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山ノ井 俊宏1、吉村 武2 | 山ノ井 俊宏1、吉村 武2 | ||
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2 鳥取大学 医学部保健学科 検査技術科学専攻 生体制御学講座 | 2 鳥取大学 医学部保健学科 検査技術科学専攻 生体制御学講座 | ||
英:spectrin | |||
{{box|text= スペクトリンは細胞骨格タンパク質であり、さまざまな組織で発現している。脳において、スペクトリンは神経細胞における情報出力のトリガーである軸索起始部の主要な構成要素であり、イオンチャネルなどを軸索起始部に集積させる足場タンパク質ankyrin(アンキリン)とともに骨格構造を形成する。スペクトリンの遺伝子変異は血液疾患や精神・神経疾患、神経発達症に関与することが知られている。}} | |||
== スペクトリンとは == | |||
1968年、溶血によって細胞内成分を失った赤血球(赤血球ゴースト)から同定されたタンパク質は、幽霊(specter)にちなんで スペクトリン(スペクトリン)と名付けられた<ref><pubmed>5634911</pubmed></ref>(図1)。1979年、スペクトリンと結合し、赤血球の膜裏打ち骨格(膜骨格)を形成するタンパク質が発見され、ankyrin(アンキリン)と名付けられた<ref><pubmed>372182</pubmed></ref>。1981年、非赤血球系培養細胞においてスペクトリン様タンパク質が存在することが報告された<ref><pubmed>6950399</pubmed></ref>。1982年、赤血球スペクトリンと免疫反応性を示す分子が脳内で発見され、神経系におけるスペクトリンの存在が示唆された<ref><pubmed>6129664</pubmed></ref>。これらの発見を契機に、脳におけるスペクトリンの機能が注目されるようになった。 | |||
== 構造 == | == 構造 == | ||
スペクトリンにはα-スペクトリンとβ-スペクトリンがあり、いずれもスペクトリンリピートと呼ばれる特徴的な繰り返し配列を有する<ref><pubmed>6654896</pubmed></ref><ref><pubmed>6472478</pubmed></ref>。α-スペクトリンはN末端から順に、四量体化モチーフ、21個のスペクトリンリピート、SH3(Src homology 3)ドメイン、カルモジュリン結合ドメイン(αII-スペクトリンのみ)、EF-handドメインを有する<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref>。β-スペクトリンはN末端から順に、2個のアクチン結合CH(calponin homology)ドメイン、17個のスペクトリンリピート(βV-スペクトリンは30個)、PH(pleckstrin homology)ドメインが続く<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref>。βV-スペクトリンは推定されるankyrin結合領域が十分に保存されていない<ref><pubmed>10764729</pubmed></ref>。そのため、他のβ-スペクトリンとは異なる様式で骨格構造を形成していると考えられている。 | |||
== サブユニット == | == サブユニット == | ||
スペクトリンは、αサブユニットであるα-スペクトリンとβサブユニットであるβ-スペクトリンが会合して形成される細胞骨格タンパク質である。ヒトを含む哺乳類には2種類のα-スペクトリン(約280 kDa)と5種類のβ-スペクトリン(約250-290 kDa、βVは他に比べて非常に大きく約417 kDa)が発現している(表1)。ヒト遺伝子において、SPTA1とSPTAN1はそれぞれαI-スペクトリンとαII-スペクトリンと称するタンパク質をコードし、SPTB、SPTBN1、SPTBN2、SPTBN4、SPTBN5はそれぞれβI-スペクトリン、βII-スペクトリン、βIII-スペクトリン、βIV-スペクトリン、βV-スペクトリンをコードする。線虫やショウジョウバエではスペクトリンの種類は少なく、α-スペクトリン、β-G-スペクトリン、β-H-スペクトリンがあり、それぞれ順に哺乳類のαII-スペクトリン、βII-スペクトリン、βV-スペクトリンに類似する<ref><pubmed>9872052</pubmed></ref><ref><pubmed>24302288</pubmed></ref>。また、スペクトリンには多くのスプライシングバリアントが存在する。神経発達初期では長いβIV-スペクトリン(Σ1)の発現が優勢であるが、発達に伴い、アクチン結合領域を持たない短いβIV-スペクトリン(Σ6)の発現レベルが大きく上昇する<ref><pubmed>28123356</pubmed></ref>。しかし、個々のスプライシングバリアントの役割に関しては、いまだ不明な点が多い。 | |||
== 発現 == | == 発現 == | ||
αI- | αI-スペクトリンは哺乳類の赤血球で発現する<ref><pubmed>16407147</pubmed></ref>。非赤血球型のαII-スペクトリンは脳を含む多くの組織に広く発現する<ref><pubmed>31186638</pubmed></ref>。βI-スペクトリンは赤血球や骨格筋、心筋に存在し、神経細胞では樹状突起領域およびシナプス後肥厚部に局在する<ref><pubmed>11427698</pubmed></ref><ref><pubmed>15970557</pubmed></ref><ref><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βI-スペクトリンは、樹状突起スパインにおける形態的および機能的な調節に関与する<ref><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βII-スペクトリンは発生期の骨格筋に発現しており、神経細胞では軸索に広く分布する<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref><pubmed>9436990</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンは主に脳で高発現しているが、膵臓、腎臓、生殖器系組織、皮膚においても発現が認められる<ref><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンは小脳プルキンエ細胞では細胞体および樹状突起領域に存在し、樹状突起スパインに局在する<ref><pubmed>20371805</pubmed></ref><ref><pubmed>22090485</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンは樹状突起スパインの基部およびネックに局在し、スパインネックのくびれ構造の形成ならびにシナプス活動の調節に関与する<ref><pubmed>28576936</pubmed></ref>。βIV-スペクトリンの転写産物は脳および膵島で認められ、タンパク質は神経細胞において軸索起始部およびランヴィエ絞輪に集積している<ref><pubmed>11086001</pubmed></ref>。巨大βV-スペクトリンは小脳や脊髄、心臓、胃、光受容細胞などで発現している<ref><pubmed>10764729</pubmed></ref><ref><pubmed>23704327</pubmed></ref>。 | ||
== スペクトリンが作る骨格構造とその機能 == | |||
赤血球は血管内を循環する過程で変形し、機械的ストレスを受ける。また、神経細胞においても、長い突起である軸索は張力やねじりなどの機械的ストレスにさらされる。スペクトリンは弾性に富むスペクトリンリピートを多数含み、スペクトリン四量体を基盤とする膜骨格(細胞膜直下に形成される裏打ち骨格構造)は、赤血球や軸索において機械的ストレス下での形態維持に寄与する<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref><pubmed>36697767</pubmed></ref>。神経細胞では、スペクトリンとankyrinを基盤とする膜骨格が、軸索、軸索起始部、ランヴィエ絞輪など、分子組成の異なる軸索膜ドメインにおいて、それぞれ特徴的に形成される<ref><pubmed>42228557</pubmed></ref>。神経細胞の軸索では、細胞膜直下に周期的な構造が形成されており、この構造はmembrane-associated periodic skeleton (MPS)とも呼ばれている<ref><pubmed>42228557</pubmed></ref>。スペクトリンは2つのαサブユニットと2つのβサブユニットから構成されたヘテロ四量体を形成する<ref><pubmed>7204503</pubmed></ref><ref><pubmed>12820899</pubmed></ref>(図2)。スペクトリン四量体の両端は、環状に配置したアクチン(アクチンリング)を連結し、神経細胞の軸索に約190 nm周期の細胞骨格構造を形成する<ref><pubmed>23239625</pubmed></ref>。スペクトリン四量体を構成するサブユニットの組み合わせは、軸索内の領域によって異なる。軸索起始部以外の軸索遠位領域では、αII-スペクトリンはβII-スペクトリンと四量体を形成し、ankyrin-Bとともに骨格構造を構築する<ref>吉村武. 神経細胞の軸索起始部に特有な細胞骨格構造とその破綻. 生化学 2021;93:517–520. doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930517</ref>。軸索起始部の形成過程では、ankyrin-B/αII-スペクトリン/βII-スペクトリン 骨格が軸索遠位側から形成される。この遠位部骨格は、ankyrin-G/αII-スペクトリン/βIV-スペクトリン 骨格を近位軸索に制限する軸索内境界として機能する<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref>。軸索の根元(軸索起始部)ではαII-スペクトリンとβIV-スペクトリンが四量体を形成し、足場タンパク質ankyrin-GはβIV-スペクトリンと結合して骨格構造を構築する<ref>吉村武. 神経細胞の軸索起始部に特有な細胞骨格構造とその破綻. 生化学 2021;93:517–520. doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930517</ref><ref><pubmed>17283186</pubmed></ref><ref><pubmed>29038240</pubmed></ref>。Ankyrin-Gは電位依存性ナトリウムチャネルNav1やKCNQ2/3などのイオンチャネル、NF186やNrCAMなどの細胞接着分子と相互作用し、これらをαII-スペクトリン/βIV-スペクトリンからなる骨格構造へ連結することで、軸索起始部に集積させる<ref><pubmed>16525039</pubmed></ref><ref><pubmed>39480263</pubmed></ref>。この分子構造によって電位依存性ナトリウムチャネルなどが高密度に集積するため、活動電位の発生に寄与する<ref><pubmed>18204443</pubmed></ref>。また、軸索起始部は、膜タンパク質や小胞などの輸送を選択的に制御する門番として機能し、細胞体・樹状突起区画と軸索区画を隔てることで、神経極性(形や構造・分子組成に空間的偏りがあり、方向性がある状態)の維持に寄与する<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref>。 | |||
中枢神経系において、オリゴデンドロサイトにより神経細胞の軸索に髄鞘が形成される。隣接する髄鞘の間に位置するランヴィエ絞輪では、αII-スペクトリン、βIV-スペクトリンおよびankyrin-Gを中心とする膜骨格が形成される<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref><pubmed>11807096</pubmed></ref>。この複合体からなる骨格構造が電位依存性ナトリウムチャネルなどをランヴィエ絞輪に集積させることで、跳躍伝導を可能にする<ref><pubmed>36697767</pubmed></ref><ref><pubmed>11807096</pubmed></ref>。一方、神経細胞の軸索とグリア細胞由来の髄鞘との接合部であるパラノードでは、軸索側のCaspr-contactin複合体と髄鞘側のneurofascin-155との相互作用により、細胞間結合であるパラノーダルジャンクションが形成される<ref><pubmed>11839274</pubmed></ref><ref><pubmed>16337912</pubmed></ref>。パラノードの軸索膜直下に局在するαII-スペクトリン/βII-スペクトリン骨格構造は膜タンパク質の側方拡散を制限する拡散障壁として機能する<ref><pubmed>16687515</pubmed></ref><ref><pubmed>24217619</pubmed></ref>。 | |||
== 疾患との関わり == | == 疾患との関わり == | ||
スペクトリンは軸索起始部の細胞膜の裏打ち骨格の主要な構成分子として膜タンパク質の局在維持に重要であるため、スペクトリンの変異は疾患に関与する。SPTA1(αI-スペクトリン)およびSPTB(βI-スペクトリン)のヒトで報告された病的バリアントは、遺伝性球状赤血球症の発症に関与する<ref><pubmed>29402830</pubmed></ref>。SPTAN1(αII-スペクトリン)の病的バリアントは、乳児期の難治性てんかんであるWest症候群および発達性てんかん性脳症に加え、一部では小脳性運動失調や痙性対麻痺との関連が報告されている<ref><pubmed>29749636</pubmed></ref><ref><pubmed>35150594</pubmed></ref>。SPTBN1(βII-スペクトリン)の病的バリアントは、自閉スペクトラム症および注意欠如・多動症(ADHD)、発達遅滞、知的発達症、てんかんとの関連が報告されている<ref><pubmed>36697767</pubmed></ref>。SPTBN2(βIII-スペクトリン)の病的バリアントは脊髄小脳失調症との関連が報告されている<ref><pubmed>16429157</pubmed></ref>。SPTBN4(βIV-スペクトリン)の病的バリアントは、知的発達症や先天性筋緊張低下、運動神経の軸索障害を引き起こす<ref><pubmed>29861105</pubmed></ref>。SPTBN5(βV-スペクトリン)の遺伝子変異は、知的発達症や発達遅滞、てんかん発作を特徴とする症候群を引き起こす<ref><pubmed>35782384</pubmed></ref>。 | |||
自閉スペクトラム症関連行動として社会性行動の低下および反復行動の増加などを示すマウス、ならびにADHD関連行動として多動性やプレパルス抑制の低下などを示すマウスおよびラットにおいて、軸索起始部の長さに異常が生じる<ref><pubmed>34971749</pubmed></ref><ref><pubmed>37770159</pubmed></ref>。この知見は、軸索起始部の骨格構造の変化が神経発達症に関連することを示している。スペクトリンが正常に軸索起始部の骨格構造を形成・維持できなければ、神経細胞が正常に機能できないと考えられる。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
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* [[細胞接着分子]] | * [[細胞接着分子]] | ||
* [[自閉スペクトラム症]] | * [[自閉スペクトラム症]] | ||
* [[ | * [[注意欠如・多動症]]([[ADHD]]、[[注意欠如・多動性障害]]) | ||
* [[ | * [[神経発達症]]([[発達障害]]) | ||
* [[アンキリン]] | * [[アンキリン]] | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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== 図表のタイトル == | == 図表のタイトル == | ||
'''図1. | '''図1. 赤血球のスペクトリン膜骨格''' | ||
赤血球の溶血過程と、赤血球膜骨格を形成する分子群を示す。α- | 赤血球の溶血過程と、赤血球膜骨格を形成する分子群を示す。α-スペクトリンとβ-スペクトリン からなるスペクトリン複合体は、赤血球膜直下でアクチンなどの分子と結合し、網目状の膜骨格構造を形成する。 | ||
'''図2. | '''図2. 軸索起始部におけるスペクトリン膜骨格と関連分子群''' | ||
軸索起始部において、ankyrin-Gはイオンチャネル(Nav1やKCNQ2/3)や接着分子(NF186やNrCAM)などと結合し、それらを軸索起始部に集積させる。αII- | 軸索起始部において、ankyrin-Gはイオンチャネル(Nav1やKCNQ2/3)や接着分子(NF186やNrCAM)などと結合し、それらを軸索起始部に集積させる。αII-スペクトリンとβIV-スペクトリンからなるスペクトリン四量体は、アクチンリングを連結し、ankyrin-GはβIV-スペクトリンとの結合を介して、軸索起始部における周期的な膜骨格構造を構築する。 | ||
'''表1. | '''表1. スペクトリンの主な発現・局在部位と関連疾患''' | ||