「シナプス」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
23行目: 23行目:
 「シナプス」の名付け親はSherringtonであり、1897年に神経細胞が別の神経細胞につながる特徴的な構造を指して、synapsis(ギリシャ語で、”to clasp”:「留め具」や「握手」といった意味)と呼んだ。synapsisという言葉は多少改変され、1904年にはSherrington自身もsynapseと呼んでいる<ref name=ref2 />。
 「シナプス」の名付け親はSherringtonであり、1897年に神経細胞が別の神経細胞につながる特徴的な構造を指して、synapsis(ギリシャ語で、”to clasp”:「留め具」や「握手」といった意味)と呼んだ。synapsisという言葉は多少改変され、1904年にはSherrington自身もsynapseと呼んでいる<ref name=ref2 />。


 神経細胞同士がシナプスで相互作用していることが光学顕微鏡により明らかになっても、形態的・機能的に神経細胞はつながっているのか否かの論争は50年以上にわたり続いた。Cajalのニューロン説(形態的には非連続で接触contiguityしている)とGolgiの網状説(形態的に連続continuityしている)は、1950年代に電子顕微鏡によりシナプス間隙があることが観察され、ニューロン説が正しいことが示された。情報伝達が化学的であるのか電気的であるのかはいわゆる「泡か電撃か」”soup versus spark” 論争である。1950年代後半になって多くのシナプスは化学シナプスである(電子顕微鏡でシナプス小胞が観察された)が、一部は明らかに電気シナプスであり、稀には化学的にも電気的にも情報伝達を行うシナプスがあることがわかった<ref name=ref3>Cowan, Sudhof and Stevens “Synapses” The Johns Hopkins University Press, 2001</ref> <ref name=ref4>Kuno “The Synapse: Function, Plasticity, and Neurotrophism” Oxford University Press, 1995</ref>。
 神経細胞同士がシナプスで相互作用していることが光学顕微鏡により明らかになっても、形態的・機能的に神経細胞はつながっているのか否かの論争は50年以上にわたり続いた。Cajalのニューロン説(形態的には非連続で接触contiguityしている)とGolgiの網状説(形態的に連続continuityしている)は、1950年代に電子顕微鏡によりシナプス間隙があることが観察され、ニューロン説が正しいことが示された。情報伝達が化学的であるのか電気的であるのかはいわゆる「泡か電撃か」”soup versus spark” 論争である。1950年代後半になって多くのシナプスは化学シナプスである(電子顕微鏡でシナプス小胞が観察された)が、一部は明らかに電気シナプスであり、稀には化学的にも電気的にも情報伝達を行うシナプスがあることがわかった<ref name=ref3>Cowan, Sudhof and Stevens "Synapses" The Johns Hopkins University Press, 2001</ref> <ref name=ref4>Kuno "The Synapse: Function, Plasticity, and Neurotrophism" Oxford University Press, 1995</ref>。


 その後、Loewiによる水溶性情報伝達物質(後に[[アセチルコリン]]と同定)の発見をはじめ、化学シナプスにおける情報伝達に関わる様々な分子が巧妙な実験により明らかになり、Katzらのシナプス小胞仮説vesicle hypothesis(情報伝達が量子的単位を持っているという仮説)につながっていく。同時期には標本固定法と顕微鏡法が発達し、形態と機能の両面から研究が発展する足がかりとなった<ref name=ref3 />。
 その後、Loewiによる水溶性情報伝達物質(後に[[アセチルコリン]]と同定)の発見をはじめ、化学シナプスにおける情報伝達に関わる様々な分子が巧妙な実験により明らかになり、Katzらのシナプス小胞仮説vesicle hypothesis(情報伝達が量子的単位を持っているという仮説)につながっていく。同時期には標本固定法と顕微鏡法が発達し、形態と機能の両面から研究が発展する足がかりとなった<ref name=ref3 /> <ref name=ref4 />。


 1970年代、80年代前半には、アセチル[[コリン]]以外の神経伝達物質や、[[カルシウムイオン]]の下流の機構が次々と明らかになった。クローニングの技術と相まって、遺伝学的な探索ができるようになり、臨床分野の神経内科や精神科との関わりがはじまったのもこの頃である。
 1970年代、80年代前半には、アセチル[[コリン]]以外の神経伝達物質や、[[カルシウムイオン]]の下流の機構が次々と明らかになった。クローニングの技術と相まって、遺伝学的な探索ができるようになり、臨床分野の神経内科や精神科との関わりがはじまったのもこの頃である。
31行目: 31行目:
 1973年にはBliss & Lømoにより[[海馬]]における長期増強Long-Term Potentiation (LTP)が報告され、1982年には伊藤正男らにより小脳における長期[[抑圧]]Long-Term Depressionが報告された。
 1973年にはBliss & Lømoにより[[海馬]]における長期増強Long-Term Potentiation (LTP)が報告され、1982年には伊藤正男らにより小脳における長期[[抑圧]]Long-Term Depressionが報告された。


 1980年代頃からは分子生物学を用いて、シナプス形成synaptogenesisやシナプス可塑性synaptic plasticityが重要な研究テーマとして認識されるようになった<ref name=ref3 />。
 1980年代頃からは分子生物学を用いて、シナプス形成synaptogenesisやシナプス可塑性synaptic plasticityが重要な研究テーマとして認識されるようになった<ref name=ref3 /> <ref name=ref4 />。


 1990年代には、Kandelらにより、アメフラシを用いて行動の「慣れ」と「感作」に関連するシナプスの研究が進み、動物の学習行動の基盤にシナプス伝達効率の変化が存在し、その実体が[[カリウムチャネル]]の活性化と抑制であることが示された。なお、他に有名なモデルシナプスとしては、イカのGiant synapseや、聴覚中枢のCalyx of Heldなどがある<ref> Kandel, Schwartz and Jessell "Principles of Neural Science 4th ed." McGraw-Hill Medical, 2000</ref> <ref name=ref3 />。
 1990年代には、Kandelらにより、アメフラシを用いて行動の「慣れ」と「感作」に関連するシナプスの研究が進み、動物の学習行動の基盤にシナプス伝達効率の変化が存在し、その実体が[[カリウムチャネル]]の活性化と抑制であることが示された。なお、他に有名なモデルシナプスとしては、イカのGiant synapseや、聴覚中枢のCalyx of Heldなどがある<ref> Kandel, Schwartz and Jessell "Principles of Neural Science 4th ed." McGraw-Hill Medical, 2000</ref> <ref name=ref3 />。
61行目: 61行目:
 多くの場合、シナプス前要素presynaptic elementsは[[軸索終末]]であり、その構造から終末ボタンpresynaptic boutonと呼ばれる。シナプス間隙に面する軸索膜(シナプス前膜)には、電子密度が高い裏打ち構造を持つ部位があり、アクティブゾーン(活性部位; active zone)という。アクティブゾーンは後述するように、[[開口放出]]の場と考えられている。
 多くの場合、シナプス前要素presynaptic elementsは[[軸索終末]]であり、その構造から終末ボタンpresynaptic boutonと呼ばれる。シナプス間隙に面する軸索膜(シナプス前膜)には、電子密度が高い裏打ち構造を持つ部位があり、アクティブゾーン(活性部位; active zone)という。アクティブゾーンは後述するように、[[開口放出]]の場と考えられている。


 一方、多くの場合、シナプス後要素postsynaptic elementは細胞体や樹状突起dendriteである。シナプス間隙を挟んだアクティブゾーンの対向面には膜の電子密度が高い裏打ち構造([[シナプス後肥厚部]]:[[postsynaptic density]] ([[PSD]]))が厚く発達している<ref name=ref1 /> <ref> Shepherd “The Synaptic Organization of the Brain 5th ed.Oxford University Press, 2004</ref>。
 一方、多くの場合、シナプス後要素postsynaptic elementは細胞体や樹状突起dendriteである。シナプス間隙を挟んだアクティブゾーンの対向面には膜の電子密度が高い裏打ち構造([[シナプス後肥厚部]]:[[postsynaptic density]] ([[PSD]]))が厚く発達している<ref name=ref1 /> <ref name=ref5>Shepherd "The Synaptic Organization of the Brain 5th ed." Oxford University Press, 2004</ref>。


 シナプス前膜の厚さにくらべ[[シナプス後肥厚]]部が極端に厚いものを非対称性シナプスasymmetrical synapse(Gray 1型)と呼び、[[興奮性シナプス]]excitatory synapseの特徴とされている。シナプス間隙は約30 nmと広く、シナプス前終末のシナプス小胞の形状は小型球形である。なお、[[興奮性]]シナプスが樹状突起に投射する場合、樹状突起棘dendritic spineという特徴的な構造をとることがある。
 シナプス前膜の厚さにくらべ[[シナプス後肥厚]]部が極端に厚いものを非対称性シナプスasymmetrical synapse(Gray 1型)と呼び、[[興奮性シナプス]]excitatory synapseの特徴とされている。シナプス間隙は約30 nmと広く、シナプス前終末のシナプス小胞の形状は小型球形である。なお、[[興奮性]]シナプスが樹状突起に投射する場合、樹状突起棘dendritic spineという特徴的な構造をとることがある。


 一方、シナプス前膜の厚さとシナプス後肥厚部の厚さがあまり変わらないものを対称性シナプスsymmetrical synapse(Gray 2型)と呼び、[[抑制性シナプス]]inhibitory synapseの特徴とされている。シナプス間隙は約20 nm弱であり、興奮性シナプスのシナプス間隙に比べて狭い<ref name=ref1 /> <ref> Shepherd “The Synaptic Organization of the Brain 5th ed.” Oxford University Press, 2004</ref>。
 一方、シナプス前膜の厚さとシナプス後肥厚部の厚さがあまり変わらないものを対称性シナプスsymmetrical synapse(Gray 2型)と呼び、[[抑制性シナプス]]inhibitory synapseの特徴とされている。シナプス間隙は約20 nm弱であり、興奮性シナプスのシナプス間隙に比べて狭い<ref name=ref1 /> <ref name=ref5 />。


 軸索―軸索のシナプスや樹状突起―樹状突起のシナプスの存在も知られており、また、軸索の途中でシナプスをつくるen passant終末などの構造を取る場合もあるので、それらは各項目・成書を参照されたい。
 軸索―軸索のシナプスや樹状突起―樹状突起のシナプスの存在も知られており、また、軸索の途中でシナプスをつくるen passant終末などの構造を取る場合もあるので、それらは各項目・成書を参照されたい。