ネトリン
桝 正幸、桝 和子
筑波大学 医学医療系 分子神経生物学
DOI:10.14931/bsd.7314 原稿受付日:2016年12月30日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:村上 富士夫(大阪大学 大学院生命機能研究科)
英:Netrin
軸索ガイダンス分子の1つ。発生期に神経軸索の誘引または反発、および細胞移動の制御を行うことにより神経回路形成に関わる。線虫、ショウジョウバエ、哺乳動物で高度に保存されたファミリーを形成する。神経軸索ガイダンス以外に軸索分岐、シナプス形成オリゴデンドロサイトの分化と成熟に関わるほか、神経系以外の臓器の形態形成にも関与する。アポトーシス抑制への関与も提唱されている。
ネトリンとは
胎児期に神経軸索は誘引分子と反発分子の働きにより標的細胞へ誘導され神経回路が形成される。スペインのRamón y Cajalは、胎児脊髄において背側に位置する交連神経細胞の軸索が腹側へ伸張するのは腹側正中部に存在するフロアープレート細胞から分泌される化学物質が交連軸索を誘引するためだという化学向性説(chemotropic theory)を提唱した[1]。ネトリンは、この化学誘引物質として同定されたものであり、ラット胎児脊髄培養片の交連神経軸索を伸張させるタンパク質としてニワトリ胎児脳抽出物から精製された[2] [3]。サンスクリット語で “導く” 意味を持つnetrから命名された。遺伝子クローニングの結果、これが線虫のUNC-6の相同遺伝子であることが分かり、ネトリン/UNC-6は種を超えて広く保存された軸索ガイダンス分子であることが明らかとなった。
構造
約600アミノ酸残基からなる分泌タンパク質であり、線虫、ショウジョウバエから哺乳動物まで高度に保存されている[4]。哺乳動物では分泌型のネトリン1〜4以外に、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカーで細胞膜に結合したネトリンG1とネトリンG2が存在する[4]。いずれもN末端領域が、細胞基質タンパク質ラミニンのN末端領域に存在するドメインVI、ドメインVに相同性を示す(図1)。ドメインVは3つのEGF (epidermal growth factor) 様の繰り返し配列から成る。ネトリン1〜3はラミニンγ鎖に相同性が高く、ネトリン4、ネトリンG1-G2は、ラミニンβ鎖に相同性が高い。分泌型ネトリンのC末端領域(ドメインC、またはNTRモジュールと呼ばれる)は、塩基性アミノ酸に富み、ヘパリンと結合する。この領域はラミニンおよびネトリンGと相同性を示さない。
機能
タンパク質としての機能
分泌型ネトリンは、軸索の誘引、反発および細胞移動の制御を行う。例えば、交連神経細胞を含む胎児脊髄片を培養しネトリンを作用させると、交連神経軸索の伸張が促進される[2]。また、培養片の中で交連神経軸索がネトリン分泌細胞へ向かって伸張方向を変えることが観察される[3]。一部の神経細胞(例えば滑車神経細胞)の軸索はネトリンにより反発される。
ネトリンの受容体としては、Deleted in Colorectal Cancer (DCC)とそのパラログであるネオゲニン(neogenin)、UNC-5(哺乳動物ではUNC5A-Dの4種類が存在する)、およびDown syndrome cell adhesion molecule (DSCAM)がある[5] [6] [7]。DCCとネオゲニンは軸索誘引作用を持ち、UNC5は軸索反発作用を持つ。DCCとUNC5の両方を発現する細胞では軸索反発が起こる。
ネトリンはヘパリンやヘパラン硫酸と高い親和性で結合するため、細胞外に分泌されると細胞表面や基底膜に局在する。ネトリンはインテグリンとも結合し、細胞接着や移動を制御する。
GPIアンカー型ネトリンは、netrin G ligands (NGL-1, NGL-2)に結合し、グルタミン酸作動性シナプス形成に関わる[8]。
個体における機能
ネトリン1遺伝子を欠損したマウスは神経発生異常を示し生後まもなく死亡する[9]。脊髄交連神経細胞の軸索はほとんど伸張せず、この異常はDCCノックアウトマウスで見られる異常と同一であることから、ネトリンとDCCが交連神経の形成に必要であることが示された[9] [10]。脊髄以外の交連(脳梁、前交連、海馬交連)も形成されないか、低形成である[9]。
ネトリンは細胞移動にも必要であり、ネトリン1あるいはDCCのノックアウトマウスでは橋核が形成されない[9] [10]。これは、下菱脳唇で誕生した小脳前核細胞(DCC を発現している)が延髄腹側で発現するネトリン1により誘引されて橋核を形成するため、このシグナルが欠損すると細胞移動が正常に起こらず橋核が形成されないと考えられる。
ネトリンは、軸索ガイダンス、細胞移動の制御以外に、軸索分岐、シナプス形成、オリゴデンドロサイトの分化と成熟にも関与している[4]。更に、乳腺、肺、膵臓、血管など神経系以外の組織における形態形成にも関わることが明らかになってきた[11]。
疾患との関わり
ネトリンの受容体であるDCCの変異で先天的鏡像運動症(congenital mirror movement syndrome)が生じる[12]。この遺伝性疾患は、片側の随意運動により反対側に不随意運動が誘発されるものであり、ネトリン—DCCシグナルがヒトにおいても神経回路、特に交差性線維の形成で重要な役割を担っていることを示唆する。ヒトのネトリン1遺伝子、あるいはDCC遺伝子の一塩基多型がパーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症になりやすさに関連する。ネトリンG1遺伝子の変異はRett症候群の原因となる[13]。
関連語
参考文献
- ↑ Resource not found in PubMed.
- ↑ 2.0 2.1 Resource not found in PubMed.
- ↑ 3.0 3.1 Resource not found in PubMed.
- ↑ 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 Resource not found in PubMed.
- ↑ Resource not found in PubMed.
- ↑ Resource not found in PubMed.
- ↑ Resource not found in PubMed.
- ↑ Resource not found in PubMed.
- ↑ 9.0 9.1 9.2 9.3 Resource not found in PubMed.
- ↑ 10.0 10.1 Resource not found in PubMed.
- ↑ Resource not found in PubMed.
- ↑ Resource not found in PubMed.
- ↑ Resource not found in PubMed.