「神経管」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
1行目: 1行目:
英語名:neural tube 独:Neuralrohr 仏:tube neural
英語名:neural tube 独:Neuralrohr 仏:tube neural


 神経管は[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の発生過程において形成される管状の構造物であり、将来の[[脳]]および[[脊髄]]の原基である(”将来の”と”原基”が意味が重なっているように思います。村上富士夫)。その管構造は、[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]に由来する板状の[[神経板]] (neural plate) がダイナミックに形態変化することで形成される。発生初期の神経管は、未分化な[[神経上皮細胞]]から構成されているが、領域特異的に発現する分泌性因子やその下流で働く[[転写制御因子]]の作用により[[wikipedia:ja:細胞運命|細胞運命]]が決定され、様々な種類の[[ニューロン]]や[[グリア細胞]]が神経管の前後軸・背腹軸に沿って生み出される。  
 神経管は[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の発生過程において形成される管状の構造物であり、将来[[脳]]および[[脊髄]]となる原基である。その管構造は、[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]に由来する板状の[[神経板]] (neural plate) がダイナミックに形態変化することで形成される。発生初期の神経管は、未分化な[[神経上皮細胞]]から構成されているが、領域特異的に発現する分泌性因子やその下流で働く[[転写制御因子]]の作用により[[wikipedia:ja:細胞運命|細胞運命]]が決定され、様々な種類の[[ニューロン]]や[[グリア細胞]]が神経管の前後軸・背腹軸に沿って生み出される。  
[[Image:神経管図1.jpg|thumb|300px|'''図1.神経管の形成'''<br>写真は初期神経管を構成する神経上皮細胞の一部を標識したもの(ラット胚)]]  
[[Image:神経管図1.jpg|thumb|300px|'''図1.神経管の形成''']]  
==形成  ==
==形成  ==
 神経管は、発生過程において頭部から尾部にいたる一本の管状構造物であり、[[中枢神経系]]を構成する脳・脊髄の原基である。神経管はもとをただせば、単層上皮構造を有する神経板に由来する(図1)。神経板と表皮外胚葉との境界付近の隆起(neural ridge)や神経板正中に[[神経溝]](neural grove)が形成されることで、管構造の形成が開始される。神経板を構成する神経上皮細胞の頂端側に豊富に存在する[[アクチン]][[細胞骨格]]が収縮することで神経板に歪みが生じ、神経板が湾曲する。その後、神経板の左右の隆起が癒合することで、神経板は表皮外胚葉から最終的にくびれ切れ、管状の構造へと変化する。このような発生様式は、[[一次神経形成]] (primary neurulation) と呼ばれている(図1)<ref name="ref1"><pubmed>15327780</pubmed></ref>。
 神経管は、発生過程において頭部から尾部にいたる一本の管状構造物であり、[[中枢神経系]]を構成する脳・脊髄の原基である。神経管はもとをただせば、単層上皮構造を有する神経板に由来する(図1)。神経板と表皮外胚葉との境界付近の隆起(neural ridge)や神経板正中に[[神経溝]](neural grove)が形成されることで、管構造の形成が開始される。神経板を構成する神経上皮細胞の頂端側に豊富に存在する[[アクチン]][[細胞骨格]]が収縮することで神経板に歪みが生じ、神経板が湾曲する。その後、神経板の左右の隆起が癒合することで、神経板は表皮外胚葉から最終的にくびれ切れ、管状の構造へと変化する。このような発生様式は、[[一次神経形成]] (primary neurulation) と呼ばれている(図1)<ref name="ref1"><pubmed>15327780</pubmed></ref>。
12行目: 12行目:
==外観  ==
==外観  ==


[[Image:神経管図2.jpg|thumb|300px|'''図2.神経管の領域化'''<br>マウス・ラットにおける脳胞形成過程(佐藤&大隅、脳の領域化と転写因子、脳神経科学入門講座下、2002の図を改変)]]  
[[Image:神経管図2.jpg|thumb|300px|'''図2.神経管の領域化'''<br>マウス・ラットにおける脳胞形成過程。文献<ref>'''佐藤&大隅'''<br>脳の領域化と転写因子<br>脳神経科学入門講座 下、2002</ref>の図を改変)]]  
 神経管の頭部レベルでは、形態的なくびれにより、[[前脳胞]](prosencephalon)、[[中脳胞]] (mesencephalon) 、および[[菱脳胞]] (rhombencephalon) からなる[[一次脳胞]]が形成される<ref name="ref2"><pubmed>15959467</pubmed></ref>。前脳胞の側方部では、将来の[[網膜]]になる[[視覚系の発生#眼胞・眼杯と水晶体胞|眼胞]]が突出する(図にも書き加えていただけると一層分かり易くなるのではないかと思います。村上富士夫)。前脳胞は、[[終脳]] (telencephalon)と[[間脳]] (diencephalon)に細分化され、その後、眼胞は、脳よりくびれ切れる。発生が進むと、神経管は[[峡部]] (isthmus) と呼ばれる中脳・菱脳境界の背側部での形態的くびれが特に明瞭になり、中脳を境に神経管が腹側に大きく屈曲する。菱脳の後方部においても神経管は腹側に屈曲し始める。菱脳の背側領域(蓋板に相当する)は薄い単層の上皮組織からなり、他の神経管領域における蓋板に比べ特殊化している。さらに発生が進むと、菱脳胞は[[後脳]](metencephalon)と[[髄脳]](myelencephalon)に細分化され、5胞脳からなる[[二次脳胞]]が形成される(図2)。この時期までに、神経管の後脳・髄脳境界付近では神経管は背側に著しく屈曲する。終脳胞の背側領域からは将来の[[大脳]]が形成され、腹側領域からは将来の[[大脳基底核]]が形成される。間脳からは[[視床]](thalamus)、[[視床下部]](hypothalamus) が派生し、後脳からは[[橋]](pons)および[[小脳]] (cerebellum)、髄脳からは[[延髄]] (medulla oblongata) が形成される(図2)。  
 神経管の頭部レベルでは、形態的なくびれにより、[[前脳胞]](prosencephalon)、[[中脳胞]] (mesencephalon) 、および[[菱脳胞]] (rhombencephalon) からなる[[一次脳胞]]が形成される<ref name="ref2"><pubmed>15959467</pubmed></ref>。前脳胞の側方部では、将来の[[網膜]]になる[[視覚系の発生#眼胞・眼杯と水晶体胞|眼胞]]が突出する(図にも書き加えていただけると一層分かり易くなるのではないかと思います。村上富士夫)。前脳胞は、[[終脳]] (telencephalon)と[[間脳]] (diencephalon)に細分化され、その後、眼胞は、脳よりくびれ切れる。発生が進むと、神経管は[[峡部]] (isthmus) と呼ばれる中脳・菱脳境界の背側部での形態的くびれが特に明瞭になり、中脳を境に神経管が腹側に大きく屈曲する。菱脳の後方部においても神経管は腹側に屈曲し始める。菱脳の背側領域(蓋板に相当する)は薄い単層の上皮組織からなり、他の神経管領域における蓋板に比べ特殊化している。さらに発生が進むと、菱脳胞は[[後脳]](metencephalon)と[[髄脳]](myelencephalon)に細分化され、5胞脳からなる[[二次脳胞]]が形成される(図2)。この時期までに、神経管の後脳・髄脳境界付近では神経管は背側に著しく屈曲する。終脳胞の背側領域からは将来の[[大脳]]が形成され、腹側領域からは将来の[[大脳基底核]]が形成される。間脳からは[[視床]](thalamus)、[[視床下部]](hypothalamus) が派生し、後脳からは[[橋]](pons)および[[小脳]] (cerebellum)、髄脳からは[[延髄]] (medulla oblongata) が形成される(図2)。  


== 内部構造と細胞分化  ==
== 内部構造と細胞分化  ==
[[Image:神経管図3.jpg|thumb|300px|'''図3.脊髄神経管の内部構造と細胞分化'''<br>(A)ラット初期神経管における運動ニューロンの分化(Islet1/2抗体による免疫染色)、(B)マウス後期胚における脊髄原基の構造(ヘマトキシリン染色)(編集部コメント:スケールバーをお願いいたします)]]  
[[Image:神経管図3.jpg|thumb|300px|'''図3.脊髄神経管の内部構造と細胞分化'''<br>(A)マウス脊髄神経管における脳室帯と外套層(Pax6抗体(緑)およびニューロン特異的ベータチューブリン抗体(マゼンタ)による免疫染色) 、スケールバー: 100 マイクロメートル<br>(B)マウス後期胚における脊髄原基の構造(ヘマトキシン染色)スケールバー : 200マイクロメートル]]  
 発生初期の神経管は、細長い形態を持つ神経上皮細胞から構成される[[偽重層上皮]]である(図1)(図を見てもわからないのではないかと思いました。村上富士夫)。神経上皮細胞は、[[脳室帯]](ventricular zone)を形成し、[[ interkinetic nuclear movement]]または[[エレベーター運動]]と呼ばれる細胞周期に依存した核の移動運動を行っている<ref name="ref9"><pubmed>18070110</pubmed></ref>。細胞分裂は主に脳室面で起こり、神経上皮細胞は非対称分裂によってニューロンを生み出す。ニューロンが神経管の基底膜側に移動することで、細胞が密集した[[外套層]](mantle layer)が形成される(何も知識がない読者は図3を見ても脳室帯と外套層の関係がよくわからないのではないかと思いました。村上富士夫)。神経上皮細胞の基底膜側突起は外套層が形成された後も外套層を横断し、神経管を包む[[基底膜]]に接している。脊髄原基においては、増殖や運動性に乏しい神経管の最腹側領域の[[底板]](floor plate) や最背側領域の蓋板(roof plate) からはニューロンは生み出されないが、これらの領域は、神経管の背腹軸領域化(パターン化)に関与する分泌性因子([[Shh]], [[BMP]], [[Wnt]]等)を産生するシグナリングセンターとして機能している<ref name="ref10"><pubmed>22821665</pubmed></ref>。領域化された神経管の脳室帯腹側領域は[[基板]] (basal plate)、背側領域は[[翼板]](alar plate)と呼ばれている (図3)。基板からは、[[運動ニューロン]]や[[介在ニューロン]]が派生し、翼板からは介在ニューロンが派生する。
 発生初期の神経管は、細長い形態を持つ神経上皮細胞から構成される[[偽重層上皮]]である(図1)。神経上皮細胞は、[[脳室帯]](ventricular zone)を形成し、[[ interkinetic nuclear movement]]または[[エレベーター運動]]と呼ばれる細胞周期に依存した核の移動運動を行っている<ref name="ref9"><pubmed>18070110</pubmed></ref>。細胞分裂は主に脳室面で起こり、神経上皮細胞は非対称分裂によってニューロンを生み出す。ニューロンが神経管の基底膜側に移動することで、細胞が密集した[[外套層]](mantle layer)が形成される(何も知識がない読者は図3を見ても脳室帯と外套層の関係がよくわからないのではないかと思いました。村上富士夫)。神経上皮細胞の基底膜側突起は外套層が形成された後も外套層を横断し、神経管を包む[[基底膜]]に接している。脊髄原基においては、増殖や運動性に乏しい神経管の最腹側領域の[[底板]](floor plate) や最背側領域の蓋板(roof plate) からはニューロンは生み出されないが、これらの領域は、神経管の背腹軸領域化(パターン化)に関与する分泌性因子([[Shh]], [[BMP]], [[Wnt]]等)を産生するシグナリングセンターとして機能している<ref name="ref10"><pubmed>22821665</pubmed></ref>。領域化された神経管の脳室帯腹側領域は[[基板]] (basal plate)、背側領域は[[翼板]](alar plate)と呼ばれている (図3)。基板からは、[[運動ニューロン]]や[[介在ニューロン]]が派生し、翼板からは介在ニューロンが派生する。


 発生後期になると、脳室帯の脳室面側には[[境界溝]](sulcus limitance)が形成され、形態的にも神経管の背腹境界が明確となる。外套層の拡大にともない、神経上皮細胞の基底膜側突起の丈はより長くなり、神経上皮細胞は放射状グリア細胞(radial glial cell)と呼ばれるようになる。非対称分裂した神経上皮細胞の娘細胞の片方は、幹細胞として維持されておりグリア細胞([[オリゴデンドロサイト]]や[[アストロサイト]])を順次生み出す<ref name="ref11"><pubmed>21068830</pubmed></ref>。脊髄神経管の内側にはニューロンの細胞体が集まった灰白質が形成され、外側には脊髄を上下に走行する神経[[軸索]]や一部のグリア細胞が存在する[[辺縁層]](marginal layer)が形成される(図3)。外套層が厚くなり、脳室帯が薄くなっていく過程において、神経管腹側の正中には[[前正中裂]] (anterior median fissure)、背側の正中には[[後正中溝]] (posterior median sulcus) が形成され、脳室は徐々に神経管の中心に位置するようになる。最終的に、脳室帯の細胞は上衣細胞へと変化し、中心管を構成する細胞として機能する (図3)<ref name="ref12"><pubmed>19747531</pubmed></ref>。
 発生後期になると、脳室帯の脳室面側には[[境界溝]](sulcus limitance)が形成され、形態的にも神経管の背腹境界が明確となる。外套層の拡大にともない、神経上皮細胞の基底膜側突起の丈はより長くなり、神経上皮細胞は放射状グリア細胞(radial glial cell)と呼ばれるようになる。非対称分裂した神経上皮細胞の娘細胞の片方は、幹細胞として維持されておりグリア細胞([[オリゴデンドロサイト]]や[[アストロサイト]])を順次生み出す<ref name="ref11"><pubmed>21068830</pubmed></ref>。脊髄神経管の内側にはニューロンの細胞体が集まった灰白質が形成され、外側には脊髄を上下に走行する神経[[軸索]]や一部のグリア細胞が存在する[[辺縁層]](marginal layer)が形成される(図3)。外套層が厚くなり、脳室帯が薄くなっていく過程において、神経管腹側の正中には[[前正中裂]] (anterior median fissure)、背側の正中には[[後正中溝]] (posterior median sulcus) が形成され、脳室は徐々に神経管の中心に位置するようになる。最終的に、脳室帯の細胞は上衣細胞へと変化し、中心管を構成する細胞として機能する (図3)<ref name="ref12"><pubmed>19747531</pubmed></ref>。