「島」の版間の差分
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
(2人の利用者による、間の17版が非表示) | |||
2行目: | 2行目: | ||
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0005443 設楽 宗孝]、[http://researchmap.jp/read0141558 水挽 貴至]</font><br> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0005443 設楽 宗孝]、[http://researchmap.jp/read0141558 水挽 貴至]</font><br> | ||
''筑波大学医学医療系生命医科学域、大学院人間総合科学研究科感性認知脳科学専攻システム脳科学分野''<br> | ''筑波大学医学医療系生命医科学域、大学院人間総合科学研究科感性認知脳科学専攻システム脳科学分野''<br> | ||
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年11月1日 原稿完成日:2013年月日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadashiisa 伊佐 正](自然科学研究機構生理学研究所)<br> | ||
</div> | </div> | ||
同義語:島皮質 insular cortex | |||
{{box|text= | |||
霊長類の島はシルビウス裂内奥に位置し、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、基底核に囲まれた領域である。島はBroadmanのarea 13から16に相当する。組織学的には、前腹側部に顆粒細胞層を欠く無顆粒島が、その後背側部に亜顆粒島が、さらにその後背側部に全ての層構造が明瞭な顆粒島が分布する。前部島では行動発現、知覚、内受容、情動など、認知機能に関する活動がみられ、後部島では認知機能への関与は少ないとされる。島の活動は、味覚、嗅覚、触覚、痛覚などに加え、報酬、社会的な痛み、情動、社会的情動、共感、内臓覚、内受容や自己意識にまで関係しているという仮説がある。臨床的には、種々の精神神経疾患との関連が示唆されている。 | |||
{{box|text= | |||
}} | }} | ||
[[image:insula.jpg|thumb|350px|''' | [[image:insula.jpg|thumb|350px|'''図''']] | ||
== 歴史 == | == 歴史 == | ||
Johan Christian Reilは、1796年に Exercitationum anatomicarum fasciculus primus de structura nervorumを発表、その中で第5の葉の存在を指摘した。これが島に関する初の学術的な記述である。しかし記述は本文のみにとどめられ、図示されなかった。Reilの発見した島は、現在も重版中のGray解剖学書で初めて図示され、「Reilの島」という呼称を不朽のものとした<ref name=ref1><pubmed>18091285</pubmed></ref>。 | |||
Reilは島を高次精神機能の責任中枢ととらえた。奇しくも現在、内受容や、[[情動]]、共感、[[自己意識]]などの高次機能に関わる部位として注目されている。しかしそうした機能に関して、ニューロンレベルでの情報処理過程の解明は進んでいない。 | |||
== 構造 == | == 構造 == | ||
=== 発生 === | === 発生 === | ||
[[胎生期]]、島は最も早く発達する皮質である<ref name=ref2><pubmed>18762964</pubmed></ref> | [[胎生期]]、島は最も早く発達する皮質である<ref name=ref2><pubmed>18762964</pubmed></ref>。ヒト胎生6週、始原[[終脳]]は尾側下方へと発達し始める。この発達方向は14週から16週に回転を伴って吻側へと転じ、回転先端は側頭葉へと[[分化]]する。胎生3-4か月頃、終脳の螺旋状の発達が形成する裂は、シルビウス裂として確認でき<ref name=ref3><pubmed>10193618</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>19645558</pubmed></ref>、島は内奥に埋没してゆく。この頃、島中心溝があらわとなり、これを境に前部と、前部に比し狭小な後部とに分けられるようになる<ref name=ref3 />。 | ||
===肉眼解剖=== | ===肉眼解剖=== | ||
霊長類の島はシルビウス裂内奥に位置し、[[前頭葉]]、側頭葉、[[頭頂葉]]、基底核に囲まれる(図)。ヒトなどの大型霊長類では、島極には前頭島皮質(frontoinsular cortex)が存在し、眼窩前頭葉と接する<ref name=ref5><pubmed>20512368</pubmed></ref>。脳に占める島の体積の割合はヒトが1.2-1.7%、ゴリラ1.1-1.7%、オランウータン1-1.5%であり、テナガザル0.9-1.1%と比して3割程度大きい<ref name=ref6><pubmed>10656781</pubmed></ref>。滑脳性の動物(げっ歯類など)の島は大脳半球の表面に露出し、嗅脳溝の上方に位置する。前下方は眼窩皮質と、背尾側は感覚皮質と接している<ref name=ref5><pubmed>20512368</pubmed></ref>。サルにおいて島中心溝は明らかではなく<ref name=ref7><pubmed>9391023</pubmed></ref>、便宜的に亜顆粒領域(後述)の中央で前部と後部に二分する<ref name=ref8><pubmed>7174907</pubmed></ref>。ヒト前部島には3つの短い脳回を、後部島には2つの長い脳回を認めるが、個人差が大きいとされる。またサルにおいてはこれらを認めない<ref name=ref3 />。島はBroadmanのarea 13から16に相当する(Brodman 1909)。 | |||
===組織=== | ===組織=== | ||
霊長類の島の細胞構築学的構成は共通している<ref name=ref9><pubmed>7174905</pubmed></ref>。前腹側部に顆粒細胞層を欠く無顆粒島(agranular insula)が、その後背側部に亜顆粒島(dysgranular insula)が、さらにその後背側部に全ての層構造が明瞭な顆粒島(granular insula)が分布する<ref name=ref9 />。げっ歯類の島では、前方と後方に無顆粒皮質が、背側と腹側に顆粒皮質が分布する<ref name=ref5 />。 | 霊長類の島の細胞構築学的構成は共通している<ref name=ref9><pubmed>7174905</pubmed></ref>。前腹側部に顆粒細胞層を欠く無顆粒島(agranular insula)が、その後背側部に亜顆粒島(dysgranular insula)が、さらにその後背側部に全ての層構造が明瞭な顆粒島(granular insula)が分布する<ref name=ref9 />。げっ歯類の島では、前方と後方に無顆粒皮質が、背側と腹側に顆粒皮質が分布する<ref name=ref5 />。 | ||
前部帯状皮質と前頭島皮質の第V層には、単一の基底樹状突起しかもたない紡錘形の大型二極性ニューロンが存在し、spindle cell(紡錘細胞)ないしvon Economo neuron (VEN)と呼ばれる<ref name=ref10><pubmed>16002323</pubmed></ref>。VENは、自己意識が発達する4歳以降のヒトや、大型類人猿の島に多く存在する<ref name=ref11><pubmed>10220455</pubmed></ref>。また、[[自閉症]]圏の患者やピック病患者、下等な霊長類の島などではVENは少ないとされたこともあり、VENが共感や自己意識を担うという仮説がある<ref name=ref10 />。一方、これまではVENが存在しないとされたマカクザルの島でも最近VENが発見されたこと<ref name=ref12><pubmed>22578500</pubmed></ref>、自己意識の指標とされるマーク[[テスト]](鏡に映った動物自身の姿を手掛かりに、事前に体表に書き込まれたマークに注意を向けるかどうかを調べる)に、VENを欠くある種の鳥類がパスすることなどは、上記の仮説に矛盾する<ref name=ref13><pubmed>18715117</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>17550343</pubmed></ref>。 | |||
島の直下には島皮質と並行して前障(claustrum)が広がっている。島の第Ⅶ層とされたこともあったが、発生起源、機能、神経線維連絡は島と異なり、別の神経組織とされる<ref name=ref15><pubmed>7174906</pubmed></ref>。 | |||
===神経線維連絡=== | ===神経線維連絡=== | ||
島は[[神経管]] | 島は[[神経管]]発達の初期に形成された神経線維連絡を保ったままシルビウス裂へと埋没するので、広範囲の脳領域と神経線維連絡を有する<ref name=ref8 />。島は傍辺縁系に属し、とりわけ辺縁系の各領域と多くの神経線維連絡を有する。トレーサーを用いた実験<ref name=ref8 /> <ref name=ref16><pubmed>3793980</pubmed></ref> <ref name=ref7 />によれば、無顆粒島は、[[眼窩前頭前野]] (13a)、正中[[前頭前野]](25、32)、前部帯状皮質(24a、24bの腹側)などと神経線維連絡を有し、これらの領域も無顆粒皮質である。無顆粒島はこのほかに、[[嗅内皮質]]、[[海馬]]、[[扁桃体]]基底核、線条体中央部(背外側領域と正中腹側領域の間)などとも神経線維連絡を有する。亜顆粒島は、眼窩前頭前野(11、12、13m、13l)、帯状皮質(23b、24bの背側、24c下方)などと神経線維連絡を有し、これらの領域も亜顆粒皮質である。亜顆粒島はこのほかに線条体中央部とも神経線維連絡を有する。顆粒島は、帯状皮質のうち顆粒層を認める領域(23c、24c、31)のほかに、[[体性感覚野]]、運動野、線条体背外側領域などと神経線維連絡を有する。また島の全ての区画は、前頭前野、傍[[嗅皮質]]、前中心弁蓋部、傍島皮質、側頭極、下部側頭葉正中部などと神経線維連絡を有する。 | ||
==機能== | ==機能== | ||
従来、島は、その機能区分に基づき、前部と後部に分けられるとされてきた。メタアナリシス研究によれば、前部島では行動発現、[[知覚]]、内受容、情動など、認知機能に関する活動がみられ、後部島では認知機能への関与は少ないという<ref name=ref17><pubmed>22521480</pubmed></ref>。近年のMRIを用いた研究において、島は運動感覚領野と結合する後部、前部帯状皮質背側部と結合する背側前中部、前部帯状皮質pregenual領域(脳梁より前端付近)と結合する腹側前部の、3つに機能的に分けられるという意見もある<ref name=ref18><pubmed>21097516</pubmed></ref>。 | |||
===味覚=== | ===味覚=== | ||
前部島皮質は一次味覚野である。前部島皮質は視床後内側腹側核小細胞部(VPMpc)から味覚に関する情報を受けとる<ref name=ref19><pubmed>3950095</pubmed></ref>。味覚は、有限個の基本味覚の組み合わせからなり、特定の基本味覚に選好性をもつ島ニューロンの活動が、異なる程度で複数組み合わさることで味覚の多様性を表現しているとされる<ref name=ref20><pubmed>2341869</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>15829609</pubmed></ref>。カニクイザル前部島皮質内の、亜顆粒島前背側部では、嗅覚や視覚、口腔内の[[触覚]]などには影響を受けないユニモーダルな活動を示す味覚ニューロンが見つかっている<ref name=ref20 />。またアカゲザルの一次味覚野には味覚以外の感覚(舌触り)に反応するニューロンがあるものの<ref name=ref22><pubmed>15331650</pubmed></ref>、嗅覚などに反応するニューロンは存在せず、嗅覚と味覚との統合は眼窩前頭葉にて行われるという主張がある<ref name=ref21 />。一方、ラットを用いた単一ニューロン活動記録実験によれば、味覚野のニューロンが味覚ばかりでなく[[体性感覚]]や嗅覚などにも反応していたという報告もある<ref name=ref23><pubmed>17053812</pubmed></ref>。島の味覚ニューロンがマルチモーダルかユニモーダルかという問題については、検討の余地を残している。 | |||
===嗅覚=== | ===嗅覚=== | ||
59行目: | 47行目: | ||
===痛覚、社会的な痛み=== | ===痛覚、社会的な痛み=== | ||
サルでは、痛みの伝達に関わる線維は、脊髄後角第Ⅰ層から始まり脊髄視床路を上向し、視床後外側腹側核(VPL)、後内側腹側核(VPM)、下後腹側核(VPI)、内側腹側核の後部(VMpo)に終端する。これらの核は第一次・第二次体性感覚野や島に投射する。島に送られる痛み刺激の大部分は、VMpoを経由する。ヒトでは視床の小細胞性の副尾側核(Vcpc)から前部島への投射も痛みの伝達に関与している(Treede et al 2000)。また島は、前部帯状皮質や[[中脳水道]]周囲[[灰白質]]などと「痛みネットワーク」を組織する(Lieberman and Eisenberger 2009)。身体的な痛みのみならず、 疎外、死別(Kersting et al 2009)、不公正な処遇(Harlé et al 2012)などの社会的な痛みでも活動する(Lieberman and Eisenberger 2009)。社会的な痛みと情動とは分離不可能である。同様に、身体的な痛みもまた、感覚であると同時に情動であり(Price 2000)、かつ恐怖や不安とは本質的に異なる情動であるとされる(Ploghaus et al 1999)。島は、痛みの感覚・情動両面を担う。両側島が障害されても、痛みの感覚的側面は体性感覚野で代償される。しかし情動的側面は代償されず、感覚と情動の乖離が起こる(疼痛表象不能、後述)。身体に生じた痛みの知覚のみならず、将来の痛み刺激の予測でも、島は活動する(Ploghaus et al 1999, Parro et al 2002)。痛みそのものの知覚には後部島が(Treede et al 2000)、痛み刺激の予測にはより吻側が関与する(Ploghaus et al 1999, Raji et al 2004)。覚醒ヒトの島を電気刺激すると、後部島の刺激で身体的な痛みが、より吻側の刺激では[[温覚]]など痛み以外の感覚が誘発される(Ostrowsky et al 2002)。催眠暗示で誘発された痛みでも島は活動する(Raji et al 2004)。他者の身体への侵襲でも島の活動は変化し(Corradi-Dell’Acqua et al 2011)、これは共感の神経基盤とされる。 | |||
===情動、社会的情動、共感=== | ===情動、社会的情動、共感=== | ||
情動が生起すると島は活動する | 情動が生起すると島は活動する(Bermphol et al 2006)。情動の脆弱性(不快感や無力感、不適当感などを自覚しやすいパーソナリティ傾向)が高いと、前部島の活動が誘発されやすい(Iaria et al 2008)。島は、喜怒哀楽のうち特定の情動に反応するのか、複数の情動に反応するのか(笑い声と泣き声の両方に反応、Sander and Scheich 2005)、諸家の見解は一致しない。また単純な喜怒哀楽に限らず、複雑な情動体験、例えば音楽により生じた感動でも、島が活動する(Blood and Zatorre 2001)。 | ||
古典的定義によれば、情動とは心理状態と身体覚醒度が互いに影響しあう、心身相互作用の産物である | 古典的定義によれば、情動とは心理状態と身体覚醒度が互いに影響しあう、心身相互作用の産物である(James 1884, Damasio 1999, Schacter and Singer 1962)。身体覚醒度は内受容(後述)を介して知覚され、前部島で表象されるという仮説がある(Craig 2002, 2009)。事実、前部島は情動の生起と内受容の知覚の両方で活動する(Zaki et al 2009)。前部島は社会的情動(社会的文脈に依存し他人との関わりで生ずる情動)でも活動する(Lamm and Singer, 2010)。実子の顔を提示すると島中央部(Bartels and Zeki 2003)や前部島(Leibenluft et al 2004)が活動し、恋人の顔を提示すると島中央部が活動する(Bartels and Zeki 2000)。島は共感にも関わり(Singer et al 2009)、他者の情動を内的に[[模倣]]すると活動する(Carr et al 2003)。アカゲザル前部島尾側への電気刺激で社会的情動(威嚇行動が制止され、実験者による威嚇でも、唇をすぼめ小刻みに開閉するなどの仲直り行動)が誘発される(Caruana et al 2011)。 | ||
===触覚、その他の体性感覚=== | ===触覚、その他の体性感覚=== | ||
亜顆粒島や顆粒島、後島皮質(後部島皮質より尾側) は、第二次体性感覚野と神経線維連絡を有し、触覚に関する情報を受容する | 亜顆粒島や顆粒島、後島皮質(後部島皮質より尾側) は、第二次体性感覚野と神経線維連絡を有し、触覚に関する情報を受容する(Friedman et al 1986)。島は手指の皮膚の振動や(Gelnar et al 1998)、物体表面の細かな凹凸の触知(Kitada et al 2005)、複雑な形状の物体の触知(Milner et al 2007)で活動する。島中央部ないしは後部島の活動は手指の冷覚の程度と相関する(Craig et al 2000)、前部島の活動は温覚の程度と相関する(Olausson et al 2005)との報告もある。サル島には、頬部や四肢末端の皮膚への触覚刺激に反応するニューロンがある(Zhang et al 1999)。 | ||
===内臓覚と内受容、自己意識=== | ===内臓覚と内受容、自己意識=== | ||
[[脊髄神経]]や[[迷走神経]] | [[脊髄神経]]や[[迷走神経]]を経由した内臓覚は、孤束核、傍小脳脚核、視床後内側腹側核(VPM)を経由して島へと伝達され(Craig 2002)、島は口腔より下部の消化管の内臓覚も担う。覚醒下のヒト島を電気刺激すると多様な消化管感覚を生ずる(Penfield and Faulk 1951)。バルーンを用いた食道刺激や(Ariz et al 2000, Coen et al 2007)、直腸刺激(Lotze et al 2001)、肛門括約筋の努力性収縮(Kern et al 2003)でも島が活動する。島は心拍の知覚にも関与し(Critchley et al 2004, Pollatos et al 2007, Zaki et al 2012)、サル島には心拍数と関係したニューロン活動がある(Zhang et al 1999)。 | ||
20世紀初頭、Charles Sherringtonは、内臓覚、温[[痛覚]]、掻痒感、筋固有覚、空腹、口渇などは、自己の身体状態の知覚に必須な感覚であるとした。のちにWilliam Jamesは、身体状態の知覚が自己意識や情動の生起に重要であると唱えた。Sherringtonは内臓覚のみを内受容(interoception)と定義したが、現在この定義は拡張され、身体状態の知覚に関わる感覚全てを包括する(Craig 2002, 2009)。内受容は、視床腹側基底核群を経た後、島に直接ないし体性感覚野を経由して伝達される。このため島は自己意識の座であるという仮説がある(Craig 2002, 2009)。島の損傷に伴う病態失認は自己意識の障害で説明できる(Karnath and Baier 2009)。また自分自身の姿か他人の姿かを判断する際に前部島が活動することが知られている(Devue et al 2007)。なお自己意識は、前部島と前部帯状皮質の協調産物であるとの説と(Medfold and Critchley 2010)、前部帯状皮質とは独立した島独自の機能であるとの説がある(Craig 2002)。 | |||
===リスク=== | ===リスク=== | ||
リスクのいかなる側面に対して島が活動するのかについて、諸家の意見は様々である。損害回避傾向や神経症性などのパーソナリティ指標が高いと、リスク回避行動が顕著となり、これらは島の活動と相関する(Paulus et al 2003)。また、前部島の活動はリスクの予測やリスクの予測誤差と相関する(Preuschoff et al 2008, Singer et al 2009)。一方、リスクを伴わない意思決定やリスク回避行動の直前(Kuhnen and Knutson 2005)や、リスクを伴う意思決定や意思決定の結果実際に損害を被らずに済んだ場合(Xue et al 2010)などに活動するという報告もある。 | |||
===報酬=== | ===報酬=== | ||
痛みと報酬の独立したネットワークが存在するという主張によれば、島は「痛みネットワーク」に属するという | 痛みと報酬の独立したネットワークが存在するという主張によれば、島は「痛みネットワーク」に属するという(Lieberman and Eisenberger 2009)。一方、報酬に関連した活動を認めるという報告がある。ヒト島は、報酬の条件刺激に(Büchel et al 1999, Kirsch et al 2003)、金銭報酬と金銭損失の両方に(Elliot et al 2000)、金銭報酬の期待に(Knutson et al 2003)対して活動し、活動の強さは金銭報酬の予測額と相関する(Knutson et al 2005)という。一方金銭報酬の予測額と逆相関するという報告もある(Rolls et al 2007)。島は社会的報酬(褒められるなど)にも反応する(Izuma et al 2008)。公正でないプレイヤーの処罰(de Quervain et al 2004)、慈善行為(Moll et al 2006, Tankersley et al 2007)、他人への信頼(Rilling et al 2002, Singer et al 2004 from Harbaugh et al 2007)、恋人や実子の顔(情動を参照)でも活動し、これらも社会的報酬への反応とみなせる。マカクザルの後部島(Asahi et al 2006)や前部島(Mizuhiki et al 2012)には、報酬に反応する単一ニューロンが存在する。前部島では、ごく近い将来の差し迫った報酬の期待・可能性に関係したニューロン活動が見つかっている(Mizuhiki et al 2012)。 | ||
===発語、言語=== | ===発語、言語=== | ||
1861年、Brocaは、左前頭葉に梗塞巣を有する症例から、運動性失語の責任領域を決定したが、その後、運動性言語の中枢はさらに広範に及ぶことが指摘され、現在では左前部島も運動性言語中枢に含むという説がある(Ackermann and Riecker 2010)。 | |||
== | ==臨床== | ||
島の過剰な活動が、肥満患者における旺盛な食欲の原因であるという説がある(Frank et al 2013)。一方、島の活動が抑制されると離人症性障害を生ずるという説がある(Phillips et al 2001, Sierria and David 2011)。またごく稀に両側島が障害されると、例えば針で突き刺されたとき、それが鋭い尖ったものによる刺激だと理解はできても、恐怖や嫌悪、自律神経反応、逃避反応などは消失する。こうした痛みにおける感覚と情動の乖離は疼痛表象不能と呼ばれる(Berthier et al 1988)。染色体17p11.2が欠損し、精神発達遅滞や多動、痛み反応の減弱などを伴うSmith-Magenis症候群では、島の灰[[白質]]密度が低下するなどの異常が認められる(Boddaert 2003)。島は内受容によって薬物希求を表象するとされる。このためマリファナ(Filbey et al 2009)や[[コカイン]](Kilts et al 2001, Bonson et al 2002)の濫用患者の島は、薬物希求が高まると活動する。一方、島の損傷によってタバコの濫用が軽快・消失したり(Naqvi et al 2007)、ラットの島を不活化させると[[アンフェタミン]]希求が減弱したりするとされる(Contreas et al 2007)。[[パニック障害]]の病態生理として、島の異常が想定されている。不快刺激の予測信号が増大すると不安を生ずるが、不快刺激の予測には内受容の[[遠心性コピー]]が利用されていると考えられる。内受容の変調が身体の変調として知覚されればパニック障害となる(Paulus and Stein 2006)。大うつ病性障害では、うつ評価尺度と島の灰白質容量の低下とに相関があるとされる(Sprengelmeyer et al 2011)。また、本来は痛みに対して活動する後部に、本来は前部にしか見られない情動に対する活動領域が広がり、機能トポグラフの再構成が生じているとされる(Mutschler et al 2012)。平時における島の過活動がうつ病者の認知や行動の特徴を説明できるという報告もある(Sliz and Hayley 2012)。一方、幻聴は、音源が自身の思考由来なのか、外部環境由来なのかを判別する能力が低下し、前者を後者に誤帰属するため生ずる。統合失調症では、自己意識の座とされる前部島の灰白質容量が低下し、灰白質容量と臨床症状評価尺度との相関も認められるとされ(Wylie and Tregellas 2010)、幻聴の誤帰属仮説の傍証となっている。 | |||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> |
2013年11月11日 (月) 16:46時点における版
設楽 宗孝、水挽 貴至
筑波大学医学医療系生命医科学域、大学院人間総合科学研究科感性認知脳科学専攻システム脳科学分野
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年11月1日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:伊佐 正(自然科学研究機構生理学研究所)
同義語:島皮質 insular cortex
霊長類の島はシルビウス裂内奥に位置し、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、基底核に囲まれた領域である。島はBroadmanのarea 13から16に相当する。組織学的には、前腹側部に顆粒細胞層を欠く無顆粒島が、その後背側部に亜顆粒島が、さらにその後背側部に全ての層構造が明瞭な顆粒島が分布する。前部島では行動発現、知覚、内受容、情動など、認知機能に関する活動がみられ、後部島では認知機能への関与は少ないとされる。島の活動は、味覚、嗅覚、触覚、痛覚などに加え、報酬、社会的な痛み、情動、社会的情動、共感、内臓覚、内受容や自己意識にまで関係しているという仮説がある。臨床的には、種々の精神神経疾患との関連が示唆されている。
歴史
Johan Christian Reilは、1796年に Exercitationum anatomicarum fasciculus primus de structura nervorumを発表、その中で第5の葉の存在を指摘した。これが島に関する初の学術的な記述である。しかし記述は本文のみにとどめられ、図示されなかった。Reilの発見した島は、現在も重版中のGray解剖学書で初めて図示され、「Reilの島」という呼称を不朽のものとした[1]。
Reilは島を高次精神機能の責任中枢ととらえた。奇しくも現在、内受容や、情動、共感、自己意識などの高次機能に関わる部位として注目されている。しかしそうした機能に関して、ニューロンレベルでの情報処理過程の解明は進んでいない。
構造
発生
胎生期、島は最も早く発達する皮質である[2]。ヒト胎生6週、始原終脳は尾側下方へと発達し始める。この発達方向は14週から16週に回転を伴って吻側へと転じ、回転先端は側頭葉へと分化する。胎生3-4か月頃、終脳の螺旋状の発達が形成する裂は、シルビウス裂として確認でき[3] [4]、島は内奥に埋没してゆく。この頃、島中心溝があらわとなり、これを境に前部と、前部に比し狭小な後部とに分けられるようになる[3]。
肉眼解剖
霊長類の島はシルビウス裂内奥に位置し、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、基底核に囲まれる(図)。ヒトなどの大型霊長類では、島極には前頭島皮質(frontoinsular cortex)が存在し、眼窩前頭葉と接する[5]。脳に占める島の体積の割合はヒトが1.2-1.7%、ゴリラ1.1-1.7%、オランウータン1-1.5%であり、テナガザル0.9-1.1%と比して3割程度大きい[6]。滑脳性の動物(げっ歯類など)の島は大脳半球の表面に露出し、嗅脳溝の上方に位置する。前下方は眼窩皮質と、背尾側は感覚皮質と接している[5]。サルにおいて島中心溝は明らかではなく[7]、便宜的に亜顆粒領域(後述)の中央で前部と後部に二分する[8]。ヒト前部島には3つの短い脳回を、後部島には2つの長い脳回を認めるが、個人差が大きいとされる。またサルにおいてはこれらを認めない[3]。島はBroadmanのarea 13から16に相当する(Brodman 1909)。
組織
霊長類の島の細胞構築学的構成は共通している[9]。前腹側部に顆粒細胞層を欠く無顆粒島(agranular insula)が、その後背側部に亜顆粒島(dysgranular insula)が、さらにその後背側部に全ての層構造が明瞭な顆粒島(granular insula)が分布する[9]。げっ歯類の島では、前方と後方に無顆粒皮質が、背側と腹側に顆粒皮質が分布する[5]。
前部帯状皮質と前頭島皮質の第V層には、単一の基底樹状突起しかもたない紡錘形の大型二極性ニューロンが存在し、spindle cell(紡錘細胞)ないしvon Economo neuron (VEN)と呼ばれる[10]。VENは、自己意識が発達する4歳以降のヒトや、大型類人猿の島に多く存在する[11]。また、自閉症圏の患者やピック病患者、下等な霊長類の島などではVENは少ないとされたこともあり、VENが共感や自己意識を担うという仮説がある[10]。一方、これまではVENが存在しないとされたマカクザルの島でも最近VENが発見されたこと[12]、自己意識の指標とされるマークテスト(鏡に映った動物自身の姿を手掛かりに、事前に体表に書き込まれたマークに注意を向けるかどうかを調べる)に、VENを欠くある種の鳥類がパスすることなどは、上記の仮説に矛盾する[13] [14]。
島の直下には島皮質と並行して前障(claustrum)が広がっている。島の第Ⅶ層とされたこともあったが、発生起源、機能、神経線維連絡は島と異なり、別の神経組織とされる[15]。
神経線維連絡
島は神経管発達の初期に形成された神経線維連絡を保ったままシルビウス裂へと埋没するので、広範囲の脳領域と神経線維連絡を有する[8]。島は傍辺縁系に属し、とりわけ辺縁系の各領域と多くの神経線維連絡を有する。トレーサーを用いた実験[8] [16] [7]によれば、無顆粒島は、眼窩前頭前野 (13a)、正中前頭前野(25、32)、前部帯状皮質(24a、24bの腹側)などと神経線維連絡を有し、これらの領域も無顆粒皮質である。無顆粒島はこのほかに、嗅内皮質、海馬、扁桃体基底核、線条体中央部(背外側領域と正中腹側領域の間)などとも神経線維連絡を有する。亜顆粒島は、眼窩前頭前野(11、12、13m、13l)、帯状皮質(23b、24bの背側、24c下方)などと神経線維連絡を有し、これらの領域も亜顆粒皮質である。亜顆粒島はこのほかに線条体中央部とも神経線維連絡を有する。顆粒島は、帯状皮質のうち顆粒層を認める領域(23c、24c、31)のほかに、体性感覚野、運動野、線条体背外側領域などと神経線維連絡を有する。また島の全ての区画は、前頭前野、傍嗅皮質、前中心弁蓋部、傍島皮質、側頭極、下部側頭葉正中部などと神経線維連絡を有する。
機能
従来、島は、その機能区分に基づき、前部と後部に分けられるとされてきた。メタアナリシス研究によれば、前部島では行動発現、知覚、内受容、情動など、認知機能に関する活動がみられ、後部島では認知機能への関与は少ないという[17]。近年のMRIを用いた研究において、島は運動感覚領野と結合する後部、前部帯状皮質背側部と結合する背側前中部、前部帯状皮質pregenual領域(脳梁より前端付近)と結合する腹側前部の、3つに機能的に分けられるという意見もある[18]。
味覚
前部島皮質は一次味覚野である。前部島皮質は視床後内側腹側核小細胞部(VPMpc)から味覚に関する情報を受けとる[19]。味覚は、有限個の基本味覚の組み合わせからなり、特定の基本味覚に選好性をもつ島ニューロンの活動が、異なる程度で複数組み合わさることで味覚の多様性を表現しているとされる[20] [21]。カニクイザル前部島皮質内の、亜顆粒島前背側部では、嗅覚や視覚、口腔内の触覚などには影響を受けないユニモーダルな活動を示す味覚ニューロンが見つかっている[20]。またアカゲザルの一次味覚野には味覚以外の感覚(舌触り)に反応するニューロンがあるものの[22]、嗅覚などに反応するニューロンは存在せず、嗅覚と味覚との統合は眼窩前頭葉にて行われるという主張がある[21]。一方、ラットを用いた単一ニューロン活動記録実験によれば、味覚野のニューロンが味覚ばかりでなく体性感覚や嗅覚などにも反応していたという報告もある[23]。島の味覚ニューロンがマルチモーダルかユニモーダルかという問題については、検討の余地を残している。
嗅覚
嗅球からもたらされる嗅覚信号は、一次味覚野より前方の眼窩前頭葉後縁に近い無顆粒島に送られる[24]。覚醒ヒトの前部島を電気刺激すると、嗅覚が誘発される[25]。空腹下での嗅覚刺激や、刺激の強さや質の弁別の賦課で、島が活動する[26] [27]。霊長類の島における単一ニューロンレベルの嗅覚情報処理過程は解明されていない。
痛覚、社会的な痛み
サルでは、痛みの伝達に関わる線維は、脊髄後角第Ⅰ層から始まり脊髄視床路を上向し、視床後外側腹側核(VPL)、後内側腹側核(VPM)、下後腹側核(VPI)、内側腹側核の後部(VMpo)に終端する。これらの核は第一次・第二次体性感覚野や島に投射する。島に送られる痛み刺激の大部分は、VMpoを経由する。ヒトでは視床の小細胞性の副尾側核(Vcpc)から前部島への投射も痛みの伝達に関与している(Treede et al 2000)。また島は、前部帯状皮質や中脳水道周囲灰白質などと「痛みネットワーク」を組織する(Lieberman and Eisenberger 2009)。身体的な痛みのみならず、 疎外、死別(Kersting et al 2009)、不公正な処遇(Harlé et al 2012)などの社会的な痛みでも活動する(Lieberman and Eisenberger 2009)。社会的な痛みと情動とは分離不可能である。同様に、身体的な痛みもまた、感覚であると同時に情動であり(Price 2000)、かつ恐怖や不安とは本質的に異なる情動であるとされる(Ploghaus et al 1999)。島は、痛みの感覚・情動両面を担う。両側島が障害されても、痛みの感覚的側面は体性感覚野で代償される。しかし情動的側面は代償されず、感覚と情動の乖離が起こる(疼痛表象不能、後述)。身体に生じた痛みの知覚のみならず、将来の痛み刺激の予測でも、島は活動する(Ploghaus et al 1999, Parro et al 2002)。痛みそのものの知覚には後部島が(Treede et al 2000)、痛み刺激の予測にはより吻側が関与する(Ploghaus et al 1999, Raji et al 2004)。覚醒ヒトの島を電気刺激すると、後部島の刺激で身体的な痛みが、より吻側の刺激では温覚など痛み以外の感覚が誘発される(Ostrowsky et al 2002)。催眠暗示で誘発された痛みでも島は活動する(Raji et al 2004)。他者の身体への侵襲でも島の活動は変化し(Corradi-Dell’Acqua et al 2011)、これは共感の神経基盤とされる。
情動、社会的情動、共感
情動が生起すると島は活動する(Bermphol et al 2006)。情動の脆弱性(不快感や無力感、不適当感などを自覚しやすいパーソナリティ傾向)が高いと、前部島の活動が誘発されやすい(Iaria et al 2008)。島は、喜怒哀楽のうち特定の情動に反応するのか、複数の情動に反応するのか(笑い声と泣き声の両方に反応、Sander and Scheich 2005)、諸家の見解は一致しない。また単純な喜怒哀楽に限らず、複雑な情動体験、例えば音楽により生じた感動でも、島が活動する(Blood and Zatorre 2001)。
古典的定義によれば、情動とは心理状態と身体覚醒度が互いに影響しあう、心身相互作用の産物である(James 1884, Damasio 1999, Schacter and Singer 1962)。身体覚醒度は内受容(後述)を介して知覚され、前部島で表象されるという仮説がある(Craig 2002, 2009)。事実、前部島は情動の生起と内受容の知覚の両方で活動する(Zaki et al 2009)。前部島は社会的情動(社会的文脈に依存し他人との関わりで生ずる情動)でも活動する(Lamm and Singer, 2010)。実子の顔を提示すると島中央部(Bartels and Zeki 2003)や前部島(Leibenluft et al 2004)が活動し、恋人の顔を提示すると島中央部が活動する(Bartels and Zeki 2000)。島は共感にも関わり(Singer et al 2009)、他者の情動を内的に模倣すると活動する(Carr et al 2003)。アカゲザル前部島尾側への電気刺激で社会的情動(威嚇行動が制止され、実験者による威嚇でも、唇をすぼめ小刻みに開閉するなどの仲直り行動)が誘発される(Caruana et al 2011)。
触覚、その他の体性感覚
亜顆粒島や顆粒島、後島皮質(後部島皮質より尾側) は、第二次体性感覚野と神経線維連絡を有し、触覚に関する情報を受容する(Friedman et al 1986)。島は手指の皮膚の振動や(Gelnar et al 1998)、物体表面の細かな凹凸の触知(Kitada et al 2005)、複雑な形状の物体の触知(Milner et al 2007)で活動する。島中央部ないしは後部島の活動は手指の冷覚の程度と相関する(Craig et al 2000)、前部島の活動は温覚の程度と相関する(Olausson et al 2005)との報告もある。サル島には、頬部や四肢末端の皮膚への触覚刺激に反応するニューロンがある(Zhang et al 1999)。
内臓覚と内受容、自己意識
脊髄神経や迷走神経を経由した内臓覚は、孤束核、傍小脳脚核、視床後内側腹側核(VPM)を経由して島へと伝達され(Craig 2002)、島は口腔より下部の消化管の内臓覚も担う。覚醒下のヒト島を電気刺激すると多様な消化管感覚を生ずる(Penfield and Faulk 1951)。バルーンを用いた食道刺激や(Ariz et al 2000, Coen et al 2007)、直腸刺激(Lotze et al 2001)、肛門括約筋の努力性収縮(Kern et al 2003)でも島が活動する。島は心拍の知覚にも関与し(Critchley et al 2004, Pollatos et al 2007, Zaki et al 2012)、サル島には心拍数と関係したニューロン活動がある(Zhang et al 1999)。
20世紀初頭、Charles Sherringtonは、内臓覚、温痛覚、掻痒感、筋固有覚、空腹、口渇などは、自己の身体状態の知覚に必須な感覚であるとした。のちにWilliam Jamesは、身体状態の知覚が自己意識や情動の生起に重要であると唱えた。Sherringtonは内臓覚のみを内受容(interoception)と定義したが、現在この定義は拡張され、身体状態の知覚に関わる感覚全てを包括する(Craig 2002, 2009)。内受容は、視床腹側基底核群を経た後、島に直接ないし体性感覚野を経由して伝達される。このため島は自己意識の座であるという仮説がある(Craig 2002, 2009)。島の損傷に伴う病態失認は自己意識の障害で説明できる(Karnath and Baier 2009)。また自分自身の姿か他人の姿かを判断する際に前部島が活動することが知られている(Devue et al 2007)。なお自己意識は、前部島と前部帯状皮質の協調産物であるとの説と(Medfold and Critchley 2010)、前部帯状皮質とは独立した島独自の機能であるとの説がある(Craig 2002)。
リスク
リスクのいかなる側面に対して島が活動するのかについて、諸家の意見は様々である。損害回避傾向や神経症性などのパーソナリティ指標が高いと、リスク回避行動が顕著となり、これらは島の活動と相関する(Paulus et al 2003)。また、前部島の活動はリスクの予測やリスクの予測誤差と相関する(Preuschoff et al 2008, Singer et al 2009)。一方、リスクを伴わない意思決定やリスク回避行動の直前(Kuhnen and Knutson 2005)や、リスクを伴う意思決定や意思決定の結果実際に損害を被らずに済んだ場合(Xue et al 2010)などに活動するという報告もある。
報酬
痛みと報酬の独立したネットワークが存在するという主張によれば、島は「痛みネットワーク」に属するという(Lieberman and Eisenberger 2009)。一方、報酬に関連した活動を認めるという報告がある。ヒト島は、報酬の条件刺激に(Büchel et al 1999, Kirsch et al 2003)、金銭報酬と金銭損失の両方に(Elliot et al 2000)、金銭報酬の期待に(Knutson et al 2003)対して活動し、活動の強さは金銭報酬の予測額と相関する(Knutson et al 2005)という。一方金銭報酬の予測額と逆相関するという報告もある(Rolls et al 2007)。島は社会的報酬(褒められるなど)にも反応する(Izuma et al 2008)。公正でないプレイヤーの処罰(de Quervain et al 2004)、慈善行為(Moll et al 2006, Tankersley et al 2007)、他人への信頼(Rilling et al 2002, Singer et al 2004 from Harbaugh et al 2007)、恋人や実子の顔(情動を参照)でも活動し、これらも社会的報酬への反応とみなせる。マカクザルの後部島(Asahi et al 2006)や前部島(Mizuhiki et al 2012)には、報酬に反応する単一ニューロンが存在する。前部島では、ごく近い将来の差し迫った報酬の期待・可能性に関係したニューロン活動が見つかっている(Mizuhiki et al 2012)。
発語、言語
1861年、Brocaは、左前頭葉に梗塞巣を有する症例から、運動性失語の責任領域を決定したが、その後、運動性言語の中枢はさらに広範に及ぶことが指摘され、現在では左前部島も運動性言語中枢に含むという説がある(Ackermann and Riecker 2010)。
臨床
島の過剰な活動が、肥満患者における旺盛な食欲の原因であるという説がある(Frank et al 2013)。一方、島の活動が抑制されると離人症性障害を生ずるという説がある(Phillips et al 2001, Sierria and David 2011)。またごく稀に両側島が障害されると、例えば針で突き刺されたとき、それが鋭い尖ったものによる刺激だと理解はできても、恐怖や嫌悪、自律神経反応、逃避反応などは消失する。こうした痛みにおける感覚と情動の乖離は疼痛表象不能と呼ばれる(Berthier et al 1988)。染色体17p11.2が欠損し、精神発達遅滞や多動、痛み反応の減弱などを伴うSmith-Magenis症候群では、島の灰白質密度が低下するなどの異常が認められる(Boddaert 2003)。島は内受容によって薬物希求を表象するとされる。このためマリファナ(Filbey et al 2009)やコカイン(Kilts et al 2001, Bonson et al 2002)の濫用患者の島は、薬物希求が高まると活動する。一方、島の損傷によってタバコの濫用が軽快・消失したり(Naqvi et al 2007)、ラットの島を不活化させるとアンフェタミン希求が減弱したりするとされる(Contreas et al 2007)。パニック障害の病態生理として、島の異常が想定されている。不快刺激の予測信号が増大すると不安を生ずるが、不快刺激の予測には内受容の遠心性コピーが利用されていると考えられる。内受容の変調が身体の変調として知覚されればパニック障害となる(Paulus and Stein 2006)。大うつ病性障害では、うつ評価尺度と島の灰白質容量の低下とに相関があるとされる(Sprengelmeyer et al 2011)。また、本来は痛みに対して活動する後部に、本来は前部にしか見られない情動に対する活動領域が広がり、機能トポグラフの再構成が生じているとされる(Mutschler et al 2012)。平時における島の過活動がうつ病者の認知や行動の特徴を説明できるという報告もある(Sliz and Hayley 2012)。一方、幻聴は、音源が自身の思考由来なのか、外部環境由来なのかを判別する能力が低下し、前者を後者に誤帰属するため生ずる。統合失調症では、自己意識の座とされる前部島の灰白質容量が低下し、灰白質容量と臨床症状評価尺度との相関も認められるとされ(Wylie and Tregellas 2010)、幻聴の誤帰属仮説の傍証となっている。
参考文献
- ↑
Binder, D.K., Schaller, K., & Clusmann, H. (2007).
The seminal contributions of Johann-Christian Reil to anatomy, physiology, and psychiatry. Neurosurgery, 61(5), 1091-6; discussion 1096. [PubMed:18091285] [WorldCat] [DOI] - ↑
Wai, M.S., Shi, C., Kwong, W.H., Zhang, L., Lam, W.P., & Yew, D.T. (2008).
Development of the human insular cortex: differentiation, proliferation, cell death, and appearance of 5HT-2A receptors. Histochemistry and cell biology, 130(6), 1199-204. [PubMed:18762964] [WorldCat] [DOI] - ↑ 3.0 3.1 3.2
Türe, U., Yaşargil, D.C., Al-Mefty, O., & Yaşargil, M.G. (1999).
Topographic anatomy of the insular region. Journal of neurosurgery, 90(4), 720-33. [PubMed:10193618] [WorldCat] [DOI] - ↑
Kalani, M.Y., Kalani, M.A., Gwinn, R., Keogh, B., & Tse, V.C. (2009).
Embryological development of the human insula and its implications for the spread and resection of insular gliomas. Neurosurgical focus, 27(2), E2. [PubMed:19645558] [WorldCat] [DOI] - ↑ 5.0 5.1 5.2
Butti, C., & Hof, P.R. (2010).
The insular cortex: a comparative perspective. Brain structure & function, 214(5-6), 477-93. [PubMed:20512368] [WorldCat] [DOI] - ↑
Semendeferi, K., & Damasio, H. (2000).
The brain and its main anatomical subdivisions in living hominoids using magnetic resonance imaging. Journal of human evolution, 38(2), 317-32. [PubMed:10656781] [WorldCat] [DOI] - ↑ 7.0 7.1
Chikama, M., McFarland, N.R., Amaral, D.G., & Haber, S.N. (1997).
Insular cortical projections to functional regions of the striatum correlate with cortical cytoarchitectonic organization in the primate. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 17(24), 9686-705. [PubMed:9391023] [WorldCat] - ↑ 8.0 8.1 8.2
Mesulam, M.M., & Mufson, E.J. (1982).
Insula of the old world monkey. III: Efferent cortical output and comments on function. The Journal of comparative neurology, 212(1), 38-52. [PubMed:7174907] [WorldCat] [DOI] - ↑ 9.0 9.1
Mesulam, M.M., & Mufson, E.J. (1982).
Insula of the old world monkey. I. Architectonics in the insulo-orbito-temporal component of the paralimbic brain. The Journal of comparative neurology, 212(1), 1-22. [PubMed:7174905] [WorldCat] [DOI] - ↑ 10.0 10.1
Allman, J.M., Watson, K.K., Tetreault, N.A., & Hakeem, A.Y. (2005).
Intuition and autism: a possible role for Von Economo neurons. Trends in cognitive sciences, 9(8), 367-73. [PubMed:16002323] [WorldCat] [DOI] - ↑
Nimchinsky, E.A., Gilissen, E., Allman, J.M., Perl, D.P., Erwin, J.M., & Hof, P.R. (1999).
A neuronal morphologic type unique to humans and great apes. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 96(9), 5268-73. [PubMed:10220455] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Evrard, H.C., Forro, T., & Logothetis, N.K. (2012).
Von Economo neurons in the anterior insula of the macaque monkey. Neuron, 74(3), 482-9. [PubMed:22578500] [WorldCat] [DOI] - ↑
Prior, H., Schwarz, A., & Güntürkün, O. (2008).
Mirror-induced behavior in the magpie (Pica pica): evidence of self-recognition. PLoS biology, 6(8), e202. [PubMed:18715117] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
de Waal, F.B. (2008).
Putting the altruism back into altruism: the evolution of empathy. Annual review of psychology, 59, 279-300. [PubMed:17550343] [WorldCat] [DOI] - ↑
Mufson, E.J., & Mesulam, M.M. (1982).
Insula of the old world monkey. II: Afferent cortical input and comments on the claustrum. The Journal of comparative neurology, 212(1), 23-37. [PubMed:7174906] [WorldCat] [DOI] - ↑
Friedman, D.P., Murray, E.A., O'Neill, J.B., & Mishkin, M. (1986).
Cortical connections of the somatosensory fields of the lateral sulcus of macaques: evidence for a corticolimbic pathway for touch. The Journal of comparative neurology, 252(3), 323-47. [PubMed:3793980] [WorldCat] [DOI] - ↑
Cauda, F., Costa, T., Torta, D.M., Sacco, K., D'Agata, F., Duca, S., ..., & Vercelli, A. (2012).
Meta-analytic clustering of the insular cortex: characterizing the meta-analytic connectivity of the insula when involved in active tasks. NeuroImage, 62(1), 343-55. [PubMed:22521480] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Deen, B., Pitskel, N.B., & Pelphrey, K.A. (2011).
Three systems of insular functional connectivity identified with cluster analysis. Cerebral cortex (New York, N.Y. : 1991), 21(7), 1498-506. [PubMed:21097516] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Pritchard, T.C., Hamilton, R.B., Morse, J.R., & Norgren, R. (1986).
Projections of thalamic gustatory and lingual areas in the monkey, Macaca fascicularis. The Journal of comparative neurology, 244(2), 213-28. [PubMed:3950095] [WorldCat] [DOI] - ↑ 20.0 20.1
Yaxley, S., Rolls, E.T., & Sienkiewicz, Z.J. (1990).
Gustatory responses of single neurons in the insula of the macaque monkey. Journal of neurophysiology, 63(4), 689-700. [PubMed:2341869] [WorldCat] [DOI] - ↑ 21.0 21.1
Kadohisa, M., Rolls, E.T., & Verhagen, J.V. (2005).
Neuronal representations of stimuli in the mouth: the primate insular taste cortex, orbitofrontal cortex and amygdala. Chemical senses, 30(5), 401-19. [PubMed:15829609] [WorldCat] [DOI] - ↑
Verhagen, J.V., Kadohisa, M., & Rolls, E.T. (2004).
Primate insular/opercular taste cortex: neuronal representations of the viscosity, fat texture, grittiness, temperature, and taste of foods. Journal of neurophysiology, 92(3), 1685-99. [PubMed:15331650] [WorldCat] [DOI] - ↑
Simon, S.A., de Araujo, I.E., Gutierrez, R., & Nicolelis, M.A. (2006).
The neural mechanisms of gustation: a distributed processing code. Nature reviews. Neuroscience, 7(11), 890-901. [PubMed:17053812] [WorldCat] [DOI] - ↑
de Araujo, I.E., Rolls, E.T., Kringelbach, M.L., McGlone, F., & Phillips, N. (2003).
Taste-olfactory convergence, and the representation of the pleasantness of flavour, in the human brain. The European journal of neuroscience, 18(7), 2059-68. [PubMed:14622239] [WorldCat] [DOI] - ↑
PENFIELD, W., & FAULK, M.E. (1955).
The insula; further observations on its function. Brain : a journal of neurology, 78(4), 445-70. [PubMed:13293263] [WorldCat] [DOI] - ↑
Savic, I., Gulyas, B., Larsson, M., & Roland, P. (2000).
Olfactory functions are mediated by parallel and hierarchical processing. Neuron, 26(3), 735-45. [PubMed:10896168] [WorldCat] [DOI] - ↑
Gottfried, J.A., & Dolan, R.J. (2003).
The nose smells what the eye sees: crossmodal visual facilitation of human olfactory perception. Neuron, 39(2), 375-86. [PubMed:12873392] [WorldCat] [DOI]