「グリア細胞」の版間の差分

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==ミクログリア==
==ミクログリア==
[[ファイル:Kudo Fig13.png|thumb|right|350px|'''図13  脳内のミクログリアの静止時と活動時形態'''<br>Iba1 promoterによってEGFPを 発現させたマウス(Iba1-EGFPマウス)ミクログリアの静止時と活動時の形態(二光子レーザー顕微鏡によるライブイメージングより)。鍋倉淳一先生、宮本愛子先生提供。]]
===名称と形態の特徴===
===名称と形態の特徴===
ミクログリア(microglia)の名称は、この細胞より先に同定されたアストロサイトや、ほぼ同時に発見されたオリゴデンドロサイトに類似の細胞でありながらサイズが小さいことから単純に命名されたものと思われる。見かけの形態の特徴は小さいことと、突起が少ないことであるが、リオ-オルテガは発見の早い段階にこの細胞にはさらに重要な形態変化があることを発見している。正常な脳の中でのミクログリアは突起を伸ばした形だが、周辺に何らかの障害が生ずると、突起を縮め、細胞体部分が大きくなる「活性化型」にかわり、やがて、アメーバ状に形を変えて、障害部周辺を活発に動き回るようになるのだ(図13)。
ミクログリア(microglia)の名称は、この細胞より先に同定されたアストロサイトや、ほぼ同時に発見されたオリゴデンドロサイトに類似の細胞でありながらサイズが小さいことから単純に命名されたものと思われる。見かけの形態の特徴は小さいことと、突起が少ないことであるが、リオ-オルテガは発見の早い段階にこの細胞にはさらに重要な形態変化があることを発見している。正常な脳の中でのミクログリアは突起を伸ばした形だが、周辺に何らかの障害が生ずると、突起を縮め、細胞体部分が大きくなる「活性化型」にかわり、やがて、アメーバ状に形を変えて、障害部周辺を活発に動き回るようになるのだ(図13)。
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===機能===
===機能===
[[ファイル:Kudo Fig14.png|thumb|right|350px|'''図14 オルテガが撮影したミクログリアの顕微鏡写真'''<br>1932年のデータ。損傷を生じた脳の部位の周辺に存在するミクログリアが変形していく様子を捉えている。]]
====損傷を受けた細胞の除去====
====損傷を受けた細胞の除去====
 ミクログリアがリオ・オルテガによって第三の脳細胞としてオリゴデンドロサイトと共に発見されたのは1932年であるが、その後その性質はごく最近になるまでほとんど解明されないままになっていた(図14)。実は、20世紀初頭、アルツハイマー(Alois Arzheimer)や彼の同時代の病理学者達は神経変性が生じている部位に突起のないアメーバ状の細胞が多数浸潤していることに気づいていた。これらは顆粒細胞(granule cells)とか格子細胞(lattice cells)と呼ばれ、当時は認識されていたアストロサイトとは別ものであり、神経疾患部位に出現する細胞と認識していた。この姿は損傷部位に浸潤している細胞であり、この姿が誤解されて、障害の犯人扱いされることがあった。しかし、脳という閉鎖空間では死んだ細胞を素早く片付けることが必須であり、その意味で、極めて重要な機能である。
 ミクログリアがリオ・オルテガによって第三の脳細胞としてオリゴデンドロサイトと共に発見されたのは1932年であるが、その後その性質はごく最近になるまでほとんど解明されないままになっていた(図14)。実は、20世紀初頭、アルツハイマー(Alois Arzheimer)や彼の同時代の病理学者達は神経変性が生じている部位に突起のないアメーバ状の細胞が多数浸潤していることに気づいていた。これらは顆粒細胞(granule cells)とか格子細胞(lattice cells)と呼ばれ、当時は認識されていたアストロサイトとは別ものであり、神経疾患部位に出現する細胞と認識していた。この姿は損傷部位に浸潤している細胞であり、この姿が誤解されて、障害の犯人扱いされることがあった。しかし、脳という閉鎖空間では死んだ細胞を素早く片付けることが必須であり、その意味で、極めて重要な機能である。
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 二光子励起顕微鏡によって脳に傷つけることなく深部に存在する細胞の動きを捉えることができるようになり、多くの新しい発見がなされている。その中でもミクログリアのダイナミックな活動の可視化はこの細胞の機能の解明に役立っている。特に興味深いのはミクログリアの突起の正常時の柔らかではあるがダイナミックな動き、そして、損傷部位に対するミクログリアの突起の早い反応とその後の損傷部位への移動の過程である。固定された組織標本では認識できない。ダイナミックな活動が示されている<ref><pubmed>15831717</pubmed></ref>。
 二光子励起顕微鏡によって脳に傷つけることなく深部に存在する細胞の動きを捉えることができるようになり、多くの新しい発見がなされている。その中でもミクログリアのダイナミックな活動の可視化はこの細胞の機能の解明に役立っている。特に興味深いのはミクログリアの突起の正常時の柔らかではあるがダイナミックな動き、そして、損傷部位に対するミクログリアの突起の早い反応とその後の損傷部位への移動の過程である。固定された組織標本では認識できない。ダイナミックな活動が示されている<ref><pubmed>15831717</pubmed></ref>。
 先にも述べたようにミクログリアの細胞表面にはMHC分子が発現しており、その姿は末梢におけるマクロファージのそれと一致する。静止状態のミクログリアからは想像もできないが、損傷部位に浸潤した活動期のミクログリアの形態はアメーバ状になり、活発に細胞貪食活動を示す(図14)。その姿はマクロファージと区別がつかない。しかし、損傷部位の血管は透過性が高まり、末梢のマクロファージの浸潤を許している可能性が高いので、損傷部位に集まっているアメーバ状の細胞がすべて活性型のミクログリアとは言い切れない。とはいえ、静止型のミクログリアが活性化状態になり細胞貪食性を持つアメーバ状に変化する様は組織学的に正確に捉えられている<ref><pubmed>15895084</pubmed></ref>。
 先にも述べたようにミクログリアの細胞表面にはMHC分子が発現しており、その姿は末梢におけるマクロファージのそれと一致する。静止状態のミクログリアからは想像もできないが、損傷部位に浸潤した活動期のミクログリアの形態はアメーバ状になり、活発に細胞貪食活動を示す(図14)。その姿はマクロファージと区別がつかない。しかし、損傷部位の血管は透過性が高まり、末梢のマクロファージの浸潤を許している可能性が高いので、損傷部位に集まっているアメーバ状の細胞がすべて活性型のミクログリアとは言い切れない。とはいえ、静止型のミクログリアが活性化状態になり細胞貪食性を持つアメーバ状に変化する様は組織学的に正確に捉えられている<ref><pubmed>15895084</pubmed></ref>。
 
[[ファイル:Kudo Fig15.png|thumb|right|350px|'''図15 ミクログリアのダイナミックな活動'''<br>損傷を受けたニューロンから放出された大量のATPがFind me signal、その細胞からごくわずかに遊離されるUDPがミクログリアの食作用を促進する。細胞膜の断片として遊離されるホスファチジルセリン(PS)がEat me signalとなる(文献<ref name=ref2 />の図を改変)。
]]
====脳内清掃システム====
====脳内清掃システム====
 脳に整然と配置されているミクログリアが脳細胞を無差別に攻撃するなどありえない。では、どのような条件でミクログリアの活性が高まり、そのようにして特定の損傷を受けた細胞のみを貪食するのか。
 脳に整然と配置されているミクログリアが脳細胞を無差別に攻撃するなどありえない。では、どのような条件でミクログリアの活性が高まり、そのようにして特定の損傷を受けた細胞のみを貪食するのか。
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 ミクログリアがシナプス回路の維持再編に積極的に働いていることの証拠はまだある。視覚回路の中継核である外側膝状体で活発に行われている左右の視覚路の選択の過程である。未熟な視覚回路では左右両側の視神経節細胞からの入力を受けているが、それが発達に応じて主に同側からの入力が除去されて行く。この過程でミクログリアの得意技とも言うべき、不要物処理機能が発揮されるのだ<ref><pubmed>22632727</pubmed></ref>。
 ミクログリアがシナプス回路の維持再編に積極的に働いていることの証拠はまだある。視覚回路の中継核である外側膝状体で活発に行われている左右の視覚路の選択の過程である。未熟な視覚回路では左右両側の視神経節細胞からの入力を受けているが、それが発達に応じて主に同側からの入力が除去されて行く。この過程でミクログリアの得意技とも言うべき、不要物処理機能が発揮されるのだ<ref><pubmed>22632727</pubmed></ref>。
 ではこのような選択的な除去はどのように行われるのだろうか。最終的にはミクログリアの貪食機能が発揮されるものと考えられるが、どのようにして不要シナプスを認識しているのだろうか。これには前述の脳内免疫細胞としての性質が使われているらしい。例えば、ミクログリアに発現している補体分子、C3の合成が、その合成の活性化因子Clqの存在により高まり、C3受容体を多く発現しているシナプス部位を認識して除去するという仕組みである<ref><pubmed>18083105</pubmed></ref>。また、MHCのClass1が神経傷害時のシナプス除去に関与している可能性を示唆する証拠もある<ref><pubmed>15591351</pubmed></ref>。ミクログリアが脳内の免疫細胞だと考えられているもののまだその実体は十分に解明されていない。その能力がシナプスの消長に積極的に関わるとすれば、神経回路の構築や維持における最重要因子としてその機能を再認識する必要がある。   
 ではこのような選択的な除去はどのように行われるのだろうか。最終的にはミクログリアの貪食機能が発揮されるものと考えられるが、どのようにして不要シナプスを認識しているのだろうか。これには前述の脳内免疫細胞としての性質が使われているらしい。例えば、ミクログリアに発現している補体分子、C3の合成が、その合成の活性化因子Clqの存在により高まり、C3受容体を多く発現しているシナプス部位を認識して除去するという仕組みである<ref><pubmed>18083105</pubmed></ref>。また、MHCのClass1が神経傷害時のシナプス除去に関与している可能性を示唆する証拠もある<ref><pubmed>15591351</pubmed></ref>。ミクログリアが脳内の免疫細胞だと考えられているもののまだその実体は十分に解明されていない。その能力がシナプスの消長に積極的に関わるとすれば、神経回路の構築や維持における最重要因子としてその機能を再認識する必要がある。   
[[ファイル:Kudo Fig16.png|thumb|right|350px|'''図16 神経因性疼痛発症におけるミクログリアの関与'''<br>'''A''' 痛覚情報の二次感覚ニューロンへの伝達は抑制性介在ニューロンにより抑制されるので、自動的に弱められる。<br>'''B''' 神経因性疼痛時は活性化されたミクログリアから遊離されるBDNFがK/Cl交換ポンプを抑制するので、二次感覚ニューロン内のClイオンレベルが高まり、抑制性ニューロンからの信号が逆に促進的になり、痛みはむしろ促進される。]]


====神経因性疼痛====
====神経因性疼痛====
 ミクログリアが悪玉ではないことは十分に理解できたが、最後に、ミクログリアの関与するやっかいな疾患について述べなければならない。「神経因性疼痛」(neuropathic pain allodynia)である。帯状疱疹の後遺症や手術や怪我の後遺症として、損傷部周辺の触覚が激しい疼痛として感じられる疾患である。その成立メカニズムについては長い間、謎となっていた。しかし、この疼痛のメカニズムにミクログリアが関与していることが明らかになったのだ。
 ミクログリアが悪玉ではないことは十分に理解できたが、最後に、ミクログリアの関与するやっかいな疾患について述べなければならない。「神経因性疼痛」(neuropathic pain allodynia)である。帯状疱疹の後遺症や手術や怪我の後遺症として、損傷部周辺の触覚が激しい疼痛として感じられる疾患である。その成立メカニズムについては長い間、謎となっていた。しかし、この疼痛のメカニズムにミクログリアが関与していることが明らかになったのだ。
 図16aに示すように、痛覚や触覚に関わる知覚神経信号は脊髄後根から脊髄後角に入力し、そこで、二次知覚ニューロンに乗り換える。このシナプス部位には知覚神経からの側抑制(lateral inhibition)回路が組み込まれており、過剰な入力を和らげている。皮膚に障害が受けた時に痛みは比較的短い時間で和らぐのはこの仕組みによる。この回路にはGABAを伝達物質とする抑制性介在ニューロンが関与している(図16A)。
 図16aに示すように、痛覚や触覚に関わる知覚神経信号は脊髄後根から脊髄後角に入力し、そこで、二次知覚ニューロンに乗り換える。このシナプス部位には知覚神経からの側抑制(lateral inhibition)回路が組み込まれており、過剰な入力を和らげている。皮膚に障害が受けた時に痛みは比較的短い時間で和らぐのはこの仕組みによる。この回路にはGABAを伝達物質とする抑制性介在ニューロンが関与している(図16A)。
 この部位で生ずる神経因性疼痛の発症メカニズムは次のような仕組みによることが明らかにされている(図15B)。知覚神経の末梢部に激しい損傷があると、知覚ニューロンの入力部位である脊髄後角周辺に多数のミクログリアが集まる。このミクログリアは上述のようにBDNF(brain derived neurotrophic factor)を遊離する。おそらく、損傷を受けた知覚回路の修復のためと考えられる。しかし、このBDNFが二次知覚神経細胞において細胞内のClイオンとKイオンの量をコントロールするためのClイオン/Kイオン交換ポンプを止めてしまうのだ。結果として、二次知覚ニューロン内のClイオン量が異常に増え、Kイオンが減少した状態が作られる。この状態では痛覚や触覚などの入力を側抑制するために遊離されたGABAによって、Clイオンチャンネルが開口すると、細胞外へのClイオンの流出、すなわち脱分極を生じさせることになる。痛みや高まった触感覚を和らげる仕組みが逆に促進してしまうことになるのだ<ref><pubmed>12917686</pubmed></ref>。。この状態はミクログリアの活動が続く間は回復することはない。従って、ちょっとした痛みや触覚が異常に強く入力されてしまうのである。触覚も過剰になると痛みと感ずるというやっかいな疾患である。原因が解明されたことによって神経因性疼痛の有効な治療法も開発されてきている。
 この部位で生ずる神経因性疼痛の発症メカニズムは次のような仕組みによることが明らかにされている(図16B)。知覚神経の末梢部に激しい損傷があると、知覚ニューロンの入力部位である脊髄後角周辺に多数のミクログリアが集まる。このミクログリアは上述のようにBDNF(brain derived neurotrophic factor)を遊離する。おそらく、損傷を受けた知覚回路の修復のためと考えられる。しかし、このBDNFが二次知覚神経細胞において細胞内のClイオンとKイオンの量をコントロールするためのClイオン/Kイオン交換ポンプを止めてしまうのだ。結果として、二次知覚ニューロン内のClイオン量が異常に増え、Kイオンが減少した状態が作られる。この状態では痛覚や触覚などの入力を側抑制するために遊離されたGABAによって、Clイオンチャンネルが開口すると、細胞外へのClイオンの流出、すなわち脱分極を生じさせることになる。痛みや高まった触感覚を和らげる仕組みが逆に促進してしまうことになるのだ<ref><pubmed>12917686</pubmed></ref>。。この状態はミクログリアの活動が続く間は回復することはない。従って、ちょっとした痛みや触覚が異常に強く入力されてしまうのである。触覚も過剰になると痛みと感ずるというやっかいな疾患である。原因が解明されたことによって神経因性疼痛の有効な治療法も開発されてきている。


==関連項目==
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