ダウン症

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ダウン症候群から転送)

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山川 和弘
独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
DOI:10.14931/bsd.1431 原稿受付日:2012年5月11日 原稿完成日:2013年11月18日
担当編集委員:漆谷 真(滋賀医科大学 医学部 神経内科)

英語名:Down syndrome  独:Down-Syndrom  仏:syndrome de Down

同義語:21トリソミーダウン症候群

 ダウン症は、精神遅滞の最も頻度の高い原因として知られる疾患で、特有の顔貌や、先天性心疾患消化器疾患免疫系・内分泌系の不全、白血病アルツハイマー病など、多くの症状を様々な頻度で伴うことで知られる。精神遅滞はほぼ全ての患者で発症する。染色体不分離転座などにより21番染色体が1本余分で計3本(トリソミー)になることが原因であり、当該染色体上の遺伝子が過剰発現する事が症状を引き起こすと想定されている。およそ700人に一人の割合で生まれてくるとされるが、母親の出産年齢が高いほど発生頻度は増加する為、出産年齢の上昇が続く日本などの先進国では増加傾向にある。近年(2011〜2013年)、母体血液に微量に存在する胎児DNAを用いた高精度の診断法が導入され、社会的議論を呼んだ。2013年現在、精神遅滞などに対する根本治療法は無い。

ダウン症とは

 ダウン症は、知的障害の最も頻度の高い原因として知られており、およそ700人に一人の割合で生まれてくる[1]。1866年に英国の眼科医ジョン・ラングドン・ハイドン・ダウン(John Langdon Haydon Down) が論文でその存在を発表し、1965年にWHOによって「Down syndrome(ダウン症候群)」を正式な名称とすることが決定された。1959年、フランス人のジェローム・レジューン(Jérôme Lejeune)により、21番染色体が1本余分で計3本(トリソミー)になっていることが見いだされた。

診断

臨床症状

 精神遅滞はほぼ全ての患者で発症するが、その重篤度には患者間で非常に大きな差がある。20歳前後から「急激退行」と呼ばれる症状(対人反応の低下、興味消失、自閉、食欲不振)を示す事がある。

 その他、特有の顔貌(目尻が上がっていてまぶたの肉が厚い、鼻が低い、頬がまるい、あごが未発達など)、先天性心疾患消化器疾患、免疫系内分泌系の不全、白血病アルツハイマー病など、多くの症状を様々な頻度で伴う。例えばHirschsprung病腸管神経叢が欠損し重篤な便秘を起こす)も多発することが知られており、一般集団における発症率が約5000人に1人であるのに対して、ダウン症では20−30人に1人の割合で発症する。

検査所見

 羊水染色体検査羊水穿刺)で確定的に診断することが可能であるが、0.1〜0.3%の流産のリスクが伴う。ダウン症と診断された場合の中絶率は90%前後とされる。

 2011年、米国において妊婦の血液検査だけで胎児にダウン症の染色体異常を調べる事が出来る新しい出生前診断が開始され、2013年に日本にも導入された。妊婦の血液に含まれる微量の胎児DNAの塩基配列を高速で読み取る機械を用いて診断するもので、妊娠10週より可能であり流産のリスクも無く、精度は99%(検出率99.1%、偽陰性率0.1%)とされる。同じく非侵襲テストである母体血清マーカー検査の精度(クアトロテストでの検出率86.4%)に比べ、格段に精度が高い。

病理所見

 脳重は1000g程度のものが多く、上側頭回の低形成が特徴的で剖検例の約半数に認められる。また大脳に比し小脳と脳幹部が顕著に小さいこ とも特徴であり、乳頭体海馬体の低形成、および海馬傍回の膨大所見が報告されている。組織学的所見として無棘星状細胞の縮小、ブロードマン3, 17, 41野における大脳皮質顆粒細胞の密度低下、神経細胞分化軸索有髄化や樹状突起形成などの異常などが報告され、これらの異常が精神遅滞の基礎をなしていると予想されて いる。

病態

染色体異常

 21番染色体が1本余分で計3本(トリソミー)になっており、このことが発症の原因とされる。染色体の不分離や転座によっておこる。染色体の不分離によって起こるケースは全体の95%を占める。2011年のGENCODEプロジェクトの報告によると、21番染色体上には696個の遺伝子(タンパク質をコードするものは235個)が存在するとされるが、これらの遺伝子の発現量の過剰がダウン症の発症に関わると考えられるが、実際にどの遺伝子がどの症状の発症にどのように関わるのかは明らかでない。

 ごくわずかの症例で第21染色体の一部のみがトリソミーになっているものが見られる。これらの症例の症状とトリソミーになっている領域を比較することにより、それぞれの症状に責任のある遺伝子の場所をある程度推定することが出来るとして複数の研究が報告されている。

 Niebuhrらはアミロイド前駆体タンパク質APP)からテロメアを部分トリソミーでもつ患者がダウン症の主な症状を有することから、この領域が重要であるとした[2]。更に、セントロメアからスーパーオキシドディスムターゼSOD)までをトリソミーで有する患者では精神遅滞の程度が軽いとする報告がある[3]。Delabarらは複数の部分トリソミー患者を検討することによりD21S55を含む4Mbの領域が重要としダウン症責任領域(DSCR)と名付けた[4]

 一方、Korenbergらは複数の領域が発症に関わるとし、DSCRのような単一の領域が主な症状すべてに責任を持つとする説を否定している[5]。又、精神遅滞については軽重の差こそあれ重複のない異なる領域を部分トリソミーで有する複数の患者で見られることから、その発症にかかわる遺伝子が第21染色体上に複数あることは間違いない。

動物モデル

図1.部分トリソミーを持つダウン症モデルマウス
動物モデルの項を参照。

 ヒト第21染色体に対応するのがマウス第16染色体の一部であり、現在までに、この第16染色体の部分トリソミーを持ついくつかのマウスがダウン症のモデルとして報告されている。Ts65Dn[6]およびTs2Cje[7]はAPPからMx1までの15.6Mbの部分をトリソミーで持ち、Ts1Cje[8]SOD1からMX1までの9.8Mbの大きさをトリソミーで持つ。これらのマウスではモリス水迷路テストなどの行動学的試験が行われ精神遅滞様の行動異常が確認されているが、Ts1CjeはTs65Dn,Ts2Cjeに比べて学習障害の程度が軽く、ダウン症患者でみられるコリン作動性ニューロンの変性はTs65Dnのみで見られるなどの違いが確認されている[9] [8] [7]

 ダウン症の患者では小脳が小さいことは先にも述べたが、これらのマウスモデルでも小脳が小さいことが確認されており、更にその程度はTs1CjeとTs65Dnでほぼ同じであることから、少なくとも小脳のサイズを小さくしている遺伝子はTs1Cjeがトリソミーで持つ領域に存在する遺伝子である可能性が高い。Ms1Ts65はTs65Dnがトリソミーで持つ部分のうち、Ts1Cjeに対応する部分をのぞいたAPPからSOD1までの領域をトリソミーで持つマウスであり、精神遅滞様行動の程度はTs1Cjeのそれよりも、更に軽いと報告されている。[10]。最近では更に領域を絞り込んだトリソミーモデルマウス、Ts1Rhr、も報告されている[11] [12]。これらのマウスモデルを用いた解析により、酸化ストレスの上昇[13] [14]神経新生の異常[15]、神経活動の過剰抑制[16] [17] [18]など複数の異常カスケードがダウン症発症に寄与するメカニズムとして提案されている。

責任遺伝子

 第21染色体上に存在する複数の遺伝子が精神遅滞の発症に関わる遺伝子の候補として報告されている。しかしながらこれらの遺伝子のダウン症発症に於ける実際の意義については確定的な事が言える状況では到底無く、それらを明らかにし、更には実際の治療に結びつけて行く為には今後更なる検証、研究が必要である。

Sim2
helix-loop-helix構造を持ち、中枢神経系の初期発生に関わる転写制御因子であり、βアクチンプロモーター下で発現制御されたSIM2を持つトランスジェニックマウスでの記憶学習能力の異常[19]、Sim2を有するBACクローンのトランスジェニックマウスでの不安行動、痛覚鈍麻社会性行動減少[20]などが報告されている。
DYRK1A
ショウジョウバエで同定され、細胞の発生・分化の制御に関わる遺伝子として知られるminibrainのヒトホモログであるが、DYRK1Aを含むYACのトランスジェニックマウスで記憶学習能力の異常が報告されている[21]。更にはDYRK1AがDSCR1/RCAN1と共同して転写因子NFATcの機能を抑制し、これがダウン症症状の発現に寄与するとの報告もある[22]
Olig1/Olig2
転写因子であり、ある種の抑制性神経細胞の数を増やし、これが神経活動の過剰抑制につながり、ダウン症の知能障害につながると報告されている[23]

治療

 ダウン症に伴う先天性心疾患や消化器疾患等に対する対症治療は行われているが、2013年現在、精神遅滞などに対する根本治療は無い。ただし、アルツハイマー治療薬「アリセプト」(ドネペジル塩酸塩アセチルコリンエステラーゼ阻害剤)の「急激退行」に対する有効性の検証や、抗酸化剤や神経活動過剰抑制拮抗剤などの治験など、有効な薬剤の開発が継続して試みられている。

疫学

 およそ700人に一人の割合で生まれてくるとされる[24]。母親の出産年齢が高いほど発生頻度は増加し、25歳未満でおよそ1/2000、35歳で1/300、40歳で1/100、45歳以上でおよそ1/20となる。日本では、近年の出産年齢の急激な上昇(1980年では第一子出産年齢平均が26.4歳だったのが2013年では30.1歳)で増加傾向にある。

関連項目

参考文献

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