「神経型PASドメインタンパク質」の版間の差分

113行目: 113行目:
== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==
 NPASファミリーメンバーの機能異常や発現レベルの変化は、[[神経精神疾患]]、がん、代謝性疾患など、様々なヒトの疾患と関連付けられている。
 NPASファミリーメンバーの機能異常や発現レベルの変化は、[[神経精神疾患]]、がん、代謝性疾患など、様々なヒトの疾患と関連付けられている。
=== NPAS2 ===
=== NPAS2 ===
==== 睡眠障害 ====
==== 睡眠障害 ====
 ヒトにおいてNPAS2遺伝子多型が睡眠相後退症候群や睡眠時間、交代勤務への耐性などに関連する可能性が報告されている<ref name=Evans2013><pubmed>23449886</pubmed></ref><ref name=DallAra2016><pubmed>27301334</pubmed></ref>(Evans et al., 2013; Dall'Ara et al., 2016)。
 ヒトにおいてNPAS2遺伝子多型が[[睡眠相後退症候群]]や睡眠時間、交代勤務への耐性などに関連する可能性が報告されている<ref name=Evans2013><pubmed>23449886</pubmed></ref><ref name=DallAra2016><pubmed>27301334</pubmed></ref>(Evans et al., 2013; Dall'Ara et al., 2016)。
==== 気分障害 ====
==== 気分障害 ====
 概日リズムの乱れが気分障害(うつ病、双極性障害、季節性情動障害)の発症に関与することから、NPAS2遺伝子多型とこれらの疾患リスクとの関連が研究されている<ref name=Mansour2006><pubmed>16507006</pubmed></ref><ref name=Soria2010><pubmed>20072116</pubmed></ref>(Mansour et al., 2006; Soria et al., 2010)。
 概日リズムの乱れが気分障害([[うつ病]]、[[双極性障害]]、[[季節性情動障害]])の発症に関与することから、NPAS2遺伝子多型とこれらの疾患リスクとの関連が研究されている<ref name=Mansour2006><pubmed>16507006</pubmed></ref><ref name=Soria2010><pubmed>20072116</pubmed></ref>(Mansour et al., 2006; Soria et al., 2010)。
==== がん ====
==== ====
 概日時計の破綻はがんリスクを増加させると考えられており、NPAS2の発現異常や遺伝子多型が乳がん、前立腺がん、大腸がんなどの発症リスクや予後に関連するという報告がある<ref name=Zhu2008><pubmed>17453337</pubmed></ref><ref name=Yi2010><pubmed>19649706</pubmed></ref><ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref>(Zhu et al., 2008; Yi et al., 2010; Bersten et al., 2013)。NPAS2のがんにおける役割は、代謝制御との関連も含めて近年注目されている<ref name=Ma2023><pubmed>36978001</pubmed></ref>(Ma et al., 2023)。
 概日時計の破綻は癌リスクを増加させると考えられており、NPAS2の発現異常や[[遺伝子多型]]が[[乳癌]]、[[前立腺癌]]、[[大腸癌]]などの発症リスクや予後に関連するという報告がある<ref name=Zhu2008><pubmed>17453337</pubmed></ref><ref name=Yi2010><pubmed>19649706</pubmed></ref><ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref>(Zhu et al., 2008; Yi et al., 2010; Bersten et al., 2013)。NPAS2の癌における役割は、代謝制御との関連も含めて近年注目されている<ref name=Ma2023><pubmed>36978001</pubmed></ref>(Ma et al., 2023)。
=== NPAS3 ===
=== NPAS3 ===
 統合失調症・双極性障害:NPAS3は、これらの主要な精神疾患との関連が最も強く示唆されているNPASファミリーメンバーである。ヒト染色体14q13.1に位置するNPAS3遺伝子を含む領域の染色体転座が、統合失調症や重度の学習障害を持つ家系で見出されたことが最初の契機となった<ref name=Kamnasaran2003><pubmed>12746393</pubmed></ref> (Kamnasaran et al., 2003)。その後、大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS[genome-wide association study])や候補遺伝子関連解析により、NPAS3遺伝子内のSNPやコピー数変異(CNV[copy number variation])が統合失調症や双極性障害のリスクと有意に関連することが複数の研究で報告されている<ref name=Pickard2009><pubmed>18317462</pubmed></ref>(Pickard et al., 2009)。NPAS3ノックアウトマウスが示す神経発達異常や行動異常(多動性、学習障害、社会性行動の変化、抗精神病薬への反応性変化など)も、これらの疾患の病態モデルとしてNPAS3の重要性を支持している<ref name=Brunskill2005><pubmed>16190882</pubmed></ref><ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Brunskill et al., 2005; Michaelson et al., 2017)。
==== 統合失調症・双極性障害 ====
 NPAS3は、これらの主要な精神疾患との関連が最も強く示唆されているNPASファミリーメンバーである。ヒト染色体14q13.1に位置するNPAS3遺伝子を含む領域の染色体転座が、[[統合失調症]]や重度の[[学習障害]]を持つ家系で見出されたことが最初の契機となった<ref name=Kamnasaran2003><pubmed>12746393</pubmed></ref> (Kamnasaran et al., 2003)。その後、大規模な[[ゲノムワイド関連解析]]([[genome-wide association study]], [[GWAS]])や候補遺伝子関連解析により、NPAS3遺伝子内の[[SNP]]や[[コピー数変異]]([[copy number variation]], [[CNV]])が統合失調症や双極性障害のリスクと有意に関連することが複数の研究で報告されている<ref name=Pickard2009><pubmed>18317462</pubmed></ref>(Pickard et al., 2009)。
 
 ノックアウトマウスが示す神経発達異常や行動異常([[多動性]]、[[学習障害]]、[[社会性行動]]の変化、[[抗精神病薬]]への反応性変化など)も、これらの疾患の病態モデルとしてNPAS3の重要性を支持している<ref name=Brunskill2005><pubmed>16190882</pubmed></ref><ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Brunskill et al., 2005; Michaelson et al., 2017)。
 
==== 知的障害・発達障害 ====
==== 知的障害・発達障害 ====
 上記の染色体異常の報告に加え、NPAS3遺伝子の変異が知的障害や発達遅延を伴う症例で報告されている<ref name=Kamnasaran2003><pubmed>12746393</pubmed></ref>(Kamnasaran et al., 2003)。実際に、脆弱X症候群(Fragile X syndrome)のモデルマウスにおいて、感覚過敏性がNPAS4依存的な抑制機能によってレスキューされることが示されている<ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Michaelson et al., 2017)。
 上記の染色体異常の報告に加え、NPAS3遺伝子の変異が知的障害や発達遅延を伴う症例で報告されている<ref name=Kamnasaran2003><pubmed>12746393</pubmed></ref>(Kamnasaran et al., 2003)。実際に、脆弱X症候群(Fragile X syndrome)のモデルマウスにおいて、感覚過敏性がNPAS4依存的な抑制機能によってレスキューされることが示されている<ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Michaelson et al., 2017)。
==== がん ====
 
 神経膠腫や肺がんなど、いくつかのがん種においてNPAS3の発現変化や機能的役割が報告され始めている<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref><ref name=Yu2024><pubmed>39246674</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013; Yu et al., 2024)。
==== ====
 [[神経膠腫]]や肺癌など、いくつかの癌種においてNPAS3の発現変化や機能的役割が報告され始めている<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref><ref name=Yu2024><pubmed>39246674</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013; Yu et al., 2024)。
=== NPAS4===
=== NPAS4===
==== てんかん ====
==== てんかん ====
 てんかん発作は強力な神経活動刺激であり、発作時にNPAS4の発現が海馬などで著しく誘導される(Lin et al., 2008)。NPAS4は抑制性シナプスの形成を促進することから、発作後の神経回路の過剰興奮を抑制する保護的な役割(抗てんかん作用)を持つと考えられている。実際に、NPAS4欠損マウスは、薬物誘発性てんかん発作に対する感受性が亢進し、発作重症度が増加することが示されている<ref name=Shan2018><pubmed>29222951</pubmed></ref>(Shan et al., 2018)。
 [[てんかん]]発作は強力な神経活動刺激であり、発作時にNPAS4の発現が海馬などで著しく誘導される(Lin et al., 2008)。NPAS4は抑制性シナプスの形成を促進することから、発作後の神経回路の過剰興奮を抑制する保護的な役割(抗てんかん作用)を持つと考えられている。実際に、NPAS4欠損マウスは、薬物誘発性てんかん発作に対する感受性が亢進し、発作重症度が増加することが示されている<ref name=Shan2018><pubmed>29222951</pubmed></ref>(Shan et al., 2018)。


 脳梗塞・神経変性疾患:脳虚血などの神経傷害後にもNPAS4の発現が誘導され、神経保護に関与する可能性が示唆されている<ref name=Shamloo2006><pubmed>17156197</pubmed></ref><ref name=Takahashi2021><pubmed>34349016</pubmed></ref>(Shamloo et al., 2006; Takahashi et al., 2021)。その機能不全が神経変性疾患の病態に関わる可能性も研究されている。
==== 脳梗塞・神経変性疾患 ====
不安障害・PTSD(post-traumatic stress disorder):扁桃体におけるNPAS4の機能は恐怖記憶の形成と消去に関与するため、その調節異常が不安障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)の病態に関与する可能性が考えられている<ref name=Ploski2011><pubmed>21887312</pubmed></ref>(Ploski et al., 2011)。
 脳虚血などの神経傷害後にもNPAS4の発現が誘導され、神経保護に関与する可能性が示唆されている<ref name=Shamloo2006><pubmed>17156197</pubmed></ref><ref name=Takahashi2021><pubmed>34349016</pubmed></ref>(Shamloo et al., 2006; Takahashi et al., 2021)。その機能不全が神経変性疾患の病態に関わる可能性も研究されている。
==== 不安障害・心的外傷後ストレス障害 ====
 扁桃体におけるNPAS4の機能は恐怖記憶の形成と消去に関与するため、その調節異常が不安障害や[[心的外傷後ストレス障害]]([[posttraumatic stress disorder]], [[PTSD]])の病態に関与する可能性が考えられている<ref name=Ploski2011><pubmed>21887312</pubmed></ref>(Ploski et al., 2011)。


==== 依存症 ====
==== 依存症 ====
 薬物(コカインなど)投与によって線条体などでNPAS4の発現が誘導され、薬物に対する報酬学習や精神刺激薬感受性、依存からの再燃に関与することが示唆されている<ref name=Taniguchi2017><pubmed>28957664</pubmed></ref>(Taniguchi et al., 2017)。
 薬物([[コカイン]]など)投与によって[[線条体]]などでNPAS4の発現が誘導され、薬物に対する報酬学習や精神刺激薬感受性、依存からの再燃に関与することが示唆されている<ref name=Taniguchi2017><pubmed>28957664</pubmed></ref>(Taniguchi et al., 2017)。
==== 自閉スペクトラム症( ====
==== 自閉スペクトラム症====
 病態仮説の一つである神経回路の興奮/抑制バランスの破綻において、NPAS4が重要な役割を果たしている可能性が注目されている。NPAS4の機能異常とASD病態との関連、および治療標的としての可能性が探求されている<ref name=Rein2021><pubmed>32099100</pubmed></ref>(Rein et al., 2021)。
 病態仮説の一つである神経回路の興奮/抑制バランスの破綻において、NPAS4が重要な役割を果たしている可能性が注目されている。NPAS4の機能異常とASD病態との関連、および治療標的としての可能性が探求されている<ref name=Rein2021><pubmed>32099100</pubmed></ref>(Rein et al., 2021)。