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(ページの作成:「<div align="right"> <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0098562 福田 正人]</font><br> ''群馬大学''<br> DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年2月1...」) |
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統合失調症は、主要な[[精神疾患]]のひとつで、日本の精神科入院患者29.3万人のうち17.2万人(58.5%)、外来患者290.0万人のうち53.9万人(18.6%)をしめる[2011年患者調査]。未受診者を含めた一般人口の有病率は0.7%で、10歳代後半~30歳代に発症する頻度の高い疾患である。 | 統合失調症は、主要な[[精神疾患]]のひとつで、日本の精神科入院患者29.3万人のうち17.2万人(58.5%)、外来患者290.0万人のうち53.9万人(18.6%)をしめる[2011年患者調査]。未受診者を含めた一般人口の有病率は0.7%で、10歳代後半~30歳代に発症する頻度の高い疾患である。 | ||
特徴的な症状は、 | |||
#自分を悪く評価し言動に命令する幻声や、何者かから注目を浴び迫害を受けるという[[被害妄想]](幻覚[[妄想]]) | |||
#行動や思考における能動感の喪失([[自我障害]]) | |||
#それら症状についての自己認識の困難([[病識]]障害) | |||
#目標に向け行動や思考を組織する障害(不統合) | |||
#意欲や自発性の低下、であり、 | |||
陽性症状(①②)と陰性症状(④⑤)と総称する。 | |||
これらの症状は、対人関係・自我機能・表象機能という人間でとくに発達した脳機能の障害を反映すると想定でき、それに対応する脳構造や脳機能に変化が認められる。陽性症状が強まる急性期を繰り返す慢性の経過をたどることが多い。日常生活や対人関係や職業生活に困難を経験することが多く、急性期の生活への影響はすべての疾患のなかで最大であるとされる。 | これらの症状は、対人関係・自我機能・表象機能という人間でとくに発達した脳機能の障害を反映すると想定でき、それに対応する脳構造や脳機能に変化が認められる。陽性症状が強まる急性期を繰り返す慢性の経過をたどることが多い。日常生活や対人関係や職業生活に困難を経験することが多く、急性期の生活への影響はすべての疾患のなかで最大であるとされる。 | ||
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==症状== | ==症状== | ||
===全体的な理解=== | ===全体的な理解=== | ||
統合失調症で認められる様々な症状は、以下の6群にまとめると理解しやすい。 | |||
#自分を悪く評価し言動に命令する幻声、何者かから注目を浴び迫害を受けるという被害妄想(幻覚妄想) | |||
#自生思考や作為体験など、思考や行動における能動感の喪失(自我障害) | |||
#まとまりのない会話や行動など目標に向けて思考や行動を組織する障害(不統合) | |||
#感情や意欲の低下を背景とした思考や行動における自発性の低下(精神運動貧困、陰性症状(狭義)) | |||
#上記の症状についての自己認識と自己対処の困難(病識障害) | |||
#それらにもとづく対人関係、身辺処理、職業・学業における機能低下。 | |||
このうち、①と②を総称して陽性症状、③と④を総称して陰性症状(広義)と呼ぶ。 | |||
[[ICD-10]]や[[DSM-5]]における診断基準は、他の精神疾患との鑑別における感度・特異度が高まるように選択されており、病態における重要性とは視点が異なる。病態における重要性はそれぞれの解説で述べられているので、ご参照いただきたい。 | [[ICD-10]]や[[DSM-5]]における診断基準は、他の精神疾患との鑑別における感度・特異度が高まるように選択されており、病態における重要性とは視点が異なる。病態における重要性はそれぞれの解説で述べられているので、ご参照いただきたい。 | ||
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陽性症状・陰性症状と並ぶ第三群の症状として認知機能障害を挙げることがあり、さらに統合失調症の病態において最も重要とされることもある。認知機能障害を症状と位置づけることが適切かには議論があるが、知的機能についての陰性症状と言えるかもしれない。統合失調症の本質的な障害として作業記憶や[[実行機能]]の障害が強調されることが多いが、より広い範囲の認知機能障害を考えることが必要である。統合失調症の認知機能について、これまでに明らかになった事実は、次のようにまとめられている。 | 陽性症状・陰性症状と並ぶ第三群の症状として認知機能障害を挙げることがあり、さらに統合失調症の病態において最も重要とされることもある。認知機能障害を症状と位置づけることが適切かには議論があるが、知的機能についての陰性症状と言えるかもしれない。統合失調症の本質的な障害として作業記憶や[[実行機能]]の障害が強調されることが多いが、より広い範囲の認知機能障害を考えることが必要である。統合失調症の認知機能について、これまでに明らかになった事実は、次のようにまとめられている。 | ||
#認知機能障害は軽度から中程度(健常群の平均マイナス1標準偏差)で、認知機能の領域ごと患者ごとに差がある。 | |||
#認知機能の障害はほとんどの認知領域について認められ、[[言語]]の即時再生の障害と処理速度の低下がもっとも著しい。注目されることが多い作業記憶や実行機能に、より強い障害を認めるかは必ずしも一貫しない。 | |||
#約20~25%の患者で神経心理検査成績は正常範囲にある。 | |||
#臨床的な発症前から認知機能には軽度の障害があり、発症に伴ってIQ換算で5~10点に相当する低下を生じ、(長期入院患者以外では)その後は一定に留まる。 | |||
#日常生活機能や社会生活機能についての能力は、認知機能障害ともっとも関連しており、陰性症状との関連はより弱く、陽性症状とはあまり関係しない。その能力を実際に発揮している程度と認知機能障害との関連はより弱い。認知機能障害や機能レベルと社会認知障害の関係については、さらに検討が必要である。 | |||
#抗精神病薬による認知機能の回復については検討が十分ではなく、機能的に意味のある改善は確認できていない。 | |||
以上のような症状のために、統合失調症は生活の障害と結びつきやすい。さまざまな疾患が生活を障害する程度を数値化した検討において、すべての疾患のなかで統合失調症の急性期が最大の障害をもたらすとされている(Lancet 380:2129–43, 2012)。そのため、統合失調症による社会経済的なコストについての各国のデータを日本の人口に換算すると年間2兆7千億円となり、その内訳は医療費を上回って就労できないことによるところが大きい。 | 以上のような症状のために、統合失調症は生活の障害と結びつきやすい。さまざまな疾患が生活を障害する程度を数値化した検討において、すべての疾患のなかで統合失調症の急性期が最大の障害をもたらすとされている(Lancet 380:2129–43, 2012)。そのため、統合失調症による社会経済的なコストについての各国のデータを日本の人口に換算すると年間2兆7千億円となり、その内訳は医療費を上回って就労できないことによるところが大きい。 | ||
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臨床的に統合失調症と類似の症状を呈するものに、身体疾患と精神疾患がある。 | 臨床的に統合失調症と類似の症状を呈するものに、身体疾患と精神疾患がある。 | ||
身体疾患としては、 | |||
#頻度は高くないが緊急性が高い脳炎(ウイルス性脳炎・傍腫瘍性辺縁系脳炎・抗NMDA受容体脳炎など) | |||
#SLEなどの自己[[免疫]]疾患 | |||
#クッシング症候群などの内[[分泌]]疾患 | |||
#脳腫瘍などの脳器質疾患 | |||
#[[てんかん]]と関連した精神症状、などがある。 | |||
精神疾患としては、 | |||
#精神作用物質による物質使用障害([[覚醒剤]]が代表) | |||
#統合失調症様障害・短期[[精神病性障害]](特徴的な症状の持続が6か月未満、統合失調症に移行することもある) | |||
#妄想性障害(幻聴・幻視がない、妄想の内容が現実生活において起こり得るものである、生活機能の低下が目立たない) | |||
#双極性障害・統合失調感情障害(うつ病・躁病エピソードの基準を満たす時期がある) | |||
#[[心的外傷後ストレス障害]][[PTSD]](幻覚・妄想に心的外傷と関連したフラッシュバックとしての側面がある) | |||
#[[自閉症スペクトラム障害]](幻覚・妄想が本人なりの自覚的なトラ[[ウマ]]と関連した内容である)、などがある。 | |||
===検査結果にもとづく診断の現状 === | ===検査結果にもとづく診断の現状 === | ||
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統合失調症の治療に用いられる抗精神病薬(神経遮断薬)には、急性期症状の改善効果と再発予防効果とがある。 | 統合失調症の治療に用いられる抗精神病薬(神経遮断薬)には、急性期症状の改善効果と再発予防効果とがある。 | ||
急性期症状の改善効果は、臨床的には大きく三つにまとめられる。 | |||
#幻覚・妄想・自我障害などの陽性症状を改善する抗精神病作用 | |||
#不安・不眠・興奮・[[衝動性]]を軽減する鎮静催眠作用 | |||
#感情や意欲の症状などの陰性症状の改善を目指す精神賦活作用の三種類である。 | |||
それぞれの作用は、およそドーパミン系・[[ノルアドレナリン]]系・セロトニン系と関連するとされている。個々の抗精神病薬はさまざまな神経伝達物質への作用を合わせもっているので、それに応じて臨床作用のプロフィールが異なることになる。 | |||
抗精神病作用についての当事者の実感は、「どうしてもあることに捉われて気持ちが過敏になることがなくなる」「頭が忙しくなくなる」「忘れることはできないが、それだけにのめりこむことが無くなる」というものである。その効果は「気分が巻きこまれず無関心となり、行動や自律神経機能に影響しなくなる」という体験で、幻覚や妄想に捉われなくなっていく。精神症状学において幻覚や妄想は[[知覚]]や思考の症状に分類されるが、その病態は知覚や思考の領域に留まらず、気分が巻き込まれて無関心でいられなくなるという情動の領域、さらにそれが行為や自律神経機能に影響するという行動の領域にまで及んでおり、その点が変化していく。 | 抗精神病作用についての当事者の実感は、「どうしてもあることに捉われて気持ちが過敏になることがなくなる」「頭が忙しくなくなる」「忘れることはできないが、それだけにのめりこむことが無くなる」というものである。その効果は「気分が巻きこまれず無関心となり、行動や自律神経機能に影響しなくなる」という体験で、幻覚や妄想に捉われなくなっていく。精神症状学において幻覚や妄想は[[知覚]]や思考の症状に分類されるが、その病態は知覚や思考の領域に留まらず、気分が巻き込まれて無関心でいられなくなるという情動の領域、さらにそれが行為や自律神経機能に影響するという行動の領域にまで及んでおり、その点が変化していく。 | ||
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予後は、対象となる統合失調症により異なるが、統合失調症を中心とする初発の精神病エピソードの80%は完全な症状寛解に到るとされる。長期の予後については、治癒に至ったり軽度の障害を残すのみなど良好な場合が50~60%で、重度の障害を残すのは10~20%とされ、WHOは「初発患者のほぼ半数は完全かつ長期的な回復を期待できる」としている。この数字は昔の治療を受けた患者についてのデータで、より進んで治療を受けている現代の患者の予後はより良いことが期待できる。 | 予後は、対象となる統合失調症により異なるが、統合失調症を中心とする初発の精神病エピソードの80%は完全な症状寛解に到るとされる。長期の予後については、治癒に至ったり軽度の障害を残すのみなど良好な場合が50~60%で、重度の障害を残すのは10~20%とされ、WHOは「初発患者のほぼ半数は完全かつ長期的な回復を期待できる」としている。この数字は昔の治療を受けた患者についてのデータで、より進んで治療を受けている現代の患者の予後はより良いことが期待できる。 | ||
良好な予後と関連する要因として、 | |||
#心理的契機が明瞭であったり、発症の時間経過が急性の場合は予後が良い | |||
#精神病症状の出現から抗精神病薬治療開始までの精神病未治療期間が短いと予後が良い | |||
#病前の機能レベルが良いと予後が良い | |||
#発症年齢が高いと予後が良い、ことが知られている。 | |||
また、合併症や続発症について、 | |||
#初回エピソードの治療とそれに引き続く再発予防を十分に行うと、合併症や続発症が起こることが少ない | |||
#精神病エピソードの期間が長かったり、再発を繰り返すと、合併症や続発症が起こりやすくなる | |||
#地域社会のなかで日常生活を送れるよう配慮すると、合併症や続発症が少ない、という指摘がある。 | |||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> |