金生 由紀子
東京大学大学院医学系研究科
DOI:10.14931/bsd.5929 原稿受付日:2015年6月3日 原稿完成日:2015年6月5日 改訂日:2022年4月5日
担当編集委員:加藤 忠史(順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学/医学部精神医学講座)
英語名:attention-deficit/hyperactivity disorder 独:Aufmerksamkeitsdefizit-/Hyperaktivitätsstörung 仏:trouble du déficit de l'attention/hyperactivité
略語:ADHD
同義語:注意欠陥・多動性障害、注意欠如・多動症
注意欠如・多動性障害は、不注意、多動性、衝動性という症状で定義され、12歳以前から症状を認める発達障害である。様々な精神疾患を併存することも特徴の一つである。成人後も機能障害が残存する場合が少なくないことが明らかになり、成人での診断・治療にも関心が高まっている。歴史的に早い時期から脳機能障害と認識されており、それを踏まえた病態モデルが検討されてきた。実行機能及び報酬系の障害に加えて、最近では時間的処理や情動制御の障害も想定されている。治療は、本人及び親をはじめとする周囲の人々がADHDの特性を適切に理解して対応できるようにする心理社会的治療と薬物療法が中心である。
歴史と概念の変遷
注意欠如・多動性障害につながる疾患概念が医学的論文の中に初めて現れたのは、1902年にStillが攻撃的で反抗的になりやすい43名の子どもを記載したことであるとされている。1917~1918年のエコノモ脳炎の大流行の後に、不注意、多動性、衝動性を示す子どもたちが認められ、脳炎後行動障害として検討されるようになった。
この延長線上で、1947年にStraussとLehtinenは「brain-injured child(脳損傷児)」概念を提唱した。その後、脳損傷が証明できないとして「minimal brain damage: MBD(微細脳損傷)」、さらには「minimal brain dysfunction: MBD(微細脳機能障害)」という名称が提唱された。
1960年代になると、MBD概念に代わって症状に注目されるようになった。1968年にアメリカ精神医学会から出版された「精神疾患の診断・統計マニュアル第2版(DSM-II)」は初めて子どもの精神障害を記載し、その中には「hyperkinetic reaction of childhood(小児期の多動性反応)」が含まれていた。1970年代になると、多動に加えて、注意の持続や衝動のコントロールも重視されるようになり、1980年に出版されたDSM-IIIでは「attention deficit disorder(注意欠陥障害)」という概念が提唱された。その後、不注意、多動性、衝動性が主症状として確立して、2013年に出版されたDSM-5では「attention-deficit/hyperactivity disorder(注意欠如・多動性障害/注意欠如・多動症): ADHD」という概念となっている。また、ADHDはDSM-5で新たに形成された「neurodevelopmental disorders(神経発達症群/神経発達障害群)」に含まれ、発達障害として明確に位置づけられるようになった。
なお、世界保健機関による「精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン第10版(ICD-10)」にはADHDという診断名はない。「hyperkinetic disorders(多動性障害)」が存在し、注意の障害と多動が基本的な特徴とされ、不注意および多動性―衝動性の両方ともが目立つADHDと近似している。
症状
子どもで気づかれやすい症状は、授業中に立ち歩いたり、席に着いていたとしてもじっとしていずに近くの席の子に繰り返しちょっかいを出したり、手いたずらや落書きをずっとしていたり、などの多動性に関連する症状と思われる。遊びの場面で加減が分からずに夢中になり過ぎてしまうとか、しゃべりだすと止まらずに頭に浮かんだことをどんどんしゃべり続ける、なども多動性の症状に含まれる。ADHDの子どもはしばしば姿勢の保持が苦手で、椅子からずり落ちそうになったりするので、余計に落ち着きなく見えるかもしれない。
衝動性は必ずしも攻撃性につながるわけではないが、自己制御がうまくいかずに周囲とのトラブルに発展することも少なくない。興味を引くことややりたいことがあると、周囲が目に入らずにまっしぐらに向かっていってしまうために、人を押しのけたり列に割り込んだりすることになってしまう。
多動性や衝動性と比べると、不注意に関連する症状は一見すると人目をひかないかもしれない。しかし、学習などの課題を行う際に、集中が続かない、注意が散りやすい、注意を適切に振り分けられないことはしばしば大きな問題になる。コツコツと努力を積み重ねることが苦手で、いろいろなことに手を出すものの優先順位が付けられずにどれも途中で投げ出してしまうかもしれない。ふと目についたことや耳にしたことに気がそれてしまって課題を続けにくいこともある。そうかと思うと、好きなことには過度に集中して声をかけても気づかないなど注意の切り替えが悪いこともある。忘れ物やなくし物が多く、通常であれば考えられないような物を置き忘れてくることもある。
診断・鑑別診断
不注意および/または多動性―衝動性が持続的に認められて、機能または発達の妨げとなっている場合、ADHDと診断される。DSM-5の診断基準は、以下のとおりである[1] [2]。
A. (1)および/または(2)によって特徴づけられる、不注意および/または多動性ー衝動性の持続的な様式で、機能または発達の妨げとなっているもの (1) 不注意:以下の症状のうち6つ(またはそれ以上)が少なくとも6カ月持続したことがあり、その程度は発達の水準に不相応で、社会的および学業的/職業的活動に直接、悪影響を及ぼすほどである
(2) 多動性および衝動性:以下の症状のうち6つ(またはそれ以上)が少なくとも6カ月持続したことがあり、その程度は発達の水準に不相応で、社会的および学業的/職業的活動に直接、悪影響を及ぼすほどである
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B. 不注意または多動性―衝動性の症状のうちいくつかが12歳になる前から存在していた。 |
C. 不注意または多動性―衝動性の症状のうちいくつかが2つ以上の状況(例:家庭、学校、職場;友人や親戚といるとき;その他の活動中)において存在する。 |
D. これらの症状が、社会的、学業的または職業的機能を損なわせているまたはその質を低下させているという明確な証拠がある。 |
E. その症状は、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中に起こるものではなく、他の精神疾患(例:気分障害、不安症、解離症、パーソナリティ障害、物質中毒または離脱)ではうまく説明されない。 |
DSM-IV-TRまでは、自閉症スペクトラム障害/自閉スペクトラム症(ASD)が鑑別対象に含まれるが、DSM-5では異なっている。すなわち、自閉症状を有していても、上記の診断基準を満たしていれば、ADHDと診断される。
症状の組み合わせから、不注意、多動性―衝動性の両方とも基準を満たす場合(混合して存在)、不注意のみ基準を満たす場合(不注意優勢に存在)、多動性―衝動性のみ基準を満たす場合(多動・衝動優勢に存在)がある。経過中で、異なる存在に変わることもある。
併存症
ADHDには様々な精神疾患が併存することがよく知られている。併存症を、行動障害群、情緒的障害群、神経性習癖群、神経発達症群、反応性アタッチメント障害と脱抑制型対人交流障害、睡眠-覚醒障害群、パーソナリティ障害群と7疾患群に分けることが、日本の診断・治療ガイドラインで提案されている[3]。
- 行動障害群とは、攻撃行動で代表されるように、行動として外側から見える問題を示すものである。反抗挑発症や素行症などが該当する。
- 情緒的障害群とは、不安やうつで代表されるように、こころの内側の問題を示すものである。不安症群、強迫症および関連症群、抑うつ障害群などが該当する。
- 神経性習癖群は、繰り返されることで身について固定された行動である習癖で特徴づけられる。夜尿症を中心とする排泄障害、睡眠障害、チック症などが含まれる。なお、チック症はDSM-5ではADHDと同様に神経発達症群に含まれるようになったので、発達障害群に含めてもよいかもしれない。
- 神経発達症群には、ASD、知的能力障害、限局性学習症、発達性協調運動症に加えて、チック症群も含まれる。
- 反応性アタッチメント障害と脱抑制型対人交流障害には、疾患の水準に達していないアタッチメントの問題も含めて考えることが有意義とされる。
- 睡眠-覚醒障害群には、睡眠時無呼吸症候群、むずむず脚症候群、ナルコレプシーなどが含まれる。
- パーソナリティ障害群には、境界性パーソナリティ障害、反社会性パーソナリティ障害などが含まれる。
複数の併存症を有する場合も稀ではない。
経過・予後
以前は、ADHDは成長に伴って改善することが多いと考えられていた。しかし、成人までに、ADHD症状の数が基準以下となる者が約60%であるのに対して、機能障害がなくなる者は約10%と低率であることが明らかになった[4]。ADHD症状の中でも不注意は成長に伴って改善する割合が低かった。学童期には不注意と多動性―衝動性の両方ともが目立つ場合が主であるが、成人期には不注意が目立つ場合が主であるという報告もある[5]。
また、同じ症状であっても年齢によって表れ方が異なる。例えば、不注意は、子どもでは気が散りやすく一つの行動が長続きしないということで表れる一方、成人では約束を忘れるとか見通しが立てられず時間管理が苦手であるというかたちをとるかもしれない。なお、DSM-5ではDSM-IV-TRと比べて成人での症状を詳しく記述して診断しやすくしている。
経過中に併発症が出現してくる際にいくつかのパターンがある。ADHDに反抗挑戦症を伴ってさらに素行症に発展する場合がDBDマーチという名称で知られている。ADHDにチック症を伴ってさらに強迫症に発展する場合もある。
疫学
ADHDの頻度は、DSM-5では子どもで約5%、成人で約2.5%とされている。アメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)の報告によると、ADHDと診断された4~17歳の子どもが2011年に11.0%であり、2003年に7.8%であったのと比べて大きく増加している[6]。日本では通常の学級に在籍する児童生徒に関する質問紙調査でADHD症状を有する割合が3.1%との報告があり、アメリカよりも若干低いかもしれない[7]。性別では、女性よりも男性に多く、子どもでその傾向が強い。女性では男性より不注意が目立つ。
病因・病態
ADHDの病態モデルとして、実行機能及び報酬系の障害という2つの経路からなるdual pathway modelが有力視されてきた[8]。
実行機能は高次のトップダウンの認知処理過程であり、障害されると抑制欠如が生じる。脳基盤としては、背外側前頭皮質から背側線条体、尾状核に投射され、淡蒼球、黒質、視床下核から視床を経て前頭皮質に至る回路が想定されている。報酬系の障害によっては遅延報酬の嫌悪が生じる。すなわち、将来の大きな報酬よりも目前の小さな報酬に飛びつきやすくなり、報酬遅延に際してじっと待てなくなる。脳基盤としては、前頭眼窩皮質、前帯状回から腹側線条体、側坐核に投射され、腹側淡蒼球、視床を経て前頭皮質に至る回路が想定されている。
しかし、dual pathway modelを提唱してきた研究者自身が、最近3つ目の経路として時間的処理の障害を提案している [9]。脳基盤としては、実行機能及び報酬系の障害の経路と重なる部分があるものの、小脳が重要な要素である。また、左下前頭皮質、島、左下頭頂葉の関与も示唆されている[10]。
さらに、近年、ADHDにおける情動の制御異常についても関心が高まっている。そのメカニズムとして、顕著な情動刺激への志向性及び小さくても即時の報酬の優先というボトムアップの過程が想定されると同時に、情動刺激への反応のトップダウンの制御に困難があると考えられている[11]。脳基盤としては、ボトムアップについては扁桃体、腹側線条体、前頭眼窩皮質が、トップダウンについては前頭前皮質腹外側部、前頭前皮質内側部、前部帯状回が重要とされる。
いずれにしても、ADHDの病態を前頭―線条体回路だけでは説明できないと言えよう[12]。
上記のような脳内のネットワークにおいてドーパミン及びノルアドレナリンが中心的な役割を果たしていると考えられている。シナプスにおけるドーパミン及びノルアドレナリンが平生は少量であるので、一時的にかえって通常よりも大量の放出が起こることが、ADHDの基盤にあるとされる[13]。
ADHDに家族集積性があることから、遺伝要因の関与が注目され、ドーパミン及びノルアドレナリンに関連する遺伝子を含めて検討されてきた[14]。稀なコピー数多型や候補遺伝子多型に加えて、発達早期の逆境体験、周生期の鉛への曝露、低出生体重などが関連する可能性が示唆されているが、いずれについても決定的とは言い難い[15]。また、遺伝的要因については、ASDなど他の神経発達症との重複が指摘されてもいる。
なお、ADHDが均質の疾患とは言い難いため、ADHDの病因・病態の検討がいっそう困難になっている面がある[16]。
治療
構成
日本の診断・治療ガイドラインでは、ADHD治療・支援は環境調整に始まる多様な心理社会的治療から開始すべきであり、薬物療法は心理社会的治療が効果不十分な場合に選択肢となるとされている。そして、ADHDの心理社会的治療としては、環境調整、親への心理社会的治療、子どもへの心理社会的治療、学校など関連専門機関との連携という4領域をバランスよく組み合わせて実施することが推奨されている[3]。
親をはじめとして関わりのある人々が、発達的な観点に立ってADHDの特性を理解して適切に対応できるようにすることが必須である。このような基盤を持つ包括的な治療の中で薬物療法がより効果を発揮する。
アメリカのMultimodal Treatment Study of Children with ADHD(MTA研究)では、治療の柱として行動療法と薬物療法を設定して、大規模なランダム化比較試験による効果検証が行われた[17]。14ヶ月間の治療後では行動療法と薬物療法の併用で効果が有意に高かった。但し、長期的に自然経過を追うと、薬物療法の優越性は減少した。この結果は治療の構成を考える上で参考になる。
青年・成人でも、行動療法を中心とする心理社会的治療と薬物療法からなる包括的な治療が基本と考える[18]。
いずれにしても、治療は、ADHDを持つ本人が自己評価を低下させずに生活していけるようにすることを目指す。
心理社会的治療
心理社会的治療としては親ガイダンスが第一歩であろうが、中心は行動療法(行動療法的な観点からの幅広いアプローチを含む)である。MTA研究における行動療法は、親に対する小集団でのペアレントトレーニング、教師に対するコンサルテーション、子どもに対するサマープログラム、教室への援助者の参加からなっていた。
ペアレントトレーニングは、ADHDの特性に伴う子どもの育てにくさを前提としつつ、例えば望ましい行動をしたらほめて強化するなどの適切な対応を親が身につけていけるようにするプログラムである。
子どもに対しては、自分の得意な点と苦手な点を理解して前向きに対応していくことができるように支援することが大切である。Social skill trainingをはじめとして適切な行動の修得を促す集団療法も行われる。
青年・成人ではADHDについての心理教育や生活上での対処法の相談をはじめとして、子どもに比べて本人に働きかけることが多いが、家族や職場などの周囲の理解を促すこともやはり重要である。
薬物療法
日本でADHD治療薬として子どもと成人への適応が承認されている薬物は、中枢神経刺激薬であるメチルフェニデート徐放剤とリスデキサンフェタミンメシル酸塩、選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害剤であるアトモキセチン、及び選択的α2Aアドレナリン受容体作動薬であるグアンファシン塩酸塩徐放剤である。リスデキサンフェタミンメシル酸塩は子ども(6歳以上18歳未満)のみに承認されているが、他の3剤は子どもにも成人にも承認されている。中枢神経刺激薬の2剤はADHD適正流通管理システムで管理されており、登録医しか処方ができず、処方する毎に各患者について処方を登録する必要がある。2剤ともドーパミン及びノルアドレナリンの再取り込み阻害作用があるが、リスデキサンフェタミンメシル酸塩はドーパミン及びノルアドレナリンの遊離促進作用も有している。4剤のうちでメチルフェニデートとアトモキセチンは小児のADHDへの適用が承認されてから10年以上が経過しており、使用経験が蓄積されている。メチルフェニデートの方がアトモキセチンよりも速やかに効果が発現する。メチルフェニデートは、実行機能と報酬系の障害への作用が期待されるが、依存やチックを誘発する恐れがある。一方、アトモキセチンは、主として実行機能の障害に作用して、依存やチックの誘発の危険はない。メチルフェニデートの副作用としては、上記の他に睡眠障害、食欲低下が高率であり、けいれん閾値の低下にも留意を要する。MTA研究では長期的に身長が3cm弱低くなったという。アトモキセチンの副作用としては、頭痛、食欲低下、傾眠があげられる。また、グアンファシンの副作用としては、血圧低下、傾眠、頭痛、めまいが、リスデキサンフェタミンメシル酸塩の副作用としては、食欲低下、不眠、頭痛があげられる。
日本では適応外であるが、アドレナリンα2受容体であるクロニジンもADHDに有効とされる。イミプラミン、ノルトリプチリンという三環系抗うつ薬もADHDに使用されてきた。
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