「ゲフィリン」の版間の差分

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[[image:ゲフィリン2.png|thumb|400px|'''図2.シナプス後膜におけるゲフィリンの局在(小矢印)'''<br>DAB染色による電子顕微鏡画像 (スケールバー 0.3 μm)Giustetto et al., (1998) 使用許諾 未取得]]
[[image:ゲフィリン2.png|thumb|400px|'''図2.シナプス後膜におけるゲフィリンの局在(小矢印)'''<br>DAB染色による電子顕微鏡画像 (スケールバー 0.3 μm)Giustetto et al., (1998) 使用許諾 未取得]]


 グリシン受容体が集積するマイクロドメインは、グリシン作動性[[シナプス前終末]]と対応したシナプス後膜に認められる(Levi et al., 1999)(図2)。その際、グリシン受容体βサブユニットの細胞質ループに存在する18のアミノ酸モチーフにゲフィリンが結合することで、シナプス後膜におけるグリシン受容体の係留に関与している(Meyer et al., 1995)。そのため、[[免疫組織化学法]]においては、しばしば(グリシン受容体βサブユニットとヘテロマーを形成する)グリシン受容体α1サブユニット特異的抗体を用い、ゲフィリン抗体と二重染色することでシナプス後膜に局在するグリシン受容体が標識される。
 グリシン受容体が集積するマイクロドメインは、グリシン作動性[[シナプス前終末]]と対応したシナプス後膜に認められる<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>(図2)。その際、グリシン受容体βサブユニットの細胞質ループに存在する18のアミノ酸モチーフにゲフィリンが結合することで、シナプス後膜におけるグリシン受容体の係留に関与している<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>。そのため、[[免疫組織化学法]]においては、しばしば(グリシン受容体βサブユニットとヘテロマーを形成する)グリシン受容体α1サブユニット特異的抗体を用い、ゲフィリン抗体と二重染色することでシナプス後膜に局在するグリシン受容体が標識される。


 但し、ゲフィリンはグリシン受容体α2サブユニットにも低親和性結合を示すことから、α2ホモメリックグリシン受容体がシナプスに係留される可能性も示唆されている(Takagi et al., 1992; Muller et al., 2008)。
 但し、ゲフィリンはグリシン受容体α2サブユニットにも低親和性結合を示すことから、α2ホモメリックグリシン受容体がシナプスに係留される可能性も示唆されている<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>。


 実際にアンチセンスオリゴヌクレオチドによってゲフィリンの発現を阻害すると、シナプスにおけるグリシン受容体の局在が減少する(Kirsch et al., 1993)。更に、相同組み換えによって全てのゲフィリンアイソフォームをノックアウトした[[マウス]]では、シナプスにおけるグリシン受容体の局在が減少する(Feng et al., 1998)。こうしたことから、グリシン受容体はゲフィリンと結合することで凝集体を形成し、解離することで拡散することが知られている(Meier et al., 2000; Meier & Grantyn, 2004)。
 実際にアンチセンスオリゴヌクレオチドによってゲフィリンの発現を阻害すると、シナプスにおけるグリシン受容体の局在が減少する<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>。更に、相同組み換えによって全てのゲフィリンアイソフォームをノックアウトした[[マウス]]では、シナプスにおけるグリシン受容体の局在が減少する<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>。こうしたことから、グリシン受容体はゲフィリンと結合することで凝集体を形成し、解離することで拡散することが知られている<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。


 GABA<sub>A</sub>受容体については、ゲフィリンとGABA<sub>A</sub>受容体α2サブユニット、γ2サブユニットの結合が示唆されている(Tretter et al., 2008; Gunther et al., 1995)。また、GABARAPはゲフィリンCドメインと結合するものの、GABA<sub>A</sub>受容体とゲフィリンの輸送に必須ではない(O’Sullivan et al., 2005)。グリシン受容体に比べGABA<sub>A</sub>受容体のサブユニットは多様であり、GABA<sub>A</sub>受容体に対するゲフィリンの役割は未だ十分明らかになっていない。
 GABA<sub>A</sub>受容体については、ゲフィリンとGABA<sub>A</sub>受容体α2サブユニット、γ2サブユニットの結合が示唆されている<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。また、GABARAPはゲフィリンCドメインと結合するものの、GABA<sub>A</sub>受容体とゲフィリンの輸送に必須ではない<ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>。グリシン受容体に比べGABA<sub>A</sub>受容体のサブユニットは多様であり、GABA<sub>A</sub>受容体に対するゲフィリンの役割は未だ十分明らかになっていない。


 また、ゲフィリンはシナプス後膜における[[細胞接着分子]]であるニューロリギンとの結合が知られている(Tyagarajan & Fritschy, 2014)。ニューロリギン2欠損マウスでは、ゲフィリンのシナプス局在が減少し、[[GABA]]およびグリシン作動性の微小シナプス後膜電流(mIPSC)の大きさと頻度が減少することから、ニューロリギンがゲフィリンのシナプス局在に関わることが示唆されている(Poulopoulos et al., 2009)。また、マウスの網膜、上丘、視床、脳幹、脊髄においては、ニューロリギン4がゲフィリンと共局在するという報告がある(Hoon et al., 2011)。
 また、ゲフィリンはシナプス後膜における[[細胞接着分子]]であるニューロリギンとの結合が知られている<ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref>。ニューロリギン2欠損マウスでは、ゲフィリンのシナプス局在が減少し、[[GABA]]およびグリシン作動性の微小シナプス後膜電流(mIPSC)の大きさと頻度が減少することから、ニューロリギンがゲフィリンのシナプス局在に関わることが示唆されている<ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。また、マウスの網膜、上丘、視床、脳幹、脊髄においては、ニューロリギン4がゲフィリンと共局在するという報告がある<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref>。


==細胞におけるゲフィリン局在==
==細胞におけるゲフィリン局在==
 これまで、ゲフィリンはグリシン受容体に先行して[[抑制性]]シナプス後膜の細胞質側に凝集すると考えられてきた(Kirsch et al., 1993; Kneussel & Betz, 2000b)。そのため、抑制性シナプスの指標として用いられることも多い。[[超解像顕微鏡]]を用いた報告によれば、抑制性シナプス後膜領域にはゲフィリン分子が約5,000-10,000/μm<sup>2</sup>の密度で凝集している(Specht et al., 2013)。しかし、ライブセルイメージングによってマイクロメートルのスケールでみると、ゲフィリンはダイナミックに動いており、樹状突起の微小管に沿った移動も報告されている(Hanus et al., 2004; Maas et al., 2006; Maas et al., 2009)。このことから、実際には動的平衡状態を維持していると考えられる。また、ゲフィリンの運動性は神経活動に応じて変化することが報告されており(Hanus et al., 2006; Kuriu et al., 2012)、これは細胞骨格であるFアクチンや微小管とゲフィリンとの結合がCA<sup>2+</sup>依存的に変化するためであると考えられる(Hanus et al., 2006)。
 これまで、ゲフィリンはグリシン受容体に先行して[[抑制性]]シナプス後膜の細胞質側に凝集すると考えられてきた<ref name=ref12 /> <ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref>。そのため、抑制性シナプスの指標として用いられることも多い。[[超解像顕微鏡]]を用いた報告によれば、抑制性シナプス後膜領域にはゲフィリン分子が約5,000-10,000/μm<sup>2</sup>の密度で凝集している<ref name=ref29><pubmed></pubmed></ref>。しかし、ライブセルイメージングによってマイクロメートルのスケールでみると、ゲフィリンはダイナミックに動いており、樹状突起の微小管に沿った移動も報告されている<ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref>。このことから、実際には動的平衡状態を維持していると考えられる。また、ゲフィリンの運動性は神経活動に応じて変化することが報告されており<ref name=ref26 /> <ref name=ref27><pubmed></pubmed></ref>、これは細胞骨格であるFアクチンや微小管とゲフィリンとの結合がCA<sup>2+</sup>依存的に変化するためであると考えられる<ref name=ref26 />。


 加えて、ゲフィリンが輸送カーゴ補助タンパク質として、グリシン受容体の細胞内輸送に関与することも示唆されている(Maas et al., 2009)。rER―[[ゴルジ体]]を経て[[分泌]]小胞に包まれたグリシン受容体は、ゲフィリンを介して順行性輸送タンパク質である[[KIF5]](KIF1A)に結合し、微小管に沿って輸送されることが報告されている(Maas et al., 2009)。また、逆行性輸送タンパク質である[[ダイニン]]を構成する[[ダイニン軽鎖]](Dlc1/2)とゲフィリンが結合することも報告されている(Fuhrmann et al., 2002)。
 加えて、ゲフィリンが輸送カーゴ補助タンパク質として、グリシン受容体の細胞内輸送に関与することも示唆されている<ref name=ref25 />。rER―[[ゴルジ体]]を経て[[分泌]]小胞に包まれたグリシン受容体は、ゲフィリンを介して順行性輸送タンパク質である[[KIF5]](KIF1A)に結合し、微小管に沿って輸送されることが報告されている<ref name=ref25 />。また、逆行性輸送タンパク質である[[ダイニン]]を構成する[[ダイニン軽鎖]](Dlc1/2)とゲフィリンが結合することも報告されている<ref name=ref28><pubmed></pubmed></ref>。


==発現部位とアイソフォーム==
==発現部位とアイソフォーム==
 ゲフィリンは脊髄や脳幹のグリシン作動性シナプスのみならず、中枢神経で広く発現が認められ、網膜、嗅球、海馬、大脳皮質の[[GABA作動性]]シナプスにおいても確認されている(Kneussel & Betz, 2000a)。また、中枢神経系以外に肝臓、[[心臓]]、筋肉といった末梢組織でも多様なアイソフォームが確認されている(Bowery et al., 2006)。
 ゲフィリンは脊髄や脳幹のグリシン作動性シナプスのみならず、中枢神経で広く発現が認められ、網膜、嗅球、海馬、大脳皮質の[[GABA作動性]]シナプスにおいても確認されている<ref name=ref1 />。また、中枢神経系以外に肝臓、[[心臓]]、筋肉といった末梢組織でも多様なアイソフォームが確認されている<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>。


 転写産物は複数のエクソンから選択的スプライシングされるため、多様なアイソフォームが存在すると考えられる。但し、ゲフィリンの各スプライシング変異体とそれらの名称は文献によって混在しており、異なるスプライシング変異体が同一の名称で呼ばれている場合があるので注意が必要である。こうしたことから、変異体の名称を統一することも提唱されている(Fritchy et al., 2008)。また、変異体の組織特異性と生物種特異性が報告されているが、後者については検討(検証)が不十分との指摘もある(Fritchy et al., 2008)。
 転写産物は複数のエクソンから選択的スプライシングされるため、多様なアイソフォームが存在すると考えられる。但し、ゲフィリンの各スプライシング変異体とそれらの名称は文献によって混在しており、異なるスプライシング変異体が同一の名称で呼ばれている場合があるので注意が必要である。こうしたことから、変異体の名称を統一することも提唱されている<ref name=ref4 />。また、変異体の組織特異性と生物種特異性が報告されているが、後者については検討(検証)が不十分との指摘もある<ref name=ref4 />。


 なお、[[哺乳類]]と[[鳥類]]では1つのゲフィリン遺伝子が存在するが、[[ゼブラフィッシュ]]では2つの遺伝子(gphnaとgphnb)が存在する(David-Watine, 2001; Hirata et al., 2011)。
 なお、[[哺乳類]]と[[鳥類]]では1つのゲフィリン遺伝子が存在するが、[[ゼブラフィッシュ]]では2つの遺伝子(gphnaとgphnb)が存在する<ref name=ref31><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed></pubmed></ref>。


==翻訳後修飾==
==翻訳後修飾==
[[image:ゲフィリン3.png|thumb|400px|'''図3.ゲフィリン関連分子'''<br>(GABAAR:GABA<sub>A</sub>受容体、GlyR:グリシン受容体、HSC70:HSP70熱ショックタンパク質、KIF5:キネシンスーパーファミリータンパク質5、Dlc1/2:ダイニン軽鎖1/2、GABARAP:GABA<sub>A</sub> receptor-associated protein)]]
[[image:ゲフィリン3.png|thumb|400px|'''図3.ゲフィリン関連分子'''<br>(GABAAR:GABA<sub>A</sub>受容体、GlyR:グリシン受容体、HSC70:HSP70熱ショックタンパク質、KIF5:キネシンスーパーファミリータンパク質5、Dlc1/2:ダイニン軽鎖1/2、GABARAP:GABA<sub>A</sub> receptor-associated protein)]]


 ゲフィリンはリン酸化、パルミトイル化、アセチル化によってその機能と局在が変化する。例えば、ゲフィリンのシナプス局在は細胞[[接着分子]]であるβ1インテグリンの活性化により増加する一方、β3インテグリンの活性化によって減少する(Charrier et al., 2010)。また、ゲフィリンのセリン残基268が[[分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ]]であるERK1/2によって(Tyagarajan et al., 2013)、セリン残基270がグリコーゲン合成酵素キナーゼである[[GSK3β]]によって(Tyagarajan et al., 2011)リン酸化されると、ゲフィリンのシナプス局在が減少する。これはCa<sup>2+</sup>/ERK依存性セリンプロテアーゼであるカルパイン1によるゲフィリンの分解によると考えられる(Tyagarajan & Fritschy, 2014)。この他、[[Cdk5]]によるセリン残基270のリン酸化(Kuhse et al., 2012)や[[熱ショックタンパク]]質であるHsc70(Machado et al., 2011)、アクチン結合タンパク質のProfilin1/2、mammalian Ena/VASP (enabled/vasodilator stimulated phosphoprotein)、Raft 1、[[チューブリン]]などの因子が報告されている(Fritschy et al., 2008; Tyagarajan & Fritschy, 2014)(図3)。
 ゲフィリンはリン酸化、パルミトイル化、アセチル化によってその機能と局在が変化する。例えば、ゲフィリンのシナプス局在は細胞[[接着分子]]であるβ1インテグリンの活性化により増加する一方、β3インテグリンの活性化によって減少する<ref name=ref33><pubmed></pubmed></ref>。また、ゲフィリンのセリン残基268が[[分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ]]であるERK1/2によって<ref name=ref34><pubmed></pubmed></ref>、セリン残基270がグリコーゲン合成酵素キナーゼである[[GSK3β]]によって<ref name=ref35><pubmed></pubmed></ref>リン酸化されると、ゲフィリンのシナプス局在が減少する。これはCa<sup>2+</sup>/ERK依存性セリンプロテアーゼであるカルパイン1によるゲフィリンの分解によると考えられる<ref name=ref19 />。この他、[[Cdk5]]によるセリン残基270のリン酸化(Kuhse et al., 2012)や[[熱ショックタンパク]]質であるHsc70<ref name=ref36><pubmed></pubmed></ref>、アクチン結合タンパク質のProfilin1/2、mammalian Ena/VASP (enabled/vasodilator stimulated phosphoprotein)、Raft 1、[[チューブリン]]などの因子が報告されている<ref name=ref4 /> <ref name=ref19 />(図3)。


==関連項目==
==関連項目==
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*[[熱ショックタンパク質]]
*[[熱ショックタンパク質]]


==引用文献==
==参考文献==
<references />
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