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''関西医科大学 附属生命医学研究所 細胞機能部門''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年8月25日 原稿完成日:2020年8月26日<br> | |||
担当編集委員:[https://researchmap.jp/hiroshikawasaki 河崎 洋志](金沢大学 医学系 脳神経医学教室)<br> | |||
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英:neurotrophin 独:Neurotrophin 仏:neurotrophine | |||
{{box|text= 神経栄養因子は、神経成長因子(nerve growth factor/NGF)、脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor /BDNF)、neurotrophin-3 (NT-3)、neurotrophin-4/5 (NT-4/5)の4種類の分泌性蛋白質から構成される。細胞外に放出された神経栄養因子は、その高親和性受容体であるTrkA, TrkB, TrkC, または低親和性受容体p75と結合することにより、神経細胞の生存、樹状突起や軸索の伸展、シナプス形成、シナプス機能調節、細胞死、記憶学習形成といった極めて広範で多岐にわたる機能を持つことが知られている。}} | {{box|text= 神経栄養因子は、神経成長因子(nerve growth factor/NGF)、脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor /BDNF)、neurotrophin-3 (NT-3)、neurotrophin-4/5 (NT-4/5)の4種類の分泌性蛋白質から構成される。細胞外に放出された神経栄養因子は、その高親和性受容体であるTrkA, TrkB, TrkC, または低親和性受容体p75と結合することにより、神経細胞の生存、樹状突起や軸索の伸展、シナプス形成、シナプス機能調節、細胞死、記憶学習形成といった極めて広範で多岐にわたる機能を持つことが知られている。}} | ||
==イントロダクション== | ==イントロダクション== | ||
神経栄養因子は、最初に1950年代に[[wj:リータ・レーヴィ=モンタルチーニ|Levi-Montalcini]]によって[[神経成長因子]]([[nerve growth factor]], [[NGF]])が発見された<ref name=Zeliadt2013><pubmed>23515326</pubmed></ref>。この発見により1986年に[[wj:ノーベル生理学・医学賞|ノーベル生理学・医学賞]]授与された。また、[[wj:ブタ|ブタ]]の脳1.5kgから精製されたわずか1 μgの[[脳由来神経栄養因子]] ([[brain-derived neurotrophic factor]], [[BDNF]])蛋白質が突破口となり、1982年に[[w:Yves-Alain Barde|Barde]]と[[w:Hans Thoenen|Thoenen]]によってBDNFが発見された<ref name=Barde1982><pubmed>7188352</pubmed></ref>。 | |||
[[ファイル:Kohara Neurotrophin Fig1.png|サムネイル|'''図1. 4種類の神経栄養因子'''<br>神経栄養因子は、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、neurotrophin-3 (NT-3)、neurotrophin-4/5 (NT-4/5)の4種類の分泌性蛋白質から構成される。神経栄養因子はそれぞれホモ2量体を構成する。]] | [[ファイル:Kohara Neurotrophin Fig1.png|サムネイル|'''図1. 4種類の神経栄養因子'''<br>神経栄養因子は、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、neurotrophin-3 (NT-3)、neurotrophin-4/5 (NT-4/5)の4種類の分泌性蛋白質から構成される。神経栄養因子はそれぞれホモ2量体を構成する。]] | ||
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==種類== | ==種類== | ||
神経栄養因子は、主に、神経成長因子(nerve growth factor/NGF/[[neurotrophin-1]]) <ref name=Zeliadt2013><pubmed>23515326</pubmed></ref>、脳由来神経栄養因子 (brain-derived neurotrophic factor /BDNF /[[neurotrophin-2]]) <ref name=Barde1982><pubmed>7188352</pubmed></ref>、[[neurotrophin-3]] ([[NT-3]]) <ref name=Maisonpierre1990><pubmed>2321006</pubmed></ref>、[[neurotrophin-4/5]] ([[NT-4/5]]) <ref name=Hallbook1991><pubmed>2025430</pubmed></ref><ref name=Ip1992><pubmed>1313578</pubmed></ref>の4種類のファミリー蛋白質が存在することがわかっている('''図1''')。 | |||
==構造== | ==構造== | ||
神経栄養因子は[[シグナル配列]]を含む[[プレプロ神経栄養因子]](prepro-neurotrophin)として最初に合成される。次に、シグナル配列が切断された後、[[プロ神経栄養因子]](pro-neurotrophin)となる<ref name=Lou2005><pubmed>15664176</pubmed></ref>。その後、プロ神経栄養因子は、[[プロテアーゼ]]によって切断されたのち、成熟型の神経栄養因子(mature neurotrophin)となる<ref name=Lou2005><pubmed>15664176</pubmed></ref><ref name=Pang2004><pubmed>15486301</pubmed></ref>('''図2''')。プロ神経栄養因子と成熟型の神経栄養因子はそれぞれホモ2量体を構成する<ref name=Lou2005><pubmed>15664176</pubmed></ref>('''図1''')。 | |||
==発現== | ==発現== | ||
===組織分布=== | ===組織分布=== | ||
NGFは[[心筋]]、[[平滑筋]]、[[脂肪組織]]、[[卵巣]]といった末梢部位の組織に広範囲に発現が分布している。NGFの中枢部位(脳)における発現は、[[網膜]]、[[海馬]]の一部の[[抑制性神経細胞]]など特定の部位においてみられる([https://www.proteinatlas.org/ENSG00000134259-NGF/tissue プロテインアトラスNGF])。 | |||
BDNFは中枢部位において、[[大脳皮質]]、海馬、[[小脳]]などにおいて広く発現する。[[肺]]、心筋、平滑筋、[[精巣上体]]といった末梢部位の組織においても発現がみられる([https://www.proteinatlas.org/ensg00000176697-bdnf/tissue プロテインアトラスBDNF])。 | |||
またNGF、BDNFは[[血清]]、[[血漿]]中にも存在する([https://www.proteinatlas.org/ENSG00000134259-NGF/tissue プロテインアトラスNGF])([https://www.proteinatlas.org/ensg00000176697-bdnf/tissue プロテインアトラスBDNF])。 | |||
===細胞内分布=== | ===細胞内分布=== | ||
NGFとBDNFは、神経活動に依存して遺伝子発現が上昇する<ref name=Zafra1990><pubmed>2170117</pubmed></ref><ref name=Bessho1993><pubmed>7684481</pubmed></ref><ref name=Park2013><pubmed>23254191</pubmed></ref>。BDNFの[[mRNA]]は[[細胞体]]だけでなく[[樹状突起]]にも分布する<ref name=Tongiorgi1997><pubmed>9391005</pubmed></ref>。 | |||
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歴史的に、「神経栄養因子は標的細胞([[シナプス後部]])から放出されて入力神経細胞([[シナプス前部]])へ逆行的に作用する」という説(ドグマ)が古典的に強く信じられていたが<ref name=Huang2001><pubmed>11520916</pubmed></ref>、分子生物学的にタグ標識されたBDNFや[[遺伝子組換え動物]]を用いた近年の研究<ref name=Kohara2001><pubmed>11264540</pubmed></ref><ref name=Kohara2003><pubmed>12853431</pubmed></ref><ref name=Dean2009><pubmed>19448629</pubmed></ref><ref name=Matsuda2009><pubmed>19906967</pubmed></ref><ref name=Dieni2012><pubmed>22412021</pubmed></ref>によってその古典的ドグマは改訂され、BDNFは神経細胞のシナプス前部([[軸索終末]])とシナプス後部([[樹状突起]])の両方から放出されることが明らかになっている<ref name=Park2013><pubmed>23254191</pubmed></ref><ref name=Kohara2001><pubmed>11264540</pubmed></ref><ref name=Kohara2003><pubmed>12853431</pubmed></ref><ref name=Dean2009><pubmed>19448629</pubmed></ref><ref name=Matsuda2009><pubmed>19906967</pubmed></ref><ref name=Dieni2012><pubmed>22412021</pubmed></ref><ref name=Kojima2001><pubmed>11276045</pubmed></ref><ref name=Hartmann2001><pubmed>11689429</pubmed></ref>。 | |||
==機能== | ==機能== | ||
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神経栄養因子はその[[高親和性ニューロトロフィン受容体|高親和性受容体]][[チロシンキナーゼ]][[Trkファミリータンパク質]]([[TrkA]], [[TrkB]], [[TrkC]])の細胞外ドメインと結合する。神経栄養因子と結合したTrkA, TrkB, TrkCは2量体化し、その下流のシグナル経路が活性化される<ref name=Park2013><pubmed>23254191</pubmed></ref><ref name=Huang2001><pubmed>11520916</pubmed></ref>。 | |||
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また神経栄養因子は、[[低親和性神経成長因子受容体|低親和性受容体]][[p75]]の細胞外ドメインにも結合して、p75を活性化し、[[細胞死]]や細胞生存、軸索伸展、シナプス機能などを負の方向に調節する機能を持つ<ref name=Yang2014><pubmed>24746813</pubmed></ref><ref name=Miranda2019><pubmed>31440144</pubmed></ref>。 | |||
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===個体での機能=== | ===個体での機能=== | ||
BDNFは[[記憶]]・[[学習]]形成・維持において重要な機能を持つことが明らかになっている<ref name=Gorski2003><pubmed>14521993</pubmed></ref><ref name=Liu2004><pubmed>15356210</pubmed></ref>。 | |||
==疾患との関わり== | ==疾患との関わり== | ||
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ヒトBDNFの遺伝子の一部に一塩基の変異(前駆体部分に位置する66番目のアミノ酸[[バリン]]が[[メチオニン]]に変異)が起こると([[一塩基多型]]ともいう)、神経活動依存的なBDNFの分泌が抑えられて、[[エピソード記憶]]の低下がみられる<ref name=Egan2003><pubmed>12553913</pubmed></ref>。同様にBDNFの66番目のアミノ酸バリンがメチオニンに変異した遺伝子[[ノックインマウス]]は、記憶学習の低下と不安様行動の増加、海馬の萎縮を示す<ref name=Chen2006><pubmed>17023662</pubmed></ref>。このため、不安障害やうつ病といった精神疾患にBDNF遺伝子の変異が関連している可能性も考えられる。 | |||
脳内でのBDNF発現量低下と[[認知症]]の間に相関があることも明らかになっている<ref name=Miranda2019><pubmed>31440144</pubmed></ref> 。 | |||
==関連項目== | ==関連項目== | ||
高親和性ニューロトロフィン受容体 | * [[高親和性ニューロトロフィン受容体]] | ||
低親和性神経成長因子受容体 | * [[低親和性神経成長因子受容体]] | ||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> |
2020年8月26日 (水) 16:19時点における最新版
小原 圭吾
関西医科大学 附属生命医学研究所 細胞機能部門
DOI:10.14931/bsd.9363 原稿受付日:2020年8月25日 原稿完成日:2020年8月26日
担当編集委員:河崎 洋志(金沢大学 医学系 脳神経医学教室)
英:neurotrophin 独:Neurotrophin 仏:neurotrophine
神経栄養因子は、神経成長因子(nerve growth factor/NGF)、脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor /BDNF)、neurotrophin-3 (NT-3)、neurotrophin-4/5 (NT-4/5)の4種類の分泌性蛋白質から構成される。細胞外に放出された神経栄養因子は、その高親和性受容体であるTrkA, TrkB, TrkC, または低親和性受容体p75と結合することにより、神経細胞の生存、樹状突起や軸索の伸展、シナプス形成、シナプス機能調節、細胞死、記憶学習形成といった極めて広範で多岐にわたる機能を持つことが知られている。
イントロダクション
神経栄養因子は、最初に1950年代にLevi-Montalciniによって神経成長因子(nerve growth factor, NGF)が発見された[1]。この発見により1986年にノーベル生理学・医学賞授与された。また、ブタの脳1.5kgから精製されたわずか1 μgの脳由来神経栄養因子 (brain-derived neurotrophic factor, BDNF)蛋白質が突破口となり、1982年にBardeとThoenenによってBDNFが発見された[2]。
種類
神経栄養因子は、主に、神経成長因子(nerve growth factor/NGF/neurotrophin-1) [1]、脳由来神経栄養因子 (brain-derived neurotrophic factor /BDNF /neurotrophin-2) [2]、neurotrophin-3 (NT-3) [3]、neurotrophin-4/5 (NT-4/5) [4][5]の4種類のファミリー蛋白質が存在することがわかっている(図1)。
構造
神経栄養因子はシグナル配列を含むプレプロ神経栄養因子(prepro-neurotrophin)として最初に合成される。次に、シグナル配列が切断された後、プロ神経栄養因子(pro-neurotrophin)となる[6]。その後、プロ神経栄養因子は、プロテアーゼによって切断されたのち、成熟型の神経栄養因子(mature neurotrophin)となる[6][7](図2)。プロ神経栄養因子と成熟型の神経栄養因子はそれぞれホモ2量体を構成する[6](図1)。
発現
組織分布
NGFは心筋、平滑筋、脂肪組織、卵巣といった末梢部位の組織に広範囲に発現が分布している。NGFの中枢部位(脳)における発現は、網膜、海馬の一部の抑制性神経細胞など特定の部位においてみられる(プロテインアトラスNGF)。
BDNFは中枢部位において、大脳皮質、海馬、小脳などにおいて広く発現する。肺、心筋、平滑筋、精巣上体といった末梢部位の組織においても発現がみられる(プロテインアトラスBDNF)。
またNGF、BDNFは血清、血漿中にも存在する(プロテインアトラスNGF)(プロテインアトラスBDNF)。
細胞内分布
NGFとBDNFは、神経活動に依存して遺伝子発現が上昇する[8][9][10]。BDNFのmRNAは細胞体だけでなく樹状突起にも分布する[11]。
神経栄養因子は小胞体内で合成された後に、ゴルジ体を経て分泌小胞に充填される[6]。
NGF、NT-3、NT-4/5は構成的経路を通って、神経活動非依存的に分泌小胞から細胞外に放出される。BDNFは主に調節的経路を通って、神経活動依存的に有芯顆粒から細胞外に放出される[6]。
歴史的に、「神経栄養因子は標的細胞(シナプス後部)から放出されて入力神経細胞(シナプス前部)へ逆行的に作用する」という説(ドグマ)が古典的に強く信じられていたが[12]、分子生物学的にタグ標識されたBDNFや遺伝子組換え動物を用いた近年の研究[13][14][15][16][17]によってその古典的ドグマは改訂され、BDNFは神経細胞のシナプス前部(軸索終末)とシナプス後部(樹状突起)の両方から放出されることが明らかになっている[10][13][14][15][16][17][18][19]。
機能
分子機能
神経栄養因子はその高親和性受容体チロシンキナーゼTrkファミリータンパク質(TrkA, TrkB, TrkC)の細胞外ドメインと結合する。神経栄養因子と結合したTrkA, TrkB, TrkCは2量体化し、その下流のシグナル経路が活性化される[10][12]。
神経栄養因子はTrkA, TrkB, TrkCを活性化して、神経細胞の生存[10][12]、樹状突起の伸展[10][12][14]、シナプス形成[10][12][20][21][22][23]、シナプス機能を調節する機能[10][12][24]を持つ。
また神経栄養因子は、低親和性受容体p75の細胞外ドメインにも結合して、p75を活性化し、細胞死や細胞生存、軸索伸展、シナプス機能などを負の方向に調節する機能を持つ[25][26]。
NGFは末梢交感神経細胞、知覚神経細胞、コリン作動性神経細胞等の増殖、分化促進、軸索伸展、生存維持する機能を持つ[12][27]。
BDNFは海馬や大脳における神経伝達の長期増強 (long-term potentiation/LTP)の成立・維持に必要であることがわかっている[7][10][12][28][29][30][31]。またプロBDNF(pro-BDNF)は樹状突起の進展を抑制する機能を持つことがわかっている[25][26]。
個体での機能
BDNFは記憶・学習形成・維持において重要な機能を持つことが明らかになっている[32][33]。
疾患との関わり
ヒトBDNFの遺伝子の一部に一塩基の変異(前駆体部分に位置する66番目のアミノ酸バリンがメチオニンに変異)が起こると(一塩基多型ともいう)、神経活動依存的なBDNFの分泌が抑えられて、エピソード記憶の低下がみられる[34]。同様にBDNFの66番目のアミノ酸バリンがメチオニンに変異した遺伝子ノックインマウスは、記憶学習の低下と不安様行動の増加、海馬の萎縮を示す[35]。このため、不安障害やうつ病といった精神疾患にBDNF遺伝子の変異が関連している可能性も考えられる。
脳内でのBDNF発現量低下と認知症の間に相関があることも明らかになっている[26] 。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1
Zeliadt, N. (2013).
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