアンカー型タンパク質の発現レベルが低下する。なかでも血液中の[[顆粒球]]に発現するGPIアンカー型タンパク質である[[CD16]]の発現低下は診断における簡便な指標となる。主たる症状は、[[てんかん]]、[[知的障害]]、[[発達障害|発達の遅れ]]、[[筋緊張]]低下、[[視力]]低下、[[難聴]]など[[中枢神経]]の異常によるもので、[[神経細胞]]におけるGPIアンカー型タンパク質の重要性が示唆される。変異によるGPI生合成の低下が強い場合には[[心臓]]、[[腎臓]]、[[骨]]、[[皮膚]]などにも異常が現れる。PIGOやPIGAの変異モデルマウスでは[[アデノ随伴ウイルス]][[AAV9]]ベクターによる遺伝子治療が効果を示し、臨床応用に向けた開発が進行している<ref name=Kuwayama2022><pubmed>35661110</pubmed></ref><ref name=Murakami2024><pubmed>38225934</pubmed></ref>。


=== 発作性夜間ヘモグロビン尿症 ===
=== 発作性夜間ヘモグロビン尿症 ===
 指定難病62。造血幹細胞におけるPIGA遺伝子の体細胞突然変異によってGPI生合成が完全あるいは大きく欠損した細胞が生じ<ref name=Miyata1993><pubmed>7680492</pubmed></ref>、その細胞のクローンが拡大することによって大量の異常血液細胞ができる<ref name=Luzzatto2025><pubmed>40089995</pubmed></ref>。異常赤血球は補体の作用から自己細胞を保護するGPIアンカー型の補体制御因子(CD55とCD59)を欠損するため活性化した補体によって溶血が起こる<ref name=Hill2017><pubmed>28516949</pubmed></ref>。また補体依存性の血栓症が本疾患における主要な死因のひとつとなる<ref name=Hill2013><pubmed>23610373</pubmed></ref>。治療には、補体の膜侵襲複合体形成を阻害するヒト化抗C5抗体医薬(エクリズマブなど)が用いられ、溶血の抑制に有効である<ref name=Hillmen2006><pubmed>16990386</pubmed></ref><ref name=Rother2007><pubmed>17989688</pubmed></ref>。
 指定難病62。[[造血幹細胞]]におけるPIGA遺伝子の体細胞突然変異によってGPI生合成が完全あるいは大きく欠損した細胞が生じ<ref name=Miyata1993><pubmed>7680492</pubmed></ref>、その細胞のクローンが拡大することによって大量の異常血液細胞ができる<ref name=Luzzatto2025><pubmed>40089995</pubmed></ref>。異常赤血球は補体の作用から自己細胞を保護するGPIアンカー型の[[補体]]制御因子([[CD55]]と[[CD59]])を欠損するため活性化した補体によって[[溶血]]が起こる<ref name=Hill2017><pubmed>28516949</pubmed></ref>。また補体依存性の[[血栓症]]が本疾患における主要な死因のひとつとなる<ref name=Hill2013><pubmed>23610373</pubmed></ref>。治療には、補体の[[膜侵襲複合体]]形成を阻害する[[ヒト化抗C5抗体医薬]]([[エクリズマブ]]など)が用いられ、溶血の抑制に有効である<ref name=Hillmen2006><pubmed>16990386</pubmed></ref><ref name=Rother2007><pubmed>17989688</pubmed></ref>。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==