統合失調症

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福田 正人
群馬大学
DOI:10.14931/bsd.6907 原稿受付日:2016年2月10日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:加藤 忠史(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

要約

 統合失調症は、主要な精神疾患のひとつで、日本の精神科入院患者29.3万人のうち17.2万人(58.5%)、外来患者290.0万人のうち53.9万人(18.6%)をしめる[2011年患者調査]。未受診者を含めた一般人口の有病率は0.7%で、10歳代後半~30歳代に発症する頻度の高い疾患である。

 特徴的な症状は、①自分を悪く評価し言動に命令する幻声や、何者かから注目を浴び迫害を受けるという被害妄想(幻覚妄想)、②行動や思考における能動感の喪失(自我障害)、③それら症状についての自己認識の困難(病識障害)、④目標に向け行動や思考を組織する障害(不統合)、⑤意欲や自発性の低下、であり、陽性症状(①②)と陰性症状(④⑤)と総称する。

 これらの症状は、対人関係・自我機能・表象機能という人間でとくに発達した脳機能の障害を反映すると想定でき、それに対応する脳構造や脳機能に変化が認められる。陽性症状が強まる急性期を繰り返す慢性の経過をたどることが多い。日常生活や対人関係や職業生活に困難を経験することが多く、急性期の生活への影響はすべての疾患のなかで最大であるとされる。

 陽性症状の軽減や急性期の予防には抗精神病薬の服薬継続への納得が、陰性症状の改善には心理社会的治療が有用で、両者の組み合わせにより再発の予防と生活機能の改善を図ることができる。早期の発見・治療による未治療期間の短縮、地域生活のための支援の充実を組み合わせることで、自立生活や就労が促進され、入院の必要性が減ることが明らかとなった。そのうえでは、当事者が望む生活と人生の回復を治療の目標とすることが大切である。

背景

主体の体験としての精神疾患

 統合失調症に限らず精神疾患には、当事者にとってそれが認識や治療の対象であるだけでなく、自分の精神という主体が実感する体験であるという特徴がある。そのため、対象としての客観的な理解とともに、体験としての主観的な実感の側面が、身体疾患に比べてより重要となる。

 客観的な理解のための知識は、概略については『マンガでわかる!統合失調症』(中村ユキ,日本評論社,2011)、詳細については『統合失調症』(日本統合失調症学会監修,医学書院,2013)が参考になる。後者の第2章には一般向けの文章である「統合失調症の基礎知識-診断と治療についての説明用資料」があり、日本統合失調症学会のホームページで読み取り専用のPDFファイルが公開されている。Schizophrenia Research誌には、「schizophrenia , just the facts」と題する6編の総説シリーズが2008~2011年に掲載となっている。本稿の出典については、これらをご参考いただきたい。

 体験としての主観的な実感の側面については、当事者や家族が素顔で体験を語る動画サイト(「JPOP-VOICE統合失調症と向き合う」)や、みずからの体験を伝える漫画や書籍(『統合失調症がやってきた』(ハウス加賀谷,イーストプレス,2013)、『わが家の母はビョーキです』(中村ユキ,サンマーク出版,2008)、『心病む母が遺してくれたもの』(夏苅郁子,日本評論社,2012))にぜひ接していただきたい。

統合失調症の疾患概念について

 統合失調症のような精神疾患は、ごく簡潔に述べれば臨床症状と経過にもとづいて診断する。つまり、多くの精神疾患の疾患概念は、臨床症状と経過にもとづいて成立している。この現状を身体疾患に喩えると、「疾患」の基準を満たすとは言えず、「症候群」のレベルと言えるかどうかについても疑問があり、「症状群」に留まっていると言えるかもしれない。

 臨床症状と経過にもとづいて疾患概念を形成することが困難であるのは、自明である。現状をもう少し正確に述べると、「臨床症状と経過をどのくらい詳細に検討すれば、疾患概念をどの程度の正確さで定義できるか?」への挑戦が続いていると言える。その正確さは、症状の特徴や疾患の性質により異なる。

 したがって例えば統合失調症について、それが単一の病因にもとづく疾患概念であると考えている臨床家や研究者は皆無に近い。そうであるにも関わらず統合失調症をひとつの疾患であるかのように取り扱うことをどう考えるかには、いくつかの立場がある。病因はさまざまであるが病態のなかに共通する部分があり、臨床家はその点をひとつの疾患と捉えているとする考えがある。そうした共通する病態を認めず、病因も病態も異なるが臨床症状が類似している複数の疾患を、ひとつの疾患として捉えているにすぎないとする考えもある。そのような立場からは、現状の統合失調症という疾患概念は将来は複数の疾患概念に解体され、あるいはその一部は他の疾患と統合されるだろうと見通す考え方もある。

 精神疾患におけるそうした一般的な状況を踏まえて、症状にもとづいて定義された疾患概念をもとに検討を進めることを放棄し、既存の疾患概念を横断する形で精神症状や心理機能や脳機能にもとづいて検討を進めるべきだとする考え、精神疾患概念をカテゴリーとしてではなくディメンションとして捉えるべきだとの考えも強まっている。この問題は結局、症状という現象を取り扱っている限りは結論に至ることはなく、その背景にある実体が明らかとなることで初めて解決する。

 精神医学の臨床家や研究者は、以上のような状況と限界をわきまえつつ、そうした制約のなかで診断や治療をどのように行えるか、病因や病態をどのくらい解明することができるかを検討している。以下の本稿の記載は、そうした前提のもとのものであることをご理解いただきたい。

 さらに、統合失調症の概念は発達障害の概念が提唱される前に形作られたものであるため、両者の関係について十分整理しきれていない部分があるという、統合失調症に独自の状況もある。臨床的には、典型的な場合には臨床像は異なるが、症状の一部が共通していたり、鑑別が難しい場合があったり、病態として共通する部分が想定されるなどのことがあり、統合失調症と発達障害の異同や重複についての臨床的な詳細な検討は今後の課題である。

症状

全体的な理解

 統合失調症で認められる様々な症状は、以下の6群にまとめると理解しやすい。①自分を悪く評価し言動に命令する幻声、何者かから注目を浴び迫害を受けるという被害妄想(幻覚妄想)、②自生思考や作為体験など、思考や行動における能動感の喪失(自我障害)、③まとまりのない会話や行動など目標に向けて思考や行動を組織する障害(不統合)、④感情や意欲の低下を背景とした思考や行動における自発性の低下(精神運動貧困、陰性症状(狭義))、⑤上記の症状についての自己認識と自己対処の困難(病識障害)、⑥それらにもとづく対人関係、身辺処理、職業・学業における機能低下。このうち、①と②を総称して陽性症状、③と④を総称して陰性症状(広義)と呼ぶ。

 ICD-10DSM-5における診断基準は、他の精神疾患との鑑別における感度・特異度が高まるように選択されており、病態における重要性とは視点が異なる。病態における重要性はそれぞれの解説で述べられているので、ご参照いただきたい。

陽性症状の特徴

 幻覚は、聴覚についての幻覚(幻聴)で、しかも人の声のことが多い(幻声)。「お前は馬鹿だ」などと本人を批判・批評する内容、「あっちへ行け」と命令する内容、「今トイレに入りました」と本人を監視しているような内容が代表的である。普通の声のように耳に聞こえたり、直接頭の中に聞こえたり、声そのものははっきりしないのに不思議と内容ばかりがピンと理解できる場合などがある。幻聴に聞き入ってニヤニヤ笑ったり(空笑)、幻聴との対話でブツブツ言う(独語)こともある。

 妄想は、「街ですれ違う人に紛れている敵が自分を襲おうとしている」(迫害妄想)、「近所の人の咳払いは自分への警告だ」(関係妄想)、「道路を歩くと皆がチラチラと自分を見る」(注察妄想)、「警察が自分を尾行している」(追跡妄想)などの内容が代表的で、被害妄想と総称する。ときに「自分には世界を動かす力がある」といった誇大妄想のこともある。

 自我障害は、「考えていることが声となって聞こえてくる」(考想化声)、「自分の意思に反して誰かに考えや体を操られる」(作為体験)、「自分の考えが世界中に知れわたっている」(考想伝播)などで、精神と身体についてのコントロール感の喪失a loss of control over mind and bodyであり、思考や行動の自己能動感・自己所属感が障害されて疎隔化され、それが他の人や力に帰せられるという被動感を伴うことに特徴がある[精神医学においては、思考や行動の主体としての自分を自我(英語のI)、(メタ)認識の対象としての自分を自己(英語のme)と区別する]。自我障害が「奇異な妄想bizzare delusion」とされるのは、通常の妄想の多くは可能性は乏しくとも現実にありうる内容だからである。

 このように、統合失調症の幻覚妄想は「他人が自分に危害を加える」という内容で、対人関係において他人が自分に対して持つ意図がテーマとなっている。自我障害における能動感の喪失と合わせて、脳機能における対人関係システム(社会脳)や自我機能システム(自我脳)の機能失調が背景にあることが推察できる。

陰性症状の理解

 陰性症状は、会話や行動・感情・意欲の領域で認められる機能の喪失であり、陽性症状が比較的疾患特異的であるのに比べて、より疾患非特異的である。「日常生活や社会生活のなかで適切な会話や行動や作業をすることが難しい」という形で生活に障害が表れる。

 会話や行動については、話のピントがずれる、話題が飛ぶ、相手の話のポイントや考えがつかめない、作業のミスが多い、行動の能率が悪いなどの形で認められる。注意を適切に働かせながら会話や行動を目標に向けてまとめあげるという、目標志向性の知的な側面についての症状である。感情についての症状は、自分と他人の感情にいずれについても認められ、物事に適切な感情がわきにくい、感情をうまく表せずに表情が乏しく硬い、不安や緊張が強く慣れにくい、他人の感情についての理解が苦手になり、相手の気持ちに気づかなかったり、誤解することが増える。物事を行うために必要な意欲にも影響が表れ、仕事や勉強をしようとする意欲が出ずにゴロゴロする(無為)、部屋が乱雑でも整理整頓する気になれない、入浴や洗面などの身辺の清潔にも構わない(身辺自立)、というように生活の仕方に症状が表れる。さらに対人関係についての意欲の症状として、他人と交流をもとうとする意欲、会話をしようとする意欲が乏しくなり、無口で閉じこもった生活となる場合もある(自閉)。

 こうした陰性症状は、意欲低下avolition・快楽消失anhedonia・社会性障害asociality・制限された感情restricted affect・会話の貧困alogiaの5領域にまとめられることが多く、前三者を動機づけディメンションmotivational dimension、後二者を表出減弱ディメンションdiminished expressivity dimensionとまとめる考え方がある。

 なお、統合失調症の快楽消失については、現在についての情動体験は保たれているのに対して、将来の出来事を予想や期待する場合など非現在についての情動体験が減弱しており、そうした過小評価のために行動への動機づけが弱まると考えられるようになってきている。そのため、快楽追求行動の減弱reduced pleasure-seeking behaviorあるいは快楽を低く予想する信念beliefs of low pleasureと呼ぶ方が正確だとする提唱もある。

認知機能障害

 陽性症状・陰性症状と並ぶ第三群の症状として認知機能障害を挙げることがあり、さらに統合失調症の病態において最も重要とされることもある。認知機能障害を症状と位置づけることが適切かには議論があるが、知的機能についての陰性症状と言えるかもしれない。統合失調症の本質的な障害として作業記憶や実行機能の障害が強調されることが多いが、より広い範囲の認知機能障害を考えることが必要である。統合失調症の認知機能について、これまでに明らかになった事実は、次のようにまとめられている。

 ①認知機能障害は軽度から中程度(健常群の平均マイナス1標準偏差)で、認知機能の領域ごと患者ごとに差がある。②認知機能の障害はほとんどの認知領域について認められ、言語の即時再生の障害と処理速度の低下がもっとも著しい。注目されることが多い作業記憶や実行機能に、より強い障害を認めるかは必ずしも一貫しない。③約20~25%の患者で神経心理検査成績は正常範囲にある。④臨床的な発症前から認知機能には軽度の障害があり、発症に伴ってIQ換算で5~10点に相当する低下を生じ、(長期入院患者以外では)その後は一定に留まる。⑤日常生活機能や社会生活機能についての能力は、認知機能障害ともっとも関連しており、陰性症状との関連はより弱く、陽性症状とはあまり関係しない。その能力を実際に発揮している程度と認知機能障害との関連はより弱い。認知機能障害や機能レベルと社会認知障害の関係については、さらに検討が必要である。⑥抗精神病薬による認知機能の回復については検討が十分ではなく、機能的に意味のある改善は確認できていない。

 以上のような症状のために、統合失調症は生活の障害と結びつきやすい。さまざまな疾患が生活を障害する程度を数値化した検討において、すべての疾患のなかで統合失調症の急性期が最大の障害をもたらすとされている(Lancet 380:2129–43, 2012)。そのため、統合失調症による社会経済的なコストについての各国のデータを日本の人口に換算すると年間2兆7千億円となり、その内訳は医療費を上回って就労できないことによるところが大きい。

診断

診断基準DSM-5にもとづく横断診断

 DSM-5の基準Aにまとめられているのは、統合失調症の診断のために特徴的な症状、理想的には特異的な症状であり、診断のためのその組み合わせである。妄想、幻覚、まとまりのない会話、ひどくまとまりのないまたは緊張病性の行動、陰性症状(情動表出気の減少と意欲欠如)の5症状のうち2領域以上が必要とされる(後二者の組み合わせは不可)。

 従来、自我障害は統合失調症の中核的な症状であり病態であると考えられ、DSM-IVまでは幻覚妄想のなかで特別な扱いをされていたが、DSM-5ではそのような扱いがなくなった。いっぽう研究においては、精神病理・診断・リスク表現型の点から自我障害の重要性に注目が集まっているという乖離した事態がある。

 基準Bは、機能レベルが病前より著しく低下を求めたもので、仕事・対人関係・自己管理の3領域が挙げられている。人間の脳機能が事物・他人・自己を対象とした3システムで構成されていることに対応している点が重要である。

経過についての縦断診断

 統合失調症や双極性障害の経過を、慢性身体疾患になぞらえて臨床病期として捉える考え方がある。統合失調症の状態像を、0期(発症のリスクがある),1期(診断には至らない軽度の症状),2期(初回エピソード),3期(発症後の不完全寛解や再発),4期(重篤・遷延)などの8段階に分けている。臨床病期は一方向に進むとは限らず、病状に応じて回復があるとされる。2期以降の経過についてDSM-5では、初発first episode・再発multiple episodes・持続性continuousという経過の特定用語course specifierで整理している。

 こうした提唱の背景には、統合失調症の病態が素因・環境/発症/進行の3段階から構成されて進展するという考え方がある。遺伝的にもちあわせた素因と胎児期や幼小児期に経験する環境因を背景として、思春期・青年期の体の変化と環境のストレスが加わることで発症に到り、その後の進行は治療により変化しうるという考えである。

 発症は10歳代後半から20歳代に多い。前駆期には非特異的な症状を呈することが多く(神経衰弱)、精神面では不眠・集中困難・意欲低下、身体面では易疲労感・自律神経症状、行動面では引きこもり・職業や学業の機能低下などを認める。発症初期には、周囲の世界が意味ありげに不気味に変化したと感じ、切迫・緊張・孤立などの漠然とした不安を強く味わう(妄想気分)。こうした妄想気分が明瞭な形である陽性症状や自我障害へと発展するのが顕在発症である。

 この過程は、対人関係・自我機能・表象機能という人間でとくに発達した脳機能の脆弱性を代償過程が支えていたものが、人間関係と表象操作が複雑化するとともにそれを担う脳機能が発達する思春期から青年期に、複雑化する処理を支えきれなくなることによることが想定できる。

鑑別診断

 臨床的に統合失調症と類似の症状を呈するものに、身体疾患と精神疾患がある。

 身体疾患としては、①頻度は高くないが緊急性が高い脳炎(ウイルス性脳炎・傍腫瘍性辺縁系脳炎・抗NMDA受容体脳炎など)、②SLEなどの自己免疫疾患、③クッシング症候群などの内分泌疾患、④脳腫瘍などの脳器質疾患、⑤てんかんと関連した精神症状、などがある。

 精神疾患としては、①精神作用物質による物質使用障害(覚醒剤が代表)、②統合失調症様障害・短期精神病性障害(特徴的な症状の持続が6か月未満、統合失調症に移行することもある)、③妄想性障害(幻聴・幻視がない、妄想の内容が現実生活において起こり得るものである、生活機能の低下が目立たない)、④双極性障害・統合失調感情障害(うつ病・躁病エピソードの基準を満たす時期がある)、⑤心的外傷後ストレス障害PTSD(幻覚・妄想に心的外傷と関連したフラッシュバックとしての側面がある)、⑥自閉症スペクトラム障害(幻覚・妄想が本人なりの自覚的なトラウマと関連した内容である)、などがある。

検査結果にもとづく診断の現状

 統合失調症の脳構造や脳機能を検討して、健常者と差を認めるとする研究は数多い。そうした成果を診療における臨床検査として実用化するためには、群間で有意差を認めるだけでは不十分で、個別のデータについての判断が必要である。Single-subject studyを研究テーマとして取りあげた論文は2010年以降にようやく増え、そこでは80~85%という正判別率の報告が多い。診断基準にもとづいて明確に統合失調症と診断できる患者を対象とし、詳細な検査方法にもとづくデータに入念な解析を行い、健常者との判別を検討した場合にそうした数字であり、他の精神疾患との判別となると数字はかなり低くなる。

 そうした結果となる理由として、統合失調症という疾患概念が一つの実体に対応しているわけではないこと(2.2.)、縦断的に病態が進展していると考えられること(4.2.)、に加えて、精神疾患の研究で得られるバイオマーカーにいくつかの意味がありうることが挙げられる。病態における意義という点からは概念的に、精神疾患への素因を反映する「素因指標」、精神疾患の発症や罹患を反映する「発症指標」、発症後の症状の程度を示す「状態指標」、疾患としての病状の重症度を反映する「病状指標」に分けることができる。ひとつのバイオマーカーが複数の指標の意義をもつことがあり、一般的には、素因指標と発症指標、状態指標と病状指標はおおむね類似の病態を反映するという仮定のもとに、それぞれtrait markerとstate markerの用語を対応させることが多い。しかし、素因指標と発症指標を同等に取り扱うと非発症者を発症者と混同することになり、また状態指標と病状指標を区別しないと治療による改善可能性についての判断に影響する可能性がある。

病態生理

病態生理のさまざまなレベル

 統合失調症について得られているバイオマーカーの結果を、メタ解析における effect size として比較すると,認知機能障害(言語性記憶1.41,注意機能1.16)>神経生理指標(MMN成分振幅 0.99,P300 成分振幅 0.85)>脳機能画像(前頭葉賦活 0.81,前頭葉安静 0.65)>脳構造画像(右海馬 0.58,左上側頭回 0.55),という順となる。異なる研究領域で得られた effect size を比較することには統計学的な問題があるが,おおまかには統合失調症で認められる所見の健常者からの隔たりの程度は「認知機能>神経生理機能>脳機能画像>脳構造画像」の順になるというもので,複雑な機能であるほど変化が大きいことを示している。

脳構造から想定される病態生理

 統合失調症のMRI研究から、脳構造に軽度の変化があることが知られている。慢性患者においては、全脳体積が約3%小さく、その変化は灰白質に強く、前頭前野・側頭葉・辺縁傍辺縁系に強く、初発患者においても明らかである。このように、脳構造としての病態生理は、広範囲にわたりながらも脳部位により異なり、全体としては成熟が遅い領域に強い傾向がある。この体積減少は発症前後で進行が目立つが、長期的な加齢に伴う変化には健常者と差を認めないとする報告が多い。こうした脳構造変化が、どのような細胞や分子レベルの変化を背景とするかは十分明らかではない。組織学的にはシナプス数の減少が示唆されていることから、細胞レベルやシナプスレベルでの変化を背景としたものであることが推測されている。

神経生理から想定される病態生理

 事象関連電位と呼ばれる脳波で臨床神経生理についての病態を検討すると、P50成分やPPIのような刺激のフィルタ機能を反映する指標は、リスク期から所見が認められ、発症後もあまり変化がない。これと対照的に、刺激のある程度高次な処理を反映するMMN成分は、慢性期になって初めて所見として認められるようになる。この両者の中間の変化を示すのがP300成分やN100成分であり、前駆期になって明らかとなる所見が慢性期になって進行する。

 このように、事象関連電位の所見は「P50成分・PPI → P300成分・N100成分 → MMN成分」という順で進行する。それぞれの成分が表わす意味を考えると、これは機能の障害が「フィルタ機能 → 感覚処理 → 高次処理」という順で進むことを示している。そうした機能を担う脳部位として、「視床 → 感覚野 → 連合野」という順が想定できる。統合失調症の病態生理の進展をおおまかに表わしたものと考えられ、「素因として視床の障害にもとづくフィルタ機能の障害があり、そこに感覚野における障害が加わることで発症に至り、さらに連合野における障害が進展することで慢性化へと到る」という進展である。

情報処理から想定される病態生理

 3.4.で述べた神経心理学的な認知機能障害のより上位となるメカニズムが、幻覚や妄想の発生の認知心理学的メカニズムとなっているとする考えがある。思考やイメージについて自分が内部で生成したか外部に由来するかを弁別する中枢モニター機能に障害があると、内部で生成した思考やイメージを外部に由来する事象と誤って受けとめ、それが幻覚や妄想として体験されるとする考え方である。その背景に、自己の行動や思考について、それをフィードフォワードにより制御する脳機構が想定されている。

 こうした一種のメタ認知の障害は、より複雑な自己認知にまで拡大できる可能性についての指摘がある。統合失調症の発症や再発には社会的ストレスへの情動反応の影響が大きいが、その情動反応は自己価値についての低い評価という自己認知により影響を受ける。小児期のトラウマ体験や社会的ストレス、それと関連する社会的スティグマやそれを内在化させたセルフスティグマが、低い自己認知と相互作用することで発症や再発を引き起こしやすくするという考え方である。

神経伝達物質から想定される病態生理

 抗精神病薬が共通してD2受容体遮断作用を持つことから、ドーパミン系の過活性があると考えられている。未服薬患者のPET研究などで、シナプス前細胞からのドーパミン放出は亢進しており、シナプス後細胞のドーパミン受容体数の増加は軽度であることから、ドーパミン系の過活性にはドーパミン放出の亢進が大きな役割を果たしていると考えらえている。

 しかし、統合失調症以外の疾患で認める幻覚妄想にも抗精神病薬が有効なことが多いことからは、ドーパミン系の過活性は統合失調症の病態のうちの下流に位置する現象と考えられている。その上流としてグルタミン酸系やGABA系、修飾要因としてセロトニン系などが、活発に研究されている。

 臨床的には、すべての統合失調症患者に抗精神病薬が有効なわけではなく、少なくとも一部の患者には効果がかなり薄い。そのことからは、ドーパミン系の過活性という病態を伴わない患者が少なくとも一部はいることが想定される。

遺伝子から想定される病態生理

 遺伝子研究においては日進月歩の成果が次々と報告されているが、いずれの遺伝子についても統合失調症のリスクを多くても2倍程度に増すという影響のものであり、神経疾患について目覚ましい成果が挙がっていることと対照的な状況にある。これはひとつには統合失調症が多因子遺伝によると想定されていることから予想されるものであるが、臨床的にみても均質とは想定されない統合失調症という疾患概念を対象として行った検討の結果であるという、より根本的な問題がある。

 そうした制約がありながらも、神経細胞なかでもシナプスに関連した遺伝子の関与が示唆されることが多いのは、ある意味では驚くべきことである。このことは、統合失調症の病因・病態として神経細胞なかでもそのシナプスの役割が大きいことを示すとともに、臨床的に定義された統合失調症という疾患概念がある程度は妥当であることを示している。

 そのなかで最近指摘されているのは、統合失調症に関連するとされる遺伝子のなかで、他の精神疾患と共通する遺伝子が多いことである。このことは、統合失調症などの精神疾患の病因・病態が精神疾患に共通する疾患非特異的な過程と、個別の精神疾患ごとの疾患特異的な過程とで重層的に構成されていることを示していると理解することができる。

治療

治療全体の考え方

 統合失調症の治療は、薬物療法と心理社会的な治療を組み合わせて行う。薬物療法は脳に作用することにより病的な過程を軽減しようとする治療であり、心理社会的な治療は心理と環境を通じて働きかけることで健全な機能を高めようとする治療である。薬物療法なしに行う心理社会的な治療には効果が乏しく、薬物療法と心理社会的な治療を組み合わせると相乗的な効果があることが明らかとなっている。

 こうした統合失調症に特異的な治療の基盤に、非特異的な治療がある。「良い治療関係」と呼ばれるもので、治療の場に安心を覚え、治療者を人間として信頼でき、治療の効果に希望を持てるという、安心・信頼・希望である。これらは脳機能と密接に結びついており、薬物療法と心理社会的治療の有効性を支えるものと考えられる。

抗精神病薬治療

 統合失調症の治療に用いられる抗精神病薬(神経遮断薬)には、急性期症状の改善効果と再発予防効果とがある。

 急性期症状の改善効果は、臨床的には大きく三つにまとめられる。①幻覚・妄想・自我障害などの陽性症状を改善する抗精神病作用、②不安・不眠・興奮・衝動性を軽減する鎮静催眠作用、③感情や意欲の症状などの陰性症状の改善を目指す精神賦活作用の三種類である。それぞれの作用は、およそドーパミン系・ノルアドレナリン系・セロトニン系と関連するとされている。個々の抗精神病薬はさまざまな神経伝達物質への作用を合わせもっているので、それに応じて臨床作用のプロフィールが異なることになる。

 抗精神病作用についての当事者の実感は、「どうしてもあることに捉われて気持ちが過敏になることがなくなる」「頭が忙しくなくなる」「忘れることはできないが、それだけにのめりこむことが無くなる」というものである。その効果は「気分が巻きこまれず無関心となり、行動や自律神経機能に影響しなくなる」という体験で、幻覚や妄想に捉われなくなっていく。精神症状学において幻覚や妄想は知覚や思考の症状に分類されるが、その病態は知覚や思考の領域に留まらず、気分が巻き込まれて無関心でいられなくなるという情動の領域、さらにそれが行為や自律神経機能に影響するという行動の領域にまで及んでおり、その点が変化していく。

 こうした治療で幻覚や妄想がいったん改善しても、抗精神病薬をその後も継続しないと、数年で60~80%の患者が再発するが、治療継続によりでその再発率が減少する((維持療法)。この維持療法の継続については、初発の場合には1年、再発を繰返している場合には5年という目安が提唱されているが、個人差も大きい。

 この維持療法の継続(アドヒアランス)は、統合失調症治療の課題である。アドヒアランスが低い理由には、その意義や重要性についての知識がない、精神症状のために服薬を忘れやすい、効果や副作用の個人差に合わせた調節が不十分、副作用のために服薬を望まない、妊娠・出産・授乳への影響の不安、服薬中止から病状悪化までに間隔がある、服薬の効果が目に見えず実感できない、などのことがある。

心理社会的治療

 統合失調症の治療について、その人なりの生活と人生を取り戻すことこそが回復の目標であり、抗精神病薬による精神症状の改善はそのための手段と位置づけるのが、リカバリーrecoveryの考え方である。本人の価値観や夢を大切にし(aspiration)、備わっている力を見出し(strength)、本来備わっている回復力を信じ(resilience)、当事者と専門家が対等な立場で相談し(shared decision making)、望む生活と人生を実現することで(recovery)、自尊心(self-esteem)や自己効力感(self-efficacy)の回復を目指す価値志向の実践である(value-based psychiatry)。このようにして、ご本人が自分自身や自分の人生を大切に思えるようになり、病気の症状の改善や生活の支障の回復に自分が中心となって主体的に取り組めていると感じられるようになっていくことが大切となる。

 心理社会的治療は、そうしたリカバリーを実現するために用いられる個別の方法である。病気や薬についてよく知り、再発を防ぎたいとの希望がある患者・家族のためには「心理教育」、回復直後や長期入院のために身の回りの処理が苦手となっている場合には生活自立のための取り組み、対人関係やコミュニケーションにおける問題が社会復帰の妨げとなっている場合には、認知行動療法の原理を利用した生活技能訓練(social skills training)、仕事や職業における集中力・持続力や作業能力の回復を目指す場合には「作業療法」、対人交流や集団参加に自信がもてない場合には「デイケア」「地域生活支援センター」、就労のための準備段階としては「就労移行支援・就労継続支援事業所」(いわゆる作業所)など、個別の希望や病状にあわせて利用する。

予後

 予後は、対象となる統合失調症により異なるが、統合失調症を中心とする初発の精神病エピソードの80%は完全な症状寛解に到るとされる。長期の予後については、治癒に至ったり軽度の障害を残すのみなど良好な場合が50~60%で、重度の障害を残すのは10~20%とされ、WHOは「初発患者のほぼ半数は完全かつ長期的な回復を期待できる」としている。この数字は昔の治療を受けた患者についてのデータで、より進んで治療を受けている現代の患者の予後はより良いことが期待できる。

 良好な予後と関連する要因として、①心理的契機が明瞭であったり、発症の時間経過が急性の場合は予後が良い、②精神病症状の出現から抗精神病薬治療開始までの精神病未治療期間が短いと予後が良い、③病前の機能レベルが良いと予後が良い、④発症年齢が高いと予後が良い、ことが知られている。

 また、合併症や続発症について、①初回エピソードの治療とそれに引き続く再発予防を十分に行うと、合併症や続発症が起こることが少ない、②精神病エピソードの期間が長かったり、再発を繰り返すと、合併症や続発症が起こりやすくなる、③地域社会のなかで日常生活を送れるよう配慮すると、合併症や続発症が少ない、という指摘がある。

参考文献