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英:spinocerebellar degeneration 独:spinozerebellärer Degeneration 仏:dégénérescence spinocérébelleuse | |||
英語略:SCD | 英語略:SCD | ||
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同じく1990~2000年代には、分子遺伝学の発達により、遺伝性脊髄小脳変性症の遺伝子座の同定、さらには原因遺伝子の同定が相次いで報告された。今後も次世代シークエンサーなど遺伝子解析手法の発達により、新たな疾患とその原因遺伝子の同定が進むことが予想される。 | 同じく1990~2000年代には、分子遺伝学の発達により、遺伝性脊髄小脳変性症の遺伝子座の同定、さらには原因遺伝子の同定が相次いで報告された。今後も次世代シークエンサーなど遺伝子解析手法の発達により、新たな疾患とその原因遺伝子の同定が進むことが予想される。 | ||
== 診断 == | == 診断 == | ||
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ATLD= [[ataxia-telangiectasia-like disorder]], EAOH=[[early onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia]], AOA=[[ataxia- ocular motor apraxi]]a, SCAN= [[spinocerebellar ataxia with axonal neuropathy]], SCAR=[[spinocerebellar ataxia, autosomal recessive]], GAMOS1= [[Galloway-Mowat syndrome 1]], COQ10D4=[[coenzyme Q10 deficiency, primary, 4]], LIKNS=[[Lichtenstein-Knorr syndrome]], SACS=[[Spastic ataxia, Charlevoix-Saguenay type]], ARSACS=[[autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay]] | ATLD= [[ataxia-telangiectasia-like disorder]], EAOH=[[early onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia]], AOA=[[ataxia- ocular motor apraxi]]a, SCAN= [[spinocerebellar ataxia with axonal neuropathy]], SCAR=[[spinocerebellar ataxia, autosomal recessive]], GAMOS1= [[Galloway-Mowat syndrome 1]], COQ10D4=[[coenzyme Q10 deficiency, primary, 4]], LIKNS=[[Lichtenstein-Knorr syndrome]], SACS=[[Spastic ataxia, Charlevoix-Saguenay type]], ARSACS=[[autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay]] | ||
[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig2.png|サムネイル|'''図2. 脊髄小脳変性症と変性部位'''<br>赤印が、障害部位を示し、濃い印は障害の程度が強いことを示す。参考文献<ref name=Tada2015 />より改変。]] | |||
[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig3.png|サムネイル|'''図3. 大脳小脳の神経連絡'''<br>破線は小脳への入力、実線は小脳からの出力を示す。]] | |||
[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig4.png|サムネイル|'''図4. 脊髄小脳の神経連絡'''<br>破線は小脳への入力、実線は小脳からの出力を示す。]] | |||
[[ファイル:Yokoseki spinocerebellar degeneration Fig5.png|サムネイル|'''図5. 前庭小脳の神経連絡'''<br>破線は小脳への入力、実線は小脳からの出力を示す。]] | |||
== 病態生理 == | == 病態生理 == | ||
人が動作をする際には、小脳による運動制御が必須であるが、その制御を行う際には、脳内に[[内部モデル]]を必要とする「[[内部モデル仮説]]」が提唱されている<ref name=Wolpert1998><pubmed>21227230</pubmed></ref> 。運動に必要な内部モデルの形成、情報処理、最適化において、小脳の役割が重要であると考えられている。 | 人が動作をする際には、小脳による運動制御が必須であるが、その制御を行う際には、脳内に[[内部モデル]]を必要とする「[[内部モデル仮説]]」が提唱されている<ref name=Wolpert1998><pubmed>21227230</pubmed></ref> 。運動に必要な内部モデルの形成、情報処理、最適化において、小脳の役割が重要であると考えられている。 | ||
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変性の程度を重度(+++)、中等度(++)、軽度(+)で示す。 | 変性の程度を重度(+++)、中等度(++)、軽度(+)で示す。 | ||
小脳やその経路に起因する症状、個々の疾患に合併する他の神経部位に起因する症状 (末梢神経障害や自律神経障害など) を認める。小脳失調は、障害される部位により、様々な症状である<ref name=筧慎治2015>'''筧慎治, 石川享宏, 本多武尊, 三苫博 (2015)'''<br> 【小脳の最新知見-基礎研究と臨床の最前線】小脳は何をしているか 構造と機能の最先端 小脳の機能 平衡、協調運動機能. 医学のあゆみ. 255, 947-954</ref> 。 | |||
=== 大脳小脳 (小脳半球外側部) の障害 === | |||
[[小脳半球]]外側部と[[歯状核]]からなる[[大脳小脳]]は、[[脊髄]]などの末梢から直接入力は少なく、大脳皮質から[[橋]]を経由して入力を受ける。出力は、[[歯状核]]を起始部として、[[視床]]や[[赤核]]へ入力される。視床から大脳皮質広範囲に投射することにより、四肢の遠位筋の運動制御が行われる。そのため、同部位の障害では、[[運動分解]] (decomposition) や、[[測定異常]] (dysmetria) 、[[反復拮抗運動不能]] (adiadochokinesis) など四肢の運動症状を認める ('''図3''')。 | |||
=== 脊髄小脳(小脳虫部、小脳半球内側部)の障害 === | |||
[[小脳虫部]]および小脳半球内側部と[[中位核]] ([[球状核]]、[[栓状核]]) からなる[[脊髄小脳]]は、脊髄からの[[触覚]]、[[圧覚]]、[[位置覚]]などの[[体性感覚]]の情報入力を受け、[[前庭]]や[[網様体]]へ投射し、[[前庭脊髄路]]、[[網様体脊髄路]]を経由して脊髄に出力される。これらの出力は、最終的に[[体幹筋]]に支配し[[姿勢制御]]に重要であり、脊髄小脳の障害では、小脳性の体幹失調や歩行障害を起こす ('''図4''')。 | |||
=== 前庭小脳 (片葉小節葉) の障害 === | |||
[[前庭小脳]] ([[片葉小節葉]]) は、[[三半規管]]や[[耳石器]]などの前庭から入力を受ける。また、[[中脳]]および[[視覚野]]から視覚入力も受ける。前庭小脳からの出力は、[[前庭神経核]]に投射される。同部は、前庭眼反射の制御を行っており、障害されることにより[[眼振]]、眼球測定異常、前庭眼反射の異常などの眼球運動障害を起こす ('''図5''')。 | |||
== 治療 == | == 治療 == | ||
脊髄小脳変性症の根本的治療法は、いまだ確立されていない。 | 脊髄小脳変性症の根本的治療法は、いまだ確立されていない。 | ||
本邦で小脳失調症状の改善を目的として、[[甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン]] ([[thyrotropin releasing hormone]], [[TRH]]) 誘導体が使用されている。TRH誘導体使用の経緯は、1970年代初頭に開発された失調症モデルマウスである[[rolling mouse Nagoya]]の解析に由来する<ref name=織田鉄一1973>'''織田鉄一 (1973)'''<br>歩行異常マウスの発見と維持. 実験動物. 22, 281-288</ref> 。このマウスは、のちに[[電位依存性カルシウムチャネル#Cav2_.28N.2C_P.2FQ.2C_R.E5.9E.8B.29|P/Q-type Ca2+ channels]]に変異を有していることが明かとなっている<ref name=Mori2000><pubmed>10908603</pubmed></ref> 。このrolling mouse Nagoyaでは、小脳脳幹部のTRH含有量が減少していること<ref name=祖父江逸郎1977>'''祖父江逸郎 (1977)'''<br> 視床下部ホルモンと中枢神経機能との新しい接点TRHと運動失調との関連をめぐって. 臨床神経学. 17, 791-799</ref> 、小脳ではノルアドレナリン神経終末に異常があることが報告され<ref name=Adachi1975>'''Adachi, K. (1975).'''<br>Changes in the cerebellar noradrenaline nerve terminals of the neurological murine mutant rolling mouse Nagoya : A histofluorescence analysis. Neurobiol and Neurophys. 3, 329-330 [https://ci.nii.ac.jp/naid/10030205506/ | 本邦で小脳失調症状の改善を目的として、[[甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン]] ([[thyrotropin releasing hormone]], [[TRH]]) 誘導体が使用されている。TRH誘導体使用の経緯は、1970年代初頭に開発された失調症モデルマウスである[[rolling mouse Nagoya]]の解析に由来する<ref name=織田鉄一1973>'''織田鉄一 (1973)'''<br>歩行異常マウスの発見と維持. 実験動物. 22, 281-288</ref> 。このマウスは、のちに[[電位依存性カルシウムチャネル#Cav2_.28N.2C_P.2FQ.2C_R.E5.9E.8B.29|P/Q-type Ca2+ channels]]に変異を有していることが明かとなっている<ref name=Mori2000><pubmed>10908603</pubmed></ref> 。このrolling mouse Nagoyaでは、小脳脳幹部のTRH含有量が減少していること<ref name=祖父江逸郎1977>'''祖父江逸郎 (1977)'''<br> 視床下部ホルモンと中枢神経機能との新しい接点TRHと運動失調との関連をめぐって. 臨床神経学. 17, 791-799</ref> 、小脳ではノルアドレナリン神経終末に異常があることが報告され<ref name=Adachi1975>'''Adachi, K. (1975).'''<br>Changes in the cerebellar noradrenaline nerve terminals of the neurological murine mutant rolling mouse Nagoya : A histofluorescence analysis. Neurobiol and Neurophys. 3, 329-330 [https://ci.nii.ac.jp/naid/10030205506/ CiNii]</ref> 、TRHは[[ノルアドレナリン]]のturnoverに関与することなどから、TRH投与が失調症状改善につながると可能性が期待された。実際にrolling mouse Nagoya にTRHを投与により失調症状に有効であることが示され<ref name=小長谷正明1980>'''小長谷正明, 高柳哲也, 室賀辰夫他 (1980)'''<br>RollingmouseNagoyaの脳内ノルアドレナリン代謝とthyrotropinreleasinghormoneの影響. 臨床神経学. 20, 181-188</ref> 、その後本邦の多施設での治験を経て1985年に点滴用TRH製剤である[[プロチレリン酒石酸]]が脊髄小脳変性症の運動失調症状の改善として保険適応となり<ref name=祖父江1982>'''祖父江逸郎, 高柳哲也, 中西孝 (1982).'''<br> 脊髄小脳変性症に対するThyrotropin Releasing Hormone Tartrateの治療研究 二重盲検比較対照臨床試験による検討. 神経研究の進歩. 26, 1190-1214</ref> 、2000年以降は内服のTRH製剤である[[タルチレリン水和物]]が脊髄小脳変性症の運動失調の改善を目的として使用されている<ref name=金澤一郎1997>'''金澤一郎, 里吉栄二郎, 平山惠造他 (1997).'''<br>Taltirelin hydrate(TA-0910)の脊髄小脳変性症に対する臨床評価 プラセボを対照とした臨床第III相二重盲検比較試験. 臨床医薬. 13, 4169-4224</ref> 。タルチレリン水和物の失調症状の改善効果は極めて限定的であり、現在より効果の強いTRH製剤の開発が行われている<ref name=Nishizawa2020><pubmed>31937586</pubmed></ref> 。 | ||
脊髄小脳変性症などの神経変性疾患では、運動機能の維持、合併症の予防目的にリハビリテーションが実施されている。脊髄小脳変性症において、短期集中リハビリテーションが有効であることを日本の「運動失調症の病態解明と治療法開発に関する研究」を中心とする研究班での研究により示されている。このリハビリテーションの研究 (Trial for Cerebellar Ataxia Rehabilitation, CAR trial) では、小脳症状が主体であるSCA6、SCA31、皮質性小脳萎縮症患者に対して、1日1~2時間、週3~7回、4週間のバランスや歩行を中心とした短期集中リハビリテーションにより、運動失調や歩行の改善を認め、かつその効果が半年~1年継続することが示されている<ref name=Miyai2012><pubmed>22140200</pubmed></ref> 。 | 脊髄小脳変性症などの神経変性疾患では、運動機能の維持、合併症の予防目的にリハビリテーションが実施されている。脊髄小脳変性症において、短期集中リハビリテーションが有効であることを日本の「運動失調症の病態解明と治療法開発に関する研究」を中心とする研究班での研究により示されている。このリハビリテーションの研究 (Trial for Cerebellar Ataxia Rehabilitation, CAR trial) では、小脳症状が主体であるSCA6、SCA31、皮質性小脳萎縮症患者に対して、1日1~2時間、週3~7回、4週間のバランスや歩行を中心とした短期集中リハビリテーションにより、運動失調や歩行の改善を認め、かつその効果が半年~1年継続することが示されている<ref name=Miyai2012><pubmed>22140200</pubmed></ref> 。 | ||
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弧発性脊髄小脳変性症では多系統萎縮症の頻度が最も高い。多系統萎縮症では、本邦では病初期に小脳症状が主体であるMSA-C (以前はオリーブ橋小脳萎縮症;olivopontocerebellar atrophy;OPCAと診断されていた臨床型) の頻度が高いが<ref name=Ozawa2010><pubmed>20571046</pubmed></ref> 、ヨーロッパや北米では病初期はパーキンソン症状が主体であるMSA-P (以前は線条体黒質変性症;striatonigral degeneration;SNDと診断されていた臨床型) の頻度が高い<ref name=Stefanova2009><pubmed>19909915</pubmed></ref> 。 | 弧発性脊髄小脳変性症では多系統萎縮症の頻度が最も高い。多系統萎縮症では、本邦では病初期に小脳症状が主体であるMSA-C (以前はオリーブ橋小脳萎縮症;olivopontocerebellar atrophy;OPCAと診断されていた臨床型) の頻度が高いが<ref name=Ozawa2010><pubmed>20571046</pubmed></ref> 、ヨーロッパや北米では病初期はパーキンソン症状が主体であるMSA-P (以前は線条体黒質変性症;striatonigral degeneration;SNDと診断されていた臨床型) の頻度が高い<ref name=Stefanova2009><pubmed>19909915</pubmed></ref> 。 | ||
遺伝性脊髄小脳変性症も、国や地域により疾患の分布は大きく異なる。世界規模では顕性遺伝のSCDでは、MJD (SCA3)の頻度が最も高く、それに続きSCA2 やSCA6の頻度が高いとされている。日本でもMJD、SCA6の頻度が高く、この他にSCA31の頻度が高い。また、日本国内においても、地域ごとに頻度が異なり、北海道や宮城県ではSCA1が他の地域と比較して頻度は高い。長野県や鳥取県では、MJDよりSCA6の頻度が高い<ref name=石川2015>石川欽也 | 遺伝性脊髄小脳変性症も、国や地域により疾患の分布は大きく異なる。世界規模では顕性遺伝のSCDでは、MJD (SCA3)の頻度が最も高く、それに続きSCA2 やSCA6の頻度が高いとされている。日本でもMJD、SCA6の頻度が高く、この他にSCA31の頻度が高い。また、日本国内においても、地域ごとに頻度が異なり、北海道や宮城県ではSCA1が他の地域と比較して頻度は高い。長野県や鳥取県では、MJDよりSCA6の頻度が高い<ref name=石川2015>'''石川欽也 (2015).'''<br>【小脳の最新知見-基礎研究と臨床の最前線】小脳の病態 小脳疾患の診療の最前線 日本に多い優性遺伝性脊髄小脳変性症(SCA3、6、31、DRPLA). 医学のあゆみ. 255, 1026-1032</ref> 。 | ||
潜性遺伝の脊髄小脳変性症では、白人ではFriedreich失調症の頻度が最も高いが、日本ではFriedreich失調症は1例も認められてない。一方日本では、Friedreich失調症に類似の臨床症状を示し、眼球運動失行、低アルブミン血症を合併するearly onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia (EAOH) /ataxia-ocular motor apraxia type1 (AOA1) の頻度が高い<ref name=Yokoseki2011><pubmed>21486904</pubmed></ref> 。また、これまで日本からFriedreich失調症として報告されていた症例の多くが、EAOHであると考えられている。 | 潜性遺伝の脊髄小脳変性症では、白人ではFriedreich失調症の頻度が最も高いが、日本ではFriedreich失調症は1例も認められてない。一方日本では、Friedreich失調症に類似の臨床症状を示し、眼球運動失行、低アルブミン血症を合併するearly onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia (EAOH) /ataxia-ocular motor apraxia type1 (AOA1) の頻度が高い<ref name=Yokoseki2011><pubmed>21486904</pubmed></ref> 。また、これまで日本からFriedreich失調症として報告されていた症例の多くが、EAOHであると考えられている。 |