「ミトコンドリア」の版間の差分
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== 機能 == | == 機能 == | ||
=== シナプス前部=== | === シナプス前部=== | ||
マウス[[大脳]]のグルタミン酸作動性ニューロンでは、軸索に存在するミトコンドリアのうち半分程度はシナプス前部に局在する。一方で全てのシナプス前終末にミトコンドリアが局在するわけではなく、およそ50%のシナプス前終末にミトコンドリアが局在している。シナプス前終末におけるミトコンドリア繋留メカニズムとして様々なシグナル経路やタンパク質が同定されているが、ミトコンドリア局在と非局在のシナプス前終末がどのようなメカニズムで作られるのかは未だ明らかでない。 | |||
シナプス前終末におけるミトコンドリアの役割として、神経発火と共に上昇した[[細胞質]]Ca<sup>2+</sup>の取り込みが明らかになっている<ref name=Lewis2018><pubmed>30479337</pubmed></ref><ref name=Vaccaro2017><pubmed>28039205</pubmed></ref><ref name=Kwon2016><pubmed>27429220</pubmed></ref> ('''図4''')。ミトコンドリアへのカルシウムイオン流入はミトコンドリアの内膜に局在するmitochondrial calcium uniporter が担うが、mitochondrial calcium uniporterの開口は細胞質側のCa<sup>2+</sup>濃度に依存する。軸索のミトコンドリアはmitochondrial calcium uniporterのアクセサリータンパク質である[[mitochondrial calcium uptake family member 3]] ([[MICU3]])を多く発現しているため、比較的低い細胞質Ca<sup>2+</sup>濃度においてもmitochondrial calcium uniporterが開口し、細胞質Ca<sup>2+</sup>がミトコンドリアへと取り込まれる。細胞質Ca<sup>2+</sup>が取り込まれた結果、ミトコンドリア局在シナプス前終末においてはシナプス小胞の開口放出が抑制されることが明らかになっている<ref name=Ashrafi2020><pubmed>31862210</pubmed></ref>。 | |||
シナプス前終末における、[[開口放出]]とそれに伴う[[エンドサイトーシス]]、[[シナプス小胞]]への[[神経伝達物質]]の再充填はATP消費が非常に大きな過程である<ref name=Rangaraju2014><pubmed>24529383</pubmed></ref>45。ミトコンドリアにおけるATP産生がこの過程に必須であると考えられて来た一方で、ミトコンドリア局在、非局在シナプス前終末の間でATP量に大きな差が見られないこと<ref name=Pathak2015><pubmed>26126824</pubmed></ref>、マウス大脳皮質・[[海馬]]由来ニューロンの機能維持には解糖系によるATP産生が主要な役割を果たすことなどが報告されている。したがって、ミトコンドリアにおけるATP産生のシナプス前終末における開口放出への寄与については未だ議論が続いている。 | |||
[[ファイル:Hirabayashi mitochondria Fig5.png|サムネイル|'''図5. シナプス後部における機能'''<br>大脳皮質グルタミン酸作動性ニューロンのシナプス後部において、ミトコンドリアは細長いチューブ状の構造を示す。神経活動やシナプスの長期増強によりDynamin-related protein | [[ファイル:Hirabayashi mitochondria Fig5.png|サムネイル|'''図5. シナプス後部における機能'''<br>大脳皮質グルタミン酸作動性ニューロンのシナプス後部において、ミトコンドリアは細長いチューブ状の構造を示す。神経活動やシナプスの長期増強によりDynamin-related protein 1に依存したミトコンドリアの分裂が促進する。これら形態変化は、ミトコンドリアによるATP産生を促進すると考えられており、樹状突起ミトコンドリアのATP産生はスパインの構造的可塑性誘導に必要であることが示唆されている。また、樹状突起ミトコンドリアは、ミトコンドリア–小胞体接触部位を介して小胞体から放出されるカルシウムイオンを取り込む。接触部位形成を阻害すると細胞質のカルシウムイオン濃度が上昇することから、ミトコンドリアによるカルシウムイオン取り込みは、細胞質カルシウム濃度の調節に寄与する。]] | ||
=== シナプス後部=== | === シナプス後部=== | ||
樹状突起においても、ニューロンの発達に伴ってミトコンドリアの運動性が徐々に低下することが観察されている<ref name=Faits2016><pubmed>26742087</pubmed></ref><ref name=Macaskill2009><pubmed>19249275</pubmed></ref> | 樹状突起においても、ニューロンの発達に伴ってミトコンドリアの運動性が徐々に低下することが観察されている<ref name=Faits2016><pubmed>26742087</pubmed></ref><ref name=Macaskill2009><pubmed>19249275</pubmed></ref>。このミトコンドリア運動性の制御は樹状突起の発達に重要であると考えられ、実際に、発達期のマウス大脳皮質興奮性ニューロンにおいてミトコンドリアの運動性を人為的に変え、細胞体から近位の領域にミトコンドリアを留めると樹状突起の発達が過剰になる<ref name=Kimura2014><pubmed>24828647</pubmed></ref>。 | ||
樹状突起のミトコンドリアは軸索ミトコンドリアと異なり神経突起の形態に添った細長い形状を示し、成熟したニューロンの樹状突起ではミトコンドリアはアクチンや微小管などの細胞骨格タンパク質にアンカーして安定的に局在する。樹状突起のミトコンドリアはスパインの構造的長期増強 (structural LTP) における新規タンパク質合成に必要なATPを供給する<ref name=Rangaraju2019><pubmed>30612742</pubmed></ref>50 ('''図5''')。 | 樹状突起のミトコンドリアは軸索ミトコンドリアと異なり神経突起の形態に添った細長い形状を示し、成熟したニューロンの樹状突起ではミトコンドリアはアクチンや微小管などの細胞骨格タンパク質にアンカーして安定的に局在する。樹状突起のミトコンドリアはスパインの構造的長期増強 (structural LTP) における新規タンパク質合成に必要なATPを供給する<ref name=Rangaraju2019><pubmed>30612742</pubmed></ref>50 ('''図5''')。 | ||
また、樹状突起のミトコンドリアは神経活動や長期増強現象などの[[シナプス可塑性]]に依存して可塑的にその形態を変化させる。薬理学的に誘導するシナプス長期増強 (chemical LTP) の誘導による細胞質Ca<sup>2+</sup>濃度の増加がDrp1によるミトコンドリア分裂およびミトコンドリア内のCa<sup>2+</sup>濃度の増加を誘導し、このミトコンドリア分裂がスパインの構造変化を伴うシナプス長期増強 ([[structural LTP]]) に必要であることが示されている<ref name=Divakaruni2018><pubmed>30318410</pubmed></ref>51 ('''図5''')。[[CA1]][[錐体細胞]]では樹状突起内の[[apical tuft dendrite|apical tuft]]と[[apical oblique dendrite|apical oblique]], [[basal dendrite]]の樹状突起内のサブコンパートメント間でミトコンドリア形態が異なっており、これは活動依存的なCa<sup>2+</sup>およびCamkk2依存的なAMPKの活性化によって制御されることが示されている<ref name=Virga2024><pubmed>38459070</pubmed></ref>52。 | |||
=== 神経幹細胞 === | === 神経幹細胞 === | ||
胎生期のマウス大脳皮質由来[[神経前駆細胞]] (neural precursor cells, NPCs) や成体海馬[[神経幹細胞]] ([[neural stem cells]], [[NSCs]]) において、ニューロン分化に伴いミトコンドリアの形態が変化することが示されている<ref name=Beckervordersandforth2017><pubmed>28111078</pubmed></ref><ref name=Khacho2016><pubmed>27237737</pubmed></ref>。大脳皮質神経前駆細胞ではミトコンドリアは細長いが、[[中間型前駆細胞]] (intermediate progenitor cell; IPCs) への分化時に断片化し、その後、ニューロンへの分化に伴い再び細長くなる<ref name=Khacho2016><pubmed>27237737</pubmed></ref>。成体海馬神経幹細胞では、[[電子顕微鏡]]を用いたより高解像度のミトコンドリア形態解析が行われており、神経幹細胞では小さなミトコンドリアが、ニューロン分化に伴い細長い形状を取るようになる<ref name=Beckervordersandforth2017><pubmed>28111078</pubmed></ref>。このミトコンドリアの形態変化は神経幹細胞の運命制御に重要な役割を果たすと考えられており、ミトコンドリアの形態制御に関わるOPA1の機能阻害により、胎生期大脳皮質神経前駆細胞の未分化性が失われ早熟なニューロン分化が起きる。また、成体海馬神経幹細胞においても、MFN1/2の機能欠損により、神経幹細胞の数が低下し、神経新生が低下する<ref name=Khacho2016><pubmed>27237737</pubmed></ref>54。 | |||
一方、胎生期大脳皮質神経前駆細胞や成体海馬神経幹細胞がニューロンへと分化する際、解糖系依存型からミトコンドリアの酸化的リン酸化依存型へと代謝のスイッチが起こる<ref name=Khacho2019><pubmed>30464208</pubmed></ref>。ミトコンドリアの酸化的リン酸化は、反応の副産物として活性酸素種ROSを産生し、実際に大脳皮質神経前駆細胞において低レベルに抑えられているROSはニューロン分化に伴い増加する。ROSは転写因子の一つである[[Nuclear factor erythroid 2]] ([[NRF2]]) の安定化を促進し、核内移行したNRF2はニューロン分化関連遺伝子の転写を活性化し、ニューロン分化を促進する<ref name=Khacho2016><pubmed>27237737</pubmed></ref>。また、成体海馬においてmtDNAの複製、安定化に関わるタンパク質[[transcription factor A, mitochondrial]] ([[TFAM]])をノックアウトすると、中間型前駆細胞の生存、増殖が低下し成体神経新生に異常が生じる<ref name=Beckervordersandforth2017><pubmed>28111078</pubmed></ref>。mtDNAは酸化的リン酸化を担う呼吸鎖複合体 の一部をコードすることから、ミトコンドリアの酸化的リン酸化によるエネルギー産生が神経幹細胞のニューロン分化に重要な役割を担うことが示唆されている。このような神経幹細胞のニューロン分化に伴う代謝のスイッチはミトコンドリアの形態変化と相関して起きることから、ミトコンドリアの形態変化が、ミトコンドリアの酸化的リン酸化依存型代謝への移行を介してニューロン分化を促進する可能性が考えられる。 | |||
=== グリア細胞 === | === グリア細胞 === | ||
==== アストロサイト==== | ==== アストロサイト==== | ||
[[アストロサイト]]の分化過程では一過的なミトコンドリア生合成の上昇とそれに伴う酸化的リン酸化の上昇、解糖系の低下が起こる。これらはアストロサイト前駆細胞からアストロサイトへの分化に必要である<ref name=Zehnder2021><pubmed>33852851</pubmed></ref>。成熟したアストロサイトは細い突起をシナプス付近に伸ばし、シナプス制御に重要な役割を果たす。これらの突起中にミトコンドリアは積極的に輸送されること、そこでATP産生やカルシウムの吸収・放出、[[グルタミン酸]]の代謝などに重要な役割を果たすことが知られている<ref name=Jackson2018><pubmed>29098734</pubmed></ref>56。 | |||
==== オリゴデンドロサイト==== | ==== オリゴデンドロサイト==== | ||
軸索をwrappingする[[ミエリン鞘]]の形成、維持には脂質([[コレステロール]]、[[リン脂質]]、[[糖スフィンゴ脂質]])供給が必要となり、膨大なATPを要する。およそ1 gのミエリンを形成するのに約3.3×10²³個のATP分子が必要であると見積もられている<ref name=Meyer2021><pubmed>34198810</pubmed></ref>。このミエリン産生時期に必要な膨大なATPは主にミトコンドリアの酸化的リン酸化により担われると考えられている。実際に、ミエリン発達期の[[オリゴデンドロサイト]]において、呼吸鎖複合体複合体IVの構成因子である[[ヘム]]Aの生合成に重要な[[Cox10]]遺伝子 ([[heme A:farnesyltransferase gene]]) のノックアウトにより顕著なミエリン形成異常が起きる。一方、ミエリン形成後におけるCox10のノックアウトではミエリンや軸索機能異常は見られなかった<ref name=Funfschilling2012><pubmed>22622581</pubmed></ref>58。このことから、[[オリゴデンドロサイト前駆細胞]] ([[oligodendrocyte precursor cell]]; [[OPC]]) やミエリン形成を担うオリゴデンドロサイトはミトコンドリア呼吸鎖複合体によるATP産生に依存する一方で、成熟したオリゴデンドロサイトは解糖系に依存し、エネルギー代謝経路のスイッチングが起きると考えられている。このオリゴデンドロサイトの成熟におけるエネルギー代謝経路のスイッチングと一致して、オリゴデンドロサイトの成熟に伴いミトコンドリア形態や密度も変化することが知られている<ref name=Meyer2021><pubmed>34198810</pubmed></ref>。未成熟なオリゴデンドロサイトでは長いミトコンドリアが多い一方、成熟したオリゴデンドロサイトではミトコンドリアは短い断片化した形態を示し突起部に存在する。また、長年、中枢神経系のミエリンにはミトコンドリアが存在しないと考えられてきたが、近年、ミエリンにもミトコンドリアが存在することが確認され<ref name=Rinholm2016><pubmed>26775288</pubmed></ref><ref name=Nakamura2021><pubmed>32910475</pubmed></ref><ref name=Battefeld2019><pubmed>30605675</pubmed></ref>、一次突起の3分の1程度の密度ではあるが細胞質チャネルやパラノード領域に存在する。このミエリンにおけるミトコンドリアの役割についてはあまり分かっていないが、Ca<sup>2+</sup>シグナルや脂質合成の制御に関わる可能性が示唆されている。 | |||
==== 他オルガネラとの相互作用 ==== | ==== 他オルガネラとの相互作用 ==== | ||