シンタキシン

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西木 禎一
岡山大学 大学院 医歯薬学総合研究科 細胞生理学分野
DOI:10.14931/bsd.6583 原稿受付日:2015年12月22日 原稿完成日:2015年月日
担当編集委員:林 康紀(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:syntaxin 英略語:STX

同義語:p35, HPC-1, synaptocanalin

 シンタキシンは、細胞内小胞輸送において膜の融合に関わるタンパク質ファミリーおよびそのメンバーである。ヒトを含む哺乳動物では、少なくとも19種類のアイソフォームが同定されている。シンタキシンファミリーメンバーの大部分が脳にも発現しているが、この項ではニューロンの機能の大きな特徴である神経伝達物質の放出を担うアイソフォーム1について述べる。

シンタキシンとは

 シンタキシン1は、シナプス小胞タンパク質シナプトタグミンと結合する分子量約35,000の内在性膜タンパク質p35Aおよびp35Bとしてラット脳可溶化画分から同定された[1]。両者は異なる遺伝子によりコードされているが、どちらも288個のアミノ酸からなり、その配列は約80%の相同性をもつ。シナプス小胞のドッキングと開口放出に関わるとの予測から、「順番に整理して一緒に並べること」を意味する古代ギリシャ語σψνταξισ (syntaxis) にちなみシンタキシンsyntaxinと命名された。ほぼ同時期に複数のグループにより同定されたので、HPC-1[2]あるいはsynaptocanalin[3]とも呼ばれる。

 シンタキシンファミリーは、SNARE (soluble ''N''-etylmaleimide sensitive fusion protein attachment protein receptorの略) と総称される膜融合関連タンパク質スーパーファミリーの一員でもある。SNAREは、輸送小胞に局在するv-SNARE (vはvesicularのv) と標的膜に存在するt-SNARE (tはtarget-membraneのt) の2種類に大別される[4]。シンタキシン1はその局在(後述)からt-SNAREに属するとともに、SNAREモチーフの中央にグルタミン残基を持つことから、そのアミノ酸一文字表記にならいQ-SNAREとも分類される[5]

構造

図1. シンタキシンのドメイン構造

 シンタキシン1は、4つのドメインがリンカーでつながれた構造をしている(図1)。アミノ末端のNペプチドモチーフ(1-19)は、Munc-18との結合に関わる(後述)[6]。二番目のHabcと呼ばれるドメイン(~27-146)では、3本のαへリックスが逆平行に結合し束になっている[7][8]。Habcに続くリンカーは非常にフレキシブルで[9]、Habcは次のH3ドメインに折り重なることよりSNARE複合体の膜融合能を制御する負の調節ドメインとして働く[10]

 シンタキシン1のカルボキシ末端側3分の1は、膜融合能を発揮するのに必要最小限の領域である。SNAREモチーフを含むH3ドメイン(~185-254)は、SNAP-25ならびにシナプトブレビンと結合し、膜融合能をもつSNARE複合体を形成する[11]。続く膜貫通ドメイン(266-288)は、細胞膜に埋め込まれているが貫通はしない[12]。これら両ドメインを含む組換えフラグメントを全長のSNAP-25ととともに再構成した人工脂質小胞は、シナプトブレビンを再構成した人工脂質小胞と自発的に融合する[13]

 単量体なシンタキシン1は、活性化状態と不活性状態を移行する[14]。活性化状態では、HabcとH3が解離したいわゆる開いた構造をとり、SNAP-25およびシナプトブレビンと結合できる。これに対し、HabcがH3に折り重なった閉じた構造になると不活性型となり、SNARE複合体を形成できない[15][16]

生体内および細胞内分布

 シンタキシン1は神経系に特異的に発現する。組織染色において大脳皮質海馬小脳脊髄網膜のシナプスが豊富な領域に観察される[17]有郭乳頭味蕾[18]蝸牛内のコルチ器[19]松果体細胞[20] にも存在する。神経系だけでなく、発生学的にニューロンと同じ外胚葉由来の副腎髄質にも発現している[21]中枢神経系および末梢神経系の両方において、1Aと1Bの分布は異なる[22] [23]

 ニューロンにおいてシンタキシン1は、主にシナプス前膜を含む細胞膜内面に局在する一方、シナプス小胞膜にも認められる[24][25][26]。小脳皮質においては、ほとんどのグルタミン酸作動性終末と、一部のGABA作動性シナプスに局在する[27]。その他にも、視索上核オキシトシンニューロンでは軸索終末だけでなく細胞体樹状突起に発現が見られるとともに[28]ヒヨコ毛様体神経節のHeld杯状シナプス前部[29]カエル運動神経終末[30]にも存在する。アストロサイトにも発現している[31][32]

翻訳後修飾

 シンタキシン1は、PKCおよびCaMKII[33][34]カゼインキナーゼ1および2[35][36][37][38][39]によりリン酸化される。PKAについては議論が分かれている[40][41]。リン酸化以外に、ニトロ化[42]Sニトロシル化[43]パルミトイル化[44]を受け、ユビキチン-プロテアソーム経路により分解される[45]

結合タンパク質

 in vitroにおいてシンタキシン1は、約50種類ものタンパク質と結合することが示されている。ここでは、神経伝達物質の放出に関与しているものを中心に取上げる。

SNARE(SNAP-25およびシナプトブレビン)

 シンタキシン1は、同じくt-SNAREであるSNAP-25と自身のH3ドメインを介し結合する[46]。会合比により2種類の複合体が存在する。1:1で結合したt-SNAREヘテロニ量体は、v-SNAREであるシナプトブレビン(別名VAMP)と結合しSNARE複合体を形成する。一方、シンタキシン二分子にSNAP-25が一分子結合した2:1複合体(通称)は、シナプトブレビンと結合できない[47]。したがって、シナプス前終末の放出部位では、別の分子により1:1複合体の状態が維持されていると予想される。

図2. 開口放出前に形成されるSNARE複合体の立体構造模式図
シンタキシンは赤で描いている。緑はSNAP-25を、青はシナプトブレビンをそれぞれ示す。明らかにされているSNARE複合体とHabcドメインの立体構造に、膜貫通ドメインを表す円柱とリンカー等を表す点線を書き加えた。

 シンタキシン1、SNAP-25、およびシナプトブレビンが1:1:1の比で結合したSNARE複合体は、コイルドコイル構造をもつ[48]。よく目にするシナプス小胞膜とシナプス前膜との間で形成されているSNARE複合体の模式図は、シンタキシンのH3ドメインとSNAP-25およびシナプトブレビンの細胞質フラグメントからなる複合体の立体構造解析結果に膜貫通領域などを描き足したものである(図2)。組織を可溶化した後などに溶液中に存在するSNARE複合体は強固に結合しており、強力な界面活性剤に対しても耐性を持ち、SDS存在下でも煮沸しない限り解離しない[49]

シナプトタグミン

 シンタキシン1は、H3ドメインを介して神経伝達物質放出のカルシウムイオンセンサーの最有力候補シナプトタグミン1と結合する[50][51]。カルシウムイオン非存在下では、シナプトタグミンのC2Bドメインと結合する[52][53]大腸菌で発現させた組換えタンパク質同士の結合は、結合実験に用いるフラグメントの大きさや付加するタグによって、特にカルシウムイオンの要求性に、大きな影響を受ける[54]。ある条件下ではシンタキシン1とシナプトタグミン1の結合はカルシウム依存性であり[55]、シナプトタグミンのC2Aドメインへのカルシウムイオンの結合が必須である[56]。しかし、C2Aのカルシウム結合能を欠失させた変異シナプトタグミンを発現させたニューロンで神経伝達物質の放出に異常が認められないことから[57]、シンタキシンとシナプトグミンのカルシウム依存性結合の伝達物質放出における意義は不明である。

コンプレキシン

 シンタキシンは、コンプレキシン(別名シナフィン)とH3を介して結合する[58][59]。コンプレキシンは、SNARE複合体による膜融合を一時停止させる役割を持つとされるシナプス前終末タンパク質である[60]。コンプレキシンの中央部分とSNARE複合体の結合状態の立体構造が明らかにされている[61]

Munc-18

 小胞のドッキングあるいはプライミングに関与するMunc-18(別名n-Sec1)のシンタキシンへの結合は[62][63]、当初SNARE複合体の形成を阻害するとされていた[64]。これは、単純化された結合実験において、シンタキシン1のNペプチドにMunc18が結合している時はその閉構造が安定化し[65]、SNAP-25と結合できないためである[66] 。しかしその後、Munc-18と結合したシンタキシン1でもMunc-13存在下では開構造へと変形し[67]、SNARE複合体を形成できることが明らかにされた(後述)[68][69][70]。このように、Munc-18は、シンタキシン1の開閉構造に応じた二種類の結合様式でモノメリックなシンタキシン1とSNARE複合体中のシンタキシン1の両方に結合することができる。シンタキシン1とMunc-18の結合は、両者のリン酸化[71][72][73][74]や、アラキドン酸[75]およびスフィンゴシン[76]により制御される。シンタキシンとMunc-18の複合体の立体構造も明らかにされている[77]

Munc-13

 Munc-13は、シンタキシンを閉構造から開構造へ変換することで、Munc18と結合したシンタキシンをSNARE複合体が形成できるようにする[78][79]。このタンパク質間相互作用は、シナプス小胞のドッキングおよびプライミングに関与しているとされている[80][81]

カルシウムチャネル

 シンタキシンは多様なカルシウムチャネルと結合する[82] [83] [84] 。中でもN型カルシウムチャネルとの結合は良く調べられていて[85][86]、チャネルの細胞質内ループ中のシンプリントsynprintと呼ばれる部位とシンタキシンのNペプチドがカルシウムイオン濃度依存性に結合する[87][88][89]。また、これとは別にシンタキシンの膜貫通領域とその直前の細胞質領域が調節に関与している[90]Gタンパク質によるカルシウムチャネルの機能調節は、シンタキシンとGβGγからなるヘテロ二量体との直接結合により促進される[91]

 その他にもシンタキシンは、アミシンα-ホドリンα-SNAPCAPSCaMKIICCCrel-1CSP (cysteine-string protein) 、D53DAPdeath-associated protein) キナーゼ、DCC (deleted in colorectal cancer)、グラニュフィリンHSP70IP3受容体MチャネルRACK1 (the receptor for activated C kinases)、 PRIP (phospholipase C-related but catalytically inactive protein)、プレセニリン-1スタリングシンコリンシンタブリンシンタフィリンタキシリントモシンVAP-A、ある種のKチャネルオトフェリン、各種伝達物質トランスポーター、クラスC-Vps複合体、シナプトブレビン、ダイナミンチューブリン、あるいはミオシンVaと結合する。

機能

 シナプス前膜に存在するシンタキシン1は、エンドサイトーシスを含め[92]シナプス小胞の循環のいくつかの過程に直接または間接的に関わる。その中でもカルシウム依存性の小胞開口放出過程における役割について最も研究が進んでおり、シンタキシン1はシナプス前膜と小胞膜との間でSNAP-25およびシナプトブレビンとSNARE複合体を形成し、両方の膜を限りなく近づけて融合させ神経伝達物質を開口放出させると考えられている[93]。マウスの内耳有毛細胞からの伝達物質放出には関与しないという例外はあるが[94]、実験材料として使われる多くの神経標本および開口放出のモデル細胞における伝達物質放出にはシンタキシン1が必須である[95][96][97][98][99]

 シンタキシン1は、開口放出に先立ちシナプス小胞や有芯小胞を放出部位へドッキングさせる。実際、カエルの神経筋接合部[100]ならびに副腎髄質クロマフィン細胞[101]においてシンタキシンを切断あるいは破壊すると小胞のドッキングが阻害される。一方、ニューロン間のシナプスではシンタキシンの機能を阻害してもドッキングに影響はない[102][103][104]

 刺激に応じた小胞の開口放出はカルシウム依存性だが、シンタキシン1を含むSNAREにはカルシウムイオン結合能はない。しかし、シンタキシン自身は、カルシウムチャネルへの結合を介して小胞を放出部位へドッキングさせる[105]。一方で、カルシウムチャネルの機能を抑制することから[106][107]、伝達物質放出のカルシウムイオンによる制御において相反する二種類の働きを併せ持つ[108]

 それ以外にも、開口放出時に形成されると考えられているフュージョンポアへの関与[109]神経突起の伸長[110][111][112]学習記憶に関与する可能性[113][114][115][116]が示唆されている。

疾患との関わり

 ボツリヌス中毒の主な症状である弛緩性麻痺は、運動神経終末からのアセチルコリンの放出阻害による。これは、中毒の原因であるボツリヌス菌が産生する毒素のもつタンパク質分解酵素活性によるSNAREの切断に起因する。7種類存在するボツリヌス毒素の中、C型毒素はシンタキシ1をカルボキシ末端付近の1箇所、リシン残基とアラニン残基(1Aでは253番目と254番目、1Bでは252番目と253番目)の間で切断する[117][118]

 中枢ならびに末梢神経系疾患との関連性も示唆されている。統合失調症[119][120][121]高機能自閉症[122]脳虚血[123]においてシンタキシン1の発現量が増加していることが報告されている。末梢神経障害による異痛症にシンタキシン1の発現低下が関与している可能性も言われている[124]

遺伝子操作動物

 シンタキシン1Aのノックアウトマウスは生育可能だが、恐怖条件づけ記憶の阻害に加え、セロトニン作動性神経系の異常と考えられる行動異常と視床下部-下垂体-副腎系の機能不全を呈す[125][126][127]。 これに対し、シンタキシン1Bのノックアウトマウスは生後2週間までしか生存できず、グルタミン酸あるいはGABAの放出においてシナプス小胞の正常な開口放出と即時放出可能プールの形成が阻害されている[128]。恒常的に開構造をとる変異シンタキシン1B遺伝子を強制発現させたノックインマウスは生育可能だが、2-3ヶ月齢で全身痙攣を呈し死にいたる[129]ショウジョウバエでは、遺伝子破壊体[130][131][132][133]温度感受性変異体[134]、SNAREモチーフ中に変異を導入した変異体[135]が作製されており、いずれもシナプス伝達が著しく阻害されている。

関連項目

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