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===VIP細胞=== | ===VIP細胞=== | ||
VIP細胞は、視交叉上核の腹外側部において非常に密に存在する。その多くは、直径8-13 | VIP細胞は、視交叉上核の腹外側部において非常に密に存在する。その多くは、直径8-13 μmの小球形あるいは楕円形の細胞であり、AVP細胞と同様に[[wikipedia:ja:|細胞小器官]]が発達している。腹外側部のVIP細胞は背内側のAVP細胞に投射し、視交叉上核内で神経回路を形成している。この回路の伝達物質はVIP/PHIで受容体は[[VPAC2]]である。VIPあるいはVPAC2欠損マウスにおいては、視交叉上核の神経細胞間の脱同調や[[概日行動リズム]]の著明な異常が認められる<ref name=ref3><pubmed>15750589</pubmed></ref>。 | ||
===GRP細胞=== | ===GRP細胞=== | ||
同じく腹外側部に存在するGRP細胞は、その領域はかなりの部分がVIP細胞の分布と重複しているが、VIP細胞よりもさらに外側に存在する傾向がある。VIPとGRPは明暗条件下において、対称的な[[概日振動]]を示す。すなわち、VIPおよびその[[wikipedia:ja:|mRNA]]は明期に低く暗期に高いのに対して、GRPとそのmRNAは、明期に高く、暗期に低い振動を示す。しかしながら、これらの振動は恒暗条件下では消失する。GRP受容体も視交叉上核に発現し、この[[ノックアウトマウス]]は光に対する反応性が落ちている<ref name=ref4><pubmed>11752203</pubmed></ref>。また、分泌タンパク質である[[prokineticin 2]] (PK2)およびその受容体[[PKR2]]も視交叉上核に発現する。PKR2は視交叉上核からの直接投射部位である[[背内側核]]、視床[[室傍核]]、外側中隔核で発現していることや、ラットの脳室内にPK2を活動期に投与すると行動が抑制されるため、PK2は視交叉上核からの出力を担う分子とも考えられている<ref name=ref5><pubmed>12024206</pubmed></ref>。 | |||
===SST細胞=== | ===SST細胞=== | ||
SST細胞は少数で、この中間部より主に腹外側部に突起を伸ばすが、この神経線維は視交叉上核外には投射しないと考えられている。SSTおよびそのmRNAは、明暗条件下・恒暗条件下のどちらにおいても、明期に高く、暗期に低い振動を示す。視交叉上核において、SSTとSPが同一細胞で共存することが示されている。SP陽性線維に関しては[[網膜]]の[[神経節細胞]]から視交叉上核への投射線維にSPが存在するとの説がある。 | |||
GABAあるいはGABAの合成酵素であるグルタミン酸デカルボキシラーゼ (GAD) に対する免疫組織化学や[[in situ hybridization]]により、視交叉上核のほとんどの神経細胞はGABA作動性であることが示されている。GABA及びGAD 陽性の線維もまた、視交叉上核に豊富に存在している。二重標識in situ hybridizationを用いて、VIP、AVP、SSTの各々の神経細胞は、GABA作動性の神経細胞であることが確かめられている。 | |||
== 視交叉上核における時計遺伝子の時空間特異的発現プロファイル == | == 視交叉上核における時計遺伝子の時空間特異的発現プロファイル == | ||
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1997年に、哺乳類の概日リズム分子機構の中核をなす時計遺伝子である[[Clock]]、[[Per1]]、[[Per2]]が次々とクローニングされた。以後、世界中での精力的な研究により、数々の時計遺伝子が矢継ぎ早にクローニングされ、リズム発振の分子機構はほぼ解明された<ref name=ref6><pubmed>11181971</pubmed></ref>。細胞時計は、時計遺伝子の転写と翻訳を介したフィードバックループ機構によって成り立っている。まず、CLOCK と[[BMAL1]]の二量体が、Per遺伝子 (Per1、Per2) のプロモーター上の[[E-box配列]]に結合し、Perの転写を促進する。PERタンパク質が細胞質に蓄積してくると、[[転写抑制因子]]の[[CRY]]タンパク質 ([[CRY1]]、[[CRY2]]) と結合して核へ移行し、自身の転写を促進していたCLOCK/BMAL1の転写活性を抑制する。これでループが閉じ、一旦はPerの転写量が低下し、PERタンパク質が減少する。すると再びCLOCK/BMAL1によるPerの転写活性が上がる。これが細胞時計の基本となるコアループである。 | |||
Per1、Per2、Bmal1、Clockは視交叉上核のほとんどの神経細胞において強く発現している。Per1とPer2は、明期に高く、暗期に低い振動を示す。一方、Bmal1は、明期に低く暗期に高い。興味深いことに、Clockは一日のどの時点においても同程度に発現している。 | Per1、Per2、Bmal1、Clockは視交叉上核のほとんどの神経細胞において強く発現している。Per1とPer2は、明期に高く、暗期に低い振動を示す。一方、Bmal1は、明期に低く暗期に高い。興味深いことに、Clockは一日のどの時点においても同程度に発現している。 | ||
このような細胞時計により、視交叉上核の細胞は[[分散培養]]系においても安定した概日振動を示すが<ref name=ref7><pubmed>7718233 </pubmed></ref>、この細胞時計の分子機構は末梢の細胞においても共通したものである。実は、視交叉上核のマスター時計としての特殊性は、先述した神経伝達物質を介した「細胞間コミュニケーション」にある。これにより、末梢組織の概日振動はin vitroの培養系ではすぐに減衰してしまうのに対し、視交叉上核では神経細胞同士がお互いに連絡しあい同期することによって、組織として非常に安定した概日振動を何週間も生み出すことができる。最も重要な時計遺伝子のひとつであるPer1遺伝子のプロモーターの下流に、[[wikipedia:ja:|ホタル]]発光遺伝子[[luciferase]]をつないだ[[レポーター遺伝子]]を導入したPer1-luc[[トランスジェニックマウス]]の視交叉上核切片培養系を用いたリアルタイムイメージングにより、個々の細胞におけるPer1の発現リズムを観察すると、常に、背内側部の特に[[第三脳室]]に面した領域からその振動は始まり、続いて中間部から腹外側部へと波のように広がっていく<ref name=ref8><pubmed>14631044</pubmed></ref>(動画1)。 | |||
このような階層性のある時空間的制御ネットワーク機構は、[[蛍光共鳴エネルギー移動]]を利用したCaシグナルの概日リズムを検出することによっても確認されている<ref name=ref9><pubmed>23213253</pubmed></ref>。この視交叉上核内ネットワークは概日リズムの特徴である温度補償性に寄与しているとされる<ref name=ref10><pubmed>20947768</pubmed></ref>。また最近、この特徴的な視交叉上核内の時空間特異性の形成が、分子レベルで明らかとなった。視交叉上核全体の中でも最背内側部の細胞において、時計遺伝子は最も早く発現するが、その理由の一つに、視交叉上核に特異的に発現する、[[GTPase]]活性を制御する[[RGS]]([[Regulator of G-protein signaling]])である[[RGS16]]がある。夜明け前に、最背内側部の細胞は[[RGS16]]を発現することで、ターゲットの抑制性Gタンパク質を不活性化し、細胞内の[[cAMP]]を増やし、[[cAMP responsive element]] ([[CRE]])シグナル伝達を亢進し、時計遺伝子Per1の転写を高める。RGS16変異マウスでは、視交叉上核において先頭集団である最背内側部におけるPer1の発現が遅れるため、マウス個体の概日行動リズムの周期が長くなる<ref name=ref11><pubmed>21610730</pubmed></ref>。 | |||
== 網膜から視交叉上核への神経経路 == | == 網膜から視交叉上核への神経経路 == | ||
概日リズムというだけあって、内因性の生物時計の周期は完全な24時間ではない。そこで生体は、自身の時計を外界の時計(地球の自転による24時間周期のリズム)に同調させる機構を持つ。同調因子として最も重要なものは、明暗の光である。光情報は、網膜から視交叉上核に直接終末する[[網膜視床下部路]]と、網膜から[[外側膝状体中間小葉]]Intermediolateral leaflet of the lateral geniculate nucleusの細胞に一旦シナプスを形成し、その細胞が視交叉上核に間接的に投射する経路により伝えられる(図1)。 | |||
網膜での概日性光受容の最大のものである[[メラノプシン]]細胞は、網膜神経節細胞の1-2%を占め、視交叉上核へ直接投射する<ref name=ref12><pubmed>11834834</pubmed></ref>。この網膜視床下部路は両側に投射するが、その割合には種差がある。ラットでは、40%が同側性で60%が対側性であるが、ハムスターでは、左右ほぼ同数である。視交叉上核における神経節細胞の[[神経終末]]は、大部分が腹外側部に存在するが、これも種差が大きい。ラットでは腹外側部に限局するのに対し、マウスでは分布領域はそれより広く、中間部にも広がって、視交叉上核の2/3に分布し、ハムスターにおいては、さらに分布域が広い。興味深いことに[[視神経]]投射部位が大きいほど、光刺激による位相変動も大きい。電子顕微鏡を用いた観察により、視神経終末は視交叉上核腹外側部のVIPやGRP細胞の樹状突起や細胞体に直接シナプスを形成することがわかった。また、この投射線維において、球形のミトコンドリアが認められる。網膜視床下部路の主要な神経伝達物質はグルタミン酸である。実際、光刺激を模してAMPAやNMDAを直接視交叉上核に投与すると、概日行動リズムの位相が変動する。視交叉上核では、AMPA型受容体のGluR2とGluR4およびNMDA型受容体のNR1とNR2Cが強く発現している。また、Pituitary Adenylate Cyclase Activating Polypeptideも網膜視床下部路の神経伝達物質と考えられている。 | |||
また、網膜のメラノプシン細胞は、視交叉を超え間脳最後部の神経核である外側膝状体の中間小葉にまで線維を延ばす。この領域は、視覚を司る視神経線維が終末する背側部と、脳幹諸核からの線維が投射する腹側部の中間に存在する。この中間小葉のニューロペプチドY (NPY)含有細胞は、視交叉上核の腹外側部へ投射する。NPY細胞は小型から中型の神経細胞であり、それらは全てGABA作動性でもある 。 | また、網膜のメラノプシン細胞は、視交叉を超え間脳最後部の神経核である外側膝状体の中間小葉にまで線維を延ばす。この領域は、視覚を司る視神経線維が終末する背側部と、脳幹諸核からの線維が投射する腹側部の中間に存在する。この中間小葉のニューロペプチドY (NPY)含有細胞は、視交叉上核の腹外側部へ投射する。NPY細胞は小型から中型の神経細胞であり、それらは全てGABA作動性でもある 。 |