「脊髄小脳変性症」の版間の差分

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英語名:spinocerebellar degeneration
英:spinocerebellar degeneration 独:spinozerebellärer Degeneration 仏:dégénérescence spinocérébelleuse


英語略:SCD
英語略:SCD
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 同じく1990~2000年代には、分子遺伝学の発達により、遺伝性脊髄小脳変性症の遺伝子座の同定、さらには原因遺伝子の同定が相次いで報告された。今後も次世代シークエンサーなど遺伝子解析手法の発達により、新たな疾患とその原因遺伝子の同定が進むことが予想される。
 同じく1990~2000年代には、分子遺伝学の発達により、遺伝性脊髄小脳変性症の遺伝子座の同定、さらには原因遺伝子の同定が相次いで報告された。今後も次世代シークエンサーなど遺伝子解析手法の発達により、新たな疾患とその原因遺伝子の同定が進むことが予想される。


[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig2.png|サムネイル|'''図2. 脊髄小脳変性症と変性部位'''<br>赤印が、障害部位を示し、濃い印は障害の程度が強いことを示す。参考文献<ref name=Tada2015 />より改変。]]
[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig3.png|サムネイル|'''図3. 大脳小脳の神経連絡'''<br>破線は小脳への入力、実線は小脳からの出力を示す。]]
[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig4.png|サムネイル|'''図4. 脊髄小脳の神経連絡'''<br>破線は小脳への入力、実線は小脳からの出力を示す。]]
[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig5.png|サムネイル|'''図5. 前庭小脳の神経連絡'''<br>破線は小脳への入力、実線は小脳からの出力を示す。]]
== 臨床症状 ==
 小脳やその経路に起因する症状、個々の疾患に合併する他の神経部位に起因する症状 (末梢神経障害や自律神経障害など) を認める。小脳失調は、障害される部位により、様々な症状である<ref name=筧慎治2015>'''筧慎治, 石川享宏, 本多武尊, 三苫博 (2015)'''<br> 【小脳の最新知見-基礎研究と臨床の最前線】小脳は何をしているか 構造と機能の最先端 小脳の機能 平衡、協調運動機能. 医学のあゆみ. 255, 947-954</ref> 。
=== 大脳小脳 (小脳半球外側部) の障害 ===
 [[小脳半球]]外側部と[[歯状核]]からなる[[大脳小脳]]は、[[脊髄]]などの末梢から直接入力は少なく、大脳皮質から[[橋]]を経由して入力を受ける。出力は、[[歯状核]]を起始部として、[[視床]]や[[赤核]]へ入力される。視床から大脳皮質広範囲に投射することにより、四肢の遠位筋の運動制御が行われる。そのため、同部位の障害では、[[運動分解]] (decomposition) や、[[測定異常]] (dysmetria) 、[[反復拮抗運動不能]] (adiadochokinesis) など四肢の運動症状を認める ('''図3''')。
=== 脊髄小脳(小脳虫部、小脳半球内側部)の障害 ===
 [[小脳虫部]]および小脳半球内側部と[[中位核]] ([[球状核]]、[[栓状核]]) からなる[[脊髄小脳]]は、脊髄からの[[触覚]]、[[圧覚]]、[[位置覚]]などの[[体性感覚]]の情報入力を受け、[[前庭]]や[[網様体]]へ投射し、[[前庭脊髄路]]、[[網様体脊髄路]]を経由して脊髄に出力される。これらの出力は、最終的に[[体幹筋]]に支配し[[姿勢制御]]に重要であり、脊髄小脳の障害では、小脳性の体幹失調や歩行障害を起こす ('''図4''')。
=== 前庭小脳 (片葉小節葉) の障害 ===
 [[前庭小脳]] ([[片葉小節葉]]) は、[[三半規管]]や[[耳石器]]などの前庭から入力を受ける。また、[[中脳]]および[[視覚野]]から視覚入力も受ける。前庭小脳からの出力は、[[前庭神経核]]に投射される。同部は、前庭眼反射の制御を行っており、障害されることにより[[眼振]]、眼球測定異常、前庭眼反射の異常などの眼球運動障害を起こす ('''図5''')。


== 診断 ==
== 診断 ==
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! style="text-align:left;"|主要項目
! style="text-align:left;"|主要項目
|-
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| 脊髄小脳変性症は、運動失調を主要症候とする神経変性疾患の総称であり、臨床、病理あるいは遺伝子的に異なるいくつかの病型が含まれる。臨床的には以下の特徴を有する。<br>
| 脊髄小脳変性症は、[[運動失調]]を主要症候とする[[神経変性疾患]]の総称であり、臨床、病理あるいは遺伝子的に異なるいくつかの病型が含まれる。臨床的には以下の特徴を有する。<br>
   
   
① 小脳性ないしは後索性の運動失調又は痙性対麻痺を主要症候とする。<br>
① 小脳性ないしは[[後索性]]の運動失調又は[[痙性対麻痺]]を主要症候とする。<br>
② 徐々に発病し、経過は緩徐進行性である。<br>
② 徐々に発病し、経過は緩徐進行性である。<br>
③ 病型によっては遺伝性を示す。その場合、常染色体優性遺伝性であることが多いが、常染色体あるいはX染色体劣性遺伝性の場合もある。<br>
③ 病型によっては遺伝性を示す。その場合、[[常染色体優性遺伝性]]であることが多いが、常染色体あるいは[[X染色体劣性遺伝性]]の場合もある。<br>
④ その他の症候として、錐体路症候、パーキンソニズム(振戦、筋強剛、無動)、自律神経症候(排尿困難、発汗障害、起立性低血圧)、末梢神経症候(しびれ感、表在感覚低下、深部覚低下)、高次脳機能障害(幻覚[非薬剤性]、失語、失認、失行[肢節運動失行以外])などを示すものがある。<br>
④ その他の症候として、[[錐体路症候]]、[[パーキンソニズム]]([[振戦]]、[[筋強剛]]、[[無動]])、[[自律神経]]症候([[排尿]]困難、[[発汗]]障害、[[起立性低血圧]])、[[末梢神経]]症候([[しびれ感]]、[[表在感覚]]低下、[[深部覚]]低下)、[[高次脳機能障害]]([[幻覚]][非薬剤性]、[[失語]]、[[失認]]、[[失行]][肢節運動失行以外])などを示すものがある。<br>
⑤ 頭部 MRIやX線CTにて、小脳や脳幹の萎縮を認めることが多いが、病型や時期によっては大脳基底核病変や大脳皮質の萎縮などを認めることもある。<br>
⑤ 頭部[[MRI]]やX線[[CT]]にて、小脳や[[脳幹]]の萎縮を認めることが多いが、病型や時期によっては[[大脳基底核]]病変や[[大脳皮質]]の萎縮などを認めることもある。<br>
⑥ 以下の原因によるニ次性小脳失調症を鑑別する:脳血管障害、腫瘍、アルコール中毒、ビタミンB1・B12・葉酸欠乏、薬剤性(フェニトインなど)、炎症[神経梅毒、多発性硬化症、傍腫瘍性小脳炎、免疫介在性小脳炎((橋本脳症、シェーグレン症候群、グルテン失調症、抗GAD (glutamic acid decarboxylase) 抗体小脳炎))、甲状腺機能低下症、低セルロプラスミン血症、脳腱黄色腫症、ミトコンドリア病、二次性痙性対麻痺(脊柱疾患に伴うミエロパチー、脊髄の占拠性病変に伴うミエロパチー、多発性硬化症、視神経脊髄炎、脊髄炎、HTLV-I (Human T-cell leukemia virus type 1) 関連ミエロパチー、アルコール性ミエロパチー、副腎ミエロニューロパチーなど。<br>
⑥ 以下の原因による二次性小脳失調症を鑑別する:[[脳血管障害]]、[[腫瘍]]、[[アルコール]]中毒、[[ビタミンB1]]・[[ビタミンB12|B12]]・[[葉酸]]欠乏、薬剤性([[フェニトイン]]など)、炎症[[神経梅毒]]、[[多発性硬化症]]、[[傍腫瘍性神経症候群#小脳変性症|傍腫瘍性小脳炎]]、[[免疫介在性小脳炎]]([[橋本脳症]]、[[シェーグレン症候群]]、[[グルテン失調症]]、[[抗GAD (glutamic acid decarboxylase)抗体小脳炎]]))、[[甲状腺機能低下症]]、[[低セルロプラスミン血症]]、[[脳腱黄色腫症]]、[[ミトコンドリア病]]、[[二次性痙性対麻痺]]([[脊柱疾患]]に伴う[[ミエロパチー]]、脊髄の占拠性病変に伴うミエロパチー、多発性硬化症、[[視神経脊髄炎]]、[[脊髄炎]]、[[HTLV-I (Human T-cell leukemia virus type 1) 関連ミエロパチー]]、[[アルコール性ミエロパチー]]、[[副腎ミエロニューロパチー]]など。<br>
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 顕性 (優性) 遺伝 を示し、遺伝子座が同定されたものは[[脊髄小脳失調症]] ([[spinocerebellar ataxia]], [[SCA]]) として命名されている。1993年に原因遺伝子が同定された[[spinocerebellar ataxia 1]] ([[SCA1]])から2021年1月の時点で、[[SCA48]]まで同定されている ('''表3''') 。
 顕性 (優性) 遺伝 を示し、遺伝子座が同定されたものは[[脊髄小脳失調症]] ([[spinocerebellar ataxia]], [[SCA]]) として命名されている。1993年に原因遺伝子が同定された[[spinocerebellar ataxia 1]] ([[SCA1]])から2021年1月の時点で、[[SCA48]]まで同定されている ('''表3''') 。


 原因遺伝子により発症年齢が異なるが、SCA1、[[spinocerebellar ataxia 2]] ([[SCA2]])、[[マチャド・ジョセフ病]] ([[Machado-Joseph disease]], [[MJD]]。[[spinocerebellar ataxia 3]], ([[SCA3]]と同義))、[[spinocerebellar ataxia 6]] ([[SCA6]])、[[歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症]] ([[dentatorubral-pallidoluysian atrophy]], [[DRPLA]]) のように遺伝子変異がC(シトシン)、A(アデニン)、G(グアニン)、3塩基の組み合わせである[[CAGリピート]]の異常伸長により発症する疾患は、CAGリピート長が長いほど、発症年齢は若年化し、より重症化する。また親から子に異常遺伝子が伝達される際に、子どものCAGリピート長が親のリピート長より伸長することにより、子供の発症年齢の若年化、症状が重症化する[[表現促進現象]]を認める。ただし、SCA6では、表現促進現象は認められてない<ref name=Ishikawa1997><pubmed>9311738</pubmed></ref> 。
 原因遺伝子により発症年齢が異なるが、SCA1、[[spinocerebellar ataxia 2]] ([[SCA2]])、[[マチャド・ジョセフ病]] ([[Machado-Joseph disease]], [[MJD]]。[[spinocerebellar ataxia 3]] ([[SCA3]])と同義)、[[spinocerebellar ataxia 6]] ([[SCA6]])、[[歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症]] ([[dentatorubral-pallidoluysian atrophy]], [[DRPLA]]) のように遺伝子変異がC(シトシン)、A(アデニン)、G(グアニン)、3塩基の組み合わせである[[CAGリピート]]の異常伸長により発症する疾患は、CAGリピート長が長いほど、発症年齢は若年化し、より重症化する。また親から子に異常遺伝子が伝達される際に、子どものCAGリピート長が親のリピート長より伸長することにより、子供の発症年齢の若年化、症状が重症化する[[表現促進現象]]を認める。ただし、SCA6では、表現促進現象は認められてない<ref name=Ishikawa1997><pubmed>9311738</pubmed></ref> 。


{| class="wikitable"
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==== 潜性遺伝型====
==== 潜性遺伝型====
 [[Friedreich失調症]] ([[Friedreich ataxia]]、[[FRDA]])、[[毛細血管拡張性小脳失調症]] ([[ataxia telangiectasia]]、AT) など一部の疾患を除き、原因遺伝子座が同定されたものは[[常染色体潜性遺伝性脊髄小脳変性症]] ([[spinocerebellar ataxia, autosomal recessive]], [[SCAR]]) と命名され、SCAR28まで同定されている ('''表4''') 。潜性遺伝の脊髄小脳変性症は、一般的に原因遺伝子タンパク質の機能喪失 (loss of function) により発症すると考えられており、そのため若年発症の疾患が多い。
 [[Friedreich失調症]] ([[Friedreich ataxia]]、[[FRDA]])、[[毛細血管拡張性小脳失調症]] ([[ataxia telangiectasia]]、AT) など一部の疾患を除き、原因遺伝子座が同定されたものは[[常染色体潜性遺伝性脊髄小脳失調症]] ([[spinocerebellar ataxia, autosomal recessive]], [[SCAR]]) と命名され、SCAR28まで同定されている ('''表4''') 。潜性遺伝の脊髄小脳変性症は、一般的に原因遺伝子タンパク質の機能喪失 (loss of function) により発症すると考えられており、そのため若年発症の疾患が多い。


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ATLD= [[ataxia-telangiectasia-like disorder]], EAOH=[[early onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia]], AOA=[[ataxia- ocular motor apraxi]]a, SCAN= [[spinocerebellar ataxia with axonal neuropathy]], SCAR=[[spinocerebellar ataxia, autosomal recessive]], GAMOS1= [[Galloway-Mowat syndrome 1]], COQ10D4=[[coenzyme Q10 deficiency, primary, 4]], LIKNS=[[Lichtenstein-Knorr syndrome]], SACS=[[Spastic ataxia, Charlevoix-Saguenay type]], ARSACS=[[autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay]]
ATLD= [[ataxia-telangiectasia-like disorder]], EAOH=[[early onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia]], AOA=[[ataxia- ocular motor apraxi]]a, SCAN= [[spinocerebellar ataxia with axonal neuropathy]], SCAR=[[spinocerebellar ataxia, autosomal recessive]], GAMOS1= [[Galloway-Mowat syndrome 1]], COQ10D4=[[coenzyme Q10 deficiency, primary, 4]], LIKNS=[[Lichtenstein-Knorr syndrome]], SACS=[[Spastic ataxia, Charlevoix-Saguenay type]], ARSACS=[[autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay]]


[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig2.png|サムネイル|'''図2. 脊髄小脳変性症と変性部位'''<br>赤印が、障害部位を示し、濃い印は障害の程度が強いことを示す。参考文献<ref name=Tada2015 />より改変。]]
[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig3.png|サムネイル|'''図3. 大脳小脳の神経連絡'''<br>破線は小脳への入力、実線は小脳からの出力を示す。]]
[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig4.png|サムネイル|'''図4. 脊髄小脳の神経連絡'''<br>破線は小脳への入力、実線は小脳からの出力を示す。]]
[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig5.png|サムネイル|'''図5. 前庭小脳の神経連絡'''<br>破線は小脳への入力、実線は小脳からの出力を示す。]]


== 病態生理 ==
== 症状と病態生理 ==
 人が動作をする際には、小脳による運動制御が必須であるが、その制御を行う際には、脳内に[[内部モデル]]を必要とする「[[内部モデル仮説]]」が提唱されている<ref name=Wolpert1998><pubmed>21227230</pubmed></ref> 。運動に必要な内部モデルの形成、情報処理、最適化において、小脳の役割が重要であると考えられている。
 人が動作をする際には、小脳による運動制御が必須であるが、その制御を行う際には、脳内に[[内部モデル]]を必要とする「[[内部モデル仮説]]」が提唱されている<ref name=Wolpert1998><pubmed>21227230</pubmed></ref> 。運動に必要な内部モデルの形成、情報処理、最適化において、小脳の役割が重要であると考えられている。


314行目: 306行目:
変性の程度を重度(+++)、中等度(++)、軽度(+)で示す。
変性の程度を重度(+++)、中等度(++)、軽度(+)で示す。


 小脳やその経路に起因する症状、個々の疾患に合併する他の神経部位に起因する症状 (末梢神経障害や自律神経障害など) を認める。小脳失調は、障害される部位により、様々な症状である<ref name=筧慎治2015>'''筧慎治, 石川享宏, 本多武尊, 三苫博 (2015)'''<br> 【小脳の最新知見-基礎研究と臨床の最前線】小脳は何をしているか 構造と機能の最先端 小脳の機能 平衡、協調運動機能. 医学のあゆみ. 255, 947-954</ref> 。
=== 大脳小脳 (小脳半球外側部) の障害 ===
 [[小脳半球]]外側部と[[歯状核]]からなる[[大脳小脳]]は、[[脊髄]]などの末梢から直接入力は少なく、大脳皮質から[[橋]]を経由して入力を受ける。出力は、[[歯状核]]を起始部として、[[視床]]や[[赤核]]へ入力される。視床から大脳皮質広範囲に投射することにより、四肢の遠位筋の運動制御が行われる。そのため、同部位の障害では、[[運動分解]] (decomposition) や、[[測定異常]] (dysmetria) 、[[反復拮抗運動不能]] (adiadochokinesis) など四肢の運動症状を認める ('''図3''')。
=== 脊髄小脳(小脳虫部、小脳半球内側部)の障害 ===
 [[小脳虫部]]および小脳半球内側部と[[中位核]] ([[球状核]]、[[栓状核]]) からなる[[脊髄小脳]]は、脊髄からの[[触覚]]、[[圧覚]]、[[位置覚]]などの[[体性感覚]]の情報入力を受け、[[前庭]]や[[網様体]]へ投射し、[[前庭脊髄路]]、[[網様体脊髄路]]を経由して脊髄に出力される。これらの出力は、最終的に[[体幹筋]]に支配し[[姿勢制御]]に重要であり、脊髄小脳の障害では、小脳性の体幹失調や歩行障害を起こす ('''図4''')。
=== 前庭小脳 (片葉小節葉) の障害 ===
 [[前庭小脳]] ([[片葉小節葉]]) は、[[三半規管]]や[[耳石器]]などの前庭から入力を受ける。また、[[中脳]]および[[視覚野]]から視覚入力も受ける。前庭小脳からの出力は、[[前庭神経核]]に投射される。同部は、前庭眼反射の制御を行っており、障害されることにより[[眼振]]、眼球測定異常、前庭眼反射の異常などの眼球運動障害を起こす ('''図5''')。


== 治療 ==
== 治療 ==
 脊髄小脳変性症の根本的治療法は、いまだ確立されていない。
 脊髄小脳変性症の根本的治療法は、いまだ確立されていない。


 本邦で小脳失調症状の改善を目的として、[[甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン]] ([[thyrotropin releasing hormone]], [[TRH]]) 誘導体が使用されている。TRH誘導体使用の経緯は、1970年代初頭に開発された失調症モデルマウスである[[rolling mouse Nagoya]]の解析に由来する<ref name=織田鉄一1973>'''織田鉄一 (1973)'''<br>歩行異常マウスの発見と維持. 実験動物. 22, 281-288</ref> 。このマウスは、のちに[[電位依存性カルシウムチャネル#Cav2_.28N.2C_P.2FQ.2C_R.E5.9E.8B.29|P/Q-type Ca2+ channels]]に変異を有していることが明かとなっている<ref name=Mori2000><pubmed>10908603</pubmed></ref> 。このrolling mouse Nagoyaでは、小脳脳幹部のTRH含有量が減少していること<ref name=祖父江逸郎1977>'''祖父江逸郎 (1977)'''<br> 視床下部ホルモンと中枢神経機能との新しい接点TRHと運動失調との関連をめぐって. 臨床神経学. 17, 791-799</ref> 、小脳ではノルアドレナリン神経終末に異常があることが報告され<ref name=Adachi1975>'''Adachi, K. (1975).'''<br>Changes in the cerebellar noradrenaline nerve terminals of the neurological murine mutant rolling mouse Nagoya : A histofluorescence analysis. Neurobiol and Neurophys. 3, 329-330 [https://ci.nii.ac.jp/naid/10030205506/ PDF]</ref> 、TRHは[[ノルアドレナリン]]のturnoverに関与することなどから、TRH投与が失調症状改善につながると可能性が期待された。実際にrolling mouse Nagoya にTRHを投与により失調症状に有効であることが示され<ref name=小長谷正明1980>'''小長谷正明, 高柳哲也, 室賀辰夫他 (1980)'''<br>RollingmouseNagoyaの脳内ノルアドレナリン代謝とthyrotropinreleasinghormoneの影響. 臨床神経学. 20, 181-188</ref> 、その後本邦の多施設での治験を経て1985年に点滴用TRH製剤である[[プロチレリン酒石酸]]が脊髄小脳変性症の運動失調症状の改善として保険適応となり<ref name=祖父江1982>'''祖父江逸郎, 高柳哲也, 中西孝 (1982).'''<br> 脊髄小脳変性症に対するThyrotropin Releasing Hormone Tartrateの治療研究 二重盲検比較対照臨床試験による検討. 神経研究の進歩. 26, 1190-1214</ref> 、2000年以降は内服のTRH製剤である[[タルチレリン水和物]]が脊髄小脳変性症の運動失調の改善を目的として使用されている<ref name=金澤一郎1997>'''金澤一郎, 里吉栄二郎, 平山惠造他 (1997).'''<br>Taltirelin hydrate(TA-0910)の脊髄小脳変性症に対する臨床評価 プラセボを対照とした臨床第III相二重盲検比較試験. 臨床医薬. 13, 4169-4224</ref> 。タルチレリン水和物の失調症状の改善効果は極めて限定的であり、現在より効果の強いTRH製剤の開発が行われている<ref name=Nishizawa2020><pubmed>31937586</pubmed></ref> 。
 本邦で小脳失調症状の改善を目的として、[[甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン]] ([[thyrotropin releasing hormone]], [[TRH]]) 誘導体が使用されている。TRH誘導体使用の経緯は、1970年代初頭に開発された失調症モデルマウスである[[rolling mouse Nagoya]]の解析に由来する<ref name=織田鉄一1973>'''織田鉄一 (1973)'''<br>歩行異常マウスの発見と維持. 実験動物. 22, 281-288</ref> 。このマウスは、のちに[[電位依存性カルシウムチャネル#Cav2_.28N.2C_P.2FQ.2C_R.E5.9E.8B.29|P/Q-type Ca<sup>2+</sup> channels]]に変異を有していることが明かとなっている<ref name=Mori2000><pubmed>10908603</pubmed></ref> 。このrolling mouse Nagoyaでは、小脳脳幹部のTRH含有量が減少していること<ref name=祖父江逸郎1977>'''祖父江逸郎 (1977)'''<br> 視床下部ホルモンと中枢神経機能との新しい接点TRHと運動失調との関連をめぐって. 臨床神経学. 17, 791-799</ref> 、小脳ではノルアドレナリン神経終末に異常があることが報告され<ref name=Adachi1975>'''Adachi, K. (1975).'''<br>Changes in the cerebellar noradrenaline nerve terminals of the neurological murine mutant rolling mouse Nagoya : A histofluorescence analysis. Neurobiol and Neurophys. 3, 329-330 [https://ci.nii.ac.jp/naid/10030205506/ CiNii]</ref> 、TRHは[[ノルアドレナリン]]のturnoverに関与することなどから、TRH投与が失調症状改善につながると可能性が期待された。実際にrolling mouse Nagoya にTRHを投与により失調症状に有効であることが示され<ref name=小長谷正明1980>'''小長谷正明, 高柳哲也, 室賀辰夫他 (1980)'''<br>RollingmouseNagoyaの脳内ノルアドレナリン代謝とthyrotropinreleasinghormoneの影響. 臨床神経学. 20, 181-188</ref> 、その後本邦の多施設での治験を経て1985年に点滴用TRH製剤である[[プロチレリン酒石酸]]が脊髄小脳変性症の運動失調症状の改善として保険適応となり<ref name=祖父江1982>'''祖父江逸郎, 高柳哲也, 中西孝 (1982).'''<br> 脊髄小脳変性症に対するThyrotropin Releasing Hormone Tartrateの治療研究 二重盲検比較対照臨床試験による検討. 神経研究の進歩. 26, 1190-1214</ref> 、2000年以降は内服のTRH製剤である[[タルチレリン水和物]]が脊髄小脳変性症の運動失調の改善を目的として使用されている<ref name=金澤一郎1997>'''金澤一郎, 里吉栄二郎, 平山惠造他 (1997).'''<br>Taltirelin hydrate(TA-0910)の脊髄小脳変性症に対する臨床評価 プラセボを対照とした臨床第III相二重盲検比較試験. 臨床医薬. 13, 4169-4224</ref> 。タルチレリン水和物の失調症状の改善効果は極めて限定的であり、現在より効果の強いTRH製剤の開発が行われている<ref name=Nishizawa2020><pubmed>31937586</pubmed></ref> 。


 脊髄小脳変性症などの神経変性疾患では、運動機能の維持、合併症の予防目的にリハビリテーションが実施されている。脊髄小脳変性症において、短期集中リハビリテーションが有効であることを日本の「運動失調症の病態解明と治療法開発に関する研究」を中心とする研究班での研究により示されている。このリハビリテーションの研究 (Trial for Cerebellar Ataxia Rehabilitation, CAR trial) では、小脳症状が主体であるSCA6、SCA31、皮質性小脳萎縮症患者に対して、1日1~2時間、週3~7回、4週間のバランスや歩行を中心とした短期集中リハビリテーションにより、運動失調や歩行の改善を認め、かつその効果が半年~1年継続することが示されている<ref name=Miyai2012><pubmed>22140200</pubmed></ref> 。
 脊髄小脳変性症などの神経変性疾患では、運動機能の維持、合併症の予防目的にリハビリテーションが実施されている。脊髄小脳変性症において、短期集中リハビリテーションが有効であることを日本の「運動失調症の病態解明と治療法開発に関する研究」を中心とする研究班での研究により示されている。このリハビリテーションの研究 (Trial for Cerebellar Ataxia Rehabilitation, CAR trial) では、小脳症状が主体であるSCA6、SCA31、皮質性小脳萎縮症患者に対して、1日1~2時間、週3~7回、4週間のバランスや歩行を中心とした短期集中リハビリテーションにより、運動失調や歩行の改善を認め、かつその効果が半年~1年継続することが示されている<ref name=Miyai2012><pubmed>22140200</pubmed></ref> 。
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 弧発性脊髄小脳変性症では多系統萎縮症の頻度が最も高い。多系統萎縮症では、本邦では病初期に小脳症状が主体であるMSA-C (以前はオリーブ橋小脳萎縮症;olivopontocerebellar atrophy;OPCAと診断されていた臨床型) の頻度が高いが<ref name=Ozawa2010><pubmed>20571046</pubmed></ref> 、ヨーロッパや北米では病初期はパーキンソン症状が主体であるMSA-P (以前は線条体黒質変性症;striatonigral degeneration;SNDと診断されていた臨床型) の頻度が高い<ref name=Stefanova2009><pubmed>19909915</pubmed></ref> 。
 弧発性脊髄小脳変性症では多系統萎縮症の頻度が最も高い。多系統萎縮症では、本邦では病初期に小脳症状が主体であるMSA-C (以前はオリーブ橋小脳萎縮症;olivopontocerebellar atrophy;OPCAと診断されていた臨床型) の頻度が高いが<ref name=Ozawa2010><pubmed>20571046</pubmed></ref> 、ヨーロッパや北米では病初期はパーキンソン症状が主体であるMSA-P (以前は線条体黒質変性症;striatonigral degeneration;SNDと診断されていた臨床型) の頻度が高い<ref name=Stefanova2009><pubmed>19909915</pubmed></ref> 。


 遺伝性脊髄小脳変性症も、国や地域により疾患の分布は大きく異なる。世界規模では顕性遺伝のSCDでは、MJD (SCA3)の頻度が最も高く、それに続きSCA2 やSCA6の頻度が高いとされている。日本でもMJD、SCA6の頻度が高く、この他にSCA31の頻度が高い。また、日本国内においても、地域ごとに頻度が異なり、北海道や宮城県ではSCA1が他の地域と比較して頻度は高い。長野県や鳥取県では、MJDよりSCA6の頻度が高い<ref name=石川2015>石川欽也. (2015) <br>【小脳の最新知見-基礎研究と臨床の最前線】小脳の病態 小脳疾患の診療の最前線 日本に多い優性遺伝性脊髄小脳変性症(SCA3、6、31、DRPLA). 医学のあゆみ. 255, 1026-1032</ref> 。
 遺伝性脊髄小脳変性症も、国や地域により疾患の分布は大きく異なる。世界規模では顕性遺伝のSCDでは、MJD (SCA3)の頻度が最も高く、それに続きSCA2 やSCA6の頻度が高いとされている。日本でもMJD、SCA6の頻度が高く、この他にSCA31の頻度が高い。また、日本国内においても、地域ごとに頻度が異なり、北海道や宮城県ではSCA1が他の地域と比較して頻度は高い。長野県や鳥取県では、MJDよりSCA6の頻度が高い<ref name=石川2015>'''石川欽也 (2015).'''<br>【小脳の最新知見-基礎研究と臨床の最前線】小脳の病態 小脳疾患の診療の最前線 日本に多い優性遺伝性脊髄小脳変性症(SCA3、6、31、DRPLA). 医学のあゆみ. 255, 1026-1032</ref> 。


 潜性遺伝の脊髄小脳変性症では、白人ではFriedreich失調症の頻度が最も高いが、日本ではFriedreich失調症は1例も認められてない。一方日本では、Friedreich失調症に類似の臨床症状を示し、眼球運動失行、低アルブミン血症を合併するearly onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia (EAOH) /ataxia-ocular motor apraxia type1 (AOA1) の頻度が高い<ref name=Yokoseki2011><pubmed>21486904</pubmed></ref> 。また、これまで日本からFriedreich失調症として報告されていた症例の多くが、EAOHであると考えられている。
 潜性遺伝の脊髄小脳変性症では、白人ではFriedreich失調症の頻度が最も高いが、日本ではFriedreich失調症は1例も認められてない。一方日本では、Friedreich失調症に類似の臨床症状を示し、眼球運動失行、低アルブミン血症を合併するearly onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia (EAOH) /ataxia-ocular motor apraxia type1 (AOA1) の頻度が高い<ref name=Yokoseki2011><pubmed>21486904</pubmed></ref> 。また、これまで日本からFriedreich失調症として報告されていた症例の多くが、EAOHであると考えられている。


==関連項目==
*[[トリプレット病]]
==参考文献==
==参考文献==
<references />
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