「行動嗜癖」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
52行目: 52行目:
 側坐核が刺激されると、その神経細胞間での多量の内部伝達が誘発され、それによりドーパミンの放出が惹起され、快感や高揚感がもたらされる。つまりドーパミンは反復行動の強化と動機づけに重要な役割を果たすと考えられており、報酬系と遊離ドーパミンの濃度が物質乱用や嗜癖に関わっていることを示す知見は数多く存在する。[[パーキンソン症候群]]の治療薬であるドーパミン[[作動薬]]が、[[衝動制御障害]]を誘発する危険因子であることも指摘されている<ref name=ref6><pubmed>20457959</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>19346328</pubmed></ref>。
 側坐核が刺激されると、その神経細胞間での多量の内部伝達が誘発され、それによりドーパミンの放出が惹起され、快感や高揚感がもたらされる。つまりドーパミンは反復行動の強化と動機づけに重要な役割を果たすと考えられており、報酬系と遊離ドーパミンの濃度が物質乱用や嗜癖に関わっていることを示す知見は数多く存在する。[[パーキンソン症候群]]の治療薬であるドーパミン[[作動薬]]が、[[衝動制御障害]]を誘発する危険因子であることも指摘されている<ref name=ref6><pubmed>20457959</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>19346328</pubmed></ref>。


 そして側坐核のみでなく、腹側被蓋野領域から扁桃体、眼窩前頭皮質、前部帯状回皮質、海馬、前頭前野へも一過性のドーパミン放出が惹起される。扁桃体と眼窩前頭皮質は、報酬を予期させるものと、それにより実際に生じた報酬である快情動とを関連づけることに重要な役割を担うとされている。さらに眼窩前頭皮質は、その得られた報酬の価値を[[符号化]]し情報を更新することに関連している。また、[[中脳]]からのドーパミン伝達により、海馬依存性の[[長期記憶]]形成が強化されるため、その報酬に関連した刺激や状況が記憶され、その後の嗜癖形成への発展につながる。前部帯状回は、嗜癖行動とそれにより得られる報酬とを関連づけ、得られる報酬によって行動を選択・制御する。そして、報酬系ドーパミン伝達により、理性的思考により衝動行為を制御する前頭前野の機能が低下する。眼窩前頭皮質と前部帯状回を経由して、神経伝達が上意下達式に中脳辺縁系領域に再び到達し、報酬探索の動機が制御される<ref name=ref8><pubmed>22011681</pubmed></ref>。
 そして側坐核のみでなく、腹側被蓋野領域から扁桃体、眼窩前頭皮質、前部帯状回皮質、海馬、前頭前野へも一過性のドーパミン放出が惹起される。扁桃体と眼窩前頭皮質は、報酬を予期させるものと、それにより実際に生じた報酬である快情動とを関連づけることに重要な役割を担うとされている。さらに眼窩前頭皮質は、その得られた報酬の価値を[[符号化]]し情報を更新することに関連している。また、[[中脳]]からのドーパミン伝達により、海馬依存性の[[長期記憶]]形成が強化されるため、その報酬に関連した刺激や状況が記憶され、その後の嗜癖形成への発展につながる。前部帯状回は、嗜癖行動とそれにより得られる報酬とを関連づけ、得られる報酬によって行動を選択・制御する。そして、報酬系ドーパミン伝達により、理性的思考により衝動行為を制御する前頭前野の機能が低下する。眼窩前頭皮質と前部帯状回を経由して、トップダウンの信号が中脳辺縁系領域に再び到達し、報酬探索の動機が制御される<ref name=ref8><pubmed>22011681</pubmed></ref>。


 物質依存症も行動嗜癖も、渇望を来たす状況への反復的暴露が、中脳辺縁系の活性化と前頭前野の抑制力減弱を招くという点では、衝動制御能低下という共通の特徴をもつ。依存や嗜癖に関連した行動を実行しようとする動機が、それを制御しようとする努力にまさってしまう。徐々にそのような行動の頻度が増え、習慣化していく。物質使用障害では、依存の習慣が形成されていく過程において、刺激により誘発される活性化が、側坐核の背外側部から腹内側部へ、最後には、感覚運動の[[皮質線条体系回路]]も関連する腹側線条体へ移動していくことが示唆されており<ref name=ref9><pubmed>16251991</pubmed></ref>、衝動制御の障害においても、同様の変化を示唆する知見が出てきている<ref name=ref10><pubmed>15643429</pubmed></ref>。ただし嗜癖行動は依存性物質と異なり、直接中枢の神経細胞に作用し、ドーパミン神経系を混乱させるわけではないため、[[幻覚]][[妄想]]、[[認知機能]]障害などの中毒症状や、離脱症状を来たすことはない。
 物質依存症も行動嗜癖も、渇望を来たす状況への反復的暴露が、中脳辺縁系の活性化と前頭前野の抑制力減弱を招くという点では、衝動制御能低下という共通の特徴をもつ。依存や嗜癖に関連した行動を実行しようとする動機が、それを制御しようとする努力にまさってしまう。徐々にそのような行動の頻度が増え、習慣化していく。物質使用障害では、依存の習慣が形成されていく過程において、刺激により誘発される活性化が、側坐核の背外側部から腹内側部へ、最後には、感覚運動の[[皮質線条体系回路]]も関連する腹側線条体へ移動していくことが示唆されており<ref name=ref9><pubmed>16251991</pubmed></ref>、衝動制御の障害においても、同様の変化を示唆する知見が出てきている<ref name=ref10><pubmed>15643429</pubmed></ref>。ただし嗜癖行動は依存性物質と異なり、直接中枢の神経細胞に作用し、ドーパミン神経系を混乱させるわけではないため、[[幻覚]][[妄想]]、[[認知機能]]障害などの中毒症状や、離脱症状を来たすことはない。
61行目: 61行目:
 報酬系回路は主としてドーパミン性神経伝達によるが、その他の神経伝達物質も重要な役割をもつ<ref name=ref11><pubmed>17719013</pubmed></ref>。
 報酬系回路は主としてドーパミン性神経伝達によるが、その他の神経伝達物質も重要な役割をもつ<ref name=ref11><pubmed>17719013</pubmed></ref>。


 腹側被蓋野領域の後部にある吻側内側被害核から、腹側被蓋野領域の近傍と[[黒質]]に投射する[[GABA]][[介在神経]]が、報酬系回路のドーパミン神経系の主な抑制因子として働く<ref name=ref12><pubmed>23055478</pubmed></ref>。[[βエンドルフィン]]が、腹側被蓋野の抑制系回路であるGABA含有ニューロンの[[μオピオイド受容体]]に作用すると、GABA神経系が抑制される。するとドーパミン神経系からドーパミン遊離が促進され、快情動が出現する。つまり、GABA神経系抑制によりドーパミン神経が脱抑制され、脳内報酬系が賦活化される。賦活化が持続すると、精神依存が生じる。
 腹側被蓋野領域の後部にある吻側内側被蓋核から、腹側被蓋野領域の近傍と[[黒質]]に投射する[[GABA]][[介在神経]]が、報酬系回路のドーパミン神経系の主な抑制因子として働く<ref name=ref12><pubmed>23055478</pubmed></ref>。[[βエンドルフィン]]が、腹側被蓋野の抑制系回路であるGABA含有ニューロンの[[μオピオイド受容体]]に作用すると、GABA神経系が抑制される。するとドーパミン神経系からドーパミン遊離が促進され、快情動が出現する。つまり、GABA神経系抑制によりドーパミン神経が脱抑制され、脳内報酬系が賦活化される。賦活化が持続すると、精神依存が生じる。


 また、報酬を「好む」ということは、中脳のμオピオイド受容体への刺激により伝達され、側坐核と[[腹側淡蒼球]]において、ドーパミン神経系と相互作用することも関与する<ref name=ref13><pubmed>17301168</pubmed></ref>。
 また、報酬を「好む」ということは、中脳のμオピオイド受容体への刺激により伝達され、側坐核と[[腹側淡蒼球]]において、ドーパミン神経系と相互作用することも関与する<ref name=ref13><pubmed>17301168</pubmed></ref>。


 以上の機序より、GABA性の治療薬とともに<ref name=ref14><pubmed>20655489</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>21459656</pubmed></ref>、オピオイド[[拮抗薬]]が、衝動制御の障害に有効な治療法として期待されている。
 以上の機序より、GABA系に作用する治療薬とともに<ref name=ref14><pubmed>20655489</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>21459656</pubmed></ref>、オピオイド[[拮抗薬]]が、衝動制御の障害に有効な治療法として期待されている。


 皮質辺縁線条体回路においては、ドーパミン[[D1受容体|D<sub>1</sub>受容体]]と[[NMDA型グルタミン酸受容体]]系の相互作用が、報酬を得る行動への[[学習]]に必要である<ref name=ref16><pubmed>11978804</pubmed></ref>。物質使用障害に関する研究では、[[前頭葉]]から側坐核への[[グルタミン酸]]神経伝達の変化が、薬物関連行動への衝動に関連することが示唆されており<ref name=ref17><pubmed>15748840</pubmed></ref>、グルタミン酸系の治療薬が行動嗜癖に有効であったという報告もある<ref name=ref18><pubmed>21713109</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>21536062</pubmed></ref>。
 皮質辺縁線条体回路においては、ドーパミン[[D1受容体|D<sub>1</sub>受容体]]と[[NMDA型グルタミン酸受容体]]系の相互作用が、報酬を得る行動への[[学習]]に必要である<ref name=ref16><pubmed>11978804</pubmed></ref>。物質使用障害に関する研究では、[[前頭葉]]から側坐核への[[グルタミン酸]]神経伝達の変化が、薬物関連行動への衝動に関連することが示唆されており<ref name=ref17><pubmed>15748840</pubmed></ref>、グルタミン酸系に作用する治療薬が行動嗜癖に有効であったという報告もある<ref name=ref18><pubmed>21713109</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>21536062</pubmed></ref>。


 衝動性の亢進は、ドーパミン系の脳内報酬系とは別に、[[セロトニン]]系神経ネットワークの機能低下によって生じることも示唆されている。セロトニンに関連した薬が治療薬になりうるかは議論のあるところであるが<ref name=ref11 />、ドーパミンが報酬探索行動を促進させる一方、セロトニンは、罰則下で衝動的行為に対する抑制的行動を助長させることが示唆されている<ref name=ref20><pubmed>20736991</pubmed></ref>。
 衝動性の亢進は、ドーパミン系の脳内報酬系とは別に、[[セロトニン]]系神経ネットワークの機能低下によって生じることも示唆されている。セロトニンに関連した薬が治療薬になりうるかは議論のあるところであるが<ref name=ref11 />、ドーパミンが報酬探索行動を促進させる一方、セロトニンは、罰則下で衝動的行為に対する抑制的行動を助長させることが示唆されている<ref name=ref20><pubmed>20736991</pubmed></ref>。

案内メニュー