「Forebrain embryonic zinc fingerファミリー」の版間の差分

 
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<font size="+1">[https://researchmap.jp/masahikohibi 日比 正彦]</font><br>
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''国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学''<br>
''国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2026年3月18日 原稿完成日:2026年3月XX日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2026年3月18日 原稿完成日:2026年3月20日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/hiroshikawasaki 河崎 洋志](金沢大学 医学系 脳神経医学教室)<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/hiroshikawasaki 河崎 洋志](金沢大学 医学系 脳神経医学教室)<br>
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英略称:Fez family
英略称:Fez family


{{box|text= C2H2型ジンクフィンガーを有する転写因子群であり、神経系の発生、神経細胞分化、軸索投射、および神経回路形成に重要な役割を果たす<ref name=Eckler2014><pubmed>24913420</pubmed></ref><ref name=Shimizu2009><pubmed>19222525</pubmed></ref>。脊椎動物では主に ''Fezf1''(''Fez'')と ''Fezf2''(Fezl、''Zfp312'') の2つの遺伝子が存在し、前脳形成や大脳皮質ニューロンのサブタイプ決定に関与する。一方、無脊椎動物にも相同遺伝子が存在し、ショウジョウバエでは ''Earmuff''(''erm'')/''dFezf'' が神経前駆細胞の分化制御や視覚系神経回路の層特異的接続形成に関与することが示されている。''Fez''ファミリーは、前方神経系の形成、神経細胞分化、神経回路形成を制御する進化的に保存された転写因子群として理解されている。}}
{{box|text= C2H2型ジンクフィンガーを有する転写因子群であり、神経系の発生、神経細胞分化、軸索投射、および神経回路形成に重要な役割を果たす<ref name=Eckler2014><pubmed>24913420</pubmed></ref><ref name=Shimizu2009><pubmed>19222525</pubmed></ref>。脊椎動物では主に ''Fezf1''(''Fez'')と ''Fezf2''(''Fezl''、''Zfp312'') の2つの遺伝子が存在し、前脳形成や大脳皮質ニューロンのサブタイプ決定に関与する。一方、無脊椎動物にも相同遺伝子が存在し、ショウジョウバエでは ''Earmuff''(''erm'')/''dFezf'' が神経前駆細胞の分化制御や視覚系神経回路の層特異的接続形成に関与することが示されている。''Fez''ファミリーは、前方神経系の形成、神経細胞分化、神経回路形成を制御する進化的に保存された転写因子群として理解されている。}}


== Fezファミリーとは ==
== Fezファミリーとは ==
 [[脊椎動物]]の[[前脳]]発生に関与する遺伝子として同定された[[転写因子]]群である('''表''')。名称は Forebrain embryonic zinc finger(Fez)に由来する。
 [[脊椎動物]]の[[前脳]]発生に関与する遺伝子として同定された[[転写因子]]群である('''表''')。名称は Forebrain embryonic zinc finger(Fez)に由来する。


 ''[[Fezf1]]''(''[[Fez]]'') は、[[骨形成タンパク質]] ([[bone morphogenetic protein]]s; [[BMP]])シグナル阻害因子である[[ノギン]]([[Noggin]])の[[過剰発現]]によって前方神経組織へと誘導された[[アフリカツメガエル]]の[[アニマルキャップ]]で発現する遺伝子として最初に同定された<ref name=Matsuo-Takasaki2000><pubmed>10781957</pubmed></ref>。
 ''[[fezf1]]''(''[[fez]]'') は、[[骨形成タンパク質]] ([[bone morphogenetic protein]]s; [[BMP]])シグナル阻害因子である[[ノギン]]([[Noggin]])の[[過剰発現]]によって前方神経組織へと誘導された[[アフリカツメガエル]]の[[アニマルキャップ]]で発現する遺伝子として最初に同定された<ref name=Matsuo-Takasaki2000><pubmed>10781957</pubmed></ref>。


 一方、''[[fezf2]]''(''[[fez-like]]; [[fezl]]'') は、前方神経組織の拡大を誘導する[[Wnt]]シグナル阻害因子[[Dkk1]]を[[ゼブラフィッシュ]]で過剰発現させた際に発現が上昇する遺伝子として同定された<ref name=Hashimoto2000><pubmed>11025224</pubmed></ref>。
 一方、''[[fezf2]]''(''[[fez-like]]; [[fezl]]'') は、前方神経組織の拡大を誘導する[[Wnt]]シグナル阻害因子[[Dkk1]]を[[ゼブラフィッシュ]]で過剰発現させた際に発現が上昇する遺伝子として同定された<ref name=Hashimoto2000><pubmed>11025224</pubmed></ref>。
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 これに対し''Fezf2''は、[[新皮質]]の神経前駆細胞および深層[[投射ニューロン]]に発現するようになる<ref name=Hirata2004><pubmed>15188439</pubmed></ref><ref name=Inoue2004><pubmed>15579145</pubmed></ref>。特に''Fezf2''は皮質第V層ニューロンで高発現し、第VI層および前駆細胞では比較的低い発現を示す<ref name=Chen2005a><pubmed>16314561</pubmed></ref><ref name=Chen2005><pubmed>16284245</pubmed></ref><ref name=Inoue2004><pubmed>15579145</pubmed></ref><ref name=Molyneaux2005><pubmed>16157277</pubmed></ref>。この皮質深層における発現は出生後および成体においても維持される<ref name=Inoue2004><pubmed>15579145</pubmed></ref><ref name=Molyneaux2005><pubmed>16157277</pubmed></ref>。また''Fezf2''は[[視床隆起]]、[[視床前域]]、扁桃体、視床下部などの前脳領域にも発現する<ref name=Hirata2006a><pubmed>16971467</pubmed></ref><ref name=Hirata2004><pubmed>15188439</pubmed></ref><ref name=Kurrasch2007><pubmed>18077674</pubmed></ref>。
 これに対し''Fezf2''は、[[新皮質]]の神経前駆細胞および深層[[投射ニューロン]]に発現するようになる<ref name=Hirata2004><pubmed>15188439</pubmed></ref><ref name=Inoue2004><pubmed>15579145</pubmed></ref>。特に''Fezf2''は皮質第V層ニューロンで高発現し、第VI層および前駆細胞では比較的低い発現を示す<ref name=Chen2005a><pubmed>16314561</pubmed></ref><ref name=Chen2005><pubmed>16284245</pubmed></ref><ref name=Inoue2004><pubmed>15579145</pubmed></ref><ref name=Molyneaux2005><pubmed>16157277</pubmed></ref>。この皮質深層における発現は出生後および成体においても維持される<ref name=Inoue2004><pubmed>15579145</pubmed></ref><ref name=Molyneaux2005><pubmed>16157277</pubmed></ref>。また''Fezf2''は[[視床隆起]]、[[視床前域]]、扁桃体、視床下部などの前脳領域にも発現する<ref name=Hirata2006a><pubmed>16971467</pubmed></ref><ref name=Hirata2004><pubmed>15188439</pubmed></ref><ref name=Kurrasch2007><pubmed>18077674</pubmed></ref>。


 このような前脳特異的発現は進化的にも保存されている。無脊椎動物においても''Fez''相同遺伝子が存在し、ショウジョウバエではdFezf(Earmuff)が神経前駆細胞や視覚系の[[ラミナニューロン]]L3に発現する<ref name=Peng2018><pubmed>29513217</pubmed></ref><ref name=Santiago2021><pubmed>33766917</pubmed></ref><ref name=Weng2010><pubmed>20152183</pubmed></ref>。[[棘皮動物]]であるウニにおいても''fez''遺伝子は、胚の前端部に位置する[[外胚葉]]領域である[[animal plate]]に発現する<ref name=Yaguchi2011><pubmed>21852402</pubmed></ref>。さらに、系統解析から''Fez''ファミリーは[[後生動物]]に広く保存されており<ref name=Irimia2010><pubmed>20849572</pubmed></ref>、前方神経系の形成に関わる遺伝子ネットワークの一部として進化的に維持されてきたと考えられる。
 このような前脳特異的発現は進化的にも保存されている。無脊椎動物においても''Fez''相同遺伝子が存在し、ショウジョウバエでは''dFezf''(''Earmuff'')が神経前駆細胞や視覚系の[[ラミナニューロン]]L3に発現する<ref name=Peng2018><pubmed>29513217</pubmed></ref><ref name=Santiago2021><pubmed>33766917</pubmed></ref><ref name=Weng2010><pubmed>20152183</pubmed></ref>。[[棘皮動物]]であるウニにおいても''fez''遺伝子は、胚の前端部に位置する[[外胚葉]]領域である[[animal plate]]に発現する<ref name=Yaguchi2011><pubmed>21852402</pubmed></ref>。さらに、系統解析から''Fez''ファミリーは[[後生動物]]に広く保存されており<ref name=Irimia2010><pubmed>20849572</pubmed></ref>、前方神経系の形成に関わる遺伝子ネットワークの一部として進化的に維持されてきたと考えられる。


 このように''Fezf1''と''Fezf2''は、脊椎動物において初期前脳で広く重複して発現した後、嗅覚系および大脳皮質において異なる細胞集団に特異化する。一方で無脊椎動物においても前方神経領域や神経幹細胞系で発現が見られることから、Fezファミリーは前方神経系の形成と神経[[細胞系譜]]制御に関わる進化的に保存された転写因子群であると考えられる。
 このように''Fezf1''と''Fezf2''は、脊椎動物において初期前脳で広く重複して発現した後、嗅覚系および大脳皮質において異なる細胞集団に特異化する。一方で無脊椎動物においても前方神経領域や神経幹細胞系で発現が見られることから、Fezファミリーは前方神経系の形成と神経[[細胞系譜]]制御に関わる進化的に保存された転写因子群であると考えられる。
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 FEZF1およびFEZF2は、前脳の[[前後軸]]に沿った領域パターン形成において重要な役割を担う転写因子であり、特に間脳の発生において機能する。間脳は[[視床前域]]([[prethalamus]])、[[視床]]([[thalamus]])、視床下部(hypothalamus)、および[[視蓋前域]]([[pretectum]])に区分されるが、マウスにおいては''Fezf1''単独欠損または''Fezf2''単独欠損では顕著な間脳パターン異常は認められない。一方、''Fezf1''および''Fezf2''の二重欠損では、視床前域が完全に消失し、それに伴って視蓋前域が吻側方向へ拡大し、視床のサイズも著しく減少する。この表現型は、前方間脳領域の指定が失敗し、後方間脳領域が前方へ拡大することを示している。また、視床前域と視床の境界に位置する重要なシグナル中心である[[zona limitans intrathalamica]]([[ZLI]])が消失することから、''Fezf1''および''Fezf2''はZLI形成を含む前後軸パターン制御に必須であると考えられる。''Fezf1/2''はZLIより前方で発現し、後方領域への異所性発現により後方間脳構造の形成を抑制することから、前方間脳において後方運命を抑制することで領域境界を確立する役割を担う<ref name=Hirata2006a><pubmed>16971467</pubmed></ref>。
 FEZF1およびFEZF2は、前脳の[[前後軸]]に沿った領域パターン形成において重要な役割を担う転写因子であり、特に間脳の発生において機能する。間脳は[[視床前域]]([[prethalamus]])、[[視床]]([[thalamus]])、視床下部(hypothalamus)、および[[視蓋前域]]([[pretectum]])に区分されるが、マウスにおいては''Fezf1''単独欠損または''Fezf2''単独欠損では顕著な間脳パターン異常は認められない。一方、''Fezf1''および''Fezf2''の二重欠損では、視床前域が完全に消失し、それに伴って視蓋前域が吻側方向へ拡大し、視床のサイズも著しく減少する。この表現型は、前方間脳領域の指定が失敗し、後方間脳領域が前方へ拡大することを示している。また、視床前域と視床の境界に位置する重要なシグナル中心である[[zona limitans intrathalamica]]([[ZLI]])が消失することから、''Fezf1''および''Fezf2''はZLI形成を含む前後軸パターン制御に必須であると考えられる。''Fezf1/2''はZLIより前方で発現し、後方領域への異所性発現により後方間脳構造の形成を抑制することから、前方間脳において後方運命を抑制することで領域境界を確立する役割を担う<ref name=Hirata2006a><pubmed>16971467</pubmed></ref>。


 このような機能はゼブラフィッシュにおいても保存されている。ゼブラフィッシュでは''fezf2''は前脳前駆細胞に発現し、間脳および視床下部の領域形成と神経細胞分化に重要な役割を果たす。''fezf2''機能欠失では前脳の区域化が異常となり、特に視床前域の形成が障害されるとともに、ZLI領域の拡大が観察される<ref name=Jeong2007><pubmed>17164418</pubmed></ref>。これらの結果は、''Fezf2''が前方間脳において後方領域の拡大を抑制することで適切な領域境界の形成に寄与することを示している。
 このような機能はゼブラフィッシュにおいても保存されている。ゼブラフィッシュでは''fezf2''は前脳前駆細胞に発現し、間脳および視床下部の領域形成と神経細胞分化に重要な役割を果たす。''fezf2''機能欠失では前脳の区域化が異常となり、特に視床前域の形成が障害されるとともに、ZLI領域の拡大が観察される<ref name=Jeong2007><pubmed>17164418</pubmed></ref>。これらの結果は、''fezf2''が前方間脳において後方領域の拡大を抑制することで適切な領域境界の形成に寄与することを示している。


=== 前脳神経分化 ===
=== 前脳神経分化 ===
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 ''Fezf2''は大脳皮質のみならず前脳の他領域においても興奮性ニューロンの分化および回路形成に重要であり、例えば扁桃体[[基底外側核]]複合体においては、''Fezf2''欠損により興奮性ニューロンの分化異常および出生後の細胞死が生じることが報告されている<ref name=Hirata-Fukae2014><pubmed>24723342</pubmed></ref>。
 ''Fezf2''は大脳皮質のみならず前脳の他領域においても興奮性ニューロンの分化および回路形成に重要であり、例えば扁桃体[[基底外側核]]複合体においては、''Fezf2''欠損により興奮性ニューロンの分化異常および出生後の細胞死が生じることが報告されている<ref name=Hirata-Fukae2014><pubmed>24723342</pubmed></ref>。


 ゼブラフィッシュにおいても''fezf2''は前脳神経分化に重要な役割を担い、[[ドーパミン]]作動性、[[セロトニン]]作動性、および[[GABA]]作動性ニューロンの分化を制御することが示されている。これらの過程において、''fezf2''は''[[neurog1]]''や''[[ascl1]]''などの[[bHLH型転写因子]]の発現を調節し、複数の神経系譜の運命決定に関与する<ref name=Jeong2006><pubmed>16549779</pubmed></ref><ref name=Levkowitz2003><pubmed>12469125</pubmed></ref><ref name=Yang2012><pubmed>22875928</pubmed></ref>。また成体ゼブラフィッシュでは、''fezf2''は背側終脳の神経幹細胞に発現し、その静止状態の維持および新生ニューロンの成熟を制御することが報告されている<ref name=Berberoglu2014><pubmed>25319688</pubmed></ref><ref name=Berberoglu2009><pubmed>19524703</pubmed></ref>。
 ゼブラフィッシュにおいても''fezf2''は前脳神経分化に重要な役割を担い、[[ドーパミン]]作動性、[[セロトニン]]作動性、および[[GABA]]作動性ニューロンの分化を制御することが示されている。これらの過程において、''fezf2''は''[[neurog1]]''や''[[ascl1]]''などの[[bHLH型転写因子]]遺伝子の発現を調節し、複数の神経系譜の運命決定に関与する<ref name=Jeong2006><pubmed>16549779</pubmed></ref><ref name=Levkowitz2003><pubmed>12469125</pubmed></ref><ref name=Yang2012><pubmed>22875928</pubmed></ref>。また成体ゼブラフィッシュでは、''fezf2''は背側終脳の神経幹細胞に発現し、その静止状態の維持および新生ニューロンの成熟を制御することが報告されている<ref name=Berberoglu2014><pubmed>25319688</pubmed></ref><ref name=Berberoglu2009><pubmed>19524703</pubmed></ref>。


 両生類においても''Fez''ファミリーの機能は保存されており、アフリカツメガエルでは''fezf2''遺伝子が前方神経領域において神経誘導および前脳領域の形成に関与することが示されている。特に、''fezf2''は前方神経運命の確立に寄与し、領域特異的な遺伝子発現の制御を通じて前脳パターニングに重要な役割を果たすことが報告されている<ref name=Zhang2014><pubmed>25468942</pubmed></ref> 。
 両生類においても''Fez''ファミリーの機能は保存されており、アフリカツメガエルでは''fezf2''遺伝子が前方神経領域において神経誘導および前脳領域の形成に関与することが示されている。特に、''fezf2''は前方神経運命の確立に寄与し、領域特異的な遺伝子発現の制御を通じて前脳パターニングに重要な役割を果たすことが報告されている<ref name=Zhang2014><pubmed>25468942</pubmed></ref> 。
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=== 皮質投射ニューロンの運命決定 ===
=== 皮質投射ニューロンの運命決定 ===
 ''Fezf2''は大脳皮質における投射ニューロンの運命決定において中心的な役割を担う転写因子である。大脳皮質の投射ニューロンは軸索投射様式に基づき、[[皮質下投射ニューロン]]([[corticofugal projection neuron]]s)と[[皮質間投射ニューロン]]([[callosal projection neuron]]sとassociation neurons)に大別される。Fezf2は特に第V層に存在する皮質下投射ニューロン([[subcerebral projection neurons]]; SCPNs)の運命決定に必須であり、Fezf2欠損では本来SCPNsとなるニューロンが皮質間投射ニューロンや視床投射ニューロンへと運命転換し、軸索投射様式および電気生理学的特性もそれらに対応したものへ変化する<ref name=Chen2005><pubmed>16284245</pubmed></ref><ref name=Chen2008><pubmed>18678899</pubmed></ref><ref name=McKenna2011><pubmed>21228164</pubmed></ref><ref name=Molyneaux2005><pubmed>16157277</pubmed></ref>。
 ''Fezf2''は大脳皮質における投射ニューロンの運命決定において中心的な役割を担う転写因子である。大脳皮質の投射ニューロンは軸索投射様式に基づき、[[皮質下投射ニューロン]]([[corticofugal projection neuron]]s)と[[皮質間投射ニューロン]]([[callosal projection neuron]]sとassociation neurons)に大別される。''Fezf2''は特に第V層に存在する皮質下投射ニューロン([[subcerebral projection neurons]]; SCPNs)の運命決定に必須であり、''Fezf2''欠損では本来SCPNsとなるニューロンが皮質間投射ニューロンや視床投射ニューロンへと運命転換し、軸索投射様式および電気生理学的特性もそれらに対応したものへ変化する<ref name=Chen2005><pubmed>16284245</pubmed></ref><ref name=Chen2008><pubmed>18678899</pubmed></ref><ref name=McKenna2011><pubmed>21228164</pubmed></ref><ref name=Molyneaux2005><pubmed>16157277</pubmed></ref>。


 このような大脳皮質の投射ニューロンの運命決定は、異なる細胞系譜を促進するのではなく、代替的な運命を抑制する機構によって制御されることが明らかとなっている。例えば、皮質間投射ニューロンの決定因子である[[Special AT-rich Sequence-Binding Protein 2]] ([[SATB2]])は''Fezf2''依存的な皮質下投射ニューロンの運命を抑制し<ref name=Alcamo2008><pubmed>18255030</pubmed></ref><ref name=Britanova2008><pubmed>18255031</pubmed></ref>、逆に視床投射ニューロンの決定因子である[[T-box brain protein 1]] ([[TBR1]])は''Fezf2''の発現を直接抑制することで皮質下投射ニューロン運命を抑える<ref name=Han2011><pubmed>21285371</pubmed></ref>。このようにFezf2、SATB2、TBR1は相互抑制的なネットワークを形成し、投射ニューロンの多様なサブタイプを分岐させる<ref name=Eckler2014><pubmed>24913420</pubmed></ref>。
 このような大脳皮質の投射ニューロンの運命決定は、異なる細胞系譜を促進するのではなく、代替的な運命を抑制する機構によって制御されることが明らかとなっている。例えば、皮質間投射ニューロンの決定因子である[[Special AT-rich Sequence-Binding Protein 2]] ([[SATB2]])は''Fezf2''依存的な皮質下投射ニューロンの運命を抑制し<ref name=Alcamo2008><pubmed>18255030</pubmed></ref><ref name=Britanova2008><pubmed>18255031</pubmed></ref>、逆に視床投射ニューロンの決定因子である[[T-box brain protein 1]] ([[TBR1]])は''Fezf2''の発現を直接抑制することで皮質下投射ニューロン運命を抑える<ref name=Han2011><pubmed>21285371</pubmed></ref>。このようにFEZF2、SATB2、TBR1は相互抑制的なネットワークを形成し、投射ニューロンの多様なサブタイプを分岐させる<ref name=Eckler2014><pubmed>24913420</pubmed></ref>。


 さらに''Fezf2''は、神経細胞の運命を再プログラムする能力を持つことが示されている。発生後期の皮質前駆細胞や表層ニューロンに''Fezf2''を異所的に発現させると、本来は皮質間投射ニューロンとなる細胞が皮質下投射ニューロン様の形態、遺伝子発現、軸索投射を獲得する<ref name=Chen2008><pubmed>18678899</pubmed></ref><ref name=Rouaux2010><pubmed>20953195</pubmed></ref>。また、この再プログラム能力は新生ニューロンにおいても一定期間保持されており、[[細胞周期]]離脱後の短期間においては運命の可塑性が存在することが示唆されている<ref name=DelaRossa2013><pubmed>23292682</pubmed></ref><ref name=Rouaux2013><pubmed>23334497</pubmed></ref>。
 さらに''Fezf2''は、神経細胞の運命を再プログラムする能力を持つことが示されている。発生後期の皮質前駆細胞や表層ニューロンに''Fezf2''を異所的に発現させると、本来は皮質間投射ニューロンとなる細胞が皮質下投射ニューロン様の形態、遺伝子発現、軸索投射を獲得する<ref name=Chen2008><pubmed>18678899</pubmed></ref><ref name=Rouaux2010><pubmed>20953195</pubmed></ref>。また、この再プログラム能力は新生ニューロンにおいても一定期間保持されており、[[細胞周期]]離脱後の短期間においては運命の可塑性が存在することが示唆されている<ref name=DelaRossa2013><pubmed>23292682</pubmed></ref><ref name=Rouaux2013><pubmed>23334497</pubmed></ref>。
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=== ショウジョウバエ''dFezf''(''Earmuff'')の役割 ===
=== ショウジョウバエ''dFezf''(''Earmuff'')の役割 ===
 ショウジョウバエではFezファミリーの相同遺伝子として''dFezf''(''Earmuff/erm'') が存在し、神経幹細胞系譜の発生制御に重要な役割を果たす。ショウジョウバエの神経系では、神経幹細胞(neuroblast)から[[中間前駆細胞]]([[intermediate neural progenitor]], [[INP]])が産生され、INPがさらに分裂して神経細胞を生み出す。EarmuffはこのINPで発現し、INPが再び神経幹細胞様状態へと脱分化することを抑制する役割を持つ。Earmuffが欠損すると、INPが再び自己複製能を持つ神経幹細胞様細胞へと変化し、神経系での細胞増殖が過剰になる。したがってEarmuffは、神経前駆細胞の分化状態を安定化させ、神経幹細胞系譜の適切な増殖制御を維持する転写因子として機能する<ref name=Weng2010><pubmed>20152183</pubmed></ref>。
 ショウジョウバエでは''Fez''ファミリーの相同遺伝子として''dFezf''(''Earmuff/erm'') が存在し、神経幹細胞系譜の発生制御に重要な役割を果たす。ショウジョウバエの神経系では、神経幹細胞(neuroblast)から[[中間前駆細胞]]([[intermediate neural progenitor]], [[INP]])が産生され、INPがさらに分裂して神経細胞を生み出す。''Earmuff''はこのINPで発現し、INPが再び神経幹細胞様状態へと脱分化することを抑制する役割を持つ。''Earmuff''が欠損すると、INPが再び自己複製能を持つ神経幹細胞様細胞へと変化し、神経系での細胞増殖が過剰になる。したがって''Earmuff''は、神経前駆細胞の分化状態を安定化させ、神経幹細胞系譜の適切な増殖制御を維持する転写因子として機能する<ref name=Weng2010><pubmed>20152183</pubmed></ref>。


 また、ショウジョウバエでは''Fez''ファミリーの相同遺伝子 ''dFezf''が視覚系回路形成に重要な役割を果たす。''dFezf''は視覚系のラミナニューロン L3 に特異的に発現し、その軸索がメデュラのM3層に正確に投射する過程を制御する。dFezfはL3ニューロンの軸索を外側メデュラの近位領域へ誘導することで層特異的投射を決定し、さらに[[ネトリン]] ([[Netrin]])の発現を誘導することで、R8[[光受容体]]軸索のM3層への投射を非細胞自律的に制御する<ref name=Peng2018><pubmed>29513217</pubmed></ref>。また、dFezfは転写因子[[sloppy-paired 1]]([[slp1]])の発現を抑制することでL3軸索の投射領域を制御することが示されている<ref name=Santiago2021><pubmed>33766917</pubmed></ref>。これらの研究から、dFezfは転写制御を介して複数のニューロンの接続を協調的に調節し、層構造を持つ視覚回路の形成を制御することが明らかになっている。
 また、ショウジョウバエでは''Fez''ファミリーの相同遺伝子 ''dFezf''が視覚系回路形成に重要な役割を果たす。''dFezf''は視覚系のラミナニューロン L3 に特異的に発現し、その軸索がメデュラのM3層に正確に投射する過程を制御する。dFezfはL3ニューロンの軸索を外側メデュラの近位領域へ誘導することで層特異的投射を決定し、さらに[[ネトリン]] ([[Netrin]])の発現を誘導することで、R8[[光受容体]]軸索のM3層への投射を非細胞自律的に制御する<ref name=Peng2018><pubmed>29513217</pubmed></ref>。また、dFezfは転写因子[[sloppy-paired 1]]([[slp1]])の発現を抑制することでL3軸索の投射領域を制御することが示されている<ref name=Santiago2021><pubmed>33766917</pubmed></ref>。これらの研究から、dFezfは転写制御を介して複数のニューロンの接続を協調的に調節し、層構造を持つ視覚回路の形成を制御することが明らかになっている。