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2021年12月15日 (水) 20:52時点における版
本田 岳夫、仲嶋 一範
慶應義塾大学 医学部
DOI:10.14931/bsd.3060 原稿受付日:2013年8月23日 原稿完成日:2014年11月9日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)
英語名: disabled 1、Dab1 遺伝子名: disabled homolog 1(ヒト)、disabled 1 (マウス)、遺伝子シンボル:Dab1 (ヒト)、DAB1 (マウス)
Dab1は中枢神経系において神経細胞の正常な移動・配置に必須の細胞内アダプター分子で、神経細胞の樹状突起の発達等にも関与していると考えられている[2][3][4]。dab1遺伝子の欠損は層構造を形成する大脳新皮質、海馬、小脳、あるいは核構造を形成する脳幹、脊髄等の神経細胞の配置に異常を引き起こす。同様な表現型は、リーリン(reelin)遺伝子に変異のあるリーラーマウスと、low density lipoprotein receptor-related protein 8 (apoER2)とvery-low-density-lipoprotein receptor (vldlr)のダブルノックアウトマウスでも観察されており、細胞外のリーリンがApoER2/VLDLRにより受容され、Dab1が細胞内でシグナルを伝達する経路を形成していると考えられている。また、リーリン刺激によってリン酸化を受けるDab1のチロシン5カ所をフェニルアラニンに変異させたマウスでは、dab1遺伝子の変異と同じ神経細胞の配置異常が引き起こされることから、Dab1のチロシンリン酸化はこのシグナル伝達経路に必須であることが示されている。チロシンリン酸化されたDab1により活性化される経路が調べられ、中でもCrk/CrkL-Rap1経路が、N-カドヘリン(N-cadherin)やインテグリンα5β1(Integrin α5β1)の制御を行うことで神経細胞の移動調節を行っている可能性が示唆されている。
歴史的推移
1997年、チロシンキナーゼSrcに結合するタンパク質が探索され、当時未知のタンパク質であった、Disabled 1 (Dab1)(ショウジョウバエで同定されていたdisabled-1遺伝子と相同性があった為命名)が同定された[5]。
Dab1はN末端にPhosphotyrosine-binding domain (PTBドメイン)を持つアダプタータンパク質で、Srcによりリン酸化されることが明らかになった[5]。dab1ノックアウトマウスが作成された所、大脳新皮質、海馬、小脳において神経細胞の配置異常が観察された[6]。この表現型は、1951年に既に報告のあったリーラー(reeler)マウスの示す[7]表現型と酷似していた。また、リーラーマウスの原因遺伝子は1995年に既に報告されており、リーリンという別の遺伝子をコードしていた[8]。さらに、リーラー表現型を示すことが知られていたyotariマウスとscramblerマウスの原因遺伝子がdab1であることが明らかになり[9][10][11][12]、Dab1とリーリンとの機能的な関連性が強く示唆された。
実際、リーラーマウスでは、
- dab1のmRNA量は変化しないが、タンパク質量が上昇していること、[13]、
- リーリンは大脳皮質表層(辺縁帯)に分布するカハール・レチウス細胞(Cajal-Retzius cell)に主に発現が観察されるが、Dab1はそれに隣接する神経細胞に発現が観察され、相補的な発現パターンになっていること[13]、
- リーリン刺激によりDab1のチロシンリン酸化が観察されること[14]
等から、Dab1は細胞内でリーリンシグナルを伝達する役割を果たしているのではないかと推測された。
2000年になり、ApoER2とVLDLRのダブルノックアウトマウスが、リーラーフェノタイプになること[15]が明らかになり、さらに生化学的結合実験等により、ApoER2とVLDLRがリーリンのレセプターであることが示された[16][17]。またApoER2とVLDLRの細胞内ドメインのNPxYモチーフには、Dab1がそのPTBドメインを介して結合出来る事が示され、Dab1はApoER2、VLDLRを介してリーリンシグナルを受け取る事が示唆された[15][18]。
構造
ドメイン構造
マウスでは選択的スプライシングにより13種のスプライスバリアントが存在することが報告されている[19]が、発達過程の中枢神経系では555アミノ酸を持つスプライスバリアントであるdab1 p80(図1、p80)が最も多く発現している[5]。
Dab1(p80)はN末端側にPTBドメイン、続く領域にチロシンリン酸化部位を持つ細胞内タンパク質である(図1)。PTBドメインは、細胞内ドメインにNPxYモチーフを持つ膜タンパク質と結合する。これまでに、ApoER2[15]、VLDLR[15]、Pcdh18[20](Pcdh18の場合はNPTS配列を持つ)、アミロイド前駆タンパク質 (Amyloid precursor proteinAPP)[21]、Amyloid-like protein 1 (APLP1)[22]、 Amyloid-like protein 2 (APLP2)[21]との結合が報告されている。これらの結合にはNPxYモチーフのチロシン残基のリン酸化は必要としない。PTBドメインにはplekstrin homology (PH)ドメイン様構造が含まれており、リン脂質(ホスファチジルイノシトール-4-リン酸 (PI(4)P)とホスファチジルイノシトール-4,5-二リン酸 (PI(4,5)P2))に結合することが出来る[21]。また、PTBドメインのN末端側には核移行シグナル(Nuclear Localization Signal: NLS)、PTBドメインのC末端側に二つの核外移行シグナル(Nuclear Export Signal: NES)を持っており、核と細胞質間を移行する能力を有している[23]。
また、dab1のp45スプライスバリアント(図1、p45)がコードするタンパク質は、p80とN末端側の1番目〜241番目のアミノ酸までが共通で、そのC末端側は異なる配列を有している。p45のみを発現するノックインマウスが作成されたが、リーラーフェノタイプは示さないことから、中枢神経系の正常発生については、p45に含まれないp80のC末端側の部位は必須では無いことが示されている[24]。
リン酸化
PTBドメインのC末端側、分子の中程にチロシンリン酸化を受ける部位が5カ所(Y185、Y198、Y200、Y220、Y232)同定されており[25]、この5つのチロシンリン酸化部位全てをフェニルアラニンに変異させたノックインマウスが、リーラーフェノタイプになる事が示された[25]。この実験結果により、Dab1のチロシンリン酸化はリーリンシグナルにとって必須であることが示された。このうちのY200以外の4つが特にシグナルの伝達に重要な役割を果たしている事が明らかにされている[26][27]。4つのチロシンリン酸化部位は配列の相同性からYQXI配列を持つ2つ(Y185、Y198)とYXVP配列を持つ二つ(Y220、Y232)に分けられる。 神経細胞の移動に関しては、YQXI配列を持つY185とY198の間、およびYXVP配列を持つY220とY232の間で機能に冗長性を持つ。一方、両方の対立遺伝子のY185・Y198両方に変異を持つマウスと、Y220・Y232両方に変異を持つマウスではそれぞれリーラーフェノタイプを示す。しかしながら、片方の対立遺伝子でY185・Y198両方に変異を持ち、もう一方の対立遺伝子でY220・Y232両方に変異を持つ変異マウスではリーラーフェノタイプを示さないことから、YQXI配列を持つY185・Y198とYXVP配列を持つY220・Y232はそれぞれ独立の機能を持ち、さらにYQXI配列とYXVP配列間で相互依存する関係であることが示されている[26]。Y200の生理的役割は不明である。
サブファミリー
哺乳類ではDab2が存在しており、細胞表面分子のターンオーバー、エンドサイトーシス等に関与していると考えられている。
発現
In situハイブリダイゼーションにより、dab1mRNAの発現分布を調べた報告[13]によると、発生期のマウス大脳新皮質では、胎生11.5日目の神経上皮細胞に弱く発現が観察される。胎生12.5日目には皮質板(cortical plate: CP)での強い発現が顕著になり、脳室帯(ventricular zone: VZ)での弱い発現も引き続き観察される。その後、生後0日にかけて、皮質板での強い発現が維持されるが、脳室帯での発現は弱くなり、中間帯(intermediate zone: IMZ)の上部で弱い発現が観察されるようになる。成獣のマウスでも生後0日に比べて弱くはなるが、皮質板において発現が観察される。大脳新皮質では、Dab1の発現部位はリーリンを発現しているカハール・レチウス細胞が存在する辺縁帯(marginal zone: MZ)と相互排他的なパターンになっている。
海馬では妊娠12.5日目には神経上皮細胞に弱くdab1のmRNAが観察され、妊娠14.5日目までに海馬の辺縁帯、錐体細胞層、脳室帯の三層が別れ、錐体細胞層に強い発現が観察されるようになる。また隣り合う歯状回の顆粒細胞層にもdab1の発現が観察される。海馬についてもdab1の発現は生後3日でも維持される。また、大脳新皮質と同様、Dab1の発現領域はリーリンを発現するカハールレチウス細胞の存在する辺縁帯に隣接した領域で観察される[13]。
小脳については、妊娠13.5日目には脳室帯と外顆粒層の間の幼弱プルキンエ細胞群に発現が見られ、妊娠18.5日目から生後3日では、プルキンエ細胞層で発現が観察される。リーリンを強く発現する顆粒細胞が存在する外顆粒層に隣接してdab1を発現するプルキンエ細胞層が存在し、小脳においても相補的な発現パターンを示す[13]。
Dab1のタンパク質がどの細胞にどのような細胞内分布で局在しているのかは、免疫組織化学染色が難しく報告は少ないが、mRNAの発現分布と一致して大脳新皮質では神経細胞[13][28]、小脳ではプルキンエ細胞[29]に発現していることが報告されている。また、生体内における詳細な細胞内分布については不明である。
機能
前述の通り、dab1のノックアウトマウス及び、自然発症突然変異マウスで、大脳新皮質、海馬、小脳、脳幹、脊髄等の神経細胞の移動が障害されていることから、Dab1は層構造・核構造を形成する神経細胞移動において大変重要な役割を担っていると考えられている。他の組織・臓器における機能については少数の報告があるのみで、あまりよくわかっていない。
大脳新皮質神経発生における機能
欠損による異常
上記のように、大脳新皮質の神経細胞は脳室近くで誕生後、脳の表面方向に放射状に移動し、最初期に誕生した神経細胞で形成されるプレプレートと呼ばれる細胞層の間に入り込んで、これをカハール・レチウス細胞を含む辺縁帯とサブプレートと呼ばれる二つの層に分離する(プレプレートスプリッティング)(図2B, iからii)。神経細胞は辺縁帯の直下で移動を終了し、樹状突起を発達させて最終分化を行なう。神経細胞は次々に脳室帯で誕生して脳表面方向に移動するが、誕生時期の遅い神経細胞は誕生時期の早い神経細胞を追い越し、より脳の表層側に配置されるようになる(図2B, iii)。この細胞配置の仕組みは“インサイドアウト”様式と呼ばれ、哺乳類の大脳新皮質でのみ観察される特徴的な組織構築様式である。
dab1欠損マウスでは神経細胞は正常に産生されるが、神経細胞はプレプレートの間に入って分割することが出来ず、プレプレートスプリッティングが起らない。また、肉眼的に同定出来る辺縁帯が形成されず、皮質板を構成する神経細胞が脳表面近くまで分布する。後続の神経細胞は正常に移動出来ずに、脳表面から脳室方向に異所性に配置され、“アウトサイドイン”と呼ばれる異常な組織構築を行うようになり、全体として層構造が逆転する異常な大脳新皮質が形成される。異常な構造中には、内網状帯(internal plexiform zone)と呼ばれる細胞密度の低い領域が散在し、神経細胞の樹状突起がこの領域に向かい展開される傾向がある[30]。
分子機能
dab1欠損により引き起こされるこれらの神経細胞の移動障害が、dab1が欠損した細胞自身の障害によるものなのか、あるいは、dab1を欠損した周囲の細胞によって引き起こされた二次的な原因によるものなのか、あるいは両方なのか、Dab1の機能を解明する上で焦点となった。この問題を解決する為、野生型dab1を発現する細胞とdab1を欠損した細胞のキメラマウスが作成された[31]。その結果、野生型のdab1を発現する細胞群がdab1を欠損した細胞群の上に配置されるような異常な皮質構造(スーパー皮質)が形成される一方、少数の野生型細胞がdab1欠損細胞群中に取り込まれることが示された。この結果より、dab1欠損による細胞の移動障害は主には細胞内因性の障害によって引き起こされているが、一部は周囲の細胞の障害にも影響されていることが示唆された。
また、dab1を欠損したscramblerマウスやyotariマウスにdab1をレトロウイルスやin utero エレクトロポレーション法[32]により導入し、dab1の発現をレスキューした場合においても、dab1を導入された神経細胞はdab1を欠損した神経細胞を追い越して脳表層まで到達し[33][27]、プレプレートスプリッティングも引き起こす[27]ことから、dab1欠損による移動障害が主には細胞内在性に引き起こされていることが示されている。
dab1の欠損により、何が一次的に障害されているのかを解明する為に、周囲の細胞が正常な環境下で、一部の神経細胞でのみDab1の機能を阻害し、dab1の欠損によりどのような移動障害が引き起こされるのかが詳細に観察された。大脳新皮質の神経細胞は誕生時期の違いにより、異なる移動過程を経ることが知られている[34]。早期に分化した神経細胞は脳室帯で誕生した後、もともと脳の表層にアンカリングしてあった突起を用いて細胞体を引き上げる、細胞体トランスロケーション(somal translocation)と呼ばれる形式で移動する[35]。一方、後期に分化した神経細胞の多くは、脳室帯で誕生した後、その直上で多極性の形態(多極性細胞)をとって突起を繰り返し伸縮する多極性移動(multipolar migration)と呼ばれる移動を行い[36]、その後、紡錘形の形態にトランスフォームして、放射状グリアの突起を足場として脳表面に向かってロコモーション(locomotion)と呼ばれる方式で移動する[36][37]。さらに、脳表面付近では神経細胞の進行方向に長く伸びた先導突起(leading process)の先端が辺縁帯に届くと、細胞体は放射状グリア線維から離れ、先導突起が先端をアンカリングしたまま短縮して細胞体を引き上げる様に移動するターミナルトランスロケーションと呼ばれる移動様式により移動を行う[38]。
In uteroエレクトロポレーションによって移動神経細胞のdab1のノックダウンが行われた結果、神経細胞は脳の表層近くまで移動するが、移動の最終過程であるターミナルトランスロケーションが障害されることがわかった[39][40][41]。さらに、Dab1依存的に神経細胞がターミナルトランスロケーションを始める部位は、移動を終えたばかりの未成熟神経細胞が辺縁帯直下で密に集まった領域である原皮質帯 (primitive cortical zone: PCZ) の下端近くであること、及びこのターミナルトランスロケーションによってPCZを通過することが、最終的な神経細胞の“インサイドアウト”様式での細胞配置に必須であることが示されている[40]。また、dab1のコンディショナルノックアウトマウスを用い、in uteroエレクトロポレーションにより一部の細胞でdab1をノックアウトした実験では、早生まれの細胞では細胞体トランスロケーションが阻害され、遅生まれの細胞ではターミナルトランスロケーションが阻害されていることが示された[42]。一方、これらの実験では樹状突起形成にも異常が生じる結果が報告されているが、ターミナルトランスロケーションも阻害されていることから、樹状突起形成の発達障害は二次的な影響との可能性も考えられる。
しかしながら、海馬において生後3日に時期特異的にdab1をノックアウトした場合に、樹状突起形成に異常が生じること[43]、dab1ノックアウトマウスから得られた神経細胞を培養した場合にも樹状突起の形成に障害が生じること[44]等から、dab1には樹状突起形成を促進する働きがあることが示唆されている。
シグナル伝達機構
Dab1が神経細胞移動を制御する分子メカニズムについては、チロシンリン酸化Dab1に結合する分子を中心に解析が進められて来ている。現在までにホスファチジルイノシトール-3キナーゼ (PI3K)[45]、 サイトカインシグナル抑制因子3 (SOCS3)[46]、Nckアダプタータンパク質2 (NCK2、NCKβ)[47]、血小板活性化因子アセチルヒドロラーゼ (PAFAH1B1, Lis1)[48]、Srcファミリーキナーゼ[5][26]、アダプター分子Crkファミリータンパク質(Crk、CrkL)[49][50][51]がDab1のチロシンリン酸化依存的に結合することが報告されている。
このうちcrkとcrklのダブルノックアウトマウス[52]、及びsrcとfynのダブルノックアウトマウス[53]においてはリーラーフェノタイプ様の異常が生じること、Crk/Crklの結合分子Rapグアニンヌクレオチド交換因子1 (RAPGEF1, C3G)のジーントラップ系統マウスでリーラーフェノタイプが観察されること[54]等から、その下流分子としてRap1が注目された。Rap1はRasファミリーに属する低分子量Gタンパク質で、カドヘリンやインテグリンを介して細胞接着を制御する重要な分子であり、リーリンにより活性化されることが報告されている[49]。
最近の研究では、早期に分化した(マウス胎生12.5日)の神経細胞のdab1をノックアウトした場合、あるいは、Rap1を不活性化するGTPアーゼ活性化タンパク質(GTPase-activating protein, GAP)であるRap1GAPを強制発現させた場合、いずれも移動(この時期の移動様式は主に細胞体トランスロケーションと考えられている)が障害されること、Rap1GAPによる移動障害がN-カドヘリンの強制発現によりレスキューされること等から、リーリン-Dab1シグナルはRap1によるN-カドヘリンの活性化を介して、細胞体トランスロケーションの過程に関与している可能性が示唆されている[55]。ただし、dab1の変異マウスにN-カドヘリンを導入するのみでは移動障害がレスキューされないことから、N-カドヘリン以外の分子も必要であることが示されている[55]。
また、Rap1GAPを遅生まれ(マウス胎生14.5日)の神経細胞に強制発現した場合、多極性移動からロコモーションへの変換が障害され、この障害がN-カドヘリンの強制発現によりレスキューされること。また、細胞内ドメインを欠いたVLDLRを強制発現すると、同様に多極性移動からロコモーションへの変換が阻害され、この異常は恒常的活性化型Rap1により部分的にレスキューされること等から、リーリン-Dab1シグナルは、後期に分化する神経細胞に対しては、Rap1-N-カドヘリン経路を介して多極性移動からロコモーションへの変換を促進していることが示唆された[56]。しかしながら、dab1のコンディショナルノックアウトマウスを用いた解析では、多極性移動からロコモーションの過程は障害されないとの報告[55]もあり、リーリン-Dab1シグナルの多極性移動からロコモーションへの変換への関与については更なる検証が必要であると思われる。
これらの実験結果では、後期に分化する神経細胞が脳表面近くで行うターミナルトランスロケーションに関してリーリンシグナルがどのように関与しているかは不明であったが、リーリン受容体やdab1のノックダウンによって生じるターミナルトランスロケーション異常と同様の異常が、インテグリンα5やβ1のノックダウンでも見られることや、脳表層で見られるインテグリンβ1の活性化がリーラーマウスでは見られないこと、リーリン刺激によってインテグリンα5β1が活性化しそのリガンドであるフィブロネクチンへの神経細胞の接着が促進されること等から、リーリン-Dab1シグナルが、Crk/CrkL-C3G(下記)-Rap1経路を介してインテグリンα5β1を細胞内から活性化し、ターミナルトランスロケーションを制御していることが示された[57]。一方でインテグリンβ1のノックアウトマウス[58]やコンディショナルノックアウトマウス[59]では神経細胞の移動過程には大きな異常がないことが示されていることから、何らかの分子がターミナルトランスロケーションに関して補償的に働きうる可能性が示唆されている[57]。
また、Rap1のGAPの一つであるSpa-I(編集コメント:議論をご参照下さい)をプロモーター活性の強さの異なるベクターで強制発現した場合、弱いプロモーターで発現させた場合はターミナルトランスロケーションが障害され、強いプロモーターで発現させた場合では多極性移動からロコモーションへの変換が障害されて中間帯深部に細胞が蓄積していた。この結果より、Rap1には中間帯深部での移動と、ターミナルトランスロケーションという二つの異なる移動過程に関わっている可能性が示唆された[57]。さらに、Rap1の活性化を担うグアニンヌクレオチド交換因子(guanine nucleotide exchange factor、GEF)であるC3Gのドミナントネガティブ変異体(dominant negative mutant)を強制発現させた場合、ロコモーションへの変換はほとんど阻害されず、ターミナルトランスロケーションが主に障害されていた。これらの実験結果より、N-カドヘリンが関わる多極性移動からロコモーションへの変換過程では、Rap1はC3G以外のGEFにより活性化され、ターミナルトランスロケーションの過程ではC3Gにより活性化される可能性が示唆されている[57]。
さらに、Dab1のチロシンリン酸化非依存的にDab1に結合する分子として、Notch[60]、Dab2IP[61]、N-WASP[62]が知られている。特にNotchについては、その活性化型フォームをリーラーマウスの移動神経細胞に導入した場合に神経細胞の移動をほぼ完全にレスキューすることから、リーリン-Dab1シグナルにおいて何らかの重要な役割を果たしていることが考えられるが、その作用メカニズムは不明である[60]。
関連項目
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