ゲフィリン

2015年3月20日 (金) 03:34時点におけるYoshihisa nakahata (トーク | 投稿記録)による版

中畑 義久
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
石橋 仁
北里大学 医療衛生学部 生理学教室
鍋倉 淳一
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
DOI:10.14931/bsd.5595 原稿受付日:2015年2月26日 原稿完成日:2015年月日
担当編集委員:柚崎 通介(慶應義塾大学 医学部生理学)

英語名:gephyrin  英略称:GPHN

 ゲフィリンは、抑制性シナプス後膜における足場タンパク質であり、グリシン受容体および一部のGABAA受容体のシナプス局在に関わっている。ゲフィリンの機能や局在は翻訳後修飾、関連タンパク質との結合、神経活動、受容体の活性など様々な要因によって制御される[1]

Gephyrin
PDB rendering based on 1JLJ.
Identifiers
Symbols GPHN; GEPH; GPH; GPHRYN; HKPX1; MOCODC
External IDs OMIM603930 MGI109602 HomoloGene10820 GeneCards: GPHN Gene
EC number 2.7.7.75 2.10.1.1, 2.7.7.75
RNA expression pattern
PBB GE GPHN 220773 s at tn.png
More reference expression data
Orthologs
Species Human Mouse
Entrez 10243 268566
Ensembl ENSG00000171723 ENSMUSG00000047454
UniProt Q9NQX3 Q8BUV3
RefSeq (mRNA) NM_001024218 NM_145965
RefSeq (protein) NP_001019389 NP_666077
Location (UCSC) Chr 14:
66.97 – 67.65 Mb
Chr 12:
78.23 – 78.68 Mb
PubMed search [1] [2]

構造

 
図1. ゲフィリンのドメイン構造
 
図2.抑制性シナプス後膜におけるゲフィリン
Gドメインの三量体形成とEドメインの二量体形成による六方格子(hexagonal lattice)モデルが仮定されている[2] [3]
注: グリシン受容体のサブユニット構成比(3つのαサブユニットと2つのβサブユニット、もしくは2つのαサブユニットと3つのβサブユニット)については、まだ明確になっていない[4]

ドメイン構造並びにタンパク質相互作用

 93 kDaの表在性膜タンパク質として同定されたゲフィリンは[5] [6]、自己オリゴマー化によって凝集体を形成する[1]。G、C、Eの3ドメインから成り(図1)、GドメインN末端(20 kDa)とEドメインC末端(43 kDa)がCドメイン(リンカー領域: 18-21 kDa)に結合している[7]。Gドメインは安定した三量体を形成する一方、Eドメインは二量体を形成し、グリシン受容体βサブユニットの細胞内ループ(M3-M4)に高親和性を示す。グリシン受容体βサブユニットにおけるセリン残基403がプロテインキナーゼCPKC)によってリン酸化されると、ゲフィリンとの結合が減少する[8]。また、結晶構造解析の結果から、ゲフィリンの二量体形成面におけるフェニルアラニン残基330、チロシン残基673、プロリン残基713がグリシン受容体βサブユニットとの高い親和性に重要であると考えられる[7]。「リンカー領域」とも呼ばれるCドメインにはゲフィリン結合タンパクの作用部位があり、peptidyl-prolyl isomerase NIMA interacting protein 1 (Pin1)は188-201配列に、ダイニン軽鎖1 (dynein light chain 1, Dlc1)およびダイニン軽鎖2 (dynein light chain 2, Dlc2)は203-212配列に、アクチン重合に関与するCdc42に選択的なコリビスチンcollybistin)は319-329配列に作用する。また、タンパク分解をされやすいのもCドメインである。

 組み換えゲフィリンの過剰発現実験の結果から、様々な細胞株において凝集体を形成することが確認されており、現在はGドメインの三量体化とEドメインの二量体化による六方格子(hexagonal lattice)モデルが仮定されている[2] [3](図2)。

アイソフォーム

 転写産物は複数のエクソンから選択的スプライシングされるため、多様なアイソフォームが存在すると考えられる。但し、ゲフィリンの各スプライシング変異体とそれらの名称は文献によって混在しており、異なるスプライシング変異体が同一の名称で呼ばれている場合があるので注意が必要である。こうしたことから、変異体の名称を統一することも提唱されている[7]。また、変異体の組織特異性と生物種特異性が報告されているが、後者については検討が不十分との指摘もある[7]

 なお、哺乳類鳥類では1つのゲフィリン遺伝子が存在するが、ゼブラフィッシュでは2つの遺伝子(gphnaとgphnb)が存在する[9] [10]

翻訳後修飾

 
図3.ゲフィリン関連分子
(GABAAR:GABAA受容体、GlyR:グリシン受容体、HSC70:HSP70熱ショックタンパク質、KIF5:キネシンスーパーファミリータンパク質5、Dlc1/2:ダイニン軽鎖1/2、GABARAP:GABAA receptor-associated protein)

 ゲフィリンはリン酸化、パルミトイル化アセチル化によってその機能と局在が変化する。例えば、シナプスにおけるゲフィリン局在は細胞接着分子であるβ1インテグリンの活性化によって増加する一方、β3インテグリンの活性化によって減少する[11]。また、ゲフィリンのセリン残基268が分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼであるERK1/2によって[12]、セリン残基270がグリコーゲン合成酵素キナーゼであるGSK3βによって[13]リン酸化されると、ゲフィリンのシナプス局在が減少する。これはCa2+/ERK依存性セリンプロテアーゼであるカルパイン1によるゲフィリンの分解によると考えられる[4]。この他、Cdk5によるセリン残基270のリン酸化[14]熱ショックタンパク質であるHsc70[15]、アクチン結合タンパク質のプロフィリン1/2mammalian Ena/VASP (enabled/vasodilator stimulated phosphoprotein)、Raft 1チューブリンなどの因子が報告されている[7] [4](図3)。

発現

組織分布

 ゲフィリンは脊髄脳幹のグリシン作動性シナプスのみならず、中枢神経で広く発現が認められ、網膜嗅球海馬大脳皮質GABA作動性シナプスにおいても確認されている[1]。また、中枢神経系以外に肝臓心臓筋肉といった末梢組織でも多様なアイソフォームが確認されている[16]

細胞局在

 これまで、ゲフィリンはグリシン受容体に先行して抑制性シナプス後膜の細胞質側に凝集すると考えられてきた[17] [18]。そのため、抑制性シナプスの指標として用いられることも多い。超解像顕微鏡を用いた報告によれば、抑制性シナプス後膜領域にはゲフィリン分子が約5,000-10,000/μm2の密度で凝集している[19]。しかし、ライブセルイメージングによってマイクロメートルのスケールでみると、ゲフィリンはダイナミックに動いており、樹状突起の微小管に沿った移動も報告されている[20] [21] [22]。このことから、実際には動的平衡状態を維持していると考えられる。また、ゲフィリンの運動性は神経活動に応じて変化することが報告されており[23] [24]、これは細胞骨格であるFアクチンや微小管とゲフィリンとの結合がCa2+依存的に変化するためであると考えられる[23]

機能

グリシン受容体/GABAA受容体の固定化

 
図4.シナプス後膜におけるゲフィリンの局在
DAB染色による電子顕微鏡画像(嗅球顆粒細胞のプレシナプス(大矢印)と僧帽細胞のゲフィリン(小矢印))Marco Sassoè-Pognetto博士のご厚意による提供[25]

 グリシン受容体が集積するマイクロドメインは、グリシン作動性シナプス前終末と対応したシナプス後膜に認められる[26](図4)。その際、グリシン受容体βサブユニットの細胞質ループに存在する18のアミノ酸モチーフにゲフィリンが結合することで、シナプス後膜におけるグリシン受容体の係留に関与している[27]。そのため、免疫組織化学法においては、しばしば(グリシン受容体βサブユニットとヘテロマーを形成する)グリシン受容体α1サブユニット特異的抗体を用い、ゲフィリン抗体と二重染色することでシナプス後膜に局在するグリシン受容体が標識される。

 但し、ゲフィリンはグリシン受容体α2サブユニットにも低親和性結合を示すことから、α2ホモメリックグリシン受容体がシナプスに係留される可能性も示唆されている[28] [29]

 実際にアンチセンスオリゴヌクレオチドによってゲフィリンの発現を阻害すると、シナプスにおけるグリシン受容体の局在が減少する[17]。更に、相同組み換えによって全てのゲフィリンアイソフォームをノックアウトしたマウスでは、シナプスにおけるグリシン受容体の局在が減少する[30]。こうしたことから、グリシン受容体はゲフィリンと結合することで凝集体を形成し、解離することで拡散することが知られている[31] [32]

 GABAA受容体については、ゲフィリンとGABAA受容体α2サブユニット、γ2サブユニットの結合が示唆されている[33] [34]。また、GABARAPはゲフィリンCドメインと結合するものの、GABAA受容体とゲフィリンの輸送に必須ではない[35]。グリシン受容体に比べGABAA受容体のサブユニットは多様であり、GABAA受容体に対するゲフィリンの役割は未だ十分明らかになっていない。

 また、ゲフィリンはシナプス後膜における細胞接着分子であるニューロリギンとの結合が知られている[4]。ニューロリギン2欠損マウスでは、ゲフィリンのシナプス局在が減少し、GABAおよびグリシン作動性の微小シナプス後膜電流(mIPSC)の大きさと頻度が減少することから、ニューロリギンがゲフィリンのシナプス局在に関わることが示唆されている[36]。また、マウスの網膜上丘視床脳幹脊髄においては、ニューロリギン4がゲフィリンと共局在するという報告がある[37]

輸送カーゴ補助タンパク質として

 加えて、ゲフィリンが輸送カーゴ補助タンパク質として、グリシン受容体の細胞内輸送に関与することも示唆されている[22]粗面小胞体-ゴルジ体を経て分泌小胞に包まれたグリシン受容体は、ゲフィリンを介して順行性輸送タンパク質であるKIF5KIF1A)に結合し、微小管に沿って輸送されることが報告されている[22]。また、逆行性輸送タンパク質であるダイニンを構成するダイニン軽鎖(Dlc1/2)とゲフィリンが結合することも報告されている[38]

神経系以外における生理機能

 ゲフィリンは代謝系において触媒作用を持ち、脊椎動物ではモリブデン補因子(molybdenum cofactor, MoCo)の生合成に必須である[39]。モリブデン補因子は、亜硫酸オキシダーゼ尿酸生成に不可欠なキサンチンオキシダーゼを含め、4つの酵素活性に必要である[40]。そのため、ゲフィリン遺伝子欠損マウスは、ヒトにおけるモリブデン補酵素欠損症と似た症状を示すことが報告されている[30]。また、細菌菌類植物においても、ゲフィリンのGおよびEドメインに相同するタンパク質が存在し、モリブデン補因子の合成を触媒する[40]。こうしたことから、足場タンパク質としてのゲフィリンの役割は、代謝に関わる触媒が進化の過程において獲得した性質であると考えられる。

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