「小脳原基」の版間の差分

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== 哺乳類小脳原基において生み出される細胞群 ==
== 哺乳類小脳原基において生み出される細胞群 ==
 小脳原基は大別して二種類の胚ゾーンを含む器官である。胚ゾーンの一つは第四[[脳室]]における神経上皮細胞、もう一つは上菱脳唇(upper rhombic lip)である(図2)。これら二つの胚ゾーンは隣接しており、それぞれ[[bHLH型転写因子]]であるPtf1a陽性とAtoh1陽性領域として分子的に定義される。これら二つの[[bHLH]]型転写因子が互いに発現を負に制御することにより(16, 17)、胚ゾーンの境界領域が決定されている。小脳上皮におけるAtoh1陽性領域は発生初期に[[BMP]]シグナルによって誘導される(18)。各胚ゾーンからは、異なる複数の神経前駆細胞や[[グリア細胞]]が発生時期特異的に生み出される。第四脳室神経上皮細胞は[[抑制性神経細胞]]やアストロ[[グリア]]、上菱脳唇は主に小脳[[興奮性]]細胞を生み出す。ウイルスや[[免疫組織化学]]を用いた生体内細胞標識技術により、上菱脳唇由来の細胞から小脳グリア細胞が生み出される証拠は得られていないが、小脳興奮性細胞の一つである小脳顆粒細胞の一部が培養下で[[アストロサイト]]様の個性を獲得することも観察されており(19)、上菱脳唇由来のグリア細胞の存在は完全には否定できない。
 小脳原基は大別して二種類の胚ゾーンを含む器官である。胚ゾーンの一つは第四[[脳室]]における神経上皮細胞、もう一つは上菱脳唇(upper rhombic lip)である('''図2''')。これら二つの胚ゾーンは隣接しており、それぞれ[[bHLH型転写因子]]であるPtf1a陽性とAtoh1陽性領域として分子的に定義される。これら二つの[[bHLH]]型転写因子が互いに発現を負に制御することにより<ref><pubmed>18723012</pubmed></ref><ref><pubmed> 24695699</pubmed></ref>(16, 17)、胚ゾーンの境界領域が決定されている。小脳上皮におけるAtoh1陽性領域は発生初期に[[BMP]]シグナルによって誘導される<ref><pubmed> 10448218</pubmed></ref>(18)。各胚ゾーンからは、異なる複数の神経前駆細胞や[[グリア細胞]]が発生時期特異的に生み出される。第四脳室神経上皮細胞は[[抑制性神経細胞]]やアストロ[[グリア]]、上菱脳唇は主に小脳[[興奮性]]細胞を生み出す。ウイルスや[[免疫組織化学]]を用いた生体内細胞標識技術により、上菱脳唇由来の細胞から小脳グリア細胞が生み出される証拠は得られていないが、小脳興奮性細胞の一つである小脳顆粒細胞の一部が培養下で[[アストロサイト]]様の個性を獲得することも観察されており<ref><pubmed>14745007</pubmed></ref>(19)、上菱脳唇由来のグリア細胞の存在は完全には否定できない。


=== プルキンエ細胞 ===
=== プルキンエ細胞 ===
purkinje cells
purkinje cells
 小脳皮質の[[抑制性]]出力細胞である[[プルキンエ細胞]]は第四脳室の神経上皮から生まれる。マウスでは受精後十日頃から十三日までの間に誕生する。分化の過程で前駆細胞はPtf1aからOlig1/2、そしてLhx1/5と一時的に様々な転写因子を発現し、個性を獲得していく。これらの遺伝子を欠損した小脳原基ではプルキンエ細胞の前駆体が欠損、または細胞数が減少することが知られている(20-22)。プルキンエ細胞特異的な分子マーカーとしてCalb1(23)あるいはCorl2(24)がよく用いられる。小脳脳室で誕生した前駆細胞は、放射状に小脳表面に向かって移動し、最終的にプルキンエ細胞層にとどまる。最近の研究では、これらの前駆細胞の移動は接線方向への移動様式も含むことや分泌たんぱく質Relnが関与することも見出されているが(25, 26)、分子機構を含むより詳細な細胞移動機構の解明が待たれる。
 小脳皮質の[[抑制性]]出力細胞である[[プルキンエ細胞]]は第四脳室の神経上皮から生まれる。マウスでは受精後十日頃から十三日までの間に誕生する。分化の過程で前駆細胞はPtf1aからOlig1/2、そしてLhx1/5と一時的に様々な転写因子を発現し、個性を獲得していく。これらの遺伝子を欠損した小脳原基ではプルキンエ細胞の前駆体が欠損、または細胞数が減少することが知られている<ref name=Hoshino2005><pubmed>16039563</pubmed></ref><ref name=Seto2014><pubmed>24535035</pubmed></ref><ref><pubmed>17664423</pubmed></ref>(20-22)。プルキンエ細胞特異的な分子マーカーとしてCalb1<ref><pubmed>3439634</pubmed></ref>(23)あるいはCorl2<ref><pubmed>18522874</pubmed></ref>(24)がよく用いられる。小脳脳室で誕生した前駆細胞は、放射状に小脳表面に向かって移動し、最終的にプルキンエ細胞層にとどまる。最近の研究では、これらの前駆細胞の移動は接線方向への移動様式も含むことや分泌たんぱく質Relnが関与することも見出されているが<ref><pubmed>8863127</pubmed></ref><ref><pubmed>20809939</pubmed></ref>(25, 26)、分子機構を含むより詳細な細胞移動機構の解明が待たれる。


=== 小脳核細胞 ===
=== 小脳核細胞 ===
cerebellar nuclei neuron
cerebellar nuclei neuron
 小脳核細胞は、興奮性と抑制性の細胞から成り、興奮性小脳核ニューロンはプルキンエ細胞からの入力を受け、小脳から他の脳組織へのシグナル伝達を担う。これらの興奮性小脳核細胞は、上菱脳唇においてマウスで受精後十日目頃から生み出され、小脳原基表層を移動し、小脳上層部から深部へと侵入する。一方で下オリーブ核へと投射する抑制性小脳核ニューロン、及び[[PAX2|Pax2]]陽性である小脳核[[介在神経細胞]]は、他の小脳抑制性細胞と同じく小脳脳室の神経上皮から発生する。小脳核抑制性細胞は小脳神経上皮から深部へと直接向かう(20)。遺伝子欠損マウスの実験から、抑制性および興奮性小脳核群の個性決定には[[bHLH転写因子]]Ptf1aおよびAtoh1の発現がそれぞれ不可欠であることが知られている(20, 27, 28)。また、T-ボックス型転写因子Tbr1/2(29)やLIMホメオボックス型転写因子Lmx1a(30)は興奮性小脳核細胞の正常な分化に必須である。
 小脳核細胞は、興奮性と抑制性の細胞から成り、興奮性小脳核ニューロンはプルキンエ細胞からの入力を受け、小脳から他の脳組織へのシグナル伝達を担う。これらの興奮性小脳核細胞は、上菱脳唇においてマウスで受精後十日目頃から生み出され、小脳原基表層を移動し、小脳上層部から深部へと侵入する。一方で下オリーブ核へと投射する抑制性小脳核ニューロン、及び[[PAX2|Pax2]]陽性である小脳核[[介在神経細胞]]は、他の小脳抑制性細胞と同じく小脳脳室の神経上皮から発生する。小脳核抑制性細胞は小脳神経上皮から深部へと直接向かう<ref name=Hoshino2005/>(20)。遺伝子欠損マウスの実験から、抑制性および興奮性小脳核群の個性決定には[[bHLH転写因子]]Ptf1aおよびAtoh1の発現がそれぞれ不可欠であることが知られている<ref name=Hoshino2005/><ref name=Wang2005><pubmed>16202707</pubmed></ref><ref name=Machold2005><pubmed>16202705</pubmed></ref>(20, 27, 28)。また、T-ボックス型転写因子Tbr1/2<ref><pubmed>16540585</pubmed></ref>(29)やLIMホメオボックス型転写因子Lmx1a(30)<ref><pubmed>20498066</pubmed></ref>は興奮性小脳核細胞の正常な分化に必須である。
 


=== 小脳皮質抑制性介在ニューロン群 ===
=== 小脳皮質抑制性介在ニューロン群 ===
cerebellar inhibitory interneuron
cerebellar inhibitory interneuron
 小脳皮質抑制性[[介在ニューロン]]群は、プルキンエ細胞に遅れPtf1a陽性の神経上皮で生まれ始める。マウスにおいては、まず[[ゴルジ]]細胞(Golgi cell)が受精後十二日頃から(31)、その後に篭細胞(basket cell)と星状細胞(stellate cell)が生まれる。Olig1/2陽性のプルキンエ細胞とは異なり、抑制性介在ニューロンの前駆細胞の多くはGbx2陽性である。Gsx2はOlig1/2の発現を抑制し、介在ニューロンの個性を獲得する(21)。これらの細胞群は[[Pax2]]陽性細胞となり、小脳[[白質]]からさらに最終目的地に向かって移動する。最終的にゴルジ細胞は小脳内顆粒層に、篭細胞や星状細胞は分子層にとどまり、局所的に回路を形成する(図2)。この移動様式は複雑で、移動を制御する分子機構には不明な点が多いが、PACAPやIGF1のような分泌たんぱく質が深く関わっている(32)。発生期の小脳原基の神経上皮は遺伝子発現の違いで細分化されるが、誕生時期の違いで異なる介在ニューロンを生みだす機構は未だ完全に理解されていない。
 小脳皮質抑制性[[介在ニューロン]]群は、プルキンエ細胞に遅れPtf1a陽性の神経上皮で生まれ始める。マウスにおいては、まず[[ゴルジ]]細胞(Golgi cell)が受精後十二日頃から<ref><pubmed>23894597</pubmed></ref>(31)、その後に篭細胞(basket cell)と星状細胞(stellate cell)が生まれる。Olig1/2陽性のプルキンエ細胞とは異なり、抑制性介在ニューロンの前駆細胞の多くはGbx2陽性である。Gsx2はOlig1/2の発現を抑制し、介在ニューロンの個性を獲得する<ref name=Seto2014/>(21)。これらの細胞群は[[Pax2]]陽性細胞となり、小脳[[白質]]からさらに最終目的地に向かって移動する。最終的にゴルジ細胞は小脳内顆粒層に、篭細胞や星状細胞は分子層にとどまり、局所的に回路を形成する('''図2''')。この移動様式は複雑で、移動を制御する分子機構には不明な点が多いが、PACAPやIGF1のような分泌たんぱく質が深く関わっているr<ref><pubmed>28587295</pubmed></ref>(32)。発生期の小脳原基の神経上皮は遺伝子発現の違いで細分化されるが、誕生時期の違いで異なる介在ニューロンを生みだす機構は未だ完全に理解されていない。


=== 小脳皮質興奮性介在ニューロン群 ===
=== 小脳皮質興奮性介在ニューロン群 ===
cerebellar excitatory interneuron
cerebellar excitatory interneuron
 小脳顆粒細胞(cerebellar granule cell)は成体脳で最も多く存在する神経細胞群であり、小脳においては興奮性介在ニューロンとして機能する。マウスにおいて顆粒細胞は、受精後12日目から16日目にかけて、Atoh1陽性の上菱脳唇から生まれる(27, 28)。これらの前駆細胞は、興奮性の小脳核前駆細胞と同じく小脳原基表層を移動するが、顆粒細胞の前駆体は移動中も分裂能を示すのが特徴である。小脳表層に移動した顆粒細胞前駆体の[[有糸分裂]]は分泌たんぱく質[[SHH]]によって活性化され、マウスにおいては生後1週齢前後に分裂能がピークに達する(33)。またAtoh1の発現は前駆体においてもみられ、[[細胞分裂]]の停止を抑制する役割を担っている(34)。分裂を終えた顆粒細胞は、小脳外顆粒層を接線方向に移動した後、[[バーグマングリア細胞]]を足場として、小脳深部に向かって放射状に移動し、最終的に内顆粒層を形成する(35)。マウスにおいて小脳顆粒細胞の移動は約3週齢で終了する。[[遺伝子組換えマウス]]を用いた実験から、発生後期に生まれる顆粒細胞は主に尾側に分布すること(28)、特定の転写因子が吻側-尾側に異なって発現すること(36)は、小脳顆粒細胞の個性が小脳内で多様であることを示している。単極刷子細胞(Unipolar brush cell)も主な興奮性介在ニューロンの一つであり、他の興奮性ニューロンと同じくAtoh1陽性の上菱脳唇から生まれる(37)。マウスでは受精後十三日目頃、[[ラット]]では受精後十五日目ごろから生後数日までかけて生み出される(図2)。その前駆細胞は、他の興奮性ニューロンの前駆体とは異なり、接線方向移動の様式で直接小脳深部に向かって移動し、内顆粒層で成熟する。この細胞移動にRelnが関与していることが報告されている一方で(37)、他の小脳興奮性細胞と異なる移動経路をたどるための分子機構については不明な点が多い。この神経細胞は内顆粒層で[[軸索]]を伸長させ、顆粒細胞と[[シナプス]]を形成する。
 小脳顆粒細胞(cerebellar granule cell)は成体脳で最も多く存在する神経細胞群であり、小脳においては興奮性介在ニューロンとして機能する。マウスにおいて顆粒細胞は、受精後12日目から16日目にかけて、Atoh1陽性の上菱脳唇から生まれる<ref name=Wang2005/><ref name=Machold2005/>(27, 28)。これらの前駆細胞は、興奮性の小脳核前駆細胞と同じく小脳原基表層を移動するが、顆粒細胞の前駆体は移動中も分裂能を示すのが特徴である。小脳表層に移動した顆粒細胞前駆体の[[有糸分裂]]は分泌たんぱく質[[SHH]]によって活性化され、マウスにおいては生後1週齢前後に分裂能がピークに達する<ref><pubmed>10027293</pubmed></ref>(33)。またAtoh1の発現は前駆体においてもみられ、[[細胞分裂]]の停止を抑制する役割を担っている<ref><pubmed>20516124</pubmed></ref>(34)。分裂を終えた顆粒細胞は、小脳外顆粒層を接線方向に移動した後、[[バーグマングリア細胞]]を足場として、小脳深部に向かって放射状に移動し、最終的に内顆粒層を形成する<ref><pubmed>12861377</pubmed></ref>(35)。マウスにおいて小脳顆粒細胞の移動は約3週齢で終了する。[[遺伝子組換えマウス]]を用いた実験から、発生後期に生まれる顆粒細胞は主に尾側に分布すること<ref name=Machold2005/>(28)、特定の転写因子が吻側-尾側に異なって発現すること<ref><pubmed> 16962790</pubmed></ref>(36)は、小脳顆粒細胞の個性が小脳内で多様であることを示している。単極刷子細胞(Unipolar brush cell)も主な興奮性介在ニューロンの一つであり、他の興奮性ニューロンと同じくAtoh1陽性の上菱脳唇から生まれる<ref name=Englund2006><pubmed> 16957075</pubmed></ref>(37)。マウスでは受精後十三日目頃、[[ラット]]では受精後十五日目ごろから生後数日までかけて生み出される('''図2''')。その前駆細胞は、他の興奮性ニューロンの前駆体とは異なり、接線方向移動の様式で直接小脳深部に向かって移動し、内顆粒層で成熟する。この細胞移動にRelnが関与していることが報告されている一方で<ref name=Englund2006/>(37)、他の小脳興奮性細胞と異なる移動経路をたどるための分子機構については不明な点が多い。この神経細胞は内顆粒層で[[軸索]]を伸長させ、顆粒細胞と[[シナプス]]を形成する。


=== グリア細胞 ===
=== グリア細胞 ===
 小脳におけるグリア細胞の中で、星状グリア細胞(Astrocyte)は神経上皮に存在する放射状グリアが起源であると考えられている(38)。最近の遺伝子組換えマウスを用いた実験により、星状グリア細胞とPax2陽性抑制性介在性ニューロンは同じ細胞を起源に持ち、抑制性介在性ニューロンへの運命決定にはbHLH型転写因子Ascl1が関与していることが示唆されている(38, 39)。一方で、小脳の主な乏突起膠細胞(Oligodendrocyte)起源は、ニワトリ-ウズラ胚脳組織などの移植実験により、小脳外部であるという説もある(39, 40)が、まだ不明な点も多い。また特徴的な形態を持つバーグマングリア細胞は、神経上皮から小脳原基内を放射状に移動し、最終的にプルキンエ細胞層で成熟する(41)。放射状グリアと異なり、成熟したバーグマングリアは複数の突起を小脳表層に伸長させる。これらの正常な突起形成にはNotchシグナルが関与していることが知られている(42, 43)。
 小脳におけるグリア細胞の中で、星状グリア細胞(Astrocyte)は神経上皮に存在する放射状グリアが起源であると考えられている<ref name=Sudarov2011><pubmed>21795554</pubmed></ref>(38)。最近の遺伝子組換えマウスを用いた実験により、星状グリア細胞とPax2陽性抑制性介在性ニューロンは同じ細胞を起源に持ち、抑制性介在性ニューロンへの運命決定にはbHLH型転写因子Ascl1が関与していることが示唆されている<ref name=Sudarov2011/><ref name=Grimaldi2009><pubmed> 19217896</pubmed></ref>(38, 39)。一方で、小脳の主な乏突起膠細胞(Oligodendrocyte)起源は、ニワトリ-ウズラ胚脳組織などの移植実験により、小脳外部であるという説もある<ref name=Grimaldi2009/><ref><pubmed>21901755</pubmed></ref>(39, 40)が、まだ不明な点も多い。また特徴的な形態を持つバーグマングリア細胞は、神経上皮から小脳原基内を放射状に移動し、最終的にプルキンエ細胞層で成熟する<ref><pubmed>8849669</pubmed></ref>(41)。放射状グリアと異なり、成熟したバーグマングリアは複数の突起を小脳表層に伸長させる。これらの正常な突起形成にはNotchシグナルが関与していることが知られている<ref><pubmed> 15965470</pubmed></ref><ref><pubmed>17915208</pubmed></ref>(42, 43)。


== 小脳原基に投射する求心性神経細胞群 ==
== 小脳原基に投射する求心性神経細胞群 ==