「前後軸」の版間の差分

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 前後軸は、胚発生において最も早く確立される軸である。
 前後軸は、胚発生において最も早く確立される軸である。


 1920年代後半、[[wikipedia:ja:シュペーマン|シュペーマン]]と[[wikipedia:ja:マンゴルト|マンゴルト]]は[[wikipedia:ja:両生類|両生類]]胚を用いて、[[中枢神経系]]の前後軸パターン形成に関わる重要な領域を明らかにした<ref name=ref1><pubmed>11252999</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:イモリ|イモリ]]初期[[wikipedia:ja:原腸胚|原腸胚]]の[[wikipedia:ja:原口背唇部|原口背唇部]]を本来神経組織に分化しない表皮外胚葉に移植すると、完全な頭部と胴部を含む二次軸が誘導された。後期原腸胚の原口背唇部を表皮外胚葉に移植すると、頭部が欠損した胴尾部組織が異所的に生じた。シュペーマンらはこのような実験結果に基づき、外胚葉から神経組織([[神経外胚葉]])を誘導する活性をもつ原口背唇部を、オーガナイザー(形成体)と名付けた。特に、初期原腸胚の原口背唇部は頭部オーガナイザー、後期原腸胚の原口背唇部は尾部オーガナイザーと呼ばれている。神経外胚葉は中枢神経系の原基である神経板を形成し、原口背唇部からは、その後神経外胚葉下を前方向に移動する[[wikipedia:ja:中内胚葉|中内胚葉]](mesendoderm)細胞および[[wikipedia:ja:中胚葉|中胚葉]] (mesoderm) 細胞が派生する。先に移動する中内胚葉細胞は[[脊索前板]]を形成し、それに続き移動する中胚葉細胞は[[脊索]]を形成する。
 1920年代後半、[[wikipedia:ja:シュペーマン|シュペーマン]]と[[wikipedia:Hilde Mangold|マンゴルト]]は[[wikipedia:ja:両生類|両生類]]胚を用いて、[[中枢神経系]]の前後軸パターン形成に関わる重要な領域を明らかにした<ref name=ref1><pubmed>11252999</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:イモリ|イモリ]]初期[[wikipedia:ja:原腸胚|原腸胚]]の[[wikipedia:ja:原口背唇部|原口背唇部]]を本来神経組織に分化しない表皮外胚葉に移植すると、完全な頭部と胴部を含む二次軸が誘導された。後期原腸胚の原口背唇部を表皮外胚葉に移植すると、頭部が欠損した胴尾部組織が異所的に生じた。シュペーマンらはこのような実験結果に基づき、外胚葉から神経組織([[神経外胚葉]])を誘導する活性をもつ原口背唇部を、オーガナイザー(形成体)と名付けた。特に、初期原腸胚の原口背唇部は頭部オーガナイザー、後期原腸胚の原口背唇部は尾部オーガナイザーと呼ばれている。神経外胚葉は中枢神経系の原基である神経板を形成し、原口背唇部からは、その後神経外胚葉下を前方向に移動する[[wikipedia:ja:中内胚葉|中内胚葉]](mesendoderm)細胞および[[wikipedia:ja:中胚葉|中胚葉]] (mesoderm) 細胞が派生する。先に移動する中内胚葉細胞は[[脊索前板]]を形成し、それに続き移動する中胚葉細胞は[[脊索]]を形成する。


 マンゴルトは1930年代前半に、前方神経板下の中内胚葉細胞を表皮外胚葉領域に移植すると頭部が誘導され、後方神経板下の中胚葉細胞を表皮外胚葉領域に移植すると胴体および尾部が誘導されることを示した。これら一連の実験から、原口背唇部の神経誘導活性は時間とともに性質が変化し、オーガナイザー細胞が前方へ移動する過程において、オーガナイザーから異なるシグナルを受け取った外胚葉には、前後軸に沿って異なる性質をもつ領域が形成されると考えられた。1990年代前半、ついに、頭部オーガナイザー因子として、[[ノギン]]([[Noggin]])、[[コーディン]]([[Chordin]]) および[[フォリスタチン]]([[Follistatin]]) が同定された。これらの分子は、表皮外胚葉から分泌される[[骨形成タンパク質]]([[bone morphogenetic protein]]: [[BMP]]) がもつ神経抑制作用を打ち消すことで、外胚葉から神経外胚葉を誘導することができる<ref name=ref1 />。
 マンゴルトは1930年代前半に、前方神経板下の中内胚葉細胞を表皮外胚葉領域に移植すると頭部が誘導され、後方神経板下の中胚葉細胞を表皮外胚葉領域に移植すると胴体および尾部が誘導されることを示した。これら一連の実験から、原口背唇部の神経誘導活性は時間とともに性質が変化し、オーガナイザー細胞が前方へ移動する過程において、オーガナイザーから異なるシグナルを受け取った外胚葉には、前後軸に沿って異なる性質をもつ領域が形成されると考えられた。1990年代前半、ついに、頭部オーガナイザー因子として、[[ノギン]]([[Noggin]])、[[コーディン]]([[Chordin]]) および[[フォリスタチン]]([[Follistatin]]) が同定された。これらの分子は、表皮外胚葉から分泌される[[骨形成タンパク質]]([[bone morphogenetic protein]]: [[BMP]]) がもつ神経抑制作用を打ち消すことで、外胚葉から神経外胚葉を誘導することができる<ref name=ref1 />。
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 ニワトリ胚やマウス胚において、両生類胚の尾部オーガナイザーに相当する領域は、原始線条の先端部から時期を追って形成される[[結節]]([[ノード]] [[node]])と呼ばれる領域である。
 ニワトリ胚やマウス胚において、両生類胚の尾部オーガナイザーに相当する領域は、原始線条の先端部から時期を追って形成される[[結節]]([[ノード]] [[node]])と呼ばれる領域である。


 原始線条や結節には[[線維芽細胞増殖因子]]([[fibroblast growth factor 8]]: [[FGF8]]) が発現している。ニワトリ初期神経板前方領域の組織片にFGF8を添加し、しばらく培養すると、FGF8の濃度依存的に中脳や[[菱脳]]前方領域の性質が誘導される<ref name=ref6><pubmed>12006981</pubmed></ref>。このような脳の領域は、前後軸に沿って発現する[[転写制御因子]]の発現を指標にすることで区別可能である。例えば、前脳では[[Pax6]]、中脳では[[Engrailed 1]]/[[Engrailed 2|2]] ([[En1]]/[[En2|2]])、菱脳では[[Krox20]]、菱脳・脊髄では各種[[Hox遺伝子|ホックス]](Hox) 遺伝子]]が発現する(図1)。このような一連の実験から、初期神経板には前後軸に沿ってFGF8の濃度勾配が形成され、FGF8は神経板の後方化シグナル分子として機能することが明らかとなった。
 原始線条や結節には[[線維芽細胞増殖因子]]([[fibroblast growth factor 8]]: [[FGF8]]) が発現している。ニワトリ初期神経板前方領域の組織片にFGF8を添加し、しばらく培養すると、FGF8の濃度依存的に中脳や[[菱脳]]前方領域の性質が誘導される<ref name=ref6><pubmed>12006981</pubmed></ref>。このような脳の領域は、前後軸に沿って発現する[[転写制御因子]]の発現を指標にすることで区別可能である。例えば、前脳では[[Pax6]]、中脳では[[Engrailed 1]]/[[Engrailed 2|2]] ([[En1]]/[[En2|2]])、菱脳では[[Krox20]]、菱脳・脊髄では各種[[Hox遺伝子|ホックス(Hox) 遺伝子]]が発現する(図1)。このような一連の実験から、初期神経板には前後軸に沿ってFGF8の濃度勾配が形成され、FGF8は神経板の後方化シグナル分子として機能することが明らかとなった。


 また、[[wikipedia:ja:後方沿軸中胚葉|後方沿軸中胚葉]](paraxial mesoderm)で合成される[[レチノイン酸]]([[retinoic acid]]: [[RA]])は、初期神経板に菱脳後方および脊髄の性質を誘導する後方化シグナル分子である<ref name=ref6 />。また、レチノイン酸は、胚後方部からのFGF8と拮抗することで、ニューロン分化を促進し、FGF8は後方部の未分化領域(stem cell zone)の維持においても必要である<ref name=ref7><pubmed>15273988</pubmed></ref>。初期神経板に近接する沿軸中胚葉から分泌されるWntは、初期神経板の性質を濃度依存的に中脳・菱脳・脊髄の全ての性質に変換することができる後方化シグナル分子である(図1)<ref name=ref6 />。
 また、[[wikipedia:ja:後方沿軸中胚葉|後方沿軸中胚葉]](paraxial mesoderm)で合成される[[レチノイン酸]]([[retinoic acid]]: [[RA]])は、初期神経板に菱脳後方および脊髄の性質を誘導する後方化シグナル分子である<ref name=ref6 />。また、レチノイン酸は、胚後方部からのFGF8と拮抗することで、ニューロン分化を促進し、FGF8は後方部の未分化領域(stem cell zone)の維持においても必要である<ref name=ref7><pubmed>15273988</pubmed></ref>。初期神経板に近接する沿軸中胚葉から分泌されるWntは、初期神経板の性質を濃度依存的に中脳・菱脳・脊髄の全ての性質に変換することができる後方化シグナル分子である(図1)<ref name=ref6 />。