大脳皮質
蔵田 潔
弘前大学 大学院医学研究科 統合機能生理学講座
渡辺 雅彦
北海道大学大学院医学研究科解剖学講座
DOI:10.14931/bsd.2426 原稿受付日:2012年12月6日 改訂版原稿受付日:2021年7月26日 原稿完成日:2021年8月2日
担当編集委員:田中 啓治(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英:cerebral cortex 独:Großhirnrinde 仏:cortex cérébral
ヒトの大脳半球の表面を覆う大脳皮質には、脳回とよばれる脳のシワと脳溝が観察される。外側溝、中心溝、頭頂後頭溝の3つの脳溝を基準に、大脳半球は脳葉に分けられる。大脳皮質の特徴は、6層からなる垂直方向の細胞構築と水平方向の機能局在である。さらに、機能局在が明瞭な皮質領域の間には連合野が広がり、情報の高度な統合による認知、随意運動、情動行動、言語機能、精神機能、作業記憶などの高次な脳機能を具現している。
旧皮質/古皮質/中間皮質/新皮質
発生学的な観点から、大脳皮質を等皮質isocortexと不等皮質allocortexに分類する。等皮質は発生過程において一度は6層形成を行う大脳皮質を指し、6層構造を一度もとらないものを不等皮質という。等皮質は発生学的に新しく、新皮質neocortexともよばれる。不等皮質は、古皮質paleocortex(嗅球、梨状葉前皮質など)と原皮質archicortex(アンモン角、歯状回、海馬台、脳梁灰白層、中隔など)に分類される。等皮質と不等皮質の中間的性質をもつ皮質を中間皮質mesocortex(帯状回、帯状回峡、海馬傍回など)といい、両者の移行部に存在する。
層構造
新皮質の6層構造は以下の層からなり、それぞれ特徴的な細胞構築と線維連絡を有している(図1、2)。
- 第1層(分子層)は、主に神経線維と樹状突起からなる層で、第2、3、5層の錐体細胞の頂上樹状突起の末端分枝がここで広がり、視床非特殊核(髄板内核)からくる汎性視床皮質投射線維や、皮質間を連絡する連合・交連線維との間に多数のシナプスを形成する。
- 第2層(外顆粒層)は顆粒細胞と小型錐体細胞の細胞体からなる。
- 第3層(外錐体層)は中型錐体細胞の細胞体からなる。
第2層と第3層のニューロンは大脳新皮質の中で最も遅く発達する層で、これらの層のニューロンは同側や対側の大脳皮質へ出力し、皮質間の連絡に関わる。同側皮質に向かう軸索を連合線維association fiber、対側皮質に投射するものを交連線維commissural fiberといい、それぞれの起始ニューロンを連合ニューロン、交連ニューロンという。
- 第4層(内顆粒層):小型の星状細胞からなり、視床からの入力層である。視覚野、聴覚野、体性感覚野、運動野などの一次中枢では、視床特殊核(中継核)からの入力線維がこの層に終わる。
- 第5層(内錐体層):大型錐体細胞からなる層で、線条体、赤核、橋核、オリーブ核、脊髄など皮質下核へ出力する。運動野の第5層から、脳幹の運動性脳神経核(皮質核路corticobulbar tract)や脊髄前角(皮質脊髄路corticospinal tract)に投射する。視覚野の第5層からは上丘(皮質視蓋路)へ、聴覚野の第5層からは下丘(皮質下丘路)へ投射する。
- 第6層(多形細胞層):さまざまな形と大きさの紡錘形細胞からなる。この層のニューロンは軸索を視床へ投射する視床への出力層である。
脳葉と機能局在
ヒトでは大脳皮質の表面にある明瞭な3つの脳溝である外側溝lateral sulcus、中心溝central sulcus、頭頂後頭溝 parieto-occipital sulcusを基準に、大脳半球を前頭葉、頭頂葉、後頭葉、側頭葉の4葉と、これらの奥に隠れている島が区分される。さらに大脳半球の内側面には脳梁corpus callosumがあり、これを取り囲むように帯状溝cingulate sulcusや側副溝collateral sulcusなどの脳溝が走行している。これらの溝と脳梁の間の大脳皮質を辺縁葉と呼ぶ。それぞれの脳葉の脳回には名称が与えられ、機能局在との関連でしばしば用いられる(図3)。
- 前頭葉frontal lobeは中心溝の前部で、その先端部を前頭極という。他の動物種に比べてヒトで著しく発達している脳葉である。中心前回に一次運動野があり、下前頭回の弁蓋部に発話を司るブローカの運動性言語中枢がある。一次運動野の前方には運動前野、補足運動野、帯状皮質運動野からなる高次運動野があり、一次運動野に投射して運動の開始、企画、作業手順を制御する。
- 頭頂葉parietal lobeは中心溝と頭頂後頭溝の間の領域で、その前縁にあたる中心後回に一次体性感覚野がある。頭頂間溝を境に上頭頂小葉と下頭頂小葉が分けられる。下頭頂小葉の前方は縁上回、後方は角回で、これらの領域は語彙や意味処理などの言語処理に関わり、その障害により失読・失書が起こる。上頭頂小葉は、自己周囲の空間の定位に関わる。
- 後頭葉occipital lobeは頭頂後頭溝の後部で、その先端部を後頭極という。鳥距溝を挟む上下の脳回は有線領ともよばれ、ここに一次視覚野が存在する。
- 側頭葉temporal lobeは外側溝より下部で、先端部を側頭極という。外側溝に面する側頭葉の上面に横側頭回があり、ここに一次聴覚野が存在する。上側頭回の後部には言語理解を司る感覚性言語中枢(ウェルニッケ野)がある。側頭葉の内側面には海馬傍回とその先端の膨らんだ鈎uncusを観察できる。海馬傍回の奥に海馬(海馬体)があり、海馬ではアンモン角と歯状回が海馬台に乗っている。鈎の内部には扁桃体が存在する。
- 島insulaは外側溝の深部に隠れた皮質で、外側溝を広げて奥を観察すると縦に走る島皮質insular cortexが見える。
- 辺縁葉limbic lobeは脳梁と帯状溝や側副溝の間に位置する古い皮質で、帯状回や海馬傍回を含む。
末梢対応局在性
一次運動野と体性感覚野には、身体の部位との対応関係がマップとして描くことができる体部位局在性somatotopyがあり、手の指や発声器官のように精緻さが要求される運動には対応する運動野の領域も広く、手の指や口唇など感覚に敏感な体部に対応する体性感覚野の領域も広くなっている。視覚野には網膜の部位との間に網膜部位局在性retinotopy、聴覚野にはコルチ器基底板に対応する周波数局在性tonotopyが形成されている。ここでも、解像度の高い映像を取得する網膜の中心視野は、伝達する視覚情報量も多く、それを受ける一次視覚野に占める領域も広くなっている。これらの末梢部位表現における異なる皮質領域の配分は、神経活動に応じて拡大と縮小が起こる大脳皮質の可塑的な性質を反映し、その動物種や個体にとって重要となる感覚運動能力の向上に寄与している。
顆粒皮質/無顆粒皮質
感覚性皮質では、視床からの入力層である内顆粒層が発達し顆粒皮質granular cortexと呼ばれる。一方、一次運動野や運動前野などの運動性皮質ではこの層の発達が悪く、無顆粒皮質agranular cortexと呼ばれる。
連合野
上記の機能局在な明瞭な皮質領域を除くと、ヒトでは大脳皮質の約2/3にも相当する広い領域が残され、これらの領域を連合野[association area]]という。連合野は、感覚情報の高度な統合による認知、複数の感覚の総合、感覚と運動の統合、過去の経験(記憶)と関連、随意運動、情動行動、言語機能、精神機能、作業記憶(ワーキングメモリー)などより高次な脳機能を具現化している皮質領域である。連合野の特徴は、髄鞘化が最も遅く始まり、進化するにつれて大脳皮質全体に占める比率が大きくなり、ヒトでその比率は最大となっている。
ヒトでは前頭連合野が発達し、その中心となる前頭前野(前頭前皮質)は一次運動野と一次感覚性皮質以外の全ての新皮質と相互に連絡し、側頭連合野や頭頂連合野からの情報を統合して、前頭前野は行動の企画や順序立て、結果の予測と行動抑制、状況に応じた行動の切り替えなどの遂行機能から、観念的思考、推論、判断、評価などの高次な認知機能に関わる。前頭前野の背外側部はワーキングメモリーに関わる。腹側部の前頭眼窩皮質は、視床背内側核を介して扁桃体・中隔・側頭葉極などの大脳辺縁系と連絡し、情動・動機づけ機能とそれに基づく意思決定過程に関わる。前頭前野は理性が本能(大脳辺縁系)を制御して逸脱した行動を抑制している。
大脳辺縁系
側脳室を取りまく古い辺縁葉(帯状回、海馬傍回、内嗅領皮質、前頭眼窩野、側頭極など)と、これと線維結合を持つ皮質下核(海馬体、扁桃体、側坐核、中隔、視床前核、乳頭体などの視床下部、中心灰白質、網様体)を合わせて大脳辺縁系limbic systemという。大脳辺縁系は、本能に結びついた行動(飲食行動、性行動、群居本能)や、恐怖、快・不快、攻撃、闘争、逃避などの情動(身体的・感情的な反応)に深く関与し、動物の生存維持に重要である。大脳辺縁系は、視床下部の自律神経機能や内分泌機能を介して情動反応を表出する。
関連項目
参考文献
- 渡辺雅彦 (2017).
脳神経ペディア:「解剖」と「機能」が見える・つながる事典、羊土社 - 小林靖 (2003).
ヒトに至る脳の進化 伊藤正男監修 脳神経科学 42-52ページ、三輪書店