空間知覚

村田 哲
近畿大学医学部生理学
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年7月23日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:入來 篤史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:spatial perception, spatial recognition, spatial representation

 動物は、外部環境である3次元空間を、さまざまな感覚受容器の情報に基づき知覚する。特に霊長類では主に視覚に頼っている。脳内の二つの視覚経路のうち、空間は主に背側経路で処理され、原点の異なる複数の座標系で再現されている。こうした空間表現のためには奥行き、位置、大きさ、傾き、構造、動きやその方向などの要素を知覚する必要がある。一方、再現された空間は、眼球運動到達運動把持運動歩行運動など身体運動の制御や、空間の作業記憶、あるいは移動のためのナビゲーションに使われる。さらに、空間知覚においては、感覚情報のみならず生体自らの動きの情報が必要である。動くことによる感覚情報の変化に対しては、より安定した外部空間を脳内に表現するために、脳は運動の情報によって感覚情報を調整する[1]。空間知覚に関わる脳領域の損傷によって引き起こされる症状は、その損傷部位により多彩で、単に空間知覚の障害にとどまらず運動の障害も伴っている。

図.サルの脳の左半球外側面と内側面
PS:主溝, AS:上弓状溝, AI:下弓状溝, CS:中心溝, IPS:頭頂間溝, PO:頭頂後頭溝, LF:外側溝, LS:月状溝, STS:上側頭溝.  頭頂間溝と月状溝、上側頭溝、帯状溝は、広げて内側面を見えるようにしてある。文献[2]より許諾転載


空間知覚とは

 空間知覚とは、視覚聴覚前庭覚体性感覚化学感覚嗅覚)などほぼすべての感覚を動員して統合し、3次元的な外界空間を脳内で表現する過程である。動物種によって、使われる感覚種は異なるが、霊長類では主に視覚が使われる。脳内では、単一の空間のコピーが、単一の領域で表現されているわけではない。複数の領域によって異なる形で空間が表現されおり、いわば原点の異なる複数の空間座標系が並列処理されている[3]。また、静的な空間表現にとどまらず、動きの要素も含まれている。また、動物が運動することによって脳内で空間表現がぶれてしまう可能性がある。より安定した空間表現をするために、脳は運動の情報(遠心性コピー随伴発射)から運動の結果を予測し、不必要な感覚情報を遮断する。さらに、脳内の空間表現のためには奥行き、位置、大きさ、傾き、構造、動きやその方向などの空間表現のための要素を知覚する必要があるが、これらは脳内で異なる領域で表現され、場合によっては階層的に処理され統合される。

二つの視覚経路

 脳内では、網膜から一次視覚野を経由して視覚連合野に至る主に二つの平行した処理系がある。

 一つは、頭頂連合野に至る背側視覚経路であり、もう一つは側頭連合野に至る腹側視覚経路である。この二つの経路は、網膜の神経節細胞の段階から時間,空間分解能や色に関する感受性が異なる二つの経路に分かれており、さらに一次視覚野(V1)から視覚前野では大きく異なる経路を経由する。背側経路に関しては、外側膝状体大細胞層から、V1の4cα-4B層、さらにV2の太い縞、V3あるいはMT/MSTV6経由で、頭頂連合野へ視覚情報が伝達される(図)[4]。これらの結合は皮質においては双方向性である。一方、腹側経路は、外側膝状体の小細胞層から、V1の4cβ層、さらにV2の細い縞あるいは明るい縞を経由して、あるいは経由せずにV4へ投射し、TEO IT など側頭連合野へ至る。

 これら二つの経路の破壊症状は、その役割をよく表している[5]。背側経路にある頭頂連合野の損傷では、場所の認知障害が起こり、whereの経路(where pathway)と呼ばれる。一方、腹側視覚経路の損傷では、物体の形や色の認知障害が起こるため、whatの経路(what pathway)と呼ばれる。その後、D.F.という腹側視覚経路の障害を持った患者が、報告された。この患者は、物体の形がわからないにも関わらず、それをつかむときには、その大きさや、形や傾きなどに手を正確に合わせることができた[6]。また、背側視覚経路に損傷のある患者では、形を見分けることができるにも関わらず、物体を適切につかむことができないことが明らかにされている[6]。そのため、背側視覚経路は、場所のみならず、そのほかの空間的な情報も処理するHow の経路(How pathway)とも呼ばれるようになった。結局のところ空間知覚については、背側経路の役割が非常に大きいことがわかっているが、物体の3次元的表現や環境の中での自らの場所の情報は、腹側経路にもあることが明らかになっている。

脳内の空間表現

座標系

脳内では、空間は座標系として表現されている。その座標表現は単一ではなく、以下の様な原点の異なる異なる複数の座標が、主に頭頂葉や運動前野など肢運動、眼球運動に関わる領野など複数の異なる脳領域に存在する。

網膜中心座標系

 中心窩(fovea)を原点に、網膜の何処に像を結ぶかによって表現される座標系のことである。

眼球中心座標系

 目の現在の位置を中心にした空間座標。現在の眼球の位置情報が必要となる。網膜部位局在とは区別される。

頭部中心座標系・身体中心座標系

 眼球の位置によらず頭部ないしは身体軸を中心にした座標系。

身体部位中心座標系

 身体の部位を中心とした座標系 主に体性感覚や視覚を統合した多種感覚ニューロンによって表現される。身体部位が動いても受容野はその部位と共に動く。

物体中心座標系

 物体の中での目標の相対的位置(前後左右上下)。

環境中心座標系

 環境の中での自己の位置。移動においては、自己が環境の中でどの位置にいるかを脳内では表現される必要がある。Allocentric reference frameとも呼ばれる。 これに対し、自己を中心した座標系をEgocentric reference frameという。

奥行知覚・立体視

 立体的に視空間を知覚するためには、両眼視の手がかり(両眼視差輻輳角)とともに単眼視の手がかり(線遠近、肌理の勾配、調節反射、キアロスクーロ、重なり、相対的大きさ、空気遠近法など)をもとに、網膜上に移った視覚像を3次元的に再現する。単眼視の手がかりは調節反射以外のものは、絵画的手がかりと呼ばれる。こうした立体視には、脳内のいくつかの領域が関わっており、例えば両眼視差に対してはV1、V2、V3、V3A、MT、MST等の視覚前野や頭頂連合野にあるCIPAIPなどの背側経路にある領域にあることが知られている[7] [8]。また、腹側経路にも両眼視差に反応するニューロン活動が知られている[9]

注視ニューロン

 物体を定位する場合に、目で注視したときの眼球の位置をもとにすることができる。眼球で物体を注視し、ある位置で固定されているときに活動するニューロンを注視ニューロンと呼ぶ。注視ニューロンの位置選択性は、前額平面だけではなく、輻輳反射による奥行き位置にも選択性を持つ。下頭頂葉の頭頂間溝の中あるいは7a野 [10]や、前頭眼野(FEF)[10]、上丘で記録される。

傾きの選択性

 視覚刺激の軸方向の傾きに関して、選択性のあるニューロンが視覚皮質や頭頂連合野で知られている。V1では、スリット状の視覚刺激の傾きに選択性を持つニューロンが、コラムを形成して整然と並んでいる.また、頭頂間溝の後方のCIPやその周辺では、細長い物体の奥行き方向に選択性を持つニューロンが知られている[8]。また、同じ領域では、面の奥行きのある傾きに選択性を持つニューロンも記録される[8]。さらに、AIPでは面や軸を持った物体の傾きに選択性を示す視覚ニューロンが記録される[11]

運動視

 物体の動きをとらえる運動視も、空間知覚の重要な要素である。運動視は、外界の物体そのもの動きと観察者自身の動きによってもたらされる網膜の上の動きがもとになる。水平面の動きとともに、3次元空間内での動き(前後、回転、並行運動)などがある。

 運動視に関する心理物理的手がかりとして、静止した視覚刺激を場所と時間をずらして提示する時に起こる仮現運動、背景の動きによって物体が動いて見える誘導運動がある。また、奥行きの動きには、両眼視差の変化と大きさの変化が手がかりとなる。網膜上での視覚像の流れは、オプティックフロー(optic flow)と呼ばれるが、オプティックフローが視野内で大きな範囲を占め、ある一定の法則を満たしていると、観察者自身の動きとして感じるが、これも誘導運動の一つである。また、対象の動きや観察者の動きによって物体の3次元的構造(structure form motion)や前後の遠近の知覚(運動視差)をすることもできる。こうした運動視には、MT/MSTと呼ばれる上側頭溝内に存在する領域が関わっていて[12]、動きの方向と速度に関する選択性あるいは、誘導運動、視差などに選択性を持つニューロン活動が知られている。また、奥行きの運動には、下頭頂小葉(頭頂間溝の外側壁やその外側のPFG・PG)やVIP、F4などでも記録されている[13] [14]

 一方で、動くことによる感覚情報の変化に対して、より安定した外部空間を脳内に表現するために、脳は自らの運動の指令のコピー(遠心性コピー・随伴発射)を使って、感覚情報に調整を加える[1]。例えば、眼球がサッケードをおこしたときには、網膜上の像は大きく揺れることになるが、脳内ではその視覚入力に対し眼球運動のための運動司令を使って、視覚入力に影響を及ぼす。

身体周辺空間

 VIPやPFG、F4などで見つかる多種感覚ニューロンには、身体のある部分に体性感覚受容野を持ち、その受容野と近接した空間に視覚受容野を持つものがあり、身体部位を表現すると考えられる。この視覚の反応は、自己の身体の近接した空間に限られ、この自己の身体の一体となった空間を身体周辺空間ペリパーソナルスペース peri-personal space)と呼ぶ。また、頭頂葉のPEaで見つかった同様の多種感覚ニューロンの視覚受容野は、道具を使った時に道具先端にまで拡大する現象が知られている[15]。これは。道具の使用による身体図式ないし身体イメージの拡張に関わると考えられている。

視覚以外の感覚による空間知覚

 自己の姿勢の変化を知ると共に、姿勢の変化にもかかわらずためには前庭入力も重要である。前庭器官からの情報は、脳幹小脳のみならず大脳皮質でも処理される。背側経路では、頭頂葉の2V(頭頂間溝の最も吻側部分)、MST、VIP等が知られている。また、そのほかにもシルビウス裂内部の島皮質にあるPIVCperiotoinsular vestibular cortex)、3a野、弓状溝周辺などにも認められる[16]

 また、聴覚の入力も空間知覚には重要である。音源の定位に、聴覚皮質のニューロン活動が関わっていることが知られている[17]。また、身体周辺空間の表現に関わる頭頂葉のVIPや腹側運動前野にも、聴覚刺激に反応するニューロン活動が知られている。近年、聴覚皮質からの経路は、視覚とよく似て頭頂葉を経由して背外側前頭前野に投射する経路と、頭頂葉は経由せずにそのまま吻側に向かい腹外側前頭前野に投射する経路の二つがあり、それぞれ空間知覚と音の持つ意味の処理をしていると考えられている[17]

環境の中での位置の表現(第3の視覚経路)

 近年、頭頂葉から、内側側頭皮質に向かう経路をもう一つの空間情報処理の経路とする考え方が出てきている。この経路は後頭頂葉(Opt, PG)から直接あるいは、内側頭頂葉、後部帯状回皮質(31野・23野)や脳梁膨大部後部領域(29野・30野)を経由して、海馬海馬傍回などの内側側頭葉に投射している[18]

 ヒトでのこの経路の損傷は、地誌的見当識の障害となって現れる。また、サルでは、内側頭頂葉、後部帯状回皮質や脳梁膨大部後部領域ではオプティックフローや環境内の場所に選択的に反応するニューロンや、環境中心座標系の表現が知られている[3] [18]。また、サルやラットの内側側頭葉においても場所細胞(place cell)という環境内のある場所で反応するニューロン活動が知られている(空間記憶参照)。以上のことから、この経路は環境の中を移動するときに必要なナビゲーションの機能を持っていると考えられている[3]

空間知覚の障害

 上記のように背側視覚経路は、空間知覚に深く関わるとされているが、古くからヒトにおけるその損傷で、空間知覚に関する様々な神経症状が知られている。

半側空間無視

 右の頭頂葉ないし運動前野の障害で起こる。患者からみた左の空間を無視する症状で、たとえば、模写をさせるとモデルとなった絵の右半分しか描かないとか、あるいは目の前のトレーにのった食事を左半分無視して食べ残してしまう。この症状は、自己の身体にもおよび顔の右半分しか化粧をしないとか、あるいは自己の左半身を無視してしまう症状が現れる。

立体視障害

 3次元図形あるいは3次元物体の立体的知覚の障害。頭頂葉の角回の障害が指摘されている。

構成失行

 図形や物体などのその空間的特徴や配置の認識をもとに、その図形や物体を再構成する能力の障害。たとえばモデルとなる積み木をもとに、それを模倣して組み立てる課題に障害が起こる。基礎障害として、視空間の認知障害と運動水準の障害が考えられる。頭頂葉の病変で起こることが知られている。

地誌的見当識

 よく知っているはずの場所で道に迷う症状で、街並失認道順障害が知られている[19]。街並失認は、旧知の家や街の風景の同定が出来なくなり、右の海馬傍回が責任病巣とされている。また、道順障害は、風景は街並を見てどこにいるかはわかるが、道順が想起できない。右の脳梁膨大部の後ろの方の障害によって起こる。

到達運動障害

 到達運動に関しては、物体の空間的定位情報が正しく運動系へ伝えられる必要がある。Balint症候群に含まれる視覚失調(optiche Ataxie)は、注視線上にとらえた物体に手をのばすことができない。両側の頭頂連合野病変によるものと考えられている。一方、周辺視野にある物体に到達運動ができないものを視覚性運動失調(ataxie optique)とよび、眼球位置や頭の位置、腕の位置などの網膜外の情報による座標変換の障害と考えられている[20]

手操作運動障害

 両側の上頭頂小葉の障害あるいは、サルのAIP に相当するhAIPと呼ばれるヒトの下頭頂小葉の損傷で把持運動障害が知られている[21]

参考文献

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