スリット

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金山 武司、白崎 竜一
大阪大学大学院生命機能研究科
DOI:10.14931/bsd.6942 原稿受付日:2016年2月29日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)

英語名:Slit 英略語:slit (Drosophila), SLIT (Homo sapiens)

 Slitは分泌性のタンパク質であり、全長のタンパク質が合成された後にアミノ末端(N末)、カルボキシル末端(C末)に切断される性質を持つ。Slitの機能解析はN末断片について進んでおり、その受容体はRoboである。SlitはRoboと直接結合することにより細胞内にシグナルを伝達する。無脊椎・脊椎動物の中枢神経系の発達過程において重要な役割を果たしており、軸索ガイダンス、樹状突起の分枝形成、細胞移動などを制御している。

研究の歴史

 Slitは当初、ショウジョウバエの遺伝学的解析から見出された。中枢神経系における交連ニューロン軸索の投射異常を示す変異体のスクリーニングからSlitが同定された[1]。Slitの変異体においては正中部の細胞に異常が見られるようになり、交連ニューロン軸索が正常な投射を行わなくなる[2]。Slitは正中部の細胞に発現している分泌性のタンパク質であることは明らかとなったが、その機能については長年不明のままであった。その後、遺伝学的解析、生化学的な解析、in vitroでの機能アッセイによりSlitが、Robo受容体に対するリガンドであることが明らかとなった[3, 4]。SlitはRoboと直接結合することで反発活性を示し、同側性投射軸索と、一度正中交差をした交連ニューロンの軸索を正中部から反発させる。また脊椎動物におけるSlitのホモログとしてSlit1, Slit2, Slit3が同定された[4, 5, 6, 7]。

構造

 Slitは無脊椎動物から脊椎動物まで種を越えて保存されており、共通の基本構造を持つ。アミノ末端(N末)に4つのLRR (leucine-rich repeat)ドメインと、6~9つのEGF(epidermal growth factor)リピート配列を持つ。また脊椎動物のSlitのホモログの1つであるSlit2は、全長のタンパク質が合成された後にN末のSlit2N、カルボキシル末端(C末)のSlit2Cの2つに分解される[4]。Slit2NのレセプターとしてはRobo1, Robo2が知られており、軸索の伸長において反発の活性を示す[4, 8]。一方、Slit2Cについてはその機能が不明であったが、最近PlexinA1を受容体としてSlit2Nと同様に反発活性を示すことが報告された[9]。

ファミリー

 脊椎動物にはSlit1, Slit2, Slit3の3つのメンバーが存在している。Slit1, Slit2の受容体としてはRobo1, Robo2が、Slit3の受容体としてはRobo1, Robo4が知られている[10]。なお、Slit1, Slit2, Slit3は、Robo3(Rig-1)には結合せず、NELL2がそのリガンドとして結合することで反発活性を示すことが最近報告されている[11]。

 Slit1, Slit2, Slit3は中枢神経系の正中部付近における軸索ガイダンスの制御に重要な役割を果たしており、同側性投射軸索を腹側正中部の底板に近づくのを阻害し、一度底板で正中交差した交連ニューロンの軸索の再交差を防ぐことに必要であることが報告されている[4, 12, 13]。またSlit3は甲状腺、human umbilical vein endothelial cells (HUVECs)、マウスにおける肺や横隔膜の内皮細胞に発現しており、血管新生誘導因子としても働くことが知られている[14]。

発現

 脊椎動物の発達期および成熟期の中枢神経系などにSlitは強く発現している[5, 15, 7]。

 胎生期の脊髄において、底板にSlit1, Slit2, Slit3が発現している。蓋板には一過的にSlit1, Slit2が発現しているが、発達に伴い発現が失われる。また脊髄運動ニューロンにおいては分化の初期過程では発現していないが、分化が進むにつれSlit1, Slit2, Slit3が発現するようになる。

 大脳においては、胎生期の皮質板にSlit1が発現し、胎生期の後期になるとSlit1, Slit2が発現する。また生後には大脳皮質Ⅱ-Ⅲ層にSlit3が、Ⅴ層にはSlit1, Slit2, Slit3、Ⅵ層にはSlit1, Slit3が発現している。

 海馬CA1領域においては、胎生期ではSlit1, Slit3が発現している。生後ではSlit3は成熟期まで発現し続け、Slit1の発現は一過的に減少した後に成熟期まで発現し続ける。またSlit2は生後一過的に発現するが成熟期においては発現していない。CA3領域においては胎生期から成熟期までSlit1, Slit2, Slit3が発現し続ける。歯状回では胎生期よりSlit2が発現し、発達とともにSlit3も発現するようになる。生後になるとSlit2, Slit3に加えてSlit1も発現するようになり、成熟期にはSli1, Slit2, Slit3が発現し続けている。

 背側視床の外側膝状体においては、生後一過的にSlit3を発現するようになるが、成熟期には発現していない。

 赤核では胎生期から成熟期までSlit2を発現し続ける。また、上丘、下丘ではSlit1が胎生期から成熟期まで発現し続けている。橋核では生後から成熟期までSlit3が発現し続ける。後脳の三叉神経節細胞では、胎生期にSlit1, Slit2, Slit3を発現し、発達ととものSlit1の発現は失われるが、Slit2, Slit3は発現し続ける。

 小脳プルキンエ細胞においては胎生期から成熟期までSlit2を発現し続けている。また小脳核ニューロンでは、胎生期にSlit1を、生後から成熟期にかけてSlit1, Slit2, Slit3を発現する。小脳の顆粒細胞においては生後から成熟期までSlit3を発現し続ける。後脳の下オリーブ核においては胎生期にSlit1を発現し、生後になるとSlit1, Slit3を発現し続ける。

機能

軸索ガイダンス

 脊椎動物においてSlitは脊髄交連ニューロンの軸索伸長を底板付近で制御している[10]。底板から分泌されるSlitは、交連ニューロンの軸索に発現するRobo1, Robo2と直接結合することで反発作用を及ぼす。正中交差前の交連ニューロンの軸索にはRobo3 (Robo3.1)が発現しているが、Robo3はRobo1, Robo2の活性を抑えることでSlitに対する応答性を消失させ、それにより軸索正中交差が可能となる。正中交差後の交連ニューロンの軸索においてはRobo3の発現が失われることで、底板由来SlitがRobo1, Robo2を介して反発活性をもつようになる。この正中交差後に起こる底板からの反発により、底板における軸索再交差が妨げられている[16]。また、ショウジョウバエにおいてもSlitはRoboと直接結合し、シグナル伝達を行うことで反発作用を示す[3]。脊椎動物のSlit1, Slit2, Slit3のトリプルノックアウトマウスの表現型はショウジョウバエにおけるSlitの変異体における表現型と一致する[10]。

 脊椎動物の視神経の発達過程においてもSlit1, Slit2は、視神経軸索に対して反発作用を示している。またSlit1, Slit2それぞれのノックアウトにおける表現型はSlit1, Slit2のダブルノックアウトの表現型と異なることから、Slit1, Slit2は視神経軸索が伸長していく領域に応じて相補的に働いていると考えられている[17]。

軸索・樹状突起の分枝形成

 Slit1, Slit2は神経回路形成における軸索分枝形成にも関与している。三叉神経節細胞、後根神経節細胞においてSlit2のN末断片であるSlit2Nは分枝形成を促進している[18, 19]。また、皮質ニューロンにおいてもSlit1が樹状突起の伸長と分枝の形成に促進的に作用していることが知られている[20]。

細胞移動

 Slitは神経細胞、グリア細胞、白血球、内皮細胞の細胞移動にも影響を与えている。Slit1, Slit2はrostral migratory stream (RMS)のsubventricular zone (SVZ)に存在する未分化の細胞が嗅球へと細胞移動する際に、反発活性を示す[21]。また、後脳の小脳前核細胞である下オリーブ核ニューロンの腹側正中部付近への細胞移動に関与している[22]。

細胞増殖

 近年、胎生期マウス大脳の神経前駆細胞に発現しているSlit, RoboがNotchのエフェクターであるHes1を活性化させることにより、細胞増殖バランスを制御していることが報告されている[23]。

関連語

参考文献