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細 (→神経突起の伸展) |
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<font size="+1">篠原 亮太、[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之]</font><br> | |||
''京都大学 大学院医学研究科 医学専攻 医学研究科 医学専攻''<br> | |||
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2012年9月6日 原稿完成日:2012年11月5日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎 通介](慶應義塾大学 医学部生理学)<br> | |||
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英語名:[[Rho family]] small GTP biding protein, [[Rho]] GTPase | |||
{{box|text= | |||
Rhoファミリーは、単量体で働く[[Ras]]類似の[[低分子量GTP結合タンパク質]](分子量約21 kDa、以下低分子量Gタンパク質と略)であり、細胞形態の主な制御因子である<ref name="ref1"><pubmed> 12478284 </pubmed></ref>。Rasと同様、[[wikipedia:ja:グアニンヌクレオチド二リン酸|グアニンヌクレオチド二リン酸]](GDP)結合型が不活性体、[[wikipedia:ja:グアニンヌクレオチド三リン酸|グアニンヌクレオチド三リン酸]](GTP)結合型が活性化体であり、GDP-GTP交換反応とGTP[[wikipedia:ja:水解|水解]]反応により両者の間を往復してスイッチ機能を果たす。活性型Rhoは下流の標的分子(エフェクター)に結合することで機能を発揮する。Rhoファミリーはすべての真核生物に存在し、[[wikipedia:ja:細胞運動|細胞運動]]、[[wikipedia:ja:細胞極性|細胞極性]]、[[細胞接着]]、[[細胞周期]]、[[細胞質分裂]]、[[転写制御]]などその機能は多岐に渡る。神経系においても、発生・発達段階および成熟後を通して、幅広い役割を担っている。 | |||
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{{Pfam_box | {{Pfam_box | ||
| Symbol = Rho | | Symbol = Rho | ||
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{{PDB3|2atv}}A:8-169 | {{PDB3|2atv}}A:8-169 | ||
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== 歴史 == | == 歴史 == | ||
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== ファミリー == | == ファミリー == | ||
[[低分子量Gタンパク質]]の中で最初に発見されたのはRasであることから、低分子量Gタンパク質をRas類似タンパク質と総称することがある。現在では、[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]において低分子量Gタンパク質は約150種類からなり、構造の類似性と主たる機能から、[[細胞増殖]]を制御するRasファミリー、[[細胞骨格]]を制御するRhoファミリー、[[小胞輸送]]を制御する[[Rab]]ファミリーと[[Arf]]ファミリー、核内輸送を制御する[[Ran]]ファミリーに分類される<ref name="ref2"><pubmed> 17035353 </pubmed></ref>。これらを包括してRasスーパーファミリーと称する。 | |||
哺乳類のRhoファミリーはおよそ20種類のメンバーからなり、[[RhoA]]、[[RhoB]]、[[RhoC]]、[[RhoD]]、[[RhoF]]/[[Rif]]、[[Rnd1]]、[[Rnd2]]、[[Rnd3]]/[[RhoE]]、[[Rac1]]、[[Rac2]]、[[Rac3]]、[[RhoG]]、Cdc42、[[RhoQ]]/[[TC10]]、[[RhoJ]]/[[TCL]]、[[RhoU]]/[[Wrch]]、[[RhoV]]/[[Chp]]、[[RhoH]]/[[TTF]]、[[RhoBTB1]]、[[RhoBTB2]]/[[DBC-2]]が含まれる<ref name="ref2" />。これらのほとんどが、不活性型のGDP結合型と活性型のGTP結合型の二つの状態を取り、GDP-GTP交換反応と内在性のGTPase活性に依存したGTP水解反応により両者の間を往復してスイッチ機能を果たす<ref name="ref1" />。しかし、Rnd1、Rnd2、Rnd3は内在性のGTPase活性に乏しく、恒常的にGTP結合型となる<ref name="ref13"><pubmed>16493413</pubmed></ref>。Rndの機能は局在や発現、[[リン酸化]]などにより制御される。 | 哺乳類のRhoファミリーはおよそ20種類のメンバーからなり、[[RhoA]]、[[RhoB]]、[[RhoC]]、[[RhoD]]、[[RhoF]]/[[Rif]]、[[Rnd1]]、[[Rnd2]]、[[Rnd3]]/[[RhoE]]、[[Rac1]]、[[Rac2]]、[[Rac3]]、[[RhoG]]、Cdc42、[[RhoQ]]/[[TC10]]、[[RhoJ]]/[[TCL]]、[[RhoU]]/[[Wrch]]、[[RhoV]]/[[Chp]]、[[RhoH]]/[[TTF]]、[[RhoBTB1]]、[[RhoBTB2]]/[[DBC-2]]が含まれる<ref name="ref2" />。これらのほとんどが、不活性型のGDP結合型と活性型のGTP結合型の二つの状態を取り、GDP-GTP交換反応と内在性のGTPase活性に依存したGTP水解反応により両者の間を往復してスイッチ機能を果たす<ref name="ref1" />。しかし、Rnd1、Rnd2、Rnd3は内在性のGTPase活性に乏しく、恒常的にGTP結合型となる<ref name="ref13"><pubmed>16493413</pubmed></ref>。Rndの機能は局在や発現、[[リン酸化]]などにより制御される。 | ||
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| rowspan="3" | [[Rnd (GTPase)|Rnd]] | | rowspan="3" | [[Rnd (GTPase)|Rnd]] | ||
| rowspan="3" | | | rowspan="3" | ↓[[ストレス]]ファイバーと↓[[Focal adhesion]]s | ||
| [[Rnd1]] | | [[Rnd1]] | ||
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==== ROCK ==== | ==== ROCK ==== | ||
ROCKは活性型Rhoにより活性化されるserine/threonine kinaseで、キナーゼ領域以外に[[wikipedia:coiled-coil|coiled-coil]]領域、Rho結合領域、PH領域からなる。数多くの基質が知られているが、このうちアクチン細胞骨格制御に関わるものはミオシン軽鎖(myosin light chain; MLC)と[[ミオシン軽鎖脱リン酸化酵素]](myosin light chain phosphatase; MLCP) | ROCKは活性型Rhoにより活性化されるserine/threonine kinaseで、キナーゼ領域以外に[[wikipedia:coiled-coil|coiled-coil]]領域、Rho結合領域、PH領域からなる。数多くの基質が知られているが、このうちアクチン細胞骨格制御に関わるものはミオシン軽鎖(myosin light chain; MLC)と[[ミオシン軽鎖脱リン酸化酵素]](myosin light chain phosphatase; MLCP)である。ROCKによるMLCリン酸化はMLCを活性化し、[[アクトミオシン]]束の形成を促す<ref name="ref20"><pubmed>8702756</pubmed></ref>。また、ROCKによるMLCPのリン酸化はMLCPの酵素活性を阻害することで、間接的にMLCリン酸化を促進する<ref name="ref21"><pubmed>8662509</pubmed></ref> <ref name="ref22"><pubmed>9353125</pubmed></ref>。さらに、ROCKは[[LIMキナーゼ]](LIM kinase)を活性化して[[コフィリン]]のリン酸化を促し、コフィリンによるアクチン脱重合を阻害する<ref name="ref23"><pubmed>10436159</pubmed></ref>。また、ROCKは[[脱リン酸化酵素]][[PTEN]]の活性も増強する<ref name="ref24"><pubmed>15793569</pubmed></ref>。[[フォスファチジルイノシトール三リン酸]]PtdIns(3,4,5)P3の局在は、[[[wikipedia:ja:細胞遊走|細胞遊走]]や突起伸展における[[[wikipedia:ja:細胞極性|細胞極性]]の形成に不可欠である。PTENはPtdIns(3,4,5)P3を脱リン酸化してPtdIns(4,5)P2に変換することから、細胞極性の形成におけるRho-ROCK-PTEN経路の関与が示唆される<ref name="ref24" />。 | ||
==== mDia ==== | ==== mDia ==== | ||
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=== 神経上皮細胞 === | === 神経上皮細胞 === | ||
発生脳において、[[脳室帯]]に存在する[[神経上皮細胞]]([[神経幹細胞]])の[[細胞増殖|増殖]] | 発生脳において、[[脳室帯]]に存在する[[神経上皮細胞]]([[神経幹細胞]])の[[細胞増殖|増殖]]や[[分化]]には、Rhoファミリーを介した適切な細胞極性の形成・維持が不可欠である。例えば、神経上皮細胞間の細胞接着とそれを裏打ちするアクチン線維束の形成にはRhoAとmDia1/mDia3が関与するが、この[[シグナル伝達]]経路の破綻は[[脳室]]帯での異所性肥厚(heterotopia)を引き起こす<ref name="ref50"><pubmed>21980468</pubmed></ref> <ref name="ref51"><pubmed>21502507</pubmed></ref> <ref name="ref52"><pubmed>21451048</pubmed></ref>。一方、ROCK阻害薬[[wikipedia:Y-27632|Y-27632]]はこれらの構造に影響を与えないことから、神経上皮細胞の極性形成にはRhoA-mDia経路が特異的に関わる<ref name="ref50" />。また、神経上皮細胞の細胞極性にはCdc42が不可欠であるが、この欠損は神経幹細胞の異所性増殖を引き起こす<ref name="ref53"><pubmed>16892058</pubmed></ref> <ref name="ref54"><pubmed>17050694</pubmed></ref>。Rac1欠損マウスでは[[神経前駆細胞]]が減少して[[小頭症]]を呈することから、神経上皮細胞の維持におけるRac1の重要性も示唆されている<ref name="ref55"><pubmed>19007770</pubmed></ref>。 | ||
=== 神経前駆細胞の移動 === | === 神経前駆細胞の移動 === | ||
神経前駆細胞の移動は、先導突起の伸長、[[中心体]]の先導突起方向への移動とそれに引き続く[[細胞核]]・[[細胞体]]の中心体方向への移動から構成される<ref name="ref56"><pubmed>17046074</pubmed></ref>。興奮性神経前駆細胞は、[[放射状グリア]](radial glia)の突起に沿って脳表面方向に移動し、[[大脳皮質]]層構造を形成する。この移動様式をradial migrationと呼び、Rac、Cdc42の重要性が示されている<ref name="ref57"><pubmed>15557338</pubmed></ref> <ref name="ref58"><pubmed>12912917</pubmed></ref>。先導突起の形成にはRacの関与が示唆されている。RacとCdc42では神経前駆細胞内の局在が異なることから、機能的な違いが推測されている<ref name="ref57" />。一方radial migrationの初期におけるmultipolar shapeからbipolar shapeへの移行やその後の細胞移動にはRhoAの不活性化が重要である<ref name="ref59"><pubmed>21435554</pubmed></ref>。このRhoAの不活性化にはRnd2やRnd3の関与が示唆されている。 | |||
抑制性神経前駆細胞は、[[基底核原基]]から脳表面と平行に移動し、大脳皮質、[[海馬]]、[[嗅球]]などの広範な領域に到達する。この移動様式をtangential migrationと呼ぶが、この過程でのRhoファミリーの役割が明らかにされつつある。近年、[[遺伝子欠損マウス]]を用いた解析から、tangential migrationにおけるRho-mDia経路が明らかにされた<ref name="ref25" />。すなわち、mDia1とmDia3の二重欠損マウスでは、大脳皮質と嗅球における抑制性神経前駆細胞のtangential migrationが著明に障害される。一方、このマウスでは興奮性神経前駆細胞のradial migrationと大脳皮質層構造には異常を認めず、radial migrationとtangential migrationでは細胞骨格の制御様式が異なることが示された。さらに蛍光ライブイメージングから、抑制性神経前駆細胞の細胞体移動には、細胞体後部におけるmDiaの集積とmDia依存的なアクチン重合が必須であることが示唆されている<ref name="ref25" />。 | 抑制性神経前駆細胞は、[[基底核原基]]から脳表面と平行に移動し、大脳皮質、[[海馬]]、[[嗅球]]などの広範な領域に到達する。この移動様式をtangential migrationと呼ぶが、この過程でのRhoファミリーの役割が明らかにされつつある。近年、[[遺伝子欠損マウス]]を用いた解析から、tangential migrationにおけるRho-mDia経路が明らかにされた<ref name="ref25" />。すなわち、mDia1とmDia3の二重欠損マウスでは、大脳皮質と嗅球における抑制性神経前駆細胞のtangential migrationが著明に障害される。一方、このマウスでは興奮性神経前駆細胞のradial migrationと大脳皮質層構造には異常を認めず、radial migrationとtangential migrationでは細胞骨格の制御様式が異なることが示された。さらに蛍光ライブイメージングから、抑制性神経前駆細胞の細胞体移動には、細胞体後部におけるmDiaの集積とmDia依存的なアクチン重合が必須であることが示唆されている<ref name="ref25" />。 | ||
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=== 神経突起の伸展 === | === 神経突起の伸展 === | ||
神経突起の形成と伸長は、突起先端の成長円錐でのアクチン細胞骨格の再編成と、それに引き続く微小管の配向、安定化を必要とする。PC12やN1E- | 神経突起の形成と伸長は、突起先端の成長円錐でのアクチン細胞骨格の再編成と、それに引き続く微小管の配向、安定化を必要とする。PC12やN1E-115など神経様[[細胞株]]を用いた解析から、RhoAの活性化は突起伸展を抑制し、Rac及びCdc42の活性化は突起伸展を促進することが示された<ref name="ref60"><pubmed>10594018</pubmed></ref> <ref name="ref61"><pubmed>11279039</pubmed></ref>。[[初代培養神経]]細胞においても、Rho、Rac、Cdc42は同様の作用を示す<ref name="ref62"><pubmed>15630019</pubmed></ref>。RhoAによる突起伸展抑制にはROCKが重要な働きを担う<ref name="ref62" />。アメフラシの成長円錐では、RhoA-ROCKの活性化は[[成長円錐]]におけるアクトミオシン束を増強することが報告されている<ref name="ref63"><pubmed>14659092</pubmed></ref>。また、[[初代培養]]小脳顆粒細胞において、RhoA-ROCK経路による突起伸展抑制には、LIM kinaseによるアクチン脱重合抑制が関与することも示唆されている<ref name="ref64"><pubmed>10839361</pubmed></ref>。後根神経節細胞の突起伸展では、ROCKは[[軸索]]伸展に不可欠な[[CRMP|CRMP-2]]をリン酸化して、その機能を抑制する<ref name="ref65"><pubmed>16260611</pubmed></ref>。一方、初代培養小脳顆粒細胞や海馬[[スライス培養]]を用いた解析から、[[SDF-1α]]投与による突起伸展促進におけるmDiaの重要性が示唆されているが<ref name="ref66"><pubmed>12707308</pubmed></ref> <ref name="ref67"><pubmed>18701697</pubmed></ref>、生理的な突起伸展制御におけるmDiaの役割は不明である。Racによる突起伸展促進作用には、WAVE-Arp2/3による成長円錐のラメリポディア形成の役割が小脳顆粒細胞を用いた実験から示唆されている<ref name="ref34" />。PC-12細胞と海馬初代培養神経細胞を用いた解析から、Cdc42による神経突起伸展にはN-WASP-Arp2/3が関与することが示されている<ref name="ref68"><pubmed>10766829</pubmed></ref>。 | ||
上記の研究は主に軸索を対象として行われてきたが、同様のRhoファミリーの役割が[[樹状突起]]の形成においても示されている<ref name="ref62" />。すなわち、RhoA-ROCKの活性化は樹状突起の形成を抑制し、すでに形成された樹状突起を単純化させる。一方、Racは樹状突起の形成に促進的に働く。Cdc42も樹状突起の形成に促進的に働くことが報告されてはいるが、抑制に働くとする報告もある。 | 上記の研究は主に軸索を対象として行われてきたが、同様のRhoファミリーの役割が[[樹状突起]]の形成においても示されている<ref name="ref62" />。すなわち、RhoA-ROCKの活性化は樹状突起の形成を抑制し、すでに形成された樹状突起を単純化させる。一方、Racは樹状突起の形成に促進的に働く。Cdc42も樹状突起の形成に促進的に働くことが報告されてはいるが、抑制に働くとする報告もある。 | ||
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==== エフリン ==== | ==== エフリン ==== | ||
[[エフリン]]([[Ephrins]])も主に軸索反発を引き起こすガイダンス分子であり、RhoAの活性化とRacの不活性化が関与する<ref name="ref77" />。[[エフリン受容体]]の一つ[[EphA4]]はRho GEFである[[Ephexin]]と複合体を形成するが、ephexinはエフリンによるRhoA活性化に重要である<ref name="ref82"><pubmed>11336673</pubmed></ref>。さらに、[[EPHA4|EphA4]]活性化はRac GAPである[[Α-chimaerin]]を介してRacの活性を抑制する<ref name="ref83"><pubmed>17719550</pubmed></ref>。EphA4やα-chimaerinの遺伝子欠損マウスでは、脊髄正中線での軸索反発作用が障害され、皮質脊髄路神経細胞や脊髄興奮性神経細胞が反対側に異常な軸索投射を示す<ref name="ref83" /> <ref name="ref84"><pubmed>9789074</pubmed></ref>。 | |||
==== スリット ==== | ==== スリット ==== | ||
[[スリット]] | [[スリット]](Slit)は受容体[[ROBO|Robo]]を介して軸索反発を引き起こすガイダンス分子である。過剰発現系では、[[Slit]]-[[Robo]]によりRacの活性化が誘導される。さらに、[[ショウジョウバエ]]の遺伝学的解析から、Slitによる軸索反発にはRacそのものに加え、Ras/Rac GEFの[[Sos]]やRacエフェクターのPAKの関与が示唆された<ref name="ref85"><pubmed>14527437</pubmed></ref>。また、ショウジョウバエの神経細胞では、Rac特異的GAPである[[CrGAP]]/[[Vilse]]もSlit-Roboによる軸索反発に関与することが示唆されている<ref name="ref86"><pubmed>15755809</pubmed></ref>。 | ||
==== ネトリン ==== | ==== ネトリン ==== | ||
230行目: | 239行目: | ||
==== 損傷後の軸索再生 ==== | ==== 損傷後の軸索再生 ==== | ||
[[損傷後の軸索再生]]は、]]myelin-associated glycoprotein]] (MAG)、[[Nogo-A]]、[[Chondroitin sulfate proteoglycans]] (CSPGs)、oligodendrocyte myelin glycoprotein (OMgp) などの[[ミエリン]]および[[オリゴデンドロサイト]]由来の軸索伸展抑制因子により阻害される。これら抑制因子の作用は、C3酵素によるRhoAの不活性化やY-27632によるROCK阻害により抑制される<ref name="ref89"><pubmed>17692017</pubmed></ref>。さらに、ROCK-II欠損マウス由来の[[後根神経節]]細胞は、[[Nogo-22]]やCSPGによる軸索伸展抑制作用が減弱していた<ref name="ref90"><pubmed>19955379</pubmed></ref>。これらの知見から、RhoA-ROCK経路の重要性が示唆されてきた。ROCK-II欠損マウスでは、脊髄損傷モデルにおける軸索損傷後の回復が促進することも報告されている<ref name="ref90" /> | [[損傷後の軸索再生]]は、]][[myelin-associated glycoprotein]]]] ([[MAG]])、[[Nogo-A]]、[[Chondroitin sulfate proteoglycans]] (CSPGs)、oligodendrocyte myelin glycoprotein (OMgp) などの[[ミエリン]]および[[オリゴデンドロサイト]]由来の軸索伸展抑制因子により阻害される。これら抑制因子の作用は、C3酵素によるRhoAの不活性化やY-27632によるROCK阻害により抑制される<ref name="ref89"><pubmed>17692017</pubmed></ref>。さらに、ROCK-II欠損マウス由来の[[後根神経節]]細胞は、[[Nogo-22]]やCSPGによる軸索伸展抑制作用が減弱していた<ref name="ref90"><pubmed>19955379</pubmed></ref>。これらの知見から、RhoA-ROCK経路の重要性が示唆されてきた。ROCK-II欠損マウスでは、脊髄損傷モデルにおける軸索損傷後の回復が促進することも報告されている<ref name="ref90" />。[[Mag|MAG]]や[[Nogo]]-AによるNogo受容体(NgR)活性化は、co-receptorの[[p75]]とRho GDIの結合を強化して、Rho GDIからのRhoA遊離を促進する<ref name="ref91"><pubmed>12692556</pubmed></ref>。遊離されたRhoAはRac/Rho GEFである[[Kalirin-9]]により活性化されると考えられている<ref name="ref92"><pubmed>18625710</pubmed></ref>。MAGによる軸索伸展抑制には、Rho-ROCKによるCRMP-2リン酸化の関与が示唆されている<ref name="ref93"><pubmed>16595691</pubmed></ref>。 | ||
=== シナプス形成とシナプス可塑性 === | === シナプス形成とシナプス可塑性 === | ||
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中枢神経系の[[興奮性シナプス]]の多くは、[[棘突起]]([[スパイン]])と呼ばれる樹状突起にある微小突起上に形成される。スパインは、神経活動に依存した形態変化や形成・消失を示し、[[神経可塑性]]に深く関わる<ref name="ref94"><pubmed>12850432</pubmed></ref>。スパインはアクチン線維に富む構造体であることから<ref name="ref95"><pubmed>11052932</pubmed></ref> <ref name="ref96"><pubmed>22566410</pubmed></ref>、アクチン細胞骨格の主たる制御因子であるRhoファミリーの関与に興味がもたれてきた。 | 中枢神経系の[[興奮性シナプス]]の多くは、[[棘突起]]([[スパイン]])と呼ばれる樹状突起にある微小突起上に形成される。スパインは、神経活動に依存した形態変化や形成・消失を示し、[[神経可塑性]]に深く関わる<ref name="ref94"><pubmed>12850432</pubmed></ref>。スパインはアクチン線維に富む構造体であることから<ref name="ref95"><pubmed>11052932</pubmed></ref> <ref name="ref96"><pubmed>22566410</pubmed></ref>、アクチン細胞骨格の主たる制御因子であるRhoファミリーの関与に興味がもたれてきた。 | ||
初代培養神経細胞やスライス培養細胞では、スパインの形成・維持に対し、Racは促進的に、RhoAは抑制的に作用する<ref name="ref62" /> | 初代培養神経細胞やスライス培養細胞では、スパインの形成・維持に対し、Racは促進的に、RhoAは抑制的に作用する<ref name="ref62" />。これに合致し、大脳皮質や海馬の[[錐体細胞]]において、Rac GEFである[[Kalirin-7]]や[[Tiam1]]は[[NMDA型グルタミン酸受容体]]と複合体を形成し、これらGEFの機能阻害によりスパインの密度が減少することも示されている<ref name="ref97"><pubmed>21530608</pubmed></ref>。海馬初代培養神経細胞において、Tiam1のスパインへの局在はPar3依存的であり、Par3の発現抑制ではTiam1の局在がスパインから樹状突起に移行し、異所性のフィロポディアがRac依存的に形成される<ref name="ref98"><pubmed>16474385</pubmed></ref>。一方、Par3と複合体を形成するPar6は[[P190RhoGAP]]によるRho不活性化を介してスパイン形成を促進することが示唆されている<ref name="ref99"><pubmed>18267090</pubmed></ref>。海馬錐体細胞ではCdc42もスパインの形成・維持に促進的であることが示されているが<ref name="ref100"><pubmed>12389031</pubmed></ref>、関与がないとする報告もある<ref name="ref101"><pubmed>11007543</pubmed></ref>。Cdc42には、C末端にイソプレニル化を受ける通常のアイソフォームとは異なり、[[パルミトイル化]]される脳特異的なalternative splicing isoformが存在する<ref name="ref102" />。海馬初代培養神経細胞において、パルミトイル化Cdc42はスパインに集積し、スパイン形成を促進することが示唆されている<ref name="ref102"><pubmed>19092927</pubmed></ref>。Cdc42のパルミトイル化は神経活動依存的に変化することも示されており、Cdc42によるスパイン密度の制御は状況により変化すると考えられる<ref name="ref102" />。 | ||
スパインの形態はシナプス可塑性に伴って大きく変化し、大脳皮質や海馬の錐体細胞では、[[長期増強]](long-term potentiation)ではスパインの増大が、[[長期抑圧]](long-term depression)ではスパインの縮小が見られる<ref name="ref103"><pubmed>15190253</pubmed></ref> <ref name="ref104"><pubmed>15361876</pubmed></ref>。このスパインの形態変化はアクチン動態の変化を伴い、またアクチン細胞骨格依存的であることから、Rhoファミリーの関与が調べられてきた。二光子顕微鏡を用いた海馬スライスのイメージングから、グルタミン酸受容体の活性化がスパインでのCdc42とRhoAの活性化を誘導すること、活動依存的なスパインの増大にCdc42とRhoAが共に重要であることが示された<ref name="ref105"><pubmed>21423166</pubmed></ref>。Cdc42の活性化はスパインに長期的に留まるのに対し、RhoAの活性化はスパインから樹状突起へと拡散する。この活性化のパターンと合致し、Cdc42の活性化はスパインの増大の維持に、RhoAの活性化は初期のスパインの増大に重要であることが示唆されている<ref name="ref105" />。活動依存的なスパイン増大におけるCdc42、RhoAの作用には、それぞれPAKとROCKが関与していることが示唆されている<ref name="ref105" />。コフィリンとミオシン活性化はシナプス可塑性に重要であることから、現在、PAKによるコフィリン不活性化やROCKによるミオシン活性化がシナプス可塑性に関与する可能性が検討されている<ref name="ref96" />。Rhoサブクラスのエフェクターの一つ[[Citron]]は視床などの興奮性神経細胞の[[シナプス後肥厚部]]に集積し、[[PSD-95]]やNMDA型受容体と複合体を形成する<ref name="ref106"><pubmed>9870943</pubmed></ref>。Citron欠損マウスでは大脳皮質や海馬の錐体細胞のスパインの密度が減少するが<ref name="ref107"><pubmed>18309323</pubmed></ref>、その作用機序は不明である。 | スパインの形態はシナプス可塑性に伴って大きく変化し、大脳皮質や海馬の錐体細胞では、[[長期増強]](long-term potentiation)ではスパインの増大が、[[長期抑圧]](long-term depression)ではスパインの縮小が見られる<ref name="ref103"><pubmed>15190253</pubmed></ref> <ref name="ref104"><pubmed>15361876</pubmed></ref>。このスパインの形態変化はアクチン動態の変化を伴い、またアクチン細胞骨格依存的であることから、Rhoファミリーの関与が調べられてきた。二光子顕微鏡を用いた海馬スライスのイメージングから、グルタミン酸受容体の活性化がスパインでのCdc42とRhoAの活性化を誘導すること、活動依存的なスパインの増大にCdc42とRhoAが共に重要であることが示された<ref name="ref105"><pubmed>21423166</pubmed></ref>。Cdc42の活性化はスパインに長期的に留まるのに対し、RhoAの活性化はスパインから樹状突起へと拡散する。この活性化のパターンと合致し、Cdc42の活性化はスパインの増大の維持に、RhoAの活性化は初期のスパインの増大に重要であることが示唆されている<ref name="ref105" />。活動依存的なスパイン増大におけるCdc42、RhoAの作用には、それぞれPAKとROCKが関与していることが示唆されている<ref name="ref105" />。コフィリンとミオシン活性化はシナプス可塑性に重要であることから、現在、PAKによるコフィリン不活性化やROCKによるミオシン活性化がシナプス可塑性に関与する可能性が検討されている<ref name="ref96" />。Rhoサブクラスのエフェクターの一つ[[Citron]]は視床などの興奮性神経細胞の[[シナプス後肥厚部]]に集積し、[[PSD-95]]やNMDA型受容体と複合体を形成する<ref name="ref106"><pubmed>9870943</pubmed></ref>。Citron欠損マウスでは大脳皮質や海馬の錐体細胞のスパインの密度が減少するが<ref name="ref107"><pubmed>18309323</pubmed></ref>、その作用機序は不明である。 | ||
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また、Rac1やRacエフェクターのWAVE1の遺伝子欠損マウスでも海馬での長期増強や記憶学習の障害が認められることから<ref name="ref108"><pubmed>12578964</pubmed></ref> <ref name="ref109"><pubmed>17215396</pubmed></ref>、活動依存的なスパイン増大にRacが関わる可能性が考えられる。これに合致し、Rac GEFであるkalirin-7はNMDA受容体活性化によるスパイン増大と[[AMPA受容体]]の表面提示に重要であるが示されている。大脳皮質の錐体細胞では、NMDA受容体刺激は[[Α-CaMKII]]依存的にkalirin-7をリン酸化し、Racの活性化を誘導する<ref name="ref110"><pubmed>18031682</pubmed></ref>。NMDA受容体刺激によるTiam1のリン酸化と活性化も報告されている<ref name="ref72" />。β-PIXによるCdc42とRacの活性化も海馬錐体細胞のスパインの形成や形態制御に重要な働きを担うが、[[Β-PIX]]は足場タンパク質[[GIT]]を介してスパインに局在し、[[CaMKK]]-[[CaMKIα]]によるリン酸化により活性化される<ref name="ref111"><pubmed>18184567</pubmed></ref>。海馬初代培養神経細胞において、Rhoサブクラス特異的なGEFであるLfcも、NMDA受容体刺激によりスパインへ移行し、スパインの密度や形態の制御に関わると考えられている<ref name="ref112"><pubmed>15996550</pubmed></ref>。 | また、Rac1やRacエフェクターのWAVE1の遺伝子欠損マウスでも海馬での長期増強や記憶学習の障害が認められることから<ref name="ref108"><pubmed>12578964</pubmed></ref> <ref name="ref109"><pubmed>17215396</pubmed></ref>、活動依存的なスパイン増大にRacが関わる可能性が考えられる。これに合致し、Rac GEFであるkalirin-7はNMDA受容体活性化によるスパイン増大と[[AMPA受容体]]の表面提示に重要であるが示されている。大脳皮質の錐体細胞では、NMDA受容体刺激は[[Α-CaMKII]]依存的にkalirin-7をリン酸化し、Racの活性化を誘導する<ref name="ref110"><pubmed>18031682</pubmed></ref>。NMDA受容体刺激によるTiam1のリン酸化と活性化も報告されている<ref name="ref72" />。β-PIXによるCdc42とRacの活性化も海馬錐体細胞のスパインの形成や形態制御に重要な働きを担うが、[[Β-PIX]]は足場タンパク質[[GIT]]を介してスパインに局在し、[[CaMKK]]-[[CaMKIα]]によるリン酸化により活性化される<ref name="ref111"><pubmed>18184567</pubmed></ref>。海馬初代培養神経細胞において、Rhoサブクラス特異的なGEFであるLfcも、NMDA受容体刺激によりスパインへ移行し、スパインの密度や形態の制御に関わると考えられている<ref name="ref112"><pubmed>15996550</pubmed></ref>。 | ||
エフリンによるスパイン形態の制御においてもRhoファミリーは重要な役割を担う。海馬初代培養神経細胞において、[[Ephrin-B1]]による[[EphB2]]刺激はRac GEFであるkalirin-7のスパインへの移行を促し、Rac-PAK経路を介してスパインを増大させることが示されている<ref name="ref113"><pubmed>12546821</pubmed></ref>。EphB活性化によるスパイン密度の増加にはRac GEFのTiam1の関与も示されている<ref name="ref114"><pubmed>17440041</pubmed></ref>。Cdc42とそのGEFである[[Intersectin-L]]は海馬初代培養神経細胞のスパイン形成に関わるが、Ephrin-B2刺激はintersectin-Lを介したCdc42活性化を誘導する<ref name="ref100" /> | エフリンによるスパイン形態の制御においてもRhoファミリーは重要な役割を担う。海馬初代培養神経細胞において、[[Ephrin-B1]]による[[EphB2]]刺激はRac GEFであるkalirin-7のスパインへの移行を促し、Rac-PAK経路を介してスパインを増大させることが示されている<ref name="ref113"><pubmed>12546821</pubmed></ref>。EphB活性化によるスパイン密度の増加にはRac GEFのTiam1の関与も示されている<ref name="ref114"><pubmed>17440041</pubmed></ref>。Cdc42とそのGEFである[[Intersectin-L]]は海馬初代培養神経細胞のスパイン形成に関わるが、Ephrin-B2刺激はintersectin-Lを介したCdc42活性化を誘導する<ref name="ref100" />。また、海馬の初代培養神経細胞やスライス培養細胞では、[[Ephrin]]-A1によるEphA4刺激はCdk5によるリン酸化を介してRho GEFのephexin1を活性化し、スパインの退縮とシナプス伝達の減弱を引き起こすことも示されている<ref name="ref115"><pubmed>17143272</pubmed></ref>。 | ||
[[知的障害]] (Intellectual Disability, ID) は、他の特徴的な身体所見、臨床経過および生化学的所見をもつ疾患によってIDを示す症候性IDと、知能以外の特徴的な症状を伴わない非症候性IDに大別される。非症候性IDの多くはスパインの形態異常を伴う<ref name="ref116"><pubmed>11998687</pubmed></ref>。これに合致して、非症候性[[精神遅滞]]の原因遺伝子として、[[Oligophrenin-1]]([[OPHN1]]; Rho GAP)、PAK3 (PAK3; Rac1/Cdc42エフェクター、Ser/Thr kinase)、[[ARHGEF6]] ([[ΑPIX]]/[[Cool-2]]; Rac, Cdc42 GEF) など、数多くのRhoシグナル関連遺伝子が同定されてきた。Oligophrenin-1は海馬錐体細胞の[[シナプス前部]]、[[シナプス後部]]に共に存在し、[[グルタミン酸]]作動性シナプス伝達の促進<ref name="ref117"><pubmed>19487570</pubmed></ref>や[[シナプス小胞]]の制御に関わることが報告されている<ref name="ref118"><pubmed>19481455</pubmed></ref>。 | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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