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==発現== | ==発現== | ||
[[image:グルタミン酸トランスポーター3.png|thumb|300px|図3.]] | [[image:グルタミン酸トランスポーター3.png|thumb|300px|図3.]] | ||
5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリーは、中枢神経系だけでなく末梢組織にも発現していることが知られているが、本稿では中枢神経系における発現に関して記述する(表1)。Slc1a2(GLT-1/EAAT2)は[[大脳皮質]]・[[海馬]]のアストロサイトに、slc1a3(GLAST/EAAT1)は[[小脳]]のアストロサイトに優位に発現している[7]。Slc1a1(EAAC1/EAAT3)は神経細胞に存在し、中枢神経系に広く分布している[7]。Slc1a6(EAAT4)は小脳の[[プルキンエ細胞]]に[8]、またslc1a7(EAAT)は網膜の視細胞・双極細胞に特異的に発現している[9](図3)。神経細胞に発現しているslc1a1とscl1a4は、神経細胞の終末ではなく細胞体・樹状突起に主に局在している[10] [11]。アストロサイトに発現しているslc1a2とscl1a3は、シナプス周囲を覆っている突起に密度高く局在している[12]。最近、CDC42EP4/septinがslc1a3をシナプス周囲を覆う[[バーグマングリア]]の突起に局在させることが明らかになった[13]。成人脳ではアストロサイトに局在するscl1a2は、胎児期から生後3日の発生初期には、一過性に神経細胞に発現する[14]。また、成人脳ではアストロサイトに局在するslc1a3は、発生初期には[[神経幹細胞]]に発現しており、神経幹細胞のマーカーとして用いられている[15][16]。 | 5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリーは、中枢神経系だけでなく末梢組織にも発現していることが知られているが、本稿では中枢神経系における発現に関して記述する(表1)。Slc1a2(GLT-1/EAAT2)は[[大脳皮質]]・[[海馬]]のアストロサイトに、slc1a3(GLAST/EAAT1)は[[小脳]]のアストロサイトに優位に発現している[7]。Slc1a1(EAAC1/EAAT3)は神経細胞に存在し、中枢神経系に広く分布している[7]。Slc1a6(EAAT4)は小脳の[[プルキンエ細胞]]に[8]、またslc1a7(EAAT)は網膜の視細胞・双極細胞に特異的に発現している[9](図3)。神経細胞に発現しているslc1a1とscl1a4は、神経細胞の終末ではなく細胞体・樹状突起に主に局在している[10] [11]。アストロサイトに発現しているslc1a2とscl1a3は、シナプス周囲を覆っている突起に密度高く局在している[12]。最近、CDC42EP4/septinがslc1a3をシナプス周囲を覆う[[バーグマングリア]]の突起に局在させることが明らかになった[13]。成人脳ではアストロサイトに局在するscl1a2は、胎児期から生後3日の発生初期には、一過性に神経細胞に発現する[14]。また、成人脳ではアストロサイトに局在するslc1a3は、発生初期には[[神経幹細胞]]に発現しており、神経幹細胞のマーカーとして用いられている[15][16]。 | ||
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===うつ病=== | ===うつ病=== | ||
うつ病は、抑うつ気分と興味・喜びの喪失などを特徴とする精神疾患である。近年、うつ病においても、以下のようなグルタミン酸神経伝達の亢進を示唆する知見が報告され、一つの仮説を形成しつつある[42] [43]。 | うつ病は、抑うつ気分と興味・喜びの喪失などを特徴とする精神疾患である。近年、うつ病においても、以下のようなグルタミン酸神経伝達の亢進を示唆する知見が報告され、一つの仮説を形成しつつある[42] [43]。 | ||
#NMDA受容体阻害剤であるケタミンが、うつ病患者に即効性の抗うつ作用を示す[42]。 | |||
#うつ病患者の血中・[[脳脊髄液]]中・脳内のグルタミン酸濃度は上昇している[44] [45]。 | |||
#うつ病患者の死後脳ではslc1a2とscl1a3の発現が減少している[46]。 | |||
#slc1a2の発現を増加させるβ-lactam系抗生物質が、マウスのうつ様行動を改善する[47]。 | |||
#slc1a2とscl1a3を活性化するriluzoleは、うつ病に効果がある[48]。 | |||
手綱核特異的slc1a2欠損マウスは、うつ病の症状に似た行動異常や[[睡眠障害]]を起こす[49]。これらの知見は、グルタミン酸トランスポーターの機能不全によるグルタミン酸神経伝達の過剰な活性化が、うつ病の発症に重要な役割を果たしていることを示唆している。 | 手綱核特異的slc1a2欠損マウスは、うつ病の症状に似た行動異常や[[睡眠障害]]を起こす[49]。これらの知見は、グルタミン酸トランスポーターの機能不全によるグルタミン酸神経伝達の過剰な活性化が、うつ病の発症に重要な役割を果たしていることを示唆している。 | ||
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===強迫性障害=== | ===強迫性障害=== | ||
[[強迫性障害]]は、強迫観念・強迫行為を特徴とする疾患である。多くは思春期過ぎから発症し、人口の2~3%が罹患歴を持つ。近年、強迫性障害においても、以下のようなグルタミン酸神経伝達の亢進を示唆する知見が報告されている。 | [[強迫性障害]]は、強迫観念・強迫行為を特徴とする疾患である。多くは思春期過ぎから発症し、人口の2~3%が罹患歴を持つ。近年、強迫性障害においても、以下のようなグルタミン酸神経伝達の亢進を示唆する知見が報告されている。 | ||
#強迫性障害患者の脳内ではグルタミン酸濃度が増加し、神経伝達が亢進している[53]。 | |||
#slc1a3の一塩基多型と強迫性障害の関連が報告されている[54]。 | |||
#グルタミン酸神経伝達を抑制する薬剤に強迫性障害の治療効果がある[53]。 | |||
===自閉スペクトラム症=== | ===自閉スペクトラム症=== | ||
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===薬物依存=== | ===薬物依存=== | ||
[[モルヒネ]]、[[コカイン]]、[[覚せい剤]]、アルコールなどの依存性薬物は、その反復摂取により依存性が形成される。近年の薬物乱用の低年齢化や一般市民への拡大は、社会的にも大きな問題となっている。薬物依存の形成・維持・再燃過程に、グルタミン酸神経伝達の亢進が重要な役割を果たすことは、以下の知見から示唆されている[62] [63] [64]。 | [[モルヒネ]]、[[コカイン]]、[[覚せい剤]]、アルコールなどの依存性薬物は、その反復摂取により依存性が形成される。近年の薬物乱用の低年齢化や一般市民への拡大は、社会的にも大きな問題となっている。薬物依存の形成・維持・再燃過程に、グルタミン酸神経伝達の亢進が重要な役割を果たすことは、以下の知見から示唆されている[62] [63] [64]。 | ||
#薬物依存モデルの脳において細胞外グルタミン酸濃度が増加する。 | |||
#薬物依存モデルの脳においてslc1a2の発現量が減少する。 | |||
#slc1a2の阻害剤により、薬物依存の形成・維持・再燃過程が増悪する。 | |||
#slc1a2の活性化薬や過剰発現により、薬物依存の形成・維持・再燃過程が減弱する。 | |||
===アルツハイマー病=== | ===アルツハイマー病=== | ||
[[アルツハイマー病]]は、神経変性による起こる認知症で、高齢化により患者数は増加している。アルツハイマー病の病態に過剰なグルタミン酸受容体の活性化が関与することは、グルタミン酸受容体阻害剤であるメマンチンが治療薬として用いられていることからも明らかである。グルタミン酸トランスポーターの障害がアルツハイマー病の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。 | [[アルツハイマー病]]は、神経変性による起こる認知症で、高齢化により患者数は増加している。アルツハイマー病の病態に過剰なグルタミン酸受容体の活性化が関与することは、グルタミン酸受容体阻害剤であるメマンチンが治療薬として用いられていることからも明らかである。グルタミン酸トランスポーターの障害がアルツハイマー病の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。 | ||
#アルツハイマー病患者の脳ではslc1a1, slc12, slc1a3の発現量が減少している[65]。 | |||
#アルツハイマー病モデルのslc1a2発現量を低下させると[[空間学習]]の障害が促進される[66] | |||
#アルツハイマー病における神経変性の原因物質と考えられているβ[[アミロイドタンパク質]]によりGLT1の機能が障害される[67]。 | |||
#GLT1の発現量を増加させるceftriaxoneはアルツハイマー病モデルの異常を回復させる[68] [69]。 | |||
===筋萎縮性側索硬化症=== | ===筋萎縮性側索硬化症=== | ||
[[筋萎縮性側索硬化症]]は、[[筋肉]]の動きを制御する運動神経が選択的に変性する疾患である。筋萎縮性側索硬化症の病態に過剰なグルタミン酸受容体の活性化が関与することは、グルタミン酸シナプス伝達の阻害作用を持つリルゾールが治療薬として用いられていることからも明らかである。グルタミン酸トランスポーターの障害が筋萎縮性側索硬化症の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。 | [[筋萎縮性側索硬化症]]は、[[筋肉]]の動きを制御する運動神経が選択的に変性する疾患である。筋萎縮性側索硬化症の病態に過剰なグルタミン酸受容体の活性化が関与することは、グルタミン酸シナプス伝達の阻害作用を持つリルゾールが治療薬として用いられていることからも明らかである。グルタミン酸トランスポーターの障害が筋萎縮性側索硬化症の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。 | ||
#筋萎縮性側索硬化症患者の脳脊[[髄液]]中のグルタミン酸濃度が増加している[70]。 | |||
#筋萎縮性側索硬化症患者の脊髄においてグルタミン酸取り込み能とslc1a2の発現量が減少している[71] [72]。 | |||
#筋萎縮性側索硬化症[[モデル動物]]においてslc1a2とslc1a3の発編量が減少している[73] [74]。 | |||
#slc1a2を活性化する化合物は筋萎縮性側索硬化症モデルの症状を改善する[61] [75]。 | |||
===ハンチントン病=== | ===ハンチントン病=== | ||
[[ハンチントン病]]は、線条体の神経細胞が変性し、不随意運動・認知障害などの症状を示す[[常染色体優性遺伝]]疾患である。グルタミン酸トランスポーターの障害がハンチントン病の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。 | [[ハンチントン病]]は、線条体の神経細胞が変性し、不随意運動・認知障害などの症状を示す[[常染色体優性遺伝]]疾患である。グルタミン酸トランスポーターの障害がハンチントン病の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。 | ||
#ハンチントン病患者の線条体においてslc1a2の発現が減少している[76] [77]。 | |||
#ハンチントン病モデル[[動物]]においてslc1a2とslc1a3の発現量が減少している[77] [78]。 | |||
#slc1a2を活性化する化合物はハンチントン病モデルの症状を改善する[79]。 | |||
===片頭痛=== | ===片頭痛=== | ||
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===多発性硬化症=== | ===多発性硬化症=== | ||
[[多発性硬化症]]は、中枢神経系の脱髄疾患の一つである。グルタミン酸トランスポーターの障害が多発性硬化症の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。 | [[多発性硬化症]]は、中枢神経系の脱髄疾患の一つである。グルタミン酸トランスポーターの障害が多発性硬化症の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。 | ||
#多発性硬化症患者の脳内および脳脊髄液中のグルタミン酸濃度が増加している[84] [85] [86]。 | |||
#多発性硬化症患者の大脳皮質の障害部位ではscl1a2とscl1a3の発現が減少している[87]。 | |||
#グルタミン酸受容体の阻害剤が多発性硬化症モデルの症状を改善する[88] [89]。 | |||
===本態性振戦=== | ===本態性振戦=== |