前後軸

2013年2月27日 (水) 00:28時点におけるWikiSysop (トーク | 投稿記録)による版 (→‎前脳)

英語名:antero-posterior axis、rostral-caudal axis 独:anteroposterioren Achse、rostrokaudalen Achse 仏:axe antéro-postérieur、axe rostro-caudal

 オーガナイザーにより外胚葉から誘導された初期神経板の性質は、後方化シグナル分子の濃度勾配にしたがって、前後軸に沿った異なる性質をもつ領域へと変換される。さらに、二次シグナリングセンターからのシグナル分子の作用により、各脳領域には特徴的な前後軸パターンが形成される。

神経誘導と前後軸パターン形成モデル

 前後軸は、胚発生において最も早く確立される軸である。

 1920年代後半、シュペーマンマンゴルト両生類胚を用いて、中枢神経系の前後軸パターン形成に関わる重要な領域を明らかにした[1]イモリ初期原腸胚原口背唇部を本来神経組織に分化しない表皮外胚葉に移植すると、完全な頭部と胴部を含む二次軸が誘導された。後期原腸胚の原口背唇部を表皮外胚葉に移植すると、頭部が欠損した胴尾部組織が異所的に生じた。シュペーマンらはこのような実験結果に基づき、外胚葉から神経組織(神経外胚葉)を誘導する活性をもつ原口背唇部を、オーガナイザー(形成体)と名付けた。特に、初期原腸胚の原口背唇部は頭部オーガナイザー、後期原腸胚の原口背唇部は尾部オーガナイザーと呼ばれている。神経外胚葉は中枢神経系の原基である神経板を形成し、原口背唇部からは、その後神経外胚葉下を前方向に移動する中内胚葉(mesendoderm)細胞および中胚葉 (mesoderm) 細胞が派生する。先に移動する中内胚葉細胞は脊索前板を形成し、それに続き移動する中胚葉細胞は脊索を形成する。

 マンゴルトは1930年代前半に(編集コメント:マンゴルトは1924年に死亡したようです。年代をご確認下さい)、前方神経板下の中内胚葉細胞を表皮外胚葉領域に移植すると頭部が誘導され、後方神経板下の中胚葉細胞を表皮外胚葉領域に移植すると胴体および尾部が誘導されることを示した。これら一連の実験から、原口背唇部の神経誘導活性は時間とともに性質が変化し、オーガナイザー細胞が前方へ移動する過程において、オーガナイザーから異なるシグナルを受け取った外胚葉には、前後軸に沿って異なる性質をもつ領域が形成されると考えられた。1990年代前半、ついに、頭部オーガナイザー因子として、ノギンNoggin)、コーディン(Chordin) およびフォリスタチン(Follistatin) が同定された。これらの分子は、表皮外胚葉から分泌される骨形成タンパク質(bone morphogenetic protein: BMP) がもつ神経抑制作用を打ち消すことで、外胚葉から神経外胚葉を誘導することができる[1]

 ニュークープは1950年代前半に、中枢神経系の前後軸パターン化に関する活性化-形質変換(activation-transformation)モデルを提唱した[1]。第一段階として、原口背唇部の細胞が分泌するシグナル分子が、外胚葉を神経外胚葉へと活性化し、神経板に前脳に相当する領域の性質を与える。第二段階として、トランスフォーマーと呼ばれる後方化分子の濃度勾配が神経板の前後軸に沿って形成される。その結果、初期神経板の性質は後方化分子の濃度に依存して、中脳後脳および脊髄の性質へと変換されるという考え方である。

 現在では、Wntなどのトランスフォーマーの性質を満たす後方化分子が同定されており、シュペーマン/マンゴルトとニュークープのモデルの両者を重ね合わせたものが、現代の神経発生生学における前後軸形成機構の基礎となっている[1]

神経板の前方化

 
図1.神経板の前後軸パターン化
(A) マウス初期胚におけるシグナリングセンター ([2]を基に作成) (B) マウス神経板における前後軸パターン形成 ([3]を参考に作成) VE, visceral endoderm; DVE, distal visceral endoderm; Epi, epiblast; EE, extra embryonic endoderm; AVE, anterior visceral endoderm; Mes, mesoderm

 鳥類胚や齧歯類胚を用いた移植実験や機能喪失実験は、さらに神経板の前後軸パターン形成機構の解明に貢献した。

 ニワトリ胚やマウス胚において頭部オーガナイザーに相当する領域は二次軸誘導能をもつ原始線条 (primitive streak) 先端部であり、BMPシグナル阻害分子が発現している。頭部オーガナイザーによって胚性外胚葉(エピブラスト epiblast)に誘導された初期神経板は、Otx2などの前方マーカー遺伝子を発現する。したがって、初期神経板は前脳の性質をもつと考えられる[1]

 オーガナイザーの他に前後軸パターン化に関わる領域として、ニワトリ胚の胚盤葉下層(hypoblast)やマウス胚の胚体外組織である前方臓側内胚葉(anterior visceral endoderm:AVE)が重要である(図1)。ニワトリ胚の胚盤葉下層の細胞を別の胚に異所的に移植すると、エピブラストにOtx2やSox3の発現が一過的に誘導される[1]。マウス胚においてAVE細胞を除去すると、神経板における前脳マーカー遺伝子の発現が消失する。また、AVE細胞に発現するHexHesx1、Otx2、Lim1遺伝子は、正常な前脳形成に必須である[1] [2](注:AVEは遠位臓側内胚葉 (distal visceral endoderm: DVE) が前方へ移動したものであると考えられてきたが、AVEはDVEと異なる細胞系譜をもつことが最近明らかになった[4]。DVE はAVEの前方移動をガイドするために必要とされる。)。

 AVE細胞はCerberusDkk1などの分泌性因子を産生する。これらの分子は、後方化シグナルとして働くWntシグナルを阻害することで、前方神経板の性質を維持している[2] [3]。前方神経板を裏打ちする中内胚葉細胞にもWntシグナル阻害分子が発現し、中内胚葉細胞からのシグナルが前方神経板のパターン化に寄与している[5]

神経板の後方化

 ニワトリ胚やマウス胚において、両生類胚の尾部オーガナイザーに相当する領域は、原始線条の先端部から時期を追って形成される結節ノード node)と呼ばれる領域である。

 原始線条や結節には線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor 8: FGF8) が発現している。ニワトリ初期神経板前方領域の組織片にFGF8を添加し、しばらく培養すると、FGF8の濃度依存的に中脳や菱脳前方領域の性質が誘導される[6]。このような脳の領域は、前後軸に沿って発現する転写制御因子の発現を指標にすることで区別可能である。例えば、前脳ではPax6、中脳ではEngrailed 1/2 (En1/2)、菱脳ではKrox20、菱脳・脊髄では各種ホックス(Hox) 遺伝子が発現する(図1)。このような一連の実験から、初期神経板には前後軸に沿ってFGF8の濃度勾配が形成され、FGF8は神経板の後方化シグナル分子として機能することが明らかとなった。

 また、後方沿軸中胚葉(paraxial mesoderm)で合成されるレチノイン酸retinoic acid: RA)は、初期神経板に菱脳後方および脊髄の性質を誘導する後方化シグナル分子である[6]。また、レチノイン酸は、胚後方部からのFGF8と拮抗することで、ニューロン分化を促進し、FGF8は後方部の未分化領域(stem cell zone)の維持においても必要である[7]。初期神経板に近接する沿軸中胚葉から分泌されるWntは、初期神経板の性質を濃度依存的に中脳・菱脳・脊髄の全ての性質に変換することができる後方化シグナル分子である(図1)[6]

 Hox遺伝子群はショウジョウバエで見いだされた一連の体軸形成制御遺伝子群(ホメオティック遺伝子)の相同遺伝子であり、頭尾方向の体軸を形成する根幹的な遺伝子である[8]。これらの遺伝子は菱脳・脊髄原基においても、前後軸に沿った発現境界を示し、前後軸に沿ったパターン化に関与している(図1) [9]。FGF8は、Cdxの発現誘導を介して、Hox遺伝子の発現を制御している[9]。また、レチノイン酸は前後軸に沿ったHox遺伝子の発現誘導やそれらの発現境界の確立に関与している[9]。WntはFGFやレチノイン酸との協調的作用によりHox遺伝子の発現制御に関わる[9]

各脳領域における前後パターン形成

菱脳

 
図2.脳原基の前後軸パターン化
マウス胚胎齢8.5日と10.5日における脳の区画化
p1-3, prosomere 1-3; mb, midbrain; r1-7, rhombomere 1-7; ANR, anterior neural ridge; MHB, midbrain hindbrain boundary; Zli, zona limitance intrathalamica

 神経板の前後軸極性の確立にともない、初期脳原基にはニューロメアneuromere)と呼ばれる分節構造が形成される。とくに、菱脳ではロンボメアrhombomere)と呼ばれる分節が存在する(図2) [5]。発生初期段階のマウス胚やニワトリ胚にレチノイン酸を投与すると、菱脳におけるHox遺伝子の発現境界が前方へシフトする。またレチノイン酸が欠乏した胚では、菱脳におけるHox遺伝子の発現境界が後方にシフトする。これらのことから、生体内では、菱脳後方から前方に向かって形成されるレチノイン酸の濃度勾配が、菱脳の前後パターン形成に関与すると考えられている[5]

 また、中脳・後脳境界(midbrain hindbrain boundary: MHB)の後脳側に発現するFGF8の作用により、菱脳第一分節は小脳へと運命づけられる[5]。各ロンボメア間では、エフリン (ephrin) やエフリン受容体 (Eph) による反発作用により境界を超えて前後に細胞が混じり合わない(注: 細胞移動が起こらない境界で囲まれた領域はコンパートメントと呼ばれ、コンパートメント間の境界はコンパートメント境界と呼ばれている)。さらに、ロンボメア境界付近の細胞は、ロンボメア境界細胞(rhombomere boundary cell)と呼ばれる特殊化した細胞群に変化し、FGFやWntなどのシグナル分子を前後軸方向に分泌し、近接する細胞の神経分化を制御するシグナリングセンターとして機能することが示唆されている[5]

中脳

 鳥類胚において、間脳背側の組織を中脳・後脳境界の前方へ移植すると、移植片は中脳へ分化する。また、中脳・後脳境界の組織を間脳に移植すると移植片の周囲の組織が中脳へ転換する。このような一連の実験から、中脳・後脳境界は中脳をパターン化するシグナリングセンターであり、FGF8がその機能を担うことが明らかとなった[5]。中脳・後脳境界の中脳側に発現するWnt1も小脳領域の形成に重要である(図2)[5]。中脳の前後極性形成には転写因子En1/2 の発現勾配が重要であり、その勾配は、網膜から中脳視蓋への視神経の投射パターンの決定に重要な位置情報を与えている[10]。中脳・後脳境界は中脳側に発現する転写因子Otx2と菱脳側に発現する転写因子Gbx2による相互抑制作用によって決定され、シャープな発現境界が形成される(図2)[5]

前脳

 
図3.大脳皮質原基の前後軸パターン化
大脳皮質原基における遺伝子発現 ([11]を基に作成) F/M, prefrontal/motor cortex (前頭前皮質/運動野); S1, primary somatosensory cortex (一次体性感覚野); A1,primary auditory cortex (一次聴覚野); V1, primary visual cortex (一次視覚野)

 前脳は間脳と終脳に分けられる。予定前脳領域の神経板では、前方神経境界領域 (anterior neural boundary: ANBまたはanterior neural ridge: ANR) が二次シグナリングセンターとして機能し、分泌されるFGF8が前脳のパターン化に重要である[5]。様々な転写因子遺伝子の発現パターンと形態学的な境界との比較により、前脳を前後軸に沿って6つのプロソメア領域 (p1からp6) に区画化するプロソメアモデル(prosomeric model)が提唱された[12]

 現在では、p4からp6領域は、secondary prosencehplaon(終脳と視床下部)として一区画とされている[13]。(図2)。FGF8は前脳においては、Six3の発現を誘導する。p2/p3境界は、Six3およびFezf1/2の後方発現境界とIrx3の前方発現境界に一致している[5]。Six3やFezf1/2はp2/3境界形成に必須の遺伝子である(図2)[5]。p2/p3境界にはソニックヘッジホッグ(sonic hedgehog: Shh) を発現するZli 領域 (zona limitance intrathalamica)が形成され、間脳原基から生じる視床の前後軸パターン化に関与している[5](図2)。間脳・中脳境界は、間脳後部に発現するPax6と中脳に発現するEn2の相互抑制機構により確立される(図2)。

 p3の前方部の背側から腹側にかけての領域からは、将来の大脳皮質線条体淡蒼球視床下部が派生する。脳胞形成後の終脳先端正中部に位置するcommissural plateにはFGF8が発現している (図2)。FGF8をマウス大脳皮質原基の前方領域に発現させると、本来前方に位置する領野が後方へとシフトする。一方、FGF8を大脳皮質原基の後方領域に発現させると鏡像対称な体性感覚野バレル構造が形成される。これらの結果から、commissural plate から分泌されるFGF8の濃度勾配が大脳皮質原基の前後軸パターン化を制御していることが示唆された[14]

 また、大脳皮質原基の前方ではPax6, Sp8の発現が高く、後方ではEmx2, Couptf1の発現が高く、FGF8 はEmx2の発現を抑制する。これらの転写制御因子は、大脳皮質における各領野の位置を決定するパターン化因子として機能している (図3) [11]

関連項目

参考文献

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(執筆者:高橋将文 担当編集委員:村上富士夫)