一酸化窒素

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澁木 克栄
新潟大学脳研究所
中矢 直樹
米国国立衛生研究所・眼研究所
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年12月2日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:林 康紀(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:nitric oxide 独:Stickstoffmonoxid 仏:monoxyde d'azote

同義語:血管内皮細胞由来弛緩因子、EDRF、

一酸化窒素
Identifiers
10102-43-9 YesY
3DMet B00122
ATC code
ChEBI
ChEMBL ChEMBL1200689 N
ChemSpider 127983 YesY
DrugBank {{{value}}}
EC-number [1]
Gmelin Reference 451
Jmol-3D images Image
KEGG D00074
PubChem 145068
RTECS番号 QX0525000
UNII 31C4KY9ESH YesY
国連番号 1660
Properties
NO
Molar mass 30.006 g·mol−1
Appearance Colourless gas
Density 1.3402 g dm−3
Melting point −164 °C (−263 °F; 109 K)
Boiling point
74 cm3 dm−3
屈折率 (nD) 1.0002697
Structure
分子の形 linear (point group Cv)
熱化学
標準生成熱 ΔfHo 90.29 kJ mol−1
標準モルエントロピー So 210.76 J K−1 mol−1
Pharmacology
Bioavailability good
Routes of
administration
Inhalation
Metabolism via pulmonary capillary bed
Elimination
half-life
2–6 seconds
危険性
MSDS External MSDS
EU分類 酸化剤 O 有毒 T
Rフレーズ R8, R23, R34, R44
S-phrases (S1), S17, S23, S36/37/39, S45
関連する物質
関連するnitrogen oxides Dinitrogen pentoxide

Dinitrogen tetroxide
Dinitrogen trioxide
Nitrogen dioxide
Nitrous oxide

特記なき場合、データは常温(25 °C)・常圧(100 kPa)におけるものである。

一酸化窒素とは

 一酸化窒素(NO)は分子量30の無色透明なガスで、酸素に触れると直ちに酸化されて酸素二酸化窒素となる。このような不安定な無機ガスは、近年まで生体とは全く無縁であると考えられていたが、血管内皮細胞由来の血管平滑筋弛緩因子(EDRF)として循環制御に重要な役割を果たすことが発見された。NOの物質としての特徴はガス状物質であり、細胞膜を透過して拡散しやすいこと、及び生体内で速やかに酸化され、半減期が1秒程度と短いことである。これらのユニークなNOの特性による情報伝達の発見は1998年のノーベル医学・生理学賞の受賞対象となった。

合成

図1. 一酸化窒素合成経路
Arg: アルギキン、NOHLA: Nω-ヒドロキシ-L-アルギニン、NADPH: ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸。図中でオレンジ色で示されているのは酵素のヘム部位。Wikipediaより。

 NOは生体内では一酸化窒素合成酵素によりアルギニンからNADPH補酵素として合成される(図1)。アルギニンはNω-ヒドロキシ-L-アルギニンをへて、最終的にNOとシトルリンとなる。

 一酸化窒素合成酵素はヘムを含むタンパク質であり、神経型(nNOS)、誘導型(iNOS)及び血管内皮型(eNOS)の3タイプがある(表)[2]

表. 一酸化窒素合成酵素ファミリー
名称 遺伝子 発現 細胞局在 活性調節
神経型 (nNOS) NOS1
  • 神経組織(中枢及び末梢)
  • 腎臓など
細胞質。またPSD-95などと結合し、シナプスに集積する。 カルシウム/カルモジュリン
誘導型 (iNOS) NOS2
  • 免疫
  • 心血管系
  • 肺など
細胞質可溶性、ホモ二量体として活性型 サイトカインなどによる酵素発現の誘導。カルシウム非依存性
内皮型 (eNOS) NOS3 細胞膜に結合しやすい性質を持っている。 カルシウム/カルモジュリン

Wikipediaより改変。遺伝子名はAllen Brain Atlasへのリンク。

作用機構

 NOは生体内分子(主にタンパク質)を種々の形で修飾してその活性を表す。タンパク内のヘム鉄、アミノ酸システインチオール基やチロシン残基などが結合相手となる。

グアニル酸シクラーゼ

 NOは可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化し、細胞内のcGMPレベルを上げる。グアニル酸シクラーゼの活性化は、NOが酵素の活性中心のヘム鉄に高い親和性を有する性質に依存している。生成されたcGMPは複数の経路を通じて下流へシグナルを伝達する。

  1. cGMP依存性タンパクリン酸化酵素(Protein kinase G; PKG)を活性化し、種々のターゲット分子の働きをリン酸化によって調節する。脳のシナプス可塑性の調節に関連しては、海馬でCaMKII[3]RhoA [4]Vasodilator-stimulated phosphoprotein(VASP)[5]などがPKGのターゲットであると報告されている。小脳においてもG-substrateIP3タイプI受容体などがPKGによってリン酸化されることが知られている[6]Protein kinase Aと同様に、cAMP responsive element 結合因子(CREB)をリン酸化し、シナプス可塑性に関連したタンパク合成を調節することも報告されている。
  2. また、cGMPはcAMPと同様にcyclic nucleotide-gated(CNG)イオンチャンネル]]を開口させる。これらのCNGチャンネルは特に視覚嗅覚の受容に重要である[7] [8]
  3. cGMPは、cAMP特異的フォスフォジエステラーゼ(PDE)の活性を抑制または増強させるため、一部のcGMPの作用は、これにより起こるとされる。上昇したcGMP はそれ自身、PDEによって速やかに分解され、その作用を消失する。

タンパク質のニトロシル化

図2. 図のタイトルを御願い致します。
図の説明を御願いします。略号も御定義下さい。文献[9]より改変、引用。

 NOは、タンパク分子内に存在するシステインの-SH残基をニトロシル化し、ニトロシルチオール残基を形成する[9] [10]

Protein-Cys-SH + NO· → Protein- Cys-S-NO

 ニトロシル化されたタンパク質は、その活性が修飾され、これにより、いくつかの神経タンパク室の作用が変化することが知られている。シナプス膜関連タンパクではNMDA型グルタミン酸受容体, AMPA型グルタミン酸受容体及びシンタキシンを始めとして10種類以上がNOによりニトロシル化されることが知られている[11]。近年、タンパク質機能解析及び微量定量法の目覚ましい進歩により、生体内でニトロシル化を受けるタンパクの同定が進んでいるが、実験条件によっては、ニトロシル化の可逆性及び分子間転移性による不安定からくる誤差を十分考慮して、解析する必要がある。

タンパク質のニトロ化

 また、NOは、種々の分子をニトロ化することが知られている。タンパク分子においては、ニトロ化は主としてチロシン残基において起こる。

NO· + O2·- → ONOO-

ONOO- + CO2 → NO2· + CO3·-

Protein-Tyr + NO2· → Protein-Tyr-NO2

 ニトロ化は、後述されるように、NOの活性酸素窒素種としての反応により起こる不可逆的反応である[12] [13]DNA合成に重要なリボヌクレオチドリダクターゼ活性中心に存在するチロシン残基のニトロ化が知られている[14]。比較的高濃度のNOにより検出され、NOによる細胞死の誘導やストレス経路の活性化に重要であるとされる。

活性酸素窒素種としての作用

 NOは、比較的高濃度において活性酸素窒素種 (reactive oxygen and nitrogen spieces, RONS)として細胞に対してストレス応答を引き起こす。これには、DNAの傷害によるがん抑制遺伝子p53の誘導、小胞体ストレスp38 MAPキナーゼの活性化やミトコンドリアの機能障害などが関係して神経細胞死の誘導につながる[15]

神経系における機能

 神経細胞で合成されたNOは、脳の様々な部位で情報伝達を担うことにより、非常に多彩な機能に関与している。主要な脳機能としては、シナプス可塑性の調節因子、脳血流量の調節因子、神経細胞死への関与などが挙げられる。

シナプス可塑性の調節物質

図3.シナプス可塑性の調節因子としてのNO
シナプス前部から伝達物質と共に放出される場合(A)やシナプス後部からシナプス伝達の方向とは逆に放出される場合(B)や、シナプス近傍の抑制性のインターニューロンから放出される場合(C)など、様々なケースがある。

 NOの脳における重要な機能としてシナプス可塑性の調節因子としての働きが挙げられる[16]。NOが関与するシナプス可塑性としては小脳長期抑圧海馬長期増強大脳皮質の長期増強などがある。いずれの場合も、特定の膜に閉ざされたコンパートメントから、別の膜に閉ざされたコンパートメントに、NOのガス拡散特性によって情報を伝達しているという点に特徴がある(図3)。NOの放出部位はシナプス前部、後部、抑制性介在神経と多彩であり、NOはシナプスの可塑性に必須な因子というより、状況に応じて誘発を促進する調節因子であるという点が共通している。

小脳長期抑圧現象

 小脳皮質からの唯一の出力細胞であるプルキンエ細胞は、平行線維登上線維からシナプス入力を受け。この二つが同期して起きたときに平行線維-プルキンエ細胞間シナプスが長期抑圧を起こす。小脳の長期抑圧は、ある種の運動学習の基礎メカニズムであると考えられている。小脳の長期抑圧は、シナプス後部であるプルキンエ細胞において生ずる。一方、平行線維を出す顆粒細胞はnNOSを多量に含み、NOは平行線維から放出されてプルキンエ細胞に、あるいは平行線維自身に作用すると考えられている。培養プルキンエ細胞を用た単純な実験系ではNOの関与なしにグルタミン酸応答の抑圧が起きるが、小脳長期抑圧を必要とする運動学習はNO依存性を示す、つまり標本による違いはあるものの、少なくとも個体レベルにおいて運動学習はNOによって促進的な修飾作用を受けると考えられる。

海馬長期増強現象

 海馬錐体細胞への入力線維を高頻度で刺激すると、シナプス後膜NMDA型グルタミン酸受容体が活性化されてカルシウムが流入し、長期増強が起きる。長期増強には、シナプス後部のグルタミン酸受容体数が増加する型と、シナプス前部からのグルタミン酸放出量が増大する型がある。シナプス前部でグルタミン酸の放出が起きるためには、カルシウム流入があったシナプス後部からシナプス前部へと逆行性に情報を伝達するメカニズムがあるのではないかと想定され、NOもそのような逆行性情報伝達物質の候補として考えられた。しかしNOが長期増強の誘導に関与するにしても実験温度や動物の週令、刺激強度や刺激パターンなど様々な実験条件が適切に設定された場合のみであることが判ってきた。即ちNOは長期増強の成立には必須ではないが、実験条件によっては長期増強を促進する調節物質の一つであると思われる。

大脳皮質長期増強現象

 大脳皮質でも長期増強は起きる。この長期増強とNOとの関係には大脳皮質の層毎の違いがある。即ち大脳皮質のIV層を刺激するとII/III層及びV層の両方にLTPが起きるが、V層のLTPのみが一酸化窒素合成酵素阻害剤によって有意に小さくなる。大脳皮質のNO合成酵素は主に深い層の小型の介在神経細胞に局在し、これが活動する時にNOも放出される。

脳血流量の調節

 NOが血管内皮細胞由来弛緩因子という機能を有する以上、脳の血流量の調節も他の臓器と同様に関わる[17]。また、血管内皮細胞以外にも、ある種の自律神経終末はNOを直接放出する機能を持ち、血流調節に関わっている。

 脳に特徴的な血流調節として興味深いのは、脳活動によって局所の脳血流量が増大する現象で、神経細胞の少なくとも一部が一酸化窒素合成酵素を有する以上、局所血流量調節の少なくとも一部はNOを介すると思われる。しかし、それ以外の複数の血流調節因子の関与も想定されており、NOの役割は部分的である。

神経細胞死

 NOは免疫系の細胞においてiNOSから作られ、細胞障害性を示す。従って脳に炎症があるとき、免疫系の細胞が動員されて、神経細胞死に関わる。また、本来はシナプス可塑性や脳血流の調節因子として作り出されるNOが、脳虚血などの病態に伴って、細胞障害性を示すという場合もある。しかし、その一方でNOは低濃度で神経細胞保護作用を有するという知見もあり、どのような実験条件下でどのような評価法によりその効果を判定したかということに留意する必要がある[18]

関連語

参考文献

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  2. Garthwaite, J. (2008).
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