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これらの発見とそれに続く研究により、NPASファミリーが神経系の発生、[[シナプス機能]]、[[可塑性]]、[[学習]]・[[記憶]]、概日リズム、[[代謝]]調節など、極めて多様な生命現象において重要な役割を担っていることが明らかになった。特にNPAS3とNPAS4は神経系での発現が顕著であることから"neuronal" PAS domain proteinと命名された経緯があるが、NPAS1やNPAS2のように神経系以外の組織([[肝臓]]、[[肺]]など)での機能も報告されている<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013)。 | これらの発見とそれに続く研究により、NPASファミリーが神経系の発生、[[シナプス機能]]、[[可塑性]]、[[学習]]・[[記憶]]、概日リズム、[[代謝]]調節など、極めて多様な生命現象において重要な役割を担っていることが明らかになった。特にNPAS3とNPAS4は神経系での発現が顕著であることから"neuronal" PAS domain proteinと命名された経緯があるが、NPAS1やNPAS2のように神経系以外の組織([[肝臓]]、[[肺]]など)での機能も報告されている<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013)。 | ||
[[ファイル:Tsuboi NPAS Fig1.png|サムネイル|'''図1. ヒトNPAS1-4タンパク質の一次構造'''<br>ヒトNPAS1-4タンパク質における3つのドメインの配置図。]] | |||
[[ファイル:Tsuboi NPAS Fig2.png|サムネイル|'''図2. マウスNPAS4-ARNT-E-box複合体の3次元構造'''<br>マウスNPAS4-ARNT2-DNA(E-box)複合体の3次元構造の模式図。DNA結合に必要なbHLHドメイン、および、二量体形成に必要なPAS-Aドメインの位置を示す。文献<ref name=Sun2022><pubmed>36343253</pubmed></ref>(Sun, X., et al.(2022)の図を改変。]] | |||
== サブファミリーと構造 == | == サブファミリーと構造 == | ||
哺乳類ではNPASは共通のドメイン構造を持つNPAS1からNPAS4の4つのメンバーによって構成される<ref name=Gu2000><pubmed>10836146</pubmed></ref><ref name=Kewley2004><pubmed>14643885</pubmed></ref>(Gu et al., 2000; Kewley et al., 2004)(''' | 哺乳類ではNPASは共通のドメイン構造を持つNPAS1からNPAS4の4つのメンバーによって構成される<ref name=Gu2000><pubmed>10836146</pubmed></ref><ref name=Kewley2004><pubmed>14643885</pubmed></ref>(Gu et al., 2000; Kewley et al., 2004)('''図1''')。これらはアミノ酸配列、特にbHLHドメインとPASドメインにおいて高い相同性を示すが、それぞれ異なる遺伝子にコードされ、発現パターンや生理機能、制御機構において独自の特徴を持つ。 | ||
NPASは[[細胞質]]または[[核]]内で、他の転写因子とヘテロ二量体を形成する<ref name=Greb-Markiewicz2018><pubmed>29899116</pubmed></ref>(Greb-Markiewicz, et al. 2018)。複合体として核内に移行、あるいは核内で複合体が形成されると、標的遺伝子の調節領域に存在する[[E-box]]配列に結合することで、リクルートした転写共役因子群とともに[[クロマチン]]構造の変化や[[RNAポリメラーゼII]]を動員する。その結果、転写を活性化または抑制する。Npas1, 3, 4は[[ARNT]]/[[ARNT2]]と、Npas2は[[BMAL1]]/[[BMAL2]]と結合し、[[PASドメイン]]間の相互作用を介して[[bHLHドメイン]]による二量体形成を安定化させる<ref name=Wu2016><pubmed> 27782878 </pubmed></ref>(Wu et al., 2016)。 | NPASは[[細胞質]]または[[核]]内で、他の転写因子とヘテロ二量体を形成する<ref name=Greb-Markiewicz2018><pubmed>29899116</pubmed></ref>(Greb-Markiewicz, et al. 2018)。複合体として核内に移行、あるいは核内で複合体が形成されると、標的遺伝子の調節領域に存在する[[E-box]]配列に結合することで、リクルートした転写共役因子群とともに[[クロマチン]]構造の変化や[[RNAポリメラーゼII]]を動員する。その結果、転写を活性化または抑制する。Npas1, 3, 4は[[ARNT]]/[[ARNT2]]と、Npas2は[[BMAL1]]/[[BMAL2]]と結合し、[[PASドメイン]]間の相互作用を介して[[bHLHドメイン]]による二量体形成を安定化させる<ref name=Wu2016><pubmed> 27782878 </pubmed></ref>(Wu et al., 2016)。 | ||
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bHLHドメインのC末端側に隣接して、約70アミノ酸からなる[[PASリピート]]が2つ([[PAS-A]]と[[PAS-B]])存在する。これらは[[βシート]]と[[αヘリックス]]からなる特徴的なフォールド構造を形成し、以下の多様な機能を持つ<ref name=Taylor1999><pubmed>10357859</pubmed></ref><ref name=Kewley2004><pubmed>14643885</pubmed></ref>(Taylor & Zhulin, 1999; Kewley et al., 2004)('''図2''')。 | bHLHドメインのC末端側に隣接して、約70アミノ酸からなる[[PASリピート]]が2つ([[PAS-A]]と[[PAS-B]])存在する。これらは[[βシート]]と[[αヘリックス]]からなる特徴的なフォールド構造を形成し、以下の多様な機能を持つ<ref name=Taylor1999><pubmed>10357859</pubmed></ref><ref name=Kewley2004><pubmed>14643885</pubmed></ref>(Taylor & Zhulin, 1999; Kewley et al., 2004)('''図2''')。 | ||
PASドメイン内部には疎水性のポケット構造が存在し、低分子リガンドや補因子を結合することができる。特にNPAS2は、そのPAS-Aドメインに[[ヘム]]を共有結合しており、細胞内のガス状分子([[一酸化炭素]]〔[[CO]]〕や[[酸素]]〔O<sub>2</sub>〕)の濃度変化を感知するセンサーとして機能し、リガンド結合状態に応じて転写活性が変化する可能性が強く示唆されている<ref name=Dioum2002><pubmed>12446832</pubmed></ref><ref name=Ascenzi2004><pubmed>15370879</pubmed></ref>(Dioum et al., 2002; Ascenzi et al., 2004)。NPAS1, 3, 4に関しても、PAS-Bドメイン内にリガンド結合ポケットが存在することが結晶構造解析により明らかにされ、内因性リガンドの存在や、これらのポケットを標的とした低分子化合物による機能制御(創薬標的としての可能性)が期待されている<ref name=Wu2016><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name= | PASドメイン内部には疎水性のポケット構造が存在し、低分子リガンドや補因子を結合することができる。特にNPAS2は、そのPAS-Aドメインに[[ヘム]]を共有結合しており、細胞内のガス状分子([[一酸化炭素]]〔[[CO]]〕や[[酸素]]〔O<sub>2</sub>〕)の濃度変化を感知するセンサーとして機能し、リガンド結合状態に応じて転写活性が変化する可能性が強く示唆されている<ref name=Dioum2002><pubmed>12446832</pubmed></ref><ref name=Ascenzi2004><pubmed>15370879</pubmed></ref>(Dioum et al., 2002; Ascenzi et al., 2004)。NPAS1, 3, 4に関しても、PAS-Bドメイン内にリガンド結合ポケットが存在することが結晶構造解析により明らかにされ、内因性リガンドの存在や、これらのポケットを標的とした低分子化合物による機能制御(創薬標的としての可能性)が期待されている<ref name=Wu2016><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name=Sun2022><pubmed>36343253</pubmed></ref>(Wu et al., 2016; Sun et al., 2022)。 | ||
リガンド結合部位以外にも、他のシグナル伝達分子や[[シャペロン]](例:[[HSP90]])との相互作用部位として機能することが知られている。 | リガンド結合部位以外にも、他のシグナル伝達分子や[[シャペロン]](例:[[HSP90]])との相互作用部位として機能することが知られている。 | ||
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=== 細胞内分布 === | === 細胞内分布 === | ||
いずれも転写因子であるため、その主要な機能部位は細胞核内である。細胞質で合成された後、[[核移行シグナル]]([[nuclear localization signal]], NLS)やパートナー分子との結合などによって核内に輸送されると考えられる。核内では、パートナー分子とヘテロ二量体を形成し、標的遺伝子のDNA(E-box配列)に結合して転写複合体を形成する。NPAS4は、神経活動に応じて発現量がダイナミックに変化し、核内存在量や活性が時間経過と共に厳密に制御されていると考えられる。一部のbHLH-PASタンパク質では、[[リン酸化]]などの[[翻訳後修飾]]によって核-細胞質間シャトリングが制御される例も知られており<ref name=Kondratov2003><pubmed>12897057</pubmed></ref>(Kondratov et al., 2003)、NPASファミリーにおいても同様の制御機構が存在する可能性が考えられるが、詳細なメカニズムはまだ十分に解明されていない。 | いずれも転写因子であるため、その主要な機能部位は細胞核内である。細胞質で合成された後、[[核移行シグナル]]([[nuclear localization signal]], NLS)やパートナー分子との結合などによって核内に輸送されると考えられる。核内では、パートナー分子とヘテロ二量体を形成し、標的遺伝子のDNA(E-box配列)に結合して転写複合体を形成する。NPAS4は、神経活動に応じて発現量がダイナミックに変化し、核内存在量や活性が時間経過と共に厳密に制御されていると考えられる。一部のbHLH-PASタンパク質では、[[リン酸化]]などの[[翻訳後修飾]]によって核-細胞質間シャトリングが制御される例も知られており<ref name=Kondratov2003><pubmed>12897057</pubmed></ref>(Kondratov et al., 2003)、NPASファミリーにおいても同様の制御機構が存在する可能性が考えられるが、詳細なメカニズムはまだ十分に解明されていない。 | ||
[[ファイル:Tsuboi NPAS Fig3.png|サムネイル|'''図3. 健常時と損傷時の脳におけるNPAS4の役割'''<br>健常時にNPAS4は、興奮性ニューロンでの標的遺伝子(BDNFなど)を活性化させて、抑制性シナプスの数を増加させることで、回路全体の活動を低下させる一方、抑制性ニューロンでの標的遺伝子(MDM2など)を不活性化させて、シナプス形成を促進しGABAの放出を増加させることで、回路全体の活動を低下させるという、恒常的な可塑性を維持する役割を果たす。<br> | |||
脳梗塞時にNpas4は、興奮性ニューロンでの標的遺伝子(GEMなど)を活性化させて、[[L型電位依存性カルシウムチャネル]]の細胞膜への局在をブロックすることで、細胞内へのCa<sup>2+</sup>流入を減少させ、神経細胞死を抑制するという神経保護の役割を果たす。]] | |||
[[ファイル:Tsuboi NPAS Fig4.png|サムネイル|'''図4. 神経活動依存的なDNA切断とその修復におけるNPAS4の役割'''<br>Fos, Npas4, Egr1などの最初期遺伝子(immediately early gene: IEG)のプロモーターでは、感覚刺激によりtopoisomerase IIβ(TOP2B)を介してDNA二本鎖切断(double-strand break: DSB)が形成される。マウス海馬ニューロンをカイニン酸で刺激した2時間後に観察されるDSB部位の大部分(69%)は、NPAS4/ARNTヘテロダイマーが最も多く結合しているNpas4遺伝子座と重なっていた(Pollina et al. 2023)。NPAS4/ARNTとNuA4(lysine acetyltransferaseのTIP60を含む)の複合体は、神経活動により生じた二本鎖切断を、DSB修復タンパク質MRE1とRAD50をリクルートすることにより修復する。尚、Npas4プロモーターは感覚刺激により二本鎖切断を受けるが、NPAS4結合部位を含んでいるので、神経活動により誘導されたDSBをNPAS4がフィードバック制御していることになる(Delint-Ramirez I & Madabhushi R.(2023)の図を改変)。]] | |||
== 機能 == | == 機能 == | ||
[[転写調節因子]]としての機能を通じて、個体レベルでの多様な生理現象に関与する。 | [[転写調節因子]]としての機能を通じて、個体レベルでの多様な生理現象に関与する。 | ||
=== 分子レベル === | === 分子レベル === | ||
==== 転写調節 ==== | ==== 転写調節 ==== | ||
最も基本的な分子機能は、転写因子としての役割である。適切なパートナーと安定なヘテロ二量体を形成した後、標的遺伝子の[[プロモーター]]や[[エンハンサー]]領域に存在する[[E-boxコンセンサス配列]](主にCACGTGまたはその周辺配列)に特異的に結合する<ref name=Wu2016><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name=Sun2022><pubmed>36343253</pubmed></ref>(Wu et al., 2016; Sun et al. 2022)。結合後、C末端領域などを介して[[転写コアクチベーター]](例:[[サイクリックAMP応答因子結合タンパク質]] ([[cyclic AMP response element-binding protein]], [[CBP]]/[[p300]])、[[ヒストンアセチル基転移酵素]] ([[HAT]]]]、[[steroid receptor coactivator 1]] ([[SRC-1]])や[[コリプレッサー]](例:ヒストン脱アセチル化酵素 (histon deacetylase, HDAC)、[[nuclear receptor co-repressor]] ([[NCoR]])/[[silencing mediator of retinoic acid and thyroid hormone receptor]] ([[SMRT]]))をリクルートすることにより、標的遺伝子の転写を活性化または抑制する<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref><ref name=Luoma2018><pubmed>30509165</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013; Luoma and Berry, 2018)。どの共役因子をリクルートするかは、NPASメンバーの種類、細胞種、細胞の状態、あるいはプロモーターの文脈によって変化する可能性がある。 | 最も基本的な分子機能は、転写因子としての役割である。適切なパートナーと安定なヘテロ二量体を形成した後、標的遺伝子の[[プロモーター]]や[[エンハンサー]]領域に存在する[[E-boxコンセンサス配列]](主にCACGTGまたはその周辺配列)に特異的に結合する<ref name=Wu2016><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name=Sun2022><pubmed>36343253</pubmed></ref>(Wu et al., 2016; Sun et al. 2022)。結合後、C末端領域などを介して[[転写コアクチベーター]](例:[[サイクリックAMP応答因子結合タンパク質]] ([[cyclic AMP response element-binding protein]], [[CBP]]/[[p300]])、[[ヒストンアセチル基転移酵素]] ([[HAT]]]]、[[steroid receptor coactivator 1]] ([[SRC-1]])や[[コリプレッサー]](例:ヒストン脱アセチル化酵素 (histon deacetylase, HDAC)、[[nuclear receptor co-repressor]] ([[NCoR]])/[[silencing mediator of retinoic acid and thyroid hormone receptor]] ([[SMRT]]))をリクルートすることにより、標的遺伝子の転写を活性化または抑制する<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref><ref name=Luoma2018><pubmed>30509165</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013; Luoma and Berry, 2018)。どの共役因子をリクルートするかは、NPASメンバーの種類、細胞種、細胞の状態、あるいはプロモーターの文脈によって変化する可能性がある。 | ||
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==== リガンド応答性 ==== | ==== リガンド応答性 ==== | ||
NPAS2は[[ヘム]]をリガンドとして結合し、細胞内のガス状分子([[CO]], [[酸素|O<sub>2</sub>]], [[NO]])の濃度変化に応じてその立体構造や転写活性が変化する可能性が示唆されている<ref name=Dioum2002><pubmed>12446832</pubmed></ref><ref name=Gilles-Gonzalez2005><pubmed>15598487</pubmed></ref>(Dioum et al., 2002; Gilles-Gonzalez & Gonzalez, 2005)。これにより、NPAS2は細胞の代謝状態(例:ヘム生合成レベル)やガス環境を感知し、概日リズムや代謝関連遺伝子の発現を調節する役割を担っていると考えられる<ref name=Kitanishi2008><pubmed>18479150</pubmed></ref>(Kitanishi et al., 2008)。NPAS1, 3, 4も、PAS-Bドメイン内にリガンド結合ポケットを有することが構造的に示されており<ref name=Wu2016><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name= | NPAS2は[[ヘム]]をリガンドとして結合し、細胞内のガス状分子([[CO]], [[酸素|O<sub>2</sub>]], [[NO]])の濃度変化に応じてその立体構造や転写活性が変化する可能性が示唆されている<ref name=Dioum2002><pubmed>12446832</pubmed></ref><ref name=Gilles-Gonzalez2005><pubmed>15598487</pubmed></ref>(Dioum et al., 2002; Gilles-Gonzalez & Gonzalez, 2005)。これにより、NPAS2は細胞の代謝状態(例:ヘム生合成レベル)やガス環境を感知し、概日リズムや代謝関連遺伝子の発現を調節する役割を担っていると考えられる<ref name=Kitanishi2008><pubmed>18479150</pubmed></ref>(Kitanishi et al., 2008)。NPAS1, 3, 4も、PAS-Bドメイン内にリガンド結合ポケットを有することが構造的に示されており<ref name=Wu2016><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name=Sun2022><pubmed>36343253</pubmed></ref>(Wu et al., 2016; Sun et al., 2022)('''図2''')、これらのタンパク質は未知の内因性リガンドによって活性が制御されている可能性が考えられる。 | ||
==== 転写共役因子との相互作用 ==== | ==== 転写共役因子との相互作用 ==== | ||
NPASタンパク質のC末端領域は、転写調節に必須なコアクチベーター(例:CBP/p300, HAT)やコリプレッサー(例:HDAC)との相互作用部位を含む<ref name=Luoma2018><pubmed>30509165</pubmed></ref>(Luoma and Berry, 2018)。これらの相互作用を通じて、ヒストンのアセチル化・脱アセチル化などのクロマチン修飾を誘導し、標的遺伝子の転写効率を精密に制御する。 | NPASタンパク質のC末端領域は、転写調節に必須なコアクチベーター(例:CBP/p300, HAT)やコリプレッサー(例:HDAC)との相互作用部位を含む<ref name=Luoma2018><pubmed>30509165</pubmed></ref>(Luoma and Berry, 2018)。これらの相互作用を通じて、ヒストンのアセチル化・脱アセチル化などのクロマチン修飾を誘導し、標的遺伝子の転写効率を精密に制御する。 | ||
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==== NPAS4 ==== | ==== NPAS4 ==== | ||
===== 神経活動依存的な遺伝子発現のマスターレギュレーター ===== | ===== 神経活動依存的な遺伝子発現のマスターレギュレーター ===== | ||
ニューロンが活動すると迅速に発現が誘導され、その後、抑制性シナプスの形成や機能に関わる遺伝子群([[glutamate decarboxylase 1]]/[[glutamate decarboxylase 2|2]] ([[GAD1]])/[[GAD2|2]]), [[ソマトスタチン]] ([[SST]])、[[神経栄養因子]]([[brain-derived neurotrophic factor]], [[BDNF]])、[[イオンチャネル]]、その他の転写因子など、多岐にわたる標的遺伝子の発現を協調的に制御する<ref name=Lin2008><pubmed>18815592</pubmed></ref><ref name=Bloodgood2013><pubmed>24201284</pubmed></ref><ref name=Pollina2023><pubmed>36792830</pubmed></ref>(Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013; Spiegel et al., 2014; Pollina et al. 2023)。これにより、神経回路の活動レベルに応じた適応的な変化を引き起こす(''' | ニューロンが活動すると迅速に発現が誘導され、その後、抑制性シナプスの形成や機能に関わる遺伝子群([[glutamate decarboxylase 1]]/[[glutamate decarboxylase 2|2]] ([[GAD1]])/[[GAD2|2]]), [[ソマトスタチン]] ([[SST]])、[[神経栄養因子]]([[brain-derived neurotrophic factor]], [[BDNF]])、[[イオンチャネル]]、その他の転写因子など、多岐にわたる標的遺伝子の発現を協調的に制御する<ref name=Lin2008><pubmed>18815592</pubmed></ref><ref name=Bloodgood2013><pubmed>24201284</pubmed></ref><ref name=Pollina2023><pubmed>36792830</pubmed></ref>(Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013; Spiegel et al., 2014; Pollina et al. 2023)。これにより、神経回路の活動レベルに応じた適応的な変化を引き起こす('''図3、図4''')。 | ||
===== シナプス可塑性・学習記憶 ===== | ===== シナプス可塑性・学習記憶 ===== | ||
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===== 抑制性シナプスの形成 ===== | ===== 抑制性シナプスの形成 ===== | ||
興奮性ニューロンの活動に応じて、周囲の抑制性ニューロン(特に[[パルブアルブミン]]陽性細胞)への入力シナプスの数や強度を選択的に増加させることにより、神経回路全体の興奮レベルを適切に保つ恒常性維持メカニズム(ホメオスタティックな可塑性)において中心的な役割を果たす<ref name=Lin2008><pubmed>18815592</pubmed></ref><ref name=Bloodgood2013><pubmed>24201284</pubmed></ref><ref name=Spiegel2014><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name=Yoshihara2014><pubmed>25088421</pubmed></ref><ref name=Sun2016><pubmed>26987258</pubmed></ref>(Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013; Spiegel et al., 2014; Yoshihara et al., 2014; Sun & Lin, | 興奮性ニューロンの活動に応じて、周囲の抑制性ニューロン(特に[[パルブアルブミン]]陽性細胞)への入力シナプスの数や強度を選択的に増加させることにより、神経回路全体の興奮レベルを適切に保つ恒常性維持メカニズム(ホメオスタティックな可塑性)において中心的な役割を果たす<ref name=Lin2008><pubmed>18815592</pubmed></ref><ref name=Bloodgood2013><pubmed>24201284</pubmed></ref><ref name=Spiegel2014><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name=Yoshihara2014><pubmed>25088421</pubmed></ref><ref name=Sun2016><pubmed>26987258</pubmed></ref>(Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013; Spiegel et al., 2014; Yoshihara et al., 2014; Sun & Lin, 2016)('''図3''')。 | ||
===== 神経保護 ===== | ===== 神経保護 ===== | ||
[[てんかん]]発作や[[脳虚血]]などの過剰な神経活動やストレスに応答して発現が誘導され、[[神経細胞死]]を抑制する保護的な役割を持つ可能性が示唆されている<ref name=Shamloo2006><pubmed>17156197</pubmed></ref><ref name=Shan2018><pubmed>29222951</pubmed></ref><ref name=Takahashi2021><pubmed>34349016</pubmed></ref>(Shamloo et al., 2006; Shan et al., 2018; Takahashi et al., | [[てんかん]]発作や[[脳虚血]]などの過剰な神経活動やストレスに応答して発現が誘導され、[[神経細胞死]]を抑制する保護的な役割を持つ可能性が示唆されている<ref name=Shamloo2006><pubmed>17156197</pubmed></ref><ref name=Shan2018><pubmed>29222951</pubmed></ref><ref name=Takahashi2021><pubmed>34349016</pubmed></ref>(Shamloo et al., 2006; Shan et al., 2018; Takahashi et al., 2021)('''図3''')。 | ||
===== 不安・恐怖応答 ===== | ===== 不安・恐怖応答 ===== | ||
扁桃体におけるNPAS4の発現と機能が、不安様行動のレベルや恐怖記憶の形成・消去に関与することが示されている<ref name=Ploski2011><pubmed>21887312</pubmed></ref>(Ploski et al., 2011)。 | 扁桃体におけるNPAS4の発現と機能が、不安様行動のレベルや恐怖記憶の形成・消去に関与することが示されている<ref name=Ploski2011><pubmed>21887312</pubmed></ref>(Ploski et al., 2011)。 | ||
| 145行目: | 147行目: | ||
病態仮説の一つである神経回路の興奮/抑制バランスの破綻において、NPAS4が重要な役割を果たしている可能性が注目されている。NPAS4の機能異常とASD病態との関連、および治療標的としての可能性が探求されている<ref name=Rein2021><pubmed>32099100</pubmed></ref>(Rein et al., 2021)。 | 病態仮説の一つである神経回路の興奮/抑制バランスの破綻において、NPAS4が重要な役割を果たしている可能性が注目されている。NPAS4の機能異常とASD病態との関連、および治療標的としての可能性が探求されている<ref name=Rein2021><pubmed>32099100</pubmed></ref>(Rein et al., 2021)。 | ||
== 関連語 == | == 関連語 == | ||
* [[転写因子]] | * [[転写因子]] | ||
| 154行目: | 155行目: | ||
* [[恒常的な可塑性]] | * [[恒常的な可塑性]] | ||
== 参考文献== | |||