最初期遺伝子
英語名:Immediate-early genes 英語略:IEGs
同義語:前初期遺伝子
最初期遺伝子(IEGs)は、細胞への刺激に応答して速やかに発現が誘導される一群の遺伝子の総称であり、コードされているタンパク質は転写制御因子、成長因子、細胞骨格など様々なカテゴリーを含む。神経細胞においてはシナプス活動に伴う細胞内カルシウム濃度上昇や神経調節物質によるシグナル活性化などによって最初期遺伝子の発現が誘導される。一部の最初期遺伝子はシナプス可塑性を引き起こす電気刺激や学習・記憶課題によって特定の脳領域に特異的な発現誘導パターンを示すことから、シナプスや神経回路の長期可塑的変化への関与が示唆されている。また、最初期遺伝子の発現は数分~数十分前の神経活動状態をよく反映することから、最初期遺伝子のmRNAやタンパク質は神経活動の分子マーカーとして広く利用されている。
最初期遺伝子とは
最初期遺伝子は、増殖シグナルや分化シグナル等などが細胞へ伝わると、既に細胞内に存在する因子のみを用いて速やかに、且つ、一過的に転写が引き起こされる遺伝子群の総称である。シクロヘキシミドやアニソマイシン等の薬剤によって新規タンパク質合成を阻害していてもmRNAの発現誘導が起こることが定義となる。
元来ウイルスの感染初期において、ホスト細胞に存在する転写因子を利用して最初に発現されるウイルス由来遺伝子を指す言葉であったが、現在では細胞外からの刺激に対して最初に応答して発現誘導される内因性の遺伝子を表す言葉として使われるようになった。
神経細胞において多くの最初期遺伝子は、シナプス活動や活動電位に伴うカルシウムイオンの流入などによって発現が誘導される”活動依存的遺伝子”である[1] [2]。脳における代表的な最初期遺伝子としてc-fosやEgr-1などの転写制御因子をコードする遺伝子やArc,Homer1a/Vesl-1s等のシナプス関連タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。これら遺伝子のmRNAやタンパク質産物は神経活動マーカーとして広く用いられている[3] [4]。
最初期遺伝子によってコードされるタンパク質
最初期遺伝子群のうち、特に神経系で発現誘導される最初期遺伝子の一部をカテゴリー・機能別にリストアップした。
転写因子 | |
c-fos、FosB、Fra-1、Fra-2、c-jun、JunB | bZIPタンパク質に属する転写因子 |
Egr1(別名Zif268、Krox24、NGFI-A)、Egr2、Egr3 | Zincフィンガータンパク質に属する転写因子 |
細胞外分泌因子 | |
脳由来神経栄養因子、Activinβ A | 成長因子 |
組織プラスミノーゲンアクチベーター (TPA) | タンパク質分解酵素 |
細胞内シグナル伝達 | |
Rheb | 低分子量Gタンパク質 |
Plk2 (別名SNK) | Polo様キナーゼ |
Cox-2 | 誘導型シクロオキシゲナーゼ |
シナプス関連タンパク質 | |
Arc/Arg3.1 | AMPA型グルタミン酸受容体調節因子 |
homer1a/vesl-1s | 誘導型EVHドメインタンパク質 |
Narp | 神経型ペントラキシン |
Fos: FBJ murine osteosarcoma viral oncogene homolog; Fra: fragile site; Jun: jun proto-oncogene; Egr: early growth response; Rheb: Ras homolog enriched in brain; Plk: polo-like kinase; Arc: activity-regulated cytoskeleton-associated protein
発現誘導機構
最初期遺伝子が刺激後速やかに転写誘導されるメカニズムの詳細はそれぞれの遺伝子によって異なるが、いくつかの最初期遺伝子の上流制御領域の解析により共通点が次第に明らかになりつつある。神経細胞においては、NMDA型グルタミン酸受容体や電位依存性カルシウムチャネルを介して細胞外から流入したカルシウムイオンがカルシウム・カルモジュリン依存的キナーゼ(CaMKs)やMAPキナーゼ(MAPK)などのキナーゼ経路を活性化させ、その結果、非誘導型の転写因子であるサイクリックAMP応答配列結合タンパク質(cAMP-responsive element binding protein, CREB)や血清応答因子(Serum response factor, SRF)、myocyte enhancer factor-2 (MEF2)などのリン酸化スイッチによって活性化されることで最初期遺伝子の転写が開始される[5]。また、カルシウム依存的タンパク質フォスファターゼ(PP2B)であるカルシニューリンによる脱リン酸化スイッチによる転写開始機構も示唆されている。さらに、上記の転写因子と複合体を形成する補活性化因子(CBP、p300、ElK、CRTC、MKL等)の重要性も明らかになってきた[2]。
また、最初期遺伝子の転写は刺激後遅くとも数分以内の非常に早い時間から始まることが知られているが、この早い転写開始に関しては、基底状態において転写開始点下流に結合して待機(ポーズ)しているRNAポリメラーゼII複合体の待機状態が刺激によって解除されるという機構が提唱されている[6]。
最初期遺伝子の機能
最初期遺伝子産物は多種であり機能も多様であるため、個々の遺伝子機能についてはここでは割愛する。刺激によって誘導される最初期遺伝子発現の意義・機能は、
- 刺激に対応した細胞特性や性質の変化を引き起こすためのタンパク質(転写因子やシナプス関連タンパク等)の新規発現
- その変化を維持するための材料(細胞骨格関連タンパク質など)の補充
と考えられる。いくつかの最初期遺伝子欠損マウスにおいてはシナプスの長期増強や長期抑圧等のシナプス可塑性の障害、また、長期記憶の形成障害が報告されており、最初期遺伝子の脳の高次機能への関与が示されている[7] [8]。
関連項目
参考文献
- ↑
Sheng, M., & Greenberg, M.E. (1990).
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Synaptic activity-responsive element in the Arc/Arg3.1 promoter essential for synapse-to-nucleus signaling in activated neurons. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106(1), 316-21. [PubMed:19116276] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
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Arc/Arg3.1 is essential for the consolidation of synaptic plasticity and memories. Neuron, 52(3), 437-44. [PubMed:17088210] [WorldCat] [DOI]