「転写制御因子」の版間の差分

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 DNA配列における転写制御因子結合部位は、[http://www.genomatix.de/index.html MatInspector]や、[http://www.pazar.info/ PAZAR]などで予測できる。
 DNA配列における転写制御因子結合部位は、[http://www.genomatix.de/index.html MatInspector]や、[http://www.pazar.info/ PAZAR]などで予測できる。


 ENCODEプロジェクトなどにより、ゲノムのかなりの領域が転写されることが明らかとなった<ref><pubmed>22955616</pubmed></ref>。エンハンサー部位で合成されるeRNA (enhancer RNA) などの非翻訳RNAが転写に関わることが示唆されている<ref><pubmed>23273978</pubmed></ref><ref><pubmed>20887892</pubmed></ref>。
 ENCODEプロジェクトなどにより、ゲノムのかなりの領域が転写されることが明らかとなった<ref><pubmed>22955616</pubmed></ref>。エンハンサー部位で合成される[[enhancer RNA]]([[eRNA]])などの[[非翻訳RNA]]が転写に関わることが示唆されている<ref><pubmed>23273978</pubmed></ref><ref><pubmed>20887892</pubmed></ref>。


==構造==  
==構造==  
 転写活性化因子の転写活性化ドメインは、コアクチベーターなどのタンパク質と結合し、酸性アミノ酸、もしくは[[wikipedia:ja:グルタミン酸|グルタミン酸]]、[[wikipedia:ja:プロリン|プロリン]]のいずれかに富む領域などに分類される。転写抑制因子の転写抑制ドメインには、[[wikipedia:ja:トリプトファン|トリプトファン]]、[[wikipedia:ja:アルギニン|アルギニン]]、プロリンからなるWRPWドメインや、芳香族アミノ酸と疎水性アミノ酸からなるEH1 (engrailed homology 1) ドメインなどがあり、コリプレッサーとの結合に必須である<ref><pubmed>18254933</pubmed></ref><ref><pubmed>16309560</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:ジンクフィンガー|ジンクフィンガー]]型因子などは、リガンドと結合するドメインも有する。
 転写活性化因子の転写活性化ドメインは、コアクチベーターなどのタンパク質と結合し、[[酸性アミノ酸]]、もしくは[[グルタミン酸]]、[[プロリン]]のいずれかに富む領域などに分類される。転写抑制因子の転写抑制ドメインには、[[トリプトファン]]、[[アルギニン]]、プロリンからなる[[WRPWドメイン]]や、[[芳香族アミノ酸]]と[[疎水性アミノ酸]]からなる[[engrailed homology 1]]([[eRNA]])ドメインなどがあり、コリプレッサーとの結合に必須である<ref><pubmed>18254933</pubmed></ref><ref><pubmed>16309560</pubmed></ref>。[[ジンクフィンガー]]型因子などは、リガンドと結合するドメインも有する。


 転写制御因子の構造については、[http://www.rcsb.org/pdb/home/home.do Protein Data Bank]や[http://pfam.sanger.ac.uk/ Pfam]などのデータベースで検索できる。
 転写制御因子の構造については、[http://www.rcsb.org/pdb/home/home.do Protein Data Bank]や[http://pfam.sanger.ac.uk/ Pfam]などのデータベースで検索できる。


===DNA結合ドメインによる分類===
===DNA結合ドメインによる分類===
 転写制御因子は、DNA結合ドメインの構造モチーフに基づき、ホメオドメイン、ジンクフィンガー、塩基性へリックス・ループ・へリックスなどのファミリーに分けられる。
 転写制御因子は、DNA結合ドメインの構造モチーフに基づき、[[ホメオドメイン]]、ジンクフィンガー、塩基性[[へリックス・ループ・へリックス]]などのファミリーに分けられる。


====ホメオドメイン====
====ホメオドメイン====
homeodomain
homeodomain


 [[wikipedia:ja:ホメオボックス|ホメオボックス]]がコードする約60個のアミノ酸配列である。ショウジョウバエの体節形成の研究で発見され、ヒトを含む高等動物まで[[wikipedia:ja:ホモログ|ホモログ]]間でよく保存されている<ref><pubmed>11470884</pubmed></ref>。へリックス・ターン・へリックス構造をとり、2番目のヘリックスがDNAの主溝に入り込んで結合する。アミノ酸配列の類似性やホメオドメインの外のモチーフから、さらにサブファミリーに分けられる。ホメオドメインが結合するコンセンサス配列の代表としてATTAが知られ、サブファミリーにより認識配列が異なる<ref><pubmed>18585359</pubmed></ref>。
 ホメオボックスがコードする約60個のアミノ酸配列である。[[ショウジョウバエ]]の体節形成の研究で発見され、ヒトを含む高等動物までホモログ間でよく保存されている<ref><pubmed>11470884</pubmed></ref>。[[へリックス・ターン・へリックス構造]]をとり、2番目のヘリックスがDNAの主溝に入り込んで結合する。アミノ酸配列の類似性やホメオドメインの外のモチーフから、さらにサブファミリーに分けられる。ホメオドメインが結合するコンセンサス配列の代表としてATTAが知られ、サブファミリーにより認識配列が異なる<ref><pubmed>18585359</pubmed></ref>。


====ジンクフィンガー====
====ジンクフィンガー====
zinc finger
zinc finger


 GATAファミリーの因子などに見られる構造で、亜鉛イオンに2個の[[wikipedia:ja:システイン|システイン]]と2個のヒスチジンが配位結合するC2H2タイプや、4個のシステインが配位結合するC4タイプなどがある<ref><pubmed>18253864</pubmed></ref>。亜鉛に配位したシステインあるいはヒスチジン残基に挟まれたアミノ酸領域が指状のループをつくる。[[wikipedia:ja:ステロイドホルモン|ステロイドホルモン]]受容体などの[[wikipedia:ja:核内受容体|核内受容体]]は、[[wikipedia:ja:リガンド|リガンド]]と直接結合すると核内に入り転写制御能を発揮するようになる<ref><pubmed>20813267</pubmed></ref><ref><pubmed>20850017</pubmed></ref>。コンセンサス配列にはGATAファミリーの因子が結合するGATAなどがある。
 [[GATAファミリー]]の因子などに見られる構造で、[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]イオンに2個の[[システイン]]と2個のヒスチジンが配位結合するC2H2タイプや、4個のシステインが配位結合するC4タイプなどがある<ref><pubmed>18253864</pubmed></ref>。亜鉛に配位したシステインあるいはヒスチジン残基に挟まれたアミノ酸領域が指状のループをつくる。[[ステロイドホルモン]]受容体などの[[核内受容体]]は、リガンドと直接結合すると核内に入り転写制御能を発揮するようになる<ref><pubmed>20813267</pubmed></ref><ref><pubmed>20850017</pubmed></ref>。コンセンサス配列にはGATAファミリーの因子が結合するGATAなどがある。


====塩基性へリックス・ループ・へリックス====
====塩基性へリックス・ループ・へリックス====
basic helix-loop-helix、bHLH
basic helix-loop-helix、bHLH
   
   
 Mash1/Ascl1 (mammalian achaete-scute homolog 1/ achaete-scute complex homolog 1)やMath1/ Atoh1 (mammalian atonal homolog 1/ atonal homolog 1) などの神経分化を開始させるプロニューラル因子などに見られる<ref name=ref10><pubmed>12094208</pubmed></ref>。E12/Tcf3 (transcription factor 3) タンパク質などのへリックス・ループ・へリックスドメインとヘテロ[[wikipedia:ja:二量体|二量体]]を形成し、DNAに結合する。コンセンサス配列として、プロニューラル因子などの転写活性化因子が結合するE box (CANNTG) と、Hes1 (hairy, Enhancer of split 1) などの転写抑制因子が結合するN box (CACNAG) などが知られている<ref name=ref11><pubmed>17329370</pubmed></ref>。
 [[mammalian achaete-scute homolog 1]]/[[achaete-scute complex homolog 1]]([[Mash1]]/[[Ascl1]])や[[mammalian atonal homolog 1]]/[[atonal homolog 1]]([[Math1]]/[[Atoh1]])などの神経分化を開始させるプロニューラル因子などに見られる<ref name=ref10><pubmed>12094208</pubmed></ref>。[[transcription factor 3]]([[E12]]/[[Tcf3]])タンパク質などのへリックス・ループ・へリックスドメインとヘテロ[[wikipedia:ja:二量体|二量体]]を形成し、DNAに結合する。コンセンサス配列として、プロニューラル因子などの転写活性化因子が結合する[[E box]] (CANNTG) と、[[hairy, Enhancer of split 1]]([[Hes1]])などの転写抑制因子が結合する[[N box]] ([[CACNAG]]) などが知られている<ref name=ref11><pubmed>17329370</pubmed></ref>。


====ロイシンジッパー====
====ロイシンジッパー====
leucine zipper
leucine zipper


 c-FosやMycなどに見られ、7アミノ酸ごとに[[wikipedia:ja:ロイシン|ロイシン]]が配置された[[wikipedia:ja:コイルドコイル|コイルドコイル]]と呼ばれる構造を取る。同様の構造を持つ因子とコイルドコイル間でヘテロ二量体を形成し、コイルドコイルのN端側に存在する塩基性アミノ酸に富む領域でDNAに結合する。コンセンサス配列には[[wikipedia:ja:CREB|CREB]] (cAMP-responsive element-binding protein) が結合するサイクリックAMP応答配列(TGACGTCA)などがある<ref name=ref18><pubmed>20223527</pubmed></ref>。
 c-FosやMycなどに見られ、7アミノ酸ごとに[[ロイシン]]が配置された[[コイルドコイル]]と呼ばれる構造を取る。同様の構造を持つ因子とコイルドコイル間でヘテロ二量体を形成し、コイルドコイルのN端側に存在する塩基性アミノ酸に富む領域でDNAに結合する。コンセンサス配列には[[cAMP-responsive element-binding protein]]([[CREB]])が結合する[[サイクリックAMP応答配列]](TGACGTCA)などがある<ref name=ref18><pubmed>20223527</pubmed></ref>。


====HMG(high mobility group)ボックス ====
====HMG(high mobility group)ボックス ====
 クロマチンから0.35M[[wikipedia:ja:塩化ナトリウム|塩化ナトリウム]]によって抽出され、電気泳動で高い移動度を示すタンパク質のDNA結合領域で見つかった。約80アミノ酸からなり、三つの&alpha;へリックスを形成する<ref><pubmed>23153957</pubmed></ref>。特に、性決定遺伝子''[[wikipedia:ja:Sry|Sry]] ''がコードするタンパク質と高い相同性を持つ因子はSoxファミリーと呼ばれる。コンセンサス配列にはSoxファミリーの結合するT(A/T)(A/T)CAAGなどがある。
 クロマチンから0.35M[[wikipedia:ja:塩化ナトリウム|塩化ナトリウム]]によって抽出され、[[wikipedia:ja:電気泳動|電気泳動]]で高い移動度を示すタンパク質のDNA結合領域で見つかった。約80アミノ酸からなり、三つの&alpha;へリックスを形成する<ref><pubmed>23153957</pubmed></ref>。特に、[[wikipedia:ja:性決定遺伝子|性決定遺伝子]]''[[wikipedia:ja:Sry|Sry]] ''がコードするタンパク質と高い相同性を持つ因子は[[Soxファミリー]]と呼ばれる。コンセンサス配列にはSoxファミリーの結合するT(A/T)(A/T)CAAGなどがある。


{| class="wikitable" style="text-align:center"
{| class="wikitable" style="text-align:center"
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! DNA結合ドメイン|| ファミリー || 例
! DNA結合ドメイン|| ファミリー || 例
|-
|-
| rowspan="9" | homeodomain
| rowspan="9" | [[ホメオドメイン]]
| Hox
| [[Hox]]
| HoxA1, HoxC8
| [[HoxA1]], [[HoxC8]]
|-
|-
| Pax
| [[Pax]]
| Pax2, Pax6
| [[Pax2]], [[Pax6]]
|-
|-
| Dlx
| [[Dlx]]
| Dlx1, Dlx2
| [[Dlx1]], [[Dlx2]]
|-
|-
| Emx
| [[Emx]]
| Emx2
| [[Emx2]]
|-
|-
| Nkx
| [[Nkx]]
| Nkx2.2, Nkx6.1
| [[Nkx2.2]], [[Nkx6.1]]
|-
|-
| En
| [[En]]
| En1
| [[En1]]
|-
|-
|Bar
| [[Bar]]
| Barh1, Barh2
| [[Barh1]], [[Barh2]]
|-
|-
|paired-like
| [[paired-like]]
|Phox2a, DRG11
| [[Phox2a]], [[DRG11]]
|-
|-
|POU
| [[POU]]
|Brn3a
| [[Brn3a]]
|-
|-
|rowspan="4" | [[zinc finger]]
|rowspan="4" | [[ジンクフィンガー]]
|C2H2
| [[C2H2]]
|Gli1, NRSF/REST, Zif268, Krox20, Fezl
| [[Gli1]], [[NRSF]]/[[REST]], [[Zif268]], [[Krox20]], [[Fezl]]
|-
|-
|kruppel-like
| [[kruppel-like]]
|Klf4
| [[Klf4]]
|-
|-
|Gata
| [[Gata]]
|Gata2, Gata3
| [[Gata2]], [[Gata3]]
|-
|-
|nuclear hormone receptor
| [[nuclear hormone receptor]]
|RAR&alpha;1, RXR
| [[RAR&alpha;1]], [[RXR]]
|-
|-
|rowspan="3" | [[basic helix-loop-helix]]
|rowspan="3" | [[塩基性ヘリックス・ループ・ヘリックス]]
|bHLH
| [[bHLH]]
| Mash1/Ascl1, Math1/Atoh1, Neurogenin1, NeuroD, Ptf1a, Hes1, Olig2, Scl/Tal1, E12/Tcf3
| [[Mash1]]/[[Ascl1]], [[Math1]]/[[Atoh1]], [[Neurogenin1]], [[NeuroD]], [[Ptf1a]], [[Hes1]], [[Olig2]], [[Scl]]/[[Tal1]], [[E12]]/[[Tcf3]]
|-
|-
|bHLH-PAS
| [[bHLH-PAS]]
|Per1, Clk
| [[Per1]], [[Clk]]
|-
|-
|bHLH-leucine zipper
| [[bHLH-leucine zipper]]
|Myc, MycN/N-Myc
| [[Myc]], [[MycN]]/[[N-Myc]]
|-
|-
| [[leucine zipper]]
| [[ロイシンジッパー]]
|
|
|c-Fos, CREB
| [[c-Fos]], [[CREB]]
|-
|-
|rowspan="2" | [[HMG box]]
|rowspan="2" | [[HMG box]]
|Sox
| [[Sox]]
|Sox2, Sox9, Sox10
| [[Sox2]], [[Sox9]], [[Sox10]]
|-
|-
|Tcf/Lef
| [[Tcf]]/[[Lef]]
|Tcf1/Lef1
| [[Tcf1]]/[[Lef1]]
|-
|-
| [[Ets]]
| [[Ets]]
|
|
|Pea3, Er81
| [[Pea3]], [[Er81]]
|-
|-
| [[T box]]
| [[T box]]
|
|
|Tbr1
| [[Tbr1]]
|-
|-
| [[forkhead]]  
| [[forkhead]]  
|Fox
| [[Fox]]
| FoxG1/Bf1, FoxO, FoxP2
| [[FoxG1]]/[[Bf1]], [[FoxO]], [[FoxP2]]
|-
|-
| [[Rel homology]]
| [[Rel homology]]
|
|
| Rbpj /CBF1, NF-&kappa;B
| [[Rbpj]]/[[CBF1]], [[NF-κB]]
|-
|-
| [[MH1]]
| [[MH1]]
|Smad
| [[Smad]]
|Smad2, Smad4
| [[Smad2]], [[Smad4]]
|-
|-
| [[SH2]]
| [[SH2]]
|STAT
| [[STAT]]
|STAT3
| [[STAT3]]
|}
|}


==転写制御因子の活性制御==
==転写制御因子の活性制御==


 転写制御因子の活性は、細胞の分化段階や細胞外からの刺激などにより制御され、リン酸化やリガンド結合、[[wikipedia:ja:ユビキチン|ユビキチン]]化などの影響を受ける<ref name=ref2 />。また、転写制御因子には、構造的に類似した因子同士で二量体を形成し機能するものも多い。へリックス・ループ・へリックス因子の一つであるIdファミリーは塩基性領域を欠き、塩基性へリックス・ループ・へリックス因子のE12/Tcf3などとへテロ二量体を形成し、E12/Tcf3がDNAに結合することを阻害する<ref><pubmed>11807807</pubmed></ref>。
 転写制御因子の活性は、細胞の分化段階や細胞外からの刺激などにより制御され、リン酸化やリガンド結合、[[ユビキチン化]]などの影響を受ける<ref name=ref2 />。また、転写制御因子には、構造的に類似した因子同士で二量体を形成し機能するものも多い。へリックス・ループ・へリックス因子の一つである[[Id]]ファミリーは塩基性領域を欠き、塩基性へリックス・ループ・へリックス因子の[[E12]]/[[Tcf3]]などとへテロ二量体を形成し、E12/Tcf3がDNAに結合することを阻害する<ref><pubmed>11807807</pubmed></ref>。


 TGF-&beta; (transforming growth factor-&beta;) ファミリーの分泌タンパク質が膜受容体に結合すると、MH1 (Mad homology 1) ドメイン型因子のSmad2とSmad3はリン酸化され、Smad4とヘテロ二量体を形成後、核に移行して転写を制御する<ref><pubmed>21565618</pubmed></ref>。
 [[transforming growth factor-&beta;]]([[TGF-&beta;]])ファミリーの分泌タンパク質が膜[[受容体]]に結合すると、[[Mad homology 1]]([[MH1]])ドメイン型因子の[[Smad2]]と[[Smad3]]はリン酸化され、[[Smad4]]とヘテロ二量体を形成後、核に移行して転写を制御する<ref><pubmed>21565618</pubmed></ref>。


 [[wikipedia:ja:インターフェロン|インターフェロン]]などの[[wikipedia:ja:サイトカイン|サイトカイン]]やホルモンが受容体に結合すると、Jak (Janus kinase)によってSH2 (Src homology 2) ドメイン型因子の[[シグナル伝達兼転写活性化因子]] (signal transducers and activator of transcription; STAT) がリン酸化される。リン酸化されたSTATはSH2ドメインを介して二量体を形成し、核に移行する<ref><pubmed>24058789</pubmed></ref>。
 [[wikipedia:ja:インターフェロン|インターフェロン]]などの[[wikipedia:ja:サイトカイン|サイトカイン]]や[[wikipedia:ja:ホルモン|ホルモン]]が受容体に結合すると、[[Janus kinase]]([[Jak]])によって[[Src homology 2]]([[SH2]])ドメイン型因子の[[シグナル伝達兼転写活性化因子]] ([[signal transducers and activator of transcription]]; [[STAT]]) がリン酸化される。リン酸化されたSTATはSH2ドメインを介して二量体を形成し、核に移行する<ref><pubmed>24058789</pubmed></ref>。


 Hedgehogが膜上の受容体Patchedに結合すると、膜タンパク質Smoothendを介してジンクフィンガー型因子のGliが活性化される。活性化したGliは核に移行し、標的遺伝子の転写を制御する<ref><pubmed>18621990</pubmed></ref>。
 [[Hedgehog]]が膜上の受容体[[Patched]]に結合すると、膜タンパク質[[Smoothend]]を介してジンクフィンガー型因子の[[Gli]]が活性化される。活性化したGliは核に移行し、標的遺伝子の転写を制御する<ref><pubmed>18621990</pubmed></ref>。


 DeltaやJaggedが受容体[[Notch]]に結合すると、&gamma;セクレターゼの作用によりNotch受容体の細胞内ドメインが切り出される。Notchの細胞内ドメインは核内に移行し、Rel homology型因子のRbpj/CBF-1 (recombination signal sequence-binding protein J/C promoter-binding factor 1) やコアクチベーターMaml1 (Mastermind-like 1) と複合体を形成し''Hes1''などの転写を活性化する<ref><pubmed>21505516</pubmed></ref>。
 [[Delta]]や[[Jagged]]が受容体[[Notch]]に結合すると、[[&gamma;セクレターゼ]]の作用により[[Notch受容体]]の細胞内ドメインが切り出される。Notchの細胞内ドメインは核内に移行し、[[Rel homology型因子]]の[[recombination signal sequence-binding protein J]]/[[C promoter-binding factor 1]]([[Rbpj]]/[[CBF-1]])やコアクチベーター[[Mastermind-like 1]]([[Maml1]])と複合体を形成し''Hes1''などの転写を活性化する<ref><pubmed>21505516</pubmed></ref>。


 [[Wnt]]が膜受容体Frizzledと結合すると&beta;-cateninが遊離され、この&beta;-cateninはHMGボックス型因子のTcf1/Lef1 (T-cell factor 1/lymphoid enhancer binding factor 1) とヘテロ二量体を形成後、核内に移行し転写を制御する<ref><pubmed>23772206</pubmed></ref><ref><pubmed>18083108</pubmed></ref>。
 [[Wnt]]が膜受容体[[Frizzled]]と結合すると[[&beta;-catenin]]が遊離され、この&beta;-cateninはHMGボックス型因子の[[T-cell factor 1]]/[[lymphoid enhancer binding factor 1]]([[Tcf1]]/[[Lef1]])とヘテロ二量体を形成後、核内に移行し転写を制御する<ref><pubmed>23772206</pubmed></ref><ref><pubmed>18083108</pubmed></ref>。


 ロイシンジッパー型因子のCREBは、サイクリックAMP 濃度の上昇などの様々な刺激によりサイクリックAMP依存性プロテインキナーゼや[[カルシウムカルモジュリン依存性プロテインキナーゼ]]などによるリン酸化を受け、活性化する<ref name=ref18 /><ref name=ref12><pubmed>19126756</pubmed></ref>。
 [[ロイシンジッパー]]型因子のCREBは、[[サイクリックAMP]]濃度の上昇などの様々な刺激により[[サイクリックAMP依存性プロテインキナーゼ]]や[[カルシウムカルモジュリン依存性プロテインキナーゼ]]などによるリン酸化を受け、活性化する<ref name=ref18 /><ref name=ref12><pubmed>19126756</pubmed></ref>。


 Pax6 (paired box 6) やMycN/N-mycなどの転写制御因子はユビキチン化され、ユビキチン・[[wikipedia:ja:プロテアソーム|プロテアソーム]]系によって分解されることが明らかとなっている<ref><pubmed>18430159</pubmed></ref>。
 [[paired box 6]]([[Pax6]])や[[MycN]]/[[N-myc]]などの転写制御因子はユビキチン化され、ユビキチン・[[wikipedia:ja:プロテアソーム|プロテアソーム]]系によって分解されることが明らかとなっている<ref><pubmed>18430159</pubmed></ref>。


==生体内での役割==
==生体内での役割==
===発生・細胞分化===
===発生・細胞分化===
 発生過程では、多数の転写制御因子が働く。神経発生の初期においては、Pax6やEmx2 (empty spiracles homeobox 2)、Nkx6.1 (NK6 homeobox 6.1) などのホメオドメイン型因子が[[神経管]]の前後軸や背腹軸に沿って特異的に発現し、[[終脳]]形成を制御する<ref><pubmed>19143049</pubmed></ref>。Hoxファミリーのタンパク質は、後脳と[[脊髄]][[前後軸]]沿いの特定の領域の個性に関わり、[[運動神経細胞]]などの分化を正常に進めるために必須である<ref name=ref13><pubmed>18524570</pubmed></ref>。
 発生過程では、多数の転写制御因子が働く。神経発生の初期においては、Pax6や[[empty spiracles homeobox 2]]([[Emx2]])、[[NK6 homeobox 6.1]]([[Nkx6.1]])などのホメオドメイン型因子が[[神経管]]の[[前後軸]]や[[背腹軸]]に沿って特異的に発現し、[[終脳]]形成を制御する<ref><pubmed>19143049</pubmed></ref>。Hoxファミリーのタンパク質は、[[後脳]][[脊髄]]の前後軸沿いの特定の領域の個性に関わり、[[運動神経]]細胞などの分化を正常に進めるために必須である<ref name=ref13><pubmed>18524570</pubmed></ref>。


 Mash1/Ascl1 やMath1/Atoh1 などのプロニューラル因子は神経分化の開始を司り、神経細胞の分化や個性を制御する遺伝子の転写を活性化する<ref name=ref10 />。[[神経幹細胞]]や[[神経前駆細胞]]ではNotchがHes1やHes5を活性化し、Hes1やHes5タンパク質がプロニューラル遺伝子の上流などに結合し、転写を抑える<ref name=ref11 />。
 Mash1/Ascl1 やMath1/Atoh1 などの[[プロニューラル因子]]は[[神経分化]]の開始を司り、神経細胞の分化や個性を制御する遺伝子の転写を活性化する<ref name=ref10 />。[[神経幹細胞]]や[[神経前駆細胞]]ではNotchがHes1やHes5を活性化し、Hes1やHes5タンパク質がプロニューラル遺伝子の上流などに結合し、転写を抑える<ref name=ref11 />。


 Math1はBar型ホメオボックス遺伝子''Barh1 (Bar-class homeobox 1)'' と''Barh2'' を直接活性化し、Barh1とBarh2タンパク質が脊髄の交連神経細胞の個性を決定する<ref><pubmed>15788459</pubmed></ref><ref name=ref14><pubmed>20599893</pubmed></ref>。[[小脳]]ではMath1/Atoh1は、[[グルタミン酸]]作動性の顆粒細胞の分化を促進する一方、GABA (&gamma;-aminobutyric acid) 作動性神経細胞産生に必須な''Ptf1a (pancreas transcription factor 1a)'' の発現を抑える<ref><pubmed>18723012</pubmed></ref>。
 Math1はBar型ホメオボックス遺伝子''[[Bar-class homeobox 1]]([[Barh1]])'' と''[[Barh2]]'' を直接活性化し、Barh1とBarh2タンパク質が脊髄の[[交連神経]]細胞の個性を決定する<ref><pubmed>15788459</pubmed></ref><ref name=ref14><pubmed>20599893</pubmed></ref>。[[小脳]]ではMath1/Atoh1は、[[グルタミン酸]]作動性の[[顆粒細胞]]の分化を促進する一方、[[&gamma;-aminobutyric acid]]([[GABA]])作動性神経細胞産生に必須な''[[pancreas transcription factor 1a]]([[Ptf1a]])'' の発現を抑える<ref><pubmed>18723012</pubmed></ref>。


 脊髄において、塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子のOlig2は運動神経細胞の分化と[[オリゴデンドロサイト]]の産生に必須な一方、Scl/Tal1は[[介在神経細胞]]の分化と[[アストロサイト]]の産生を制御する<ref><pubmed>21068830</pubmed></ref>。
 脊髄において、塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子の[[Olig2]]は運動神経細胞の分化と[[オリゴデンドロサイト]]の産生に必須な一方、[[Scl]]/[[Tal1]]は[[介在神経細胞]]の分化と[[アストロサイト]]の産生を制御する<ref><pubmed>21068830</pubmed></ref>。


 ホメオボックス遺伝子の''Dlx1 (distal-less homeobox 1)'' と''Dlx2'' は、[[大脳基底核原基]]由来の細胞で発現し、大脳のGABA作動性神経細胞の産生に必須である<ref><pubmed>19428236</pubmed></ref>。
 ホメオボックス遺伝子の''[[distal-less homeobox 1]]([[Dlx1]])'' と''[[Dlx2]]'' は、[[大脳基底核原基]]由来の細胞で発現し、大脳のGABA作動性神経細胞の産生に必須である<ref><pubmed>19428236</pubmed></ref>。


 HMGボックス型因子のSox2は、プロニューラル因子と拮抗的に働き、神経分化を抑制する<ref name=ref15><pubmed>16139372</pubmed></ref>。また、Sox9やSox10はオリゴデンドロサイトの前駆細胞で発現し、オリゴデンドロサイトの分化を促進するとともに、ミエリン塩基性タンパク質などの遺伝子の転写を活性化する<ref name=ref15 />。
 HMGボックス型因子のSox2は、プロニューラル因子と拮抗的に働き、神経分化を抑制する<ref name=ref15><pubmed>16139372</pubmed></ref>。また、Sox9やSox10はオリゴデンドロサイトの前駆細胞で発現し、オリゴデンドロサイトの分化を促進するとともに、[[ミエリン塩基性タンパク質]]などの遺伝子の転写を活性化する<ref name=ref15 />。
   
   
===軸索伸長、細胞極性===
===軸索伸長、細胞極性===
 プロニューラル因子のNeurogenin2は、神経細胞の移動や[[軸索]]投射にも関与する<ref><pubmed>16202708</pubmed></ref><ref><pubmed>21864333</pubmed></ref>。
 プロニューラル因子のNeurogenin2は、[[神経細胞の移動]]や[[軸索投射]]にも関与する<ref><pubmed>16202708</pubmed></ref><ref><pubmed>21864333</pubmed></ref>。


 脊髄交連神経の軸索投射は、Bar型やLIM型 のホメオドメイン型因子によって制御される。Barh1 とBarh2の下流では、''Lhx2 (LIM homeobox 2)'' を介した''Rig1/Robo3 (Rb-inhibiting gene 1/roundabout homolog 3) ''の転写調節とともに、''Lhx2''を介さない''Neuropilin2''の転写調節が行われる<ref name=ref14 />。
 脊髄交連神経の軸索投射は、Bar型やLIM型 のホメオドメイン型因子によって制御される。Barh1 とBarh2の下流では、''[[LIM homeobox 2]]([[Lhx2]])'' を介した''[[Rb-inhibiting gene 1]]/[[roundabout homolog 3]]([[Rig1]]/[[Robo3]])''の転写調節とともに、''Lhx2''を介さない''Neuropilin2''の転写調節が行われる<ref name=ref14 />。


 運動神経や感覚神経では、軸索が標的筋肉の近傍に到着すると、''Pea3 (polyomavirus enhancer activator 3)'' や''Er81 (ets-related protein 81)'' などのEtsファミリー遺伝子の転写が誘導され、軸索の枝分かれが制御される<ref name=ref13/>。また、フォークヘッド型因子のFoxO (forkhead box O) は、''Pak1(p21 protein-activated kinase 1)'' などの細胞極性を制御する遺伝子の転写を調節し、神経細胞の形態制御に関わる<ref><pubmed>21982366</pubmed></ref>。
 運動神経や感覚神経では、軸索が標的筋肉の近傍に到着すると、''[[polyomavirus enhancer activator 3]]([[Pea3]])'' や''[[ets-related protein 81]]([[Er81]])'' などの[[Etsファミリー遺伝子]]の転写が誘導され、軸索の枝分かれが制御される<ref name=ref13/>。また、[[フォークヘッド型因子]]の[[forkhead box O]]([[FoxO]])は、''[[p21 protein-activated kinase 1]]([[Pak1])'' などの細胞極性を制御する遺伝子の転写を調節し、神経細胞の形態制御に関わる<ref><pubmed>21982366</pubmed></ref>。


===高次機能===
===高次機能===
 CREBは、神経活動で活性化され[[シナプス]]の構造を制御する遺伝子の転写を調節し、長期記憶の形成に関与する<ref name=ref18 /><ref name=ref12 />。
 CREBは、神経活動で活性化されシナプスの構造を制御する遺伝子の転写を調節し、[[長期記憶]]の形成に関与する<ref name=ref18 /><ref name=ref12 />。


 Rel homology型因子のNF-&kappa;B (nuclear factor-&kappa;B) は、発生過程において神経軸索の伸長や樹状突起の枝分かれなど神経突起の発達に重要な役割を果たす一方、成体では[[樹状突起]]のスパイン数やシナプス形成などを介して[[学習]]や記憶に関わることが示唆されている<ref name= ref12 /><ref><pubmed>21459462</pubmed></ref>。
 Rel homology型因子のNF-&kappa;B (nuclear factor-&kappa;B) は、発生過程において神経軸索の伸長や[[樹状突起]]の枝分かれなど神経突起の発達に重要な役割を果たす一方、成体では[[樹状突起]]の[[スパイン]]数や[[シナプス形成]]などを介して[[学習]]や[[記憶]]に関わることが示唆されている<ref name= ref12 /><ref><pubmed>21459462</pubmed></ref>。


 ロイシンジッパー型因子のc-Fosやジンクフィンガー型因子のZif268は、神経活動などの刺激により一過的に誘導される[[最初期遺伝子]]であり、神経回路の可塑的変化への関与が示唆されている<ref name= ref12 />。
 ロイシンジッパー型因子の[[c-Fos]]やジンクフィンガー型因子の[[Zif268]]は、神経活動などの刺激により一過的に誘導される[[最初期遺伝子]]であり、神経回路の可塑的変化への関与が示唆されている<ref name= ref12 />。


 フォークヘッド型因子のFoxP2 (forkhead box P2)は、発声や言語発達に関わることが示唆されている<ref><pubmed>21663442</pubmed></ref>。
 フォークヘッド型因子のforkhead box P2([[FoxP2]])は、[[発声]]や言語発達に関わることが示唆されている<ref><pubmed>21663442</pubmed></ref>。


===環境への応答===
===環境への応答===
 低酸素状態では、塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子のHIF-1&alpha; (hypoxia inducible factor 1 &alpha;) が安定化され、HIF-1&beta;とヘテロ二量体を形成して血管新生や解糖系に関わる遺伝子群の転写を活性化する<ref><pubmed>14643885</pubmed></ref>。
 [[低酸素]]状態では、塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子の[[hypoxia inducible factor 1 &alpha;]]([[HIF-1&alpha;]])が安定化され、HIF-1&beta;とヘテロ二量体を形成して[[血管新生]]や[[解糖系]]に関わる遺伝子群の転写を活性化する<ref><pubmed>14643885</pubmed></ref>。


 時計遺伝子''Period''は塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子をコードし、光刺激により誘導される。''Period''の転写は他の塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子のClockとBmal1 (brain and muscle Arnt-like 1) により調節されており、これらの因子がネガティブフィードバックループを形成し、約24時間周期で発現が変動する<ref><pubmed>22483041</pubmed></ref>。
 [[時計遺伝子]]''[[Period]]''は塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子をコードし、光刺激により誘導される。''Period''の転写は他の塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子の[[brain and muscle Arnt-like 1]]([[Clock]]と[[Bmal1]])により調節されており、これらの因子がネガティブフィードバックループを形成し、約24時間周期で発現が変動する<ref><pubmed>22483041</pubmed></ref>。


==病理==
==病理==

2013年11月20日 (水) 17:28時点における版

室山 優子斎藤 哲一郎
千葉大学大学院 医学研究院
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年11月8日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)

英:transcriptional regulator, transcription regulatory factor

同義語:転写調節因子

 転写制御因子は、ゲノム DNA上の特定の塩基配列に結合し、RNAポリメラーゼによる転写を促進あるいは抑制するタンパク質の一群である[1]。DNAに結合するドメインと他のタンパク質などと相互作用し転写制御に関わるドメインを有する。構造上の特徴により、いくつかのファミリーに分類される[1]。転写制御因子はリン酸化などの様々な調節を受け、個体発生から脳高次機能までの多くの過程を制御する[2][3]。転写制御因子をコードすると推測される遺伝子は、ヒトゲノムにおいて約2000個存在する[4][5]

転写制御因子とは

 遺伝子の転写は、RNAポリメラーゼがDNAを鋳型として相補的なRNAを5’から3’の方向へ合成する反応である。転写においてRNAポリメラーゼの他に必要とされるタンパク質を転写因子 (transcription factor) という。その中で、転写制御因子はDNAに結合し、転写を調節するタンパク質であり、転写を促進するものを転写活性化因子、抑えるものを転写抑制因子という[1]。一方、DNAに直接結合せず、転写制御因子とRNAポリメラーゼなどとの仲介役として転写を調節するタンパク質複合体はメディエーターである。メディエーターの機能は多岐に渡り、転写を活性化するコアクチベーターや、転写を抑制するコリプレッサーとして働く[6][7]。メディエーター以外にも、コアクチベーターやコリプレッサーと呼ばれる因子があり、ヒストンアセチル化メチル化などを介して、クロマチンの状態を制御する[7][8]。DNA上で転写の活性化に働く領域はエンハンサー、転写を抑制する領域がサイレンサーであり、それぞれ複数の転写制御因子が結合することが多い[9][10][11]

転写制御機構

 In vitroの解析により、転写は TATAボックスなどのコアプロモーター上でTATA結合タンパク質 (TATA-binding protein; TBP) やTBP-associated factorsTAFs)などの基本転写因子がRNAポリメラーゼと転写開始前複合体を形成することにより開始されることが示されている[6][9][12]。これらの因子のみによる転写は基本転写と呼ばれる。生体内では、様々な転写制御因子が働き、その組み合わせにより遺伝子の転写量が組織や発生の時期で異なる[2][3][11]

図1 転写活性化機構
転写活性化因子(TF)はエンハンサーに結合し、メディエーターを介してプロモーターにおける転写開始前複合体の形成を促進する。

転写活性化の機構

 転写の活性化は、転写の開始と伸長で起こる。活性化の例として、エンハンサーに結合した転写活性化因子が基本転写因子と相互作用し、プロモーターにおける転写開始前複合体の形成を促進することが知られている[1][9][12]。一方、メディエーターは、転写制御因子の転写活性化ドメインとRNAポリメラーゼの双方に結合し、転写開始前複合体の形成を促し、コアクチベーターとして働く[6][7][13] (図1)。

 真核細胞のDNAはヒストンに巻きつき、ヌクレオソームを形成する。ヌクレオソーム構造を弛緩させ、転写制御因子などをDNAに作用しやすくし、転写を活性化する因子もコアクチベーターと呼ばれる。コアクチベーターのCREB-binding proteinCBP)は、ヒストンをアセチル化し、ヒストンとDNA間の親和性を弱める[8]ヒストンリモデリング因子switch/sucrose nonfermentableSWI/SNF)は、ATP加水分解で生じるエネルギーを用いてクロマチン構造を変化させる[14]

 RNAポリメラーゼは数十塩基程度の短いRNAを転写後、DRB-sensitivity inducing factorDSIF)やnegative elongation factorNELF)などの伸長阻害因子の働きにより転写を休止する[15]。Mycなどの転写制御因子は、プロテインキナーゼpositive transcription elongation factor bP-TEFb)の作用を介して転写の休止を解除し、RNA伸長を再開させることが知られている[15]

転写抑制の機構

 転写抑制では、サイレンサーに結合した転写抑制因子がtransducin-like Enhancer of split/groucho-related geneTLE/Grg)やnuclear receptor corepressor/silencing mediator for retinoic and thyroid receptorsNcoR/SMRT)などのコリプレッサーを介してヒストンデアセチラーゼを引き寄せ、ヒストンのアセチル基を除去することによりヌクレオソームを安定化させ遺伝子を不活化する[16][17]。また、ヒストンメチルトランスフェラーゼを引き寄せ、ヒストンの特定の部位をメチル化し、転写が起きないクロマチン状態を維持することにより抑制する場合もある[7][8]

 転写抑制因子のneuron-restrictive silencer factor/RE1-silencing transcription factorNRSF/REST)は、サイレンサー中の塩基配列neural restrictive silencer element/repressor element 1NRSE/RE1)に結合し、コリプレッサーを介したヒストンデアセチラーゼやヒストンメチルトランスフェラーゼの作用により、神経細胞で働くsuperior cervical ganglia 10SCG10 などの遺伝子の転写を非神経細胞で抑える[18]

 Cyclin dependent kinase 8CDK8)などのコリプレッサーは、転写制御因子をリン酸化し分解を促進したり、基本転写因子をリン酸化し転写開始前複合体の形成を阻害する[7][13]

転写制御配列

 転写制御因子のDNA結合ドメインは、多くの場合、4から10塩基の特定の配列(コンセンサス配列)に結合する。エンハンサーやサイレンサーには、通常、転写制御因子の結合する場所(転写制御因子結合部位)がいくつかあり、複数種の転写制御因子で転写が調節される[10][11]。 遺伝子の転写が複数のエンハンサーで調節されることも多く、発生段階に特異的なエンハンサーと組織特異的なエンハンサーなどに分離できることもある。

 DNA配列における転写制御因子結合部位は、MatInspectorや、PAZARなどで予測できる。

 ENCODEプロジェクトなどにより、ゲノムのかなりの領域が転写されることが明らかとなった[19]。エンハンサー部位で合成されるenhancer RNAeRNA)などの非翻訳RNAが転写に関わることが示唆されている[20][21]

構造

 転写活性化因子の転写活性化ドメインは、コアクチベーターなどのタンパク質と結合し、酸性アミノ酸、もしくはグルタミン酸プロリンのいずれかに富む領域などに分類される。転写抑制因子の転写抑制ドメインには、トリプトファンアルギニン、プロリンからなるWRPWドメインや、芳香族アミノ酸疎水性アミノ酸からなるengrailed homology 1eRNA)ドメインなどがあり、コリプレッサーとの結合に必須である[22][23]ジンクフィンガー型因子などは、リガンドと結合するドメインも有する。

 転写制御因子の構造については、Protein Data BankPfamなどのデータベースで検索できる。

DNA結合ドメインによる分類

 転写制御因子は、DNA結合ドメインの構造モチーフに基づき、ホメオドメイン、ジンクフィンガー、塩基性へリックス・ループ・へリックスなどのファミリーに分けられる。

ホメオドメイン

homeodomain

 ホメオボックスがコードする約60個のアミノ酸配列である。ショウジョウバエの体節形成の研究で発見され、ヒトを含む高等動物までホモログ間でよく保存されている[24]へリックス・ターン・へリックス構造をとり、2番目のヘリックスがDNAの主溝に入り込んで結合する。アミノ酸配列の類似性やホメオドメインの外のモチーフから、さらにサブファミリーに分けられる。ホメオドメインが結合するコンセンサス配列の代表としてATTAが知られ、サブファミリーにより認識配列が異なる[25]

ジンクフィンガー

zinc finger

 GATAファミリーの因子などに見られる構造で、亜鉛イオンに2個のシステインと2個のヒスチジンが配位結合するC2H2タイプや、4個のシステインが配位結合するC4タイプなどがある[26]。亜鉛に配位したシステインあるいはヒスチジン残基に挟まれたアミノ酸領域が指状のループをつくる。ステロイドホルモン受容体などの核内受容体は、リガンドと直接結合すると核内に入り転写制御能を発揮するようになる[27][28]。コンセンサス配列にはGATAファミリーの因子が結合するGATAなどがある。

塩基性へリックス・ループ・へリックス

basic helix-loop-helix、bHLH

 mammalian achaete-scute homolog 1/achaete-scute complex homolog 1Mash1/Ascl1)やmammalian atonal homolog 1/atonal homolog 1Math1/Atoh1)などの神経分化を開始させるプロニューラル因子などに見られる[29]transcription factor 3E12/Tcf3)タンパク質などのへリックス・ループ・へリックスドメインとヘテロ二量体を形成し、DNAに結合する。コンセンサス配列として、プロニューラル因子などの転写活性化因子が結合するE box (CANNTG) と、hairy, Enhancer of split 1Hes1)などの転写抑制因子が結合するN box (CACNAG) などが知られている[30]

ロイシンジッパー

leucine zipper

 c-FosやMycなどに見られ、7アミノ酸ごとにロイシンが配置されたコイルドコイルと呼ばれる構造を取る。同様の構造を持つ因子とコイルドコイル間でヘテロ二量体を形成し、コイルドコイルのN端側に存在する塩基性アミノ酸に富む領域でDNAに結合する。コンセンサス配列にはcAMP-responsive element-binding proteinCREB)が結合するサイクリックAMP応答配列(TGACGTCA)などがある[31]

HMG(high mobility group)ボックス

 クロマチンから0.35M塩化ナトリウムによって抽出され、電気泳動で高い移動度を示すタンパク質のDNA結合領域で見つかった。約80アミノ酸からなり、三つのαへリックスを形成する[32]。特に、性決定遺伝子Sry がコードするタンパク質と高い相同性を持つ因子はSoxファミリーと呼ばれる。コンセンサス配列にはSoxファミリーの結合するT(A/T)(A/T)CAAGなどがある。

DNA結合ドメイン ファミリー
ホメオドメイン Hox HoxA1, HoxC8
Pax Pax2, Pax6
Dlx Dlx1, Dlx2
Emx Emx2
Nkx Nkx2.2, Nkx6.1
En En1
Bar Barh1, Barh2
paired-like Phox2a, DRG11
POU Brn3a
ジンクフィンガー C2H2 Gli1, NRSF/REST, Zif268, Krox20, Fezl
kruppel-like Klf4
Gata Gata2, Gata3
nuclear hormone receptor RARα1, RXR
塩基性ヘリックス・ループ・ヘリックス bHLH Mash1/Ascl1, Math1/Atoh1, Neurogenin1, NeuroD, Ptf1a, Hes1, Olig2, Scl/Tal1, E12/Tcf3
bHLH-PAS Per1, Clk
bHLH-leucine zipper Myc, MycN/N-Myc
ロイシンジッパー c-Fos, CREB
HMG box Sox Sox2, Sox9, Sox10
Tcf/Lef Tcf1/Lef1
Ets Pea3, Er81
T box Tbr1
forkhead Fox FoxG1/Bf1, FoxO, FoxP2
Rel homology Rbpj/CBF1, NF-κB
MH1 Smad Smad2, Smad4
SH2 STAT STAT3

転写制御因子の活性制御

 転写制御因子の活性は、細胞の分化段階や細胞外からの刺激などにより制御され、リン酸化やリガンド結合、ユビキチン化などの影響を受ける[2]。また、転写制御因子には、構造的に類似した因子同士で二量体を形成し機能するものも多い。へリックス・ループ・へリックス因子の一つであるIdファミリーは塩基性領域を欠き、塩基性へリックス・ループ・へリックス因子のE12/Tcf3などとへテロ二量体を形成し、E12/Tcf3がDNAに結合することを阻害する[33]

 transforming growth factor-βTGF-β)ファミリーの分泌タンパク質が膜受容体に結合すると、Mad homology 1MH1)ドメイン型因子のSmad2Smad3はリン酸化され、Smad4とヘテロ二量体を形成後、核に移行して転写を制御する[34]

 インターフェロンなどのサイトカインホルモンが受容体に結合すると、Janus kinaseJak)によってSrc homology 2SH2)ドメイン型因子のシグナル伝達兼転写活性化因子 (signal transducers and activator of transcription; STAT) がリン酸化される。リン酸化されたSTATはSH2ドメインを介して二量体を形成し、核に移行する[35]

 Hedgehogが膜上の受容体Patchedに結合すると、膜タンパク質Smoothendを介してジンクフィンガー型因子のGliが活性化される。活性化したGliは核に移行し、標的遺伝子の転写を制御する[36]

 DeltaJaggedが受容体Notchに結合すると、γセクレターゼの作用によりNotch受容体の細胞内ドメインが切り出される。Notchの細胞内ドメインは核内に移行し、Rel homology型因子recombination signal sequence-binding protein J/C promoter-binding factor 1Rbpj/CBF-1)やコアクチベーターMastermind-like 1Maml1)と複合体を形成しHes1などの転写を活性化する[37]

 Wntが膜受容体Frizzledと結合するとβ-cateninが遊離され、このβ-cateninはHMGボックス型因子のT-cell factor 1/lymphoid enhancer binding factor 1Tcf1/Lef1)とヘテロ二量体を形成後、核内に移行し転写を制御する[38][39]

 ロイシンジッパー型因子のCREBは、サイクリックAMP濃度の上昇などの様々な刺激によりサイクリックAMP依存性プロテインキナーゼカルシウムカルモジュリン依存性プロテインキナーゼなどによるリン酸化を受け、活性化する[31][40]

 paired box 6Pax6)やMycN/N-mycなどの転写制御因子はユビキチン化され、ユビキチン・プロテアソーム系によって分解されることが明らかとなっている[41]

生体内での役割

発生・細胞分化

 発生過程では、多数の転写制御因子が働く。神経発生の初期においては、Pax6やempty spiracles homeobox 2Emx2)、NK6 homeobox 6.1Nkx6.1)などのホメオドメイン型因子が神経管前後軸背腹軸に沿って特異的に発現し、終脳形成を制御する[42]。Hoxファミリーのタンパク質は、後脳脊髄の前後軸沿いの特定の領域の個性に関わり、運動神経細胞などの分化を正常に進めるために必須である[43]

 Mash1/Ascl1 やMath1/Atoh1 などのプロニューラル因子神経分化の開始を司り、神経細胞の分化や個性を制御する遺伝子の転写を活性化する[29]神経幹細胞神経前駆細胞ではNotchがHes1やHes5を活性化し、Hes1やHes5タンパク質がプロニューラル遺伝子の上流などに結合し、転写を抑える[30]

 Math1はBar型ホメオボックス遺伝子Bar-class homeobox 1Barh1Barh2 を直接活性化し、Barh1とBarh2タンパク質が脊髄の交連神経細胞の個性を決定する[44][45]小脳ではMath1/Atoh1は、グルタミン酸作動性の顆粒細胞の分化を促進する一方、γ-aminobutyric acidGABA)作動性神経細胞産生に必須なpancreas transcription factor 1aPtf1a の発現を抑える[46]

 脊髄において、塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子のOlig2は運動神経細胞の分化とオリゴデンドロサイトの産生に必須な一方、Scl/Tal1介在神経細胞の分化とアストロサイトの産生を制御する[47]

 ホメオボックス遺伝子のdistal-less homeobox 1Dlx1Dlx2 は、大脳基底核原基由来の細胞で発現し、大脳のGABA作動性神経細胞の産生に必須である[48]

 HMGボックス型因子のSox2は、プロニューラル因子と拮抗的に働き、神経分化を抑制する[9]。また、Sox9やSox10はオリゴデンドロサイトの前駆細胞で発現し、オリゴデンドロサイトの分化を促進するとともに、ミエリン塩基性タンパク質などの遺伝子の転写を活性化する[9]。    

軸索伸長、細胞極性

 プロニューラル因子のNeurogenin2は、神経細胞の移動軸索投射にも関与する[49][50]

 脊髄交連神経の軸索投射は、Bar型やLIM型 のホメオドメイン型因子によって制御される。Barh1 とBarh2の下流では、LIM homeobox 2Lhx2 を介したRb-inhibiting gene 1/roundabout homolog 3Rig1/Robo3の転写調節とともに、Lhx2を介さないNeuropilin2の転写調節が行われる[45]

 運動神経や感覚神経では、軸索が標的筋肉の近傍に到着すると、polyomavirus enhancer activator 3Pea3ets-related protein 81Er81 などのEtsファミリー遺伝子の転写が誘導され、軸索の枝分かれが制御される[43]。また、フォークヘッド型因子forkhead box OFoxO)は、p21 protein-activated kinase 1([[Pak1]) などの細胞極性を制御する遺伝子の転写を調節し、神経細胞の形態制御に関わる[51]

高次機能

 CREBは、神経活動で活性化されシナプスの構造を制御する遺伝子の転写を調節し、長期記憶の形成に関与する[31][40]

 Rel homology型因子のNF-κB (nuclear factor-κB) は、発生過程において神経軸索の伸長や樹状突起の枝分かれなど神経突起の発達に重要な役割を果たす一方、成体では樹状突起スパイン数やシナプス形成などを介して学習記憶に関わることが示唆されている[40][52]

 ロイシンジッパー型因子のc-Fosやジンクフィンガー型因子のZif268は、神経活動などの刺激により一過的に誘導される最初期遺伝子であり、神経回路の可塑的変化への関与が示唆されている[40]

 フォークヘッド型因子のforkhead box P2(FoxP2)は、発声や言語発達に関わることが示唆されている[53]

環境への応答

 低酸素状態では、塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子のhypoxia inducible factor 1 αHIF-1α)が安定化され、HIF-1βとヘテロ二量体を形成して血管新生解糖系に関わる遺伝子群の転写を活性化する[54]

 時計遺伝子Periodは塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子をコードし、光刺激により誘導される。Periodの転写は他の塩基性へリックス・ループ・へリックス型因子のbrain and muscle Arnt-like 1ClockBmal1)により調節されており、これらの因子がネガティブフィードバックループを形成し、約24時間周期で発現が変動する[55]

病理

 ヒトの疾患の原因となる転写制御因子の変異はPfamOMIM Morbid Mapなどのデータベースなどで調べられる。

転写制御因子データベース

 転写制御因子のリストはTRANSFACデータベースから入手可能である。また、転写制御因子についてのレビューもデータベース化されている Transcription Factor Encyclopedia [56]

関連項目

参考文献

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