「シナプス形成」の版間の差分

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英:synapse formation, synaptogenesis
英:synapse formation, synaptogenesis 独:Synapsenbildung 仏:formation de synapses
{{box|text= 神経細胞とその相手の細胞(神経細胞、筋肉など)は、シナプスという特殊化した細胞接着構造で結合している。シナプス形成とは、神経回路形成において、機能するシナプスができあがるまでの過程である。化学シナプスの形成には、1) シナプス前部(通常は軸索)が、シナプス後部(神経細胞の樹状突起、筋肉など)となる適切な標的細胞の適切な細胞上の適切な位置に結合すること(シナプス特異性)と、2) シナプス前部と後部がシナプス間隙を介して同じ場所に配向して、シナプス前部にシナプス小胞や分泌装置の蓄積、シナプス後部に神経伝達物質受容体の集合やシナプス後肥厚が生じるということ(シナプス分化)がある。シナプス形成は、シナプス前部とシナプス後部の間の相互作用によって制御されており、このような細胞間相互作用を担うシナプス接着分子、細胞外マトリックス分子、更に分泌性因子が同定されている(シナプスオーガナイザー)。また、グリア細胞など神経細胞以外のプレーヤーの関与も重要である。神経系の発達期や臨界期においては、化学シナプス形成は過剰に行われ、神経活動などの影響により、シナプス刈り込みが行われ再編成される。また、発達中のシナプス形成とも共通する成熟した神経系でのシナプス新生や構造変化は、学習と記憶にも重要な役割をし、シナプス形成の異常は、自閉症、精神疾患、認知症などの原因になると考えられている。}}
{{box|text= 神経細胞とその相手の細胞(神経細胞、筋肉など)は、シナプスという特殊化した細胞接着構造で結合している。シナプス形成とは、神経回路形成において、機能するシナプスができあがるまでの過程である。化学シナプスの形成には、1) シナプス前部(通常は軸索)が、シナプス後部(神経細胞の樹状突起、筋肉など)となる適切な標的細胞の適切な細胞上の適切な位置に結合すること(シナプス特異性)と、2) シナプス前部と後部がシナプス間隙を介して同じ場所に配向して、シナプス前部にシナプス小胞や分泌装置の蓄積、シナプス後部に神経伝達物質受容体の集合やシナプス後肥厚が生じるということ(シナプス分化)がある。シナプス形成は、シナプス前部とシナプス後部の間の相互作用によって制御されており、このような細胞間相互作用を担うシナプス接着分子、細胞外マトリックス分子、更に分泌性因子が同定されている(シナプスオーガナイザー)。また、グリア細胞など神経細胞以外のプレーヤーの関与も重要である。}}


==はじめに==
==はじめに==
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==中枢神経系==
==中枢神経系==
 [[中枢神経系]]のシナプスの形成も神経筋接合部のシナプス形成と類似した点が多い。中枢シナプスにおけるシナプス前部とシナプス後部の間の相互作用は、基本的に予め合成されたシナプス構成要素の位置を制御し合うことで、お互いの分化を制御しシナプスを形成すると考えられる<ref name=ref4><pubmed>2655146</pubmed></ref><ref><pubmed>14556707</pubmed></ref><ref><pubmed>17417940</pubmed></ref><ref><pubmed>27462810</pubmed></ref><ref><pubmed>29096080</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>30359597</pubmed></ref>。そこでは、神経筋接合部のシナプス核のように転写レベルで局所的にシナプス構成要素の生合成を制御することはないが、シナプス近辺での局所的なmRNA翻訳や分解の制御はありうる<ref><pubmed>30861464</pubmed></ref>。その結果、中枢シナプスでも、神経筋接合部と同じように、神経伝達物質の受容体がシナプス後膜に集中し<ref name=ref9><pubmed>22046028</pubmed></ref>、神経伝達物質の違いはあるもののシナプス前部におけるシナプス小胞の分子的な成り立ちも基本的には同じであるように見える<ref name=ref8><pubmed>22794257</pubmed></ref>(図1B)。
 [[中枢神経系]]のシナプスの形成も神経筋接合部のシナプス形成と類似した点が多い。中枢シナプスにおけるシナプス前部とシナプス後部の間の相互作用は、基本的に予め合成されたシナプス構成要素の位置を制御し合うことで、お互いの分化を制御しシナプスを形成すると考えられる<ref name=ref4><pubmed>2655146</pubmed></ref><ref><pubmed>14556707</pubmed></ref><ref><pubmed>17417940</pubmed></ref><ref><pubmed>27462810</pubmed></ref><ref><pubmed>29096080</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>30359597</pubmed></ref>。そこでは、神経筋接合部のシナプス核のように転写レベルで局所的にシナプス構成要素の生合成を制御することはないが、シナプス近辺での局所的なmRNA翻訳や分解の制御はありうる<ref><pubmed>30861464</pubmed></ref>。その結果、中枢シナプスでも、神経筋接合部と同じように、神経伝達物質の受容体がシナプス後膜に集中し<ref name=ref9><pubmed>22046028</pubmed></ref>、神経伝達物質の違いはあるもののシナプス前部におけるシナプス小胞の分子的な成り立ちも基本的には同じであるように見える<ref name=ref8><pubmed>22794257</pubmed></ref>('''図1B''')。


 しかし、中枢シナプスの後部は、神経伝達物質受容体の分子種も異なり、その足場となる分子種も神経筋接合部とは大きく異なっている。特に、神経筋接合部では基底膜という[[細胞外マトリックス]]であったシナプス間隙(約50nm)の様相は中枢シナプスでは全く異なっており典型的な細胞外マトリックスは存在しない。中枢シナプスでは、約20nmのシナプス間隙で直接接触するシナプス前膜とシナプス後膜の間に存在する[[細胞間接着]]がその相互作用の中心であると考えられている<ref><pubmed>14519398</pubmed></ref><ref><pubmed>22278667</pubmed></ref><ref><pubmed>3492943</pubmed></ref><ref><pubmed>20832286</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>30359597</pubmed></ref><ref name=ref1><pubmed>32359437</pubmed></ref>(図1B)。
 しかし、中枢シナプスの後部は、神経伝達物質受容体の分子種も異なり、その足場となる分子種も神経筋接合部とは大きく異なっている。特に、神経筋接合部では基底膜という[[細胞外マトリックス]]であったシナプス間隙(約50nm)の様相は中枢シナプスでは全く異なっており典型的な細胞外マトリックスは存在しない。中枢シナプスでは、約20nmのシナプス間隙で直接接触するシナプス前膜とシナプス後膜の間に存在する[[細胞間接着]]がその相互作用の中心であると考えられている<ref><pubmed>14519398</pubmed></ref><ref><pubmed>22278667</pubmed></ref><ref><pubmed>3492943</pubmed></ref><ref><pubmed>20832286</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>30359597</pubmed></ref><ref name=ref1><pubmed>32359437</pubmed></ref>('''図1B''')。


===中枢シナプス形成のオーガナイザー===
===中枢シナプス形成のオーガナイザー===
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 一方、[[抑制性シナプス]]のシナプス後部では、[[ゲフィリン]]([[gephyrin]])が重要な足場分子として機能する<ref><pubmed>24552784</pubmed></ref><ref><pubmed>28460365</pubmed></ref>。
 一方、[[抑制性シナプス]]のシナプス後部では、[[ゲフィリン]]([[gephyrin]])が重要な足場分子として機能する<ref><pubmed>24552784</pubmed></ref><ref><pubmed>28460365</pubmed></ref>。


 4種類あるニューロリギンのうち、[[ニューロリギン1]]は[[グルタミン酸]]作動性シナプス、ニューロリギン2は[[GABA]]作動性シナプス、ニューロリギン3はグルタミン酸とGABA作動性シナプスの両者、そしてニューロリギン4は[[グリシン]]作動性シナプスに局在している<ref><pubmed>26209464</pubmed></ref><ref><pubmed>15540461</pubmed></ref><ref><pubmed>17897391</pubmed></ref><ref><pubmed>21282647</pubmed></ref>。培養系の実験では、ニューロリギン1,3,4はグルタミン酸レセプターのクラスタリングを引き起こすが、ニューロリギン2はグルタミン酸レセプターとGABA<sub>A</sub>レセプターのクラスタリングを引き起こす<ref name=ref5><pubmed>15620359</pubmed></ref>。
 4種類あるニューロリギンのうち、[[ニューロリギン1]]は[[グルタミン酸]]作動性シナプス、[[ニューロリギン2]]は[[GABA]]作動性シナプス、[[ニューロリギン3]]はグルタミン酸とGABA作動性シナプスの両者、そして[[ニューロリギン4]]は[[グリシン]]作動性シナプスに局在している<ref><pubmed>26209464</pubmed></ref><ref><pubmed>15540461</pubmed></ref><ref><pubmed>17897391</pubmed></ref><ref><pubmed>21282647</pubmed></ref>。培養系の実験では、ニューロリギン1,3,4はグルタミン酸レセプターのクラスタリングを引き起こすが、ニューロリギン2はグルタミン酸レセプターとGABA<sub>A</sub>レセプターのクラスタリングを引き起こす<ref name=ref5><pubmed>15620359</pubmed></ref>。


 しかしながら、ニューレキシンやニューロリギンの遺伝子欠失動物では、予想に反して、シナプスの大きさや数にほとんど影響が見られない<ref><pubmed>12827191</pubmed></ref><ref><pubmed>16982420</pubmed></ref><ref><pubmed>28472659</pubmed></ref>ことから、これらの分子の存在が中枢シナプス形成にどの程度の意味を持っているのかは、実は明らかではない。ニューレキシンやニューロリギンの他にも、シナプス接着分子はシナプス分化の誘発能を持つものやニューレキシンに結合するものも含めて多数報告されてきており<ref><pubmed>29100073</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>30359597</pubmed></ref><ref name=ref1><pubmed>32359437</pubmed></ref>、冗長性、補償性の高い相互作用システムの一部分である可能性が高い([[シナプス接着因子]]の項参考)。また、同様な証拠から、シナプスオーガナイザーとして知られている[[FGF]]ファミリーや[[Wnt]]ファミリーといった分泌性の因子なども、この冗長な分子ネットワークの一部であると考えられる<ref><pubmed>20646052</pubmed></ref><ref><pubmed>24105999</pubmed></ref><ref><pubmed>29166241</pubmed></ref>。[[線虫]]や[[ショウジョウバエ]]では、変異体スクリーニングなどから、シナプス形成に関わるとされる遺伝子が多く同定されている<ref><pubmed>31037336</pubmed></ref><ref><pubmed>30986749</pubmed></ref><ref><pubmed>32741370</pubmed></ref>。このことからも、[[哺乳類]]の中枢シナプスに関わる分子機構も実際には更に複雑であることが予想される。
 しかしながら、ニューレキシンやニューロリギンの遺伝子欠失動物では、予想に反して、シナプスの大きさや数にほとんど影響が見られない<ref><pubmed>12827191</pubmed></ref><ref><pubmed>16982420</pubmed></ref><ref><pubmed>28472659</pubmed></ref>ことから、これらの分子の存在が中枢シナプス形成にどの程度の意味を持っているのかは、実は明らかではない。ニューレキシンやニューロリギンの他にも、シナプス接着分子はシナプス分化の誘発能を持つものやニューレキシンに結合するものも含めて多数報告されてきており<ref><pubmed>29100073</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>30359597</pubmed></ref><ref name=ref1><pubmed>32359437</pubmed></ref>、冗長性、補償性の高い相互作用システムの一部分である可能性が高い([[シナプス接着因子]]の項参考)。また、同様な証拠から、シナプスオーガナイザーとして知られている[[FGF]]ファミリーや[[Wnt]]ファミリーといった分泌性の因子なども、この冗長な分子ネットワークの一部であると考えられる<ref><pubmed>20646052</pubmed></ref><ref><pubmed>24105999</pubmed></ref><ref><pubmed>29166241</pubmed></ref>。[[線虫]]や[[ショウジョウバエ]]では、変異体スクリーニングなどから、シナプス形成に関わるとされる遺伝子が多く同定されている<ref><pubmed>31037336</pubmed></ref><ref><pubmed>30986749</pubmed></ref><ref><pubmed>32741370</pubmed></ref>。このことからも、[[哺乳類]]の中枢シナプスに関わる分子機構も実際には更に複雑であることが予想される。