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(ページの作成:「上田洋司、土田邦博 藤田医科大学 医科学研究センター 難病治療学部門 フォリスタチン 英: follistatin •要約 フォリスタチンは、下垂体前葉からの卵胞刺激ホルモン(FSH)分泌を抑制する糖タンパク質として発見された分子量31〜39 kDaの一本鎖構造を持つタンパク質である。スプライシングによりFS315とFS288の2つのアイソフォームが存在し、さら…」)
 
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上田洋司、土田邦博
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藤田医科大学 医科学研究センター 難病治療学部門
<font size="+1">[https://researchmap.jp/AgetaHiroshi 上田 洋司]、[https://researchmap.jp/12043695 土田 邦博]</font><br>
''藤田医科大学 医科学研究センター 難病治療学部門''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年3月25日 原稿完成日:2025年4月4日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/yamagatm 山形 方人](ハーバード大学・脳科学センター)<br>
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フォリスタチン
英: follistatin
英: follistatin


•要約
{{box|text= フォリスタチンは、下垂体前葉からの卵胞刺激ホルモン(FSH)分泌を抑制する糖タンパク質として発見された分子量31〜39 kDaの一本鎖構造を持つタンパク質である。スプライシングによりFS315とFS288の2つのアイソフォームが存在し、さらに分解産物であるFS303も生体内に確認されている。アクチビンと高親和性で結合し、アクチビンの受容体への結合を阻害してシグナル伝達を遮断することで、アクチビンの作用を抑制する。また、マイオスタチンや成長分化因子11 (growth differentiation factor 11; GDF11)、さらには一部の骨形成因子(BMP)にも結合し、これらの阻害因子としても機能することが分かっている。一方で、インヒビンにも弱く結合するが、その生理活性を阻害する作用はない。フォリスタチンは特徴的なフォリスタチンドメインを持ち、TGF-βファミリーとは異なる構造を有するため、両者を区別する必要がある。}}
フォリスタチンは、下垂体前葉からの卵胞刺激ホルモン(FSH)分泌を抑制する糖タンパク質として発見された分子量31〜39 kDaの一本鎖構造を持つタンパク質である。スプライシングによりFS315とFS288の2つのアイソフォームが存在し、さらに分解産物であるFS303も生体内に確認されている。フォリスタチンはアクチビンと高親和性で結合し、アクチビンの受容体への結合を阻害してシグナル伝達を遮断することで、アクチビンの作用を抑制する。また、マイオスタチンやGDF11(growth differentiation factor 11)、さらには一部の骨形成因子(BMP)にも結合し、これらの阻害因子としても機能することが分かっている。一方で、インヒビンにも弱く結合するが、その生理活性を阻害する作用はない。フォリスタチンは特徴的なフォリスタチンドメインを持ち、TGF-βファミリーとは異なる構造を有するため、両者を区別する必要がある。


•はじめに
== フォリスタチンとは ==
ブタの卵胞液からインヒビンを精製する過程で、インヒビンとは異なった分画に下垂体前葉培養系でFSHの分泌を抑制する分子量31〜39kDaのシステインに富んだ一本鎖糖タンパク質が発見され、フォリスタチンと命名された <ref name=Ueno1987><pubmed>3120188</pubmed></ref>。FSHの分泌を抑制する作用はインヒビンと類似している。その後の解析から、アクチビンに高親和性 (Kd:500 pM程度)で結合しその作用を阻害することがわかり、その機能が解明された <ref name=Nakamura1990><pubmed>2106159</pubmed></ref>。TGF-βファミリー分子に細胞外分泌型の阻害結合分子があることが最初にわかった例である。TGF-βファミリー分子であるBMPの機能を阻害するコーディン、ノギンなどのモデルケースとなった。フォリスタチンは、卵巣や卵胞液でアクチビンと複合体を形成しているが、フォリスタチンから遊離したアクチビンは生理活性を示すようになる。フォリスタチンは、アクチビンA, B, ABとの結合と阻害活性が強力であるが、次に親和性が高いのがマイオスタチン、GDF11であり、フォリスタチンはこれらの分子も阻害する。
 [[ブタ]]の[[卵胞]]液から[[インヒビン]]を精製する過程で、インヒビンとは異なった分画に[[下垂体]][[前葉]][[培養]]系で[[FSH]]の分泌を抑制する分子量31〜39kDaの[[システイン]]に富んだ一本鎖[[糖タンパク質]]が発見され、フォリスタチンと命名された<ref name=Ueno1987><pubmed>3120188</pubmed></ref>。FSHの分泌を抑制する作用はインヒビンと類似している。その後の解析から、アクチビンに高親和性 (Kd:500 pM程度)で結合しその作用を阻害することがわかり、その機能が解明された <ref name=Nakamura1990><pubmed>2106159</pubmed></ref>。[[トランスフォーミング成長因子β]] ([[transforming growth factor-β]]; [[TGF-β]])ファミリー分子に細胞外分泌型の阻害結合分子があることが最初にわかった例である。TGF-βファミリー分子である[[骨形成タンパク質]] ([[bone morphogenetic protein]]; [[BMP]])の機能を阻害する[[コーディン]]、[[ノギン]]などのモデルケースとなった。フォリスタチンは、卵巣や卵胞液でアクチビンと複合体を形成しているが、フォリスタチンから遊離したアクチビンは生理活性を示すようになる。フォリスタチンは、[[アクチビンA]]、[[アクチビンB|B]]、[[アクチビンAB|AB]]との結合と阻害活性が強力であるが、次に親和性が高いのが[[マイオスタチン]]、[[成長分化因子11]] ([[growth differentiation factor-11]]; [[GDF11]])であり、フォリスタチンはこれらの分子も阻害する。


• 構造
[[ファイル:Tsuchida Follistatin Fig1.png|サムネイル|'''図1. フォリスタチンとFSTL3(FLRG)''']]
フォリスタチン遺伝子はヒトを含めて種間でよく保存されており、6個のエクソンで構成されている。分子内にシステインに富んだ3個のフォリスタチンドメイン (FSD)を持つ糖付加ポリペプチドをコードする。6番目のエクソンのスプライシングの違いにより、FS315とFS288の2つのバリアントが産生される。FS288は細胞との結合性が高く、アクチビン結合能と阻害活性がFS315より強い <ref name=Shimasaki1988><pubmed>3380788</pubmed></ref> <ref name=Hashimoto1997><pubmed>9153241</pubmed></ref>
[[ファイル:2b0u.pdb|サムネイル|'''図2. アクチビンとフォリスタチンの結合'''<br>内部のアクチビン(シアン、青)をフォリスタチンが包み込む構造を取る。[https://www.rcsb.org/structure/2B0U PDB 2B0U]]]
フォリスタチンは、アクチビンと結合していないフリーの状態では、カルボキシル末端の酸性領域とFSD1の塩基性領域/ヘパリン結合領域とが相互作用しFS288よりもコンパクトな高次構造を取ると考えられている <ref name=Lerch2007><pubmed>17409095</pubmed></ref>。アクチビンと結合すると、その相互作用はなくなり、FS315と類似したオープンな高次構造をとる(図2、3)。
[[ファイル:Tsuchida Follistatin Fig3.png|サムネイル|'''図3A. アクチビンと受容体の結合の模式図<br>B. フォリスタチンによるアクチビンのシグナル伝達の阻害の模式図'''<br>中央がアクチビン(赤)
フォリスタチンには、N末端領域(FSN)と3つのFSドメイン(FSD1, FSD2, FSD3)が存在する。各FSドメインは10個のシステインを含んでおり、Kazal型のプロテアーゼインヒビターと構造上の類似性が見られるが、その活性は検出されない。アクチビンとの結合と阻害活性には全体の分子構造が重要であるが、1、2番目のFSドメイン(FSD1, FSD2)が特に重要である。
]]
アクチビン・フォリスタチンは1:2のモル比率で結合する。アクチビンの二量体に2つのフォリスタチン分子が囲い込むように結合する(図2、3)。アクチビンのフォリスタチンへの親和性はアクチビン受容体よりも強い。FSD1とFSD2でアクチビンのII型受容体への結合領域をふさぎ込む形をとる。FSNドメインは、主にI型受容体への結合領域をカバーしている <ref name=Greenwald2004><pubmed>15304227</pubmed></ref>。FSNドメインは、2分子目のフォリスタチンのFSD3と相互作用する<ref name=Cash2012><pubmed>22052913</pubmed></ref>(図3)。こういった機構によって、アクチビンはフォリスタチンに完全に包み込まれ、受容体に結合できずシグナル伝達は遮断された状態になる <ref name=Thompson2005><pubmed>16198295</pubmed></ref> <ref name=Harrington2006><pubmed>16482217</pubmed></ref> <ref name=Lerch2007><pubmed>17409095</pubmed></ref>。3番目のカルボキシル側のFSD3を欠損させてもアクチビン結合は保たれているが、1:1の結合になる <ref name=Cash2012><pubmed>22052913</pubmed></ref>。FSNドメインを保持しつつFSD1を連結させた人為的変異体は、アクチビンとの結合は欠くが、マイオスタチンとの結合と阻害活性は保たれており筋肉量を増加させる作用を持つ <ref name=Nakatani2011><pubmed>21205933</pubmed></ref><ref name=Nakatani2008><pubmed>17893249</pubmed></ref>{Cash, 2012 #162}。


• サブファミリー
== 構造 ==
TGF-βファミリーに結合するフォリスタチンのファミリー分子としては、FSTL3(FLRG)が知られている。FSTL3は263個のアミノ酸からなるペプチドホルモンで、FSTL3はフォリスタチンと異なり、N末端ドメイン(FSN)と2つのFSドメイン (FSD1, FSD2)しか待たない(図1)。TGF-βファミリーとの結合特性はフォリスタチンと類似している <ref name=Tsuchida2000><pubmed>11010968</pubmed></ref> <ref name=Sidis2006><pubmed>16627583</pubmed></ref><ref name=Tsuchida2001><pubmed>11451568</pubmed></ref>。FSTL3の場合は、FSNでI型受容体結合部位をふさぎ、FSD1, FSD2でII型受容体との結合を阻害する。なお、FSTL3のFSD2のみでアクチビンに結合でき、アクチビンを精製することが可能である <ref name=Tsuchida2000><pubmed>11010968</pubmed></ref> <ref name=Arai2006><pubmed>16737827</pubmed></ref>。FSTN3のFSNはマイオスタチンとの結合に関与しリガンドの特異性に寄与する {Cash, 2012 #161}。質量分析解析によりFSTN3は血液中でマイオスタチンと結合することが報告されている <ref name=Hill2002><pubmed>12194980</pubmed></ref>。アクチビンやマイオスタチンがフォリスタチン、FSTN3から遊離する機構は不明点が多いがプロテアーゼであるトロイド(Tolloid)の関与が報告されている <ref name=Walker2018><pubmed>29348202</pubmed></ref>。フォリスタチンとFSTL3以外にもFSドメインを持つ分子は存在するがアクチビン結合活性は詳しく検証されていない。
 フォリスタチン遺伝子は[[ヒト]]を含めて種間でよく保存されており、6個の[[エクソン]]で構成されている。6番目のエクソンのスプライシングの違いにより、[[FS315]]と[[FS288]]の2つのバリアントが産生される。さらに分解産物である[[FS303]]も生体内に確認されている('''図1''')。FS288は細胞との結合性が高く、アクチビン結合能と阻害活性がFS315より強い <ref name=Shimasaki1988><pubmed>3380788</pubmed></ref><ref name=Hashimoto1997><pubmed>9153241</pubmed></ref>


立体構造の解析も進んでおり、PDBデータベースで確認することができる。
 フォリスタチンタンパク質は分子内にN末端領域(FSN)と[[システイン]]に富んだ3個の[[フォリスタチンドメイン]] (FSD1-3)を持つ糖付加ポリペプチドである。各FSDは10個のシステインを含んでおり、Kazal型の[[プロテアーゼインヒビター]]と構造上の類似性が見られるが、その活性は検出されない。
フォリスタチンとアクチビンの複合体 2B0U, 2ARP, 2P6A
<ref name=Thompson2005><pubmed>16198295</pubmed></ref> <ref name=Lin2006><pubmed>16885528</pubmed></ref> <ref name=Lerch2007><pubmed>17409095</pubmed></ref>(図2、3)
FSTL3(FLRG)とアクチビンの複合体 3B4V
<ref name=Stamler2008><pubmed>18768470</pubmed></ref>
フォリスタチンとマイオスタチンの複合体 3HH2
<ref name=Cash2009><pubmed>19644449</pubmed></ref>
FSTL3 (FLRG)とマイオスタチンの複合体 3SEK
{Cash, 2012 #315}


• 発現(組織分布、細胞内分布)
 アクチビンとの結合と阻害活性には全体の分子構造が重要であるが、FSD1、FSD2が特に重要である。アクチビンと結合していないフリーの状態では、カルボキシル末端の酸性領域とFSD1の塩基性領域/ヘパリン結合領域とが相互作用しFS288よりもコンパクトな高次構造を取ると考えられている <ref name=Lerch2007><pubmed>17409095</pubmed></ref>。アクチビンと結合すると、その相互作用はなくなり、FS315と類似したオープンな高次構造をとる('''図2、3''')。アクチビン・フォリスタチンは1:2のモル比率で結合する。アクチビンの二量体に2つのフォリスタチン分子が囲い込むように結合する('''図2、3''')。FSD1とFSD2でアクチビンの[[II型受容体]]への結合領域をふさぎ込む形をとる。FSNドメインは、主に[[I型受容体]]への結合領域をカバーしている <ref name=Greenwald2004><pubmed>15304227</pubmed></ref>。さらにFSNドメインは、2分子目のフォリスタチンのFSD3と相互作用することで二量体に関与する<ref name=Cash2012a><pubmed> 22593183 </pubmed></ref>('''図3''')。全体として、アクチビンのフォリスタチンへの親和性はアクチビン受容体よりも強い。こういった機構によって、アクチビンはフォリスタチンに完全に包み込まれ、受容体に結合できずシグナル伝達は遮断された状態になる<ref name=Thompson2005><pubmed>16198295</pubmed></ref><ref name=Harrington2006><pubmed>16482217</pubmed></ref><ref name=Lerch2007><pubmed>17409095</pubmed></ref>。
フォリスタチンのmRNAとタンパク質は、マウス、ラット、ヒトの多くの組織で発現が見られるが、卵巣、下垂体、腎臓での発現が高い。脳組織、神経系での内在性の発現は少ない。FSTN3(FLRG)のmRNAとタンパク質は、胎盤、骨髄、精巣、腎臓,骨格筋、肺での発現が高い。フォリスタチンは、アクチビン以外にGDF11を阻害する。GDF11は、嗅上皮 における神経新生に関与している。アンタゴニストであるフォリスタチンを欠損させたマウスは、神経新生の劇的な減少を示す <ref name=Wu2003><pubmed>12546816</pubmed></ref>。


• 機能(できればタンパク質としての機能と個体での機能を分けて)
 3番目のカルボキシル側のFSD3を欠損させてもアクチビン結合は保たれているが、1:1の結合になる <ref name=Cash2012a></ref>。FSNドメインを保持しつつFSD1を連結させた人為的変異体は、アクチビンとの結合は欠くが、[[マイオスタチン]]との結合と阻害活性は保たれており筋肉量を増加させる作用を持つ <ref name=Nakatani2011><pubmed>21205933</pubmed></ref><ref name=Nakatani2008><pubmed>17893249</pubmed></ref><ref name=Cash2012a></ref>。
フォリスタチンは細胞外でアクチビンA, B, ABと高親和性で結合しその作用を抑制する(図4)。このことからアクチビンの作用を研究するための阻害分子として用いられることが多く有用である。上述のように、フォリスタチンは、アクチビンとモル比2:1で高親和性で結合し強く阻害する。アクチビンとの親和性と阻害活性は相関する。FS288の場合は,ヘパラン硫酸を介して細胞表層のプロテオグリカンに親和性があり、結合したアクチビンを細胞内にエンドサイトーシスの機構で取り込み分解する作用を有する<ref name=Hashimoto1997><pubmed>9153241</pubmed></ref>。FS315にはその作用はない。
フォリスタチンは、下垂体組織中での局所的なパラクリン作用でアクチビンの作用に対して阻害的に働く。アクチビンによってフォリスタチンの発現は上方制御されるが、これは一種のフィードバック機能と言える。生殖腺でもパラクライン作用でアクチビンを阻害する。なお、フォリスタチンは、マイオスタチン、GDF11に対しても阻害効果を持つ。


ノックアウト(KO)マウスの表現型
== サブファミリー ==
 フォリスタチンの全身型のKOマウスが作成されている。肺胞膨張不全のため、生後数時間で死亡するが、成長遅延、横隔膜や肋間筋量の低下、口蓋や肋骨の部分的欠損・形成異常、頬髭と歯の異常、皮膚では光沢を持ち張りのある表現型が見られる <ref name=Matzuk1995><pubmed>7885475</pubmed></ref>。これらの表現型は、フォリスタチンがアクチビンのみならず他のTGF-βファミリーの活性を生体内で制御していることを示している。筋量低下はマイオスタチン阻害が解除されたためと推測される。
 TGF-βファミリーに結合するフォリスタチンのファミリー分子としては、[[フォリスタチン関連タンパク質3]] ([[follistatin-like 3]]; [[FSTL3]]または[[follistatin related gene]]; [[FLRG]])が知られている。FSTL3は263個のアミノ酸からなるペプチドホルモンで、FSTL3はフォリスタチンと異なり、N末端ドメイン(FSN)と2つのFSドメイン (FSD1、FSD2)しか待たない('''図1''')。TGF-βファミリーとの結合特性はフォリスタチンと類似している <ref name=Tsuchida2000><pubmed>11010968</pubmed></ref><ref name=Sidis2006><pubmed>16627583</pubmed></ref><ref name=Tsuchida2001><pubmed>11451568</pubmed></ref>。FSTL3の場合は、FSNでI型受容体結合部位をふさぎ、FSD1、FSD2でII型受容体との結合を阻害する。なお、FSTL3のFSD2のみでアクチビンに結合でき、アクチビンを精製することが可能である <ref name=Tsuchida2000><pubmed>11010968</pubmed></ref><ref name=Arai2006><pubmed>16737827</pubmed></ref>。FSTN3のFSNはマイオスタチンとの結合に関与しリガンドの特異性に寄与する<ref name=Cash2012b></ref>。
 FSTL3(FLRG)のKOマウスは、成体まで生存するが、膵ベータ細胞は過形成を示し、膵島の数と大きさが増す。それに伴い、内臓脂肪量は低下し、耐糖能は改善しインスリン感受性が促進される。また、肝硬変と軽度高血圧を示すが、筋量や体重には変化は見られない <ref name=Mukherjee2007><pubmed>17229845</pubmed></ref>。


神経系とフォリスタチン
 [[質量分析]]解析によりFSTN3は血液中でマイオスタチンと結合することが報告されている <ref name=Hill2002><pubmed>12194980</pubmed></ref>。アクチビンやマイオスタチンがフォリスタチン、FSTN3から遊離する機構は不明点が多いが[[プロテアーゼ]]である[[トロイド]]([[Tolloid]])の関与が報告されている <ref name=Walker2018><pubmed>29348202</pubmed></ref>。フォリスタチンとFSTL3以外にもFSドメインを持つ分子は存在するがアクチビン結合活性は詳しく検証されていない。
発生過程において、セグメント構造を示す後脳原基の菱形脳において、フォリスタチンは偶数の菱形脳 (r2, 4, 6)で発現するがr3では発現しない。このことから、Krox-20により転写抑制されると考えられている <ref name=Seitanidou1997><pubmed>9256343</pubmed></ref>。フォリスタチンの成体の神経系での発現は低い。前脳特異的な発現を示すαCaMKIIプロモーターを用いることで作成されたフォリスタチンの過剰発現遺伝子改変マウスでは、オープンフィールドテストや明暗試験、新規物体認識試験の結果から活動性の低下と不安行動の増加が報告されている。さらに、神経細胞新生や生存の低下が見られる。これらの表現型はアクチビン阻害によるものと考えられている <ref name=Ageta2008><pubmed>18382659</pubmed></ref>。アクチビンは海馬歯状回やCA1での後期長期増強(L-LTP)に必須であるが、フォリスタチンはそれを阻害する <ref name=Ageta2010><pubmed>20332189</pubmed></ref>。獲得された記憶は初期は海馬依存性であり、やがて皮質で記憶形成される。成人における神経新生は、海馬依存的な連合恐怖記憶に関係する。また、フォリスタチンを前脳特異的に強制発現させたマウスでは、海馬での神経新生が抑制されており、海馬依存性の記憶の長期維持が促進される <ref name=Kitamura2009><pubmed>19914173</pubmed></ref>。
フォリスタチンやFSTN3はマイオスタチン阻害作用も強力であり、筋肥大効果が期待できる。そのため、遺伝性筋疾患の治療にこれらを利活用する研究が推進されている。フォリスタチンの骨格筋特異的な遺伝子強制発現マウスは顕著な筋肥大を示す <ref name=Lee2001><pubmed>11459935</pubmed></ref>。以前より、マイオスタチンKOマウスは顕著な筋肥大を示すことが知られていたが、フォリスタチン過剰発現マウスと組合わせることでさらに筋量が増す <ref name=McPherron1997><pubmed>9139826</pubmed></ref> <ref name=Lee2007><pubmed>17726519</pubmed></ref> <ref name=Lee2010><pubmed>20810712</pubmed></ref>。これらの結果から、フォリスタチンは生体内でマイオスタチンとアクチビンの両者を阻害し、アクチビンも筋量調節に寄与すると考察されている。血液中のアクチビン濃度は齧歯類より霊長類の方が4倍程度高いが共に1ng/ml以下である。逆に、マイオスタチンの血液濃度はマウスでは40ng/ml程度と高いが霊長類やラットでは10ng/ml以下とされている。マウスでマイオスタチン阻害が強力に筋肥大を示すのはその高い血中濃度のためと推測されている <ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref>。様々なアプローチによるマイオスタチン阻害が考えられるが、フォリスタチンやFSTN3もその有力な候補である<ref name=Tsuchida2009><pubmed>19538713</pubmed></ref><ref name=Saitoh2020><pubmed>31874826</pubmed></ref> <ref name=Lee2021><pubmed>33938454</pubmed></ref><ref name=Ozawa2021><pubmed>34113826</pubmed></ref>。
ヒトへのマイオスタチン阻害剤投与の治験では筋肥大効果は奏功を示していないのが現状である <ref name=Wagner2020><pubmed>32773450</pubmed></ref> <ref name=Suh2020><pubmed>32911580</pubmed></ref>。ヒトを含めた霊長類では、筋肉量の調節はアクチビンとマイオスタチンの両者によって制御されている可能性が示唆されており、アクチビンAがより重要ではないかと考察されている <ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref>


• 疾患との関わり
 立体構造の解析も進んでおり、PDBデータベースで確認することができる'''(表)'''。
フォリスタチンが持つマイオスタチンおよびアクチビン阻害活性を利用して、筋ジストロフィーなどの神経筋疾患への治療応用が期待されている。ウイルスベクターを用いた方法や安定性を増すために免疫グロブリンとの融合タンパク質や一部のドメイン構造のみを利用した手法が試みられている <ref name=Kota2009><pubmed>20368179</pubmed></ref><ref name=Rodino-Klapac2009><pubmed>19208403</pubmed></ref>。脊髄性筋萎縮症 (SMA, spinal muscular atrophy)やサルコペニアに対してマイオスタチン/アクチビン阻害療法が有効である可能性があり <ref name=Crawford2024><pubmed>38330285</pubmed></ref> <ref name=Servais2024><pubmed>39408601</pubmed></ref> <ref name=Bromer2025><pubmed>39887865</pubmed></ref>、今後の研究の展開に期待したい。


• 関連語
{| class="wikitable"
長期増強
|+表. フォリスタチンの立体構造
! 構造 !! PDB !! 参考文献
|-
| フォリスタチンとアクチビン複合体 || [https://www.rcsb.org/structure/2B0U 2B0U]、[https://www.rcsb.org/structure/2ARP 2ARP]、[https://www.rcsb.org/structure/2P6A 2P6A]|| <ref name=Thompson2005><pubmed>16198295</pubmed></ref><ref name=Lin2006><pubmed>16885528</pubmed></ref><ref name=Lerch2007><pubmed>17409095</pubmed></ref>
|-
| FSTL3(FLRG)とアクチビン複合体 || [https://www.rcsb.org/structure/3B4V 3B4V]|| <ref name=Stamler2008><pubmed>18768470</pubmed></ref>
|-
| フォリスタチンとマイオスタチン複合体 || [https://www.rcsb.org/structure/3HH2 3HH2]|| <ref name=Cash2009><pubmed>19644449</pubmed></ref>
|-
| FSTL3 (FLRG)とマイオスタチン複合体  || [https://www.rcsb.org/structure/3SEK 3SEK]|| <ref name=Cash2012b><pubmed>22052913</pubmed></ref>
|}


== 発現 ==
 フォリスタチンのmRNAとタンパク質は、[[マウス]]、[[ラット]]、ヒトの多くの組織で発現が見られるが、卵巣、下垂体、[[腎臓]]での発現が高い。脳組織、神経系での内在性の発現は少ない。FSTN3(FLRG)のmRNAとタンパク質は、[[胎盤]]、[[骨髄]]、[[精巣]]、腎臓、[[骨格筋]]、[[肺]]での発現が高い。フォリスタチンは、アクチビン以外にGDF11を阻害する。GDF11は、[[嗅上皮]]における[[神経新生]]に関与している。[[アンタゴニスト]]であるフォリスタチンを欠損させたマウスは、神経新生の劇的な減少を示す <ref name=Wu2003><pubmed>12546816</pubmed></ref>。


参考文献
[[ファイル:Tsuchida Follistatin Fig4.png|サムネイル|'''図4. アクチビンのシグナル伝達の概要''']]
== 機能 ==
 フォリスタチンは細胞外でアクチビンA、B、ABと高親和性で結合しその作用を抑制する('''図4''')。このことからアクチビンの作用を研究するための阻害分子として用いられることが多く有用である。上述のように、フォリスタチンは、アクチビンとモル比2:1で高親和性で結合し強く阻害する。アクチビンとの親和性と阻害活性は相関する。FS288の場合は、[[ヘパラン硫酸]]を介して細胞表層の[[プロテオグリカン]]に親和性があり、結合したアクチビンを細胞内に[[エンドサイトーシス]]の機構で取り込み分解する作用を有する<ref name=Hashimoto1997><pubmed>9153241</pubmed></ref>。FS315にはその作用はない。
 
 フォリスタチンは、下垂体組織中での局所的な[[パラクリン]]作用でアクチビンの作用に対して阻害的に働く。アクチビンによってフォリスタチンの発現は上方制御されるが、これは一種の[[フィードバック]]機能と言える。生殖腺でもパラクライン作用でアクチビンを阻害する。なお、フォリスタチンは、マイオスタチン、GDF11に対しても阻害効果を持つ。
 
=== ノックアウトマウスの表現型 ===
 フォリスタチンの全身型の[[ノックアウトマウス]]が作成されている。[[肺胞]]膨張不全のため、生後数時間で死亡するが、成長遅延、[[横隔膜]]や[[肋間筋]]量の低下、[[口蓋]]や[[肋骨]]の部分的欠損・形成異常、[[頬髭]]と[[歯]]の異常、皮膚では光沢を持ち張りのある表現型が見られる <ref name=Matzuk1995><pubmed>7885475</pubmed></ref>。これらの表現型は、フォリスタチンがアクチビンのみならず他のTGF-βファミリーの活性を生体内で制御していることを示している。筋量低下はマイオスタチン阻害が解除されたためと推測される。
 
 FSTL3(FLRG)のノックアウトマウスは、成体まで生存するが、膵[[β細胞]]は過形成を示し、[[膵島]]の数と大きさが増す。それに伴い、[[内臓脂肪]]量は低下し、[[耐糖能]]は改善し[[インスリン]]感受性が促進される。また、[[肝硬変]]と軽度[[高血圧]]を示すが、筋量や体重には変化は見られない <ref name=Mukherjee2007><pubmed>17229845</pubmed></ref>。
 
=== 神経系とフォリスタチン ===
 発生過程において、セグメント構造を示す[[後脳]]原基の[[菱形脳]]において、フォリスタチンは偶数の菱形脳 (r2、4、6)で発現するがr3では発現しない。このことから、[[Krox-20]]により転写抑制されると考えられている <ref name=Seitanidou1997><pubmed>9256343</pubmed></ref>。
 
 フォリスタチンの成体の神経系での発現は低い。[[前脳]]特異的な発現を示す[[αCaMKII]][[プロモーター]]を用いることで作成されたフォリスタチンの過剰発現遺伝子改変マウスでは、[[オープンフィールドテスト]]や[[明暗試験]]、[[新規物体認識試験]]の結果から活動性の低下と[[不安]]行動の増加が報告されている。さらに、[[神経新生]]や生存の低下が見られる。これらの表現型はアクチビン阻害によるものと考えられている <ref name=Ageta2008><pubmed>18382659</pubmed></ref>。アクチビンは[[海馬]][[歯状回]]や[[CA1]]での[[後期長期増強]]([[L-LTP]])に必須であるが、フォリスタチンはそれを阻害する <ref name=Ageta2010><pubmed>20332189</pubmed></ref>。記憶は初期は海馬依存性であり、やがて皮質に移行する、[[記憶固定化]]という段階を経るが、海馬での神経新生が低下した前脳特異的過剰発現マウスでは、このプロセスが遅延し、海馬依存性の期間が長くなる<ref name=Kitamura2009><pubmed>19914173</pubmed></ref>。
 
 フォリスタチンやFSTN3はマイオスタチン阻害作用も強力であり、筋肥大効果が期待できる。そのため、遺伝性筋疾患の治療にこれらを利活用する研究が推進されている。フォリスタチンの骨格筋特異的な遺伝子強制発現マウスは顕著な筋肥大を示す <ref name=Lee2001><pubmed>11459935</pubmed></ref>。以前より、マイオスタチンノックアウトマウスは顕著な筋肥大を示すことが知られていたが、フォリスタチン過剰発現マウスと組合わせることでさらに筋量が増す <ref name=McPherron1997><pubmed>9139826</pubmed></ref><ref name=Lee2007><pubmed>17726519</pubmed></ref><ref name=Lee2010><pubmed>20810712</pubmed></ref>。これらの結果から、フォリスタチンは生体内でマイオスタチンとアクチビンの両者を阻害し、アクチビンも筋量調節に寄与すると考察されている。血液中のアクチビン濃度は[[齧歯類]]より霊長類の方が4倍程度高いが共に1ng/ml以下である。逆に、マイオスタチンの血液濃度はマウスでは40ng/ml程度と高いが霊長類やラットでは10ng/ml以下とされている。マウスでマイオスタチン阻害が強力に筋肥大を示すのはその高い血中濃度のためと推測されている <ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref>。様々なアプローチによるマイオスタチン阻害が考えられるが、フォリスタチンやFSTN3もその有力な候補である<ref name=Tsuchida2009><pubmed>19538713</pubmed></ref><ref name=Saitoh2020><pubmed>31874826</pubmed></ref><ref name=Lee2021><pubmed>33938454</pubmed></ref><ref name=Ozawa2021><pubmed>34113826</pubmed></ref>。
 
 ヒトへのマイオスタチン阻害剤投与の治験では筋肥大効果は奏功を示していないのが現状である <ref name=Wagner2020><pubmed>32773450</pubmed></ref><ref name=Suh2020><pubmed>32911580</pubmed></ref>。ヒトを含めた霊長類では、筋肉量の調節はアクチビンとマイオスタチンの両者によって制御されている可能性が示唆されており、アクチビンAがより重要ではないかと考察されている <ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref>。
 
== 疾患との関わり ==
 フォリスタチンが持つマイオスタチンおよびアクチビン阻害活性を利用して、[[筋ジストロフィー]]などの神経筋疾患への治療応用が期待されている。[[ウイルスベクター]]を用いた方法や安定性を増すために[[免疫グロブリン]]との融合タンパク質や一部のドメイン構造のみを利用した手法が試みられている <ref name=Kota2009><pubmed>20368179</pubmed></ref><ref name=Rodino-Klapac2009><pubmed>19208403</pubmed></ref>。[[脊髄性筋萎縮症]] ([[spinal muscular atrophy]]; [[SMA]])や[[サルコペニア]]に対してマイオスタチン/アクチビン阻害療法が有効である可能性があり <ref name=Crawford2024><pubmed>38330285</pubmed></ref><ref name=Servais2024><pubmed>39408601</pubmed></ref><ref name=Bromer2025><pubmed>39887865</pubmed></ref>、今後の研究の展開に期待したい。
 
== 関連語 ==
*[[長期増強]]
*[[アクチビン]]
*[[マイオスタチン]]
 
== 参考文献 ==