「プロスタグランジン」の版間の差分

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 プロスタグランジンは五員環構造を含む20個の炭素鎖からなる生理活性[[wj:脂質|脂質]]である<ref name="ref1"><pubmed>116251</pubmed></ref>。プロスタグランジンと構造の類似した[[トロンボキサン]]を併せてプロスタノイド(prostanoid)と称する。1930年に[[wj:ヒト]]の[[wj:精液]]に含まれる[[wj:子宮]]収縮物質として発見された。[[wj:非ステロイド性抗炎症薬]](NSAID)の抗[[wj:炎症]]作用、[[wj:鎮痛]]作用、[[wj:解熱]]作用は、主にプロスタノイドの合成阻害によると考えられている<ref name="ref2"><pubmed>9597150</pubmed></ref>。生体には五員環構造の側鎖や炭素鎖の二重結合の数の異なる多種のプロスタノイドが存在するが、これまでの研究では主にプロスタグランジンD<sub>2</sub> (PGD<sub>2</sub>)、プロスタグランジンE<sub>2</sub>(PGE<sub>2</sub>)、プロスタグランジンF<sub>2α</sub>(PGF<sub>2α</sub>)、 プロスタサイクリン(プロスタグランジンI<sub>2</sub>、PGI<sub>2</sub>)、トロンボキサンA<sub>2</sub>(TXA<sub>2</sub>)の役割が解析されてきた。PGD<sub>2</sub>、PGE<sub>2</sub>、PGF<sub>2α</sub>、PGI<sub>2</sub>、TXA<sub>2</sub>はDP、EP、FP、IP、TPと呼ばれる特異的な[[Gタンパク質共役型受容体]]を介して、多様な生理機能、病態生理機能に関わる<ref name="ref3"><pubmed>21357250</pubmed></ref>。これらの機能には、[[wj:循環器|循環器]]・[[wj:消化器|消化器]]・[[wj:骨|骨]]の[[wj:恒常性|恒常性]]維持、[[wj:卵巣|卵巣]]や子宮といった[[wj:生殖器|生殖器]]の機能、局所炎症に伴う[[wj:血管透過性|血管透過性]]亢進や[[wj:疼痛|疼痛]]惹起、[[wj:細胞性免疫|細胞性免疫]]応答、[[睡眠]]、疾病時の発熱や[[wj:内分泌|内分泌]]応答、[[神経変性疾患]]や[[脳虚血]]に伴う[[神経細胞死]]、脳機能的充血、[[シナプス可塑性]]や[[記憶学習]]、[[心理ストレス]]下での[[情動]]制御などが含まれる。
 プロスタグランジンは五員環構造を含む20個の炭素鎖からなる生理活性[[wj:脂質|脂質]]である<ref name="ref1"><pubmed>116251</pubmed></ref>。プロスタグランジンと構造の類似した[[トロンボキサン]]を併せてプロスタノイド(prostanoid)と称する。1930年に[[wj:ヒト|ヒト]]の[[wj:精液|精液]]に含まれる[[wj:子宮|子宮]]収縮物質として発見された。[[wj:非ステロイド性抗炎症薬|ステロイド性抗炎症薬]](NSAID)の抗[[wj:炎症|炎症]]作用、[[wj:鎮痛|鎮痛]]作用、[[wj:解熱|解熱]]作用は、主にプロスタノイドの合成阻害によると考えられている<ref name="ref2"><pubmed>9597150</pubmed></ref>。生体には五員環構造の側鎖や炭素鎖の二重結合の数の異なる多種のプロスタノイドが存在するが、これまでの研究では主にプロスタグランジンD<sub>2</sub> (PGD<sub>2</sub>)、プロスタグランジンE<sub>2</sub>(PGE<sub>2</sub>)、プロスタグランジンF<sub>2α</sub>(PGF<sub>2α</sub>)、 プロスタサイクリン(プロスタグランジンI<sub>2</sub>、PGI<sub>2</sub>)、トロンボキサンA<sub>2</sub>(TXA<sub>2</sub>)の役割が解析されてきた。PGD<sub>2</sub>、PGE<sub>2</sub>、PGF<sub>2α</sub>、PGI<sub>2</sub>、TXA<sub>2</sub>はDP、EP、FP、IP、TPと呼ばれる特異的な[[Gタンパク質共役型受容体]]を介して、多様な生理機能、病態生理機能に関わる<ref name="ref3"><pubmed>21357250</pubmed></ref>。これらの機能には、[[wj:循環器|循環器]]・[[wj:消化器|消化器]]・[[wj:骨|骨]]の[[wj:恒常性|恒常性]]維持、[[wj:卵巣|卵巣]]や子宮といった[[wj:生殖器|生殖器]]の機能、局所炎症に伴う[[wj:血管透過性|血管透過性]]亢進や[[wj:疼痛|疼痛]]惹起、[[wj:細胞性免疫|細胞性免疫]]応答、[[睡眠]]、疾病時の発熱や[[wj:内分泌|内分泌]]応答、[[神経変性疾患]]や[[脳虚血]]に伴う[[神経細胞死]]、脳機能的充血、[[シナプス可塑性]]や[[記憶学習]]、[[心理ストレス]]下での[[情動]]制御などが含まれる。
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==受容体==
==受容体==


 PGD<sub>2</sub>、PGE<sub>2</sub>、PGF<sub>2α</sub>、PGI<sub>2</sub>、TXA<sub>2</sub>は、それぞれ[[DP受容体|DP]]、[[EP受容体|EP]]、[[FP受容体|FP]]、[[IP受容体|IP]]、[[TP受容体|TP]]と呼ばれるGタンパク質共役型受容体に結合して作用を発揮する<ref name="ref3" />。DPには[[DP1]]と[[DP2]]が、EPには[[EP1受容体|EP1]]、[[EP2受容体|EP2]]、[[EP3受容体|EP3]]、[[EP4受容体|EP4]]が存在し、それぞれ異なる遺伝子によりコードされている。  
 PGD<sub>2</sub>、PGE<sub>2</sub>、PGF<sub>2α</sub>、PGI<sub>2</sub>、TXA<sub>2</sub>は、それぞれ[[DP受容体|DP]]、[[EP受容体|EP]]、[[FP受容体|FP]]、[[IP受容体|IP]]、[[TP受容体|TP]]と呼ばれるGタンパク質共役型受容体に結合して作用を発揮する<ref name="ref3" />。DPには[[DP1受容体|DP1]]と[[DP2受容体|DP2]]が、EPには[[EP1受容体|EP1]]、[[EP2受容体|EP2]]、[[EP3受容体|EP3]]、[[EP4受容体|EP4]]が存在し、それぞれ異なる遺伝子によりコードされている。  


 これらPG受容体は組織、細胞レベルの発現分布や[[細胞内情報伝達]]が異なることで、特異的な機能を発揮すると考えられている<ref name="ref3" />。DP2以外の八種の受容体はプロスタノイド受容体ファミリーを形成し、細胞内情報伝達とその作用からrelaxant receptor、contractile receptor、inhibitory receptorの三種に分類されている<ref name="ref3" />。Relaxant receptorは主に[[Gs]]を介して[[CAMP]]上昇を惹起し[[平滑筋]]の弛緩を誘導する受容体で、DP1、EP2、EP4、IPを含む。Contractile receptorは主に細胞内Ca<sup>2+</sup>上昇を惹起し平滑筋の収縮を誘導する受容体で、TP、FP、EP1を含む。Inhibitory receptorは主に[[Gi]]を介する[[cAMP]]抑制により平滑筋の弛緩を抑制する受容体で、EP3を含む。但し、EP3にはマウスでは三種、ヒトでは四種のalternative splicingアイソフォームが存在し、ヒトTPにもαとβと呼ばれる二つのアイソフォームが存在する。これらのアイソフォームは異なる細胞内情報伝達に共役することが知られている。DP2は他の八種の受容体とは別のファミリーに属し、CRTH2やGPR44とも称される<ref name="ref15"><pubmed>12895600</pubmed></ref>。Giと共役して[[Th2細胞]]、[[wj:好酸球|好酸球]]、[[wj:好塩基球|好塩基球]]の遊走を誘導することが知られている。  
 これらPG受容体は組織、細胞レベルの発現分布や[[細胞内情報伝達]]が異なることで、特異的な機能を発揮すると考えられている<ref name="ref3" />。DP2以外の八種の受容体はプロスタノイド受容体ファミリーを形成し、細胞内情報伝達とその作用からrelaxant receptor、contractile receptor、inhibitory receptorの三種に分類されている<ref name="ref3" />。Relaxant receptorは主に[[Gs]]を介して[[CAMP]]上昇を惹起し[[平滑筋]]の弛緩を誘導する受容体で、DP1、EP2、EP4、IPを含む。Contractile receptorは主に細胞内Ca<sup>2+</sup>上昇を惹起し平滑筋の収縮を誘導する受容体で、TP、FP、EP1を含む。Inhibitory receptorは主に[[Gi]]を介する[[cAMP]]抑制により平滑筋の弛緩を抑制する受容体で、EP3を含む。但し、EP3にはマウスでは三種、ヒトでは四種のalternative splicingアイソフォームが存在し、ヒトTPにもαとβと呼ばれる二つのアイソフォームが存在する。これらのアイソフォームは異なる細胞内情報伝達に共役することが知られている。DP2は他の八種の受容体とは別のファミリーに属し、CRTH2やGPR44とも称される<ref name="ref15"><pubmed>12895600</pubmed></ref>。Giと共役して[[Th2細胞]]、[[wj:好酸球|好酸球]]、[[wj:好塩基球|好塩基球]]の遊走を誘導することが知られている。  
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== 脳機能におけるプロスタグランジンの役割  ==
== 脳機能におけるプロスタグランジンの役割  ==
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=== HPA系活性化  ===
=== HPA系活性化  ===


 視床下部の[[室傍核]](paraventricular hypothalamic nucleus; PVN)の小細胞領域には[[コルチコトロピン放出因子]](corticotropin-releasing hormone; CRH)陽性の神経細胞が存在する。このCRH陽性神経細胞は[[正中隆起]](median eminence; ME)に[[軸索]]を投射しており、神経細胞の活性化に応じてCRHを[[下垂体門脈系]]に放出する。CRHは[[下垂体前葉]]からの[[副腎皮質刺激ホルモン]](adrenocorticotropic hormone; ACTH)放出を誘導し、ACTHは[[wj:副腎皮質|副腎皮質]]から[[糖質コルチコイド]]放出を促す。この一連の過程を[[HPA系]]活性化と称する。視索前野へのNSAIDとPGE<sub>2</sub>の局所投与実験から、LPSによるHPA系活性化に視索前野におけるPGE<sub>2</sub>作用が関与することが示唆されてきた<ref name="ref28"><pubmed>9922367</pubmed></ref>。
 [[視床下部室傍核]](paraventricular hypothalamic nucleus; PVN)の小細胞領域には[[コルチコトロピン放出因子]](corticotropin-releasing hormone; CRH)陽性の神経細胞が存在する。このCRH陽性神経細胞は[[正中隆起]](median eminence; ME)に[[軸索]]を投射しており、神経細胞の活性化に応じてCRHを[[下垂体門脈系]]に放出する。CRHは[[下垂体前葉]]からの[[副腎皮質刺激ホルモン]](adrenocorticotropic hormone; ACTH)放出を誘導し、ACTHは[[wj:副腎皮質|副腎皮質]]から[[糖質コルチコイド]]放出を促す。この一連の過程を[[HPA系]]活性化と称する。視索前野へのNSAIDとPGE<sub>2</sub>の局所投与実験から、LPSによるHPA系活性化に視索前野におけるPGE<sub>2</sub>作用が関与することが示唆されてきた<ref name="ref28"><pubmed>9922367</pubmed></ref>。


 LPS投与によるHPA系活性化にはタイミングによって異なるPGE<sub>2</sub>生成機構が関与する。すなわちCOX-2やmPGES-1の欠損マウスではLPS投与から6時間後の[[コルチコステロン]]放出は減弱するが、LPS投与から1時間後では減弱を認めない<ref name="ref29"><pubmed>19193887</pubmed></ref>。LPS投与により脳内の血管内皮細胞におけるCOX-2とmPGES-1の発現が共に誘導されることから、LPSによるHPA系活性化の後期相に血管内皮からのPGE2産生が関与する可能性が示唆される。一方、COX-1欠損マウスではLPS投与から1時間後のコルチコステロン上昇が消失するのに対し、6時間後のコルチコステロン上昇は正常であることから、HPA系活性化の初期相にはCOX-1を介したPG産生が関わる<ref name="ref30"><pubmed>20034541</pubmed></ref>。COX-1特異的阻害薬の脳室内投与によりLPS投与によるHPA系活性化の初期相が阻害されることから、COX-1の作用点は脳内であると考えられる<ref name="ref31"><pubmed>19828811</pubmed></ref>。生理的条件下ではCOX-1はミクログリアや血管周囲マクロファージに発現しているが、LPS投与により速やかに血管内皮に誘導されることが報告されている<ref name="ref31" />。
 LPS投与によるHPA系活性化にはタイミングによって異なるPGE<sub>2</sub>生成機構が関与する。すなわちCOX-2やmPGES-1の欠損マウスではLPS投与から6時間後の[[コルチコステロン]]放出は減弱するが、LPS投与から1時間後では減弱を認めない<ref name="ref29"><pubmed>19193887</pubmed></ref>。LPS投与により脳内の血管内皮細胞におけるCOX-2とmPGES-1の発現が共に誘導されることから、LPSによるHPA系活性化の後期相に血管内皮からのPGE2産生が関与する可能性が示唆される。一方、COX-1欠損マウスではLPS投与から1時間後のコルチコステロン上昇が消失するのに対し、6時間後のコルチコステロン上昇は正常であることから、HPA系活性化の初期相にはCOX-1を介したPG産生が関わる<ref name="ref30"><pubmed>20034541</pubmed></ref>。COX-1特異的阻害薬の脳室内投与によりLPS投与によるHPA系活性化の初期相が阻害されることから、COX-1の作用点は脳内であると考えられる<ref name="ref31"><pubmed>19828811</pubmed></ref>。生理的条件下ではCOX-1はミクログリアや血管周囲マクロファージに発現しているが、LPS投与により速やかに血管内皮に誘導されることが報告されている<ref name="ref31" />。
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== 関連項目  ==
== 関連項目  ==


*[[アラキドン酸]]  
* [[アラキドン酸]]
*[[エンドカナビノイド]]  
* [[ホスホリパーゼA2]]
*[[エイコサノイド]]  
* [[エンドカナビノイド]]  
*[[ロイコトリエン]]
* [[エイコサノイド]]  
* [[ロイコトリエン]]


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==