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<font size="+1">[http://www.med.nagoya-cu.ac.jp/w3med/research/reports/results/011.html 澤田 雅人]、[http://researchmap.jp/kazunobusawamoto 澤本 和延]</font><br> | |||
''名古屋市立大学 大学院医学研究科 再生医学分野 大学院医学研究科''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年12月10日 原稿完成日:2013年3月24日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br> | |||
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英:Ependymal cells, Ependyma | 英:Ependymal cells, Ependyma | ||
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上衣細胞は、[[脳室]]系の壁を構成する[[wikipedia:ja:上皮細胞|上皮細胞]]の一種である。脳室とは、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の[[中枢神経]]系の内部に存在する[[脳脊髄液]]で満たされた空間であり、[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]では[[前脳]]に存在する2つの[[側脳室]]、間脳に存在する[[第3脳室]]、[[小脳]]と[[脳橋]]の間に位置する[[第4脳室]]で構成されている(図1)。側脳室と第3脳室は[[モンロー孔]]でつながっており、第3脳室は[[中脳水道]]を介して第4脳室へ、さらに[[脊髄中心管]]へと続く。上衣細胞は一般的に多数の[[wikipedia:ja:運動性繊毛|運動性繊毛]]を有しており、脳室系の内腔表面を覆って脳室と脳実質組織の間の境界を形成し、脳脊髄液の循環などに関与していると考えられている<ref><pubmed> 19838012</pubmed></ref><ref>黄詩惠、廣田ゆき、澤本和延<br>神経組織における繊毛の役割.<br>細胞工学:2009, 28, 1016-1020.</ref><ref>黄詩惠、廣田ゆき、澤本和延<br>発達期における上衣細胞繊毛の成熟と脳脊髄液循環.<br>小児の脳神経:2009, 34, 10-15.</ref>。上衣細胞に関する近年の研究についてはMeunierらの総説<ref name=ref4>Meunier, A., Sawamoto, K., Spassky, N.<br>Chapter 86. Ependyma, Choroid.<br>Developmental Neuroscience: A comprehensive reference (ed A. Alvarez-Buylla, et al.,):Elsevier, In press</ref>に詳細に解説されている。ここでは、発生、種類と形態、機能について概説する。 | 上衣細胞は、[[脳室]]系の壁を構成する[[wikipedia:ja:上皮細胞|上皮細胞]]の一種である。脳室とは、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の[[中枢神経]]系の内部に存在する[[脳脊髄液]]で満たされた空間であり、[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]では[[前脳]]に存在する2つの[[側脳室]]、間脳に存在する[[第3脳室]]、[[小脳]]と[[脳橋]]の間に位置する[[第4脳室]]で構成されている(図1)。側脳室と第3脳室は[[モンロー孔]]でつながっており、第3脳室は[[中脳水道]]を介して第4脳室へ、さらに[[脊髄中心管]]へと続く。上衣細胞は一般的に多数の[[wikipedia:ja:運動性繊毛|運動性繊毛]]を有しており、脳室系の内腔表面を覆って脳室と脳実質組織の間の境界を形成し、脳脊髄液の循環などに関与していると考えられている<ref><pubmed> 19838012</pubmed></ref><ref>黄詩惠、廣田ゆき、澤本和延<br>神経組織における繊毛の役割.<br>細胞工学:2009, 28, 1016-1020.</ref><ref>黄詩惠、廣田ゆき、澤本和延<br>発達期における上衣細胞繊毛の成熟と脳脊髄液循環.<br>小児の脳神経:2009, 34, 10-15.</ref>。上衣細胞に関する近年の研究についてはMeunierらの総説<ref name=ref4>Meunier, A., Sawamoto, K., Spassky, N.<br>Chapter 86. Ependyma, Choroid.<br>Developmental Neuroscience: A comprehensive reference (ed A. Alvarez-Buylla, et al.,):Elsevier, In press</ref>に詳細に解説されている。ここでは、発生、種類と形態、機能について概説する。 | ||
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[[Image:Fig1-ependyma.jpg|thumb|300px|'''図1. 脳室構造と上衣細胞'''<br>(A) 齧歯類の脳室構造。(B, C) マウス側脳室外壁の走査電子顕微鏡写真。脳室面は多くの可動性繊毛を持つ上衣細胞で覆われている (B)。上衣細胞繊毛は協調的に運動する (C) ((B) 文献<ref name=ref44 />より改変。(C) 文献<ref name=ref27 />より改変)。(D) 側脳室外壁に隣接する脳室下帯。側脳室に面した上衣細胞の隙間からアストロサイトの形態を持つ神経幹細胞が一次繊毛を伸長している。神経幹細胞は一過性増殖細胞を経て、新生ニューロンを産生する。]] | [[Image:Fig1-ependyma.jpg|thumb|300px|'''図1. 脳室構造と上衣細胞'''<br>(A) 齧歯類の脳室構造。(B, C) マウス側脳室外壁の走査電子顕微鏡写真。脳室面は多くの可動性繊毛を持つ上衣細胞で覆われている (B)。上衣細胞繊毛は協調的に運動する (C) ((B) 文献<ref name=ref44 />より改変。(C) 文献<ref name=ref27 />より改変)。(D) 側脳室外壁に隣接する脳室下帯。側脳室に面した上衣細胞の隙間からアストロサイトの形態を持つ神経幹細胞が一次繊毛を伸長している。神経幹細胞は一過性増殖細胞を経て、新生ニューロンを産生する。]] | ||
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===分子機構 === | ===分子機構 === | ||
上衣細胞の発生において、[[FoxJ1]]及びそれに関連する[[転写因子]]群が上衣細胞の分化過程に関与することが示されている。FoxJ1は[[forkhead (Fox) DNA結合ドメイン]]を持つ転写因子の1つで、運動性繊毛を持つ細胞に特異的に発現している。FoxJ1欠損マウスでは、繊毛運動に関与する[[モータータンパク質]]である[[ | 上衣細胞の発生において、[[FoxJ1]]及びそれに関連する[[転写因子]]群が上衣細胞の分化過程に関与することが示されている。FoxJ1は[[forkhead (Fox) DNA結合ドメイン]]を持つ転写因子の1つで、運動性繊毛を持つ細胞に特異的に発現している。FoxJ1欠損マウスでは、繊毛運動に関与する[[モータータンパク質]]である[[ダイニン]]及び[[キネシン]]が減少するため、基底小体の細胞膜への移動及び繊毛形成ができない<ref><pubmed> 10873152</pubmed></ref><ref><pubmed> 19906869</pubmed></ref><ref><pubmed> 19011629</pubmed></ref><ref><pubmed> 19011630</pubmed></ref>。また、FoxJ1は[[E-cadherin]]や[[N-cadherin]]に結合する[[アダプタータンパク質]][[アンキリンG]] ([[Ank3]]) の発現を制御しており、Ank3変異マウスでは発達途中の上衣細胞同士の細胞膜結合や[[接着結合]]が減少して、正常に分化できないことが報告されている<ref><pubmed> 21745638</pubmed></ref>。さらに、FoxJ1[[プロモーター]]結合因子の1つである[[regulatory factor X-3]] ([[RFX3]]) は、ダイニン遺伝子のプロモーター配列にも結合し、発達中の上衣細胞における繊毛の伸長や繊毛運動の頻度に影響を及ぼすことが示唆されている<ref><pubmed> 19671664</pubmed></ref>。 | ||
上衣細胞から発生した腫瘍が上衣細胞腫である。中枢神経系腫瘍の10%を占め、典型的な上衣細胞の微細構造や免疫組織化学的特徴を示す<ref><pubmed> 9812425</pubmed></ref>。腫瘍化の原因として、放射状グリアの分裂面の配向性や接着結合、[[Notch]]シグナル制御の異常が示唆されている<ref><pubmed> 17179988</pubmed></ref>。 | |||
===成熟の分子機構 === | ===成熟の分子機構 === | ||
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上衣細胞同士の密着結合は細胞全周性に形成されていない。それゆえ上衣細胞間の「隙間」を介して脳実質と脳脊髄液の間で物質交換が可能になっている。生理的な条件下において、脳実質の細胞外液が脳脊髄液へ拡散することが観察されており、脳実質で生じた排出物の除去に寄与していると考えられている<ref name="ref53"><pubmed> 5634005</pubmed></ref>。ただし、この物質拡散の流れは静圧や浸透圧の変化によって逆になることもあり、この場合、脳脊髄液中の様々な物質は脳実質内へと移行する<ref name="ref54"><pubmed> 7356021</pubmed></ref><ref name="ref55"><pubmed> 3115117</pubmed></ref>。 | 上衣細胞同士の密着結合は細胞全周性に形成されていない。それゆえ上衣細胞間の「隙間」を介して脳実質と脳脊髄液の間で物質交換が可能になっている。生理的な条件下において、脳実質の細胞外液が脳脊髄液へ拡散することが観察されており、脳実質で生じた排出物の除去に寄与していると考えられている<ref name="ref53"><pubmed> 5634005</pubmed></ref>。ただし、この物質拡散の流れは静圧や浸透圧の変化によって逆になることもあり、この場合、脳脊髄液中の様々な物質は脳実質内へと移行する<ref name="ref54"><pubmed> 7356021</pubmed></ref><ref name="ref55"><pubmed> 3115117</pubmed></ref>。 | ||
上衣細胞の隙間を通じた物質の受動拡散に加えて、上衣細胞の細胞質を介した積極的な物質輸送も存在する。上衣細胞が発現する[[ | 上衣細胞の隙間を通じた物質の受動拡散に加えて、上衣細胞の細胞質を介した積極的な物質輸送も存在する。上衣細胞が発現する[[グルコース輸送体]][[GLUT1]]/[[GLUT2|2]]、[[Na+/K+/Cl-共輸送体|Na<sup>+</sup>/K<sup>+</sup>/Cl<sup>-</sup>共輸送体]]、[[モノカルボン酸輸送体]][[MCT1]]などは、これらの物質輸送の際に水分子を[[wikipedia:ja:浸透圧|浸透圧]]に逆らって輸送する<ref name="ref56"><pubmed> 19761815</pubmed></ref>。[[水分子輸送]]体である[[aquaporin]]も上衣細胞に発現が認められる<ref name="ref57"><pubmed> 10613514</pubmed></ref><ref name="ref58"><pubmed> 19170255</pubmed></ref><ref name="ref59"><pubmed> 11027599</pubmed></ref><ref name="ref60"><pubmed> 7508187</pubmed></ref>が、実際に水分子の輸送に関与しているかは明らかにされていない。上衣細胞の膜上に発現する輸送体を介した積極的な物質輸送が水及びイオン濃度の調節を担い、脳内浸透圧の恒常性に寄与していると考えられる。 | ||
主に第3脳室に存在する伸長上衣細胞の正確な機能は不明であるが、脳脊髄液から脳実質内への物質輸送を行っている可能性が考えられている。実際に、[[卵巣ホルモン]]依存的に伸長上衣細胞が[[IGF1]]を脳脊髄液から取り込み、放射状の突起先端へ輸送したり、逆に[[下垂体門脈]]に伸ばした突起終末から物質を分泌したりすることが報告されている<ref name="ref61"><pubmed> 10842239</pubmed></ref><ref name="ref62"><pubmed> 11999726</pubmed></ref>。 | 主に第3脳室に存在する伸長上衣細胞の正確な機能は不明であるが、脳脊髄液から脳実質内への物質輸送を行っている可能性が考えられている。実際に、[[卵巣ホルモン]]依存的に伸長上衣細胞が[[IGF1]]を脳脊髄液から取り込み、放射状の突起先端へ輸送したり、逆に[[下垂体門脈]]に伸ばした突起終末から物質を分泌したりすることが報告されている<ref name="ref61"><pubmed> 10842239</pubmed></ref><ref name="ref62"><pubmed> 11999726</pubmed></ref>。 | ||
=== 防御システム === | === 防御システム === | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> | ||