「統合失調症」の版間の差分

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==診断==
==診断==
===DSM-5に基づく横断診断 ===
===DSM-5に基づく横断診断 ===
 DSM-5の基準Aにまとめられているのは、統合失調症の診断のために特徴的な症状、理想的には特異的な症状であり、診断のためのその組み合わせである。妄想、幻覚、まとまりのない会話、ひどくまとまりのないまたは緊張病性の行動、陰性症状(情動表出気の減少と意欲欠如)の5症状のうち2領域以上が必要とされる(後二者の組み合わせは不可)。
 DSM-5の基準Aにまとめられているのは、統合失調症の診断のために特徴的な症状、理想的には特異的な症状であり、診断のためのその組み合わせである。妄想、幻覚、まとまりのない会話、ひどくまとまりのないまたは[[緊張病]]性の行動、陰性症状(情動表出気の減少と意欲欠如)の5症状のうち2領域以上が必要とされる(後二者の組み合わせは不可)。


 従来、自我障害は統合失調症の中核的な症状であり病態であると考えられ、[[DSM-IV]]までは幻覚妄想のなかで特別な扱いをされていたが、DSM-5ではそのような扱いがなくなった。いっぽう研究においては、精神病理・診断・リスク表現型の点から自我障害の重要性に注目が集まっているという乖離した事態がある。
 従来、自我障害は統合失調症の中核的な症状であり病態であると考えられ、[[DSM-IV]]までは幻覚妄想のなかで特別な扱いをされていたが、DSM-5ではそのような扱いがなくなった。いっぽう研究においては、精神病理・診断・リスク表現型の点から自我障害の重要性に注目が集まっているという乖離した事態がある。
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===経過についての縦断診断 ===
===経過についての縦断診断 ===
 統合失調症や[[双極性障害]]の経過を、慢性身体疾患になぞらえて臨床病期として捉える考え方がある。統合失調症の状態像を、0期(発症のリスクがある),1期(診断には至らない軽度の症状),2期(初回エピソード),3期(発症後の不完全[[寛解]]や再発),4期(重篤・遷延)などの8段階に分けている。臨床病期は一方向に進むとは限らず、病状に応じて回復があるとされる。2期以降の経過についてDSM-5では、初発first episode・再発multiple episodes・持続性continuousという経過の特定用語course specifierで整理している。
 統合失調症や[[双極性障害]]の経過を、慢性身体疾患になぞらえて臨床病期として捉える考え方がある。統合失調症の状態像を、0期(発症のリスクがある),1期(診断には至らない軽度の症状),2期(初回エピソード),3期(発症後の不完全[[寛解]]や再発),4期(重篤・遷延)などの8段階に分けている。臨床病期は一方向に進むとは限らず、病状に応じて回復があるとされる。2期以降の経過についてDSM-5では、初発 (first episode)・再発 (multiple episodes)・持続性 (continuous)という経過の特定用語 (course specifier)で整理している。


 こうした提唱の背景には、統合失調症の病態が素因・環境/発症/進行の3段階から構成されて進展するという考え方がある。遺伝的にもちあわせた素因と胎児期や幼小児期に経験する環境因を背景として、思春期・青年期の体の変化と環境の[[ストレス]]が加わることで発症に到り、その後の進行は治療により変化しうるという考えである。
 こうした提唱の背景には、統合失調症の病態が素因・環境/発症/進行の3段階から構成されて進展するという考え方がある。遺伝的にもちあわせた素因と胎児期や幼小児期に経験する環境因を背景として、思春期・青年期の体の変化と環境の[[ストレス]]が加わることで発症に到り、その後の進行は治療により変化しうるという考えである。


 発症は10歳代後半から20歳代に多い。前駆期には非特異的な症状を呈することが多く(神経衰弱)、精神面では不眠・集中困難・意欲低下、身体面では易疲労感・自律神経症状、行動面では引きこもり・職業や学業の機能低下などを認める。発症初期には、周囲の世界が意味ありげに不気味に変化したと感じ、切迫・緊張・孤立などの漠然とした不安を強く味わう([[妄想気分]])。こうした妄想気分が明瞭な形である陽性症状や自我障害へと発展するのが顕在発症である。
 発症は10歳代後半から20歳代に多い。前駆期には非特異的な症状を呈することが多く([[神経衰弱]])、精神面では[[不眠]]・[[集中困難]]・[[意欲低下]]、身体面では[[易疲労感]]・[[自律神経症状]]、行動面では[[引きこもり]]・職業や学業の機能低下などを認める。発症初期には、周囲の世界が意味ありげに不気味に変化したと感じ、切迫・緊張・孤立などの漠然とした不安を強く味わう([[妄想気分]])。こうした妄想気分が明瞭な形である陽性症状や自我障害へと発展するのが顕在発症である。


 この過程は、対人関係・自我機能・表象機能という人間でとくに発達した脳機能の脆弱性を代償過程が支えていたものが、人間関係と表象操作が複雑化するとともにそれを担う脳機能が発達する思春期から青年期に、複雑化する処理を支えきれなくなることによることが想定できる。
 この過程は、対人関係・自我機能・表象機能という人間でとくに発達した脳機能の脆弱性を代償過程が支えていたものが、人間関係と表象操作が複雑化するとともにそれを担う脳機能が発達する思春期から青年期に、複雑化する処理を支えきれなくなることによることが想定できる。
===鑑別診断 ===
===鑑別診断 ===
 臨床的に統合失調症と類似の症状を呈するものに、身体疾患と精神疾患がある。
 臨床的に統合失調症と類似の症状を呈するものに、身体疾患と精神疾患がある('''表1'''、'''2''')。


 身体疾患としては、
{| class="wikitable"
#頻度は高くないが緊急性が高い脳炎(ウイルス性脳炎・傍腫瘍性辺縁系脳炎・抗NMDA受容体脳炎など)
|+表1.  統合失調症と鑑別を要する身体疾患
#SLEなどの自己[[免疫]]疾患
|-
#クッシング症候群などの内[[分泌]]疾患
! 疾患 !! 例および留意事項
#脳腫瘍などの脳器質疾患
|-
#[[てんかん]]と関連した精神症状、などがある。
| [[脳炎]] || [[ウイルス性脳炎]]・[[傍腫瘍性神経症候群|傍腫瘍性辺縁系脳炎]]・[[抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎]]など。頻度は高くないが緊急性が高い。
|-
| [[wj:自己免疫疾患|自己免疫疾患]] || [[wj:全身性エリスマトーデス|全身性エリスマトーデス]] (SLE)など。
|-
| [[wj:内分泌|内分泌]]疾患|| [[クッシング症候群]]など。
|-
| 脳器質疾患 || [[脳腫瘍]]など。
|-
| [[てんかん]] || 精神症状を伴う事がある。
|}


 精神疾患としては、
{| class="wikitable"
#精神作用物質による物質使用障害([[覚醒剤]]が代表)
|+表2.  統合失調症と鑑別を要する精神疾患
#統合失調症様障害・短期[[精神病性障害]](特徴的な症状の持続が6か月未満、統合失調症に移行することもある)
|-
#妄想性障害(幻聴・幻視がない、妄想の内容が現実生活において起こり得るものである、生活機能の低下が目立たない)
! 疾患 !! 留意事項
#双極性障害・統合失調感情障害(うつ病・躁病エピソードの基準を満たす時期がある)
|-
#[[心的外傷後ストレス障害]][[PTSD]](幻覚・妄想に心的外傷と関連したフラッシュバックとしての側面がある)
|[[向精神薬|精神作用物質]]による物質使用障害||[[覚醒剤]]が代表
#[[自閉症スペクトラム障害]](幻覚・妄想が本人なりの自覚的なトラ[[ウマ]]と関連した内容である)、などがある。
|-
|統合失調症様障害・短期[[精神病性障害]]<br>(<u>編集部コメント:これはまとめて一つの病名でしょうか?</u>)||特徴的な症状の持続が6か月未満、統合失調症に移行することもある。
|-
|[[妄想性障害]]||幻聴・幻視がない、妄想の内容が現実生活において起こり得るものである、[[生活機能]]の低下が目立たない。
|-
|[[双極性障害]]・[[統合失調感情障害]]||[[うつ病]]・[[躁病]]エピソードの基準を満たす時期がある。
|-
|[[心的外傷後ストレス障害]] ([[PTSD]])||幻覚・妄想に[[心的外傷]]と関連した[[フラッシュバック]]としての側面がある。
|-
|[[自閉症スペクトラム障害]]||幻覚・妄想が本人なりの自覚的な[[トラウマ]]と関連した内容である。
|}


===検査結果にもとづく診断の現状 ===
===検査結果にもとづく診断の現状 ===
 統合失調症の脳構造や脳機能を検討して、健常者と差を認めるとする研究は数多い。そうした成果を診療における臨床検査として実用化するためには、群間で有意差を認めるだけでは不十分で、個別のデータについての判断が必要である。Single-subject studyを研究テーマとして取りあげた論文は2010年以降にようやく増え、そこでは80~85%という正判別率の報告が多い。診断基準にもとづいて明確に統合失調症と診断できる患者を対象とし、詳細な検査方法にもとづくデータに入念な解析を行い、健常者との判別を検討した場合にそうした数字であり、他の精神疾患との判別となると数字はかなり低くなる。
 統合失調症の脳構造や脳機能を検討して、健常者と差を認めるとする研究は数多い。そうした成果を診療における臨床検査として実用化するためには、群間で有意差を認めるだけでは不十分で、個別のデータについての判断が必要である。Single-subject studyを研究テーマとして取りあげた論文は2010年以降にようやく増え、そこでは80~85%という正判別率の報告が多い。診断基準にもとづいて明確に統合失調症と診断できる患者を対象とし、詳細な検査方法にもとづくデータに入念な解析を行い、健常者との判別を検討した場合にそうした数字であり、他の精神疾患との判別となると数字はかなり低くなる。


 そうした結果となる理由として、統合失調症という疾患概念が一つの実体に対応しているわけではないこと(2.2.)、縦断的に病態が進展していると考えられること(4.2.)、に加えて、精神疾患の研究で得られるバイオマーカーにいくつかの意味がありうることが挙げられる。病態における意義という点からは概念的に、精神疾患への素因を反映する「素因指標」、精神疾患の発症や罹患を反映する「発症指標」、発症後の症状の程度を示す「状態指標」、疾患としての病状の重症度を反映する「病状指標」に分けることができる。ひとつのバイオマーカーが複数の指標の意義をもつことがあり、一般的には、素因指標と発症指標、状態指標と病状指標はおおむね類似の病態を反映するという仮定のもとに、それぞれtrait markerとstate markerの用語を対応させることが多い。しかし、素因指標と発症指標を同等に取り扱うと非発症者を発症者と混同することになり、また状態指標と病状指標を区別しないと治療による改善可能性についての判断に影響する可能性がある。
 そうした結果となる理由として、統合失調症という疾患概念が一つの実体に対応しているわけではないこと([[統合失調症#疾患概念|疾患概念]].)、縦断的に病態が進展していると考えられること([[統合失調症#経過についての縦断診断|経過についての縦断診断]])、に加えて、精神疾患の研究で得られる[[wj:バイオマーカー|バイオマーカー]]にいくつかの意味がありうることが挙げられる。病態における意義という点からは概念的に、精神疾患への素因を反映する「[[素因指標]]」、精神疾患の発症や罹患を反映する「[[発症指標]]」、発症後の症状の程度を示す「[[状態指標]]」、疾患としての病状の重症度を反映する「[[病状指標]]」に分けることができる。ひとつのバイオマーカーが複数の指標の意義をもつことがあり、一般的には、素因指標と発症指標、状態指標と病状指標はおおむね類似の病態を反映するという仮定のもとに、それぞれtrait markerとstate markerの用語を対応させることが多い。しかし、素因指標と発症指標を同等に取り扱うと非発症者を発症者と混同することになり、また状態指標と病状指標を区別しないと治療による改善可能性についての判断に影響する可能性がある。


==病態生理==
==病態生理==
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 3.4.で述べた神経心理学的な認知機能障害のより上位となるメカニズムが、幻覚や妄想の発生の認知心理学的メカニズムとなっているとする考えがある。思考やイメージについて自分が内部で生成したか外部に由来するかを弁別する中枢モニター機能に障害があると、内部で生成した思考やイメージを外部に由来する事象と誤って受けとめ、それが幻覚や妄想として体験されるとする考え方である。その背景に、自己の行動や思考について、それをフィードフォワードにより制御する脳機構が想定されている。
 3.4.で述べた神経心理学的な認知機能障害のより上位となるメカニズムが、幻覚や妄想の発生の認知心理学的メカニズムとなっているとする考えがある。思考やイメージについて自分が内部で生成したか外部に由来するかを弁別する中枢モニター機能に障害があると、内部で生成した思考やイメージを外部に由来する事象と誤って受けとめ、それが幻覚や妄想として体験されるとする考え方である。その背景に、自己の行動や思考について、それをフィードフォワードにより制御する脳機構が想定されている。


 こうした一種の[[メタ認知]]の障害は、より複雑な自己認知にまで拡大できる可能性についての指摘がある。統合失調症の発症や再発には社会的ストレスへの情動反応の影響が大きいが、その情動反応は自己価値についての低い評価という自己認知により影響を受ける。小児期のトラウマ体験や社会的ストレス、それと関連する社会的スティグマやそれを内在化させたセルフスティグマが、低い自己認知と相互作用することで発症や再発を引き起こしやすくするという考え方である。
 こうした一種の[[メタ認知]]の障害は、より複雑な自己認知にまで拡大できる可能性についての指摘がある。統合失調症の発症や再発には社会的ストレスへの情動反応の影響が大きいが、その情動反応は自己価値についての低い評価という自己認知により影響を受ける。小児期のトラ[[ウマ]]体験や社会的ストレス、それと関連する社会的スティグマやそれを内在化させたセルフスティグマが、低い自己認知と相互作用することで発症や再発を引き起こしやすくするという考え方である。


===神経伝達物質から想定される病態生理===
===神経伝達物質から想定される病態生理===

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