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温度受容体
<div align="right"> 
岩瀬 麻里、内田 邦敏
<font size="+1">[http://researchmap.jp/kk97721 岩瀬 麻里]、[http://researchmap.jp/kun_uchida 内田 邦敏]</font><br>
静岡県立大学 食品栄養科学部 環境生命科学科 生体機能学研究室
''静岡県立大学 大学院 薬食生命科学総合学府・食品栄養科学部 環境生命科学科 生体機能学研究室''<br>
静岡県立大学大学院 薬食生命科学総合学府
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年4月1日 原稿完成日:2025年4月25日<br>
 
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)<br>
{{box|text= 温度は生物の代謝活動をはじめとしたほぼ全ての生命活動に影響するため、体温は生体恒常性の維持において最も重要な因子の一つであり恒温動物では体温は極めて狭い範囲に維持されている。そのため、環境温度の感知は生命維持にとって最も重要な機能の一つといえる。温度感知を担う生体温度受容体の研究は、1997年にTRPV1(Transient Receptor Potential Vanilloid 1)チャネルの発見を機に大きく進んだ。現在までにTRPチャネルのなかの11種が温度感受性をもつと報告され、これら温度受容体は温度情報を電気信号に変換し、求心性神経を介して最終的に中枢へと情報が伝達される。}}
</div>
英:thermoreceptor 独:Thermorezeptor 仏:thermorécepteur


{{box|text= 温度は生物の代謝活動をはじめとしたほぼ全ての生命活動に影響するため、体温は生体恒常性の維持において最も重要な因子の一つであり恒温動物では体温は極めて狭い範囲に維持されている。そのため、環境温度の感知は生命維持にとって最も重要な機能の一つといえる。温度感知を担う生体温度受容体の研究は、1997年のTRPV1(transient receptor potential vanilloid 1)チャネルの発見を機に大きく進んだ。現在までにTRPチャネルのなかの11種が温度感受性をもつと報告され、これら温度受容体は温度情報を電気信号に変換し、求心性神経を介して最終的に中枢へと情報が伝達される。}}


== 温度受容体とは ==
== 温度受容体とは ==
 分子の状態、[[化学反応]]の速度は温度に依存することから、温度は[[生物]]の[[代謝]]活動をはじめとしたほぼ全ての生命活動に影響を与える。そのため、温度、特に環境温度の感知は[[単細胞生物]]から[[恒温動物]]に至る全ての生命にとって最も重要な機能の一つといえる。特に恒温動物においては、環境温度情報は[[視床下部]][[体温調節中枢]]へと伝達され、この情報を活用して体温を極めて狭い範囲に維持している。また、組織に損傷を起こす低温および高温は、侵害刺激として受容され、防御反応として忌避行動を起こす。温度感知を担う生体温度受容体の分子実態は長らく不明のままであったが、1997年に[[カプサイシン]]受容体としてクローニングされた[[Transient Receptor Potential Vanilloid 1]] ([[TRPV1]]、当時の名は[[バニロイド]]受容体)が侵害熱受容体でもあることが発見されたのを機にその研究は大きく進展した。
 分子の状態、[[化学反応]]の速度は温度に依存することから、温度は[[生物]]の[[代謝]]活動をはじめとしたほぼ全ての生命活動に影響を与える。そのため、温度、特に環境温度の感知は[[単細胞生物]]から[[恒温動物]]に至る全ての生命にとって最も重要な機能の一つといえる。特に恒温動物においては、環境温度情報は[[視床下部]][[体温調節中枢]]へと伝達され、この情報を活用して体温を極めて狭い範囲に維持している。また、組織に損傷を起こす低温および高温は、侵害刺激として受容され、防御反応として忌避行動を起こす。温度感知を担う生体温度受容体の分子実態は長らく不明のままであったが、1997年に[[カプサイシン]]受容体としてクローニングされた[[Transient Receptor Potential Vanilloid 1]] ([[TRPV1]]、当時の名は[[バニロイド]]受容体)が侵害熱受容体でもあることが発見されたのを機にその研究は大きく進展した。
[[ファイル:Uchida Temperature receptor Fig1.png|サムネイル|'''図1. 温度受容体の構造'''<br>S1-6:膜貫通領域、P:ポアヘリックス、F:イオン選択フィルター]]
[[ファイル:Uchida Temperature receptor Fig2.png|サムネイル|'''図2. TRPV1の構造'''<br>文献<ref name=Liao2013><pubmed>24305160</pubmed></ref>を参考に作成]]
[[ファイル:Uchida Temperature receptor Fig3.png|サムネイル|'''図3. TRPチャネルファミリーの活性化閾値'''<br>ヒトが感知しうる温度をほぼ網羅する]]


== 温度感受性TRPチャネル ==
== 温度感受性TRPチャネル ==
 [[trp]]遺伝子は1989年に[[ショウジョウバエ]]の[[光受容応答]]変異株の原因遺伝子として発見された<ref name=Montell1989><pubmed>2516726</pubmed></ref>。TRPチャネルは7つのサブファミリー([[TRPC]] (canonical)、[[TRPV]] (vaniloid)、[[TRPM]] (melastatin)、[[TRPML]]、[[TRPN]]、[[TRPP]]、[[TRPA]] (ankyrin))に分けられ、脊椎動物では28のTRPチャネルが同定されているが、ヒトではTRPNを除く6つのサブファミリーに27のチャネルが存在する。6回膜貫通領域を有し、N末端、C末端側ともに細胞内に位置する。第5、第6膜貫通ドメインがイオンの通る穴を形成しており、短いイオン選択フィルターを有する('''図1''')。基本的に4量体で機能することが、[[低温電子顕微鏡]]([[Cryo-EM]])を用いた構造解析により明らかになっている('''図2''')<ref name=Liao2013><pubmed>24305160</pubmed></ref>。N末端領域にはTRPC、TRPV、TRPAにおいて[[アンキリン]]リピートドメイン、C末端領域にはTRPドメイン(TRPC、TRPM、TRPV)、[[コイルドコイルドメイン]](TRPM、TRPP)、[[酵素]]活性部位([[TRPM2]]:[[ADPリボースヒドロラーゼ]]、TRPM6/7:キナーゼ)などが存在する。(TRPチャネル項目参照)
 [[trp]]遺伝子は1989年に[[ショウジョウバエ]]の[[光受容応答]]変異株の原因遺伝子として発見された<ref name=Montell1989><pubmed>2516726</pubmed></ref>。TRPチャネルは7つのサブファミリー([[TRPC]] (canonical)、[[TRPV]] (vaniloid)、[[TRPM]] (melastatin)、[[TRPML]]、[[TRPN]]、[[TRPP]]、[[TRPA]] (ankyrin))に分けられ、脊椎動物では28のTRPチャネルが同定されているが、ヒトではTRPNを除く6つのサブファミリーに27のチャネルが存在する。6回膜貫通領域を有し、N末端、C末端側ともに細胞内に位置する。第5、第6膜貫通ドメイン(S5, S6)がイオンの通る穴を形成しており、短い[[イオン選択フィルター]]を有する('''図1''')。基本的に4量体で機能することが、[[低温電子顕微鏡]]([[Cryo-EM]])を用いた構造解析により明らかになっている('''図2''')<ref name=Liao2013><pubmed>24305160</pubmed></ref>。N末端領域にはTRPC、TRPV、TRPAにおいて[[アンキリン]]リピートドメイン、C末端領域にはTRPドメイン(TRPC、TRPM、TRPV)、[[コイルドコイルドメイン]](TRPM、TRPP)、[[酵素]]活性部位([[TRPM2]]:[[ADPリボースヒドロラーゼ]]、TRPM6/7:&alpha;キナーゼ)などが存在する。詳細は[[Transient receptor potentialチャネル]]項目の参照。


 1997年に、カプサイシン受容体であるTRPV1が熱刺激によって活性化することが明らかとなり、哺乳類で初めて生体温度センサー分子が発見された。これ以降、温度感受性をもつTRPチャネルが次々と同定され、これらを総称して「温度感受性TRPチャネル」と呼ぶ。全てのTRPチャネルが温度感受性を持つのではなく、現在までに11の温度感受性TRPチャネルが報告されている。温度感受性TRPチャネルはTRPV、TRPM、TRPA、TRPCサブファミリーにまたがっており、それぞれの活性化温度閾値はヒトが感知しうる温度をほぼ網羅している。温度によるチャネルの構造変化が[[TRPV1]]<ref name=Kwon2021><pubmed>34239123</pubmed></ref>、[[TRPV3]]<ref name=Nadezhdin2021><pubmed>34239124</pubmed></ref>、[[TRPM4]]<ref name=Hu2024><pubmed>38750366</pubmed></ref>において報告されているが十分に明らかになっておらず、今後の研究における解明が期待される。
 1997年に、カプサイシン受容体であるTRPV1が熱刺激によって活性化することが明らかとなり、哺乳類で初めて生体温度センサー分子が発見された。これ以降、温度感受性をもつTRPチャネルが次々と同定され、これらを総称して「温度感受性TRPチャネル」と呼ぶ。全てのTRPチャネルが温度感受性を持つのではなく、現在までに11の温度感受性TRPチャネルが報告されている。温度感受性TRPチャネルはTRPV、TRPM、TRPA、TRPCサブファミリーにまたがっており、それぞれの活性化温度閾値はヒトが感知しうる温度をほぼ網羅している('''図3''')。温度によるチャネルの構造変化が[[TRPV1]]<ref name=Kwon2021><pubmed>34239123</pubmed></ref>、[[TRPV3]]<ref name=Nadezhdin2021><pubmed>34239124</pubmed></ref>、[[TRPM4]]<ref name=Hu2024><pubmed>38750366</pubmed></ref>において報告されているが十分に明らかになっておらず、今後の研究における解明が期待される。


=== TRPV1 ===
=== TRPV1 ===
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 オリゴデンドロサイトに発現するTRPM3は、[[スフィンゴシン]]によって活性化されることでオリゴデンドロサイトの分化および髄鞘形成を正に調節する<ref name=Hoffmann2010><pubmed>20163522</pubmed></ref>。
 オリゴデンドロサイトに発現するTRPM3は、[[スフィンゴシン]]によって活性化されることでオリゴデンドロサイトの分化および髄鞘形成を正に調節する<ref name=Hoffmann2010><pubmed>20163522</pubmed></ref>。


 TRPM3は[[網膜]]上のアストロサイト([[ミューラー細胞]])や[[毛様体]]に発現しており、TRPM3欠損マウスは[[瞳孔反射]]が減弱するなど視覚への関与が示唆されているが、TRPM3欠損マウスの[[視覚]]情報処理は正常との報告もある<ref name=Brown2015><pubmed>25679224</pubmed></ref><ref name=Hughes2012><pubmed>22211741</pubmed></ref>。
 TRPM3は[[網膜]]上のアストロサイト([[ミュラー細胞]])や[[毛様体]]に発現しており、TRPM3欠損マウスは[[瞳孔反射]]が減弱するなど視覚への関与が示唆されているが、TRPM3欠損マウスの[[視覚]]情報処理は正常との報告もある<ref name=Brown2015><pubmed>25679224</pubmed></ref><ref name=Hughes2012><pubmed>22211741</pubmed></ref>。


=== TRPM4 ===
=== TRPM4 ===
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細胞内Ca<sup>2+</sup>以外の有効な活性化刺激の報告は少ない。
細胞内Ca<sup>2+</sup>以外の有効な活性化刺激の報告は少ない。
==== 機能 ====
==== 機能 ====
 1価の陽イオンを選択的に透過するイオンチャネルであるTRPM5は、[[甘味]]、[[旨味]][[苦味]]を受容する[[II型味細胞]]に発現しており、特に甘味の受容を温度依存的に増強させる。II型味細胞においてTRPM5は[[細胞内情報伝達]]分子として機能しており、Gタンパク質共役型の味覚受容体活性化の下流で起こる小胞体からのCa<sup>2+</sup>放出による細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇によって活性化される。食べ物が温かいと甘味の感受性が亢進するのは、TRPM5の温度感受性が機序の1つと考えられている<ref name=Talavera2005><pubmed>16355226</pubmed></ref>。
 1価の陽イオンを選択的に透過するイオンチャネルであるTRPM5は、[[甘味]]、[[旨味]][[苦味]]を受容する[[II型味細胞]]に発現しており、特に甘味の受容を温度依存的に増強させる。II型味細胞においてTRPM5は[[細胞内情報伝達]]分子として機能しており、Gタンパク質共役型の味覚受容体活性化の下流で起こる小胞体からのCa<sup>2+</sup>放出による細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇によって活性化される。食べ物が温かいと甘味の感受性が亢進するのは、TRPM5の温度感受性が機序の1つと考えられている<ref name=Talavera2005><pubmed>16355226</pubmed></ref>。


 マウスの一部の[[嗅神経]]や[[鋤鼻器]]に発現するTRPM5は、[[フェロモン]]受容伝達に関与している可能性が報告されている<ref name=Lopez2014><pubmed>24573286</pubmed></ref>。
 マウスの一部の[[嗅神経]]や[[鋤鼻器]]に発現するTRPM5は、[[フェロモン]]受容伝達に関与している可能性が報告されている<ref name=Lopez2014><pubmed>24573286</pubmed></ref>。
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== その他 ==
== その他 ==
=== アノクタミン1 ===
=== アノクタミン1 ===
 アノクタミン1(Anoctamin 1, TMEM16A)は細胞内Ca2+によって活性化するCl-チャネルである。アノクタミン1は44度以上の温度で活性化される。後根神経節細胞に発現し、熱刺激のセンサーとして機能し、熱侵害受容の伝達に関与する<ref name=Cho2012><pubmed>22634729</pubmed></ref>。
 [[アノクタミン1]]([[anoctamin 1]], [[TMEM16A]])は細胞内Ca<sup>2+</sup>によって活性化する[[塩素チャネル|Cl<sup>-</sup>チャネル]]である。アノクタミン1は44度以上の温度で活性化される。後根神経節細胞に発現し、熱刺激のセンサーとして機能し、熱侵害受容の伝達に関与する<ref name=Cho2012><pubmed>22634729</pubmed></ref>。


 Ca2+透過性の高いTRPチャネルの活性化に伴って流入したCa2+がアノクタミン1を活性化することによる機能連関が報告されており、感覚神経においてTRPV1を介して流入したCa2+によってアノクタミン1が活性化することでアノクタミン1がカプサイシンによる痛みを増強すると考えられている<ref name=Takayama2015><pubmed>25848051</pubmed></ref>。
 Ca<sup>2+</sup>透過性の高いTRPチャネルの活性化に伴って流入したCa<sup>2+</sup>がアノクタミン1を活性化することによる機能連関が報告されており、感覚神経においてTRPV1を介して流入したCa<sup>2+</sup>によってアノクタミン1が活性化することでアノクタミン1がカプサイシンによる痛みを増強すると考えられている<ref name=Takayama2015><pubmed>25848051</pubmed></ref>。


=== 電位作動性ナトリウムチャネル ===
=== 電位依存性ナトリウムチャネル ===
 低温によってテトロドトキシン感受性電位作動性ナトリウムチャネルの不活性化が進行する一方で、テトロドトキシン抵抗性電位作動性ナトリウムチャネルNav1.8は低温でも興奮性を維持できることで寒冷痛および低温環境下で痛みを伝達する重要な分子として機能することが示唆されている<ref name=Zimmermann2007><pubmed>17568746</pubmed></ref>。
 低温によって[[テトロドトキシン]]感受性[[電位依存性ナトリウムチャネル]]の不活性化が進行する一方で、テトロドトキシン抵抗性電位依存性ナトリウムチャネル[[Nav1.8]]は低温でも興奮性を維持できることで寒冷痛および低温環境下で痛みを伝達する重要な分子として機能することが示唆されている<ref name=Zimmermann2007><pubmed>17568746</pubmed></ref>。


=== Kvチャネル ===
=== Kvチャネル ===
 TWIK 関連カリウムチャネル(TREK)は、TREK1、TREK2、TRAAK(TWIK 関連アラキドン酸活性化カリウムチャネル)の 3 つで構成され、膜伸張、pH、不飽和脂肪酸、全身麻酔薬、温度などの物理的・化学的刺激活性化されるカリウムチャネルである。中でもTREK1は室温で非常に弱い活性を示し、温度の上昇に伴って活性が増加し、約40度で最大活性を示す。TREK1の活性化は細胞膜電位の過分極をもたらすため、TREK1は侵害性熱刺激による神経発火を抑制して鎮痛に働くと考えられる。後根神経節、三叉神経節、迷走神経節状神経節、視床下部など、温度感受性や体温調節に関わる組織に発現している<ref name=Maingret2000><pubmed>10835347</pubmed></ref>。
 [[TWIK関連カリウムチャネル]]([[TWIK関連カリウムチャネル]]; [[TREK]])は、[[TREK1]]、[[TREK2]]、[[TRAAK]]([[TWIK関連アラキドン酸活性化カリウムチャネル]])で構成され、膜伸張、pH、[[不飽和脂肪酸]]、[[全身麻酔薬]]、温度などの物理的・化学的刺激活性化される[[カリウムチャネル]]である。中でもTREK1は室温で非常に弱い活性を示し、温度の上昇に伴って活性が増加し、約40度で最大活性を示す。TREK1の活性化は[[膜電位]]の[[過分極]]をもたらすため、TREK1は侵害性熱刺激による神経発火を抑制して鎮痛に働くと考えられる。後根神経節、三叉神経節、迷走神経[[節状神経節]]、視床下部など、温度感受性や体温調節に関わる組織に発現している<ref name=Maingret2000><pubmed>10835347</pubmed></ref>。


==関連項目==
==関連項目==
* [[Transient receptor potentialチャネル]]
* [[Transient receptor potentialチャネル]]
== 参考文献 ==
== 参考文献 ==